闇の帝王の気まぐれ   作:ベルガシード

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ベルガシードです。
長い長い長い更新停止、誠に申し訳ありませんでした。
これからもマイペースな更新になってしまうと思いますが、それでも読んで下さると泣いて喜びます。
今回はフローレンス視点で、回想という形を取らせて頂いています。
それでは、どうぞ!


迷子の私とあの子(2)

「ジルー、洗い物手伝ってくれるー?」

「えー、またぁ?」

 

洗い物の手伝いに呼ばれた。これで何度目だろう。

少し面倒くさそうな顔をすると、私の母であるその女性——レイローズ・ブラックは、泣きそうな顔をして私にすがった。

 

「もうそんな顔しないでよー。お願い!」

 

子供か。まあ、その時6歳の私が言えたことじゃなかったかと思うけど。でも、そんな風に言われると弱いよ。

 

「もー、しょーがないなー」

「わあっ!やったあ!ありがとねフローレンス!」

 

飛び跳ねて喜ぶ母。精神年齢は一体何歳なのか。

 

「ママもこれぐらい出来るようになってよー。あたしみたいに子供じゃないんだよ?」

「うぐっ、もー、そんな言葉どこで覚えたの?」

「ないしょ」

 

にっこり笑って流す。まあ言ってしまうと、これも日課になってしまって慣れている。逆に無くなったら生活リズムが崩れるかもしれない。

それから5分ほどすると、ドアが開いて声がした。

 

「ねえ、フローレンス。僕のおもちゃの箒知らない?」

「知らないよ」

 

いや、箒に触ったこともなかった私がどうして知っているというのか。

 

「えー、そんなあ…」

「あ、箒?それなら私が没収しましたよー」

「ええー!おばさん何で?」

「ハリーが所構わず飛ぼうとするからでしょー?」

 

こんな風に、この男の子——ハリーには、どこか抜けているところがある。もしかしたら、シリウス叔父さんの影響を受けたのかもしれない。

 

「まあまあ、それぐらいにしておいてやれよ。ハリーだってもっと遊びたいんだ。そうだよな、ハリー?」

 

噂をすればだ。長い黒髪に長身、自他ともに認めるイケメン。私の父、シリウス・ブラックだ。

 

「うん!もっと箒に乗って遊びたい!」

「うーん、じゃあ、仕方な——」

「ダメだよママ!この前かだんたおしたとこだったでしょ?」

「あ、そうだった!」

「あー!忘れてたと思ったのにー」

「流石フローレンスだな。ちゃんと覚えてるとは」

「あなたは忘れてたでしょ!シリウス!」

「な、何のことだか」

 

焦った顔で苦笑いする父。それに詰め寄る母。残念そうな顔で落ち込むハリー。そしてそれを慰めに向かう私。

 

この時、私は本当に幸せだった。

 

* * * * *

 

おかしいと思ったのは数日前からだった。

なんとなく、母に避けられている気がする。はっきりとした言動で伝わった訳では無いけど、言葉の端々からそんな空気が感じ取れる。それに、

 

「はー、皿洗いしんどい…ちょっとハリー、皿洗い手伝ってー」

 

いつもなら私に皿洗いを頼むはずだ。なのに、それがばったり無くなった。でも、考えても理由は見つからなくて。

混乱しながら過ごしていたある日。

夜に突然目が覚めた。何となくだったと思うが、眠れないうちにトイレに行きたくなった。

トイレを済ませて戻る途中だった。父と母の部屋から話し声が聞こえたのは。

 

「そんなことないさ。きっとあの子も分かるはずだ」

「で、でも…まだあの子は6歳なのよ?こんなこと突然言って、分かるはずないでしょ?私達が——」

 

「本当の親じゃないってこと」

 

思考が、止まった。

え?嘘?なんで?どうして?嘘だ。嘘だ——

 

家を飛び出していたことに気づいたのは、しばらくしてからだった。

 

* * * * *

 

あれからどれだけ経っただろう。

もう既に、父と母は気付いている頃だろう。でも、見つかったとしても私は戻らない。戻れない。だって、本当の子じゃないから。今なら、もっと冷静に判断できただろう。でも、こと時の私には、それは無理な相談だった。

気が付けば、私は泣いていた。でも、大声をあげて泣くことが出来ない。多分、受けた衝撃の大きさだろう。ずっと静かに。

泣いて。

泣いて。

不意に、目の前に影が差した。

 

「びしょびしょだよ、フローレンス?」

 

声をかけてもらうまで、自分がずぶ濡れだったことにすら気が付かなかった。

見上げると、傘の下に見知った女の子が立っていた。長い髪にやや大人びた顔立ち。私よりも高い所にある顔は、私を心配そうに見つめている。

 

「ジ、ル?」

「ほら、シリウスもレイローズさんも心配してるよ?雨も降ってるし」

「あ、あたし、かえりたくない…」

 

当然だ。帰れる訳ない。ただでさえ勝手に家を飛び出しているのに。ましてや本当の子じゃないのに。

私の言葉を聞いたジルは困ったような顔を——していなかった。逆に納得したように頷くと、

 

「ん…じゃあ、うちに行こ?」

 

と言ってくれた。

 

「うちって?…ジルの?」

 

なんて当たり前のことを聞いてるんだ私は。

 

「そうだよ。ばあちゃんなら、何とか説得出来ると思うし」

 

彼女の言葉からは、はっきりした決意と、自分の親代わりへの確かな信頼が感じ取れた。そして、私への心配も。

凍えていた私はすぐに頷いた。他に行くところも無かったけれど。

見上げると、ほっとした顔をした彼女がいた。

 

* * * * *

 

何度が来たことのある建物の門の前に来ると、やはり少し足が竦んだ。本当に入っても大丈夫なのか。追い出されたりしないか。

そんな私をを目敏く見つけたジルは、優しく言ってくれた。

 

「大丈夫だよ。絶対、分かってくれるから。それに、もし分かってもらえなかったら、一緒に家出してやる」

「え?でも…」

「だってこのまま帰れないんでしょ?」

「う、うん…」

「さ、行くよ」

 

半ば引っ張られるような形で家の中に入った。

 

「ただいま、ばあちゃん」

「おや、遅かったですね、ジル。何かあったのですか?」

 

何度か会ったことはあるけど、やっぱり厳格そうなこの人を見るとちょっと怖い。そそくさとジルの後ろに隠れる私。でも彼女は、隠れる私を引っ張って前に出した。

 

「大丈夫だから」

 

って囁いて。ばあちゃん——ミセス・ロングボトムは、驚いた顔をした。

 

「フローレンス?フローレンスなのですか?…まあジル、よく見つけ出してくれました。さあ、早く貴女の家に——」

「待って!」

 

固まったまま動けない私の横に立って、説得しようとしてくれるジル。

 

「…どうしたのです?ジル。この子を帰らせてあげないのですか?」

「いや、そうじゃなくて…フローレンスは、帰りたくないって言ってるの。絶対、普通の理由なんかじゃない。だから、シリウス達に言わずにちょっとだけ、ここに居てもらうっていうのは…ダメかな?」

 

しっかりとロングボトムさんの目を見て言うジル。そして、こう付け足した。

 

「フローレンスが帰りたくなるまでだから。ちゃんと責任は取るよ、ばあちゃん。もう魔法は使えるんだよ?」

 

最後の一言から、意志が伝わってくる。さっき、私に言ってくれたこと。

 

「家出する覚悟だって出来てる」

 

と。

すると、ずっと押し黙っていたロングボトムさんが、ふっと笑った。

 

「貴女はまだ魔法の練習を始めたばかりでしょう…まあ、貴女がそこまで言うのなら、ここに置いてあげてもいいですよ」

 

え?ほんとに?

 

「——ただし、シリウスには知らせますよ。彼らは大事な家族が居なくなって、本当に心配しているんですから」

 

え…知らせちゃったら…絶対迎えに来ようとするよ…

でも身震いしてしまっていたらしい私を見て、ロングボトムさんは優しく言ってくれた。

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと彼には言っておきますから。貴女の気が済むまで、ここに居なさい」

「ありがと、ばあちゃん!」

「ジルが本気じゃなきゃこんなことしないことぐらい知っていますよ」

 

見ていて、安心すると同時に、少し羨ましく思った。この二人も本当の親子ではないけれど、確かに心が通じ合っている。お互いに信頼し合っている。そう思うと、なんだか悲しくなった。

 

* * * * *

 

何だこれは。

 

「私の部屋だけど?」

 

何だこれは。

何だ、この物が床を作っているような空間は。

 

「部屋だよ?ここが…まあいいからさ、早く座ってよ、ね?」

 

慌てた様子で言われたが、いや、座るスペースがあるようには見えないんですけど。一面が物に埋め尽くされている。

 

「というか寒かったでしょ、お風呂入ってきたら?」

 

聞かれて不思議に思った。私は身体が濡れてもすぐに乾いてしまう。だからすぐに入る必要はなかったのだが——

見上げると、聞いた彼女がこっちを見たまま固まっていた。

この時は分からなかったが、後から考えるとこれが魔法力の発現だったのだろう。

 

「どうしたの?」

「ううん、何でもないよ。ほら、早く座って」

 

聞くと我に返ったようで、再度座るよう促された。一応、座るスペース自体はあった。そこに座り込むと——

あ、あれ?

いきなりあたりが暗くなったように感じた。全身にどっと疲れが来る。

ああ、眠い。

私の意識はそこで途切れた。

 

* * * * *

 

目を開くと、部屋の片付けに奮闘している様子のジルがいた。

 

「あ、おはよー。結構寝てたね」

 

あー、寝ちゃってたか。そう理解し外を見ると、もう日が暮れていた。あ、やっちゃった…

 

「ごめんなさい…」

「いいよ、疲れてたんでしょ?まだ疲れてるんならもうちょい寝てても…」

「ううん、いいよ」

 

さっきとは比べ物にならないくらい元気になってるし大丈夫だ。それより、久しぶりに彼女と遊びたくなった。

 

「ゴブストーンしてあそぼ?」

「え…あ、うん、いいよ」

 

OKはしてくれたけど…期待を裏切られたような顔をしているのは何故だろう。

 

* * * * *

 

この家に来てから二日が経った。

最初は少し渋っていたロングボトムさんだけど、今では洗い物やらなんやらにめちゃくちゃ重宝されている。なんでも、ジルでは全くもって戦力にならない——というより無理に手伝おうとするので逆に足でまといになってしまうので、いつも苦労していたとのことだ。最初は少し酷い言い草だと思ったが、二日前を思い出して激しく同意することになった。

 

「洗い物終わりましたよー。ロングボトムさん」

「あら、早いですね。うちのジルとは比べ物にならないくらいに」

 

やめてあげてロングボトムさん!ジルのライフはもうゼロよ!…ここにいないけど。

 

「そうですか?ありがとうございます!」

「いや、感謝するのはこちらの方ですよ。いつもの半分くらいの時間で終わらせられますしね…どこで習ったのですか?」

「はい、あの、家でお母さ——」

 

そこまで言ってから、口の動きが止まった。動かせない。だって、本当の母親じゃないから。

俯いてしまった私に、ロングボトムさんは優しく声をかけてくれた。

 

「貴女が何で悩んでいるのかは分かりません。でも、あなたのお母様は、貴女が家にいてはいけないと言うような器の小さい人ではありませんよ」

 

私は驚いて顔を上げた。なんで、私が家を飛び出した理由がここまで分かるのか。

 

「どうして分かるのかですって?それは…貴女が注意してくれたからですよ」

 

どういうこと?

 

「皿洗いの手伝いをしてくれた時、洗い方に少し注意してくれたでしょう?あーいえ、謝らなくていいですよ。貴女の家のやり方なのですから。私が言いたいのはそこではありません」

「え?」

「そこまでやり方が染み付いているということは、ちゃんとお母様に教えて貰ったということです。教えたのは、貴女に手伝って欲しいからです。居て欲しくないなんて思っていたら、最初から教えていませんよ」

「でも、少し前までは手伝わせてくれたけど、最近それがなくなって——」

「だからといって、決めつけるのは早いと思いますよ。もう一度、しっかり考えてみなさい。自分がどう思っているのか。考えが纏まるまで、ここに居ていいんですから」

 

そう私に言ったロングボトムさんを見て、初めてジルが尊敬する理由が分かった気がした。

 

* * * * *

 

ロングボトムさんに言われて、凄く、なんと言うか…スッキリした。勿論悩みがなくなったわけではないけれど、色々混ざったような感じが無くなって、悩みが単純になった気がする。あの人には本当に感謝だ。

 

「あー、それはここにしまってー」

「はーい」

 

そして今何をしているのかというと、まあ見ての通りジルの部屋…と言っていいのかも分からないけど、そこの片付けだ。ジルはどうも物持ちがいい——と言えば聞こえはいいが、悪く言えば全然物が片付かず散らかったままということでもある。でもだからといって足の踏み場もないくらいにまでなるなんて…まるでうちの…ううん、あの人は本当の…今考えるのはやめにしよう。

 

「ごめんね、片付け手伝ってもらって」

「いつもお手伝いしてるから」

「へー、ママの?」

 

そこまで言って、ジルの話が止まった。私の手の動きと同時に。

——あの人は本当の母親じゃない、けれど私はあの人達に育てられて、でも——

色んな考えが頭の中を駆け巡ったけれど、同時にロングボトムさんに言われた言葉も思い出した。

ふと前を見ると、ジルがこっちをじっと見ている。聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな、大丈夫かな、何て声をかけたらいいんだろう、なんて、言いたいことが丸分かりだ。…でも、凄く私を思ってくれていることも伝わってきた。ジルはいつも優しかった。ここに連れて来てくれたことだってそうだし、それより前だって——

 

「あの、」

 

彼女になら、話せるかもしれない。

 

「私の話、聞いてくれる?」

 

* * * * *

 

私は話した。ジルに、自分が知っている事を全部。

「あたしが本当の子供じゃないなら、」

 

でもそしたら、止まらなくなって。

 

「あたしはパパとママといっしょにいちゃいけない暮らしちゃだめなんだよね…きゃっ!」

 

——止められた。

 

「そんなこと関係ないよ。私だって、本当はこの家の子供じゃない。ばあちゃんに引き取られて、ここに一緒にくらしてる」

 

私をぎゅっと抱きしめながら、ジルは言う。

 

「本当の子供かどうかなんて、関係ないんだよ。私は確かに本当の子供じゃないけど、ばあちゃんに大切にしてもらってる。一緒に住んでもらってる。大事に、してもらってる」

 

こっちからは顔は見えなかったけど、声色から何を思っているかは伝わってきた。そうだ。ジルにだって、両親は居ない。ロングボトムさんに引きとられて、暮らしているんだ。大事に、されてるんだ。

 

「だいじに?」

「そう、大事にしてもらってるんだよ。それに、フローレンスだって、大事にしてもらってるよ」

「何で分かるの?」

 

心のどこかでは分かっているのに、聞いてしまう。聞かずにはいられない。

 

「大事だと思ってないなら、あなたのことを探したりしないよ?」

「そう…なの?」

「そうだよ。だから、いちゃダメなんてこと、ないんだよ。一緒にいていいんだよ?」

「…ほんとに?」

「うん、本当に。」

 

でも私に、ジルは嫌な顔一切せず、自信に満ちた顔で答えてくれる。

…なら、聞いてみよう。

抱きしめた手を話した彼女に、私は決意を伝えた。

 

「あたし、帰るよ、おうちに」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。って、ジルが私にいったでしょ?」

「まあ、そうだけど…そういえば、『私』って…」

「ジルのまねしてみたんだー。いいでしょ?」

 

ちょっと背伸びをしてみた私に、彼女は優しく笑った。

 

* * * * *

 

「フローレンス!?フローレンス!」

 

お母さんは私を迎えに来るなり、首が閉まるかと思う程抱きしめてきた。お母さん、死んじゃう、死んじゃうから!

 

「大丈夫!?怪我してない?凍えてない?」

「お母さん、雨降ってたのは何日も前だよ?」

 

今雨に打たれたことの心配をするお母さんを見て、何だか逆に安心して、おかしくなった。

 

「ふふっ。…ただいま、ママ!」

「っ!…おかえりーーー!!」

 

お母さんは叫びながら、また抱きしめてきた。

 


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