遊☆戯☆王ARC-V THE KING OF SPIRITS   作:Sepia

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Duel1 シティの王者

 ――――――――――おなかすいた。何か食べたい。

 

 水すら口にできなくなって何日立つだろう。もう足に力が入らない。立ってどこかに食べ物を探しに行く気力だってない。ボクはこのまま死んでしまうのだろうか。

 

 雨でも降ってくれれば、雨水でも飲んで何とか数日は生きながらえることだってできるかもしれない……なんて思いもしたけど、雨に当たれば身体が冷え切ってしまうことすらすぐには思い当たらなかった。そもそも今日はお日さまがこれでもかというくらい輝いている日でもある。むしろ、身体から水分が吸い取られていくようだ。のどが渇くなんて状況なんてとっく通り過ぎて、いずれはミイラのように干からびてしまうのではないかと思った。

 

――――ナギ。このままだとお前は死ぬぞ。

 

 ボクの名前を呼ぶ声にこたえて、ボクは手にした一枚のカードを見つめた。

 

――――――――ナギ。俺様は言ったはずだ。俺様の声なんて聞こえないふりをして生きていけと。俺様はそれでも一向にかまわないと。そうすれば、あの孤児院を追い出された後も、一緒に追い出された他の連中だって今はどうなっているかは分からないが、泣き付いてでもついていくはできたはずだ。俺様のことさえ見ないふりをしていれば、お前はこんな状況にだって立たされることなんてなかったんだ。

 

「そういえば、みんな元気かなぁ。シンジさんにはいろいろとお世話になったのに、何も返せていないや」

 

―――――――――ナギ。オマエ、こんな状況でそんなことを……

 

「シンジさんに、ボクは迷惑はかけられないよ。シンジさんはボクよりずっと年上のお兄さんだけど、大人っていうほどの歳にもなっていないんだ。今はどうしているのかは分からないんだ。シンジさんたちだって自分のことだけでいっぱいいっぱいのはずだ。みんなだって、今生きているのか死んでいるのかすら分からないのに」

 

 シンジというのは、ナギがいた孤児院にいた年上の孤児の名前である。

 実の姉に手を引かれて孤児院に押しかけるようにしてやってきたボクたち姉弟の存在をどう思っていたのか分からないが、それでもよくお菓子をくれた。ほんの一口サイズのものばかりだったけど、それでもボクはうれしかった。だからこそ、感謝をしていたからこそ住んでいた孤児院がトップスの人間が借金のカタとして奪っていき、住む場所がなくなったときに迷惑はかけられなかった。

 

『いいか!もうここはお前らの家じゃねえんだ!ウロウロしてねえであっちにいきな!』

 

 ある日突然やってきたシティの人達によって、孤児院を追い出されて住む場所もなくなった。

 年上のお兄さんといっても、まだシンジさんも14歳。

 まだ9歳くらいのナギでは一人で生きていくことなんて最初からできなかったのだ。

 

 この世界は格差社会。勝ったものはすべてを手に入れ、負けた者はすべてを失う。

 それが世の中の現実だと言うことを、物心ついたときには子供でも悟ってしまう社会だ。

 ならだ、今空腹で死にそうになっているボクは世間的には無様に負けた敗北者なのだろう。

  すべてを失うという言葉の中にはきっと、命も入っているのだ。

 

「ねぇ王様。もしボクが死んだら、王様の配下の一人にしてくれる?」

 

――――――一体何を弱気になっているんだ。オマエは俺様の家族を一緒に探すと約束してくれたではないか。ここで死ぬなんて許さないぞ。許さないのは俺様だけじゃない。みんな、オマエは精霊の声を聴いて、その願いを叶えた。

 

「……ボクがやってきたことなんて、お墓を掃除して、花を添えた程度のことだよ?」

 

―――――――――――それが特別なんだ。大抵、俺様達は不気味にしか思われない。そもそも、行き場のなくなった魂が集まるのが墓場だ。成仏したいと思っていても、線香一つとしてこんな世の中では挙げてもらえるかわからない人間なんて山ほどいるものさ。オマエは素直に、純粋に思いやりの気持ちで弔った。だからこそ、感謝をささげてオマエのデッキにはいつまにはアンデットばかり集まったんだ。

 

「ありがとう。そういってもらえるとボクもうれしいよ。でもね王様。もう身体が全然動かないんだ。何も成し遂げることができなかったボクだけど、死んだとしても王様と一緒にいられるならそれでいいかって思うんだよ」

 

 手にした一枚のカードを見つめる。。

 これがナギにとってすべての始まりだったように思う。

 

 昔から周囲の子供たちとは話がいまいちかみ合わないことがあった。

 

『……ねぇ、本当に言っているの?』

『ナギの言っている意味こそ分かんない。声なんて聞こえてこないよ?ナギのお姉ちゃんが出稼ぎに行くとかいって変なジャケットを羽織ってどこかに行っちゃったから、寂しくてかまって欲しいからそんなこと言うの?』

『そんなわけじゃないんだけど……』

 

 デュエルをしていると、時々変な声が聞こえてきたり、カードから意思みたいなものが感じることが多くあったのだ。そして、それを相談すればするほど、変な怨念にでも取りつかれたのではないかと思われて孤立していった。

 

――――――実際、俺様はアンデットだから悪霊とか言われても言い返せないところもあるんだがな……。

 

「でも王様は悪魔族じゃないし、悪霊ではないと思うよ。ボクは王様のこと、大好きだよ」

 

 そんな中、ある日何かの声に呼ばれるようにして出向いた墓地で拾った一枚のカードはナギにとって希望ともいえる存在だったのだ。本人が言うにはカードの精霊とのことだが、自分は何もおかしくないのだと肯定してくれる存在のようにも思え、話していくうちにナギにとって初めての心からの友達と思える存在だったのだ。

 

 アンデットの精霊なら、自分が死んだ後も一緒にいてくれるかもしれない。

 そう思うと、少しはこれから訪れるであろう死への恐れも少しは収まった。

 たとえ死んだとしても、一人ぼっちにならずにすむ。孤独の言うのはさみしいのだ。

 

「でも、もう一度くらいお姉ちゃんに会いたかったな。どうしているかな、お姉ちゃん。出稼ぎから帰ってきたら孤児院がトップスのものになってしまってもうないって知ったら驚くだろうな。シティの連中にはロクな目には合わされなかったな。ボクは何もできずにいなくなったとしても、お姉ちゃんが変な方向に走らなきゃいいけど……」

 

 ―――――――――――ナギ。

 

「でも、お姉ちゃんは何も悪くないんだし、変に責任なんて感じてほしくないや。ねぇ王様。もし王様がお姉ちゃんと今後出会えたら、ボクはお姉ちゃんのことが大好きだったって伝えてくれない?王様は将来のために力を温存しているけど、その気になればボク以外とも話ができるんでしょ?」

 

 ――――――――――――――――――ナギ。何を弱気なことを言っている。俺様はお前を死なせはしない。

 

「……あれ?」

 

 意識がぼんやりとする中、とうとう幻覚でも見え始めた気がする。このままボクの意識は消えてなくないのだと思っていたら、目が覚めたかのようにしっかりと意識を持つことができた。そして、そのときには周囲の景色は違っていた。どこかの路地裏の通路にある壁に寄りかかっていたはずなのに、気が付いたら周りは森に囲まれていたのだ。

 

「ここ、どこ?」

 

 見慣れない景色に天国にでも来たのかと思ったが、相変わらず自分がうごけないことに気がついた。

 まさか、死んだ後も空腹の状態が続いているとは思いもしなかったのだ。

 当然のことだった。ナギが今いる場所は天国でもなんでもなく、ナギはまだ死んではいないのだ。

 場所が変わっただけでナギの状態は何も変わっていない。

 

 

「誰か…いないの?誰か……」

 

 そんなこえが届いたのか、誰かからの声がした。

 

「ねぇ、ちょっと、大丈夫!?」

 

(―――――――王様?いや、違う。誰だろう)

 

 その声の主は、ナギにゆっくりと近づくと、ナギの身体をゆさぶった。

 

「誰かいる……の?」

「どうしたの、しっかりしてッ!お、起き上がれる?」

「おなか……すいたな。動けないや」

「ッ!待ってて!今何か持ってきてあげるからッ!だからしっかりしてッ!」

 

 しばらくすると、声の主は両手いっぱいに果物を抱えて走ってきた。

 動けない身体をモノを口にできるようにと上半身だけ起こされて、それでリンゴをそのまま口のほうに持ってきた。

 

「あぁ……ナイフかなにかで切らないとでも……そんなものはここにはない。だからこのまま食べてさせるしか……。お願い、食べて、しっかりして」

「キミは……誰?」

「そんなことどうでもいいから食べてッ!」

 

 必死に呼びかける声の主が、自分とそう変わらない歳の子供だと気が付いたのはこの時だった。

 この時の出会いのことをボクは今でもまだ覚えている。

 

 

            ●

 

 

 サテライトは安全な場所とは言えないだろう。最低限度の公的組織としてセキュリティがいてくれるものの、ルナと戦える存在なんてセキュリティの中でもエリート部隊のデュエルチェイサーズくらいのものだろう。何も犯罪を起こすのはルナのデュエリストだけではないので、形だけでもセキュリティがいるだけマシとしておくが、やはり治安の悪さは否定できないのだ。

 

 そんなサテライトの中でも、安全性という観点では差はあった。 

 シティからバイクを走らせても、片道一週間はかかるであろう場所であるミソラタウンは、安全性という観点からいうと、割と優秀な部類の街だった。

 

 ミソラタウンには特にこれと言った名所や特産物があるわけでもない。

 なにか特別な鉱物が発掘できる土地というわけでもない。 

 シティ中心部からは遠く、人が活発に交流しているわけでもない。交通の便だって決してよいとは言えなない。観光として何か目玉となるようなものもない。

 

 一言でいえば、ミソラタウンはどうしようもないくらい田舎なのだ。

 

 だからこそ、治安の悪い場所の多いサテライトの中では、まだ安全といえる場所になったのだ。

 なにせ価値のあるものがほとんどないため、強盗の心配もない。

 盗まれて困るものが、対して存在しない町なのだ。

 金持ちもいないため、盗みに入ったところでめぼしいものがあるかも怪しいところだ。

 そして何よりも、デュエルギャング『ルナ』の本所地があるとされている場所からサテライトの中で最も遠い場所にある。

 

 何か犯罪を犯すとして、なにもわざわざこんな何もない田舎までやってくる奴などいないのだ。

 ミソラタウンで犯罪を起こすくらいなら、工場とかも存在する隣町のスバルタウンに行くだろう。

 事実、ミソラタウンに住む住人だって、何か買い物に行くときには隣町まで出かけることが一般的だった。サテライトの住人は肩を寄せ合って生きていくが、ミソラタウンの住人はそれがより顕著に表れていた。

 

「た、だ、い、まー」

 

 ミソラタウンに存在するある教会に声が響く。

 彼女の名前はエル・アーネスト。

 彼女は修道女の格好をしているのは、彼女が教会という建物を利用して孤児院の院長をやっているからだ。彼女は今は18歳。少女といえる年齢であるが、大人の階段に足を踏み入れる年齢である。昔は相当にやんちゃな少女だったようであるが、今は歳よりも一回り大きな落ち着きを持つ女性になりつつあった。孤児院の拠点としている今の教会や院長の座も、彼女が昔にデュエルで強引に手にしたものである。

 

「あれーいないのー?ただいまー!ナギィー!お姉ちゃんにおかえりを言って欲しいんだけどー!」

 

 彼女は昔は凄腕のデュエリストであったらしいが、今はこうして人を育てることに専念している。

 行き場のなくなった孤児たちの面倒を見たり、デュエル教室を無料で開いてデュエルを通して文字や物事を教えていたり。そのおかげでエルは、ミソラタウンでは先生と呼ばれ評判が高かった。もともと両親もいなかったのに、7つも歳の離れた実の弟を自力で育て上げたものだから大したものだろう。少々弟に過保護になりがちなことがたまにキズではあるのだが。

 

「先生、おかえりなさい」

 

 エルの呼びかけに答えのたのは弟のナギではなく、リンという名の少女だった。

 

「あらリン。留守中に何かあった?」

「町内会長が訪ねてきました。今度の町内会でまた何かお話があるそうなので、先生にも出席してほしいそうです」

「話?一体何かあったのかしら」

「詳しくは聞いていませんけど、近いうちに店を開こうとしている人がいるらしくて、とりあえず顔合わせということで出席したいとのことです」

「あら。となると、またミソラタウンに住人が増えるのね。人手が増えるのはとてもいいことだわ」

 

 エルのやっていることの一つに、子供たちが将来自力で生きていけるようにと、仕事や文字を覚えさせているというものがある。文字についてはデュエルを教える段階で身に着けさせることができるが、仕事はというと、実際にやっていかなければ身につかない。Dホイール関連のことを教えてほしいという希望があったため、エルは二人の子供を直接面倒を見ていたのだ。その一人がリンという少女。

 

 そしてもう一人が、

 

「リン!これ運ぶの手伝ってくれよ。オレ一人はちょっと辛いんだ」

 

 ユーゴ、という名前の少年である。

 ユーゴもリンも、エルの弟であるナギと同じ11歳。まだ子供といえる年齢だ。

 エルは自分の弟と同じ年齢の子供を相手に仕事を覚えさせることには抵抗があったが、当の弟も手伝いと称して様々なことに手を出している。

 

 エルの友達が考古学を専攻しているため、助手としてついていったり。

 知り合いの鍛冶師のおじさんのところに手伝いとしてついて行ったり。

 なぜか共同墓地へと行って、誰もしない墓掃除や祈祷までしている。

 

 昔の負い目のあって強くは出れず、結局認めることになってしまったのだ。エルとしては、ユーゴもリンも素直に遊んでいてほしい年代であるのだが。今日のエルは自分のDホイールにサイドカーを設け、ユーゴを乗せて隣町のスバルタウンまで部品の買い物に出かけていた。今はちょうど帰ってきたところである。エルが二人に先生と呼ばれているのは、デュエルの先生をやっているからというよりは、孤児院の院長として一時保護者の立場にあることが大きい理由である。

 

「またいっぱい買ってきたわね」

「あぁ!買いだめでもしておいた方が安くからな!ところでリン、ナギはどこいった?」

「ナギならまだ奥の方で作業してるわよ」

「そっか!じゃあこれ頼むな!」

「あ、ちょっとユーゴッ!」

 

 ユーゴは手に持っていた紙袋の一つをリンに渡すと、また別の袋を手に走り去ってしまう。

 リンはその様子をため息をつきながら見つめていた。

 

「全く、落ち着きのない……。一体いつになったら余裕ってものを持ってくれるのかな」

「男の子って大体あんな感じじゃないの?ほら、ユーゴたちが慌ただしいなら、こっちは勝手にご飯でも作ってましょ」

「はい先生」

 

 リンは呆れ、エルは微笑ましいものを見るかのようにして走り出したユーゴがたどり着いた部屋の先には、ナギがいた。ナギは、ドライバーを片手にムムム、とうなっている。

 

「ねぇ王様。王様の超パワーとかで何とかならない?……あ、やっぱりムリ?機械族じゃないからダメ?」

 

 ナギはテレビの前で一人、ブツブツと変なことをつぶやいていた。

 はたから見ていると危ない人である。実際、ユーゴも最初は危ないやつだと思ったものだ。しかしアーネスト姉弟と一緒に暮らし始めると徐々に慣れてきた。ナギはカードの精霊の声が聞こえるというが、そんなものは聞こえないユーゴからしたらただの電波である。ナギの話をすべて信じているわけではないが、長く接していたら情も沸くというものだ。今では二人は大の仲良しである。

 

「おーいナギィ!ちゃんとテレビの部品買ってきたぜ!」

「あ、おかえり。頼んでおいてなんだけど、よく見つけたね」

「オウ!帰りに先生に闇市にもよってもらったからな!そんなことどうでもいいから早くしようぜ!もうちょっとでアンテナが直りそうなんだからな!」

「今何時くらい?」

「あと20分くらいしかないぜ!」

「オーケー。がんばるよ」

 

 ユーゴから部品を受け取りしばらく作業を続けていると、ズズズ、というノイズ交じりの音が響き、次第に画面が映りだした。

 

「やったぜ!」

 

 テレビが映りだすと、ナギもユーゴも正座して画面に集中した。

 彼らが見たかった番組がこれから始まるのである。

 

『さぁ本日、最高のライディングデュエル!奴の出番だ、最強のDホイーラー、ジャック・アトラス!』

 

 それは、この世界で最強と言われているデュエリスト、ジャック・アトラスの王者の称号をかけた防衛戦の生中継であった。

 

 

          ●

 

 

D・ホイール。デュエルディスクを進化させたそのマシンを駆使し闘うライディング・デュエルはスピードとスリルに溢れた最高のショーであり、自由の象徴であった。

 

 もともとはちょっとやんちゃな連中が何をとち狂ったのかバイクに乗ってデュエルをやりだしたことが原因であるが、それは瞬く間に普及した。

 

 そして、スピードとスリルの中に生きるデュエリストを、Dホイーラーと呼んだ。

 その中の頂点に位置するデュエリスト、ジャック・アトラス。

 彼はキングの称号を手にしてから、最強の称号をかけた数多の防衛戦に勝利して、無敗伝説を作ろうとしていた。

 

「ジャック、ジャック、ジャック、ジャック!!!」

 

 聞こえる声援はジャックを応援するものばかり。

 チャレンジャーに勝利を求める声なんて聞こえてこない。

 ミソラタウンから遠く離れたシティに存在するスタジアムには、客席に空席など見当たらない。

 誰もが楽しみにし、誰もが注目のデュエルが始まろうとしていた。

 なにせ、今日のデュエルは歴史の第一歩となるかもしれない可能性を秘めているデュエルだからだ。

 マスコミの人間も大勢駆けつけ、多くの来賓が招かれた。

 

「歴史をまた一つ踏み出す本日のデュエルッ!今回は解説として、デュエルアカデミア校長であるジャン・ミシェル・ロジェさんにお越しいただきました」

「デュエルアカデミア校長のジャン・ミシェル・ロジェです。私のようなものを、この場に、この瞬間に居合わせることができた名誉を誇りに思います」

「ロジェさんは、トップスとコモンズをつなぐ希望とも呼ばれている存在なんですよ。この場にはあなた以外の適任者はいないと思われます」

「そんな、畏れ多い」

「ロジェさんはデュエルアカデミアに、実力さえあればお金のないコモンズの人達も通うことができるようにしているそうですね。そのことが、トップスとコモンズの融和につながるとして、実際に学校を作り上げた功績は誰よりも大きいはずです。今年はデュエルアカデミアの高等部が開校となり、世間でも注目が集まっていますよ」

「今年で第一期生が高等部の一年生となったところです。デュエリストにとって大切なのは出身ではありません。事実、これまでにもサテライト出身でルナのデュエリストと戦って勝利してきた偉大な方たちがいらっしゃいます。私自身は、あいにくとデュエルの才には恵まれませんでしたが……それでも、私が育てた人間がいずれキングとなることがると思うと、夢があるとは思いませんか?」

「ほほう。では、ロジェさんはいずれジャックと超えるデュエリストを育ててみせると?」

「そうはいいません。ジャックは最高のキングです。しかし、人間である以上は寿命があります。私たちの次の世代へとつなげることを考えたら、いつかは誰からキングとなってもおかしくはないでしょう。事実、日々デュエルは進化しています。ソリットビジョンシステムが生まれ、ライディングデュエルが生まれ、そして今日は、またデュエルが進歩しています」

 

 今日行われるライディングデュエル。

 ソリットビジョンでしかなかった映像が、より迫力を持って再現されるようになったという。

 デュエルで行ったことが現実のものとなるわけではないが、ライディングデュエルにおいてよりリアリティを増すように技術が進歩したのだ。今日はそのお披露目である。

 

「ロジェさんは、新しいソリットビジョンを見たことがあるのですか?」

「もちろんです。なにせ、治安維持局のゴドウィン長官から直々に声をかけていただきまして、途中さんかではありますが、私も開発チームに参加させていただきました。今までのデュエルはSpスピードスペルを持ちいた特別なデュエルを行ってきましたが、今回はシステムの大幅な変更のせいでSpは存在しないデュエルを行います。ルールとしては通常のデュエルと何も変わらないのですが……、まぁ、見ていてください。決して、落胆させないことをここに約束しましょう」

「それは楽しみです」

 

 解説が一区切りすると、Dホイールの駆動音がどこからか聞こえてくる。

 やってきたのは当然、今回のデュエルの主役。

 

「待たせたな!俺がキングだッ!!」

 

 歓声が響き渡る。その熱意はテレビ越しでも伝わるものであった。

 対し、続いてチャレンジャーがDホイールに乗ってやってきても、歓声がやはりジャックのものと比べて小さなものでしかない。

 

「挑戦者よ。デュエルの前に言いたいことがあるなら言うがいい。キングはそれを訊いたうえで、お前に敗北を教えてやろう」

「……別に、言うことはないですよ」

「そうか。ならばこちらから聞こう」

「なんしょうか」

「お前の名前だ」

「……キグナス。お見知りおきを、キング」

 

 今回のチャレンジャーの名前はキグナスという名前らしい。

 だが、あまり有名なデュエリストではなく、ジャックのデュエルを毎回楽しみにして中継を見ているユーゴも名前を聞いてもピンとこなかった。おそらく大会自体が初出場のはずだ。

 

『それではフィールド魔法スピードワールド、セットオンッ!!』

 

 カウントダウンが始まる。

 それが終われば、デュエルが始まる。

 

「「ライディングデュエル、アクセラレーションッ!!」」

 

 キグナス LP 8000 VS ジャック・アトラス LP8000

 

 二人のデュエルが始まった。

 ミソラタウンという遠く離れた場所でテレビ越しに見入っていたナギであるが、彼の持つれカードの精霊がキグナスを見て反応した。

 

(……ン?)

(どうかしたの、王様)

(あのキグナスとかいうデュエリスト……。テレビとかいうこの機械越しの映像じゃいまいち分からんな)

(?)

(気にしなくていい。俺様の予想が当たろうが外れようが、ここからできることはない)

(そう)

 

 ナギやユーゴなんて、ジャックに影響を与えることはない。

 ジャックが二人に影響を与えることがあっても、その逆などありはしないのだ。

 いや、それはこの二人に限った話ではないのか。

 もはやジャックは、自分の勝利を願う応援団の言葉さえ聞いていない。 

 彼が見ているのは、自分のデッキと相手のみ。

 

『おおッ!先行をとったのは、やはりキングッ!!華麗な軌道で第一コーナーをとったッ!』

 

「俺は手札から、レッド・リゾネーターを召喚。こいつは召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚出ることできる。こいッ!魔サイの戦士!」

 

《魔サイの戦士》

効果モンスター

星3/地属性/悪魔族/攻1400/守 900

「魔サイの戦士」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、「魔サイの戦士」以外の自分フィールドの悪魔族モンスターは戦闘・効果では破壊されない。

(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「魔サイの戦士」以外の悪魔族モンスター1体を墓地へ送る。

 

「そして、レベル3の魔サイの戦士に、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング。シンクロ召喚ッ!転生竜サンサーラッ!」

 

《転生竜サンサーラ》

シンクロ・効果モンスター

星5/闇属性/ドラゴン族/攻 100/守2600

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「転生竜サンサーラ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):フィールドのこのカードが相手の効果で墓地へ送られた場合、または戦闘で破壊され墓地へ送られた場合、「転生竜サンサーラ」以外の自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

「そして、シンクロ素材として墓地に送られた魔サイの戦士の効果。デッキから悪魔族モンスター一体を墓地に送ることができる。この効果により、俺はデッキからダブル・リゾネーターを墓地に送る」

 

《ダブル・リゾネーター》

チューナー・効果モンスター

星1/炎属性/悪魔族/攻 0/守 0

「ダブル・リゾネーター」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。このターン、その表側表示モンスターをチューナーとして扱う。

(2):墓地のこのカードを除外し、自分フィールドの悪魔族モンスター1体を対象として発動できる。このターン、その悪魔族モンスターをチューナーとして扱う

 

 

「俺はカードを二枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 ジャック 

LP8000

HAND:1

EXTRA :転生竜サンサーラ 

REVERSE:2

 

『解説のロジェさん。キングの先行による展開をどうみますか?』

『先行はドローを行うことができません。しかし、キングは一ターン目からシンクロ召喚を行ってきました。エクストラデッキからモンスターが特殊召喚される場合、モンスターはエクストラモンスターゾーンに特殊召喚されます。変なモンスターを召喚してしまっては邪魔になるだけでしょうが、キングのことです。これはあくまで、相手の出方を見ているだけでしょう。ここはチャレンジャーのほうに注目です』

 

 キグナス 

HAND 5 → 6

LP8000

 

「いくぞキング、私のターンッ!私は手札からハック・ワームを捨てることで魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動する。こいつの効果で私は、デッキからレベル1モンスター、ハック・ワームを特殊召喚!さらに、俺は魔法カード、アイアンコールを発動だ。このカードは自分フィールドに機械族モンスターが存在する場合、自分の墓地のレベル4以下の機械族モンスター1体を対象として発動し、その機械族モンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズに破壊されるが、こいつには関係ないことです。墓地よりいでよ、ハック・ワームッ!」

 

 これで二体のハック・ワームがフィールドに揃った。

 同名モンスターゆえにシンクロ召喚を行うことはない。

 そして、キグナスはまだ通常召喚を行ってはいない。

 

「こいつら二体のハック・ワームをリリースして、現れろ、クラッキング・ドラゴンッ!!」

 

《クラッキング・ドラゴン》

効果モンスター

星8/闇属性/機械族/攻3000/守 0

(1):このカードは、このカードのレベル以下のレベルを持つモンスターとの戦闘では破壊されない。

(2):このカードがモンスターゾーンに存在し、相手がモンスター1体のみを召喚・特殊召喚した時に発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時までそのレベル×200ダウンし、ダウンした数値分だけ相手にダメージを与える。

 

クラッキングとは、主にコンピューターシステムにおけるプログラムやネットワークのセキュリティを破り、不正使用や改変・破壊などの悪事を行う犯罪行為のことを言う。ならば、その名を関する機械の竜は、その名に相応しい攻撃的な能力を持っているのだろうか。

 

「いけ、バトルだ。クラッキング・ドラゴンでサンサーラに攻撃!」

「サンサーラは戦闘で破壊され墓地に送られた場合、墓地のモンスターを一体特殊召喚できる。こいッ!魔サイの戦士!守備表示でよみがえれ」

「だがこの瞬間、クラッキング・ドラゴンの効果!魔サイの戦士の攻撃力を600下げて、キングに600のダメージを与える!」

 

 ジャック・アトラス

LP8000 → LP7400

魔サイの戦士  ATK1400 → ATK 800

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 キグナス 

LP8000  

HAND:2

MAIN:クラッキング・ドラゴン

 

「キングのターン。ドローッ!」

 

ジャック LP7400

HAND: 1 → 2

MAIN:魔サイの戦士

 

「俺は墓地のダブル・リゾネーターを除外して、フィールドの悪魔族モンスター一体をチューナーにする!よって魔サイの戦士をチューナーにする!さらに手札から奇術王ムーン・スターを特殊召喚!こいつは、自分フィールド上にチューナーが存在するときに手札から特殊召喚できる」

「ムーン・スターが出現したことで、キングにダメージを与えるッ!クラッキングブレスッ!」

 

 ジャック・アトラス

LP7400 → LP6800

奇術王ムーン・スター ATK900 → ATK300

 

「そして、レベル3の奇術王ムーン・スターにレベル3のチューナーモンスターとなった魔サイの戦士をチューニング!現れろレッド・ワイバーン!」

 

《レッド・ワイバーン》

シンクロ・効果モンスター

星6/炎属性/ドラゴン族/攻2400/守2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):S召喚したこのカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、このカードより攻撃力が高いモンスターがフィールドに存在する場合に発動できる。フィールドの攻撃力が一番高いモンスター1体を破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

「クラッキングファイヤー!」

 

ジャック・アトラス

 LP6800 → LP5600

レッド・ワイバーン ATK2400 →ATK1200

 

「墓地に魔サイの戦士がおくられたことで、デッキから悪魔族モンスター一体を墓地に送る。俺はデッキから風来王ワイルド・ワインドを墓地に送る。そしてレッド・ワイバーンの効果発動。シンクロ召喚したこいつはフィールドに表側表示で存在する限り一度だけ、フィールド上で一番攻撃力の高いモンスター一体を破壊できる。つまり、お前のドラゴンを破壊するっ!」

「クラッキング・ドラゴン!」

「そして、手札から、フォース・リゾネーターを通常召喚!いけ、二体でダイレクトアタックだ!」

 

 レッド・ワイバーン ATK1200

 フォース・リゾネーター ATK500

 

 二体の攻撃力の合計は1700。まずはフォース・リゾネーターが手から電流を放り、その後ワイバーンが口から炎を吐いてライフを削る。

 

 キグナスLP8000 → LP6300

 

 だが、キングの攻撃がこれだけでは終わらない。

 

「さらに、罠カード発動!緊急同調!この効果により、バトルフェイズ中にフィールド上のモンスターでシンクロ召喚を行う。俺はレベル6のレッド・ワイバーンにレベル2のチューナーモンスターフォースリゾネーターをチューニング!シンクロ召喚。いでよ、クリムゾン・ブレーダー!」

 

《クリムゾン・ブレーダー》

シンクロ・効果モンスター

星8/炎属性/戦士族/攻2800/守2600

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。次の相手ターン、相手はレベル5以上のモンスターを召喚・特殊召喚できない。

 

 ジャックの場に出てきたのは、紅蓮の戦士。

 彼は手に持った二本の剣をもって、キグナスに向かって一直線に迫った。

 

「そのままクリムゾン・ブレーダーでダイレクトアタック!クリムゾンスラッシュッ!!」

「くッ!」

 

 キグナスLP6300 → LP3500

 

「これでターンエンドだ」

 

 ジャック・アトラス

LP5600

HAND:0 

EXTRA:クリムゾン・ブレーダー      

REVERSE: 1

 

「私のターンです」

 

 キグナス 

LP3500

HAND:2 → 3

 

「私はモンスターをセット。さらに、手札から魔法カード、おろかな副葬を発動。こいつは、自分のデッキから魔法または罠カードを一枚墓地に送ることができる。この効果によって、私はデッキの銃撃砲(ガン・キャノン・ショット)を墓地に送る。私はこれでターンエンドです」

 

 キグナス

 LP3500

HAND: 1

MAIN:裏守備モンスター×1

 

「……それがお前の全力か?」

「……何か文句でもあるのですか?」

「いいから早く本気を出せと言っているんだ。俺がお前が全力でないことを見抜けないと思っているのか。それはキングをなめているというものだ!俺のターンッ!」

 

 ジャック・アトラス

LP5600

HAND:0 → 1

 

「本気を出さぬというのならそれでもいい。本気ではなかったからと、キングに与えられた敗北を慰める言いわけにでもしているがいい。いけ、クリムゾン・ブレーダー!モンスターを粉砕しろ!」

 

 伏せられていたキグナスのモンスターはジャック・ワイバーン。

 守備力0の機械族モンスターだ。 

 当然戦闘破壊される。

 壁となるモンスターを失ったキグナスに追いうちをかけるようにして、ジャックのモンスターの効果が発動する。

 

「クリムゾン・ブレーダーの効果!このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。次の相手ターン、相手はレベル5以上のモンスターを召喚・特殊召喚できない」

『おおっと、キングは封じてきた。それで上級モンスターを召喚できない!』

「…………」

 

それでも、キグナスは格別動揺はしなかった。

 

「……次の相手ターン、ね」

 

 もちろんクリムゾン・ブレーダーの効果は理解している。

 一度効果が発動すれば、徐々に打てる手は減っていく。

 キングの前ににはそれは致命的な隙となるだろう。

 

 しかし、その効果には抜け穴があるのだ。

 

「なら、このターンに見せてあげますよ、私の本当の力を!」

「!」

「この瞬間、手札のデスペラード・リボルバー・ドラゴンの効果を発動!こいつを特殊召喚するッ!」

 

 クリムゾン・ブレーダーの効果が発動するのは次の相手のターン。

 このターンには、特殊召喚は別に封じられていないのだ。

 

《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》

効果モンスター

星8/闇属性/機械族/攻2800/守2200

(1):自分フィールドの機械族・闇属性モンスターが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。

(2):1ターンに1度、自分・相手のバトルフェイズに発動できる。コイントスを3回行う。表が出た数までフィールドの表側表示モンスターを選んで破壊する。3回とも表だった場合、さらに自分はデッキから1枚ドローする。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

(3):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。

コイントスを行う効果を持つレベル7以下のモンスター1体をデッキから手札に加える。

 

「そしてデスペラード・リボルバー・ドラゴンの効果!バトルフェイズにコイントスを3回行う。表が出た数までフィールドの表側表示モンスターを選んで破壊する。3回とも表だった場合、さらに自分はデッキから1枚ドローすることができる、これは相手バトルフェイズでも使える効果だ!」

「運にすべてを任せる気か」

「運ではない、結果は必然だ。俺はから罠カード銃撃砲を除外して、その効果を発動する。コイントスを2回以上行う効果が発動した時、そのコイントスの結果を全て表が出たものとして扱うことができる!」

 

《銃砲撃ガン・キャノン・ショット》

永続罠

(1):1ターンに1度、コイントスを行う効果が発動した場合、その効果で表が出た数によって以下の効果を適用する。

●1回以上:相手に500ダメージを与える。

●2回以上:相手フィールドのカード1枚を選んで破壊する。

●3回以上:相手の手札を確認し、その中からカード1枚を選んで捨てる。

(2):コイントスを2回以上行う効果が発動した時、墓地のこのカードを除外して発動できる。そのコイントスの結果を全て表が出たものとして扱う。

 

 

「クリムゾン・ブレーダーを破壊!さらに、三枚とも表だったことで一枚ドローッ!」

 

 キグナス 

HAND 0→1

 

「俺はこのままターンエンドだ」

「ならばキングに引導をわたす私のターンが始まる!ドロー」

 

 キグナス 

LP3500

HAND:1 → 2

 

「魔法発動、悪夢再び。こいつで墓地に存在する攻撃力0の闇属性モンスター二体を手札にくわえる。俺が加えるのは、ハック・ワームとジャック・ワイバーンだ!」

 

《ジャック・ワイバーン》

星4/機械族/闇属性/攻1800/守0

効果モンスター

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。

➀自分フィールドの機械族モンスター1体とこのカードを除外し、自分の墓地の闇属性モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

「そして、キングの場にモンスターが存在しないことにより、ハック・ワームを攻撃表示で特殊召喚!」

 

《ハック・ワーム》

星1機械族・闇属性・攻400/守0

効果モンスター

➀相手フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる

 

「ジャック・ワームは自身とフィールド上のモンスター機械族モンスターを除外することで自分の墓地の闇属性モンスターを呼べる。これでクラッキング・ドラゴンを呼びたいところだが、あいにくとキングのクリムゾン・ブレーダーの効果でこのターン上級モンスターは呼べない。だが、今はこいつらで充分すぎるほどだ!いけ、俺のモンスターたち!キングにダイレクトアタックだ!」

 

 ジャック・アトラス LP5600

 

「まずはデスペラード・リボルバー・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 ジャック・アトラスLP5600 → 2800

 

「次に、ジャック・ワイバーンでダイレクトアタックッ!」

 

 ジャック・アトラスLP2800 → 1000

 

「最後にハック・ワームでダイレクトアタックだ!」

 

 ジャック・アトラスLP800 → 600

 

「ハック・ワームは攻撃力400しかないモンスター。だが、今の状況では攻撃するのミスでもなんでもない。そのことを教えてやろう。俺はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

 キグナス 

LP3500

HAND: 0 

MAIN:デスペラード・リボルバー・ドラゴン

   ジャック・ワイバーン

   ハック・ワーム

REVERSE: 1

 

「俺のターン、ドローッ!」

 

ジャック

LP 600

HAND:1 → 2

 

「相手ターンのスタンバイフェイズが終わるとき、俺は伏せていたカードを発動する!」

 

しかし、先に動いたのはキグナスの方だった。

 

「永続罠、リビングデッドの呼び声!この永続罠は、墓地のモンスター一体を攻撃表示で特殊召喚する。俺が呼ぶのはもちろん、クラッキング・ドラゴンだ!」

「攻撃力400のハック・ワームで攻撃してきたのはそのためか」

「そうだ!お前は攻撃力600以上で、レベル3以下のモンスターを使った瞬間にクラッキング・ボルテックスの餌食となる。レベル2以下のモンスターならば、ぎりぎりライフは残るだろうがお前のデッキの低レベルモンスターなどチューナーくらいのものだ!」

「ふん。お前は俺のことをある程度は調べてきたようだな」

「当然のことだ。キングといえば、最強のDホイーラー。そいつは真っ向勝負のデュエルによって敗北したということは、『ルナ』に勝てるデュエリストはこのシティにいないということを意味しているのだから」

 

『――――――『ルナ』!?』

 

 キグナスの口から出た言葉に、観客の悲鳴が上がる。

 ルナというのは、それほどの恐怖の象徴ともいえる名前なのだ。

 

「ロジェさん!チャレンジャーがルナのデュエリストというのは本当のことなのでしょうか!」

「おおおおおお落ち着きましょしょ!」

「ロジェさん!しっかりしてください!ロジェさん!深呼吸でもしましょう」

「ゲ、ゲホ、ゴホッ!……失礼いたしました。た、確かにありうる話だとは思います」

「しかし、ルナのデュエリストはデュエルの内容が実体化するということでしたが?チャレンジャーはジャックにダメージを与えているのに、ジャックの身体には直接的な傷は見られませんよ」

「考えられる可能性としては二つあります。一つはルナのデュエリストだからといって、すべてがその能力を持っているわけではないということ。そしてもう一つは、あえてその能力を使っていないということです。おそらく、力をコントロールすることで制御できるのでしょう。まだルナのデュエリストとサイコデュエリストの差がはっきりしなかった頃に行われた魔女狩りによって、シティ内部のサイコデュエリストは一掃されましたが、まだルナは存在していることがその証拠ともいえるはずです」

「では、使わないのはどうしてでしょう」

「その能力を使って勝ったとしたら、どう思います?物理的なダメージで痛めつけてデュエルを有利に進めた卑怯者ともとらえられません。しかし、真っ当な一騎打ちのデュエルでキングを倒したら、これ以上にないほどの敗北といえるのではないでしょうか」

「で、ではチャレンジャーは、ルナはキングを完膚なきまでに叩きのめすために、あえて能力を使っていないと」

 

 事実、ジャックのライフは600まで追い込まれている。

 観客たちも、ジャックが負けるかもしれないと思い始めた。

 なにしろ、相手は得体のしれないルナのデュエリスト。

 いくらキングでも、万が一というものはありえるかもしれないと不安を誘う。それを、

 

「――――――――――うろたえるなッ!!」

 

 ジャックは一喝した。

 誰よりも危機的状況をわかっているはずなのに、ジャックはこの場の誰よりも冷静であった。

 

 

「ふん。大したことではない。俺は絶望など感じない」

「なに?」

「この状況、なにも絶望するべきものはないと言っているんだ。たしかに俺のエースはみな、レベルが高いモンスターばかりだ。しかし、モンスターを召喚する前にクラッキング・ドラゴンに対処すればいいだけのこと。ゆるいロックだ」

「この状況からそれを行うと言うのか!?」

「もちろん、俺を誰だと思っている?」

 

 ジャック・アトラスは宣言する。

 

「俺はジャック・アトラス。このシティの、すべてのDホイーラーの頂点に存在するデュエリスト!この程度のものを、危機と呼ばずに乗り越えられなくて何がキングだ!そして、それができるからこそ、キングは俺だ!見せてやろう。キングという称号の意味を!」

 

「俺は手札から永続魔法、闇の護封剣を発動!」

 

《闇の護封剣》

永続魔法

このカードは発動後、2回目の自分スタンバイフェイズに破壊される。

(1):このカードの発動時の効果処理として、相手フィールドに表側表示モンスターが存在する場合、そのモンスターを全て裏側守備表示にする。

(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、相手フィールドのモンスターは表示形式を変更できない。

 

「これでお前のモンスターはすべて裏側守備表示となる」

「だ、だが!お前は俺の手を封じただけで、優位に立ったわけではない!裏守備とはいえ、俺の場にはモンスターが4体も存在していることには変わらない!手札一枚で何ができる!」

――――――――フン。お前は俺のことを調べたらしいが、もう一度調べなおしたらどうだ?」

「なに?」

「そうだろう?お前は、我が魂とも言えるカードの存在を忘れている」

「……まさか」

 

 我が魂。

 その言葉を聞くとともに、観客はルナへと脅えなど忘れ、ジャックへの期待と興奮ばかりが高まっていく。

 

「俺は墓地の風来王ワイルド・ワインドの効果を発動する」

 

《風来王ワイルド・ワインド》

効果モンスター

星4/闇属性/悪魔族/攻1700/守1300

(1):自分フィールドに攻撃力1500以下の悪魔族チューナーが存在する場合、

このカードは手札から特殊召喚できる。

この方法で特殊召喚したターン、自分はSモンスターしかエクストラデッキから特殊召喚できない。

(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。

デッキから攻撃力1500以下の悪魔族チューナー1体を手札に加える。

この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない

 

 

「こいつを除外することで、俺はデッキから攻撃力1500以下の悪魔族チューナーモンスター一体を手札にくわえる。よって、俺はデッキからダーク・リゾネーターを手札に加える。これで準備は整った。相手フィールドにのみモンスターが存在する時、手札からバイス・ドラゴンを特殊召喚!この効果で特殊召喚した場合、能力値は半分となる」

 

《バイス・ドラゴン》

効果モンスター

星5/闇属性/ドラゴン族/攻2000/守2400

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。この方法で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。

 

 

「さらに、ダーク・リゾネーターを召喚!」

 

《ダーク・リゾネーター》

チューナー・効果モンスター

星3/闇属性/悪魔族/攻1300/守 300

(1):このカードは1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。

 

 

「レベル5のバイス・ドラゴンに、レベル3のダーク・リゾネーターをチューニングッ!王者の鼓動、今ここに列をなす!天地鳴動の力を見るがいい!シンクロ召喚!我が魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》

シンクロ・効果モンスター

星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが相手の守備表示モンスターを攻撃したダメージ計算後に発動する。

相手フィールドの守備表示モンスターを全て破壊する。

(2):自分エンドフェイズに発動する。

このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、

このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

 

 出てきたのはジャックのモンスターのなかでおそらく、一番有名なモンスター。

 ジャック自身が我が魂だと公言する、まさしくジャック・アトラスの象徴ともいえる竜。

 紅蓮の魔龍。

 その名は、レッド・デーモンズ・ドラゴン。

 

「いけえレッド・デーモンズ!裏守備のクラッキング・ドラゴンを攻撃しろッ!」

「クラッキング・ドラゴンは、自分のレベル以下のモンスターとの戦闘では破壊されない!」

「だが、レッド・デーモンズはダメージ計算後に相手フィールド上の守備表示モンスターをすべて破壊するッ!デモン・メテオッ!!」

 

 これにより、レッド・デーモンズ・ドラゴンはキグナスの4体のモンスターを同時に粉砕した。

 

「ぐッ!だが、まだ私のライフは残っているッ!」

「まだだ!まだ俺の攻撃は終わっていないッ!」

「最初のターンに伏せていた罠か!?」

「そうだ、見るがいいッ!進化したレッド・デーモンズの力を!」

 

 ジャックの象徴ともいえるモンスター。

 レッド・デーモンズ・ドラゴン。

 その姿が変わっていく。

 

「罠発動、バスター・モード。こいつはレッド・デーモンズをバスター・モードへとモードチェンジさせることができる。灼熱の鎧を身にまとい、王者ここに降臨!出でよ!レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスター!」

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスター》

効果モンスター

星10/闇属性/ドラゴン族/攻3500/守2500

このカードは通常召喚できない。「バスター・モード」の効果でのみ特殊召喚できる。

このカードが攻撃した場合、ダメージ計算後にこのカード以外のフィールド上のモンスターを全て破壊する。また、フィールド上のこのカードが破壊された時、自分の墓地の「レッド・デーモンズ・ドラゴン」1体を選択して特殊召喚できる

 

「キングの前に、ひれ伏せッ!!」

「ぐわぁあああああああああああ」

 

 キグナス LP 3500 → LP 0

 

 デュエルの決着がついたことで、二人のDホイールが減速し始める。

 完全にDホイールが止まる前に、ジャックはビシィッ!と、人差し指を天に向けてかかげて宣言した。

 

「キングは一人、この俺だッ!」

 

 ジャックがいつも行う宣言。

 それは、先ほどキグナスがルナのデュエリストだと宣言したことで生じた混乱など完全にかき消すものであった。

 

「ジャック!ジャック!!ジャック!!!ジャック!!!」

 

 そして、その歓声を遮るような形でセキュリティが出てくる。

 

『キグナスを……ルナのデュエリストを拘束せよ!』

「はっ!!」

 

 デュエルディスクを構えた何人ものセキュリティがDホイールから投げ出されて倒れたキグナスに迫るが、それをジャックが片手で制す。

 

 お前たちはここにくるな。

 

 そういう眼光一つで、セキュリティの部隊は停止した。

 

「……お見事でしたよ、キング」

「お前もまた、消えるのか」

「えぇ。私は消えます。ですが、最後に戦う相手があなただったのは、デュエリストとしては幸せなことでした。ありがとうございます」

「……ふん」

 

 ジャックと最後の言葉を交わしたキグナスは、自身の身体が消えていった。 

 これが、ルナのデュエリスト。

 

 デュエルで負ければ、身体が消えていく。

 そのため、ルナのデュエリストとは一体何なのかを知るものはいないとされる。

 

 たとえデュエルで倒しても、拘束する前に消えてしまうのだ。

 なぞに包まれた不気味な存在。それがルナのデュエリストであった。

 

 話には聞いていても、実際にその目で見た人間はほとんどいなかったため、このシティの大舞台でキグナスの消滅をこの目でみた観客たちに動揺が広がる。最後にキグナスと言葉を交わした男は、シティの住人に対して宣言する。

 

「キングが最初から全力でかかれば、一瞬だ!」

 

 

 今のデュエルの決め手となったカードはバスター・モード。これはジャックの最初のターンで伏せられていたものだ。ということは、ジャックは緊急同調で追撃を行う際にクリムゾン・ブレーダーではなくレッド・デーモンズ・ドラゴンを出していれば、そのまま勝利していたのだ。

 

「キングのデュエルは、エンターテイメントでなければならない!」

 

 一見追い詰められたように見えたデュエルも、実はジャックは最初から本気を出せばとっくに決着がついていたのだ。そのことを思い知らされた閑却はジャックの力をたたえ、大歓声が響き渡った。目の前の現実離れした光景など、もはや大したものではなくなっていたのだ。

 

「もう一度言う。キングは一人、この俺だ!」

ジャックは人差し指を天に向ける。

 その先には何もないが、ジャックの先にたつほどのデュエリストなどいないのだと、見ていた観客たちは思う。

 

 ルナという脅威を前にしてもびくともしない平和の象徴だと、この場にいるものは皆考えていただろう。

 

 

      ●

 

「ジャック!ジャック!!ジャック!!!ジャック!!!」

 

 そして、ジャックのコールをしている人間がまたここに一人。

 テレビでの中継を見ていたユーゴもまた、シティから離れたミソラタウンで熱にあてられていたのだ。

 

「すげえぜジャック!さすがはキングだ!ナギもそう思うだろ!」

「……うん、そうだね」

「オレもいつか、あの大舞台に立てるだけの実力をつけて、ジャックに挑むんだ!」

「ユーゴ君が挑戦するまで、キングがジャックだといいね」

「何言ってんだよナギ。ジャックが負けるはずがないだろ!」

「キミ以外に?」

「オレたち以外に、だ。オレだけの力じゃあそこまでいけない。シティに行くことだってまだ無理だ。ナギとリンと、それに先生も。ジャックを倒すとしたらオレたちの力で挑戦するんだ。ナギだって、夢があるんだろう?」

「……そうだね」

「だったら話は早い。ナギ。いつか一緒にシティへ行こうぜ。そして、いつか、オレたちの名前轟かせてやろう」

 

 それは、ジャックが見せた夢なのだろうか。

 シティの大舞台で、キングという称号をかけたデュエルを行う。

 

 それほどのデュエリストとなることを夢見る子供は多い。

 

 ユーゴだって、行ってしまえばジャックにあこがれた数多くいる子供の一人なのだろう。けれど、それを本気でかなえようと思っている人はそうはいない。だからこそ、

 

「ナギ。キングになるところを特等席で見ていてくれ」

「うん。楽しみにしているよ」

 

 ユーゴが眩しい。

 ナギはふと、そう思った。

 

 そして、自分のデッキから一枚のカードを見もせずに引き抜いた。

 そのカードは自分が一番好きなカードであり、精霊がやどるカードであった。

 

「王様」

 

 隣にいるユーゴにすら聞こえないくらいの小さな声で呼びかけると、威厳のある声が返ってくる。ナギはなんでもないよと答えた。

 

 そうか、という返事が返ってくるだけだったがナギはテレビに映るジャックを見て思う。

 いつか、自分もジャックのように堂々としたデュエルができるようになるのだろうか。




今回主人公はデュエルを行いませんでしたが、使うデッキは予想思います。

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