魔法科高校の劣等生 ~世界をひっくり返す錬金術師~ 作:カイナベル
これで横浜騒乱編は終わりになります。
今回の話は少しばかり独自解釈が入っているように思います。ご了承ください。
横浜事変、灼熱のハロウィンが、日本軍の勝利で幕を下ろしてから数日ほど経った。この一件で大亜連合は大打撃を受け、対馬での達也のマテリアル・バーストによって大亜連合の戦略級魔法師、十三使徒、劉雲徳がその命を落とした。しかし劉雲徳が死んだというのは機密情報。これを知りえることができたのは大亜連合の上層部、フリズスキャルブのオペレーター、そして錬のみだった。
一方、錬の身の回りはというと、特に大きな変化もなく学校生活を楽しんでいた。楽しんでいたという言葉は語弊があるかもしれないが、前と同じように学校生活を営んでいるのは変わらない。達也の秘密を知っているものも特に言及しようとはしなかった。
事件の混乱も落ち着き、いつものように学校に通っていた錬は、その日、風紀委員としての仕事をすることなく、早急に帰宅していた。そして向かった場所は、横浜中華街。自家用車でなくキャビネットを使い、たどり着いたそこは、事件の舞台であったのにもかかわらずすでに営業を再開している。さすがに閉鎖的に開発が行われただけのことはあると、錬は感心した。
さてここにやってきた目的を説明すると、今回大亜連合の舞台を引き入れた周公瑾と話をするためであった。とはいっても別に派手にドンパチを始めるつもりはなく、本当にただ話をするつもりで来たのである。今日ここに来るためにわざわざ本名で予約も取っている。これで周に錬が行くことが伝わっているだろう。それが予約を取った真の目的であるが。
開け放たれた門から中華街の中に入り、事前に調べていた周が所有している店へと向かい始める。中華街に入ってから、錬には不躾な視線が向けられ続けていたが、今更そのような視線を気にするような錬ではなかった。その視線には、「あんな事件があった直後であるというのにのんきなものだな」というものも少なからず含まれていた。が、そのような視線で錬の行動を抑止できない。
周の所有する店の前に着き営業中であることを確認すると、錬がその扉に手をかける。扉をあけ放つと、そこには応対用の従業員が二人立っていた。その従業員は錬の姿を見るなり、応対に走る。
「予約していた園達錬ですが」
「ご予約の方ですか。少々お待ちください」
そういうと一人の従業員が奥に引っ込んでいく。その間、錬は端末をいじって暇つぶしでもしていようかとも思ったが、その前にもう一人の店員が錬に向かって話しかける。
「それにしても驚きました。ご予約のお客様がまさかこんなにもお若い方だとは」
あちらも待っている間暇なのだろうと、錬は納得して会話をする。
「悪いですか?」
「いえ、滅相もありません。お一人だろうと、あなたが魔法師であろうと、私たちの仕事は料理を提供することですから」
受付の男の言葉によって、二人の間に緊張が走る。
「何故分かった」
「以前あなたのご戦闘を拝見させていただきましたので」
その言葉を聞き、錬は思い当たる節を頭の中から探し始める。錬はこのような人物とは会ったことがない。こっそりと、という線もあったが、錬も戦闘を見せるほど、うかつではない。どの場面かを考えていると驚くほど克明に思い当たる部分を思い出した。
「大亜連合が攻め込んだときか?」
「中華街の中からチラリと。素晴らしいお手前でした」
あの戦闘が見られているということを聞いても別に驚きはなかった。しかし、錬が驚いたのは見られていたことではなく、この中華街の中から見ていたということだった。あの時、誰も塀の上にはいなかった。門の前など論外だ。ということは何かしらの魔法を使ってみていたということになる。決めつけるのは早計かもしれないが、錬にはそうとしか思えなかった。
「魔法師か?」
「あなた様ほどのものではありません。少なくとも私にはあのような真似はとてもとても」
謙遜するように会釈をし、錬の質問に従業員は答える。が、その口調は錬を敬うようなものではないことが錬には読み取れた。敵意は感じなかったが、それでもその言葉は錬にとって不快なものだった。会話を続けようと錬が口を開こうとすると、奥に行っていた店員が戻ってくる。
「お待たせいたしました!ご案内いたします」
その場にいた魔法師との会話を打ち切り、錬は案内に従って個室に向かい始める。その最中、従業員の一人は会釈をしながら、にやりと笑った。その意図は錬にはわからなかったが、少なくともいいものではないというのはわかった。
案内された個室に入り、席に着くと、程なくして一人の青年が個室内に入ってくる。見た目は整っており、燕尾服に身を包むその姿はまさに眉目秀麗を体現していた。
「お初にお目にかかります。周公瑾と申します」
深々と頭を下げ、錬に向かって手本のような挨拶をする。その挨拶に対し、自分も軽く頭を下げることで答える。そして頭を上げ、その青年の顔を見ると同時に錬は違和感を感じた。正確に言い表すことはできないが、フワフワとして上下左右があやふやになるような。そんな感触だった。周公瑾について調べている際、奇門遁甲について知った錬は、効力に関しては知っていたが、ここまでのものだとは思っておらず、思わず背中に冷や汗が流れてしまう。
目の前に姿は見えているが、それが本体でないことを魔法師的な勘で悟った錬は首を振り、周囲を見回すことでその姿を見つけようとするが、錬は古式魔法が使えるわけでないため、やれることには限界があった。全体魔法をぶっ放して索敵するという手段もあったが、事件の直後に店をぶち壊すのはさすがの錬も気が引けた。
(………やむを得ないか)
錬は頭に神経を集中させながら、腰に装備していたCADと胸元に装備していたスタンロッドに手をかける。このスタンロッドは警棒の大きさながらも通常のスタンガンと同等の性能を出すもので、携行には以前持っていたスタンガンよりも二、三段階高性能だった。
限界まで集中力を高めていた錬は、それぞれの得物にかけていた手を抜き放ちながら、背後を向き、自身の背後一メートルのところに突き付けた。
「……驚きました。まさか古式使いでもないあなたに私の場所がばれてしまうとは…」
空間が揺らいだかと思うと、背にしていたはずの扉が目の前に現れ、突き付けていたCADの目の前に周の姿が現れる。その顔には汗一つ浮かんでいなかったが、表情は驚きに包まれていた。
「一体どうなさったのかをぜひ教えていただきたいです」
「あんた俺の能力は知っているだろう?今回はそれを応用したに過ぎない」
今回錬が行ったのは「本棚のリアルタイム更新」である。本来、本棚の更新は錬が就寝してから五分後に始まり、それから二、三時間ほどで更新が終了する。その後は錬の体調によるが、その直後意識が覚醒し、脳が活性化状態に入る。これが本棚更新のプロセスだ。
しかし、今回錬が行ったのはこのプロセスを強引に進め、リアルタイムでの本棚の更新を行うというものだった。これによって特定の人物の位置情報など情報を知ることができる。しかしこれにもリスクがある。本棚での魔法発動と同様に脳に大きく負荷がかかるのだ。それにほぼノータイムとはいえ、直接情報に干渉しているわけではないため、即座に情報を得ることはできない。同様に情報を得ることのできる達也を基準とすると、ゼロコンマ一秒以下であるが、ラグが生じてしまうのも難点だ。恩恵も大きいが、その分のリスクも大きいのだ。
「万能な能力なのですね。……ところでそのCADを下ろしていただけますか。これでは話もできません」
「おっと、すまなかった」
そういうと錬は警棒とCADを下ろし、元あった場所に戻す。すると、周は一度謝罪をするように小さく頭を下げる。
「改めてこのようなご無礼をお許しください。あなたが本物であるかを確かめたかったもので」
錬は構わないというように首を横に振る。
「ところで今日はどのようなご用事でしょうか?」
「あんたと話をしに来ただけだ」
周はその言葉が「おしゃべり」ではなく「OHANASHI」というニュアンスであるのが容易に聞き取れた。その言葉を聞き、周は身をこわばらせるが、錬は席に座りなおす。
「あんたが今回大亜連合の手引きをしたことに関しては、もはやどうでもいい。俺の周りに被害が結果的に及ばなければあんたの行動にも目をつぶろう。あんたが俺を利用したいように、俺もあんたを利用したいからな」
周は錬のその言葉に不可解そうな表情をする。確かに仙人として昇華したい周は錬の本棚は魅力的だった。自分では調べられないことでも、錬であれば調べることができる。その点で周が錬を利用したいというのはあっていた。
「…あなたが私を利用したいというのはどういうことでしょうか」
周は冷や汗を浮かべながら、錬に向かって問いかける。先ほどまでとは違う雰囲気に気圧され、周は額に汗を流す。すると、錬は周にとって予想外の言葉を発する。
「俺は仙術について知り、その一端でも習得したい。だから仙術が使えるあんたの教えを受けたい」
「……それはあなたも仙人になりたいということでしょうか?」
「勘違いするな。俺が求めるのは仙人になることじゃなく、魔法としての仙術の力だ。それにあんたの個人指導は必要ない。俺がここへ赴いて、あんたは俺の質問に答える。それだけの方がいい」
その言葉のニュアンスは、「あんたが俺の身の回りに何かしたら、師であっても容赦はしない」という意味だが、それは周に伝わっただろうか。
「もちろんただじゃない。あんたが必要としている情報を、可能だと俺が判断したら引き渡そう」
周はこの交渉が自分にとってかなり不利であることが理解できた。錬が可能かどうか判断する時点で、錬がノーと言ってしまえば、もはや情報を得ることができないことを表していた。なおかつ、それにこの少年に仙術を教えてしまって、その牙がもし自分に向いたとき、もはや手の付けられない化け物になってしまう。が、しかしただ口出しをするだけで、あの陰険な主に頼らずとも、情報を得ることができるというのは魅力的であった。その魅力はさっきほど上げたデメリットを上回るほど大きかった。
「……わかりました。詳しいお話はお食事をしながらでいかがでしょう?」
「それはありがたい。さっき頭を使ったおかげで腹が減っているもんでな」
「それではご用意させます」
周はそのまま個室を後にする。錬は一人個室に残って、薄ら笑いを内心浮かべていた。これで目的に近づけるかもしれないと。それは周も同様だった。これで私の仙人になるための夢に近づいたと。
「驚きました…。まさか十人前の中華料理をたった一人で平らげてしまうとは…」
話し合いを終え、店先で会話をする二人の間に最初のような緊張感はない。しかし、ふたりが完全に打ち解けたわけではなく、いまだに二人はお互いに警戒心を持っていた。その方が二人にとっても都合がよいが。
「それでは今度お越しいただいた際には、こちらでご案内させていただきますので」
「すまないな」
錬は店に背を向けて、帰宅しはじめる。気を抜いているが、油断しているわけではない錬の様子を見て、不躾な視線を送れるものは今の中華街にはいなかった。その後ろ姿を見て、魔法師でもある店員は無礼だと思いながらも周に話しかける。
「先生、いったいどのようなお話を?かなりの実力者であるように思いましたが」
「他愛もないような世間話だ。仕事に戻れ」
周の言葉を聞き、その従業員は仕事に戻る。周は今回の錬との交渉で確かな手ごたえを感じてはいた。しかし、これからは行動をしっかりと考えて行う必要があるとも痛感していた。錬の機嫌を損ねないように。損ねてしまった時点で終わりなのだから。しかし、利用できるものはせいぜい利用させていただきますよ、と、周は唇を吊り上げながら、内心でそう思うのだった。