「それでは…あなたは皇国側として戦争に参加して頂けるということでよろしいですね」
「【食王】鳳城院秀臣の名において誓う。我が剣は皇国と共にある」
【軍神】フィルル・ルルル・ルルレットと【獣王】ベヘモットの私闘より幾らかの時が過ぎた後、皇王であるラインハルトはマスターの囲い込みに力を入れていた。
彼が欲しているのは優れた力を持つマスター。欲を言えば、準<超級>以上のマスター達である。そのためであれば、彼自身が直接マスターたちとの交渉を行うことも多々あった。
アルター王国との戦争は既に秒読み状態。後は王国との<戦争結界>の設定の交渉を残すのみ。それが成せば、戦争は始まる。それまでに無所属のマスターの戦力の拡充を急ぎ、逆にアルター王国側で雇われることを無くさねばならない。
なにせ、相手はあの超魔竜【グローリア】をも退けるほどの力を持ったマスター達、”アルター王国三巨頭”が所属している国だからだ。
仮に【グローリア】が王国ではなく、皇国に投下されていればこの国は滅んでいただろうことを予感させるSUBM。そしてそれを降した王国の<超級>。彼らが戦争に出てくれば如何に”物理最強”を擁するドライフ皇国であろうと、負ける目が大きくなるだろう。
…そして、【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェル。
主要七か国全てで指名手配となっている<超級>。
単純に考えれば、彼が戦争に参加することはない。なぜなら、<戦争結界>の仕様上、どの国にも所属していない【犯罪王】は戦争には参加できない。
…と断ずることはラインハルトには出来なかった。
なにせ相手は、ラインハルトをしてその行動を計りきれぬ人物。犯罪をしたいから犯罪をするなどというフザケタ思想の持ち主であるゼクスが今、この盤面でどう動くかなど知りようもなかった。
…むしろ、今この瞬間、自身の命を奪いに来ることすらあり得ると考えていた。
戦争が皇国の思う通りに進んだ場合、アルター王国はこの世界からなくなる。
そうなればアルター王国での彼の罪は事実上消滅する。【犯罪王】である彼にはそれは何としてでも阻止しなければならないはずだ。ラインハルトは知る由はないが、事実同様の理由で【犯罪王】は【グローリア】の討伐に加担している。ラインハルトが【犯罪王】をただの犯罪者と断ずることができない理由もそこにある。
そして、ラインハルトが知る限り、彼は犯罪者の王でありながら、未だ国王の殺害という大罪を犯していないはずだ。王族の誘拐等、それに準ずる犯罪は幾つも犯しているはずだが、その頂点たる大罪を行えていない。
その二つから考えられるに…【犯罪王】は騎鋼戦争が始まる前にドライフ皇王であるラインハルトの殺害を企てていても不思議ではないということだ。国王暗殺という大罪を犯し、自身の犯罪歴の消失を防ぐ最高の一手である。
そのために、ラインハルトは自身の警備にも最大限の注意を払っている。
「それで報酬の方は?」
「他のマスターと同等でいい」
思考を【食王】との交渉に戻し、詳しい報酬の話に取り掛かる。だが、【食王】から返ってきた言葉は皇王の読みから外れていた。
”美食家”を自称する【食王】への報酬として、皇国で残された数少ない”美食”を用意したラインハルトからすれば、それは些か拍子抜けであった。
「超級職を擁するマスターには更に特別報酬を擁していたのですがね」
「賢い貴方のことだ。報酬というのは大方この国の”美食”だろう?…この国からそんなことをするのは気が引ける」
ラインハルトはその言葉に幾つかの思考を走らせ、
「そう言えば…あなたもメイデンのマスターでしたね」
その意味を理解した。
メイデンのマスターである彼はこの世界を、”世界”として捉えている。そして、”美食家”を自称し、【食王】でもある彼が、”美食”を求めず、この戦争に参加する理由など一つしかない。
「御協力、感謝します」
「”食べられない”。それは何よりつらいことだ」
そう言って【食王】鳳城院秀臣は皇室を去った。
それと入れ違えるように【獣王】ベヘモットが皇室に入ってきた。どうやらベヘモットは少し機嫌が悪いようである。
『【犯罪王】の暗殺を警戒しているのなら、無闇に人に会うべきではないと思うんだけど』
「【犯罪王】は姿形は変えれても、その名までは変えることはできない。大丈夫ですよ、ベヘモット。最大限の警戒は続いています。彼もいますしね」
そこでベヘモットは不機嫌の度合いをあげた。ラインハルトの言う彼とは、他ならない先日彼女が引き分けた相手だからだ。だが、それも全ては勝ち切れなかった自身の不覚とベヘモットは受け入れた。
『ルルレットは上手くやっているみたいだね』
「ええ。最高の結果とまではいきませんでしたが、それでも十分ですよ」
本来の計画では、ベヘモットが決闘でフィルルを降し、【軍神】をドライフ側の戦力として騎鋼戦争で使うつもりであった。ラインハルトとしてもフィルルの必殺スキルさえも読み切り、必勝の策をベヘモットに授けていた。
だが、フィルルの持つ真の奥の手によって、勝敗はつかず、引き分けという不本意な形となった。
フィルルを雇い入れることに失敗したラインハルトであったが、フィルルはラインハルトが提示した引き分け時の条件にはあっさり同意した。
それには、さすがのラインハルトも呆気にとられた。フィルルは案外お人好しなのか、それとも彼にとって”幻獣旅団”というのはそこまで大きい存在なのか…
何はともあれ、ラインハルトはフィルルを雇うことには成功した。その内容は”終戦時まで外部戦力の侵入を防ぐ”というものだった。
『ところでさ、ルルレットが”軍団最強”って呼ばれているのってラインハルトの差し金でしょ』
「ええ。実際にやったのはフランクリンですが…指示したのは私です」
『…ごめんね。苦労かけて』
ベヘモットはなぜラインハルトがフィルルに”軍団最強”の二つ名を与えたかの理由を察していた。それが自分に起因することも。
皇国にとって大事な戦争を控えたこの場面で、皇国最大の戦力である”物理最強”がただの<超級>と引き分けたとあっては士気の低下につながると考えたためだ。
無論、あの決闘は極秘裏に行われ、その詳細を知っているのは戦った当人たちを除けば、ラインハルトとフランクリンくらいのモノだ。しかし、口に戸は立てられない。まして、<マスター>や<DIN>が存在するこの世界では完全な秘め事などあり得ない。
それを防ぐために、フィルルをベヘモットと同格の”最強”として知らしめ、更にその<超級>が形は違えど、皇国のために働いていると喧伝することで更なる国威発揚を狙ったのだ。
『でも”軍団最強”かー。他にいいのなかったの?』
「”物理最強”や”魔法最強”に並ぶ出来は早々ないですよ」
その言葉をきっかけにアルターには前”魔法最強”もいたなとラインハルトは改めて敵の大きさを再認識した。あの広域殲滅魔法を前にすれば、【魔将軍】も【大教授】も敗れるのは必定。【大賢者】にはベヘモットをぶつける他ない。
ラインハルトが思考を戦争のシュミレートに費やしていると、ベヘモットからさらに言葉を投げられる。
『”あれ”を使っていたら、勝敗は変わっていたかな?』
「…」
それはラインハルトの思考を打ち切るに十分の言葉であった。
”あれ”とはラインハルトとベヘモットとある<超級>しか知り得ぬ秘事。それが知れれば、皇国の戦力が半減してもおかしくないもの。彼女が持つ最強の武具。確かにそれを用いれば勝敗は変わっていたかもしれないと予感させるモノ。
だが、その言葉に対して、ラインハルトは冷静な分析を口にする。
「結果は変わらないでしょう。あの実験場での決闘である以上、勝敗は”実験場の負け”以外ありえません」
『そうだね。ごめん変なこと聞いて』
ベヘモットはその小さな体を動かし、がおーと威嚇するような体勢をとる。
『戦争では頑張るから、期待してて』
そう言ってベヘモットも皇室から去っていった。
一人になったラインハルトが、否、クラウディアが思うのは自身に課せられた使命。そのために彼女がやらなければならないこと。彼女の小さな親友に迷惑をかけると知りつつ、彼女はその歩みを止めることはできなかった。
◇
時は流れ、今は騎鋼戦争の真っ最中。
クラウディアの予測とは異なり、戦争はドライフの圧倒的優勢であった。理由は幾つか挙げられるが、一番大きいのはアルター側の<マスター>の参加率の低さであろう。
王国に所属している有力な<マスター>のほとんどがこの戦争に参加していない。かの”アルター王国三巨頭”さえも参加していない。
<超級>を止められるのは<超級>だけ。
<超級>の参加していないアルターが勝利することはその時点で不可能となっていた。
そして、唯一の懸念事項であった【犯罪王】も戦争が始まってしまえば<戦争結界>によって干渉はできない。それ以前に、【犯罪王】は戦争前に誰かに敗れ、”監獄”送りになったらしい。誰がやったかはわからないが、その人物に感謝すべきだろう。
「【獣王】が【大賢者】を降したようです」
情報収集に特化したエンブリオを持つマスターからうれしい知らせが寄せられる。宣言通り、ベヘモットは”頑張っている”ようだ。
アルター側の残す大戦力は【天騎士】のみ。もはや勝敗は決した。
あとはベヘモットかフランクリンが王都を制圧すれば、完全勝利が確定する。勝利を確信し、全軍を更に南下させ、王都制圧のオーダーを発する。
だが、そのオーダーの後、完全勝利を瓦解させる一報が入る。
「カルディナが…カルディナ軍がドライフに進攻してきましたッ!!」
全軍を指揮する作戦司令本部は大混乱に包まれる。
「カルディナ?」
「どうして…」
「防衛線はどうなっている!」
怒号飛び交う中、その情報を聞いたクラウディアは静かに声を発する。
「全軍北上。最低限の目的は達した。王都制圧は諦める。今はカルディナへの対抗を急げ!」
そのオーダーは苦渋の選択であった。しかし、これしかなかった。むしろ、クラウディアはこうなることを半ば予想していた。
あのカルディナがドライフの一人勝ちを許すわけがないと。つまりこれは電撃戦であったのだ。そして、それは失敗に終わったということだ。
「しかし、今から全軍を戻しても…」
「更に情報!!カルディナ軍に最低でも四人の<超級>を確認!!」
「…<超級>まで投入してくるとは」
「【獣王】は?【魔将軍】は?」
「【魔将軍】、【天騎士】を降したようです」
「それどころではない!!!」
「【獣王】は【獣王】は戻ってこれんのか!」
「【獣王】は最前線で戦っておられるため、最低でも…」
「ええいっ!!」
だが、電撃戦が失敗に終わったとはいえ、カルディナへの対策を怠っていたわけではない。
「契約はまだ生きています。私が授けたその名に恥じない働きを見せなさい。フィルル・ルルル・ルルレット」
それはドライフが擁する文字通りの”軍神”への祈りであり、信頼であった。
「カルディナ軍、一時侵攻を停止、何者かと交戦状態に入ったようです」
「これならば、【獣王】は間に合うやもしれん」
そして、【軍神】はそれに応えた。
「しかし、カルディナ軍が動きを止めるとは…」
「神話級UBMにでも出くわしたか」
作戦司令本部は一転して安堵の空気に包まれ、それを為した者への想像を膨らませる。なにせ、<超級>四人を含めたカルディナ軍を食い止めるなど神話級UBMでも至難の業だろう。
「いえ、神話級UBMより恐ろしい、”軍団最強”の男ですわ」
唯一、答えを知るクラウディアはその名に感謝を示す。
フィルルが作りしその時間は、【獣王】達を前線から引き上がらせ、カルディナ軍と相対する契機を与えた。
この働きにより、”軍団最強”の名は加速度的に広がっていく。フィルルがこれより旅をする東方にまで。
最終話なのに、主人公登場せず。
これが最終話でほんとにいいのか?
しかし、フィルルで書きたいことは書ききったので、”軍団最強”の男の話はこれでおしまいです。