第47層 フローリア
使い魔蘇生アイテムを手に入れるために俺達は第47層の街『フローリア』に訪れた。眼の前に広がる辺り一面の花畑。
シリカ「夢の国みたい!」
キリト「この層は通称『フラワーガーデン』と呼ばれてて、街だけじゃなくフロア全体が花だらけなんだ。」
キヒロ「いつみても綺麗だよな。ここ。」
ふとシリカは周りに居るのが皆、男女のペアである事に気付いたらしい。この層はデートスポットとしても有名なのだ。みるみる顔を赤くしていくシリカ。
キリト「シリカ?」
キリトは不思議そうに呼んだ。
シリカ「い、いえ!なんでもないです!!」
振り返り手をぶんぶんと振って答えた。キリトは疑問符を浮かべている。察しろこのバカ。
キリト「?まぁ、いいや。思い出の丘に行こうか」
そう言って背を向けて歩き出す。ほんとこいつ無駄に鈍感だよな。やがて主街区を出て、思い出の丘の入り口の橋に辿り着いた。そこで立ち止まり、そして転移結晶を取り出して渡す。
キリト「これを。」
シリカに差し出した。当の彼女は疑問符を浮かべている。
キリト「君の今のレベルとこの装備なら、ここのモンスターは問題なく対処できると思う。でもフィールドじゃなにが起こるか解らない。俺達が逃げろと言ったらどこでもいいからこれを使って転移するんだ。」
キリトは真剣な表情でそう言った。当のシリカは戸惑いながら、
シリカ「あ……でも……」
キヒロ「大丈夫だよ、俺達なら心配ないから。な、キリト?」
不安そうなシリカを安心させるように言う。キリトも頷いて、
キリト「キヒロの言う通りだ。だから、約束してくれ。」
言葉を紡ぐ。シリカは頷き転移結晶を受け取った。
キリト「よし、行こうか。」
言ってキリトとキヒロは歩き出す。シリカもその後をついていった。
しばらくフィールドを歩いていると、シュルっと何かがつたう音がした。直後
シリカ「ぁわ、きゃぁぁぁぁ!!」
響き渡るシリカの悲鳴。
キリト「どうした!」
キヒロ「シリカ?!」
振り返った俺達。その視線の先には食虫植物に似た巨大なモンスターによってシリカが宙づりにされていた。逆さに吊り下げられている為スカートが捲れないように片手で押さえている。下を見るとモンスターが巨大な口を開けている。それを見てシリカは鳥肌を立たせているに違いない。あんな綺麗なお花畑がある所にこんな奴いたら鳥肌ぐらいたつだろ。
シリカ「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫しながら短剣をブンブンと無造作に振り回した。当たるわけあるか。いやない。
シリカ「いやーーーー!! キリトさん達助けて!!見ないで助けてーーーーー!!」
その嘆願にキリトは眼をそむけながら、こう返す。
キリト「いや……それ無理…」
キヒロ「シリカ! それすっごく弱いから!!俺たちは後ろ向いてる!」
シリカ「は、はい!このっ!いい加減に……しろぉーーーーーーー!!!」
キヒロに言われ、スカートを押さえていた手を離し、足をからめとっているツタを掴んで引き寄せてから短剣で斬った。そのまま落下しながら短剣ソードスキル『ラピッドバイト』を発動させてモンスターに叩きこんだ。HPを削り切り、モンスターは四散する。着地したシリカは振り向いて、当然の如く聞いた。
シリカ「見ました?」
と頬を赤く染めながら尋ねてきた。
キリト「み、見てない……」
キヒロ「大丈夫だ。安心しろ。」
それから幾度か戦闘をこなして思い出の丘の道を歩いていると、
シリカ「あの、キリトさん…」
不意にシリカが声をかけてきた。キリト達は振り返る。何を聞くのだろうか?するとシリカは意を決したように、あることを聞いてくる。
シリカ「妹さんの事、聞いていいですか?」
そう尋ねてきた。正直この手の質問が来るとは予想してなかった。
キリト「何で急に?」
キリトは疑問符を浮かべる。まぁ当然だ。俺も少し気になるが…
シリカ「あたしに似ているって言ったじゃないですか。現実の事を聞くのはマナー違反ですけど……いいですか?」
キリトは少し困った顔をしているなこれ。
キリト「うーん……まぁ、いいか。いい機会だからキヒロにも話すよ。歩きながらでいいか?」
同時に頷く。キリトは再び歩き出しながら、
キリト「妹って言ったけど、本当は従妹なんだ。」
そう口にする。えっ?マジ?こりゃまたまた予想外。
シリカ「え?」
キリト「生まれた時から一緒に育ったから向こうは知らないはずだけど、その所為かな……俺の方から距離を取っちゃってさ……」
懐かしむような、それでいて後悔しているような表情でキリトは言う。
キリト「祖父が厳しい人でね。8歳の時、俺達を近所の剣道場に通わせたんだ。でも俺は二年でやめちゃって……そりゃぁ祖父に殴られたよ。」
キヒロ「まぁそりゃそうか。」
シリカ「えぇ!?」
キヒロ「剣道やってた人なんてそういう人ってそんな人ばっかだよ。」
キリトは頷く。
キリト「そしたら妹が「私が二人分頑張るから叩かないで!」って俺を庇ったんだ。それからあいつ頑張って、全国大会まで行くようになってさ……」
シリカ「すごいじゃないですか!!」
シリカの言葉にキリトはまた表情を曇らせている。全国区なら俺見たことあるかな?
キリト「でも、俺はずっと妹に引け目を感じてたんだ。他にもやりたい事があって、俺を怨んでるんじゃないかって……シリカを助けたくなったのは、妹への罪滅ぼしをしている気になってるのかもしれないな……」
キリト「ごめんな、シリカ…」
苦笑いでそう告げた。きっと妹さんはそんなこと思ってないだろうに。
シリカ「好きでもないのに頑張れないですよ。きっと、剣道が好きなんですよ!」
キヒロ「俺もそう思うぞ?だからお前がきに病む必要は無い。」
キリト「そうか……そうだといいな…」
キリト「二人ともありがとな?」
シリカ「よーし! あたしも頑張りますよー!」
そう言ってシリカは元気よく歩いていく。
キヒロ「キリト。現実に帰ったら、妹さんとちゃんと話してみるほうがいい。きっと判りあえる筈だ。」
キリト「あぁ……そうするよ。」
更に道を進み何回か戦闘をこなして思い出の丘の頂上に辿り着いた。視線の先には台座のような岩が浮いている。
シリカ「あ、あれですか!?」
キリト「そうだよ。」
それを聞いたシリカは走る速度を速めて台座の前に立つ。するとそこに一輪の花が咲いて出た。シリカがその花をそっと掴むと『プネウマの花』とアイテム名が表示された。よかったな。シリカ。
シリカ「これでピナが生き返るんですね。」
キリト「ああ。」
キヒロ「よかったな、シリカ。」
花を抱きしめるようにしてシリカは喜びを噛みしめる。そりゃそうだよな。
キリト「でも、ここだと強いモンスターも多い。生き返らせるのは街に戻ってからにしよう。」
キリトはそう言って促す。シリカは涙を拭って頷いた。幸い帰り道はモンスターとエンカウントする事はなかった。相棒が無事戻ってくる喜びでシリカは始終笑顔だ。だよな。やがて街の近くの橋まで辿り着く。そこで俺はシリカを制して、言う。
キヒロ「そこで隠れている奴、出てこいよ。」
そう告げた。シリカは疑問符を浮かべる。そんな彼女をキリトは自分の後ろへと下げた。すると橋の向こうにある木の陰から女性プレイヤーが現れる。シリカは2度と会いたくないと思ってた人物に…
シリカ「ろ、ロザリアさん!?」
シリカが驚いたように声を上げた。現れたのは昨夜、35層の街に居たロザリアなのだから。まぁ俺たちはある程度予測してたから驚きはしなかったが。
ロザリア「私のハイディングを見破るなんて、中々高い索敵スキルね剣士さん達。侮ってたかしら?」
言いながらロザリアはシリカに視線を向ける。
ロザリア「その様子だと、首尾よく『プネウマの花』をゲット出来たみたいね? おめでとう。」
ロザリア「じゃぁ、さっそくそれを渡してちょうだい?」
醜悪な笑みに変えて問いかける。表情が汚いなこいつ。
シリカ「な、何言ってるんですか!?」
キヒロ「そうはいかないな、ロザリアさん。いや、オレンジギルド『タイタンズハンド』のリーダーと言った方がいいかな?」
驚くシリカを余所に、俺は言いながら数歩踏み出す。ロザリアの眉が少し動く。
ロザリア「へぇ?」
笑みが消える。
シリカ「で、でも、ロザリアさんはグリーン……」
驚きが収まらないままのシリカはロザリアのカーソルを見る。何度見てもその色はグリーンだ。まぁ当たり前だ。
キリト「オレンジギルドって言っても全員がそうじゃないんだよ。グリーンが獲物をみつくろって、待ち伏せのポイントまで誘導するんだ。」
シリカの疑問にキリトが答える。それを聞いたシリカは驚愕の表情だった。彼女は気づいてしまった。
シリカ「じゃあ……この二週間の間、一緒のパーティーにいたのは……」
ロザリア「そうよぉ。あのパーティーの戦力を分析するのと同時に冒険でお金が貯まるのをまってたの。」
言いながらロザリアは舌なめずりをする。ほんとに汚いなこいつ。その様子にシリカは悪寒が走ったみたいだな。無理もない。
ロザリア「一番楽しみな獲物のあんたが抜けちゃってどうしようかって思ってたら、なんかレアアイテム取りに行くっていうじゃない? それにしても、そこまで判っててその子についてくるなんて、あんた達馬鹿なの?」
嘲るようにロザリアは言う。
キヒロ「いいや、そうじゃない。」
キリト「俺達は貴女を探してたんだ。」
そう言い切る。ロザリアは疑問符を浮かべる。気づけよこのバカ。
ロザリア「どういう事かしら?」
キリト「オバサン、10日前に『シルバーフラグス』っていうギルド襲ったな? メンバー4人が殺されて、リーダーだけが脱出した……」
ロザリア「ああ、あの貧乏な連中ね。」
対してロザリアは興味なさそうに答えた。ムカつく…
キリト「リーダーだった男はな。毎日最前線の転移門広場で、泣きながら仇撃ちをしてくれる奴を探してた。けど彼は、依頼を受けた俺達にあんた達を「殺してくれ」とは言わずに「牢獄に入れてくれ」って言ったんだ……あんたに彼の気持ちが分かるか?」
静かな怒りを込めてキリトはロザリアに問いかける。それを聞いたロザリアは、なんて返すか…
ロザリア「解んないわよ。マジになっちゃってバッカみたい」
そう言って吐き捨てた。殺してやろうかこいつ…だが、ロザリアは気にするでもないようである。
ロザリア「ここで人を殺しても、ホントにそいつが死ぬ証拠なんてないし。そんな事より、あんた達の心配した方がいいんじゃない?」
不敵な笑みを浮かべて指を鳴らした。すると木の陰からぞろぞろとプレイヤーが現れる。皆頭上のカーソルはオレンジだ。その数は7人。それを見たシリカは後ずさる。
シリカ「に、人数が多すぎます! 脱出しないと!!」
キリト「大丈夫、問題ない。」
頼んだぜ?よしいっちょやるか。俺は村正を抜きながら集団に向かい歩く。
キリト「シリカは俺の後ろに隠れててくれ。」
キリトも優しく言いながらシリカを庇うように前に出る。
シリカ「でも、キリトさん。キヒロさんも!!」
そう叫ぶシリカ。その時、彼女が叫んだ名を聞いたプレイヤーの一人が気づく。
?「キヒロ……キリト……?」
俺たち二人を見比べ後ずさった。
?「黒尽くめ装備に盾無しの片手剣……それに、刀装備のプレイヤー……まさか、『黒の剣士』と『覇王』!!?」
慌てた表情でプレイヤーはこういう。
?「や、やばいよロザリアさん! こいつら………攻略組だ!」
そう叫んだ。それを聞いたシリカはと言うと、
シリカ「攻略組……キリトさん達が……!」
二人を交互に見て驚いたように呟く。それもそうだ。攻略組、それも二つ名付きが二人も目の前に居るのだからな。デスゲームをしていてもやはりゲーマーの性というものはなくならない。ただでさえ実力が抜きんでている攻略組の中でも、更に一目置かれている者はいつしか二つ名が付けられていた。
それが『黒の剣士』キリトと『覇王』キヒロである。頭1つどころか10も抜けてる気がするほどの実力差のある彼らにプレイヤー達は動揺を隠せないらしい。しかし、やはりバカはいた。
ロザリア「攻略組がこんなトコに居る訳ないじゃない!! ただの仮装野郎どもに決まってる! さっさと始末して身ぐるみ剥がしな!!!」
ロザリアがそう叫んだ。こいつこれでよくリーダーやってるよ。
?「そ、そうだ! 攻略組なら、すっげぇレアアイテムを持ってるかもしれねぇ!!」
一人がそう叫んだのを皮切りに攻撃に来た。ほんとバカばっか。
?「死ねやぁ!!」
7人はキヒロに向かい駆け出す。それぞれの武器がライトエフェクトに包まれ、連続してキヒロに浴びせられた。
シリカ「やめて!キヒロさんが!キヒロさんが死んじゃう!」
シリカがそう叫ぶが攻撃は止まらない。まぁ止むわけない。
シリカ「キリトさん!このままじゃキヒロさんが!!」
そう訴えるシリカ。まぁ気持ちはわからなくもない。だが、キリトは落ち着いた様子で言う。
キリト「大丈夫だよシリカ。キヒロのHPをよく見て?」
そう言って指差した。言われるままに見るとシリカは眼を見開く。確かにダメージは与えられている。しかし、どうゆうわけかそれは瞬く間に回復し最大の状態に戻っていく。
シリカ「ど、どういうことですか……?」
目の前で起こっている事に、シリカはただただ疑問符が浮かんだ。
やがて、
ロザリア「何やってんだ!! さっさと殺しな!!」
苛立ったロザリアの声が響く。プレイヤー達は攻撃を止めて異常なものを見るようにキヒロを見ていた。
キヒロ「うーん、10秒あたり400ってとこか……それがあんたら7人が俺に与えるダメージの総量だ。すくな。」
やば、本音出ちまった。こんなに差があるもんなんだ。
キヒロ「俺のレベルは86、HPは21500、さらに『バトルヒーリング』スキルによる自動回復が10秒で800ポイントある。何時間やっても俺は倒せないよ。」
それを聞いたプレイヤーの一人が信じられないものを見るような目で
俺を見る。
?「無茶苦茶だ……アリかよ、そんなの!」
そう言う。
キヒロ「アリなんだよな、これが。たかが数字が増えるだけで無茶な差が付く。それがレベル制MMOの理不尽さなんだよ。」
実力差を思い知らせるように言った。忌々しげにロザリアは舌打ちする。まぁこれでわかったろ。流石に。
キヒロ「これは俺達の依頼人が全財産をはたいて買った回廊結晶だ。監獄エリアが出口に設定してある、これで全員牢屋に跳んでもらうぞ?逃げられると思うなよ?…コリドーオープン!」
プレイヤー達を見回した後、回廊結晶を展開した。
?「ちくしょう……」
諦めたように呟き一人、また一人とコリドーへと姿を消していくプレイヤー。その光景をロザリアはおもしろくなさそうに見ていた。
キヒロ「オバサンはどうする?」
ロザリア「はっ!それで勝ったつもりかい?言っとくけど私はグリーンだ。手を出せばあんた達がオレン――」
もう我慢ならなかった。俺は一瞬で間合いを詰め、剣先を首に添えて言う。
キヒロ「一日二日オレンジになっても問題はないよ。それに、あんたを殺すことに躊躇いはない。」
ロザリア「ぁ……」
キヒロ「それと……俺はあんたみたいな人達が1番嫌いなんだ。大事なものを理不尽に奪って笑うようなあんたがな。」
放たれる殺気。それを感じたロザリアは力なく槍を落とした。俺はロザリアの襟首を掴んでコリドーまで歩いていく。そのまま彼女をコリドーまで放り込んだ。それを最後にコリドーは閉じていく。そして腰に手を当てて一息ついた。キリトが歩みよってきた。
キリト「キヒロ脅しすぎだ。少し抑えろって。」
そう言って苦笑いしていた。仕方ないだろ。我慢の限界だったんだ。
キヒロ「だって、ムカついたんだ!」
そんなやりとりをして後、座り込んでいるシリカのもとに二人は歩み寄る。あれ?怖がってるかな?
キヒロ「ごめんな、シリカ。君を囮にするような事になっちゃって……」
キリト「俺達が攻略組だって言うと怖がらせちゃうと思ってさ。ごめんな?」
俺たちは微笑んでそう言った。
シリカ「大丈夫です。お二人はいい人達ですから」
キリト「じゃぁ、街まで行こっか。」
シリカ「あ、足が動かなくて……」
シリカは顔を赤くしてそう告げた。キリトは笑って手を差し出す。こいついい兄貴だな。シリカはそれを取って立ち上がった。
35層 ミーシェ
宿に戻った三人は部屋を取り、ベッドに座っていた。少しの沈黙。それを破る様に発せられた。
シリカ「行っちゃうんですか?」
シリカが問いかける。
キヒロ「ああ、5日も前線を離れちゃったからな。」
キリト「すぐに戻らないとな。」
それを聞いたシリカは少し残念そうに俯く。
シリカ「そう……ですよね……凄いですよね、攻略組なんて。私なんかじゃとても……」
キヒロ「レベルなんてただの数字さ。この世界での強さは単なる幻想にすぎないよ。そんなものより、もっと大事な事があると思う。」
キリト「次は現実世界で会おう。そしたらきっと、また友達になれるよ。」
キリトがこんなこと言うなんて!成長したなーキリト!お兄さん涙出ちゃうよ。キリトの言葉を聞いたシリカは笑顔になり頷いた。
キヒロ「さぁ、ピナを生き返らせてあげようか。」
シリカは頷いてメニューを開く。オブジェクト化した羽根にプネウマの花から零れる滴をかける。すると羽根は大きく光り輝いた。
(ピナ。いっぱい、いっぱいお話ししてあげるからね。今日の凄い冒険の話と……たった一日だけの2人のお兄ちゃんとの話を)
輝く光を見ながらシリカは心の中でそう語りかけたのだった。
シリカ推しの方からしたら今回は待ちに待った回ですね!さてと、次は誰が出るかなぁ〜?(*´∇`)ノ ではでは~