□レインセル 【獣戦鬼】フィルル・ルルル・ルルレット
夜を迎え、俺たちは戦闘を仕掛ける。…本当はすぐにでも奴を倒したかったが、ノスフェラの戦力を考えれば、夜に戦闘を仕掛けた方が利口だろう。
「まずは虎丸達を陽動に使う」
「その心は?」
「奴はエレメンタルを生みだす能力なんだろ。となれば本体は姿を隠している可能性が高い。そうした方が戦いは有利だからな」
敵を見つけ出すのに夜というのは少しハンデに感じるが敵は巨大なクリスタルらしい。夜というのは全く持って不利にはならんだろう。
「虎丸達を暴れさせることで、敵のエレメンタルを生みだす能力を利用して敵の居場所を探る」
「なるほどネェ。私も陽動に参加した方がいいかい?」
「いや、相手は神話級UBMだ。お前は緊急事態に備えて待機だ」
「了解」
「それじゃあいくぞ」
◇
虎丸達、フィルルの従魔が暴れている。どれも純竜級の実力を持つ。さらにフィルルの《魔物強化》と《光る劇場の脇役》によって、そのステータスは伝説級に匹敵、いや上回るステータスを獲得する。
敵であるエレメンタルは数こそ多いもののそれぞれの実力は亜竜級かそれに毛が生えた程度。虎丸達の敵ではない。
敵ではないが…さすがに数が多い。百体の亜竜級エレメンタルを相手にするのはさすがに気が滅入る。何より、倒したエレメンタルの数が減らないのが問題だ。
倒したモンスターを補填するように即座にモンスターが生産され、襲い掛かってくる。数は減るどころか増す一方。…だがそれこそが彼らの目的である。
「補充されるモンスターの強さは一定。敵の生成能力では亜竜級が限度、ということか?いや、思い込みは敵だな。そして補充される方向も一定。ある程度の目途はついた」
そうして、フィルルは【獣断大剣】を構え、大地を駆ける。その速度は音を置きざりにし、一瞬で【クリスタリヴ】の前に迫る。
神話級UBMとはいえ、速度に特化した個体ではない【クリスタリヴ】はその一撃を避けることができなかった。…いや、目の前に敵が来たことを認識することが限界だった。
音の三倍以上の速さで動くフィルルに対して、【クリスタリヴ】は亜音速はおろか、AGIが四桁にも届いていない。【クリスタリヴ】ではフィルルの動きに対応できなかった。
フィルルの大剣による渾身の一撃が【クリスタリヴ】に振るわれる。フィルルが持つ武器、【獣断大剣】は代々、カングゥ族の戦闘部隊長が継承してきたものである。
これを持っていることが隊長の証であり、大事な戦いの時以外は厳重に保管されている。歴代の部隊長からダッツァーへ、そしてダッツァーからコルへ引き継がれていくはずだった大剣。
今それがコルの
【獣断大剣】は合計レベル500以上のものにしか装備できない逸品だが、それゆえに高い性能を誇る。
それは極めて高い装備攻撃力と《破損耐性》を持つ。さらに従属キャパシティ内のモンスター一体のステータスの五十パーセントを加算するというスキルを持つ。
元よりSTR三万オーバーを誇るフィルルの大剣の一撃は攻撃力は四万を超えて五万に迫る。この一撃は古代伝説級UBM【兵装氷狼 ルゥガンルゥ】の首であれば一撃で両断できるほど。
そして、この一撃は神話級UBM【三源元素 クリスタリヴ】に傷を負わせることができなかった。
◇
UBMにはランクが存在する。
超級、神話級、古代伝説級、伝説級、逸話級の五段階等級がある。
最低の逸話級でも上級マスターと同等かそれ以上といわれている。
伝説級は準<超級>のマスター(超級職&<上級エンブリオ>)と同格、古代伝説級は超級職パーティーと同格とされている。
もちろん、UBMにも相性というものが存在し、遥かに格下の存在でも条件次第ではMVPになることができる。逆にどれほど強くともUBMに敗れる可能性があるということでもある。
そして今相手をしている【三源元素 クリスタリヴ】は神話級UBM。神話級は未だ到達したものは二桁にも届かないという<超級>と同格とされる。
<超級>と準<超級>には天と地ほどの差があり、その超級をして同格とされる神話級を相手に今のフィルルでは立つ術はない。
まず、持っている基本ステータスが違いすぎるのだ。
【クリスタリヴ】は速度に特化した個体ではないため、AGIは三桁程度だが、その分耐久力に秀でている。
ENDの数値は優に六万を超える。フィルルの全力の一撃をもってしても、それは数値の上で一万以上の差がある。それほどの数値の差、まともに攻撃をしても【クリスタリヴ】には一ダメージも入っているか疑わしいものだ。
このENDを突破できる攻撃をフィルルは持ち合わせておらず、可能なのはノスフェラの《デッドリーミキサー》くらいだろう。
しかし、それも現実的ではない。HP六百万オーバーの【クリスタリヴ】に対して最低でも《デッドリーミキサー》百発分は用意しなければならないからだ。
しかし、そんなことをする暇は与えられないだろう。
【三源元素 クリスタリヴ】のスキルが発動するからだ。
《トライフォース》:【クリスタリヴ】の生みだしたエレメンタルの全ステータスを三倍にする。
これによって虎丸達が戦っている亜竜級のエレメンタルはどれも純竜級に近いステータスを手に入れる。純竜級のモンスターの百の群れ。たとえ伝説級のステータスであろうとも勝ち残れるものではない。
いや、そもそも既に数は百ではない。【クリスタリヴ】が生みだしたエレメンタルの数は千を優に超えているからだ。
《エレメンタルプロダクション》:エレメンタルを生みだす能力。それは百単位で亜竜級のエレメンタルを生みだす。《トライフォース》で強化されたエレメンタルは純竜級に匹敵する存在となり、またその数も徐々に増やしていき、千の数を超えたのだ。
純竜級に匹敵するモンスターが千体。さすがの虎丸達でも背筋が凍る光景だった。このまま戦闘を続けていれば、疲弊してやられる。簡単に想像つく結末だった。
「《デッドリーミキサー》」
襲い掛かっていたエレメンタルが怨念の破壊エネルギーにのみ込まれて、十数体が死に絶えた。その破壊エネルギーの砲元を見れば、黒いローブを身に纏った白い骸骨が存在していた。
「甲骸」
そして、ノスフェラは自身のアンデットを呼び出す。甲骸はその巨爪の一振りでエレメンタルたちを斬殺していく。頼もしい援軍である。
虎丸達には疲労が存在するが、アンデットである甲骸にはそれがない。それどころかアンデットであるため、身体をいくら壊されても再生することもできる。耐久戦においてアンデットは力強い味方であった。
◇
「クソッタレー!」
相手は鈍間だ。相手がどれだけのエレメンタルを生みだそうが、超音速機動できるフィルルを補足できない。今もこうして敵の生みだしたエレメンタルを掻い潜りながら、【クリスタリヴ】を斬りつけていく。
だがそれは微かなダメージを与えることしかできなかった。 敵に大きなダメージを与えられないフィルルに残された手段はただ一つ。
一千万回を超える斬撃を喰らわせることしかない。
既に千を超える斬撃を敵に与えているがそれでも敵のHPの一パーセントも削れていない。 それしかない地道な道のりだった。
…そして、その道を塞ぐものの登場もした。
三体のエレメンタルの登場である。
【アトモス・エレメンタル】。【アース・エレメンタル】。【オーシャン・エレメンタル】の三体である。
【クリスタリヴ】の最後のスキル、《エレメンタルバース》は自身の魔力を使ってエレメンタルを誕生させる応力である。
その能力で生みだされたエレメンタルは通常生みだされるエレメンタルとは違い、高いステータスを持って生まれてくる。
フィルルたちが討伐した【フレイムエレメンタル】もまた、《エレメンタルバース》によって生みだせれたモンスター。この三体のエレメンタルも元より純竜級を超え、伝説級モンスターに近い戦力を有している。
…そしてさらにこの三体にも《トライフォース》の効果は適用される。すなわち、伝説級を超え、古代伝説級すら凌駕するステータスをもったモンスターが三体出現したのだ。
ステータスでは未だフィルルの方が三体のエレメンタルより高いとはいえ、【クリスタリヴ】に攻撃を加えるのが難しくなったことには変わりない。
【クリスタリヴ】の前に構え、フィルルへのカウンター攻撃を狙う。全く持って邪魔な連中だった。その球体の身体を器用に動かし、フィルルの連撃は止めてしまった。
(【クリスタリヴ】よりも先にこいつらを始末するか?だが、どうせこいつらを殺してもすぐに第二第三のエレメンタルが…)
フィルルの迷いは一瞬だった。戦術目標を変えるための一瞬の思考停止。だがその迷いは敵に致命的な隙を与えてしまう。
三体の球体が輝いたのだ。それそれが青、緑、黄の純度の高い輝きを放つ。それは魔法の発動準備に他ならなかった。
古代伝説級のモンスター三体の魔法。それぞれが名前の通り、
それはオーラをぶつけるだけの単純の魔法であったが、規模、速度が尋常ではなく、容易くフィルルを捉え吹き飛ばしてしまった。
◇
「グハッ!!」
「フィルル!」
フィルルが吹き飛ばされた先はノスフェラたちが戦っている場所だった。《身代わり竜鱗》といったダメージ軽減アイテムのおかげで致命傷ではないが、それでも大ダメージには変わりない。
「大丈夫か、フィルル?」
「大丈夫だ、自分で回復できる」
そう言いながら自分のアイテムボックスからHP回復ポーションを取り出し口にしていく。しかし、それもまた敵にとっては狙うべき隙だった。
エレメンタルの猛襲の矛先がフィルルに代わり突撃していく名もなきエレメンタルたち。その攻撃を防ぐべく、フィルルの従魔達も奮闘する。
フィルルへの攻撃を防ぎ切り、回復の時間をつないだ従魔達。ただし、次の攻撃はもう始まっていた。
小さな球体の名もなきエレメンタルたちが各々の色で輝き始めたのだ。それは三体の古代伝説級エレメンタルが行った魔法と同じもの。魔力を破壊力を持ったオーラに変換して敵に放つというもの。
威力は先ほどとは比べられるものではないが、数が数、全てを喰らえば今度こそフィルルは絶命していただろう。
だが、その一撃を【純竜猛狼】のカミオウが受けきった。主人であるフィルルの命を救ったのだ。それと引き換えにカミオウは砕け散る。
四方都に買われ、ノスフェラの手から報酬としてフィルルの手に渡ったモンスター。ノスフェラとの絆の証とも言えるカミオウが消失した。
「…カミ、…オウ?」
横たわるフィルルはその光景に対し呆然とした様子で見送っていた。対してカミオウの元の所有者、ノスフェラの判断は速かった。
懐から複数の【怨念のクリスタル】を取り出し、それを順次《デッドリーミキサー》の材料としてカミオウを殺したエレメンタルに放出していく。まさしくそれはガトリングの連射のように【怨念のクリスタル】使い捨てていった。
さらには古代伝説級UBM【兵装氷狼 ルゥガンルゥ】を基にした兵骸を呼び出し、冷気放出誘導追尾飛翔凍結弾群を発動させる。これにより周囲に存在していたエレメンタル三十三体は凍結する。さらに《氷狼贋》で貫弾式散弾射撃銃を作り上げ、敵を銃殺していく。
甲骸もまた手掌から《クリムゾンフォース》を放ちつつ、口腔からの必殺のブレス《クリムゾン・トルネード》を放ち、多くのエレメンタルを殲滅していく。
普段ではありえないようなノスフェラの怒涛の猛攻はカミオウを殺されたことへの大きな怒りを感じられる。だが、そのような猛攻でこの戦局を変えられるほど神話級UBMは甘くない。
そこにアトモス・アース・オーシャンの三体のエレメンタルが襲撃した。
古代伝説級エレメンタルの三体の猛襲はノスフェラと甲骸、兵骸で防ぐしかなく、そうなると必然フィルルへの守りが薄くなる。
ましてカミオウは死んだことで《光る劇場の脇役》の対象が削られ、虎丸たちのステータスが減少している。千を超えるエレメンタルのオーラ攻撃を防ぐ方法は一つしかない。
それは先ほどカミオウが実践した通り、身を挺してかばうことである。二人のドルイドコンビは奇跡的にその攻撃を耐えきりフィルルを守り切った。カミオウと同じように命を散らしながら…
「オセロ、リバーシ…」
フィルルは立ち上がりながら、その光景に絶望した。立ちあがったその足を今すぐ折ってしまいたくなるほどに。
フィルルにとってドルイドコンビは初めてパーティーを組んで立ち向かった敵であり、初めて黒星をつけられた相手であり、初めて自分でテイムしたモンスターだった。それらを失ったフィルルの沈痛はいかほどのモノか。
残る従魔は虎丸一匹。
しかし、純竜級のモンスターとは言え、アンフィテアトルムの効果を最大限に受けられない今の現状ではその戦力はあまりに小さい。
そして、さらにエレメンタル達の怒涛の攻撃が続いていく。
すべてのエレメンタルの同時オーラ爆発攻撃はノスフェラ、甲骸、兵骸の身体を破壊しながら進み、容易くその身体を半壊させる。
勿論その破壊はフィルルを捉えている。…故に虎丸もまたその身を挺してフィルルをかばい、微笑みながら死んでいった。
フィルルにとって虎丸は<Infinite Dendrogram>サービス開始初日からの付き合いである。
エンブリオが彼の望むガードナーとして生まれず、テリトリーとして生まれた結果、従魔がどうしても欲しいフィルルが奔走して手にいれた初めての従魔。それはティアンの優しさや多くの縁により手に入れたもの。
それはフィルルの
今、フィルルの胸にあるのは深い悲しみ。そして敵を討ちたいという今までにないほどの強い怒り。
それに真の
【――超級進化シークエンスを開始します】
書いてて思うことがある。
超級と神話級が同格って絶対嘘だよね。
神話級と同格とされる三倍強化ゼロオーバーですら正面から倒せる奴なんて最強以外の超級にいるのかな?