夢を見た。とある一人の青年の夢を。
理不尽な悪意に晒される罪なき人々。青年はそんな人々を守るために禁断の力に手を伸ばした。
それで誰かを救えるのなら、と。臆することなく、確固たる決意を持って。
そんな青年が、強い心を持った青年の姿が眩しく思える。誰かのために自らを犠牲にする、自己犠牲の精神が。
きっと自分はそうはなれない。臆病で寂しがり屋で泣き虫な自分には、到底辿り着けない領域。
そこまで考えた所で、目の前の景色が徐々に光に包まれ始める。
霞んでいく青年の姿。その背中が掻き消える寸前、振り返った青年の目は、見えないはずの自分を見ているようで。
ピピ……ピピ……。
機械音のような音が陽日の鼓膜を揺らし、薄れていた意識が徐々に覚醒する。次いで目を開くと、目の前に広がるのは白い天井。
蛍光灯の光は覚ましたばかりの目には刺激が強く、陽日は右手で顔を隠す。
「夢じゃ、ないんだよね……」
遺跡で起きた一連の出来事がフラッシュバックし、陰に隠れた目元にうっすらと涙が浮かぶ。
突如現れたノイズ、自分を逃がすために囮になった父……そしてあの謎の異形。ついこの間まで平凡な生活を送っていたはずなのに、たった一時間にも満たない僅かな時間で全てが崩れ去った。
「うぅ……ぁぁぁ……っ!」
胸の奥からこみ上げてくる、言葉にできない感情。それは瞳からこぼれる涙の勢いを助長し、決壊したかのように大粒の涙がこぼれ落ちる。
もう二度と戻ってこない、昨日までの日常。当たり前のように過ごしていたそれは、失って初めて気づくこの世に二つと無い『幸せ』だった。
戻ってこないとわかっているからこそ、溢れ出る涙が止まらない。形容しがたい胸の痛みが、幼い少女の心をナイフで切りつけるかのように傷つける。
どれだけ涙を流しても止まる気配は一向になく、それから数分の間 陽日は嗚咽を漏らし続けた。
そして陽日が泣きやむとほぼ同時、部屋の扉が開き一人の男性が入室する。
顔から手を離し顔だけをそちらに向けると、入ってきたのは筋骨隆々とした偉丈夫な男性。
「目が覚めたか、良かった」
陽日が目覚めたことに安堵し、男性は足早に彼女の横たわるベッドへと歩み寄る。
そして視線を合わせたところで安堵の表情から一変、眉尻を落とし何かを堪えるような表情へと変わる。赤く染まった陽日の目、それを見て彼女がどのような状態だったのかを察したのだ。
「いろいろ話すことはあるが、まず謝らせて欲しい……すまなかった」
そう言い、深々と頭を下げる男性。突然の謝罪に困惑する陽日は、あたふたとしながらも男性へと「頭を上げて欲しい」と声をかける。
その言葉に男性は頭を上げ、まっすぐに陽日を見つめる。力強い眼光に内心怯えながらも、おずおずと質問する陽日。
「あの、あなたはいったい……」
「ああ、紹介が遅れて申し訳ない。俺は『特異災害対策機動部』の
「とくい……政府の人ですか?」
コクリと、小さく首肯する弦十郎。
特異災害対策機動部、それはノイズが出現した際に出動する政府機関で、避難誘導や被害状況の処理などを行っている。
そんな政府機関に所属する弦十郎は、鞄の中から一つの書類を取り出すと話を再開する。
「……高嶺 陽日くん、単刀直入に言わせてもらう」
一層、弦十郎の纏う雰囲気が真剣味を帯びる。
「君の父親、高嶺 慎太郎さんの死亡が確認された」
「……そう、ですか」
わかっていた。すでに父がこの世にいないことは、あの時に感じ取っていた。しかしこうして事実を口にされると、やはり胸が痛む。
見るからに表情に陰を落とす陽日を見て、弦十郎は一度めを瞑り気持ちを整えると、再び開き
「少し調べさせてもらったが、君は父と二人暮らしだったらしいが……これからどうする?」
「これから……わかりません」
母は数年前に病気で亡くし、父もノイズによって失った。もう自分には何も残されてはいない。ましてや陽日は子供、一人で生きる術など持ち合わせているはずもない。
返答に困る陽日へ、弦十郎はある提案を持ちかける。
「もし、もし君がよければ……俺の元へ来ないか?」
「え……」
「君が独り立ちするその時まで、俺が君の面倒を見る。もちろん、学校に通いたければ今まで通りに通うことだってできる」
「でも、それは……」
「なに、俺はこう見えても稼いでいてね。君一人養ってもなにも支障はない」
弦十郎の持ち出した案は陽日にとってこれ以上ないほどありがたいものだった。もちろん、断る理由などなに一つとしてない……ないのだが。
「……それは、あなた個人として引き取るということですか」
「まぁ、そうなるな」
弦十郎の提案に陽日はすぐに答えることができなかった。それは弦十郎に対する疑問、なぜ見ず知らずの自分を養ってくれるというのか、というものからであった。
彼の人となりは会って間もなくてもわかる。誠実で、裏表がなく、懐が広い、まさに大人の鏡と言える人物。彼のこの提案も、自分のことを思ってのことだろう。
だがそれでも陽日が答えられないのは、偏に彼女が臆病な性格をしているからであろう。そんな性格をしている彼女だからこそ、弦十郎の無償の善意にどこか不安を煽るものを感じたのだ。
しかしそんな不安の混じった少女の表情を見落とすほど、弦十郎という男は盲目ではなかった。彼はすぐに目の前の少女が何を思っているのかを察し、努めて優しく声をかける。
「確かに、見ず知らずの男がいきなりこんなことを言えば疑うよな」
「あ……すいません」
「いやいや、君が謝る必要はないさ。理由なき善意ってのは、怖いものがあるからな」
うんうんと頷き、弦十郎は改めて陽日へ提案を持ちかける。
「ならこうしよう。政府機関 特異災害対策機動部の一人として、高嶺 陽日くん、君の身柄を保護させてもらいたい」
『養う』のではなく『保護』をする。政府の一員として、天涯孤独となった少女を救うべく。
たった少し言葉を変えるだけで理由が生まれる。理由があるのなら、陽日は素直にそれを受け止めることができる。
「……ありがとう、ございます」
「気にするな。子供の我が儘程度、受け止められないで何が大人かよ」
そう言い、その大きな手でガシガシと陽日の頭を撫でる。父とは違うごつごつとした大きな手。だがそこから伝わる優しさは、温もりは似ていた。
「う、ぅぅ……っ」
だからだろう、もう感じることのできないと思っていたものに触れた陽日は、その瞳から涙をこぼす。だがそれは悲しみや恐怖から来るものではなく、安堵と安らぎからくるもので。
少女の嗚咽が止むまで、弦十郎はただただ優しく、その小さな頭を撫で続けた。
それから一時間後。諸々の手続きを済ませた弦十郎と陽日は病院を後にする。
そこからは病院の前に迎えに来ていた車に乗ること数十分、陽日が到着した場所はとある私立高校。
「あの、ここって学校ですよね?」
「まぁまぁ、騙されたと思ってついてこい」
弦十郎の言葉に従い、その大きな背中を追いかける。
学校の中へと入り、『中央棟』と書かれた場所にあるエレベーターへと乗り込む二人。弦十郎が何やら操作をすると突如、壁から手すりが現れる。
「さ、危ないからその手すりを握ってくれ。うんと強くだぞ」
「あ、はい」
言われた通り、うんと力強く手すりを握り締める陽日。その直後、彼女は弦十郎の言葉の意味を理解する。
ウィンウィン、という待機音が数秒木霊した後エレベーターは動き出した。ジェットコースターも真っ青なスピードで。
「きゃぁあああああああ⁉︎」
ゼロからいきなりのトップギアで動き出したエレベーター。無論、その時の衝撃はかなりのもので、ここ一番の絶叫を見せる陽日。
しばらくして、ようやく目的地へと着いたらしく、エレベーターは停止し扉が開く。中からは叫び疲れてぐったりとした陽日と、笑顔を浮かべた弦十郎が出てくる。
「はははっ、目的地はもうすぐそこだ。頑張れ陽日くん!」
「うぅ……」
ふらつきながらもなんとか弦十郎の後を追い、目的地である部屋の前までやってくる。そして扉が開き、陽日の視界に現れたのは
「特異災害対策機動部2課へようこそ〜!」
『ようこそ2課へ』と書かれた手持ちの旗を振る、メガネをかけた女性。ニコニコと人当たりのいい笑顔を浮かべるその様と発言から、陽気な人物だと断定する陽日。
「弦十郎くんから聞いてたけど、ほんっとうに真っ白! まるでお人形さんみたい!」
言うや否や旗をぽい、と後ろへ投げ捨て陽日の身体中を撫で回す。コミュ力の化身とでもいうかのような彼女の行動に、陽日はただただされるがままとなってしまう。
そんな陽日を見かねてか、弦十郎は息を一つ吐き女性へ声をかける。
「
「んも〜、弦十郎くんのいけず〜。せーっかくのうら若き乙女同士の親睦を邪魔するなんて〜」
ブーブーと文句を言いつつも了子と呼ばれた女性は陽日から離れ、弦十郎の隣へと移動する。
「うら若きって、もうそんな歳でもないでしょうに」
「あら、誰か何か言ったかしら?」
どこからか飛んできた野次に反応し、笑顔で聞き返す了子。しかしその迫力は凄まじく、思わず陽日は後ずさってしまう。
「まったく、何をやってるんだお前たちは。これじゃあ話が進められないだろう」
マイペースな了子に困り顔を浮かべつつ、弦十郎は陽日へと視線を移す。
「先に言われてしまったが……ようこそ陽日くん、特異災害対策機動部2課へ!」
両手を広げ、歓迎の言葉を述べる弦十郎。その後ろでは同じく笑顔を浮かべる了子と、他2課のメンバーたち。
そんな笑顔を向けられた陽日はというと、少し顔を赤く染めながら
「よ、よろしくお願いします……」
モジモジと恥ずかしそうに答える。
そんな陽日に了子が再び暴走、即座に近づき過剰なスキンシップを取り始め、陽日がもみくちゃにされるのはまた別のお話。
「それじゃあ、まず2課の内部を案内しよう。緒川、陽日くんのこと頼めるか?」
弦十郎の指示に緒川と呼ばれたスーツ姿の好青年が返事をし、陽日の元へと歩み寄る。
「初めまして、私は
「あ、高嶺 陽日です。よろしくお願いします」
丁寧な口調と綺麗なお辞儀。まさに完璧と呼べる一連の動作に、陽日は慌てて挨拶を返す。そして緒川に連れられ、陽日は2課の施設めぐりの旅へと出発した。
扉が閉まり、先程までの騒がしさがなくなる。弦十郎は二人が出て行った扉から視線をそらさず、真剣な面持ちで了子へ尋ねる。
「……了子くん。例のものが何かはわかったか?」
「んーダメね、さっぱりだったわ。ただのレントゲン写真じゃそこまで詳しくわからないもの」
「そうか……やはり一度詳しく調べてみる必要があるな」
そう言い、弦十郎はカバンの中から一枚の写真を取り出す。それは病院から貰ってきた陽日のレントゲン写真で、弦十郎はある一点へと視線を落とす。
そこには写っていたのは、腹部のと腰の中間あたりにある白く丸いモヤ。
「ノイズの襲撃から唯一生き残った、そう言ったわよね? それってちょっと運が良すぎるんじゃない?」
「話によれば、陽日くんが発見された場所には大量の煤が散らばっていたらしい。おそらく、彼女を追ったノイズのものだろう」
だが彼女は生きていた。煤の量からして決して少なくない数のノイズを相手に、小学生の少女がである。
「つまり弦十郎くんは、彼女の中にあるこの何かがノイズを撃退した可能性が有る……そう言いたいのね?」
首肯。
弦十郎が陽日を保護し、この2課の本部にまで連れてきた理由。それは彼女の中に存在するこの白いモヤ、その正体が何かを確かめるためだった。
無論、陽日自身の今後のことを思ってのことだというのも本当だ。病室で話した通り、彼女が独り立ちするまで面倒をみる覚悟はある。
しかし彼女の中に眠るこの何かが本当にノイズを撃退したのだとしたら、それは対ノイズを想定としている2課の大幅な向上につながるかもしれない。
「そういうことならこのできる女、
「すまない、頼んだぞ了子くん」
るんるん、とスキップをしながら自身の持ち場へと戻る了子。対する弦十郎は依然、その場から動かずレントゲン写真を見つめる。
「……願わくば、杞憂で済んでほしいんだが」
もしもこれが本当にノイズに対抗できる力だとしたら、彼女を取り巻く環境は一変するだろう。人類では到底敵わない存在、彼女はそれに対する切り札の一つとなる。
だが力を持っているからといってすぐに戦場へ送り出すことなどできはしない。彼女に至ってはつい先日まで平和な日常を謳歌していた、普通の女の子だったのだから。
「どうしてこうも、戦う力を与えられるのが幼い子供ばかりなのか……」
漏れ出た言葉には悲しみと、そして自身へ向けられた怒りが籠められていた。
「それじゃあ陽日ちゃ〜ん、お洋服ぬぎぬぎしましょうね〜♪」
「え、え?………なんで?」
「いいからいいから〜♪ それ〜!」
「ひゃ⁉︎ ぬ、脱げますから! 自分で脱がせてくださいぃ!」
というわけで、主人公は2課へとやってくることになりました。
これから翼さんとの絡みも出していけるので、執筆頑張りたいですね。
では、感想、アドバイス等お待ちしております!