黒絹の皇妃   作:朱緒

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第248話

 ラインハルトが復帰した際、元の役職にスムーズに戻れるよう、自分におそらく従順な部下(シルヴァーベルヒ)と、自分に従順な部下(ファーレンハイト)を配置し、爆破テロの概要を聞き、もしも主犯格がアレクシアであった場合の刑をロイエンタールと話し合うなど、彼女は精力的に動いた。

 夜は出来るだけこれらに関して考えないよう、心穏やかに過ごそうとするも ――

 

「自裁の場には、やはり臨席すべきよね」

 

 全く考えないでいるのは無理であった。

 毒杯を仰ぎ死んでゆく顔見知りを、しっかりと見ていることができるかどうか? それを考えると、暖かいカップを包み込んでいるのに、指先が冷えてゆく。

 

「無理なさらなくても、よろしいのでは?」

「そうかしら? キスリング」

「それにより静養が必要となりますと、行政に滞りが発生するのではと存じますが」

「あー。そういう考え方もありますね」

 

 彼らとしては、全力で処刑の場面から彼女を遠ざける為の方便であるが、彼女は職務に対して誠実であり、門閥貴族の頂点に立っている者として、彼らが起こした問題に関しては目をそらさず最後まで見届ける覚悟を持っていることを知っているので、その企てが成功するとも思ってはいなかった。ただそうすることで、彼らの心が落ち着くという ―― いわば自己満足に近いものである。無論彼らも自覚はしている。

 

「ところでキスリング。ボフォールの方は整いましたか?」

 

 ボフォールとは現在ラインハルトが姉の遺体と共に過ごしている邸の名であり、彼女はそこに法廷を用意するよう指示を出していた。

 裁判の真似事と言われてしまえばそれまでだが、この証言でアレクシアの罪状が決まるのも事実。出来ることならば、公平に判断を下したいと ―― 彼女の気持ちを落ち着かせ、また公平にせねばと視覚で思わせてくれるようにと考え指示を出した。

 アレクシアたちは証言の場にラインハルトを連れてくるよう要望を出したが、それ以外はなかったこともあり、彼らは彼女の意向に沿うために、邸の一室を改装することにした。

 

「ほぼ整ったそうです。小官はこれから、警備計画書の作製に当たりますので、少々お側を離れさせていただきます」

「面倒をかけてしまいましたね」

「お気になさることはございません。小官は裁決にはなんらお役に立つことはできませぬが、ジークリンデさまを全力でお守りいたしますので。ご安心ください」

 

 トパーズの瞳に真直ぐ見つめられ、その迫力と真摯さに、信頼もそうだが気圧された彼女は、笑顔を作り頷き誤魔化した。

 

―― ええ、まあ……アレクシアに襲われないようにするために、裁判所的な造りにして話を聞こうと思ったんですけどね

 

 彼女なりにアレクシアと物理的に距離を置き、危険を回避するための措置でもある。

 

**********

 

 ボフォール邸に作られた法廷 ――

 傍聴席にはラインハルトと、彼の警護であるケスラーと数名の部下。彼らは武装は許可されてはいない。

 パトリック・マルクス中尉にはリュッケが付き、傍聴席に座らされた。彼らはラインハルトよりかなり後ろのほうに座る形になっている。

 検察側にはフェルナーにシューマッハ、そして警察官僚の経験を持つハルテンベルク伯。

 弁護側にはシュトライトとロイエンタールだが、彼らは弁護ではなく、被告人に該当するアレクシアとユーディット ―― アレクシアの名を騙り、キルヒアイスの副官に近づいた女性の名 ―― の護衛と、細々とした雑事を担当するために、二人側についていた。

 裁判記録を取るための書記官、そして進行のため裁判官一名が呼ばれた。

 他に裁判官席に座るのはファーレンハイトで、彼はブラスターを携帯することを許可されており、実際に所持している。

 通常の裁判とは異なり、室内には警備の兵士が取り囲み、裁判長の席につく彼女の後ろには、やはり武装を許可されたキスリングが立っている。

 

 書記官が一番に法廷に入り、次に傍聴席にラインハルトたちが入り、続いて検察側の三名、そして被告と弁護側。ユーディットは上質な白と黒のツイード地で仕立てられた、ノーカラージャケットと、ふくらはぎの中程丈のタイトスカートを着用。

 アレクシアはウェディングドレス ―― シルク製でプリンセスライン、真珠が大量に縫い付けられた、ノースリーブの華やかなドレスで、ティアラに白の長手袋、ウェディングベールで顔を隠した状態で入廷した。

 アレクシアの姿を見て、ラインハルトがいきり立ったものの、ケスラーが必死に抑え、納得させて何とか着席させる。

 最後に裁判官が入廷する ―― 彼女はアレクシアとは対照的に喪服姿で現れた。裁判官を務めるので法服の黒の代わりということもあるが、近親者であるアンネローゼの喪に服す時期でもある。

 一切の肌の露出なく、指先まで黒の手袋で覆われ、しっかりと纏めた艶やかな黒髪と体を覆い隠す黒のマリアベール。

 ファーレンハイトの介添えで中央の椅子に腰を降ろし、彼がベールを整えたあと ―― 他の者たちは礼をして着席する。

 

 進行を担当する裁判官が、まずは検察側に証言を求める。フェルナーはその声に応えて、部外者の席に座らされている二人に、この事件に関係していると思われる過去の説明などを始めた。

 

「はい。では始めます。そちらのアレクシア・フォン・ブライトクロイツさまは、御本人も爵位を持っておいでで、その一つがグンデルフィンゲン子爵なのです。そこにいるユーディットなる人物がグンデルフィンゲン子爵を名乗ったようですが、許可なく名乗ったのでしたら、極刑は免れないことでしょう」

 

 フェルナーは一旦そこで話すのを止め、一拍おき傍聴席のほうを向き説明を再開する。

 

「権勢誇るエッシェンバッハ公の側近の副官は、近づいてきたのは没落した貴族と聞き、グンデルフィンゲン子爵について、少しは調べた……かどうかは、知りませんが、調査したとしても無駄だったでしょう。なにせこのグンデルフィンゲン子爵というのは、実際に没落しておりますので。その原因は、亡きアンネローゼ・フォン・グリューネワルト殿と関係しております」

 

 姉の名前が出た瞬間、ラインハルトは目を大きく見開いた。先ほどまで精気が失せていたアイスブルーの瞳が輝いたが、その輝きは健全なものではない。

 法廷全体を見渡すことのできる席についている彼女は、ラインハルトの表情の変化がよく見え ―― 事前にフェルナーから事情を聞いていたので、事実を知ったラインハルトがどのような状態になるのか? 非常に心配していた。

 

―― 昨晩聞かせてもらいましたけれど、アンネローゼとカールの間に、そんなことがあったとは……知っていたところで、私もラインハルトに伝えたりはしませんけれど

 

「……といった事情で、グンデルフィンゲン子爵一家は処刑され、泥にまみれた子爵家は一門の当主たるブライトクロイツ家が回収。元々グンデルフィンゲン子爵家の子息カールとご結婚なされる予定だったアレクシアさまが、もらい受ける形となりました。よってパトリック・マルクス中尉が調べたところで、詳細は分からなかったことでしょう」

 

 姉が襲われかけた過去があると聞かされたラインハルトは、罪を問うべき相手がいないことを知り、そのやり場のない憤怒を堪えるべく握り拳をつくり歯を食いしばる。

 フェルナーはここまで話すと着席し ―― 通常検察側は犯罪がいかにして行われたかについて説明するのだが、今回は特殊な形式ゆえ、ここで説明を終え、次は被告に該当する二人が証言することになっている。

 

「ユーディット・ヘーエンリーダー。証言台へ」

 

 中央の証言台へと移動したユーディットは、彼女に一礼する。

 裁判官はユーディット・ヘーエンリーダー本人かどうかを確認してから、証言を促す。そのユーディットの証言だが、当人曰くラインハルトのせいで、一家が破産し両親が自殺。病気の弟を養うために身を売っていたが、弟の容態が悪化し、かなり高度な手術を受けなければ余命僅かというところで、アレクシアに買われ、協力することにしたと語った。

 

「ヘーエンリーダー」

「はい、殿下。なんでございましょう」

「弟の名は」

「オリヴァーと申します」

「オリヴァーの手術は、無事に終わったか」

「はい。アレクシアさまのおかげで」

「そうか。再開せよ」

 

 ユーディットの父親は、裁判により破産したのだが、この裁判を行った理由がラインハルトにあった。

 ラインハルトと民政庁は、平民にも平等な裁判をと銘打っていた。

 これらをラインハルトが行うのは、彼女は知っていたので止めはしなかったが、司法省からストップがかかった。

 司法省としては、全土で一斉に行うには司法機関も司法関係者も足りないので、条件に合う惑星を幾つかピックアップして、試験的に運用してくれというもの。

 人員不足ならば仕方ないと、ラインハルトたちは、裁判所のある惑星 ―― 帝国は辺境ともなれば、支部すらない惑星も多々ある ―― を選び、特区として運用を始めた。

 その惑星の一つに住んでいたのがユーディットの一家であった。

 ユーディットの父親は商売をしており ―― 民政庁の特区となった後、その惑星に住んでいる貴族と利権で争いとなり、ユーディットの父親を含む商売人たちは自分たちの権利を守るため、裁判を起こした。

 

「かつてであれば、父は貴族相手に裁判を起こすなど、考えもしなかったでしょう。ですがラインハルト・フォン・エッシェンバッハと、その小賢しい者どもの甘言に踊らされ父を含む愚か者たちは裁判を起こしました」

 

 ユーディットの父親たちは、民政庁が謳う「平等な裁判」というものを、正確に理解していなかった。

 裁判が正義を遂行する場所だと勘違いし ―― 実際「悪い」のは貴族側ではあったが、法を味方につけていた貴族が当然勝利し、ユーディットの父親たちは更に訴えられ、為す術なく敗北し、全財産を失うどころか、借金まで背負うはめになり自殺する。

 

「私たちは知らなかったのです。裁判というのは、正しさを問うのではないということを。私たちは知りません。そのような教育は受けておりません。ただ平等に裁判を受けられる権利を得ても、それが何を意味するものなのか? それがどんなものなのか? 知りませんでした」

 

 ユーディットの発言を聞き、彼女は手元の端末に指を置き、その学歴を確認する。

 基礎学校から実科学校に通い、フェザーンの大学に進学すべくアビトゥーア取得のために、勉学に勤しんでいた ―― 帝国の女性としては、かなり学歴があり、知識もある。そんなユーディットですら、裁判というものをまともに理解していなかった。

 彼女はユーディットを被告人席へと戻らせ、

 

「司法尚書。特区の裁判状況に関しての報告書はあるか?」

「ただいま開きます」

 

 ロイエンタールはそう言い、法廷に設えられたモニターに映し出し、彼女の手元の端末にもそれが届く。

 そこに書かれていたのは、平民の多くが裁判を起こしたものの、彼らのほとんどが敗訴しているというものであった。

 

「これらは法に則った、正しい判決であることを、司法尚書たる私が保証いたします」

 

―― でしょうね……裁判官は法の番人ですから、こうなって当然でしょう

 

 裁判に絶対に必要な憲法や法律そのものが、不平等であり、特権階級に有利に働くよう作られているのだから、貴族相手に裁判をしたところで、平民が勝てる筈がない。

 また裁判官はそれらに則り判決を下しているので、間違ったことはしていない。

 

「大公妃殿下。証言の許可をいただきたく存じます」

「構わぬ」

 

―― フェルナーに大公妃殿下って言われるの慣れないわ。昔男爵夫人と呼ばれていたころを思い……じゃなくて、証人? なにかしら?

 

 事件の核心にたどり着く前に、既に疲れてしまった彼女だが、フェルナーが用意した証人 ―― アレクシアやユーディットに対してではなく、ラインハルトに対して用意されたものであった。

 証人の名はザムエル・デングラー。グリンメルスハウゼン子爵の遺言の一件で、彼女も知っている弁護士。

 その彼が証言台に立ち、特区において弁護士が危険な目に遭っていることを訴えてきた。

 「平等な裁判」を理解していない平民が、貴族相手の裁判に負けると「平等ではないと怒り」弁護士や裁判官が貴族に阿っているとして、暴力行為を働く事件が起きているのだと、デングラー本人が作成した、幾つかの事件資料を元に語った。その他にも、

 

「銀河帝国は決闘により勝者を決めることを、法律で認めております。銀河帝国において裁判と決闘は同等なものとして扱われているため、平等な裁判方法の一つとして、決闘が執り行われ、多数の死者が出ております」

 

 貴族の慣習である決闘は廃止されておらず、裁判の方式の一つであるため ―― 平民も決闘に臨むことになり、銃の暴発で死亡したり、剣での試合で命を落としたりと。

 

「現行の法律では、平民が門閥貴族の方々に勝訴することはあり得ません。故に特区においての平等な裁判は廃止していただきたい」

 

 帝国が身分がしっかりと区別され、神聖不可侵の皇帝を仰ぐ社会構造である以上、平等な法というものは存在せず。法の番人は、法に則り審判を下す故に、平民が勝てる要素はない。

 特区の法を変えることは、帝国側としては許可しておらず ―― ラインハルトも皇帝の地位を得ようとする身。法律を変えて彼が皇帝の座に就いたとき、皇帝として強権をふるえねば何ら意味なく、法律を変えて人気を得て、皇帝の座に就いたあと、法律を過去のものに戻すのは、国内に混乱を招くことになる。

 

「デングラー。特区の裁判に関しては早急に差し止める」

「大公妃殿下のご慈悲、感謝の言葉もございません」

 

 証言台の脇へと移動し、跪き額が床に付くほど頭を下げたデングラーに、

 

―― いいえ、そんなに感謝される筋合いはないと言いますか……ラインハルトならできるんでしょうねと、軽く考えて許可を出した私にも責任があるので。ラインハルトが裁判官なら、できたでしょうが…………五世紀の積み重ねがあるもの、普通でしかない裁判官には無理よね

 

「下がるが良い」

 

 感謝される筋合いのものではないと思うも、彼女が詫びるべきことでもないので、皇族然とした態度でデングラーに下がるよう命じた。

 デングラーを下げ、再びユーディットを証言台に立たせ、

 

「被害者に対して、なにか思うことはありませんか」

 

 裁判官が一般的な質問をした。

 通常であれば「反省している」などと ―― 本心から、あるいは刑罰を軽くしてもらうために、後悔の念や反省の弁を語るよう促されている場面なのだが、ユーディットは違った。

 

「死んで当然。あんな、なにもしない、自分可哀想でしょうと言わんばかりの態度を取っているような女、生かしておくだけ無駄です」

 

 ユーディットは当人が思っていることをそのまま語った。

 男に守られて安穏と生活しているアンネローゼに、恨みを持っていた ―― それを逆恨みと断じるのは簡単だが、世の中にはユーディットと同じような考えを持っている人間もいるということは知っておかなくてはならない。

 そんなことを彼女が考えていると、

 

「貴様!」

 

 我慢の限界を超えたラインハルトが、傍聴席を越えて証言台を目指し ―― 部下たちが必死に止めに入る。

 ロイエンタールはユーディットの手を引き、背中に隠す。

 

「貴様! 姉上を!」

 

 ラインハルトにとっては八つ裂きにしても足りないほど恨んでいる相手だが、ユーディットに言わせれば、ラインハルトを八つ裂きにしても足りないであろう。

 

「着席……」

 

 彼女が着席せよと命じていると、法廷に異音が響いた。そして視線の先に赤い液体が散り ―― ラインハルトを抑えていたケスラーが左腕を押さえて膝をつく。

 彼女は右隣のファーレンハイトは立ち上がっており、手にはブラスター。引き金がしっかりと引かれいることに気付いた彼女は、

 

「一時間半後に再開する。それでは休憩」

 

 収拾を付けるために一旦休憩を入れた。

 法廷に最後まで残り、血が飛び散った傍聴席の辺りを眺め、全員が控え室に入ったと連絡を受けてから法廷を後にする。

 通常裁判官の控え室は全員同室なのだが、今回は正式な裁判ではないので、裁判官は別室で、彼女の控え室にはファーレンハイトがいる。

 そのファーレンハイトは彼女が入室する前から、膝を折り頭を下げて待っていた。

 

「発砲に関して詫びているのならば、不要です」

 

 面を上げたファーレンハイトに微笑みかけ、

 

「ブラスターのエネルギーパックを新しいものに取り替えておきなさい。まだ何があるのか分かりませんから」

 

 できれば二度とこの疑似法廷で発砲などないよう、上手く進行したいと考えている彼女だが、己の才覚の足りなさを自覚しているので、万全を期することにした。

 

「御意」

「昼食にするわ。キスリング、あなたも休憩を取りなさい」

 

 邸から連れてきた料理人が作った昼食が並べられ ―― 負傷したケスラーの容態が届いたのは、スープを飲んでいる頃。

 出血の割には軽い怪我で、治療し警備を続けられると報告され、彼女は胸をなで下ろした。

 

―― 現在の立場上、ケスラーに会いに行くわけにも行きませんし……決着が付いたら、遅いお見舞いをしましょう

 

 ただ彼女は見舞っても、謝罪するつもりはない。

 状況とファーレンハイトの地位から言って、謝罪は必要なく、まして彼女が代わりに謝るべきことでもない。

 

「ジークリンデさま」

「料理美味しいわね、ファーレンハイト」

「はい」

 

 味が分からないということはないが、とにかく再開後、どのように進めるべきかを考えながら食事を終え珈琲を飲んでいると、休憩を終えたキスリングが戻ってきた。

 

「……」

「ジークリンデさま、いかがなさいました?」

「ちょっと」

 

 思い悩んでいる彼女に彼らは声をかけるも、本心を聞くことができぬまま再開された。

 入廷した彼女は、左に座っている裁判官を手で制し、開廷前にラインハルトに静かに、そして耐えるようにと”とある話”をし始めた。

 

「休憩前に、騒ぎがあったが、今後はそのようなことがないよう、各人留意するように。……ところで、ブライトクロイツ。私の生家であるフライリヒラート、その開祖たるホアキンは銀河連邦時代にどのような役職についていたか、知っているか?」

 

 唐突に声をかけられたアレクシアは、喜び立ち上がってドレスの端を摘まんで貴婦人の礼をしてから答えた。

 

「もちろん存じておりますわ。フライリヒラートの開祖は銀河連邦最高裁の裁判長でした。いまこうして殿下が裁判長の席に座られているのは、伝統ある伯爵家の歴史からすれば、当然のことですわ」

 

 伝統や歴史、血筋で裁判長になるのはどうか? と彼女は思うが、それについて触れるつもりはなく、アレクシアに座るよう指示を出し、かつてファーレンハイトやフェルナーに語った、ルドルフが終生執政官になった際、違憲かどうかを争う裁判において、ホアキンが合憲と判決を下したことについて語った ―― だが今回はそれだけではなく、グリンメルスハウゼン子爵が残した手帳の内容を、然も知っていたかのように語ることにした。

 

「このように権力を手に入れ、裁判をも自由にした大帝だが、なにも最初から全てを自由にできたわけではない。実は大帝には四つ年上の姉がいてな。ほお、驚いているな……まあ当然か。ブライトクロイツは知っているようだな。大帝の妻エリザベートは、四つ年上であった。そうだ、大帝の姉と皇后エリザベートは友人であり、その関係で大帝はエリザベートを知った。姉とエリザベートは大学時代に知り合った……ああ、知らぬであろうが、銀河連邦時代は女性と男性の進学率は変わらん」

 

 ルドルフが生きていた銀河連邦時代は、女性の進学率は今よりもずっと高く、また大統領夫人にも、それなりのキャリアが求められる時代であり ―― 皇后エリザベートは、大学での成績はルドルフより遙かに良く、政治家としてのキャリアも順調に積んでいた。

 

「話を大帝の姉に戻すが、大帝の姉の存在が知られていないのは、姉が非業の死を遂げたからに他ならぬ。遺体は酷い有様だったと伝えられている。犯人についてはあえて触れぬが、大帝が皇帝に即位した後の政策に、幾つか影響を与えているとだけ言っておこう。大帝の姉は殺害され、犯人は捕らえられ、裁判が行われたが、結局無罪になった。大帝はその辺りで聞いていたが、暴れるような真似はしなかった」

 

 彼女はラインハルトが座っている辺りを指さす。

 

「大帝と姉の関係は悪くはなかったという。肉親を殺害されれば、憎しみを覚えるであろう。まして殺人を犯した相手が無罪となれば。だが大帝は耐えた。公判中も判決が出た後も決して暴れるような真似はしなかった。帝国を造り背負う男に必要なものは多々ある。その一つがなんであるか? …………さてこの話、四八九年間、人の耳に入ることはほとんどなかった。何故か分かるか?」

 

―― 姉の下りは、手帳に書かれていたことですから、知られていなくて当然……かどうかの確認のつもりで、ここで暴露してみたのですが、平民や帝国騎士階級は聞いたことがなかったようね……アレクシアは知っているようにも見えますが

 

 この話が漏れることを、完全に阻止できるとは彼女としても思わないが、ある程度は牽制しておこうと、軽く粛正を仄めかした。

 

「ファーレンハイト」

「何でございましょう、殿下」

「私のためにファルストロングになれるか?」

 

―― 嫌だと言われたら終わりですけれど……きっと、私の気持ちを汲んでくれるはず

 

 打ち合わせなどしていないので、ファーレンハイトが自分の言動に乗ってくれるかどうか、彼女としては不安であったが、

 

「喜んで。お望みとあらば百億人でも殿下に捧げましょう」

 

 出来の良い側近は、彼女の意図を理解し、完璧な返答をした。

 

「そうか。その忠誠、見る機会はないと、信じて……よいな? 皆の者」

 

 彼女は法廷にいる者たちを見回し、閉じていた扇子を僅かに開き、音を立てるようにして閉じる。

 法廷は緊張感に包まれ ―― 彼女は最後に威嚇をする。

 

「フェザーンよ、お前らも大人しくしておれ。良いな。ん? 気にするな、言うことに意味があるのだ。フェザーンの者どもが私の周囲を窺っていることは知っている。今のわたしの言葉、フェザーンに届いているのであればそれで良し。フェザーン共がこの場に目や耳を設置していなかったのだとしたら、間抜けとしか言いようがないな」

 

―― ルビンスキーもラインハルトには注意を払っているので、おそらく隠しカメラとか設置していると……設置されていなかったら、それはそれで良いのですけれど

 

 彼女は自分が盗撮されているという認識はなく、ラインハルトに対する隠し撮りに対して、威嚇したのだ。

 彼女本人は「私はなにもしていないから、さほど興味はないでしょう」としか考えていないくらいに、楽観視していた。

 本当は日々盗聴されているのだが ――

 

「さて書記官。今までの発言、記録はしておらぬな?」

「御意。臣は何事も聞いておりませぬ」

 

―― 答えている時点で、しっかりと聞いてますよ。そんなに緊張した面持ちをしなくとも。もっとこう……リラックスして

 

 彼らにすさまじい緊張を強いたことに、彼女はまったく気付いておらず、

 

「そうか。裁判官」

「はっ!」

「始めるぞ」

 

 裁判を続けると、裁判官を促した。

 

「御意」

 

 そしてアレクシアが証言台に呼ばれた ――

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