会話大目です。
皇王宮。
皇都の中心に位置するその外観のほとんどは近代都市に似た街並みの延長線である。今フィルルが白衣の男に連れられて歩いている場所もその近代都市の一部でしかなかった。
「なあ、戦争だの皇王に会うだのどーなってるんだ?」
「さっきも言った通りだよ」
「いや、俺なんがが皇王にあっていいのか?」
「いいんじゃない?この国はラインハルト様の元で生まれ変わるからね」
「生まれ変わる?」
「そう、他の国に例を見ない、マスターを軍事力とした国にね」
それは…
「知っての通り、マスターはエンブリオがある分ティアンより強いからねぇ。なにより、死んでも三日で甦る。軍に兵隊にしない理由がないねぇ」
「…」
「まあ、その辺の話はこの先でだ」
そこにあったのは機械仕掛けの巨大要塞。常にどこかの部品が動き続ける、歯車の城。その城こそが【皇玉座 ドライフ・エンペルスタンド】。
そして、その深奥部、ドライフ皇国の皇王執務室であった。
「あなたが【軍神】フィルル・ルルル・ルルレットですね。私はラインハルト・C・ドライフ。この国の皇王です」
そこにいたのは隻腕の、そして傷だらけの王様であった。
◇
「えーと、お初に?お目にかかります。フィルルです、ハイ」
「えらいかしこまりようだねぇ」
「そりゃ、皇王なんだろ?王族なんだろう?へりくだるってそりゃ」
「随分と小市民なのね」
「ほっとけ」
しかし、皇王はなぜこんなにボロボロなんだ?…あ、そうか今まで内乱してたんだっけ。
「あまり堅苦しく話さなくて結構ですよ。私自身、皇王になったのはつい昨日のことです。特にマスターの皆さんには王族などは関係のないことですから」
「そ、そうかな?」
そう言われても、態度を中々変えられない自分に、自分でもびっくりする小市民ぶりであった。
「そもそもなんで俺、皇王様と謁見してんだ?」
「戦争のためだよ、フィルル君」
「フランクリン、話を盛るの良くないですよ。戦争は万が一の可能性です」
おん?
「アルターと戦争するって話を聞いたんですけど、本当なんですか?」
「可能性としては低いです」
「おや、だったら頼まれてる私の”大量生産”も止めようかねぇ、戦争がないのなら必要のないものだし」
「戦にならずとも備えは必要です。それに…敵はアルターだけではありません」
「?」
色々疑問は尽きないが、やはり気になるのは…
「なんでアルターとの戦争を前提としているんです?アルターとドライフは友好国じゃなかったでしたっけ?」
「そうですね…どこから説明したものか」
「そういやフィルル君は西方三国で慈善活動をしていたんだよねぇ。北部の街を見てて気づかなかったかい?」
慈善活動、北部の街、そうか…
「飢餓…か」
「そう、ドライフでは近年、耕作地の減少が続いています。これはマスターが増加する前から顕在化している問題です。そしてそれは今も悪化の一途を辿っている」
「原因不明の飢餓。私たちのクランも何度か調査や研究の手伝いをさせてもらっているけど、改善の見込みもない。芋すら栽培できない不毛の地が今や皇国全土の三割を占めている」
「そして、その範囲は今も増え続け、最早我が国の食料自給率は自国民を生かすのに足りなくなっています」
…まさかゲームの世界で飢餓問題をがっつり説明されるとは思わなかったぜ。しかし、やっぱりそうか。北部の街があれほど荒んでいたのは、皇国では解決できない問題だから。じゃあ他国を頼ろうと俺たちもしていたわけだが…
「本来であれば、隣国のアルターやカルディナから輸入すれば問題はなかったはずでした。しかし…」
「カルディナが何を思ったのか食料の輸出量を絞り出したんだよねぇ」
食料の輸出を?カルディナは交易で利益を上げる国のはず。そんな国がなぜ輸出を控える?
「国家規模の食糧輸送。封じられてしまえばドライフがカルディナからの食料獲得をあきらめるしかありません」
「そうなると…残りは王国だけだねぇ」
「そうだ。グランバロアはどうなんだ?」
あの国は海洋大国。海の資源が豊富で海産物だって…
「グランバロアも食料で言えばうちと大差ないねぇ。なんせ海しかない国だから農作物がほとんどない。それを他国から融通してもらっている。最もグランバロアはカルディナからの食料供給が続いているフシがあるけど」
「海洋国家が有する航路はそれだけで価値があります。カルディナもグランバロアはまだ敵とするべきではないと判断しているのでしょう」
「逆に言えばドライフは…ってことだねぇ」
なるほど。要は他国に頼れる状況でもないってことね。だけど…
「アルター王国は友好国のままだ。それで何とかならないのか」
「王国からの輸入は今も続いています。そのおかげで少数の餓死者を出しながらも国としては存続できています」
「…アルターからの輸入があっても餓死者はなくならないのか」
「だけど光明もあるねぇ。新皇王決定後の王国との国家間交渉。それの内容次第ではより多くの食料輸入を勝ち取ることができるかもしれない」
「以前から王国と皇国には連合王国化する計画がありました。新体制となったことでそれを強く推していけば飢餓問題は解決できる見込みが大きいでしょう」
「だったら…」
だったらドライフを苦しめている飢餓問題は解決できる。これしかない、絶妙な一手だ。
「ですが…交渉はうまくいかないでしょう」
「え?」
「理由は数多ありますが…第一に王国がこちらの要求を呑む可能性が極めて低い。そして交渉が決裂し、同盟関係を解消される可能性すらある。そうなれば、今あるアルターからの食料輸出さえもなくなるかもしれません」
「待ってくれ。どうしてそうなる?連合国化は元からあった計画なんだろ。それの履行を求めただけでどうしてそこまで拗れるんだ」
両国にとってメリットの大きい連合国化だ。アルターでさえ断る理由はないだろう。仮に連合国化までたどり着けなかったとしてもだ。それで同盟が解消されるなんてことは在り得ない。
「詳しくは話せませんが…皇国と
皇国と…世界に必要なもの?食料と…なんだ?
「ではフィルル君問題です。国家間交渉の結果、王国との同盟関係は破棄され食料輸出はなくなりました。カルディナでは奇妙な行動が続いています。明らかな戦争の準備をしているといえるねぇ。そんななか、君はドライフの食糧問題解決のためにどうするかな?」
どうするって…どうする?交渉は決裂し、他国はどの国も食料を輸出せず、不毛の地は広がるばかり。そんな中でドライフが取るべき行動は…
「奪うしかないねぇ、他の国から」
「…!」
それは俺の中で最初に浮かんだ答えと同じだった。そしてその略奪の対象となる国は他でもない…アルター王国だ。
「だからこそ私たちは今の段階から備えている戦争に向けてねぇ。仮に交渉が成功して王国との連合国化がなったとしても次はカルディナが動いてくる可能性がある。連合国対カルディナの戦争になるかもしれないからねぇ」
「どのみち戦争は避けられないでしょう。ドライフであれ、アルターであれ、カルディナであれ。<戦争結界>の仕様からして戦争にマスターを参加させたいという意思を今の管理者から感じます」
「マスターでいうところの一大イベントだからねぇ、戦争は」
戦争イベント。
それは解説書に書いてあった、国家間の大規模戦闘であり、所属国同士の命運を賭けたビッグクエスト。
<マスター>とティアンが入り乱れての大決戦で中々起きないイベントだあり目玉の一つでもある。
だがそれは…
「ここで最初の話に戻るねぇ。ドライフでは今この時から戦争に備え準備をしている。既にドライフに所属しているマスターに頼んでねぇ。うちのクランも既に兵器の生産に取り掛かっている」
「そして、それ以上に進めているのが、無所属のマスターを雇い入れることです。王国とドライフとの間でマスターの差はそこまで大きくありません。であるならばより多くのマスターを外部から雇い入れ、逆に王国側で雇われる可能性を潰しておかなければなりません」
無所属のマスターをドライフ側の戦力として戦争に参加させる。それはつまり…
「【軍神】フィルル・ルルル・ルルレット並びに【屍骸王】ノスフェラ・トゥ。以上二名の無所属の<超級>にドライフ皇国への所属を求めます」
「結局は戦争の備えってやつかよ。何が戦争は万が一ですだ。戦争にならないための努力をしろよ!」
「あなたのおっしゃることは最もです。ですが、戦争はしなかった。しかし、国は飢餓で滅んだではそれこそ為政者失格です」
「だったら!…だったら王国との交渉で最低限、食料だけでも…」
「善処はします。ですがこちらにも譲れないものはあります。例え戦争になってでもね」
「…」
ただの王様であるはずの皇王が発したその言葉はあまりにも力強くこの身に突き刺さった。それは断固たる決意の表明にして圧倒的な圧をもっていた。
「…どうして俺たちなんだ?」
「私はこの身で<超級>の恐ろしさを体感していますからね。協力を仰げるなら仰ぎたいのですよ」
そう言って皇王はその右腕を見せた。肘から先になにも存在しない右腕をだ。
「…意外だねぇ。君みたいなタイプはあっさり戦争に参加するものだと思っていたよ。それとも<世界派>だったのかな?」
「<世界派>だの<遊戯派>だのは関係ねえ。命の重さなんて下らねえこと言うつもりもない。…要は納得できるかどうかだ」
「なるほどね。それは単純で…ひどくわかりづらいものだ」
「それに俺はともかくノスフェラはどう出るかわかんねよ」
アイツは今デスぺナの最中だ。俺がノスフェラのことまで決めることはできない。
「ですからまずはあなたと交渉したいと思っています。あの街で起きた神話級UBM同士の戦いに勝利したあなたとね」
「交渉?」
「ええ。あなたがドライフ所属になれば…ドライフ内での”幻獣旅団”の指名手配を取り消します」