フィルル君ダークサイド
またの名をフィルル・オルタ(違います)
◇とある山脈
男は歩く。
その山中を。
彼自身に理由はない。
連れがそれを望んだためだ。
ならばそれについていこうとここまで来た。
連れは目当てモノを見つけたのか途中で立ち止まってしまった。
彼はそれに気づかず、奥へ奥へと進んでしまった。
その結果、二人は別れ離れ。
有り体に言えば迷子だった。
しかし、彼は気にした風もなく歩き続ける。
元より、目的などないからだ。
ただ、歩きながら物思いに耽ることが多くなった。
どうすればいいのかと。
◇
フィルルが”幻獣旅団”のマルコ達を倒し、彼らが盗んだ珠から現れた古代伝説級UBM【錬鉄武双 シノギタチ】をも下した後、その現場に駆け付けたのは他でもない宝を盗まれたコルガッツォ本人だった。
「貴様、よくも儂のお宝を!!あれで儂がいくら稼いできたと思っている」
「…勘違いするな。俺は盗んでいない」
フィルルのただならぬ感情を察したのか、一瞬コルガッツォが言いよどむ。
不機嫌。
簡単に言ってしまえば、それだけだが、言葉を間違えれば自分の命が危ないのではないかとさえ思わせるほどの圧だった。
しかし、コルガッツォはそこで止まるような人間ではなかった。
「何を言っている!貴様のそのイヤリング。それは珠に封じられていた【シノギタチ】の特典武具だろうが!!こともあろうか盗むだけに飽き足らず、それを特典武具に変えるとは不届き千万。どう落とし前をつけてくれようか」
「…どうするってんだ」
フィルルから放たれた殺気は、コルガッツォをたじろかせる。今までは本当に不機嫌なだけだったのだ。今、それが本物の殺意に変わったら誰も止めることはできない。
コルガッツォは今になって自身の過ちを察した。
そもそも、ここに来て何がしたかったのか。自由になってすぐ追いかけてきたが相手はあの”幻獣旅団”。自分一人ではどうにもできないことは分かり切っていた。まして相手は珠に封じられていたUBMを倒せるほどの猛者。
自分を誰にも気取られることなく殺し、そして逃げおおせることなど容易いことだろう。
事態を把握したコルガッツォはこれ以上ないほど冷や汗を流す。あまりの恐怖に今にも失禁しそうになっていた。だが、その空気を払う者が現れた。
「父さま。その方、嘘は言ってないようですよ」
そこにいたのは美しい容姿と長い金髪をもった一人の少女。コルガッツォの娘、コルキスである。
「コルキス!なぜここに!!」
「外の方から爆発が幾度となくなれば嫌でも気になります。それで様子を見に来たのですが…なにやら父さまが誤解で彼を傷つけてしまったご様子」
「ご、誤解だと!何を馬鹿な…」
「《真偽判定》。私が持っていることはご存知ですわよね。そして彼は盗んでいないという答えは嘘偽りはない。それが答えですわ父さま」
「だが、奴は”幻獣旅団”の…」
「それを含めて聞きましょう、父さま。問題…ないですわね?」
「ああ」
そしてフィルルはすべてを話す。彼がフルメタルから聞いたことすべてを。そしてフルメタルが無実だという事も。
すべての話を聞いたコルキスはゆっくりと口を開いた。
「なるほど。あなたが無実だと、巻き込まれただけだということは分かりました。…しかし、件のフルメタルさんたちの無実は別です」
「何だと!」
今の話を聞いてどうしてそんなことが言えるのか?フルメタルこそ巻き込まれただけの被害者だというのに。
「直接彼らに《真偽判定》をしていないからですよ。確かに今のあなたの話に嘘はありませんでした。しかし、あなたが真実だと思っていることが嘘の可能性もあります」
フィルルはフルメタル達が盗みや殺人はしていないというが、それをフルメタル達に《真偽判定》で確認をしたわけではない。
彼らが本当に無実かどうかは彼らに直接《真偽判定》をしてみないことには分からない。そして、そんな機会はもう既に…
「ふざっけんな!!!じゃあアイツらはもう…」
「…残念ですが」
◇
男は歩く。
その山道を。
自分に何ができるかを考えて。
復讐や報復はすぐに浮かんだ。
だが誰に?
既に下手人は始末し、その黒幕も死んでいるという。
あるいは彼らを指名手配にした官権か?
あるいは事件の遠因となった王国の民衆か?
それとも、俺自身か?
答えは見つからない
◇
珠の護衛クエストは、犯人を”監獄”に送ることに成功したものの、その珠は破壊され、巡りめぐってフィルルの所有物となっているため、失敗となった。
違約金などが発生するなどとコルガッツォは訴えていたが、今の彼にはどうでも良い内容だった。すぐに金を支払い、自由となる。そのまま、フィルルはノスフェラと落ち合う。
「どうだったい”幻獣旅団”は?楽勝だったろう?それより聞いてくれ、新しい…」
「…」
「…何があった?」
そしてノスフェラに今まであったことを話す。フルメタル達との別れを。
「…そうか、あの彼らが」
ノスフェラはフルメタル達に直接会っている。フィルルにマジックアイテムを届ける際に。
(…もしかしたらだけど。彼らは初めから引退するつもりだったんじゃないか?)
そもそも、フルメタル達は”幻獣旅団”となる前から限界を感じ、引退を考えていたこと。
それでも彼らは<Infinite Dendrogram>をやり続けた。
何のために?フィルルとの約束のためだ。
強くなろうとした約束だ。
だが、それが一番彼らを傷つけていた。
その傷を癒そうとしてマルコ達にも目をつけられた。
フルメタル達は嫌気がさしていた。この世界に。
それでもやり続けたのはマルコへの復讐と、約束があったから。
だから最後に、”幻獣旅団”を倒すというクエストを成功させ、UBMを一緒に倒すことで、フィルルとの約束を果たした。そう果たしてしまった。
最早彼らにこのゲームを続ける理由はない。ここから去ってしまったのだ。
フィルルもフルメタルが最後に言った言葉の意味を考え、薄々と察しがついていた。
彼らはもう、この世界に帰ってくることはないだろうと。
その一番の原因は他でもないフィルルとの…
◇
男は歩く。
その雪山を。
国を捨て、流浪に旅するその道中。
レジェンダリアに留まる理由はない。だから捨てた。
訪れたのはアルター王国。
“幻獣旅団”が生まれた国。
もしかしたら、この気持ちに答えが出るかもしれないと訪れた。
しかし、答えはでない。
無論、怨みはある。だがそれは…
「おや珍しいですね。この山にマスターがいるとは」
声をかけてきたのは黒縁の眼鏡をかけた冴えない青年だった。
◇
「アルターに行くって?」
「…ああ」
理由は“幻獣旅団”関係のことに間違いはない。そして、今のフィルルがアルターにいったら、何か問題を起こすことも間違いないだろう。
万に一つ、だが、それでフィルルまで指名手配になってしまうことも考えられる。あり得ないというには、今のフィルルは危険すぎる。フィルルが暴走しないように、首輪をつけて見張っておかなければならない。
「私も行こう」
「いいのか、多分レジェンダリアには戻らないぞ」
「なぜ?」
「いろいろと面倒だからな。コルガッツォにも、睨まれたままだしな」
違約金は払ったが、それで珠を奪われたことを水に流すような男ではない。あれでも相当な権力者、レジェンダリアに留まるのは良くないだろう。
「…まあいいさ。レジェンダリアで取れる怨念はあらかたとりつくしたからネェ」
「そうか、すまないな」
「ところで…フィルルは王国に何をしにいくのかな?まさか復讐とかかな?」
釘を刺された。
「セプータであんな事になって、まさかまだ復讐とかって言わないよネェ」
「…」
フィルルはそれに答えられなかった。
”俺は一体何をしにアルターに行くのだろう”
その疑問はアルターにたどり着いた後も解消されることはなく。
結局、何もしないまま、一週間が経った。
◇
「アンタ…すごいな」
「…?」
「いやすまん。どうやら…迷っちまったようだ。いつの間にか連れもいねぇ」
「それは大変ですね。ここは立ち入るだけで極刑とされる<天蓋山>、速く立ち去った方がいいでしょう」
立ち入るだけで極刑?すごい山があったもんだ。しかし…
「アンタはいいのか?極刑になるんだろ」
「ええ、極刑になります。だからこの私はここにいます。問題はありません」
「…うん?」
正直よく分からなかった。
「…じゃあ、戻るとするか。しかし、これで俺も一応犯罪者ってことか。奇妙な気分だな」
「犯罪に関心があるのですか?」
「…ああ、そうだな。犯罪者の心理とか、犯罪の原因とかな」
”幻獣旅団”の事件のことも考えながら疑問を口にする。
それはずっと考えてきたこと。
なぜあんなことが起こったのか。
それに対する男の答えは…
「難しいですね。人それぞれではないですか?この私の場合は『悪人になる』という目的以外ないのですが…」
後半はまた、よく分からない答えだった。ただ…
「そうだよな、人それぞれだ。深く考えてもしょうがない」
マルコ達が面白半分でやっていたこと。
この<Infinite Dendrogram>という
私刑は既に済んだ。そしてそれ以上は望めない。
黒幕は死んだ。知らない所であっさりと。
フルメタル達は返らない。それは既に終わったこと。
セプータで俺は過去に、復讐に囚われるのは良くないと学んだはずだ。
そうだ、約束は約束。
それ自体は純粋な向上心から生まれたもの。攻めるようなものでは決してない。むしろ、フルメタル達との思い出として大事にとっておくべきもの。
そして、王国に何かをする必要も…ないのだろう。
民衆はただ、喜び、落胆し、嫌悪しただけ。普通の感情だ。攻める謂れは何もない。
官憲もまた、自らの職務に乗っ取っただけ。冤罪は許されることではないが…マルコ達が巧みだっただけ。彼らもまた被害者。
これ以上俺が何かする必要は…ない。
奇妙な男の返事ですぐに答えは出た。あるいはそれは最初から出ていた答え。俺が意固地になって決して認められなかった答えにようやくたどり着けた。
「ありがとうな」
「何がでしょう?」
「いや、いいんだ。アンタを見てると変なことにこだわっていたのが馬鹿らしくなった。感謝ついでにゴミ拾いでもしていくかな」
「気づいていましたか」
◇
それは天を翔ける獅子。天の名をもつ獅子である。
彼には打倒すべき存在がいる。
天の名を持つ竜。その名は【天竜王 ドラグヘイヴン】
彼の伝説を倒そうと天翔ける。
しかし、その夢は適わない。
そもそも、戦力が違いすぎる。【天竜王】の子、【輝竜王】や【雷竜王】にすら大きく劣る。それもそのはず、その身は未だ古代伝説級、いやつい先日その位に至ったもの。
自らの力を過信し、挑んでくるUBM。そのようなものを何体もこの山は屠ってきた。
まず、<境界山脈>に入った時点でいずれの竜王か、或いは純竜の群れに殺される。仮に<天蓋山>にたどり着いても【輝竜王】に消される。
それがこの山の常だった。
そんなことを知らぬ獅子は自らの勝利を確信し天を翔け、二千の胞子に囲まれ、絶命した。
それはこの山ではありふれた、そして少しだけ違った光景だった。
◇
【<UBM>【天獅子 クィスヤッコ】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【フィルル・ルルル・ルルレット】がMVPに選出されました】
【【フィルル・ルルル・ルルレット】にMVP特典【天翔駆甲 クィスヤッコ】を贈与します】
「はえー。随分弱いUBMがいたもんだな」
「――“ブリゲイド”」
「は?」
「”旅団”という意味です。あなたの戦いを見て浮かびました。あなたに相応しい二つ名だと思いますが」
「…”
そう言ってフィルルは<天蓋山>を後にする。その表情は出会った時とは違う、活気で満ち溢れていた。
「…」
その男は知っていた。王国ではそれが何を意味するかを。
「”幻獣旅団”。世間を騒がせた義賊と同じ名前ですね。この私が望むのものとは違いますが、興味深かったですよ。犯罪者でも『正義』と呼ばれることがあると感心してました。しかし結局は…だとすると彼は…困難な道を選びましたね」
男はフィルルの決意に敬意を表し、その場を立ち去っていく。フィルルの、”幻獣旅団”という二つ名を広めるために。
◇
男は歩く。
その山中を。
理由はある。
それは新たな決意。
過去に囚われた復讐ではなく、未来に向けた決意。
忌まわしい名前を誇らしい名前に変える決意。
それは男の新たな戦いだった。
長い戦いだ。多くの国を巡らなければならない。
しかし、男は止まらない。
目標ができた。ならばあとは走るだけ。
彼は走り出す。
そしてその名は…
眼鏡をかけた冴えない青年。一体誰なんだ?
性格が違うかもだけど、ご容赦ください。