古色民覇は勇者である   作:暗闇遣い

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第一話 無関係な三人

「…………狂ってる、としか言いようがないわね」

 夕日が暴れる時間帯。古色民覇(こいろたみは)はゆっくりと首を振って、虚空を睨みつけた。 

 目の前で起こっている現象――そのあまりにも奇天烈な世界の状態に、大きな大きなため息をつく。

『停滞』だ。

 民覇の視線の先にある光景……人通りが絶えない煌びやかな商店街の大通り。

 天井には雨除けとなるプラスチック製の長大なアーケードが続き、差し込む日光と街路の電光が混ざり合った見慣れ過ぎた眺め。

 その活気は普段なら四国有数。帰宅ラッシュとなるタイミングもあって、喧噪はピークに達しているはずだった。

「…………」

 だけど、今はとても静かだ。

 途方もなく――しん、と風の音すらもしない、完全な静寂に包まれている。いや、もっと言うのならばそれどころではない。

 時が……()()()()()()

 人が、犬が、鳥が、鼠が、車が、遠くの電車も宙に舞う木の葉さえも。

 まるで写真の中に閉じ込められたかの様に、永遠の沈黙に閉ざされているのである。

 ――その笑えない冗談を眼前に置き、古色民覇という少女は苦々しいものが己の胸の中にジワジワと広がるのを感じていた。

 不安、でもない。

 恐怖、でもない。

 それは厄介なことに巻き込まれたものだという、ちょっとした諦め――これから否が応でも体験することになる、命のやり取りへの大いなる辟易。

「やるしか……ないか」

 口の中で呟いた声は、喉の奥へと吸い込まれて消化されていった。

 同時、彼女の身体を覆いつくすべく凄まじい勢いで迫ってくる、彩り豊かな閃光。

 建物も人ごみも飲み込んで、四方へと際限なく拡散していく強い光は、間違いなく『あの場所』へと民覇を誘ってくれるはずだ。

 

 きた。

 眩しさに思わず目を閉じる。

 すると、民覇の頭の中をどこからともなく問いかけが通り過ぎていく。

 

 

 

 

『――“勇気”とは、何だと思う?』

 

 

 ――それは追い詰められた人間が抱く、一時の気の迷い?

 ――それとも強者だけに許された、特権的で崇高な感情?

 ――あるいは曖昧で、吹けば消えてしまう頼りない焔が如き弛み?

 

 

 

 答えはいつも、引っかかっていて出てこない。

 そして恐らく、今日も明日もその答えにたどり着くことはない。

 

 

 

 

 ……ただ一つだけ、確信をもって断言出来るのは――

 

 

 

 

 

===

 

 

 

 

神世紀三百年一月十二日。香川県玉藻市。早朝。

 

 

「くそくそ、なんでアタシが……」

 

 武逆豪花(たけさかごうか)はグチグチと毒づきながら、中学校への道のりを歩いていた。

 長身の少女である。

 身長170センチ強。体重()()()()前後。

 制服から伸びる手足はすらりと長く、引き締まってスタイルの良い体つきをしている。

 艶やかな黒髪を後ろにまとめ、やや褐色がかかった肌は活発で健康的な印象を見る者に与えた。道行く人に彼女が所属する部活動でも聞いてみれば、十人が十人スポーツ系のものを想像するだろう、そんな外見。

 もっとも、そんな豪花の体躯に対して顔つき自体は、同級の生徒に比べても幼く、かなりアンバランスなものだったが。

「――――」

 ごつっ。

 小石を蹴り上げて肩をいからす。

 その可愛らしい童顔も、今は強い苛立ちによって歪んでいて。

 

「あ! あ! む! か! つ! く!」

 

 ――二か月ほど前のことを思い出す。それは彼女にとって、大変に理不尽な出来事だ。

 下校途中、見ず知らずの女子高生一人が見ず知らずの女子高生五人ほどに囲まれていた。かなり険悪な雰囲気だった。

 即座にその場に割って入り話を聞こうとしたら、いきなり強烈なビンタをかまされ、鼻血が勢いよく噴き出す。

 それにカッとなって腕に拳をお見舞いしたら、運悪く相手の高校生の骨にヒビが入った。

 おかげで警察沙汰だ。

 一発に対して一発しか、返していないのに。

 そうしてよく分からないうちにこちらがすべて悪いことにされ、あれよあれよと学校からも一か月の謹慎処分を食らう。そのまま冬休みに突入。

 史上最悪の年越しを迎えて、今に至る。

 神世紀300年、節目の年は肉のない肉じゃがのようなテンションで迎えていた。

 追い打ちとして、後から伝え聞くところによると、彼女たちJKは浮気がどーのこーの下らない理由で揉めていたらしい。ちなみに豪花が庇おうとした不倫娘は豪花を全く庇ってはくれなかったという。

 ……そして冬休みが明け、久方ぶり怒りの凱旋登校である。

 家を出るまでは落ち着いていたが、学校に近づくに連れ、再三憤怒の感情が蘇ってきて――

 

 

 

「――で――す」

 

「……?」

 

 

 すると。

 ふと、路地裏の影で物音がした。

 

「…………」

 

 気のせいか、聞こえなかったふりをしようか、本当に迷った。

 豪花のこれまでの経験則から判断して、こういう時に風が運んでくる声は絶対にロクなものじゃない。

 だいたいが――そのほとんどが糞みたいな末路に繋がっている。

 そして、そう思いつつもつい近づいてしまうのが、彼女の生まれ持った性質であった。

 

 

「――そんなんいくら何でも『草』ですぅ!! 私は道を歩いてただけ! 別に睨みを利かせてもないですし因縁とやらもつけてないですよ~?www」

「ああ!? 嘘つけこのスッタコ!!」

「俺たちの横通るときにクスクス笑ってやがっただろうが! 不良を馬鹿にしてんのかこのカス眼鏡が!!」

「してないですぅ、ヤンキー漫画はあまり読まないけど好きですよっ!(ニッコリ)」

 

 ――男女が言い争いをしている。いや、男二人が女一人を問い詰めている構図だった。

 男たちは金ぴかなジャージ姿だが高校生くらいだろう。そして女の方は、豪花と同じ『|主桜≪ぬしざくら≫中学校』の制服を着ている。首元の校章を見るに同じ一年生――

 

「うわ、っていうか、手薬(てぐすり)じゃないか……」

 

 そこにいたのは、紛れもないクラスメイトであった。

 手薬文(てぐすりぶん)

 今現在、豪花と同じ一年一組で、小学校でも高学年、5と6の時に同じクラスに所属していた少女だ。

「いやいやいや……なにしてんだよアイツ、朝っぱらからさあ……」

 豪快な嘆息が漏れる。

 絡まれている状況を見るだけで、これまでの流れをおおよそ想像することが出来てしまった。

 

 ――手薬文という女は変わり者だ。

 言ってしまえば、ちょっとおかしな奴。

 分厚い丸眼鏡に二又のお下げ髪という昔風な外見はともかくとして、性格は明るいはずなのに、卑屈な薄ら笑いを常時顔に張り付けており、不気味な雰囲気が漂う。

 とぼけているというか、にやついて人を小馬鹿にした面構えをしている子。

 ……そして何より、喋る言葉が意味不明だ。

 

「だから笑っていたのは思い出し笑いですぅ! 古き良きギャグ描写を思い出してました! 喧嘩の時に発生する謎の土埃から生える沢山の手とか、どこからか用意されてくる絆創膏とか、その怪我も次のコマでは完治! 鉄板ですよねっ!!」

「あ!? なに言ってっかわかんねーんだよボケナスビッ!」

「あーこいつもうシメようぜ。ガキとか関係ないわもう。こんなに話しててムカつく奴は滅多におらんだろ……クソガキめが」

「【悲報】私氏、気持ちのいい朝に落ちる影。もう、いい加減にして下さいよもう! それに、『クソガキ』はこっちの方じゃなくて――」

「…………あ?」

 

 文は二本の指を出して、それを横にゆっくり開きながら「そちらの方ですぅw」と不良両名を同時に指さした。

 

「……あ、殺すすす」

「てめえ女だからって、顔を殴られないと思ったら――

 必然、煽られた不良が拳を振り上げて、小柄な文を高みから見下ろす。それは動物が自分の体を大きく見せようとする行為に少し似ている。

 そして、そこに至ってもニヤニヤした笑みを崩さない文の様子に、彼の額には青筋が浮かんでは消えて。

 やがて、とうとう、殴りかかった。

 

 

 

 ――当然ここまでが、豪花が見過ごしていいと考えるラインである。

 

「…………!?」

 

 いつの間にか背後に回っていた豪花は、不良の手首をおもむろに掴む。

 そしてそのまま彼の腕を捻り上げるでもなく、力を込めて、ただ、握力計に対するかのように、握りしめた。

 

 

 

 

 

 ――苦悶の声が辺りに響き渡る。

 

 

 

 

 

 

===

 

 

 

 ――市立主桜中学校の教室。

 生徒たちは待ちに待った学校給食の時間を迎え、各々がランチョンマットを敷いて、エプロンを装備して、ついでに談笑に勤しむ。

 給食センターから運ばれてきた『うどん』とその他おかずを食器に満たしてもらうため、狭い室内には長蛇の列が出来上がっていた。

 

 

「大盛りで頼むわ、可能な限り、全力でね」

「あ、う、うん……」

 武逆豪花は真顔で食器を差し出し、それを受けた女生徒は引きつった笑み――あるいは怯えを浮かべながら、要求を迅速かつ丁寧に実行した。

 うどん3玉ほどの量が食器になみなみと注がれて、椀の中で一瞬踊り狂う。

 普通ならうどん玉はビニールで包装されているものだが、今日は最初からうどんがダシに付け込まれている。なのに麺が伸びていないという事は、我が県の新技術のお披露目発表会か何かだろうか。

「ありがと」

「ど、ど、どういたしまして……」

 そんなどうでもいい事をぼけっと考えながら、豪花はいそいそと自分の席に戻る。

 いただきますの号令と共に、一斉に生徒たちは純白の麺に優しい口づけをした。

 部屋にふわりと芳醇な香りが広がっていく。

 

「ねえあのさ……あれ、聞いた?」

「ええっと……武逆さんのこと? 今日いきなり大喧嘩してるのを見たって……」

「そーそー、それがけっこう噂になってんのよ! 無抵抗の男二人を相手に殴る蹴るの暴行を加えてたとか! んでその人らは失神して、病院送りになったらしいよ……!」

「失禁!? それ犯罪じゃん……どんだけなの……!」

「マジ怖いわね……震えるわ……」

 

 おいもっと小声で話せや。

 チラチラと向けられる雑音にそう脳内ツッコミを入れつつも、豪花の手は上下に動き続けて麺を啜るマシーンと化している。

 案の定、とでも言うべきか……良くない風評が瞬く間に広まっていた。通学路だから中途半端にあの件を目撃した者がいたのだろう。

 ――もちろんだが、真相はまったく違う。

 豪花が『単純な握力』で威圧した不良は、すぐに捨て台詞を吐いてどこかへ逃げ去って行った。つまりは、あの場において怪我人は誰一人いない。誰も彼も五体満足で、謹慎レベルのことはまったく何一つ起こっていない。

 前回の件もあったので、不良が逆上してこなくて良かったと、豪花は心から一安心している。

 とりあえずは穏便な解決が出来て、ハッピーエンドと言えるだろう。なんなら風評被害には目をつむってもいい。

 しかし――

 

「ああ…………うざし」

 

 風評流布より、また別の問題が発生しているのは、はたして気のせいだろうか。

 さっきから、というか今日の授業が始まってからチラチラチラチラと、高い温度の込められた『熱視線』を、教室の対角あたりからずっと感じ続けている。

 ――そう、そこに座っているのは、言わずもがなの手薬文だった。

 

「はあ……」

 手薬をあの場から助けたのが間違いだったとは微塵も思わない。

 ……だが、それをきっかけにして彼女と仲良くなるとか、そういう事はまず、絶対の絶対にありえない。天文学的にそんなのは、起こりえない未来だ。

 不良が消えたあと、手薬は豪花に意気揚々とお礼を言ってきた。

 それは不良に接する時とまったく同じ様に、飄々とおどけた態度で。

 この少女は誰に対しても、決してあのようなふざけた姿勢を崩さない、ネジの外れてしまった残念な奴なのだ。

 例えば極論、内閣総理大臣を前にしたとしても――そこはまず変わりはしないだろう。

 

 

「ひっ……ご、ごめんなさい武逆さん。わたし、何かしちゃったかな……?」

「? ……あ?」

 

 カタン、とスプーンの落ちる音。唐突に、斜め前の女子がオドオドした様子で豪花に話しかけてきた。

 彼女の身体はなぜか小刻みに震えている。あと、小動物のように潤んだ瞳。

 

「……え、ナニガ? 一体どうしたの?」

「あ、あれ、だって、こっちを、すごい、睨んで、きて、るから……」

「……!? はっ!? いやいや別にアンタを睨んでないよ! 考え事考え事!! 悪いねぇそんなふうに見えちゃった!? こっちこそスマンよ! ゴメンネっ!」

「…………そ、そうなんだ。よ、よかったぁ……」

「…………」

 

 間。

 露骨にほっとして、それでも緊張した面持ちで食事を再開する女子。

 真冬なのに、彼女の額には汗がにじんでいて、それはあと少しでポタリと垂れてきそうだった。

 うどんのおかげで身も心もホットになっているわけではないだろう。見るからに明らかに嫌な汗だ。

 ――少しだけ教室のざわめきが減り、こちらの方に聞き耳を立てている気配がいくつか感じられる。

 

 

(な……なんなんだよ、もう……)

 

 

 班別の食事。俗にいう、『島』。

 ――給食の時に机はそれぞれ合体させられて班になり、生徒たちは各々が向かい合って食事を取る。

 その班は席順で完全に固定しているため、自由に移動して、好きな友達と食事を取ることは許されていない。

 だから、それゆえに、今の豪花と他の五名のクラスメイトとの間に出来ている、()()()()()()()が。

 他の者と比べて、あからさまに離れている、()()()()()()が。

 こんな状況では、どこまでもどこまでも際立って見えてしまって。

 

 

 

 

 ――ホントはお前と一緒に食事なんか取りたくないんだぞ、と。

 ――どっかいけよ迷惑だから、と。

 ――せっかくの食事なのにお前がいるせいで楽しくないんだよ、と。

 

 

 

 ……そう、真正面から言われている気がして。

 

 

 豪花は少しだけ、ほんのちょっぴりだけ、心が虚しくなってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 市立主桜中学校一年生250名、二年生274名、三年生239名。

 うち、一年一組、生徒数35名。男子17人、女子18人。

 

 ――この小さな社会の中で、手薬文が『変わり者』として孤立しているのなら、武逆豪花は『問題児』として孤立していた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして――

 同じく一組に属す古色民覇は、そんな『はみ出し者』の二人をさも興味深そうに、見つめているのであった。

 

 

 

 

 

 美味しい美味しい讃岐うどんを、静かに静かに、啜りながら――

 

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