□コルガッツォ邸 【軍神】フィルル・ルルル・ルルレット
お前らが”幻獣旅団”なのか?
その問いに対する答えはすぐには返ってこなかった。いくらかの時間が経った後に帰ってきた答えは…
「そうだ。俺たちこそが”幻獣旅団”だ。コルガッツォ邸に要件がある。だから…」
「《エレメンタル・プロダクション》!」
フルメタルの答えに対する俺の行動は迅速だった。【スポアエレメンタル】の軍勢の召喚である。
「お前たちが…”幻獣旅団”だというのなら…ここでお前らを食い止めるのが俺の仕事だ」
「フィルル…」
「私たちを止めるっていうけど、そんなモンスターの群れで私たちを止められるの?」
「ロゼちゃん!」
俺の宣言にフルメタルは困惑したように、そしてロゼは俺を煽るように彼女のエンブリオ、【噴推空象 ガネーシャ】を呼び出す。それに驚いたようにゆるりは叫ぶ。
其れは戦闘の意思に他ならなかった。
【従魔師】でもある俺には感覚的に分かる。
あれはステータスだけならば伝説級に匹敵する。
さらに【ガネーシャ】には最大の特徴でもある空気噴出能力がある。その2つの組み合わせはまさしく伝説級UBMに匹敵するもの。
それと【スポアエレメンタル】を比較すれば、ロゼの発言も頷ける。
元よりこちらは数だけが取り得の精霊召喚。呼び出す精霊は職に就いていないレベル0の人間にも劣る。戦いになれば一瞬で塵芥の如く消え失せるだろう。
…だが、それで俺と戦おうというのならそれは浅慮ってもんだぜ、ロゼ!
「…!」
ロゼが驚愕の表情を浮かべる。それは当然だろう。
雑魚だと思っていた【スポアエレメンタル】の威圧感を増したのだ。
それこそは俺の【喝采劇場 アンフィテアトルム】の第二スキル、《光る劇場の脇役》の能力。
【スポアエレメンタル】はこれで千体すべてが亜竜級を遥かに上回るステータスを獲得した。一体一体がカンストしたティアンと同等の戦力を誇る千体の群れ。
その光景は、ロゼの戦意を折れかけさせる。…だがこの戦いに挑んでいるロゼの決意は決して折れはしない。
【ガネーシャ】の空気噴出能力とそのステータスから繰り出される突撃は【アンフィテアトルム】の強化を受けたはずの【スポアエレメンタル】をまとめて数十体葬った。
「…チッ!」
【ガネーシャ】が強いのはわかっていたが…まさかここまでの威力があるとは。だが、戦力の数パーセントも失っていない。それに【ガネーシャ】の空気噴出能力は連発はできない。攻めるなら今。
【スポアエレメンタル】の群れは容易く、フルメタル達を包囲する。…だがその包囲網は容易く突破される。それはゆるりのエンブリオ【飛翔歌唱対翼 セイレーン】の能力による。
第六形態に到達したことで亜音速を超え、超音速に匹敵する。三次元機動高速起動が可能となっている四対の
「待って、ロゼちゃんも、フィルルさんも」
「聞く耳持たん!」
”幻獣旅団”を名乗り、コルガッツォ邸に用があり、護衛を務める俺に反抗の意思がある。そんな奴らの言うことは聞く必要はない。
…俺としても義賊だという”幻獣旅団”の犯行を防ぐ動機も、コルガッツォに対する思い入れもない。
だが、これでもおっさんからの依頼だ。報酬をちょろまかす様な人だが、失敗するわけにはいかない。
”幻獣旅団”の犯行を防ぐ。それがたとえ、約束を交わしたフルメタルであろうともだ。
「そんな!」
「…フィルルも護衛クエストというのなら我々の話を聞くべきである!」
珍しくドリルマンが声を荒げる。”幻獣旅団”の話など…
『フィルル。聞こえるかい?』
それを遮るように脳内に声が響いた。
「…マルコか?いったいどうやって」
『エンブリオによる脳内無線通信だよ。状況はどうなっているかな?”幻獣旅団”は?』
「…”幻獣旅団”を補足した。四人組の男女のマスター達。いま戦闘になっている」
『…了解。想定した通りだな。彼らは手段を選ばないと聞く。彼らの言葉に、行動に惑わされていけないよ』
「…わ―ってるよ」
そこで通信が切れる。
【スポアエレメンタル】の群れと【セイレーン】の追想劇。速度で勝る【セイレーン】に対して、数で勝る【スポアエレメンタル】。胞子達ではサーフボードに追いつくことはできないものの、彼らをこの場所に踏みとどめることには成功していた。
「…振り切れない」
「あれを操っているフィルルを叩く」
「ロゼ!」
「どのみちアイツをどうにかしないといけないでしょ」
フルメタルの静止を振り切り【セイレーン】から飛び降りて、フィルルに接近するロゼ。その一連の動きはカンストした上級職を超えた動きであった。
…ガードナー獣戦士理論か。
◇
それはコルガッツォの部屋の音。
「クッソ!なぜ儂が大金を叩いてマスターなどを雇わねばならん」
「商人どももつけあがりよって。だれのおかげで仕事ができると思っている」
「これもすべて”幻獣旅団”のせいだ。何が悪人のみを狙う正義の義賊だ」
「貴様らが正義の集団ではないことを私は知っているぞ」
「大方儂の持つ
「ん?なんだ貴様か。いったい何のようだ」
「…………」
そしてその部屋からはもう音は聞こえない。
◇
ガードナー獣戦士理論。
フィルルが気づき、ロゼが実践した理論。それは現在、この<Infinite Dendrogram>を席巻し、『最強』とされた理論である。
従属キャパシティ0というガードナーの副次的効果、あるいは最強の効果とフィルルも多用していた【獣戦士】の《獣心憑依》による組みあわせ。
《獣心憑依》は従属キャパシティ内のモンスター一体のステータスを最大で六十パーセント、自身のステータスに加えるというもの。
【獣戦士】は最大でも純竜級を従えるのがやっとでそうしてもまともに他の戦闘スキルを使えないという欠点があるが、それでもフィルルのようにエンブリオのスキルによっては十二分に戦える。
その極致がガードナー。
従属キャパシティ0かつ純竜を超えるモンスター。
それに《獣心憑依》をガードナーに使えば、ステータスが他のジョブよりも高く、汎用の戦闘スキルや武器に由来するアクティブスキルを使用できる最強の前衛の完成である。
故にロゼもまた、ガードナー獣戦士理論を実践し、超級職に匹敵するステータスを手に入れた。
亜音速でフィルルに迫り、人を遥かに超えた力で弓を引き、矢を放つ。
それはフィルルの額を容易く捉え…貫くことはできなかった。
「…!?」
ロゼの驚きも当然。だが、ロゼは失念していた。フィルルには味方もステータス上昇を自身に加える力があることを。
《輝く劇場の主役》
それはフィルルのステータスを神話級と呼ばれる領域まで引き上げる。
故に精々一万の威力しかない矢ではフィルルを貫くことはない。
そう『最強』の理論など真の強者には一切通用しないのだ。
ならばとすぐにロゼは切り替える。
通常のそれではなく奥義ならばと彼女が放ったのは《バースト・サジタリア》
【弓聖】の奥義で、貫通力に優れた一撃である。それならば、フィルルの身体を貫きえたかもしれない。
だが、もうロゼの矢はフィルルに当たることはない。
音の四倍の速さで動くフィルルには音をようやく超えた矢では捉えることはできない。
あるいは最初に放った矢が奥義であれば違ったかもしれないが、
フィルルは逆にロゼとの距離を詰める。
握られた拳は迷わずロゼの腹部へ向かって放たれる。
それはフィルルなりの温情だったかもしれない。
彼が本気で殴り続ければロゼは即座に
さらに言うならこの二人の攻防の最中も胞子達はフィルルの指揮により、フルメタル達を追い立てていた。つまり、ロゼは指揮の片手間に攻撃されたのだ。
それは二人の絶対的な差を表していた。そのことは余計にロゼをいらつかせる。使うと決めていた相手を間違えるほどに。
「《
今のロゼはまさしく異形の姿。顔の造形は美しいままだが、色はガネーシャと同じ鈍色となっている。さらに体中からガネーシャの鼻のような器官が何本も生えていた。
それは【噴推空象 ガネーシャ】の必殺スキルにして融合スキル。合体直前のステータスを合算し、さらに空気噴出能力をも強化する。
それでもフィルルのステータスには届かないが、それでも空気噴出能力のブーストを加味すれば、フィルルに追いつき、傷つけることも可能。
その異形の姿を見たフィルルは笑う。
「いいよな、ガードナーとの融合スキルはよ。俺も自分のエンブリオがガードナーだったらとよく妄想してたぜ。いったいどんな姿になったんだろうってな!」
「抜かせ!このガードナー偏愛野郎が!!」
その言葉もまた、ロゼをいらつかせる。
フィルルの言葉はガードナーへの心からの憧れから発せられた言葉だが、それを今このタイミングで言うということが言外にロゼを侮っているということを示していた。
笑えない話だ。
ガードナーを求むフィルルが生みだした、ガードナーではないそのエンブリオに追い詰められている、ガードナーのマスターであるロゼ。
複雑に絡みあった思いはその戦闘を爆発させる。そこには既に最初の思いはなく、相手を打ち負かすことのみを考えていた。
象の化身から放たれる矢の嵐。フィルルには一発とてまともに当たらない。
だが、それでもロゼは矢を射続けることをやめない。
フィルルも攻撃を仕掛けるが、空気噴出能力によって移動するロゼとの距離の差を縮めきれなかった。
互いに千日手。だがその硬直を破るようにロゼは最大の一撃を放つ。
必殺スキル状態での【弓聖】の奥義、《バースト・サジタリア》である。
強化されたステータスに加え、空気噴出能力で威力をブーストされたその矢は超々音速で放たれる。
それはフィルルの身体を捉え、その躰に大穴を空ける。
その姿を幻視した。だが、実際にはそうはならなかった。代わりに身体を砕かれたのは、虎丸である。
《ライフリンク》
それは従属キャパシティ内のモンスターとHPを共有するスキルである。モンスターと深い絆で結ばれ、モンスターが自分よりも所有者を優先する精神状態であることが前提とはいえ、全滅まで数を減らさずに戦闘を行うことができる有力なスキルだ。
しかし、虎丸とフィルルはこのスキルを使ったのは初めてである。随分前からスキル使用可能だったとはいえ、一歩間違えれば、虎丸を失ってしまうからだ。
故に使用することは避けていたのだが、それを変えたのは皮肉にも虎丸の死であった。
死からの黄泉返りの際、【屍骸王】が行った《リ・コントラスト・デットマン》は虎丸を不死のアンデットに変えていた。
耐久力に優れたアンデット故にダメージを肩代わりしても即座に死ぬことはなく、ましてその傷の修復が即座に始まるようにノスフェラに調整されている。
今も身体をフィルルの身代わりに砕かれた虎丸はその躰を即座に修復していた。
それはもう一度同じことが起きてもフィルルにダメージがいかないことを表していた。つまり、生半可なダメージではフィルルを討つことはできない。
その事実はロゼの動きを止め、フィルルもまた、殺されかけたという事実から行動を改める。そして…
「そこまでだ二人とも!」
フルメタル、ゆるり、ドリルマンの三人はその硬直を見越していたのか、【セイレーン】から飛び降りる。
「俺たちに攻撃の意思はない。だから…頼むから話を聞いてくれ」
両手を上にあげて。それは白旗をあげているようだった。
《ライフリンク》の仕様が少し違うかもしれませんがご了承ください。