キノの旅 ~ Traveler's memory~ 作:枯渇性資源
「いや本当にどうしようかと思った。一人旅は何があるか分からないからな」
目の前で不器用に笑う彼カラヤさんと出会ったのは、この国に入国して少し経った時だった。
ボクはエルメス、相棒であるモトラド(注、二輪車のこと)に乗って街を走っていた。
入国審査は全て機械がやってくれて、こんな国もあるんだな。と感心していたのもつかの間、審査が無事終わり城壁を越えて入ってみると、町の大通りにも拘わらず、人っ子一人視認できなかった。
この国の一つ前の国は住人が一人しかいなかったこともあり、この国には人が住んでいないのかもしれないとさえ思えた。
しかし、荒廃している印象は見受けられないので、人が居ない事はないはず……、そんなことを考えている時だった。
――大通りの舗装された道の脇に、特徴的なモトラドの傍で何やらしているこれまた特徴的な男性が佇んでいた。
その人は己をサトウカラヤと名乗り、自身もまた、旅人だといった。
ボクはこの国の人じゃないのかと残念に思いながら、お腹が空いたのでどこか食事できる所を探そうかと人を前に、失礼な考えを巡らせていると、
「この三日間だけ、一緒に行動しないか?」
というようなことをカラヤさんに言われた。
ナイフ以外武器となるようなものを持っていないようだし、何より悪意を感じないので、この国に滞在する三日間だけ一緒に行動することにした。
勿論、いざという時の為に最低限の警戒は怠らないつもりだけど。
そして今、奇抜なお兄さん、カラヤさんと共に、食事処へ来て注文を取った。
「なあ、キノ嬢は何で旅してるんだ?」
カラヤさんはボクが何故旅をしているのか気になったようだ。
確かにボクは見た目相応に若いし、この歳の子供は大概が親元で生活を享受しているだろうから、その疑問を抱くのもおかしくはない。
「そうだなぁ。旅人だからかな……ごめんなさい。……ボクは、一つの国には三日間だけ滞在する。っていうルールを自分に課してるからね。旅の目的は特にないかなぁ。強いて言うとすれば、世界中を見て回りたいから、かな?」
いつか聞かれた時、こう言おうと冗談交じりに考えていた言葉は、カラヤさんには受けなかったらしい。エルメスが此処に居なくてよかった。
「へえぇ~、良い国があっても、永住はしないのか?」
カラヤさんは車椅子にコンピューターを載せて腕をつけたような機械が運んできた料理を受け取ると、頼んだであろう色とりどりのサラダと、米に似たご飯を食べ始めた。
「うん。ボクの目的は飽くまで旅だからね。……あと、キノ嬢って言うのは恥ずかしいからやめて」
そう答えると、ボクも頼んだスパゲッティによく似た食べ物と、何の肉か分からないステーキと、見たことも無い色のフルーツを機械から受け取り、食べ始める。
食べ終わるまで、終始無言だった。
「はぁ、美味しかった」
「これ全て機械が作ってるのか……」
厨房を覗くと人の姿はなく、機械がボク達の食べ終わった食器を洗っていた。
しまった。機械が作ったとは思えない程美味しかったから、つい黙々と食べてしまった。カラヤさんに色々聞きたい事とかあったんだけどな。
「食べた?」
「食べたよ」
レストランと書かれた建物を出ると、建物の前に止めたエルメスの所まで戻ってきた。
「誰かいた?」
「誰も」
「カラヤは?」
「厨房の奥に人が居ないか見てくるって」
「キノは帰ってきたんだね。このまま逃げちゃえば?」
エルメスは冗談半分に訊いてくる。
彼は案外悪い人じゃなさそうだと伝えようと口を開くと、
「キノ嬢~、あの建物一人も人が居なかったぞ」
「あ、帰ってきた」
建物からカラヤが出てきたのでそのまま口を閉ざし、エルメスに跨る。
「それにしてもこの国、防犯面大丈夫なのか……? よっと」
カラヤさんもそれに続くようにバイクに跨るのを見て、
「ボクはエルメスの燃料の補充をしにいくけど、どうする?」
「それじゃあ俺はホテルでも探そうか……伝達手段がないのが面倒だな」
ほう、宿探しはカラヤさんがやってくれるらしい、伝達手段は……無いな。
「じゃあこの建物を待ち合わせで、見つけたら戻って来て、ボクは燃料を入れたら戻ってくる」
「了~解」
間延びした返事をして、彼はバイクで走り去っていった。
その姿は乗り慣れたもので、特徴的な服装も合わさり、とても格好良く見えた。
けど、まだ警戒を解くには早い。……彼が動くとしたら今夜、それで信用できるかどうかが決まる。
「よし、行くよ。エルメス」
「了解!」
ボクはその後無事エルメスに燃料を入れ終え、カラヤさんが見つけてきたホテルへと向かった。
ホテルの外装からして高級感が満ち溢れていたが、内装もとても煌びやかで、しかし落ち着く色彩で作られていて、国にもよるが、ボクの今まで回った一般的な国だと貴族や王族の方々が泊まるような高質感だった。
カラヤさんには金銭感覚が無いのかと疑ったが、ホテルの機械が、これがこの国における一般的なホテルと言うものだから驚いた。そして値段がとにかく安かった。燃料の時もそうだったけど、この国の物価が安すぎて本格的に心配になる。機械がやるだけでここまで安くなるものなのだろうか。
自室を見て、その余りの豪華さに機械に何度も確認を取ったのは別の話。
普段旅人という職業柄、ベッドで眠らない日も多いボクは白いふかふかのベッドを見ると、無性に眠くなってしまうのは、仕方のない事だと思う。
ボクは部屋の扉に侵入者用のトラップと、念のため内側の鍵をかけておき消灯。装備を限界まで外し、ベッドの下に師匠から授かったリボルバー拳銃を配置しておき、ベッドに仰向けに寝転ぶ。
「何だか今日は楽しそうだね。キノ」
「そう、かな? ……三日間だけだけど、旅の仲間ができたのが嬉しかったのかも」
「そうだよ。僕としても話す相手が増えた方が楽しいし、カラヤを旅に誘っちゃえば?」
……カラヤさんを、ボクの旅に?
想像する、このボクの旅に、カラヤさんが一緒について来てくれるのを。
「………」
ボクはエルメスの問いには答えず、そのまま羽毛布団に包まり、夢の世界へと旅立ったのだった。
―――sideカラヤ
俺はレストランの前でキノと別れると、ホテルを探すためにバイクで移動する。
元々俺はバイクの免許を持っていて、大学や観光に行くのによく乗っていたので多少勝手が変わっても乗る事は造作もない。
それにしてもさっき、料理の料金を機械に告げられ、お金を持っていない事に気づいたときは焦った。
お金が無いのに料理を食べたとキノに知られれば即旅の同行を拒否されていただろう。キノのサバサバとした性格ならまず間違いない。結局無い知恵を振り絞って能力を使い、時の止まった間にレジの機械から金を抜き取り、機械に渡した。
うん、立派な犯罪行為です。ありがとうございました。――違う! 俺は悪くない! 人が居ないのが悪いんだ!
責任転嫁で罪悪感を無くそうとして軽く自己嫌悪にさせられていると、ホテルと書かれた看板が掲げられた建物を見つけた。……そういえばキノってどうやって生計を立てているのだろうか。くそぅ、原作呼んでおけば良かった。いや、実際には読んだはずなんだけど、流し読みかつ五年以上前のことだから全く覚えてないな。
女神が旅の資金をくれれば何の問題も無いわけだが……期待するだけ無駄か、仕方が無いからお金はまたレジで拝借しよう。どっかの魔女の言葉を借りるなら、死ぬまで借りるだけ、だ。ただし、返すとは言っていない。
その後、キノと合流した俺はホテルに着いた。部屋を見た時、キノが何度も機械に確認を取って、エルメスが苦笑いしているのが印象的だった。俺も部屋を確認した後、この後どうするのか聞くためにキノの部屋に行く。
しかし、ノックしても出て来なかったのでどうかしたのかと思ったが、どうやら眠っているらしい。部屋に居たエルメスがそう言っていたので間違いないだろう。
「――さて、能力でも試してみるか」
キノが寝ているなら丁度良いと、俺は自室に戻り、能力を解放する。
止まった世界は白黒で、宙を飛んでいた蚊を俺が触れるとぐにゃりと形を変えた。
「いや気持ち悪っ!」
俺は手を払いながら、能力を止める。
宙を飛んでいた蚊は変形したまま落ちて行った。
「……うぇ」
実験に蚊を使ったことにこれ程後悔するとは思わなかった。
部屋の電気を消すと、高級でふかふかのベッドに倒れ込む。
布団の中に身体が沈み込むのを感じながら、窓から入る陽の光を背景にぼうっとする。
この世界に来てまだ数時間か……、俺からしたらもう三日四日居る気分だ。
日本での生活が遠くに感じて、遅れてやってきた悲しみの気持ちが溢れ出る。
「はぁ、皆に迷惑かけちまったかなぁ」
思い出されるのは俺の両親と、ただ一人の妹。
もう会えない。日頃の感謝も大して言えてなかった。
妹の小さな約束も、守っていない。
考えれば考える程後悔が湧いてくる。
……今日一日は、泣こう。明日からは、新しい自分だ。
異世界に連れて来られた初日、俺は前の世界の未練に何年振りか、泣いた。
――翌朝、流石に就寝が早すぎたせいか、夜明けより少し前に起きると、ロビー近くのレストランで早めの朝食を摂った。
こういう時は機械だとありがたいな。人だったらこんな時間に朝食を作ってはくれないだろう。
食事を終えた俺は、女神が選んだにしてはセンスの良いバイクと舗装道路のど真ん中で夜明けを待った。
俺は比較的都会に住んでいたので、周囲に人が誰も居ないというのは新鮮だ。
街の城壁からゆっくりと顔を出す太陽の日の光を、全身に浴びていると、ホテルの窓に動く影を捉えた。
……キノが起きてきたのか。随分と長く寝ていたな。
とはいえ朝っぱらから俺に付きまとわれるのも嫌だろうから、そっとしておく。
十分か二十分か、のんびりと陽の光を浴びて頭も冴えた所で、日陰で能力の確認でもすることにした。
俺の記憶には、確かキノが銃やナイフで戦闘するシーンがある。それも何度も。
俺がもし、いや、確実にキノの旅に着いて行くことになるんだったら、それ相応の準備が必要になる。
幸い俺には女神から授かった能力がある。この平和ボケした現代日本人の俺でも時間を止められれば何とかなる、と思いたい。
……どんな能力も持ち手によって左右される。
こればかりは頑張るしかないな。
俺は一人ごちると、能力を発動する。
世界が停止し白と黒の世界になり、この世界で動いているのは自分だけだという感覚がある。
その虚無にも似た感覚に、頭がモヤモヤするが、多分この能力を使った人は誰もがなる感覚だろう。
まず能力の効果持続時間だが……。
一分経過。
五分経過。
十分経過した所で止めた。
何だこの能力、何時間でも止め続けられるとか言わないよな? 使い勝手良すぎて怖くなってきたんだが。
次は停止した時間の中でバイクを走らせてみた。
結果は普通に走った。
ただエンジン音が無かったので、時間を戻した時に一気に鳴るはずだ。絶対煩い。
それだけですぐに時間を戻すのもあれだったので、キノが何をやっているのか気になったのもありそのまま見に行ってみた。……内側ロックが掛かっていて扉が開かなかった。というかよく考えたらキノも女の子なんだから部屋に無断で入るとか色々とまずい。入れなくて良かったと思おう。
能力で色々遊んでいたら、キノがエルメスと一緒に俺が朝食べた所のレストランで朝食を摂っているのが見えた。
能力を解除して、キノの前の席に座る。
「おっす、キノ嬢、エルメス。……凄い食うな」
キノの前のテーブルには大盛りの料理がずらりと並んでいる。
「んく、おはよう。折角安く食べれるんだから、食べれるだけ食べとかないと」
「おはようカラヤ。カラヤはもう食べたの?」
「おう、昨日は寝るのが早かったからな、夜明け前に目が覚めたから早めに済ませた」
「だって、キノ」
エルメスがキノに話を振ると、
「……それはそれとして、カラヤさんはこの国の地図は持ってる?」
キノは話を逸らす様に俺に問いかけた。
「いや持ってないけど」
「そうか、ボクが貰った地図によると、この国の西側に居住区エリアがあるみたいだから。今日はそこに行ってみようと思う」
「地図なんてあったのか。分かった、人が居ると良いけどな」
どうやらキノは既に地図で街を調べていたようだ。……俺、マジで役立たずだな。
「……カラヤさんはどうして旅をしてるの?」
「俺か? そうだな……」
旅をするのは原作に関わらないといけないからだし、旅をする原因は女神だし、その更に原因は女の子を助けたのが原因だ。総じて……
「――生きる為、だな」
「ん、哲学の話?」
「深ーい」
キノはよく理解できなかったのか、首を傾げている。
エルメスも適当に言っているだけだろう。
「じゃあ一つ話をしてやろう。そいつは異世界人の男でな――」
「面白い話、ありがとう。ボクは少しお腹いっぱいなので休んできます……」
キノは流石に食べ過ぎたのか、エルメスを連れてお腹を押さえながらホテルに戻っていった。
幾ら宿泊料に食費が込みだとしても動けなくなったら世話ないだろうに……。
案外キノは天然なのかもしれないな。
約一時間後、キノが復活したので、居住区に行くことになった。
その頃には太陽はだいぶ昇っていて、少し肌寒かった外も、春のようなボカボカ陽気だ。
この世界での相棒となったバイクに乗って、居住エリアに向かっている。
前を走っているキノを見て、思う。
……キノのあのゴーグル欲しいな。バイクに乗ってると眼がしょぼしょぼして敵わん。何故女神はヘルメットも付けてくれなかったのか。――十中八九嫌がらせだろうな。あの女神のにやけ面が目に浮かぶ。
「いないなぁ」
「いないねー」
「生活してる感じはあるんだけどな」
居住エリアは殆どが森で、家の一軒一軒の間が一定間隔で、異様に広くとってあった。
家の庭も手入れがされていて、人が住んでいるのは確かなはずなのだが、一向に姿を現さない。
結局姿を見る事ができないまま、森を抜けて町の中心まで来てしまった。
道は舗装されて広くなり、ビルが立ち並んでいた。
キノが展望台らしき建物を見つけたので、エレベーターで最上階に上がり、町を眺めた。
町の全景を見ることができるが、それでも人の姿を確認することはできない。ホントどうなっているのやら。
するとキノは単眼鏡のようなものを取り出し、家の中を一つ一つ確認し始めた。
「ホントはあまり感心できないけどね」
「――男がやったら即通報ものだな」
エルメスの言葉に同調するように呟く。
「見つけた。人だ」
キノが単眼鏡を覗いたまま言った。
「ホント? ほんとに?」
エルメスは人が居るとは考えていなかったようで、怪訝そうに言う。
「あ、家の前に一人普通の男の人がいる。何かの運動をしている。……離れた別の家にも一人、中年の女性だ。庭で何をしてるんだろう……。あ、家に入っちゃった。別の家には、電気がついてる部屋もある」
キノはそこで覗きを止めて、単眼鏡を荷物に戻した。
「ほら、言ったとおりだろ。人はいるんだ」
「うん。さっきもそんな雰囲気はあったしね。でも、なんで一人も見かけなかったんだろうね?」
エルメスの質問に、キノは展望室のベンチに腰を下ろし、
「それが分からない。初めはボク達旅人が珍しいか、怖いのかと思った。でも」
「でも?」
「それなら仲のいい住人同士で会って、楽しく過ごしたっていいだろ。この国には、彼ら同士であっている形跡も全くない。出かけてる人もいない。まるで全員が家に閉じこもってるみたいだ」
……もっともな意見だ。
「なんでだろう?」
「……それは、住人に訊いてみるしかないだろうな」
そう言って、人が住む森をもう一度見た。
それから町の工場エリアを回って、夕方、辺りが暗くなる前に昨晩泊まったホテルに戻ってきた。
キノはチェックアウトしていたようだが、俺は普通に忘れたまま出掛けていたので、キノが前のホテルにしようと提案してくれたのは助かった。
その間も結局、誰一人として見かけることはなかった。
「キノの旅の作者、何考えながらこの話書いたんだろうな」
そんなことを考えながら、眠った。
次の日、キノは出国すると言い出した。
もうこの世界に来て三日目だという事に驚くと共に、女神の話を思い出し禿げそうになった。
流石にこんなに善良な少女を追いかけ回すのはな~。嫌だな~。あ~。
森に住む人達に迷惑が掛からないよう、ゆっくりと走っていると、カチャカチャと人工音が聴こえた。
音のした方を見てみれば、家の庭で一人の男の人が小さな機械をいじっていた。
俺達はエンジンを切り男の人に近づいていくが、機械の修理に集中してこちらの存在に気づいていないようだった。
「おはようございます」
「どうも「――うわあぁ!」」
男の人はひっくり返りながら情けない声を上げ、俺達の方に振り向く。
歳は三十歳ほどだろうか、黒縁眼鏡を掛けた男の表情は、信じられないものを見たような驚愕の表情が浮かんでいた。
「な、なななななななぁ、なな……」
……大丈夫なのかこの人。
「大丈夫ですか? すいません驚かしてしまって」
キノが申し訳なさそうに言うが、
「だだだだ、だあだだ……。いいいついちいつちつ……」
「キノ、言葉が違うんじゃない? 彼はこれできちんと自己紹介をしているんだ。『ダアレダ・イツチツ』さんかな?」
「エルメス、流石にそれは無理があるぞ。キノ嬢、彼はこう言っている『――貴様らには異世界に行ってもらう』と」
「カラヤさん……それ本当?」
「――勿論嘘だ」
開口一番にこれと似たような事を言った奴は知っているがな。
「きき君達は、私の思っている事が分からないのか?」
男は俺達を指差しながらいきなりそう叫んだ。
「はあ?」
キノは首を傾げ、エルメスは生返事を返した。
「俺には分かりますよ。貴方は今、こう考えているでしょう『私の思考が分からない人間がこの世にいるだとっ!?』と」
「な、やっぱり分かるのか!? ……いやでも僕からは君達の『思い』が聞こえないし」
「カラヤさんは少し黙ってて「はい、すいません」この人は分かりませんが、少なくともボク達は分かりませんよ。何をおっしゃっているのかは分かりますが」
キノが俺に対して少し冷たくなってしまった、悲しい。
キノの言葉を聞いた男は発情期の猿の様に興奮しきった様子で、たたみかけるように言った。
……我ながらこの表現は酷いな。
「そうだろう! 僕に君達の思いは『聞こえ』ない! ……ああ、なんてこったい! なんてこったい! 君達旅の人かい? そうだよな! そうだろうな! いいいい、一緒にお茶でもどうだい! ひ、ひょっとしてもう出発かい? 頼むよ!」
口を挟みたくなる病気の俺は断りたくなったが、何とか堪える。
「まだ出発は延ばせますけれど……。よろしかったら、この国ではどうして人が表に出てこないのか教えてもらえますか?」
キノの質問に男は大きく頷き、
「ああもちろんさ! 全部話してあげるよ!」
……ドナルド、くっ。
森の細い道を少し行った所に男の家があった。
俺達は男に独り暮らしにしては広い部屋へと案内された。綺麗に整頓された部屋内は、彼の性格を忠実に表しているようだ。
玄関先の靴からして、此処には彼以外住んでいない可能性が高い。こんな広い家に一人だけ、これもこの国の秘密に繋がるのだろうか。
「はい、どうぞ」
どこかに行っていた男がマグカップを持って帰ってきた。
「庭で取れた草で作ったお茶さ。お口に合うか――」
そういって出されたのはドクダミ茶というらしい、キノとエルメスが飲むのに躊躇しているが、日本で飲んだことのある俺からしたら微笑ましく、羨ましい光景に映る。
「……カラヤさん?」
男が名前の由来を話して、それを聞いて安心しているキノ達の姿を、ぼうっと眺めていると、キノに呼ばれた。
「おう、どうした?」
「……何でもない」
……なんだそりゃ。
それから男が突然号泣し、俺達はしばらく顔を見合わせていた。
そして彼は鼻をすすりながら、喋り出す。
「他の人と、こうやって会話を交わすのは、何年ぶりになるだろう……。十年かな、いやもっとかもしれない」
キノは少し時間を置き、言う。
「お話、お願いできますか?」
「ああいいとも、もちろんだ。今から説明するよ。なぜこの国の人間がお互いに顔を合わせないのか」
男は何度も頷いて語りだした。
彼の話を聞き要約すると、此処は人の痛みが分かる国で、昔、人間の脳を研究していた医者たちが、人間同士の思いを直接伝え合うことができることを発見して、薬を制作し、全ての国民が飲んだらしい。そして彼は当時付き合っていた彼女に、伝えたくないことまで伝えてしまい、それがきっかけで口論になり、彼女が出て行ってしまったらしい。
他にも二人の政治家の殺し合いの話や、若い女性に近づいただけで、訴えられた男の話を聞いた。
中々に面白い話だったが、俺がもし当事者だったなら絶望していただろう、特に最後の話とかな。
――この混乱の解決方法は、たった一つだけだった。それは他人と離れること。数十メートル離れれば、遠くの音が聞こえなくなるように、思いも伝わらなくなる……」
「なるほど、そういう訳かぁ」
エルメスが納得がいった様子で言った。
「だからこの国では人との距離を離して基本的に一人で生活をしている。……この国では、もう十年近く子供が生まれていない。だからそのうち滅びるだろうね」
男は足元にあった機械のスイッチを入れた。
機械からは穏やかな曲が流れ出し、暖かな陽の光を浴びながら聴くと、すぐに眠ってしまいそうだ。
「すてきな曲ですね」
キノの言葉を聞いた男は微笑み、
「僕はこの曲が大好きだ。これを聴いて、僕はいつも感動してしまうけれど、そんな時思うんだ。『他の人はこの曲を聴いた時、自分と同じように感動するのだろうか?』ってね。昔は恋人と一緒に聴いた。彼女もいい曲だって言ってくれたけど本当は、彼女はどう思っていたんだろう? そして、今の君達はどう感じているんだろうね……。でも、その答えは知りたくはない」
そういって、目を閉じた。
しばらくして曲は終わった。
「それじゃあキノさん、エルメス君、それとカラヤさんも、道中気をつけて」
「はい、きをつけます」
「ありがと」
「心配しないでください。俺がキノ嬢もエルメスも守りますから」
「――っな、ボクに守られるの間違いじゃない?」
俺とキノのやりとりを聞いて、
「ははは、仲良しそうで僕も安心だよ。――君達と話ができて、とても楽しかった。できれば最初の日に出会いたかったけど、それは仕方ないね」
男はそういって、肩をすくめて微笑んだ。
「お茶、ごちそうさまでした。おいしかったです」
「このご恩は一生忘れません。またいつか、面白い話を携えて来ます」
キノと俺はそう言うと、エルメス、方やバイクに跨りエンジンをかけ、発進した。
――いや、あの人本当に助かったわ。あの後のキノの旅の話や色々話をした成り行きで、キノの旅に着いて行くことになった。途中で眠くなって適当に話してたけど、キノも心なしか機嫌が良さそうだし、あの人が居なかったらキノの旅に一緒についていけなかっただろう。
「キノ嬢。改めて、これからよろしくな」
並走して隣を走るキノに手を差し出す。
「……ふぅ、カラヤさん。これからも、末永く宜しくお願いします」
キノは俺から伸びた手をがっしりと掴み返し握手を交わすと、柔らかい笑みを浮かべた。
こうして、俺達の長い旅は幕を開けたのだった。
――あれ、何かフラグ建ってね?
速攻フラグを建てる主人公の鏡サトウカラヤ。
三日で鈍感キノのフラグを建てるとは一体何を言ったのか……答えの真相は男とキノだけ知っています。
何か色々と描写が足りない気がしますが、あまり原作と被りすぎると規約に引っ掛かるのと、疲れたので、一先ずはこれで。