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「いやいや、うまくいって良かったネェ…暴走もなくと」
<超級>に進化して怨念が生前有していたスキルをより強く使用できるようになったといえば聞こえはいいが、実際はその分、暴走のリスクも必然的に高まっている。
ノスフェラが当初、【死竜王 ドラグデス】だけで決着をつけようとしたのは、【怨念のクリスタル】の消費のほかに、暴走時のリスク管理の面もある。
【死竜王 ドラグデス】のスキル《怨・絶死結界》はレベル499以下まで、モンスターならば99以下までの相手を抹殺する能力。そして、ノスフェラの合計レベルは既に700以上。【死竜王】が暴走しても《絶死結界》はノスフェラを害することはない。
対して【光竜王 ドラグシャイン】の《怨・終極》は口腔から放たれる極太の極光レーザー。今回のように相手にまっすぐ攻撃をしてくれればいいが、暴れまわって、主であるノスフェラを消し飛ばす可能性もあった。
いや、実際に以前一度、【光竜王】を召喚したときはそうなった。アンデットの弱点である極光にノスフェラは為すすべなく消し飛んだ。故に、ノスフェラにとって【光竜王】は最後の切り札。自身の命をも犠牲にしてでも勝たなければならない相手にのみ使われる。
今回、暴走もなく神話級UBMを撃破できたことは大きいだろう。
「しかし、討伐アナウンスがかからないのはどういう…」
その瞬間、先ほどとは比べ物にならない超々高水圧カッターが大海より放たれ、ノスフェラの身を切り裂いた。
◇
【殺陸兵鬼 ネトラプレシス】は暗黒の極光を見る。自身が更なる高みへと至るための糧となるべき存在がその極光に呑み込まれて消えていく。その光景を見て【ネトラプレシス】は安心した。
「あの極光は我が身を消し得るものだ。放たれたのが【海玉唯在】で良かったか」
あの光は神話級UBMであろうともその身を消し去るモノ。すべての生物にとって全身の融解や蒸発はそれだけで死を意味する。それは【ネトラプレシス】にとっても例外ではない。そうなれば待っているのは自身の消滅。そうなったら最終奥義を使わされていたかもしれない。その竜も今や消え去ってしまったため、身の危険はすでにない。
「今世の人間は奇妙な能力を持っている。あれほどの二天竜を生みだす、いや蘇らせるとは…」
厳密には死者の蘇生ではない。だが、傍目からみればそれと似たような奇跡。そのような能力をただの人間が持ち合わせることに驚嘆していた。
「先ほどの人間も奇妙な力を持っていた。相性はよかったが…それでもこの身を大分削られてしまった」
鳳城院秀臣はHPを入れ替える力を持っていた。それをうまく使われていいように追い詰められてしまった。【ネトラプレシス】の能力、《頽廃領地》は領域内のすべてのモノのステータスを半減させる。だが、ステータスを半減させた上で自らのステータスを上回り、この身を傷つける術をもつのであればそれは脅威となり得る。
現にHPを半分も削られてしまっている。そう、HPを半減されてしまった。だからこそ、勝ち得たともいえる。《頽廃領地》は自身のHP減少をトリガーとしてその半減の力を強める。
HPが半分になればその半減能力が強化され相手のステータスを4分の1に、HPがさらに半分になれば8分の1に、それを永遠と繰り返していく。
強者であれば、最初の半減能力をレジストできるかもしれない。だが、強まった半減の力は何者もレジストできない。故に何者も【殺陸兵鬼】を前にステータスで上回ることはできない。
「この身も負傷しているが、それでも更なる高みへの道をあきらめたわけではない。でなければ《厳冬山脈》を出た意味がない」
そもそも彼がこの地に現れたのは自身に力を与えた存在、ジャバウォックに更なる力の獲得の仕方を聞いたからだ。この身では未だ【地竜王】は倒せない。ならばその境地へと至らなければならない。レベル100の限界を超えた存在へと。そのために同格の神話級UBMを倒すのだ。
ならば残っている【一切皆空】を速く倒さなければならない。
そして彼が天空に位置する【一切皆空 アヴァシンハ】を倒すため手段を画策していると、大海より超々高水圧カッターが放たれた。それは神話級金属をも凌駕する硬度を持った彼の体表を容易く切り裂き、彼のコアごとその身を八つ裂きにした。
そう、【殺陸兵鬼 ネトラプレシス】には無敵に近い半減能力を持つが無論欠点もある。それは領域外からの攻撃。《頽廃領地》の外から攻撃されれば相手の全力をそのまま受けることになる。故に暗黒の極光にも最大の警戒を持っていた。
だが、彼は《頽廃領地》を抜きにしても絶大なステータスを兼ね備えている。そのため彼を捉え、遠距離攻撃で倒すのは神話級UBMでも至難の業。そう、【殺陸兵鬼 ネトラプレシス】を倒した者はそれ以上のステータスを有しているということだ。
◇
「【食王】は死んでしまったか。メイデンのマスターでもあるあの男なら<超級>になり得るかと思ったが仕方ない。だが、当初の目的は果たされた。イレギュラーの誕生だ」
「どういうことだジャバウォック!!」
その場に【兎神】クロノ・クラウンが現れた。
「十二号か」
「僕をその名で呼ぶな。今の僕は【兎神】クロノ・クラウンだ。いやそれよりも今回の件、君の差し金だろう」
「今回の件とは?」
「しらばっくれるな!あの場に最上位の神話級UBMが三体も集まるわけないだろう!」
「その件か。安心しろ計画はうまくいった。イレギュラーの誕生だ」
それは話が噛みあっているようで噛みあっていなかった。
「イレギュラーの誕生だって!また僕たちの仕事が増えるじゃないか!」
「安心しろ。今、我々が表立って世界に干渉することはできない。逆に言えば、仕事は増えないということだ」
クロノとしては言いたいことが山ほどあったがジャバウォックに言ってもあまり意味がないのは長年の経験から察していた。彼はUBMに関することになると何を考えているかわからないことが多すぎる。
「…それで、イレギュラーに至ったのはどの個体かな?SUBMとして使えそうなのか?」
「至ったのは【海玉唯在 メテロ】、予想通りな。SUBMとしては…分からないな、生まれたばかりで未知数すぎる」
「…生まれたばかり?」
クロノは【海玉唯在】の詳細は知らない。それでもレベル100に到達しているUBMが生まれたばかりというのは矛盾が過ぎる。
「あれの完全体はあの水球が蓄積した戦闘経験を元に“産まれてくるもの”がそれに当たる」
「どういうことだい?」
「簡単に言えば、あの球体は卵なのだ。よってその卵から孵化するのが真の【メテロ】ともいえる」
ジャバウォックは<UBM>をデザインし、■■■■■を用いて素体となるモンスターを<UBM>へと改造する。しかし通常は一度に一つの使用である■■■■■を、複数用いることもある。
■■■■■を複数用いればそれだけ<UBM>の性能は跳ね上がるが、無論デメリットもある。
通常は二つ以上の■■■■■を使えば、才能あるUBMでも体が崩壊して死に至る。
一つに適合して耐え切れるレベルでようやくデザイン型の<UBM>になり得るものを二つに適合する難易度は遥かに高まる。
だが、ジャバウォックは『母体と胎児に一つずつ使う』という手法を開発し、崩壊のリスクを抑えた。故に【メテロ】は通常のUBMよりも遥か高みに到達しえると考えていたのだ。
そして、それは誕生した。誕生と同時に【殺陸兵鬼】を殺し、そのリソースを得て、イレギュラーという最高の形で。
「どうするんだい?このままいけば…」
「皇国は消えるかもしれんな」
皇国は政変の真っ只中。イレギュラーの対応に遅れが出ても仕方ない。
「だが、問題はない。あの国にはSUBMは投下されていないとされている。ならば、あれをSUBMとして皇国で暴れさせる」
「制御もできないイレギュラーをか!」
「SUBMだのイレギュラーなどにこだわる必要はない。要は<超級>が生まれればいいのだ」
その発言は彼の真意を存分に表していた。つまり、あのイレギュラーを止めることは誰にもできない。そう。<マスター>以外では。
◇
「…全くどうなっているのかネェ」
ノスフェラはその身を切り裂かれながらも生きていた。【大死霊】でもあるノスフェラは、その身を例え八つ裂きにされようともデスぺナルティにはなりえない。だが…それでもその身の縫合には時間がかかる。
その身で考えるのは自身を襲った超々高水圧カッター。あれは間違いなく敵だった【海玉唯在 メテロ】が有していたスキル、いやその強化版。
だとすればそれを放ったのは【海玉唯在】ということになる。そうであれば、討伐アナウンスが流れていないのも納得できる。なにせ相手はまだ討伐されていなかったのだから。
しかし、疑問もある。あの極光もどうやって生き延びたのかという疑問だ。
あの暗黒の極光、《怨・終極》は確実に【海玉唯在】の全身を飲み込み蒸発させたはずだ。すべての存在を蒸発させる極光は紛れもなく【メテロ】を焼き尽くしたのだ。無敵の防御能力を持つ《液状生命体》といえど全身を蒸発させれば死しかないはず。
だとすれば…
「まさか、蒸発させても死なないUBMとは言わないよネェ」
だとすればそれは《液状生命体》を超えた防御能力である。ノスフェラはそんなことはありえないと今過った考えを否定した。しかし、それは正解であった。なぜならそいつは…
◇
「ほう、我が一撃を持って死なんとはな。褒美をとらす、好きな物を望むがよい」
大海より放たれた超々高水圧カッターを喰らってもフィルルは生きていた。それは【軍神】のスキルによるもの。
そうして生き残ったフィルルは疑問を持っていた。今の攻撃は大海から放たれたもの。その能力に酷似したものをフィルルは既に一度見ている。【海玉唯在 メテロ】によるもの。だが、今あの水の球体はおらず、代わりに俺の目の前に忽然と姿を現したコイツは?人のカタチをしていながら、所々、鱗や触手を持ち合わせた肉体をしているコイツはいったい何者なのか。
「…お前、何者だ?」
「褒美は我への問いか、面白い。ならば我が名を聞く栄誉を与えよう。我が名は【メテロ】、【天地海闢 メテロ】である!」
それは後に”軍団最強”と呼ばれるフィルルにとって”最強”の敵の名であった。
今作”最強”の敵。
今なお、攻略法が思いついていない作者であった。