魔法科高校の劣等生 ~世界をひっくり返す錬金術師~ 作:カイナベル
腕が切断された錬は、苦悶で表情をゆがめながらも、錬成を発動する。左腕につけていたCADを錬成で破壊し、なんとか呂の拘束から逃れる。呂の拘束から逃れた錬は、本棚から自己加速術式を発動して、呂との距離を取る。移動中にも視界に映る自身の右腕が否応もなく、集中力をそいでいく。
ある程度距離を取り終え、錬は自身の腕の切断面を確認すると同時に、念のために持ってきていた特化型CADを腰から引き抜く。その間、呂は錬に追い打ちをかけることはなかった。それが勝利に近づいたものの余裕かはわからないが、腕を一本なくしたことによって、錬が圧倒的不利の状況に立たされたのは間違いなかった。錬は付近のバリケードからワイヤーを作ると、傷口付近をそれで縛り止血をする。
片腕で縛り終えた錬が呂の方を見ると、呂は少しずつ錬に向かって歩みを進めていた。そして二、三歩歩いたところで呂が口を開き、言葉を紡ぐ。
「どうだ?ここらで降参しては。勝負はもう決まっている。私としても貴様にとどめを刺すわけにはいかない」
呂は徐々に錬に近づきながら、拙い日本語で投降を促す。呂としては今すぐにもとどめを刺したいところであろうが、任務としては錬の回収は、かなり重要である。そのため、無力化して持ち帰るというのが呂の考えであった。しかし、錬はその要請に冷たく答える。
「笑わせるな。お前たちに捕まって利用されるくらいなら、死んだほうがましだ」
錬の意志が揺らぐことはなく、拒否の意思を伝える。絶体絶命であるにも関わず、錬の眼はしっかりと呂のことを見据えていた。
「そうか、だったら力づくで連れて行かせてもらうぞ」
呂が持っているトンファーとともに構えを取り、錬に近づこうと足に力を込める。
「それと勝負が決まっているって言ったか?確かに決まってるよ。俺の勝ちだ」
その言葉に呂は反射的に「こいつは何を言っているんだ」状態になってしまい、力を抜いてしまう。その瞬間、錬は大きく息を吸い、呼吸を止めた。そして左腕で握ったCADを向ける。
錬があげたCADを見て、呂は即座に力を込め直して、錬を気絶させるために接近しようとする。が次の瞬間、呂の身体が強烈な酩酊感に包まれた。対毒訓練を受けていた呂にとっては大した毒ではなかったかもしれない。がそれによって生まれてしまった一瞬の隙が、決定的な隙へと変化した。
「はあああああ!」「せやあ!」
虚空から響く声。それと同時に空中からはドライアイスの雨が降り注ぐ。それらの不可解な現象に困惑しながら、呂は防御のために鋼気功の出力を上げる。ドライアイスを受けながら、動物的本能で攻撃のくる方向を感じ取った呂は、自身の右を向き、両手を上げて防御の体勢を取る。上げた両手には少なくとも人間技ではないほどの圧力がかかり、呂は思わず呻き声を上げてしまう。
しかし、呂もさすがであり、その攻撃を完全に受けきる。弾き飛ばし、知覚系魔法を発動し、攻撃の正体を確認する。目の前では大刀を持った少女が体を浮かせており、この少女が呂に攻撃を仕掛けたことは明白であった。
反撃に出ようと力強く踏み込むが、その直後、背後から背中を切りつけられてしまう。鋼気功のおかげで傷こそ浅いことが分かったが、攻撃のために踏み込んでいた身体が崩れてしまう。またその間にも、ドライアイスは降り注いでおり、呂の身体に当たったものは小さく、着実にダメージを与えていた。
これ以上のダメージを嫌った呂は鋼気功の性質を対物障壁魔法と同じ性質のものへと変更する。これにより、降り注いでいたドライアイスの雨は呂の身体に届く前に情報体に阻止され、霧散する。
先ほどの言葉から、この現象の原因が錬であることを本能的に悟った呂は、元凶である錬をつぶすために、ほかの攻撃を無視して錬に向かって走り出す。傷つくことも恐れずに恐ろしい形相で走るその姿はまさに虎であり、
錬が発動した魔法は術式解体。達也が十八番としている無系統魔法。これは達也のみが使える魔法ではない。どちらかというと錬もこの魔法が得意な部類であった(苦手な魔法があるのかと言われれば考えざるを得なくなるが)
錬の発動した術式解体のサイオンは、以前達也が放ったものよりも大きく、まるで津波のように呂の身体を包み込んだ。呂の身体を包んでいた障壁の鎧が吹き飛ばされ、呂が一瞬無防備な状態になる。
しかし、呂はその手は以前見たと言わんばかりに、即座に障壁を張りなおそうとする。がしかし、錬が十分に引き付けて術式解体を打った時点ですでに雌雄が決している状態、いわば“詰み”の状態だった。
呂が障壁の再展開を終了し終わらんという刹那の瞬間、呂の身体、ちょうど両肩の部分に何かが食い込み、血が噴き出させた。血を噴出した本人は悶絶するような痛みを防御魔法もなしに食らったことにより、声を無い悲鳴を上げながら意識を手放した。呂が最後に見たものは、ゆっくりを周りの景色との同化を解き、姿を現す忌まわしきもう一人の雪辱の相手だった。
錬は呂との戦闘中、剣を手放した直後あたりから、上空から降下してきていた摩利、真由美、エリカ、レオのことをしっかりと視認していた。そこで錬は攻撃を防ぎながら、本棚から光学迷彩の魔法を展開、四人にかけることで、呂に視認されないようにし、奇襲要員としての待機を言葉なく、静かに要請した。そしてその意図に気付いた摩利たちは待機することにした。そして呂を確実に仕留められるタイミングを見測り、錬が合図を出し、四人を戦闘に介入させた。これが錬が咄嗟に思い付いた作戦だった。
そこからは理詰めの勝負だった。まず摩利が自身の得意技術である気流操作によるガス攻撃で隙を作る。その直後の一瞬で、レオが薄羽蜻蛉を、エリカが山津波を左右から同時に、真由美はドライブリザードを呂に叩き込み、呂が攻撃できる隙を作らない。錬が元凶であることに気付いた呂の意識が錬に向いた瞬間、錬は術式解体で障壁魔法を発動。障壁がなくなる瞬間を狙って、摩利が童子切を発動。というのが先ほどの流れだった。己ができる最大限を発揮し、うまくつなげた連携だった。
しかし、先ほどの連携であるが、一つ穴のある部分がある。それは呂が、元凶が錬であるというのに気づく部分だ。うまくいったからまだいいものの、これが違っていたら、先ほどの流れは起こりえなかった。ではなぜできたのか。
それは偏に錬が、呂の戦闘魔法師としての才覚を信じたためであった。もちろんただ無条件で信じたというわけではない。錬自身、この状況であれば、こいつが犯人である、と予想するだろうと自分をその立場に置いて考えていた。錬の意識操作(得てして行ったわけではないが)もうまくはまり、呂の行動を予測できたのだ。
しかし、別に先の一連の流れができなくて困るものは錬以外にいなかった。別に綿密に計画立てて行った作戦ではないため、瓦解してしまった場合、アドリブで対処できた。それができる実力者が集まっていた。自分たちからしてみても、なぜできたのかというレベルの連携であったため、いい意味でもろかったのだ。そのうえでこの連携を成功させた。そんな彼らの技量には大きく拍手を送るべきだろう。
まあ、唯一の誤算があるとすれば、この連携を成功させた代償が腕一本だったということだろうか。
「錬君!大丈夫か!?」
戦闘を終え、錬は座り込むように体を落とし、そのまま寝転がる。その表情には痛みによる苦悶の色が浮かんでいた。その行動をみた、最も近くにいた摩利が錬に心配そうに声を上げる。実際問題、錬の切られた腕は痛々しい傷口をはっきりを見せており、近くに転がっている腕は置物のようにピクリとも動かないが、自身の腕から流れた血の中に沈んでいる。
レオとエリカも心配そうな表情をして近づき、傷口を覗き込む。その表情には下心はなく純粋な心配の意のみがこもっていた。別の場所で戦闘が終わった花音たちは、摩利たちの声に気付き、声に気付いた花音たちも近づいてくる。片腕の無い錬の姿を見た途端、花音、五十里、幹比古は青い顔をし、錬に近づいて心配の声を上げる。錬は一校の面々に心配そうに囲まれながらも、何もないかのように無表情に戻す。
真由美は錬に近づくことはなくどこかに連絡をしていた。いったいどこへ連絡しているのかは、その時の錬にはわからなかったが、錬を思ったものであるというのはさすがの錬でも理解できた。その姿を見た錬はゆっくりと起き上がり、一校の面々を掻き分けながら、自身の腕のもとへ歩いていく。
「あっ、やっとつながった!もしもし深雪さん!突然ごめんなさい!」
「会長、どうされましたか?」
真由美の通話相手は深雪のようで、その口調からは焦りが見えた。その焦りの口調に端末の向こうの深雪も聞き返してしまう。しかし、その声は至って冷静なものだった。
「えっと、錬君が戦闘中に敵に腕を切り落とされちゃって…」
真由美は終始申し訳なさそうなトーンで端末の向こうの深雪に話しかけている。その内容を聞く限り、真由美は深雪に達也を呼んでほしいようだ。真由美の言葉に聞き耳を立てていた錬は自身の腕を拾い上げるとともに、真由美のもとへ近づいていき、通話を変わるように申し立てる。
端末を受け取り、錬は深雪との通話を始める。
「もしもし、深雪か?」
「ええ、深雪です。どうやらそちらは大変なようで。何やら腕を切断されてしまったとか」
深雪は極めて冷静な口調で普段通りに錬に接し会話する。
「流石に察しが悪い訳ではないだろうから、さっきの七草先輩の言葉の意味を察しているだろう?」
「ええ。よろしければお呼びいたしましょうか?」
深雪が錬を心配するように告げる。しかし、やはりというか深雪の言葉の隅にはとげがあり、達也を呼んでほしくないというのが、ありありと感じ取れた。
「いや、結構だ。この程度で達也の手を煩わせるわけにはいかない。忙しいだろうしな」
「そうですか」
錬がそう告げると、深雪の声のトーンが一段階上がる。これを聞き取った錬は相変わらずのブラコンだな、と呆れるとともに感心もしてしまう。
ここで錬が達也を呼ばなかったのは、再成の副作用を考慮したわけではない。本当に達也の手を借りる必要がないためだ。錬の固有魔法である錬成は便利なもので、構造さえ理解していれば人体にも干渉することができる。理解していなければという前提条件があるのがネックではあるが、錬は知識として医学知識をかじっていた。そのうえ錬には本棚がある。欠損した部分や部位を修復するというのならばともかく、ただ切断されただけであれば、錬にとって、それを修復するのは朝飯前であった。
深雪もそれを知ってか、それ以上言及することはなかった(おそらく達也から錬の能力の推測を聞いていたのだろう)。
「では私は失礼させていただきます。またご用件があればご連絡ください」
そう告げた深雪は通話を切ってしまう。通話が切れたことを確認した錬は端末を真由美に返却する。すると、真由美は血相を変えて錬に近づく。
「ちょっと!何で切っちゃったの!?これじゃ達也君呼べないじゃないの!?」
「別に呼ぶ必要性はないですよ。達也に直してもらわなくてもいいですから」
錬はそう告げると、切れた右腕を切断面につけ、錬成を発動する。その間に摩利までもが血相を変えて錬を叱責する。
「何を言っているんだ!君は腕を切断されたんだぞ。これから隻腕で生活するつもりか!?」
上級生二人の叱責に流石の錬も動揺し、後ずさりをしてしまう(この間も錬成で錬の右腕は修復されている)。それに便乗するようにエリカ、レオたちの他の面々をまくしたてるように錬を諭す。
「心配してもらえるのはうれしいですが、自分から飛び込んでいったんですから、自分のケツは自分で拭きますよ」
そういうと錬は切断面につけていた手から左手を外し、止血のためにつけていたワイヤーを外す。すると、すでに錬の腕は完全に元に戻っており、その傷口からは血の一滴も流れていなかった。この一連の行動、その結果を見た面々は、右腕がついていることに動揺を隠せず、唖然とした表情で錬の行動を観察している。
錬は修復した腕を顔の前に上げ、握ったり開いたりして感触を確かめる。動きに違和感を感じなかった錬は正常に修復できたことを本棚でも確認し、内心でほっと溜息をつく。
一方その行動を見ていた一校面々は、
「「「「「「「はあああああああああ!?」」」」」」
錬の腕が修復されたことに驚き、あられもなく大声を上げ絶叫する。その見た目は切断前と全く変わらず、まるで切られていないかのように錬は腕を動かしていた、しかし、腕には切断時の生々しい傷が残っており、それが錬の腕がつい先ほどまで切れており、二つに分かれていたことを示していた。
「え、ええ?いったいどうやったの!?」
最も近くにいた真由美が錬の肩を揺さぶりながら、問いかける。その隣に立っていた摩利は錬の腕を取り、不思議そうに見つめていた。残りの面々も同様の表情をしており、中でも達也の再成を聞き、実際に体験した五十里と、その恋人である花音は最も驚いていた。
「まあ、今は忙しいので、あとで話したいと思っています。それよりも今はこいつを拘束することが先でしょう?」
地面に転がっている呂を指さしてそう答える。しかし、治療、拘束が先というのは錬の本心だが、錬がやったことを説明するつもりはほとんどなかった。この「思っている」という言葉は、思ってはいるが気持ちが変わるかもしれない、という意味合いである。要は、ただの時間稼ぎである。
錬は止血をしていたワイヤーを使って呂の腕を縛り付ける。完全に気絶しているが、一応念のためだった。平然そうに一連の行動をした錬を見て、真由美たちは唖然として声すら出ない。
「い、いやそれはそうかもしれんが…、それでも気になるぞ…」
声の出ない真由美の代わりのように摩利が代返する。
「ああー!もういいわよ、今は!その代わり後でみっちり説教よ!」
混乱で頭がショートしそうになった真由美がその混乱を振り払うかのように頭を掻きむしりながら大声を上げる。その声にいつもとは違った気迫がこもっているのがその場の全員が読み取った。
「その時にあなたの魔法についても聞かせてもらうから覚悟しておいてね!」
真由美はそう宣言する。説明が確約に変わった瞬間である。錬が説明しなければならないのか溜息を吐くと、真由美は錬に背中を向け、摩利はその後ろについていく。真由美の頭の髪は見るに堪えないほど乱れており、十師族の権威が落ちそうだな、と錬が自分のことを棚に上げて思ったのは内緒の話。レオやエリカ、幹比古は心配そうに、かつ錬の活躍をたたえるように気さくに近づき、五十里たちはなお錬の魔法を聞こうと詰め寄っていく。
「……どういう状況かしら?」
ビルから降りてきた深雪はヘリから降りてきた、桐原、壬生、ほのか、美月たちと顔を見合わせて今の状況を計ろうとする。学友たちが入り乱れているカオスな状況は、深雪の頭でも理解に時間がかかってしまうものだった。
風間、真田、藤林、達也の四人はベイヒルズタワーの屋上にやってきていた。現在時刻午後六時、タワーの屋上から見える水平線には夕日が沈みかけていた。
「敵艦は相模灘を時速三十ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間です。撃沈しても問題ないと思われます」
藤林は風間に向けてそう告げると、風間は真田に顔を向ける。
「サード・アイの封印を解除」
「了解」
風間の指示によって、真田は厳重に鍵の施されたスーツケースの鍵を開ける。カードキー、静脈認証キー、暗証ワードと声紋照合の複合キーという厳重な関門を潜り抜けた末に、現れたのは大型ライフル型の特化型CAD、「サード・アイ」。そのCADを受け取った達也はストック部分からコードを引き出し、右手首のジョイントに差し込んだ。
「大黒特尉」
風間がコードネームで達也に告げる。
「マテリアル・バーストを以て敵艦を撃沈せよ」
「了解」
達也はサード・アイを敵艦が離脱していった方向に向けて掲げる。ヘルメットのバイザーには成層圏プラットホームから送られた赤外線映像が映っており、達也はそれを参考にして、敵艦の燃料タンクの直上に付着した水滴に狙いを定める。
「マテリアル・バースト、発動」
達也はそう呟くと引き金を引いた。
直後に敵艦の水滴は達也の魔法、分解によってエネルギーに分解される。それによって生み出された熱量はTNT換算一キロトン。その灼熱の地獄に包まれた大亜連合の船は、一瞬で完全燃焼され、灼熱の奔流に飲み込まれた。
「敵艦と同じ座標で爆発を確認。同時に発生した水蒸気により状況を確認できませんが、撃沈したものと推定されます」
「撃沈しました。これによる津波の心配はありません」
「約八十キロの距離で五十立法ミリメートルの水滴を精密照準……『サード・アイ』は所定の性能を発揮しました」
真田が風間に対し、得意げに報告する。
「ご苦労だった」
「ハッ」
敬礼で答えた達也に頷き、風間は作戦終了を宣言した。
「灼熱のハロウィン」
軍事史の転換点であり、歴史の転換点ともみなされたこの日。この日から魔法師という種族の、栄光と苦難の歴史が真に始まった。
周公瑾は自らの主に船を消滅を教えてもらった。酒杯を傾け、その中身を啜る。今回の周の目的、いや主の目的は魔法師を戦闘に巻き込み、大勢戦死させることで国家の力を落とすというものだった。今回、日本は失敗したが、大亜連合は少なくない被害を受けた。
そのうえ、周個人としても会いたいと思っていた。人物を確認することができた。周としては今回の作戦、大儲けといえるだろう。それに大亜連合はこれから戦略級魔法師を出動させようとしており、それに対して日本も出動することになるだろうと周は見ていた。この世界で遣り取りされるすべての情報を知りうる力をもつ彼の主が動いているため、ほぼ間違いない。酒杯を手にする周は邪悪に笑った。
周に、その主に関して調べている人物のことを知らないままに。
後一話で横浜騒乱編終わりです。その後は錬の追憶偏を一、二話。その後閑話を一、二話ぶち込みたいと思います。
来訪者では新キャラ追加や今まで出てきてはいたあいつもちゃんと登場します。中でも新キャラは結構登場の機会が多くなるかもしれません。しっかりとネタを混ぜ込んで登場させたいと思います。