□レジェンダリア・<???> 【従魔師】フィルル・ルルル・ルルレット
「どこなんだよー、ほんとによー」
「にゃー、にゃー」
俺と虎丸は【ブラック・ドルイド】との戦いの中で、奴に回復役の仲間がいると考え、そいつを探していたわけなんだが…探している途中に光の霞が視界に入ったのだ。
これはあやしい、この近くに敵が隠れているに違いない、とその周辺をくまなく探しているとその光の霞が別の輝き――俺は意識を失った。
目を覚ますと見知らぬ森の中。俺たちがさっきまでいたのが霊都の東の草原だったことを思えば、今森の中にいることはおかしい。
そもそもクエストはどうなったのか?そう思い確認してみると、クエストは破棄されていた。
俺がどれほどの間気を失っていたかはわからないが、その間にフルメタルさんがクエストの続行は不可能と判断したのだろう。
俺が気を失っていたせいで初めてのパーティークエストが失敗に終わったのはショックが大きい。
だが、いつまでもクヨクヨしていても仕方がない。
とりあえずはこの状況の確認だが…もしかしなくても転移したのか?
転移はほかのゲームではよくあるギミックだが、魔法陣や特殊なパネルを踏むと全く別の場所にとばされるというものだ。
それがこの<Infinite Dendrogram>でも存在するということなんだろう。
「しかし、どうすっかなー」
「にゃー?」
おそらく一度ログアウトしてレジェンダリアのセーブポイントに戻ればすぐにでも霊都には戻れるだろう。しかし…
転移して別の場所にとばされるなんて中々レアな”イベント”だ。ゲーマーとしてこの状況からただ霊都に戻るという選択肢をとることはできなかった。
そうしてとりあえず周りを探索してみるかと始めたのが一日前。
ログアウトとログインを繰り返しながら探索を続けているが…特に何か特別なことがあったわけでもない。
特段、徘徊モンスターが霊都の周りと比べて強いということもなく、いつも通りレベル上げはできる。だがこれでは霊都に戻ってしまっても問題ないのではないかという思いが出てきてしまう。
「村の一つでもあればなー」
「にゃー」
俺のバトルスタイルはMPを喰うからなー。今は大丈夫でも後々回復アイテムが不足するかもしれない。どこかのショップで回復アイテムの補充をしなければならない。
そもそも、クエストに申しこんだのだって金の工面のはずだったのに…うまくはいかないものだ。
だが、この探索そのものに収穫がなかったわけではない。この探索の最大の収穫といえば、”進化”だろう。
まず、虎丸が進化し【タイガーキャット】になった。リトルからの進化ということで、虎丸は体つきが二回りは大きくなり、ステータスが強化され戦力の大幅な上昇につながった。
さらに俺のエンブリオ【喝采劇場 アンフィテアトルム】がついに第二段階へと進化した。
進化することで形が変わったり、新しいスキルを習得したりするものがいるらしいが、アンフィテアトルムはスキルの性能向上のみだった。
新しいスキルを楽しみにしていなかったといえば、嘘になるが、スキル性能の向上でより【従魔師】とのシナジーがあがったのでそこまで文句はない。
そうそう【従魔師】といえば、とうとうレベルが40を越え、カンスト目前になっていた。
ほかの奴よりも随分速いスピードだと思うが、もしかして狩場の問題かもしれない。ここいらのモンスターは霊都の周りと強さは変わらないが、経験値が豊富なのだろう。
しかし、問題がないわけでもない。カンスト目前ということはそろそろ次のジョブを考えなければならないということ。
正直、次のジョブはモンスター屋のおっさんの意見を参考に決めようと思っていたが、ここまでおいしい狩場だと離れたくないし、このままではできそうにない。
そもそも<Infinite Dendrogram>ではジョブクリスタルがなければ転職はできない。そのためにもこのおいしい狩場の近くにジョブクリスタルがある村があれば、すべて解決なのだが…
そう思いながら狩りを続けていると…
「一人…いや一人と一匹か」
「にゃー?」
「ちょうどいい。会話にも飢えていたところだ。勝負と行こうぜ!」
その瞬間、目の前にいきなり、獣に騎乗した人間が現れ
(…あれ、速くね?)
意識がトンだ。
◇
「俺たちが探していたのは仲間を殺した奴らだよな」
「そう」
「じゃあこいつは何だ?」
「徘徊。怪しい」
「こいつのレベルいくつか見たか?」
「41」
「そんな奴にアイツらがやられねーよ」
「可能性は…」
「ねーよ!」
俺が目を覚ますと二人の男女の話し合いをしていた。男はいかにもといった屈強で強面の戦士といった中年。女はまだ年若い少女だ。
「ん?目を覚ましたようだな。俺の名はダッツァー。お前を襲ったのはそっちにいるコルだ。すまんかったな」
どうやら男の名はダッツァー。襲ってきた少女の名前はコルというらしい。
「お前さんの名前は?あとどこから来たかも頼む。ちょっと事件があってな。若い奴が皆殺気立ってるんだ。お前さんの身の潔白のためにもな」
「俺の名前はフィルル・ルルル・ルルレット。こいつは虎丸。霊都の周りで戦闘していたら光る霞があってね。いつの間にかさっきの森にとばされていたんだ」
「にゃー」
「…アクシデントサークルか」
「アクシデントサークル?」
<アクシデントサークル>。
レジェンダリアの国土を漂う自然魔力が、一定の濃度を上回ったときに時折発生するレジェンダリア固有の自然魔法現象。
自然そのものがランダムに魔法を発動させてしまう現象。
レジェンダリアの街や村々には自然魔力を吸収、あるいは拡散する設備があるため発生しないけれど、街の外では起こり得る。
俺の身におこったのは転移魔法。<アクシデントサークル>で発生する魔法の中ではそれなりによく見られるものらしい。
「で、俺はどこにとばされたんだ?」
「セプータ。俺たちカングゥ族の村だ」
「カングゥ族?」
「カングゥ族ってのは代々【獣戦士】を就く慣習ってので有名な部族だな」
「【獣戦士】?」
【獣戦士】
獣戦士系統は、ステータスの伸びも低く、スキルは固有スキル一つしかないジョブ。
【獣戦士】の唯一の固有スキルの名は、《獣心憑依》。
それは、『従属キャパシティ内のモンスターの元々のステータスの何割かを自身のステータスに足す』というスキル。
しかし、獣戦士系統はその固有スキルに反して、従属キャパシティは異常に小さいらしい。
「しかし、【獣戦士】か。俺の次のジョブにふさわしいんじゃないか?」
「にゃー」
アンフィテアトルムとも【獣戦士】ともシナジーが抜群だ。
「珍しいな。【獣戦士】に興味を持つなんて。俺らの部族の中にも慣習とはいえ、別のジョブに就きたいというも多いのに」
「軟弱。だからやられる」
やられる?そういやさっき事件って…
「事件ってなにかあったのか?」
「…俺はこの部族の戦闘隊長をしているんだが、ここいらのモンスターは特段強いってわけではない。ゆえに若い奴らに訓練もかねて戦闘をさせていたんだが…」
「やられた」
「若いといっても今のお前さんよりもレベルは高かった。本来ならやられるはずがねえ」
俺がアンフィテアトルムを使いながらとはいえ、倒せるモンスターたちだ。俺よりレベルの高いティアンが負けるわけがないか…
「だから、フィルルにやられるってこともありえないってことだ。わかったか、コル?」
「可能性は」
「だからないっての」
どうやらコルが俺を襲ってきたのは仲間の敵討ちの相手探しのためらしい。
自分以外の部族の人間をみたら怪しいと思っても不思議ではない…か。
「ったく。まあ可能性があるとしたらレベルの高いほかの人間か、それとも流れのボスモンスターあるいはUBMか」
「UBM?どんどん知らない言葉がでてくるな」
「UBMも知らないのか」
<UBM>
唯一の言葉が示すように、この世界に一体しか存在しないボスモンスターの通称。
ボスモンスターは通常、同種で生態系を築いている。ボスモンスターであっても通常は【ドルイド】のように同種が複数体存在する。
しかし、<UBM>は違う。この世界に一体しか存在しないし、その前にも後にも同種はいない。
そして例外なく、特異の固有能力や高い戦闘力を有している。例外なく特殊な力を持ち、上級のパーティでも容易く壊滅させる力を持つものも珍しくないらしい。
「しかし、お前さん常識知らずにもほどがあるぞ」
「怪しい」
「マスターだからな。来てばっかでわからないことばかりなんだ」
「マスターってのは、あの”マスター”か。不死身でエンブリオを持っているっていう」
「ああ。証明のためにみせてやりたいところだが、俺のエンブリオはテリトリーで見せることはできないんだ。これで勘弁してくれ」
そういって、俺は左手を突きだす。そこには”円形劇場”の紋章…<マスター>であることが示す紋章がある。
「しかし、残念だ。俺のエンブリオがガードナーだったら、あんたたちも喜んでくれただろうに」
【獣戦士】に就くのが慣習の部族。おそらく部族全員がケモナーに違いない。
あれ?ガードナー?【獣戦士】?
ふとロゼの言葉を思い出す。
「君は知らないだろうが…ガードナーの従属コストは0だよ」
そして【獣戦士】の《獣心憑依》。
もしかして、ガードナーのマスターが【獣戦士】に就いたら最強なんじゃ?
またしてもガードナーの利点に気づいてしまい、人知れず涙を流す俺。
このことは隠しておこう。特にロゼには。
そして急に泣き出した俺を怪訝そうにみる男女二人がそこにはいた。
ガードナー獣戦士理論に行きつき、そして実践できない男のアカウントがこちらになりますー。
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