魔法科高校の劣等生 ~世界をひっくり返す錬金術師~ 作:カイナベル
錬が警備部隊に配属されてから数日たち、錬の実力を疑うものは誰一人としていなくなった。服部や沢木を圧倒した試合内容を見たものは認めざるを得なくなり、それでもなお突っかかったものは完膚なきまでに叩きのめされた。中には一度も魔法を発動することなく、圧倒されたものもいるほどで、その実力に大きく頼もしさを覚えるものも少なくなかった。今では錬は警備部隊でもトップの実力者として台頭していた。さて話を本筋に戻すが、錬は今、いつものように風紀委員会本部で事務仕事を行っていた。達也とその前に座る五十里の会話を聞きながら。達也たちの会話の内容は達也の家のサーバーがクラッキングを受けたという内容で、心配そうにしている五十里を他所に達也は平然としていた。錬は書類仕事に集中しているというのと、さして興味がないというのも相まって話に混ざろうという気はなかった。すると、話している二人の間に花音と摩利が入り込み、四人で会話を続けていた。すると、摩利は会話のタネとするために、花音の生徒会での働きぶりについて聞き始めた。その問いに花音は大きく慌てる。
「そうですね。整理整頓はきちんとやっていただいています。特に捨てるのがご上手ですね。時々、思い切りが良すぎると感じることもありますが」
達也は真面目な表情のまま、皮肉めいた口調で二人に向かって告げると、二人は居心地悪そうな表情をする。しかし、ここにはもう一人花音の部下がいる。達也はその人物からも意見を聞こうと、その人物の方に振り向いた。
「錬、お前はどうだ」
その言葉に反応した錬は作業中だったデスクから達也たちの方に視線を向ける。達也が錬に聞くという一連の行動で摩利の顔はゲッと言わんばかりの表情になる。花音はまだまだ付き合いが短いため知らないが、摩利はこの男が包み隠すというものを知らない男だということを知っている。そのため、達也のように皮肉めいた口調で告げてくるのではなく、ズバッと直球で告げてくるだろうと予想ができていたためだ。そのため、摩利は花音以上に錬から告げられる言葉に対して体をこわばらせた。
「そうですね、いくつか言いたいことはありますが…、まず必要な書類まで捨てるのはどうかご勘弁ください。今までに大変なことになりそうなことが何度かあったので。あと、会長自らがやらないといけない書類まで俺に押し付けないでください。ここまでは前委員長と大体同じでいいのですが、一番に、俺を巡回に出そうとするのはやめてください」
錬の容赦のない言葉の暴力に身構えていなかった花音は完全に身じろぎ、備えていた摩利は何とか踏みとどまった。隣に座る五十里は身じろいでいる花音を苦笑しながら見ている。しかし早くも立ち直った花音が弁明だと言わんばかりに口を開く。
「で、でも摩利さんに勝てるだけの実力があるんだったら、別に巡回に出ても実力不足ではないでしょう。噂では服部や沢木にも勝ったらしいし!」
花音の正鵠を射ていながらも苦し紛れの反論に、錬は溜息をつきながら反論する。
「俺は巡回よほどでない限りしないという約束で、風紀委員に入りましたから。それに別に戦闘がしたくてしてる訳ではありませんし、戦闘狂集まる風紀委員の方々は実力者ぞろいですから俺が出る必要はありません」
その言葉に花音は何か言いたそうにしながらも黙り込んでしまう。風紀委員が全員戦闘狂であるというのはいささか偏見であるが、前会長の摩利は実践型の魔法師である。その部下の沢木もマジック・マーシャル・アーツ部のエースであり、錬に試合を吹っ掛けるような生粋の武闘派である。ここにいる達也も温和そうに見えて、深雪のためであれば、生徒会副会長に喧嘩を吹っ掛けるような人物である。このように風紀委員に戦闘狂が多いのも否定できない事実である。まあ、達也の場合は条件発動型の
それはそれとして、むくれてしまった花音を諭すようにして五十里が話しかけ始める。
「……錬君の言うように花音も少しは自分で事務処理をしないとだめだよ?委員長がやらなきゃいけない書類まで押し付けているっていうのはさすがに見過ごせないよ」
「で、でも前委員長と同じってことは摩利さんも押し付けてたってことですよね!それを片付けてったことは本人も納得してるってことですよね」
「違う、そうじゃない」という言いたそうな五十里と「痛いところをつくな」と言いたげな摩利を他所に花音は独自の理論を展開する。確かに錬は別に不満があるわけではなく、自分の仕事だからと納得している。ただ、もう少し会長としての責任を持ってほしいという意味を込めていったのだ。すると、この話しに飽きたのか、達也が本題に入るように促す。
「実は、論文コンペの警備の相談なんだが」
「まさか俺に警備も担当しろ、とは言いませんよね」
「私もそこまで外道ではないよ。今回は君の警備に関してだ。…といいたいところなんだが、君に警備は肉壁程度にしかならなかったな」
「個人にも警備がつくのですか?」
「そうだ。コンペの参加メンバーは産学スパイの標的になることがしばしばあるからね。そのため、個人にも警備をつける必要があるんだよ。市原には服部と桐原が、五十里には…」
「当然、私です!」
ここで花音が五十里に抱き着きながら、口を挟む。ここで誰にも相談していないことに苦笑するが、本人も納得しているようなのでその方針で進むこととなった。
「ここで問題なのが、平河なんだが…、警備の方でも相談して、錬君がいいという方針になったんだが……」
摩利は作業中の錬の方に視線を向けるが、どこ吹く風といった表情で作業を続けていた。この行動が拒否であることは達也と摩利には明白であった。その行動に摩利はううむ、と唸り声を上げる。その姿を見た花音は何を思ったのか、五十里に絡みつかせていた腕を外すと立ち上がると、近くにあったノートを丸めながら、錬のもとへと近づく。その行動の意図が読めずに三人が首をかしげていると、花音は錬の頭にノートを振り下ろした。合計で三回ほど振り下ろしたのち、反応した錬に花音は話しかける。
「摩利さんに必要以上に迷惑かけるんじゃないの。平河先輩の護衛を快く受けなさい。委員長の命令よ」
職権濫用だと三人は思いながら、頭を叩かれた錬の動向を注意深く観察する。すると、錬は溜息を吐く。その後の行動に三人が冷や汗をかきながら、見ていると、錬は口を開く。
「分かりましたよ。平河先輩の護衛受けさせていただきます」
錬の発した言葉に驚きながら、摩利はそのことを報告しようと軽く錬に説明した後、部屋から足早に出て行ってしまう。五十里、達也、花音の三人は論文の作業を再開するために、どこかへ行ってしまう。本部に残っているのは錬のみ。作業を終えた錬は、モニターから視線を天井に移した。
摩利から平河の護衛を言い渡された錬は、その日のうちに顔を合わせるために、市原たちが作業している場所へ向かっていた。入室の許可を得るために、市原たちが準備をしている部屋のドアをノックする。
「園達です」
「お話は聞いています。どうぞ」
「失礼します」
市原の凛とした声に呼応するように錬はドアを開ける。
「平河さんの護衛の件ですね。よく来てくれました」
「こんにちは園達君。私が平河小春です。護衛を引き受けてくれてありがとね。噂は何度か聞いていたから、園達君に護衛されるとなると心強いわ。服部君たちにも勝ったらしいからね」
「恐縮です。しかし期待成されても人並みの活躍しかできませんが」
「一校の三巨頭の一人を下し、二年のトップツーを倒せる実力者を人並みとは言いませんよ」
錬の言葉に市原から正確なツッコミが入る。
「九校戦の活躍も見させてもらったからね。あの一戦は今じゃ『世紀の凡戦』って言われているからね」
「褒められているようには聞こえないんですが…。話を戻しますが、護衛というものの確認をしておきたいんですが」
「そうね。護衛は登校、帰宅の時をお願いします。朝は早いし、遅くまで学校に残ることになるけれど、お願いね?」
「問題ありません」
平河の説明に錬は短く言葉を返す。その言葉に平河は安心したような顔をする。
「よかった。それじゃあ連絡先を交換してもらえるかな?連絡がつかないと不便だからね」
「分かりました」
錬はポケットから端末を取り出し、連絡先の交換をする。すると、終わった直後に錬の端末が鳴り響く。相手を確認すると、通話の相手は達也だった。許可を取り、錬は部屋を出て通話のボタンをタップする。
「どうした?達也。珍しいこともあるもんだ」
「少し問題が起きてな。護衛であるお前にも伝えておこうと思ってな」
「続けて」
「俺たちのことを監視しようとしていた奴がいた。俺たちが監視に気付いたことが分かった途端に逃げ出した」
「捕まえようとはしたんだろう?」
「ああ。だが用意周到に閃光弾と逃走用のスクーターを用意していた。スクーターに五十里先輩が放出系魔法をかけて逃亡を阻止しようとしたんだが…、ロケットブースターで無理やり脱出して逃げてしまった」
「ロケットブースター?随分といい趣味をしているんだな」
「それは冗談か?それとも本心か?」
「話を戻すが、その監視をしていた相手はわかったのか?」
「顔は見ていないが、一校の制服を着ていた」
「それじゃあてにはならないかもしれないが…、市原先輩と平河先輩には俺から伝えておく」
「頼む。わかったことがあったら伝えてくれ」
そのまま無言で錬は通話を切る。端末を再びポケットにしまい、振り返ると、そこには市原と平河が不安そうな顔をして立っていた。
「ずいぶんと物騒な内容でしたが」
「どうやら当校の研究が気になるスパイがいるようで。スクーターにブースターもつけていたようですから何者かの支援もあると考えてもいいでしょうね。お二人も油断されないようにお気を付けください」
「分かりました。園達君は今まで以上に平河さんの警護をお願いします。私も服部君と桐原君にお願いしておきます」
「お願いね」
平河が不安そうな表情で錬に頼む。錬はその頼みに一度頷くことで答える。
「今日は五十里君が戻ってきたら、軽く確認をして解散にしましょう」
錬が平河の警護を開始して幾日か立ち、今日の一校では論文コンペで実際に使われる模型を組み立てるために多くの生徒が校内を行き来していた。論文コンペというのは表向きの代表の人数では
九校戦と比べるまでもないが、魔法装置の設計、術式補助システムの製作、それを制御するためのソフトなどなど上げ始めればきりがないほどにやることがある。そのため、技術系クラブや美術系クラブなど多くの人材が関わるのだ。その準備期間には午後には授業がなくなり、その時間は準備に充てられていた。
今日はプレゼン用の常温プラズマ発生装置の組み立てをしており、付近では市原や五十里、平河がせわしなく動いており、その傍らでは達也がプログラムの制御のためかコンピュータの前に鎮座していた。錬はそのそばで警護のために付近を警戒しながら、模型を見ていた。市原が付近の大型CADにサイオンを流し込み、複雑な工程の魔法式を発動させる。すると、模型の中のプラズマが光を放つ。その光景を見たほかの面々は「やった!」「第一段階クリアだ!などの大きな声を上げ、成功を喜んでいる。光が模型内から消え去り、興奮の波も一区切りというように引いていく。その最中を終始観察していた錬は光が沈み興奮が収まると同時に、お下げ髪の女子生徒を追いかける桐原たちを目撃した。が、錬はその人物に対して四人も追いかけていったのを目撃して、任せることにし、平河たちのもとを離れることはしなかった。
錬が一度平河たちのもとを離れ、風紀委員の仕事を終わらせ戻ると、平河はいなくなっており、市原の警護役であった桐原もいなくなっていた。その光景を不思議に思った錬は市原に状況を説明してもらおうと、問いかける。
「平河先輩はどうしたんですか?」
「何やら妹さんが問題を起こしたようでその対応に向かっています。桐原君も当事者として同行しています」
「彼女が達也たちを監視していた人物でしょうかね」
「はっきりとは言い切れませんが、その可能性は高いでしょうね」
錬は一瞬何ともいえない不安を覚えたが、護衛としての任務を果たすために、すぐにその不安を胸を奥にしまい、平河先輩のもとへと急いだ。
錬は帰宅するために平河とともに四人乗りのキャビネットに乗っていた。その車内は重苦しい雰囲気に包まれており、平河は暗い表情をしていた。平河にとっては妹が未遂だったとはいえ、犯罪行為に手を染めようとしていたということとそれに気づくことができなかったということは相当ショックなことであったため、暗い気持ちになってしまうのは仕方のないことであった。しかし、錬には人を慰められるような気づかいのスキルを持っていないため、この車内の空気をどうすることもできなかった。錬は車内で外の代わり映えしない風景を眺めながら周囲を警戒していた。すると、その空気にとうとう耐えかねたのか、平河が口を開く。
「…錬君私どうすればいいかな?」
「妹さんの事でしょうか?」
「うん…」
平河はその言葉を最後に黙り込んでしまう。恐らく自分の気持ちに整理がつけられず、言葉にすることができないのだろうと、錬は見当をつけた。しかし、錬は二人の間のこの問題にはそこまで悩む必要はないと答えを出した。錬の考えたありきたりな答えを平河に伝えるために錬は口を開く。
「まあ、犯罪行為云々は取り合えず放っておくとしても、とりあえず妹さんに謝ればいいんではないでしょうか。お二人は複雑な関係ではなく、姉妹という単純な関係なんですから」
錬の発言を平河はかみ砕くようにして心の中で反芻する。すると、数分の間考えたように黙り込むと、ゆっくりと納得したようにつぶやき始める。
「……うん、そうだよね。まずは謝らなきゃだよね」
平河はぽつりぽつりと言葉を零す。それを錬は視線を平河で固定しながら聞き続ける。
「ありがとうね。わざわざ私の個人的なことまで聞いてもらっちゃって」
錬は視線を下げ、軽く会釈をする。平河の顔の暗さが少々晴れ、明るさが戻る。すると、平河の家の最寄り駅に着き、二人はキャビネットを降り、平河の家を目指して歩き始める。黙々と歩く二人はすぐに平河宅に着き、玄関先で別れの挨拶をする。
「それじゃあ、明日もよろしくね」
「分かりました。それでは失礼します」
錬は一度礼をして自分の家に向かって歩き始めた。その足取りはいつもの通りで何も心配することがないように見えた。しかし、錬は内心不安だった。ああ、これから面倒になるだろうな、と。
品川のとある料亭の個室にて二人のコンビと一人の青年が向き合い、話し合っていた。
「例の少女がしくじったようですが」
「陳閣下のご懸念は理解しているつもりです。しかし、彼女にはこちらの素性を一切伝えていませんので、情報漏洩の危険性はないと思われます」
「……周先生がそういうのであれば大丈夫なのでしょう。しかし、『万が一』がないように願いますぞ」
四十そこらの男は、目の前に座る青年に気味悪そうな視線を送りながら、相槌を返す。
「ええ、心得ています。近日中に様子を見てまいりましょう」
青年は丁寧に一礼するのを、目の前の男は満足そうに眺めている。その隣の男は青年に向かって鋭い視線を送っていた。
青年がいなくなり、料亭の個室には二人が残っていた。
「呂上尉」
四十代の男、
「小娘を消せ」
その命令は平河千秋にとっての残酷な死刑宣告であった。