◇
【発掘王】ユテン。
その名が示す意味を他ならぬシュバルツは知っていた。自分と同じ、無所属の<超級>であり、自分とは異なり、クランのオーナーでもある。
《ゴルゴネイオン》、未知への発見を求めるなどというふざけた目的を持ったクランだ。
だが、その正体がなんであれシュバルツは自分の仕事をする。華刈姫の護衛である。
おめでとうなどといってはいるが、その言葉にどこまでの信憑性があるものか。
彼はすぐさま自身の弓型エンブリオ【窮弓射 イージス】を構える。そして、すぐさま矢を番え、撃ち放つ。
超音速で飛翔する一矢は【発掘王】の身体を容易く捉え、透過した。
「透過した…か。それが貴様のエンブリオの能力か?」
今起こった自体に対して簡単に解決する解答といえばエンブリオの能力。自身のエンブリオも防御性能に特化した能力であり、それに類するものであれば攻撃の透過などという能力はあり得るだろうと考えていた。
だが
「違う。貴様も噂に聞いたことくらいはあるだろう、《邪眼変性》のな」
顔見知りらしい【死商王】はそのエンブリオの正体を知っているのだろう。だが、それよりもシュバルツの気を引いたのは《邪眼変性》のスキル名だ。
《邪眼変性》
文字通り、ただの眼を邪眼に変えてしまうというスキルである。
邪眼とは文字通り邪を宿した眼であり、魔眼などとも呼ばれる。
悪意を持って相手を睨み付けることにより、対象者に呪いをかける。
そして、<Infinite Dendrogram>の世界では邪眼、魔眼は数多くの能力を有したものが存在している。
曰く、対象の生物を見続けることで対象のレベルやステータス、保有スキル、その他の情報を詳らかにする魔眼。
曰く、魂を見ることで、死者の魂と会話することすらできる邪眼。
曰く、数千里彼方まで透視し、万物の姿と声を聴くことができる魔眼。
ジョブスキル、エンブリオのスキル、そしてUBMのスキルを全てを含めれば数多の邪眼、魔眼が確認されており、【発掘王】ユテンのエンブリオはそれら全ての邪眼を疑似再現できる。
だとすればこの透過現象にも答えが出る。
「大方、奴はこの場にはいない。あれは幻影だ。恐らく奴の特性を考えれば、視界内に自身と全く同じ性質持ったを幻影を生みだすといった特典武具を利用しているのだろう」
【死商王】の推測は正しい。
【発掘王】はつい先日、構築能力を持った伝説級UBM【幻壺首魁 ポラノーシス】を討伐している。その特典武具【幻首宝 ポラノーシス】によってマルスの推察と同様な能力を持っている。
「だとしても、奴はこの近くにいるということになるのではないのか」
「奴のエンブリオなら《千里眼》どころか《万里眼》すら生み出すことができる。そして、それを持ってすれば、視界内などという条件はあってないようなものだ」
「つまり、【発掘王】はこの場にいないと」
「だが、似たようなものだ。あの男にこの交渉のすべてを見られているようなものだ」
「…!」
その言葉は華刈姫にとっては聞き逃せないことだった。交渉が外に漏れるのはまずい。この交渉がばれれば、それを口実により他の領主の侵攻を招くことになる。少なくとも、事が露見するのは領地に戻り、機械兵の配備が済んでからでなければならない。
「安心してくださいねー。華刈姫さんをどうにかしようとか思っていませんからー」
「…」
【発掘王】は笑って華刈姫などどうでもいいというような笑顔で【死商王】に顔を向ける。
「それよりもマルス君、問題は君だよ。せっかく僕が見つけた要塞をクランを抜け出してまで奪い取るなんて、ヒドイ事をするもんだねー」
「いまさらその件で報復か。それとも漸く俺の居場所を知れたということか」
この要塞の迷彩能力を考えれば、あの【発掘王】の眼からも逃れなれるのではないかとマルスは考えていたが…
「君の居場所なんて最初からわかっているに決まっているじゃないかー。この要塞を見つけたのは誰だと思っているんだい?」
ユテンがこの要塞を発掘できたのは、千里を見通す眼と、迷彩能力すら無視して物体を把握する眼、死者を見る眼、それら全てを兼ね備えているからである。
【死商王】がそれを奪おうとも、【発掘王】がその要塞を再び見つけ直すなど容易いことなのだ。
「それで一体なんの用だ、【発掘王】。まさか本当に祝いの言葉を言いに来たわけではあるまい」
シュバルツがユテンに対して、当然の疑問を口にする。この交渉にこのタイミングで口を出す。何らかの意図があることは明白だった。
「いやー君たちに対してはほんとにお祝いの言葉をあげに来ただけなんだよなー」
「だとしても私は別だろう」
「そうだねー。ちょっと面白いことを視ったから、マルス君には忠告かな。速くその要塞を廃棄しなさい。さもないとんでもないことになる」
それは慈悲に溢れた言葉だった。そして、全てを看通した者の言葉でもある。もしその言葉を受け取るのが他の者ならば素直にその言葉を聞いたかもしれない。
だが、ここにいるのは【死商王】。そのような甘言に乗るはずもなかった。
「くだらん。貴様の脅しになぞ乗らん」
「それじゃー何も解決しないって分かんないかなー」
「機械兵をクラン本部に送りこみ貴様を殺せば済むことだ」
「でも僕マスターだから死なないよー」
「だが死ねば、その眼は台無しになる。いくら貴様でも無限に高性能の邪眼を作ることはできん。貴様のリソーズが尽きるまで殺し尽くす」
【死商王】からこれまでの口ぶりが嘘のような苛立ち、焦りに満ちた短慮な言動が目立つようになった。それに対して【発掘王】は冷静沈着を通り越して無関心にも感じられる。
「ふーん、それもいいかもねー。でも一手遅いかなー。今、うちのクランの最強戦力がそっちに飛んでいったから」
その言葉と同時、要塞内に爆発が轟き、侵入者の存在を知らせるアラームが鳴り始める。その爆発に対して要塞に控えていた機械兵が召集を始め、突撃していく。だが、結果は火を見るより明らかだ。
「…!”万視”だけでなく”無窮”まで敵に回すというのか。おもしろい」
クラン《ゴルゴネイオン》の最強マスターの名が指し示すのは一人の<超級>の名前だ。”万視”については詳しくはないシュバルツだったが、”無窮”の方の勇名は東方にまで轟いていた。
「華刈姫。すまないが護衛の任務を果たさせてもらう」
「侵入者を射ちますか?我々には危害は加えないという言葉。信じるかどうかはともかく…」
「戦いの流れを見謝るなよ【鎌神】。これはそういう流れだ」
「<超級激突>を望むための言い訳ですね。ですが、私も<天地>にて一つの頂きにいる者、覚悟はあります」
流石は齢20にして【鎌神】となっているだけのことはあり、その覚悟はまさに鋭い鎌の如く尖っていた。その鋭気を以ってシュバルツと華刈姫は機械兵が向かう、爆発音のした方向へと走っていく。
「そっちの人たちもやる気になっちゃったかー。猪武者じゃないんだからさー。…早くなんとかしたいけど、まあ仕方ないねー。ロジャー君とメビウス君にもそういっておくかなー」
そういってなにやら操作を始めるユテン。恐らく彼の勢力に華刈姫とシュバルツを攻撃対象にしていいと進言しているのだろう。
「メビウスもいるのか…。更なる機械兵の配備を進める!セイヴァー、お前も侵入者の相手をしろ」
「…わかった」
セイヴァーも装備を更新し、走り出す。
今、この要塞は戦場変化していく。
そして、その結果この要塞がどのような結末を迎えるのか。
それを知るのはただのひとりもいなかった。