アニメ化記念だしね。
◇
一人の少女が海上に天使を召喚し、大海を進む巨大戦艦を轟沈させる。
俄には信じられない景色だが、行った者が準超級といわれる<マスター>であるならば、このような芸当はできても不思議ではない。
そして、それを間近で見ていた一人の男は、武芸者としてその強さに眼を見張った。
「神話級天使…。あれほどの戦艦を一撃で、それも目にも映らん速さとはな」
男の名はシュバルツ・ゲッヘ。どの国にも所属していない流れの<超級>である。いや、その表現も間違っている。彼は今、<天地>の人間の護衛任務を受けている。今は<天地>側の人間といえるだろう。
その護衛任務とは彼の護衛主が行う取引のためである。彼の護衛主はこともあろうに大海に潜む地下要塞にて取引を行うという。
彼女もエンブリオを持たぬティアンの身とはいえ超級職。まして、マスターの間では修羅の国などと噂される<天地>のだ。
当然であれば、護衛の必要がないほどに彼女の腕は達者なのだが、それも陸上ではの話。足場すらままならず大海では彼女の実力は半分も発揮されない。
そのために自分のような人間が必要なのだろう。あまり乗り気ではなかったが、今のように面白いマスターが見れるのであればわるくはない。
「あの天使、俺の最終奥義でも倒せるかどうか。準<超級>の身でありながらあれほどの実力を持ち合わせるとはな」
神話級天使は<超級>の彼をしても、召喚されたところしか確認できず、それが戦艦に突撃する瞬間は認識すらできなかった。それほどまでに神話級天使のAGIは高かったのだ。
なぜならば神話級天使【ワンリミテッド】は術者のステータスの10倍の数値となる。彼女のステータスを考えれば、その速度は音の200倍以上に匹敵する。
それほどの天使を召喚できるマスターは間違いなく、準超級の中でも最上位に位置する実力であることは想像に難くない。
だからこそ惜しいのだ。それほどの実力がありながら今のような短慮な行動をとるとは…
「今の行動。どのような意図があったのか聞かせて頂きたい」
雇い主である華刈姫からも抗議の意図を孕んだ質問を投げかけられる。そもそも、この弧海に潜む要塞で交渉を行っているのは誰の目にもつかずに交渉を終えるためである。
「あの戦艦はこちらの要塞に近づきつつあった。だが、イコール危険という訳ではない。この要塞は招かぬものの侵入を易々と許すような仕組みにはなっていないはずだ」
彼ら二人とて要塞に足を踏み入れるまで多くの時間を要した。要塞の主の許可があってもあれほどの時間がかかったのだ。赤の他人が足を簡単に要塞の存在に気づき侵入するなどという可能性はゼロに等しい。
であるならば、放置しておけば良かったのだ。それが余計な火の粉を払う真似をして、藪蛇をつつくということもある。
「すまない。あれは私のコマの不手際だ」
そして、要塞の主であるマルスが部下の非礼を詫びた。
「手駒とはいえ、その心魂まで縛ることはできんからな。あれはあの戦艦に以前手酷くやられていてな。その意趣返しというやつだ」
ゲームの世界だというのに、黒スーツに黒ネクタイ、喪服ともいうべき不幸の象徴たる衣装を身に纏ったその男は駒と呼ぶ、戦艦を撃ち落とした一人の少女に目を向ける。
少女は対称的に白い礼拝服を身に纏っていた。その色合いは現実に当てはめるといかがなものかと思ったが、よくよく見れば、その礼拝服は男とは異なり特典武具である。色彩まではアジャストしてもらえなかったというべきか。それとも彼女の容姿にアジャストしたのか、今の彼女はまさしく、純白の聖女そのものだった。
「あれは怨念を際限なく生みだす悪魔の骸だ。あれのせいでこの世界で数多くの怨念を生みだされている。滅するべき悪逆だ」
「落ち着け。そして護衛に戻れ、セイヴァ―」
「…」
セイヴァ―と呼ばれた聖女の言葉から出されるのは怨嗟の言葉であり、マルスの言葉に渋々とその口を閉じる。
「では、交渉の続きと行こうか、華刈姫」
「少し口を出しても構わないか、【死商王】」
「構わんとも、【超弓武者】。ただの護衛ならともかく<超級>の君の言葉を無下にはできん」
マルスはシュバルツの口出しを認め、言葉の続きを待っている。
「セイヴァ―とかいう少女、手駒というのはどういう意味かな」
「フフフ、そこか。なに特別おかしな話ではない。この娘は俺には逆らへんのだ。この世界ではなく、あちらの世界でな」
「なるほど、理解した」
マルスの言葉でおおよそを察するシュバルツ。おそらく、リアルでも上下関係にあるのだろう。それも手駒と称するほどには。
「では、俺の方からいうことはない。いや、一つ言うことがあったな。手駒ならもっと
「…」
マルスとセイヴァーは驚いたように口を開く。華刈姫はシュバルツの性根を知っているからか、驚きはせず、あきれていた。
「…フフフ、ハハハ。そうだな。それが<超級>の考えか。心魂までは、などという甘えを見せるべきではなかった」
「…」
マルスの言葉に何も言い返すことができないセイヴァ―。それを無視し、口を開くシュバルツ。
「口を出してすまなかったな【死商王】。交渉を続けてくれ」
「…ウム。では交渉の続きだ、華刈姫。この要塞で生みだされた先々期文明の機械兵。これを5千体、売りに渡そう」
そう言いながら、マルスはアイテムボックスを華刈姫に手渡してくる。5千体もの先々期文明の機械兵、その全てが入った特別製のアイテムボックスだった。
「便利なものです。人型サイズとはいえ五千もの機械兵の入るアイテムボックス。これだけでも相応の値打ちでしょうに」
「心遣いというものだ、華刈姫。なに順当な取引だ。君は戦力を、私は君の領地で取れた良質な神話級金属を得られる」
「加工できなければただの硬い金属。我が領地にはアレほどの金属を御せる作り手がいない。であればこれは当然の帰結です」
華刈姫側からは領地で取れた使い道のない神話級金属を、マルス側からは先々期文明の機械兵を。この要塞で行われる交渉とは簡単に言えばそういうものだった。
この交渉は華刈姫にとって必勝の交渉である。
神話級金属を採掘できるという土地。
だというのにその領民は他の天地の住人と比べてレベルが低い傾向があった。
となれば神話級金属を求める他の領地を治める武家は、その領地を手に入れんがため、数多くの戦力を投入してくる。
その侵略者たちから領地を守るために必要なもの。
それは絶対的な戦力であった。
先々期文明の機械兵。それが五千もあれば侵略も怖くはない。
しかし…
「先々期文明の機械兵。私で御せるものなのでしょうか」
それは当然の疑問。
五千ものの数を率いるならばそれこそ【将軍】系統の超級職に就いていなければならないだろう。
その疑問に答えるようにマルスは高らかにこたえた。
「本来の仕様であれば、制御すらできないものだっただろう。なにせこの要塞自体が先々期文明時代の【無将軍】、無人兵器指揮能力特化将軍職の配下生産のために用意されたものだからな」
「…」
驚愕の表情を見せる華刈姫。それも無理からぬこと。
まさか今渡されたアイテムボックスの中身がそんなものだったとは知らなかったのだ。
「ドライフ皇国のマジンギア。あれに類する無人兵器だと思っていましたが、それほどのモノだったとは…。しかし、疑問はつきません。【無将軍】のための無人兵器だというなら、私がこれをもらっても使い道はないのでは?」
「私は【死商王】ですよ、華刈姫。こと兵器の売買に関して虚偽はない。これは私のエンブリオの能力によって彼【無将軍】のジョブや適性がなくても扱えるように調整してある。無論、その分本来の性能からは落ちるが、名に私の能力で多少の強化もしてある。君の領地の悲劇を救うだけの力はある」
マルスは兵器売買特化型商人系統の【死商人】、その超級職【死商王】である。即ち、対価さえ払えばそれに応じた兵器を売るということを証明しており、華刈姫の《審議判定》にも反応はない。
「取引に応じましょう【死商王】、願わくばこの交渉が我が領地を救わんことを」
「ああ、切に願うとも」
華刈姫が領地から採掘された神話級金属を納めたアイテムボックスを差し出し、交渉はここに集結する。
それを見届けていたシュバルツは護衛をしながらも別のことに思考を走らせていた。
大海に潜むように建造された要塞。
遥か2千年前の先々期文明の要塞。
【無将軍】配下の機械兵製造のための要塞。
多くの人間に感知もされない迷彩機能付きの要塞。
それがなぜ今、この男の手中にある。
マルスは如何にしてこの要塞を見つけ出したのかと…
「おめでと-」
厳粛な空気が流れる空間を吹き飛ばす馬鹿に明るい言葉が木霊した。
「「「「…!」」」」
この場にいる人間は4人。
【死商王】マルス
【天将軍】セイヴァ―
【超弓武者】シュバルツ・ゲッヘ
【鎌神】華刈姫
だけである。
声の主はこの四人の誰も声にも似つかなかった。だとすれば今の声は、想定せぬ乱入者のモノであり、それは確かにこの場に姿を見せていた。
「【発掘王】ユテン!」
そして、そのモノの正体を顔見知りである【死商王】マルスは宣言した。
【死商王】と【死売】どっちがいいか絶賛悩み中。正直、【死売】の方が格好イイ。