やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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はじめまして。よろしくお願いします。


第1章
第一話:これでも比企谷八幡のゲーマー歴は割と長い


 女の子は薄着より厚着のほうが実は可愛いんじゃないか。そう思うような季節になった。

 文化祭も終わり、体育祭も大過なく過ぎると、あと二月と経たず今年も終わってしまう。

 一気に気温が下がり、涼しいというよりは寒い風が吹き抜けていた。我が家の愛猫カマクラも気付けば炬燵で丸くなっていることが増えた。

 

「おい小町、炬燵で寝たら風邪ひくぞ」

 

 ついでに小町が丸くなっていることも増えた。だらしなく弛んだ表情の小町はとても他人様に見せられたもんじゃない。お兄ちゃんちょっと心配よ。

 

「カーくん押し退けて丸くなってるお兄ちゃんに言われたくないなー」

 

 そういうわけで、炬燵の中は二人と一匹で満員御礼だ。

 

「俺はいいんだよ別に。けどお前は受験生だろうが」

「お兄ちゃんだって、今は風邪ひいてる場合じゃないでしょ」

 

 ちょっと小町ちゃん、起きるのはいいけど、セーターがずれて青い紐状のなにかが覗いているよ。お兄ちゃんが吸血鬼ならカプ、チューしてるとこだよこれ。

 

「小町の貸してあげた『アレ』、今日からでしょ?」

「……まあな」

 

 手に入れてきたのは親父だけどな。有給使ってまで並んだとか言ってたし。親父のやつ小町に対して甘過ぎだろ。

 

「ちゃーんと情報収集してきてね! そのためにお兄ちゃんに貸してあげるんだからさ」

「おう。お兄ちゃんに任せろ。何なら小町がやるまでにクリアしてきちゃうまである」

 

 なんせ世界初の《完全(フル)ダイブ》技術を利用したMMORPG(大規模オンラインRPG)だからな。これまでのMMORPGとは違ったプレイングが必要になってくるだろうし、《仮想現実(VR)》なりのマナーやアクシデントなんかも当然出てくるだろう。そういった諸問題や厄介事に小町が巻き込まれないよう毒見役を引き受けるのは、兄である俺の役目というわけだ。

 

 まあ俺自身この最新技術てんこ盛りのゲーム――《ソードアート・オンライン》をやってみたかったという動機も多分にあるが。

 

「うわっ。珍しくお兄ちゃんがやる気出してる。そんなこと言って、SAOやるために引きこもったりしないでよ?」

「……君はお兄ちゃんを舐め過ぎじゃないかい?」

 

 ほんと舐め過ぎだぜ、小町ちゃんよ。俺クラスともなるとゲームがしたいだなんて理由がなくても引きこもれるし、なんなら外にいても自分の世界に引きこもってるまである。

 

「学校もあるし、もうすぐ修学旅行だしな。寝る間も惜しんでなんてことはねえよ」

 

 言うと、小町はニヤニヤと笑みを浮かべながら頷く。

 

「奉仕部もあるもんね」

「そうだぞ小町。ゲームしてたなんて言ったらどんな目に遭うか」

 

 間違いなく氷の女王が顕現する。「ゲームをしていた? あら、そんなに現実から逃げ出したいのなら、永久退場したらどうかしら、引きこもり谷くん」とか言い出しかねない。マジなんなの。雪ノ下の言葉は刃物かなにかなの? 切れ味良すぎでしょ。

 

 もう一名に関しても似たようなものだろう。「ゲームしてて学校サボるとかありえない! ヒッキーキモい! 超キモい! マジキモい!」ってところか。「キモい」しか罵倒の種類がないあたりさすがアホの子の由比ヶ浜。とはいえ正真正銘の「ヒッキー」になってしまうのでぐうの音も出ない。

 

「ハァ……。これだからゴミぃちゃんは」

 

 小町は呆れたようにため息を吐き「ヤレヤレ」と首を振った。しょうがないなとでも言いたげな視線を寄越してくる。

 

「来年は小町も入るんだし、ちゃんとしてよ」

 

 入るというのは奉仕部にだろうか。小町が奉仕部にねぇ……。ますます隅に追いやられる未来しか見えない。けど、まあ、小町だしな。

 

「……あいよ」

 

 よく「死んだ魚のような」と形容される俺の目だが、このときばかりは「生きた魚のような」目になっていただろう。やだそれただの魚眼じゃないですか。とても視野が広そうだなと思いましたまる。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 昼飯を手短に済ませそろそろ準備でもと思い立ち上がると、リビングのドアを遮るように小町が立ちはだかった。

 

「そろそろ始めるんでしょ? だからはい、これ」

 

 渡されたのは白いもの。下着かな? 下着じゃないよ。紙切れでした。まぁ、下着渡されても困るのだが。その、なに、なんか気を使って反応しなきゃいけないのかなーとか考えてしまう的な意味で。

 

 が、いかにマイリルシスタがアホとはいえ、それくらいの分別はあるらしく、渡されたのは、あの女子特有の折り方をされた紙である。

 

 なんか菱形だったりやっこ形だったりに折られ、授業中に人を経由して渡されるあの形式の折り方。実はあの手紙の文中には自分の悪口が書かれていてそれを知らず、運搬させられていて教室の後ろのほうでくすくす笑われていたらどうしようとか思っていた中学時代を思い出すので、この手紙の折り方はやめようね。

 

 その紙を開いてみると目にも鮮やかなピンクと黄色で書かれた丸文字が縦横無尽どころか獣王会心撃だった。

 

 

 

 小町が知りたい! 情報リスト!

 

 第三位! きれいな景色(海でも山でも森でも空でもなんでもいいです)

 第二位! 強い武器とか防具とか(可愛いのをよろしくです)

 第一位! 発表はCMの後で!

 

 

 

 ……とってもムカつく切り方をされていた。

 

「第一位なんだよ……」

「一番はお兄ちゃんの素敵な冒険の話だよ」

 

 小町がにっこにっこにーと笑う。あざと可愛い……。

 

「なんか意外と女の子の間でも話題になってるらしいしさ。情報提供よろしくであります!」

「お前は余計な心配しとらんと勉強しとけ」

「はーい。ではでは、頑張ってねー」

「あいよ」

 

 なんだかやらねばならないことが増えてしまったぞ……。まぁ、景色なんてのは攻略してれば嫌でも目に入るか。武器やら防具やらもめぼしいのをリストアップしときゃいいし。

 

 となると、あと集めとかなきゃならん情報は――。

 ……レストランとかショップの情報も押さえておくか。

 

 

 

 

 

 

 小町の寄越してきたリストを片手に自室へ戻り、シャツの上からジャージを着こんでベッドに腰かける。ゲームしてて風邪ひくとかシャレにならんしな。暖房使うなんてモッタイナイ!

 

 枕の横の流線型のヘッドギア――《ナーヴギア》を手に取る。こいつの内側にびっしり敷き詰められた信号素子とやらが脳と直接信号をやり取りすることで、俺の意識はゲームの中に入っていくらしい。その間、俺の身体は全く動かないんだそうだ。

 

「まったく。いい時代になったもんだな」

 

 こいつを作った茅場晶彦ってやつは本当にとんでもないやつなんだろう。テレビやネットのニュースでも散々取り上げられていたし、雑誌にも特集が組まれてたらしい。材木座がしつこく語ってくるもんだから頭に残ってしまった。

 

 ああ、本当に、茅場晶彦ってやつは天才なんだろう。コンビニで雑誌の立ち読みをしたときに一度だけやつのインタビュー記事を見た。写真の中で笑みの一つも見せない怜悧な容貌は今まで見てきた優秀な人たちと似た雰囲気を持っていた。

 

 誰にも理解されず、誰も並び立つことはない、孤高の人。

 

 そうだとすれば、茅場晶彦は何故SAOを作り上げたのか。

 

 《仮想現実》という疑似的な世界になにを求めたのか。

 

「まぁ、どうでもいいか……」

 

 考えても仕方ないことを考えても仕方ない。時刻もちょうど12:55を回ったところだ。SAOのサービス開始は13時だから、そろそろ横になってもいいだろう。

 

 ナーヴギアを被り、顎下で固定アームをロックする。あとはベッドに横になって開始コマンドを呟くだけでいい。

 

 

 

 ディスプレイの右下に表示されている時計が12:59に変わる。秒数表示がないためか、あと何秒、あと何秒と数えてしまうくらいには俺も高揚しているらしい。

 

 あと5秒……4……3……2…………。

 

 

 

「リンクスタート」

 

 

 

 瞬間、暗闇の向こうから虹色のリングが伸びてきて、俺は仮想世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 ゲームを始めてから三時間余り。ぶらぶらと『はじまりの街』を探索した後でそろそろmob狩りでもしてみるかとフィールドに出てきたのが二時間ほど前のこと。今俺はイノシシ型のmobを相手に一人SAOでの戦闘経験を積んでいる。

 

 このゲームの戦闘スタイルはオーソドックスなRPGとかなり勝手が違う。ファンタジーを題材にしたゲームには定番の『魔法』が存在しないという時点で珍しいのだが、ことSAOにおいてはその他の遠距離攻撃が可能な武器すらマイナーな部類に入るのだ。

 

 「折角の《仮想現実》、自分の身体を動かして緊張感のある戦闘を」ということか。銃や大砲といった近代兵器がないのはともかくとして、弓すらなく、あるのは申し訳程度の投擲武器のみという徹底ぶりである。はじまりの街で売ってた投擲武器もアイスピックのようなものだけだった。ダーツより少し痛い程度じゃあメイン武器はとても務まらないだろう。

 

 

 

 そういうわけで、プレイヤー同士の戦闘に限って言えばこのゲーム内で遠距離攻撃はほとんどないと言っていい。攻略が進むにつれて新たな武器が出てくる可能性もあるが、それはそうなってみてから考えればいい話だ。弓とか使ってみたい気はするけどな。高台から一方的に撃ち込んで、近距離戦では双剣に持ち換えるとか面白そうだ。I am the bone of my sword……。

 

「……っと、危ねぇな」

 

 《フレンジーボア》という名前らしいイノシシの突進を避け、走り抜けた先で止まった瞬間に得物を繰り出す。ほんの一時間ほど前に手にしたばかりの武器も大分馴染んだようだ。重さや間合いが掴め、斬撃と刺突のコツの違いも分かってきた。

 

 

 

 数ある武器の中から俺が選んだのは《槍》だ。リーチが長く、それでいて洞窟のような隘路でも使用でき、攻撃までの予備動作も小さい。複数の相手にも対処が可能で、突進による包囲突破力もある。

 

 俺はこの《槍》スキルを主体に俊敏性を高め、回避と一撃離脱に特化した戦闘スタイルを築いていくつもりだ。その分打たれ弱くなってしまうが、その辺は腕次第ってやつだ。ほら、昔の偉い人も言ってただろう。『当たらなければどうということはない』ってな。

 

 

 

 今の攻防でイノシシのHPバーもレッドゾーンに突入した。そろそろ止めを刺しに行ってもいいだろう。槍を引いて半身になり、穂先を斜め下に向けた状態で動きを止める。すると手の中の槍がゲームらしい効果音と共に淡い紫色の光を発し始めた。

 

 イノシシが二度、三度と地面を蹴った後、さっきまでと同じように突進してくる。その鼻先へ、溜めていた力を解き放つように、紫に輝く槍を突き出した。

 

 《槍》の初期ソードスキル《スラスト》。地面を蹴った俺は一度の跳躍(・・・・・)で三メートルもの距離を一瞬で詰め、走り寄るフレンジーボアの鼻先に槍を突き込んだ。現実の身体ではとてもできない動きだが、SAO特有の剣技――《ソードスキル》であれば可能となるのだ。

 

 

 

 SAOに魔法はない。だが代わりに《ソードスキル》という、所謂必殺技のようなシステムが存在する。あらかじめ設定されている待機姿勢で静止することでソードスキルを立ち上げれば、後はシステムがほぼ自動的に身体を動かして攻撃を命中させてくれるというものだ。

 

 これによりプレイヤーは慣性を無視したような連続技を繰り出したり、数メートルもの距離を一足で詰めたりと、非現実的な動きをすることができる。またソードスキルによる攻撃は自力で武器を振るよりも威力が高く設定されており、まさに一撃必殺の技と言えるだろう。

 

 まあ、使用後は短くない硬直時間を強いられるし、システムに定められた動きを阻害すると途中でソードスキルがキャンセルされてしまったりとデメリットも当然ながらあるわけで。当たり前だがポンポンと多用するもんじゃない。

 

 

 

 俺の放ったソードスキル《スラスト》は赤く染まっていたフレンジーボアのHPを余さず削り切り、イノシシはガラスを割ったような音と共に青白い欠片となって四散した。同時に戦闘に勝利した報酬として得られる経験値やら金やらが目の前に表示される。そして――。

 

「お、ようやくレベルが上がったな」

 

 レベルアップの文字が躍っていた。ここまで二時間ほどイノシシと戦い続け、ようやく一つ強さの階段を上ったということだ。……マジか。こんだけやってようやく1レベルか。

 

「…………帰るか」

 

 そろそろ17時になるし、レベルも上がっていい区切りだろう。はじまりの街に帰って適当な宿屋でセーブしようかね。あんまりハマり過ぎたら小町に怒られちまうしな。

 

 槍をストレージに仕舞い、はじまりの街へ向けて歩いていく。既に西の空は赤く染まり始めていて、遠くにドラゴンっぽい影が飛んでいるのが見える。いずれはあんなのとも戦えるようになるのだろうか。元中二病患者としてなかなかに興奮するシチュエーションではある。

 

 ふと、あぜ道脇の草原に二人のプレイヤーを見かけた。青いシャツに黒髪のイケメン男性プレイヤーと、センスの悪いバンダナを巻いたこれまたイケメンの男性プレイヤーだ。

 

 はじまりの街でもそうだったが、SAOを始めて数時間、すれ違うプレイヤーはイケメンと美女・美少女のオンパレードである。ここがゲームの中であり、彼ら彼女らがキャラクターメイキングで生みだされたアバターの姿を纏っているのだからそれも当たり前なのだろうが、こうも美形揃いだと爽やかすぎてうすら寒いまである。

 

 そういう俺のアバターはというと、苦節一時間の作業の末に現実の比企谷八幡に瓜二つと言えるほどの姿に仕上がっている。これは小町のお達しなので俺に拒否する権利はなかったのだが、何が悲しくて自撮り写真を一時間も睨まなくちゃいけなかったのか。特にこの腐った目の再現は困難を極め、わざわざ描画ツールを利用しての繊細作業となった。

 

 努力の甲斐あってか小町からは「うわ……キモいくらい再現度高いよ……」とお墨付きを頂いた。お兄ちゃん、泣いていいよね。俺の黒歴史ノートに新たな一ページが追加された!

 

 頭の痛い思いで二人のプレイヤーの近くを通り過ぎる。どうやら向こうは俺に気付いていないらしく会話を続けている。パッシブスキル《ステルスヒッキー》はゲーム内でも問題なく機能しているようだ。

 

「……ねぇだろ?」

「うん、ない」

 

 うん、確かにあのバンダナ男のセンスはないと八幡も思うな。

 

「ま、今日はゲームの正式サービス初日だかんな。こんなバグも出るだろ。今頃GM(ゲームマスター)コールが殺到して、運営は半泣きだろうなぁ」

 

 バグ? なんかバグがあったのか? 正式サービス開始直後でバグが出るのは仕方ないかもしれないが、初日から問い合わせが殺到するような初歩的な見落としなんてあるのか?

 

「とりあえずお前もGMコールしてみろよ。システム側で落としてくれるかもよ」

「試したけど、反応ねぇんだよ。ああっ、もう五時二十五分じゃん! おいキリトよう、他にログアウトする方法って何かなかったっけ?」

 

 落とす……ログアウトする方法……。なんかすげーキナ臭いな。

 黒髪のイケメンが真剣な表情に変わる。

 

「ええと……ログアウトするには……」

 

 ログアウトするにはどうしたらいいか。答えは簡単だ。

 メニューを開き、数ある項目の内の一番下にあるログアウトボタンを押す。すると『ログアウトしますか』という確認画面が表示されるから、ここで《Yes》を押す。これだけだ。

 

 たったこれだけの操作でこの仮想現実の世界から現実に帰ることができる。ナーヴギアを外し、夕食を作って待っていた小町に「神ゲーの予感!」と言うことができる。きっと小町は呆れた顔で聞いてくれるだろう。そうに違いない。

 

 背中に二人のプレイヤーの困惑した声を聞きながら、あぜ道をはじまりの街へ向かう。いつの間にか歩く足は急ぎ足になっていて、背中には冷たいものが流れる感覚があった。

 

「……なわけねぇだろ」

 

 ログアウトできない? そんなわけがあるかってんだよ。これは単なるゲームで、俺はいつだって小町のいる現実に帰ることができる。そうに決まってる。現にこうして――。

 

「…………は?」

 

 メニューウィンドウの一番下、そこにあるべき《Logout》の文字、それがなかった。

 いやいや、おかしいだろ。なんで枠があって文字がないんだよ。押してもタップ音はするのに何も起きねぇし、ここになきゃどこにあるってんだよ。

 

 ひとしきりメニューの中を探してみるもそれらしいものはなかった。《倫理コード解除設定》なる怪しげな項目すら見つけられたにもかかわらず、目的のログアウトボタンは見当たらない。

 

 …………なるほど。こりゃあ確かにとんでもないバグだ。初日からこんなデカいバグかましてくれちゃって、運営のアーガスもお茶目だなー。

 

 いやー、早く小町の美味しい夕食が食べたいなー。

 運営もさっさと仕事してくれないかなー。

 

 

 

 

 

 

 なんてことを考えているときだった。

 

 世界はその有りようを永久に変え、『空想の楽園』は『地獄の牢獄』となった。

 

 

 

 




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