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お前との約束のあと、俺たちはアルター王国に向かった。
王都にはレジェンダリアにはないジョブや”墓標迷宮”と呼ばれる神造ダンジョンがあったし、ギデオンって街には巨大なコロシアムがあったんだ。
そこでフィガロとも再会してな。元気そうにやっていたよ。決闘ランキング一位になるんだって張り切ってたなあ。フィガロやその知り合いとかいう着ぐるみの奴とも闘技場でのスパーリングした。白熱した戦いだった。今でも思い出すよ、あの時の決闘は…
そう、アルター王国での日々はとても充実していた。ここでなら俺たちはさらに強くなれる。そういう思いでいっぱいだった。
だが、俺たちは強くなれなかった。
レベルもカンストし、エンブリオも第六形態に到達して順風満帆だった。…だけどそれだけだったんだ。そこから先にいけなくなった。
多くのマスターにとっての限界値。限界を超えた力、超級エンブリオや超級職といったより強い力を得ることができなかった。
だけどそれは多くのマスターにとって同じこと。
そんなことでであきらめる俺たちじゃない。いつかは高みへ到達する日が来ると夢に見て多くのクエストに挑み、…失敗を繰り返した。
単なる実力不足。
身の丈にあっていないクエストを受けた当然の結果。仕方ないとあきらめ、今度はクリアできるクエストを選び、下位のクエストを消化していく日々。
そしてその穴を埋めるように他のマスターやパーティー、クランが当たり前のように上位のクエストをクリアしていく。
俺たち四人で競り合うにはアルター王国のマスターは強すぎたのだ。
<Infinite Dendrogram>を現実と考え、邁進する宗教集団<月世の会>
墓標迷宮の最深記録を更新し、いずれは決闘ランキングの頂点に輝くであろうフィガロ
数多くの戦闘員を抱え、オーナーは決闘ランキングにおいてフィガロと競うほどの<バビロニア戦闘団>
そして、数多くの犯罪に手を染める闇社会、犯罪界の王。
…俺たちが決して弱いわけではないことはわかっている。…それでも頂点には届かないのは明白だったんだ。
だけど、約束があった。
フィルル、お前と交わした約束。強くあろうとする約束だ。
俺はそのためにより多くの努力を重ね、限界を超えた力を手にしようとした。
頂点に届こうとして…疲れてしまったんだ。
昔、話したろ。多くのマスターがデンドロの世界が嫌になってやめていくって話。
俺たちは
ゲームの世界で無理をしてまで頂点を目指そうとする。それはただの
そのストレスのせいで犯罪に手を出したのかって?
違うよ。ただ俺たちは強くなるのをあきらめてしまっただけなんだ。…強くなろうと約束したお前に言うのは憚られるけどな。
だから強くなるのではなく、人助けをしようということになった。
モンスターが跋扈する世界。犯罪者も平気で大規模破壊を行う。マスターによる犯罪の上昇は歯止めが効かない。この世界では多くのティアンが困っている。それの助けとなろうとした。
それはうまくいったさ。俺たちは戦闘パーティーではなく、人助けパーティーとなった。無償で慈善活動を行うパーティーなんて王都にもそうはいなかったからな。
ティアンたちの感謝の言葉。あれはうれしかったなあ。俺たちでも感謝される。喜ばれることがあるんだって。
フィガロも手伝ったりしてくれてな。知ってるか?アイツすんごい常識ないんだぜ。孤児院で料理を振る舞うときなんか大変だったんだ。
それでも楽しかったんだ。慈善活動はティアンたちだけじゃない。俺たちの心も、デンドロでのストレスを緩やかに癒していった。
…そうして有名になれば人が集まる。
”俺たちも参加させてくれ”、”困っている人を見過ごせないんだ”、”面白そうだ”
そんな奴らが集まってできたのが、”幻獣旅団”
総勢九名の小さなクランだった。
名前の由来はメンバー全員が幻獣に由来したエンブリオを持っていたからだな。
それでも数が多くなれば、やれることも増えてくる。アルター王国だけでなく、他の国の困っている奴らを見過ごせないってな。
リアルでのネットや、ティアンたちの草の根の声を通して、ドライフ皇国で飢餓が広まっていると聞けば、食料を持って行ったし、カルディナのある街で水不足が発生したと聞いたら、水を運んだりした。海上国家のグランバロアに海では取れない薬を運んだこともあった。
…だけどな、その頃からおかしな話が出始めたんだ。
”幻獣旅団”が立ちよった場所で数多くの盗みが起きている。それも権力者のみを狙った盗みがだ。
無論俺たちには心辺りがなかった。
確かに無償でやって採算が取れているのかと外野から言われることは多かったが、それは俺たちが狩りをして集めたお金だ。
決して、盗みをしてそのお金で慈善活動をしているわけじゃない。
そんな誤解をしてほしくない。
俺たちはそう叫んだ。
だが、ティアンの反応は違ったんだ。
悪い奴らから金を盗んで、私たちを助けてくれる、”幻獣旅団”こそ『正義』の集団だと。
俺たちは否定したさ。だけど、民衆の熱狂とその『正義』という言葉の魔力には逆らえなかった。
俺たちは”義賊”ということになっていた。犯罪なぞ犯していないが、犯罪を犯したとして褒め称えられる。明らかにおかしな状況だったが、その歓声に酔っていたんだな。
…すぐに気づくべきだった。そんなものはまやかしだと。偽りなんだと。
そこから、被害にあった権力者の家から”幻獣旅団”から予告状が贈られることになった。無論、俺たちには心辺りがなかった。
だけど放置してしまったんだ。
俺たちには関係ないと。
盗まれたのは金持ちの財産だ。
所有者は傷一つ負っていない。
心配してやる必要も否定してやることもないと。
…そうして事件は起きた。
ギデオンの権力者宅に何者かが侵入し、住人を皆殺しに金品をすべて盗む強盗事件。その家にも”幻獣旅団”の予告状が送られていた。
熱は一気に冷めた。
あれほど、熱狂していた民衆は掌を返し、”幻獣旅団”を『悪』の集団と断罪した。俺たちは否定したが、誰も信じてくれるものはいなかった。
このままではまずいと思い、俺たちは犯人捜しを始めた。本当は強盗殺人事件を誰がやったのかを。
犯人はすぐに分かった。
”幻獣旅団”の初期メンバーだった。俺たちの活動に賛同し、困っている人を助けたいと集まった最初の五人全員が犯人だった。
”幻獣旅団”は紛れもない『悪』の集団だった。
俺たちは彼らを糾弾し、彼らに罪を償うように言った。クランの運営のためにやったのだとしてもそれは許される行為ではない。目先の欲にかられてはいけないんだと。ティアンを皆殺しにするなんてあってはならないと。
だが、彼らの答えは非情だった。
「雇い主からの言葉を代弁しましょう。あなたたちも悪いんですよ。マスターに無償で慈善活動なんてされたらこっちも商売あがったりだ」
…その言葉の意味を理解できなかった。脳が理解を拒んでいた。
その瞬間を彼らは見逃さなかった。彼らはエンブリオの能力によって即座にその場から消え失せた。
そうして残ったのは俺たち『悪』の犯罪クラン”幻獣旅団”だった。
俺たちはすぐに彼らを追った。
だけど、指名手配されている身では限界があった。”監獄”送りにされないように身を潜めることで精いっぱいだった。
…またも引退の影がちらついた。今度は紛れもなく心からの思いだった。
強くなるという目標を捻じ曲げ、慈善活動なんかに手を出し、挙句の果てに犯罪者集団だ。
もはや、約束を反故にした俺を引き留めるものはなかった。
…だが、ある噂を聞いた。”幻獣旅団”がレジェンダリアの権力者に予告状を送ったと。
間違いない彼らの仕業だ。レジェンダリアはアルターとは違い、まだ”幻獣旅団”の悪評が広まっていない。どういう目的があるかはわからないが、彼らはレジェンダリアにいる。
そして、俺たちはレジェンダリアに戻ってきた。
…だけど、まさかここにお前がいるとは思わなかったぞ。フィルル。
◇
「待ってくれ、つまりそれはお前たちがはめられたってことなのか」
「そうだ」
俺の要約にフルメタルが大きく頷く。
「そして殺人を厭わない本当の”幻獣旅団”がコルガッツォ邸を狙っているってのか」
「そうだ。だからここで戦闘なんてしてる場合じゃなかったんだ」
「クソ。俺の判断ミスかよ。昔の仲間を信じられないなんて!」
「それはこっちも同じです。フィルルさんと戦闘行為を行うなんて…」
「…」
ロゼはバツが悪そうにしている。…ま、俺も人のこと言えないからいいけど。
「…とりあえず、それをアイツらにも伝えておくか」
「アイツら?」
「ああ、マルコっていう俺と一緒に護衛クエストを受けている…」
「なんだと!」
フルメタルが大きな声をあげる。それは今まで見たことがないフルメタルの表情だった。そしてそれはほかのメンバーも同様。ロゼなど俺に先ほど見せた気迫が嘘だったかのような気迫、いや鬼迫だった。
「いったいどうしたっていうんだ?」
「マルコ。そいつは”幻獣旅団”のメンバーだった男の名だ!」
「…え?それって、まさか…」
瞬間、俺たちの周りに幾千幾多の糸が張り巡らされた。その糸はかなりの粘着力を持っており、触れた体は何一つ身動きを取れなくなっていた。
「言ったはずですよ、フィルル。”幻獣旅団”の言葉に惑わされてはいけないと」
「…マルコ」
「…じゃないと、君も始末しなくちゃいけなくなりますからね」
そこには如何なる手段を使ったのか。マルコが、いや一緒に護衛クエストを受けたメンバー五人全員がいた。
「まあ、俺たちもその”幻獣旅団”なんですけどね」
マルコは何が可笑しいのかその言葉を満面の笑みを浮かべて発する。…それは俺に向けられた言葉ではなく、かつての仲間に向けた嘲りの言葉であった。
「マルコォォォッォ!!!」
フルメタルの絶叫が木霊する。それは怒りの発狂だった。
マルコ達が”幻獣旅団”だったんだよ!(知ってた)