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ロジャーの<超級エンブリオ>である【収極技鎧 ベンケイ】は端的に言えば、呪いの防具であった。
エンブリオが<マスター>のパーソナルを映し出す鏡だとしたのなら、エンブリオが呪いの武器になるパーソナルというのはなんなのか。
それは本人であるロジャーにも決してわからないことであったが、唯一確かなことはそれは規格外の力を持っていることだけだった。
【ベンケイ】がマスターから呪いの武器と称される理由は3つ存在する。
一つ目はステータス補正。
多くのエンブリオは孵化したときから<マスター>のステータスを上昇させる機能がある。どれほどスキルにリソースを費やしているエンブリオであろうと、少なくともステータスは上昇させている。
だが、【ベンケイ】は孵化した瞬間に、ロジャーのステータスを半減させた。ステータスを上昇させないどころか減少させたのだ。それも半減という大幅な減少値だ。ロジャーは自身のほかにそんなステータス補正を持っているものがいるなど聞いたことがなかった。
二つ目は固有スキルの《レベルドレイン》である。
【ベンケイ】は装備していると次第に装備者のレベルを奪うのだ。どれほどの強力な装備品であろうと、装備していればレベルを喰われるなどという装備を呪いの武具といわずしてどうするといったところだ。
ロジャーがまだ初心者だったころはやっとの思いでレベルをあげたと思ったら、【ベンケイ】にレベルを喰われていたということが日常茶飯事だった。
しかし、今は超級職である【
【技王】の唯一のスキルにして奥義、《
無論、エンブリオである【ベンケイ】はただレベルを失うだけでなく、レベルを喰らえば喰らうほど鎧の性能は格段に上昇し、装備補正や鎧そのものの耐久力も含めて、他の<超級エンブリオ>が比較にならないほどになっている。
まして、下級の時は装備者のみであったレベルドレインの対象が、上級に進化すると接触者に、さらに超級になるとスキル領域接触者へと変わっていき、デメリットだけから十分メリットありの能力にもなっている。
そして三つめは…必殺スキルに起因する。
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自身のジョブレベルが下げられている。
そう気づいたフィルルの判断は速かった。
既に敵の強固な鎧は【絶空甲刻 アヴァシンハ】のカウンターにて十字に切り裂かれており、そこから敵の肉体は露わになっている。
その部分に対して【双剣聖】の奥義《クロスホライゾン》を撃ち放つ。それは仮に鎧に防がれたとしても鎧ごと切り裂きダメージを与えるほどのモノ。それが直接肉体にぶち込まれれば、ロジャーの死は揺るがないものになるだろう。
無論、敵はそんな攻撃避けるものだろうとフィルルは考えていたが、その思惑は外れた。
ロジャーは攻撃を躱す素振りすら見せず、十字に切り裂かれたのだ
「…どういうつもりだ」
『聞いたことはないか?武蔵坊弁慶、最後の伝説を』
ロジャーは自身を構成するアバターが光の塵となって消えてた後にも言葉を発し続けていた。
それは奇妙な光景だった。だが、最も奇妙なのはその声がアバターと同時に消え去るはずの空洞の全身鎧から発せられていることだ。
『曰く、弁慶は戦いの中で主君である義経を身を挺して守り、自身が絶命してなお立ち、戦い続けたという。
ならば、それをモチーフにした俺のエンブリオの必殺スキルは…
死して漸く発動する。
《
その瞬間、【ベンケイ】が放つ威圧感は今までのそれとは比べ物にならないほどに増大した。或いはそれはすべてのレベルを吸い込むブラックホールの如き有様だった。
『このスキル簡単に言えば、全身鎧である【ベンケイ】をアバターとして戦い続けられるというものだ。さらに副次効果として、【ベンケイ】の全性能が向上する、お前のレベルを奪った《レベルドレイン》を含めてな』
フィルルは自身の簡易ステータスを見る。そこには刻一刻と自身のジョブレベルが減少している様が見て取れた。この状態が永遠と続けば、レベルが0となってしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。
そもそも、ジョブレベルが下げられていると気づいた時点で、フィルルがお遊び抜きで全力で殺しにかかったのは《軍団》のスキルレベルの低下を恐れてである。
ジョブレベルのリセットをすれば、そのジョブが有していたジョブスキルも失われる。つまり、ジョブレベルが0になれば、そのジョブが有していたジョブスキルはなくなる。
そして、レベルが減少すれば、それに比例してジョブスキルも減少する。それはスキルレベルの減少ないし、スキルそのものの消失を意味する。それは【軍神】にとって死活問題である。
《軍団》以外のスキルの消失ならばまだまだいい。【軍神】の能力でいくらでも増やせる。
だが、《軍団》は違う。こればかりは時間がかかりすぎる。《軍団》は多くのスキルの中でもスキルレベルが上がりづらい。あれほどの長い間《軍団》スキルを使っていたフィルルでさえそのスキルレベルは3。
レベル減少に伴い、スキルレベルまで減少してしまえば、その回復にどれだけの時間がかかるかわからない。まして、フィルルにとって例え1レベルでもスキルレベルが減少してしまえば、それは著しい戦力の低下になる。
そして、レベルドレインの速度が上昇したことで一刻の猶予もない。今もいつ《軍団》のスキルレベルが低下してもおかしくない。 故に、フィルルは全力でロジャーを殺しに、否、【ベンケイ】を壊しにかかった。
音の十倍以上の速度で接近するが、【ベンケイ】はそれに匹敵する速度でこちらに追随する。互いの武器である双剣と短槍が激しくぶつかり合い、火花を散らし、金属音を轟かせる。奇しくも武具が振るわれる膂力もまた同等近いものであった。
「この速度に筋力。さっきまでとはえらい違いだ」
『言ったはずだぞ。全性能が向上していると。無論装備補正も大幅に上昇している。貴様に渡りあえるほどにな』
「装備している本人は死んでいるはずなのに、装備補正が適用されるなんてズルいだろ…」
『フッ!貴様の能力も十二分に狡いものだろうが。だがそれも時間の門題だな!』
フィルルは剣戟を繰り返しながら、自身の不利を悟った。
相手は完全な防御態勢をとっている。
下手に攻めず、確実にこちらのレベルを喰らい尽くすつもりだ。
だが、ここでフィルルに疑問が生まれる。
死して尚、活動し続けるスキル。その発動時間は如何ほどのモノかと。
よもや、二つ名通り”無窮”に発動し続けるというわけもなし、どこかでスキルで限界が来るはずである。そして、それと自身のレベルの減少とそれはどちらが速いのか。
レベルを奪われ尽くす前に【天地海誕】を使うべきか。安易に使ってはいけない究極の鬼札。制御不能のイレギュラー。だからこそ、使えば勝利は確実となる。
しかし、それを考えたとき、フィルルに別の考えが生まれる。
(そもそもこいつの目的は俺を倒すことじゃなかったはずだ。
こいつの目的は【死商王】を守ること。
そして、俺の本来の目的はいきなり攻撃してきた【天将軍】とその上司の【死商王】をぶっ潰すこと。
なら、レベルを喰らわれてまでこいつを相手にしてやることはない。
こいつでも庇えないほどの攻撃で一気に【死商王】をぶっ潰す!)
フィルルが剣戟の刹那にまとめたアイデアを実行に移そうとしたとき、とんでもない景色が目に入ってきた。今、正に殺そうとした【死商王】が鎌を携えた機械兵に首を刈られていたからである。
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時は少し遡る。
ロジャー・デモンとシュバルツ・ゲッヘの<超級激突>の最中である。【超弓武者】と同行していたはずの【鎌神】華刈姫はその戦いに巻き込まれぬように身を隠していた。
彼女は前衛戦闘職の超級職であり、技能に特化した【神】でもある。その彼女でも、二人の戦いに手を出すことすらできなかった。
一撃が一撃が神話級すら穿つ神滅矢、それを無限に量産し、自身は無敵の防御能力で身を守った者。その神殺しの雨を全て掻い潜り、遂には、無敵の防御能力をも打倒した者。
華刈姫は技能に優れた【神】であるからこそ、自身ではこの戦場の血の染みにしかなれないことを察していた。元より超級職とはいえ、暗殺に比重を置いている【鎌神】ではどうあがいても死を免れないのだ。
そして、華刈姫の目的は多くの天地の者にありがちな戦いの中で死ぬというモノではなく、領地の守護と繁栄である。無論、その最中で自身が死ななければならないのであれば、命を差し出す覚悟は元よりある。だが、少なくとも今この戦場で死んでしまうのは、ただの犬死だ。
自身の護衛役の【超弓武者】が死んでしまった以上、彼女に残された手段は多くない。この動乱が終わるまで息を潜め、折を見て逃げ出すしかない。大海を一人で渡り天地にたどり着くことは厳しいだろうが、やり遂げるしか無い。
その思考を纏めていたからこそ、新たな襲撃者に気づかなかった。自身の肉体が電撃によって焼かれ、身体の自由が奪われるまでは。
(不覚。…これは、天属性の雷系統の魔術。襲撃者は機械兵、気づかないわけだわ)
【鎌神】は暗殺者の側面もあるため、人の気配、否、命の気配に敏感である。それ故に、命を持ち合わせていない無人兵器には後れをとられやすい。
だが、それも仕方ない面もある。
この要塞で機械兵を率いるのは取引相手である【死商王】だけである。まさか、【死商王】の駒である機械兵が自分に弓引く行為を行うとは思っていなかったのだ。
しかし、気づくべきだった。
襲撃者である機械兵が【死商王】が率いていたモノとは容姿からして別物であることを。
そして、その機械兵の本来の持ち主は誰なのか。それの目的はなんなのかを。
【神】の才能を有したはずの彼女は身体を引きづられながら、要塞の心臓部にある、黒鉄の棺に飲み込まれた。【発掘王】に”裏”のプラントと称された異形の腹に。
そして、要塞は歓喜する。
新たな母胎の誕生に。
【悲報】あと1話