□セプータ 近郊の森 【獣戦士】フィルル・ルルル・ルルレット
「コル、右から攻めろ。フィルルは後ろから隙を見てとどめを」
「「了解」」
俺はいま、ダッツァーとコルとパーティーを組み、セプータ近郊の森でレベル上げを兼ねてモンスター狩りをしている。
この森でのモンスター狩りは経験値効率が高いため、レベル上げもはかどるが一番の目的はカングゥ族の若者を殺したモンスターを探すことだった。
カングゥ族の若者を殺したモンスターとやらに興味もあったため(イベント脳)ダッツァーに協力を申し出、パーティーに参加した。
ダッツァーは快諾してくれて今も一緒に狩りをしている。コルは少し不満そうだったが…
◇
「今日の狩りも進展なし、か」
「無念」
「そう、はやるなよ。今はフィルルとコルのレベル上げが第一目的だ。それに関しては順調だ」
不服そうにしている俺とコルをダッツァーが窘める。狩りの終わった後のよく見る光景だ。
どうやらコルは仲間の敵討ちをのぞんでいるが、ダッツァーはそうでもないらしい。復讐よりも後輩たちの育成に力を入れている。
そのおかげで【従魔師】をカンストし、無事【獣戦士】にも転職できたからそのことには不満はないが…
コルと別れた後、俺はダッツァーに話しかける。
「ダッツァーは仇討ちに興味はないのか?」
「興味がないわけではない。だからこそレベル上げのついでに情報収集もしている」
…どうやらダッツァーは仇討ちはレベル上げのついでらしい。
「だが、相手を見つけてどうする?そいつを殺したところで死んでいった戦士は戻ってこない。戻ってこない以上、仇討ちなど俺たちの自己満足でしかない」
「それは…そうだけどもよ」
「今は失った戦力を補充する方が大事だ。だからこそ、コルの成長が大事なのだ」
「コルが?」
コルの合計レベルは既に400を超えている。レベルで言えば、俺の5倍以上。そのコルの成長が大事とはどういうことだ?
「ダッツァー、あんたのようにカンスト、合計レベル500にしたいのか?」
「あいつは天才だ。俺みたいに上限で満足させてはいけない」
「上限?まるでそれ以上があるみたいじゃないか」
「そうか…お前は超級職も知らないんだったな」
「超級職?」
<Infinite Dendrogram>には2種類のジョブがある。
一つは下級職。俺が就いている【獣戦士】や【従魔師】がその例だ。
就職条件は簡単なものがほとんどで、レベルの上限は50で、ステータス上昇値は少なく、取得可能ジョブスキルも基本的なものばかりである。1人当たり6つまで就くことのできる初心者ジョブだ。
もうひとつは上級職。ダッツァーやコルが就いている【獣戦士】の派生【獣戦鬼】や【従魔師】の派生【高位従魔師】がある。
下級職よりも就職条件が厳しいものがほとんどであるが、レベルの上限は100で、ステータス上昇値は下級職よりも高く、取得可能ジョブスキルも玄人向けのものが多く、1人当たり2つまで就くことができる上級者ジョブ。
「文字通り、カンストが上限じゃないのか?」
「多くの者にとってはな。極一握りの者しか成れぬ頂点。人の身の限界すらも“超えた”力。それが超級職だ」
超級職。
各超級職に就ける者は先着1名だけで、1つの超級職に複数の人が同時に就くことはできない。レベルの上限がなく、ステータス上昇値も高く、さらには反則じみた強力な固有スキルや奥義を持つ。
就くためには複数ある難解な条件を制覇し、試練を達成する必要がある。その条件ゆえに多くの超級職がロストジョブになっているらしい。
「カングゥ族が代々就いている【獣戦士】。その超級職は【獣王】なんだが、今はロストジョブになっている」
「まじかよ」
【獣戦士】になるのが慣習で有名なカングゥ族。そいつらでさえ、【獣王】にはなれていないのかよ。
「情けないことだ。昔は族長や戦闘隊長が【獣王】に就いていたというのに…だが、コルはちがう。あいつの才能は段違いだ。あいつなら確実に【獣王】になれる」
「だから、コルを育てるのが何より大事なのか?」
仲間の仇討ちよりも…
「…何も感じていないわけではない。だがな、モンスターが徘徊し、危険なアクシデントサークルが多発する。ここいらじゃ死が珍しくない。それにいちいち憤っているよりも次を考えていきる方が必要なのだ」
「…そういうもんか」
「だから、おまえも鍛えているんだ。マスターの存在がコルに発破をかけると思ってな。明日からは強いモンスターが生息するところに行く。覚悟しとけよ」
そういってダッツァーは家に帰って行った。俺も自分の宿に戻りながら、この世界のティアンという存在に改めて思考を走らせていた。
◇
「ここは昨日までの狩場とはちがい、出てくるモンスターが段違いだ。気を引き締めていけ」
ダッツァーが狩りの前に注意事項を述べる。
ここは上級職、つまりダッツァーやコルにとっての適正狩場である。そんなところで下級職のレベル上げを行えば、レベル上げ効率はさらに上がるだろうが、一歩間違えればパワーレベリングである。
パワーレベリングとは、自分より強いプレイヤーに手伝ってもらって楽をしてレベルを上げることだ。
例えば強いモンスターの攻撃を強いプレイヤーに受けてもらい、その間に自分がペチペチ殴って倒して一気にレベルを上げるなどの行為がある。ただし、パワーレベリングするとステータスとプレイスキルに隔たりができる。 レベルとステータスだけが高い雑魚の出来上がりというわけだ。
さらに<Infinite Dendrogram>ではエンブリオというシステムがある。そのようなプレイスタイルではエンブリオの成長にどのような影響を与えるかわかったものではない。
あるいはレベル上げもできずに俺だけがやられる可能性もある。
上級職にとっての適正狩場とはいえ、昨日ダッツァーがいったようにこの世界では何がおこるかわからない。一歩間違えれば、全員が全滅してもおかしくはない。
そんなところでパワーレベリングなど奨励される行為ではない。
…まあ俺が【喝采劇場 アンフィテアトルム】をもっていなければの話なんだけど。
俺と虎丸。ダッツァーとその従魔・キトー。コルとその従魔・エル。
俺たちはこの三人と三体のパーティーでいままで狩りを行っていたがこの中で一番強いのは…。
◇
「いやー、無事終わったな」
「不服。敵討ちがまだ」
危なげなくレベル上げも終わり帰路につく俺たち。いつもの狩り場あたりで一息つき談笑している。
この狩りで【獣戦士】もレベルがあがり、エンブリオも第三形態に進化しスキル性能が向上した。さらに虎丸もタイガー・キャットに進化した。
結果だけ見れば今回の狩りは大成功なのだが、やはりコルは不服のようだ。
「レベル上げはいつでもできる。犯人捜しのほうが重要」
「といっても手掛かりもない。アイツらも敵討ちよりお前が強くなって【獣王】になるほうが喜ぶ」
コルの意見をダッツァーが押さえていく。
あまりこういう状況が続くのってコルの成長に良くないのではないかと思うのだが…
「伏せろ」
急にダッツァーが声を荒げ俺たちの動きを制する。
「あれを見ろ」
そういうダッツァーの視線にはこの狩り場で今まで見たことないような赤いモンスターがうろついていた。
「あれは…」
「エレメンタルだ。ここいらじゃ見かけないモンスターだ。それにあの色…あいつはフレイムエレメンタルだ」
「死体、燃やされていた。もしかしたら…」
「…こっちに気づいたぞ」
フレイムエレメンタルがこちらに近づいてくる。その速度は亜音速を超える。
「戦闘態勢!!」
散開しジュエルからモンスターを喚起し、《獣心憑依》を発動させる。
「この速度…通常のものではない。強化種か!」
ダッツァーがエレメンタルの突撃を防ぎながら、声を荒げる。
「こいつ!」
コルが従魔のエルと一緒にフレイムエレメンタルに背後から攻撃を仕掛ける。だが、フレイムエレメンタルはその攻撃をたやすく回避する。
コルの従魔エルは豹型の純竜級モンスター【ドラグ・パンサー】でAGIは6千を超える。スキルレベル9の《魔物強化》スキルでそのステータスは超音速に手をかける。
さらに、スキルレベル10の《獣心憑依》によってコル自身のステータスも上がり、カンストしたAGI型上級職に匹敵するステータスを得ている。
そのコンビの攻撃を避けるフレイムエレメンタルはAGIだけなら1万を超え超音速機動をしていることになる。
「超音速機動。フレイムエレメンタルがそんな速度を持つなどありえない。何かしらの強化スキルを得ているのか…」
超音速機動はAGI型の超級職や純竜でようやく到達できる速度。通常の徘徊モンスターがしていい速度ではない。
こいつが初心者狩り場にいれば、あっという間にティアンなど消し炭にされるだろう。
…消し炭?そうかこいつまだ、
「気をつけろ。火の攻撃が来るぞ!」
俺が叫ぶと同時にフレイムエレメンタルが炎を放出する。
「キトー!」
ダッツァーがそう叫ぶとその従魔のキトーがコルを狙っていた炎から身を挺してかばう。
キトーはパイソン型のモンスターでSTR、AGI、ENDがバランスよく高い純竜級モンスター【ドラグ・パイソン】。その数値はどれも5千を超え、カンストしているダッツァーのスキルにより純竜を超えた能力を持っている。
本来ならフレイムエレメンタルの炎攻撃などもろともしないが…
「Gyuuu…」
「炎攻撃も以前見たフレイムエレメンタルとは段違いだ…」
「助かった。キトー」
「気を抜くな。次はこちらから仕掛けるぞ!」
戦力で言えば、こちらは従魔師系統のスキルによって強化された純竜級モンスターが二体。獣戦士系統のスキルによってカンスト前衛上級職と同じステータスを得たティアンが二人。
未だ亜竜級でさえない虎丸と下級職の俺を差し引いても、純竜級モンスターを相手にだって十分に戦えるメンツだ。実際先ほどの狩りでも純竜級のモンスターを協力して何体かを倒している。
そのパーティーが苦戦しているということは相手は純竜を超えた力をもっているということになる。いくら先ほどの狩りのあとで疲労やHP、MPの消耗があるとはいえ相手の強さは異常だ。
以前聞いた話では純竜を超えるモンスターは伝説級モンスターと言われ、多くがUBMに匹敵するかUBMそのものであるらしい。
こいつはどうやらUBMではなく、通常のフレイムエレメンタルのようだが何かしらの強化スキルによって伝説級に匹敵する強さを手に入れているようだ。
「フィルルはMPの回復を急げ!その隙を俺らが稼ぐ!」
「了解」
俺は急いでMP回復ポーションを飲む。くそ、こんなことならさっきの狩りのあと回復しておけば良かった。
◇
俺が回復している間にコルとエルの二組のコンビがフレイムエレメンタルとの戦闘を続ける。
獣戦士と従魔師、純竜級モンスターの組み合わせはスキルレベルが最大であればステータスは前衛上級職と純竜級を超えるものとなる。
合計レベル500カンストしたティアンの中でも強力なステータスを誇るがそれでも弱点はある。
一つは従魔がやられれば一気に戦闘力が落ちること。
もう一つは自身より高いステータスを誇る相手には何もできないということだ。
ジョブ構成の問題で獣戦士系統以外をすべて従魔師系統等で埋める必要がある。そうした場合、戦闘で有用なスキルを取れる幅が狭くなる。
そのため、キャパシティを目一杯使って純竜クラスを従え、高いステータスを得ることでジョブが完結してしまう。
ほかの上級職であれば仮に自分よりステータスが高い相手であっても多くのアクティブスキルによってそれをフォローし相手を降すこともある。
だが、獣戦士ではそれはできない。ゆえに今回のように自分よりAGIの高い相手などには攻撃を当てられず、従魔モンスターに攻撃を集中されると一気に不利となる。
ゆえにカングゥ族以外では獣戦士に就いているものが極端に少ないのだ。
だが、それでもコルは相手の攻撃を防ぎ、隙を見て相手に攻撃を加えている。それがコルがダッツァーに天才といわれる所以。
生まれ持ったセンスで自身よりも二倍以上速く動く相手の動きを見切り攻撃を加えていく。攻撃はSTRとENDの関係で有効打にはなりえないがそれでも確実に相手HPを削り、相手の動きを牽制していく。
これが自分であればこうはならなかっただろうとダッツァーは考える。自身とて多くのティアンが到達できないカンスト勢。ほかのティアンよりも遥かに才能にあふれている。
そんな彼でさえ超音速機動をする相手には分が悪く、勝てないだろう。
だが、そんな自分よりも合計レベルもスキルレベルもステータスでさえ低いコルがフレイムエレメンタルを相手に戦えていることが、コルの才能を示していた。
さらに、コルの隙をかばうように従魔のエルも攻撃を加えていく。伝え聞いた【獣王】の奥義は《獣心一体》。自らと《獣心憑依》しているモンスターとの、距離や障害が意味を成さない意思疎通。
パートナーであるモンスターとの連帯こそを主とするジョブ系統ならではの奥義だが、コルには
そう、獣王の奥義がなくとも距離を無視した従魔との、エルとの意思疎通が可能なのだ。従魔でなくともモンスターであれば敵対していてもその意思をある程度読み取ることができる。
生まれ持った戦闘センスと超級職の奥義に匹敵するセンススキルを持つ少女。
それがコルである。
会話などなくともコルとエルのコンビはお互いの穴を埋めあうように戦いを進めていく。
ダッツァーでなくともその才能に期待したくなるのは無理もない。
だが、その才覚もここで死んでしまっては意味がない。いくら相手と渡りあえているといってもこのままいけばジリ貧である。
当初ダッツァーも攻撃に参加することも考えたが、フィルルが回復している間、もしものための壁役にならねばならない。
さらに下手にダッツァーとキトーが攻撃に加わって、コルとエルのコンビネ―ションを乱すこともある。あのコンビネーション状態では下手な援軍はかえって邪魔となる。
それに
「準備はできたかフィルル」
「応!」
MPの回復を終えたフィルルが【喝采劇場 アンフィテアトルム】の唯一のスキルを発動する。
「《
エンブリオの固有スキルを使い、超音速機動でフレイムエレメンタルに近づくフィルル。接触と同時に相手に数発の拳打を与える。
その威力はたやすくフレイムエレメンタルのENDを超え、HPを大幅に削る。
フィルルは合計レベル100にも満たないルーキーの下級職。獣戦士のスキルによってステータスが強化されていたとしても元が前衛職でもない獣戦士。
今の段階ではスキルと合わせても前衛下級職と同じステータスしか持ち合わせない。ただし、エンブリオのスキルが発動すればこれは変わる。
《輝く劇場の主役》:
パーティーメンバーのスキルによるステータス上昇数値を自身のステータスに加える。
アクティブスキル。
※最大『6名』まで
※発動時は自動で秒間1ポイントのMP消費が生じる
※消費可能MPがない場合、《輝く劇場の主役》は解除される
第一形態の時は2名までだったが第三形態になったことで6名までのパーティーメンバーが対象となっている。
今はダッツァーとキトー、コルとエル、虎丸と俺自身を対象としている。
《獣心憑依》によるキトーのステータスの60%分のダッツァーのステータス上昇。
《魔物強化》によるキトーのステータス60%分のキトーのステータス上昇。
つまりキトーのステータスの120%分のステータスがフィルルに加わる。同様にエルのステータスの110%分のステータス、虎丸の50%分のステータスがフィルルに加わっている。
このスキルによりフィルルはHP、MPが10万オーバー、STR、AGI、ENDが1万オーバーの伝説級と同等のステータスを発揮している。 パーティーを組んでいるフィルルはまさにパーティー最強の存在となっている。
対してフレイムエレメンタルはAGIこそ一万は超えているが、STR、ENDはその半分もなく、HPもフィルルの半分以下。
スキルは炎属性攻撃で今の状況を覆せるほどのものはない。さらに先ほどまでとは違い、ダッツァーのコンビも攻撃に参加し、フィルルコンビ、ダッツァーコンビ、コルコンビがフレイムエレメンタルを責め立てる。
つまり、フィルルがスキルをエンブリオの固有スキルを使った時点でフレイムエレメンタルの勝ちの目はなくなっていた。
◇
幾度かの交錯を経て決着の時が来る。
「とどめだ!!」
そしてダッツァーがフレイムエレメンタルにとどめを刺し、フレイムエレメンタルは光の塵となって消えていった。
「敵はとれた」
「いやあいつが敵かどうかは…」
「私にはわかる」
「……」
コルの発言に俺は異を唱えたが、コルはそれを否定した。まるでアイツが
「アイツに…間違いはないんだな、コル」
「うん」
「そうか」
そういってダッツァーは空を見上げた。その頬には一筋の涙があった。
「ダッツァー、息子の敵討てた」
「…なんだよ、敵討ちには興味ないみたいな態度してやがった癖に。そういうことかよ。素直じゃねーな」
そうした俺たちパーティーは村に戻り、死んでいった戦士たちに黙祷を捧げ、敵討ちの報告をした。
◆
「我ガ子死亡。火ノ四番目ノ大子。敵、伝説級ヲ想定。勝率99%。敵討チヲ実効」
巨大なクリスタルがセプータに向けて動きだした。
ようやくフィルルくんのエンブリオのスキルが判明。
パワーレベリングと大差なくねと言ってはいけない。