肌寒い春は毎度、私のガタイに似合わない長袖のネルシャツを羽織らせる。日頃暑がりで、風でも吹かなければ長袖を着ない。去年も長袖を着たのは十月なかばを過ぎた頃だった――。
確か......ちょうど去年の秋ごろからだ。月に数度、学校がない土日。何をするわけもなく昼間に秋葉原へ出かけるのが楽しみだった。よく通う「ケバブスター」には、日本語があまり上手くないトルコ人の店員が、ほんの少し多めに肉を盛ってくれたりした。この店のケバブはいつも美味しい。
食べ終わると、左に並ぶゲームセンターへ寄り、偶然艦これの新作フィギュアが橋に掛けられて並んでいた。二百円で試してみる。取れそうだ。五百円を入れて、6回やる。とれた頃には、手元から二千二百円がなくなっていた。
夕方だった。山手線に乗って帰ろう。気楽なんだ、この浮遊感は。自由だ――。
家の政府は私を肯定してくれた。ごはんだから手を洗いなさい。部屋に荷物を置いて、キッチンで手を洗った。正面の私は、置いた荷物を思い出してにやけていた。もう少ないな――。財布の残りはあと六日間、減るだけ。耽って長々と手を洗う私を、母が呼んでいた。
麻婆豆腐、私は嫌いな食べ物は挙げるほどには無いし、母が作る料理はどれも好きだった。おいしい。父が作るものとは何故こんなに違うのだろう。彼の麻婆豆腐は全くわけの分からない匂いのせいで、料理らしさを失ってしまうから、私の家族は彼を含めてそれを食べたがらない。
晃のぶんは残してラップしておいてね。食器を片付けていた私に、母が呼びかけた。私はそうした。部屋に戻ってスマートフォンをいじっていた。勉強するわけでもないが机に伏して、光を眺める。ニュースは芸能ばかりで興味が無かったし、私の趣味のせいでラインは数人の親友からしか来ないが、ゲームをする分には最高の硯になる。何を強化しようかな――。
ギー、バタン。家の扉が閉じる音。晃は部活から帰ってきた。彼は有望な――。お母さん。これ。もう少しだった。
リビングでお茶を飲もうと部屋を出た時、さっきまでラップがされていた麻婆豆腐を食べる晃と機嫌が良い母がいた。俊一、俺、九教科七百九十七点。ふーん。麻婆豆腐から湯気がたっていて熱そうだ。しかも来月の公式戦も先輩抑えてスタメン入ったぜ。そうか。彼は湯気がおさまった麻婆豆腐を咀嚼した。今日、テスト終わって久々の部活じゃん、腕が鈍るといけないからって、顧問の先生が残ってしばらく練習してたんだ。すごいじゃん。皿には少し残っているが、もう満腹そうだった。
彼は勉強も部活の成績も優秀だった。細身だが筋肉質だったから、異性から人気という話は周りからよく聞くし、自慢の弟だ。
朝、いつも通り目を覚ます。父はひげを剃る。晃は朝練の為に家を出る。母は食器を洗っていて、テーブルに私の食事が置かれていた。私はトイレに行き、扉を開けるとすぐに閉めた――。
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