やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
ともかく、14話です。よろしくお願いします。
ボスが消滅すると、部屋は水を打ったように静かになった。
どうやらボスを倒した時点で親衛隊のセンチネルも一緒に消える仕組みとなっていたらしい。キバオウ率いるF隊やその他数人のプレイヤーが武器を手にしたまま呆然とこちらへ顔を向けている。
武器を下ろせていないのはキリトも一緒で、最後に剣を振り切った体勢のまま固まっている。かくいう俺もまだ槍を握る手には力が入っているし、鼓動も息もだいぶ早い。
多分、どっかでまだ疑ってるんだろう。
まだ何か、ベータテストと変更されているところがあるんじゃないか。
あの玉座から新たな敵が出現するんじゃないか。
もしかしたら、コボルト王が復活するんじゃないか。
なんて、そんなことを疑ってるのかもしれない。
けれど十秒経っても三十秒経っても何も起こらず、ようやく現実が呑み込めてきたあたりで、ユキノが俺の前に歩いてきた。
どこか
「無理はしないでとあれほど言ったのに……。あなたは一向に変わらないのね」
「あ、あー、確かに昨日そんなことを言われた気も……。けど、これはアレだ。その……」
懸命に理由をでっち上げようとする俺を見て、ユキノはため息を吐いた。
「ハァ……。でも、それでアスナさんが救われたのも事実なのだし、今回は不問にしてあげるわ。だから……その…………お疲れ様」
「…………ああ。お前も、お疲れ」
労いを返したところでドッと体が重くなった。どうやら相当集中してたらしく、テストを立て続けに受けた後みたいな疲れが圧し掛かってくる。
おいなんだよこれ。ゲームなのに疲れるとかどうなってんだ。責任者呼べ、責任者。
見るとキリトもアスナに労われてようやく力を抜いたようだし、後ろじゃちらほら歓声が上がり始めてる。やっとボスを倒したと実感できたらしい。
まあ中にはこっちを見てぼーっとしてるやつもいるけどな。なんせフードを外したアスナはこれまた驚くほど整った容姿だったのだ。SAOでもトップクラスだろうユキノとパンに並んでも遜色がないくらいに。
だからだろうが、そんな視線の大半は女性陣に向いていて、ユキノ、アスナ、パンの三人がそれぞれ三割ぐらいずつを集めている。残りの一割はキリトへのものだ。
俺? 俺はせこく立ち回ってただけだから一つもない。羨みや敵意はあるかもしれないけどな。そんなの一々数える意味もない。
と、そこかしこでがやがややってる間に、一人のプレイヤーがこちらへ近付いてきた。
会議のときにキバオウへ大人の対応をしてみせた、あの褐色大男だ。
「……見事な戦いだったぞ。個々の技量もそうだが、コンビネーションも見事だった。コングラチュレーション、この勝利はあんたたちのものだ」
そう言って、褐色大男はニッと笑みを浮かべ、拳を突き出してきた。
え、なんなのこいつ。こいつもパンと同じネイティブなアメリカンなの。なんで日本人が言うと寒いだけの横文字も、こういうやつらが言うと格好よく聞こえるんだろうな。
「……はあ、そりゃどうも」
とりあえず、礼だけを言って手を上げる。これって拳をぶつければいいんだよな、とか思いつつちらっとユキノを見ると、彼女は頭を抱えてため息を吐いた。
しょうがねーだろ。ボッチはこの手のコミュニケーションに慣れてねーんだ。
なんて心の中で文句を言いつつ拳を合わせようとしたところで――。
「――――なんでだよ!」
その声は響いた。
泣いているときのようなキンキンと耳に響く叫び声は褐色男を挟んだ向こうから、つまり部屋の中央方向から聞こえた。突然の悲鳴に辺りの歓声が静まり返る。
目を向けると、そこには軽鎧姿の男が立っていた。拳をギュッと握り、体を震わせ、親の仇のようにこちらを睨む目からは涙が流れている。
誰だ、こいつ。と思ったところで、男は再度叫んだ。
今度は明確に一人を――キリトを指さして。
「――――なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!」
見殺し? 何言ってんだこいつ。って、ああ、そうか。
こいつ、ディアベルの仲間か。
「見殺し……?」
男に一方的な言葉を投げつけられたキリトは、呆然と呟いた。その顔は何を言われたのか理解できないと、言外に語っていた。
「そうだろ! だって……だってアンタは、ボスの使う技を知ってたじゃないか! アンタが最初からあの情報を伝えてれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!」
それは違うだろ。と、反論することは容易い。だが感情的になったやつに理屈をぶつけても碌なことにならない。
文化祭のときの相模がいい例だ。図星を突いたところで意固地になるか、逆ギレするだけ。解決なんてとてもじゃないが望めたもんじゃない。
ほとんど言いがかりな叫びだったが、事実も含まれているからか周囲のプレイヤーたちはざわざわとし始めた。「そういえばそうだよな……」やら「なんで……? 攻略本にも書いてなかったのに……」などという声が聞こえてくる。
嫌な感じだな。そう思ったとき、叫んだ男のさらに向こうから別の男が走り出てきた。
「オレ……オレ知ってる! こいつは、元ベータテスターだ! だから、ボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだ! 知ってて隠してるんだ!」
こいつ、なんでそれを知ってるんだ。
誰かに聞いた? 誰に? ディアベルか? それとも――。
「……あいつか」
キリトが元ベータテスターだと叫んだ男の向こうで、キバオウが口を引き結んで俯いていた。両手を握って何かに耐えるようにしているあたり、キバオウ本人はキリトの素性を暴露するつもりはなかったんだろう。
けど、取り巻きにバラしていた時点でそんなのは今更だ。
と、集団の中から一人が進み出て落ち着いた声で反論した。
「でもさ、昨日配布された攻略本に、ボスの攻撃パターンはベータ時代の情報だ、って書いてあったろ? 彼が本当に元テスターなら、むしろ知識はあの攻略本と同じなんじゃないのか?」
「そ、それは…………」
痛いところを突かれた男が押し黙る。
だがこの場の雰囲気がそうさせるのか、やはり正論では抑えられないようだった。
「あの攻略本が、嘘だったんだ。アルゴって情報屋が嘘を売りつけたんだ。あいつだって元ベータテスターなんだから、タダで本当のことなんか教えるわけなかったんだ」
軽鎧男の飛躍しまくりな理論に、少なくとも即座には言い返せない。それだけ彼らの醸し出す『アンチ・ベータテスター』の雰囲気に迫力があったのかもしれない。
けれどこんな程度のプレッシャーじゃあ、あいつは抑えられない。
「馬鹿馬鹿しい。そんなことをして彼女に何の利益があるというの? 短絡的で幼稚な考えね。それでは八つ当たりと同じよ。少しは頭を使って考えることができないのかしら」
ほらな。やっぱり。
我慢できなかったらしいユキノの辛辣すぎる言葉がディアベルとキバオウのお仲間たちに浴びせられ、さしもの彼らも一瞬たじろぐ。
が、怒りに我を忘れてる所為か、彼らはすぐにまた憤怒を目に宿して叫び返した。
「うるさい! ベータテスターの肩を持つアンタだって、ほんとはベータテスターなんじゃないのか!」
「そうやって威嚇するだけなら動物にだってできるわよ。それとも、あなたたちのことはお猿さんと考えた方がいいかしら?」
「この……!」
あーあ、火に油注いでどうすんだよ。
ユキノの煽るような言葉に、ディアベルのお仲間は怒りの矛先を変えてきた。
「他人事みたいに言うけどな、アンタたちだってディアベルさんを見殺しにしただろ」
「どういう意味かしら? そもそも見殺しと言われること自体不本意なのだけれど?」
「決まってるだろ――」
そいつは一拍間を置くと、ユキノ、アスナ、パン、そして俺を指さして言った。
「アンタたちだって、どうしてディアベルさんがやられるまで前線に来なかったんだ! ガードが間に合ってれば、ディアベルさんはやっぱり死なずに済んだんだ!」
おいおい、それはもっと違うだろ。俺たちは『ディアベルの指示で』ボスから距離を取ってたってのに、それを責められるのはお門違いだ。
「私たちはレイドリーダーである彼の指揮のもとで《ルインコボルト・センチネル》と戦っていたのだけれど。自分勝手な解釈は止めてもらえるかしら」
「そうやって理由を付けて安全な場所にいて、いざとなったら美味しいとこ取りする。アンタたちのそれは寄生プレイじゃないか!」
今度は寄生プレイときたか。とことん八つ当たりがしたいらしいな。
けど結果だけ見れば、俺たちはボスのHPゲージが最後の一本になるまで取り巻きの相手しかせず、いざ指揮を執ってたディアベルがやられた途端前に出てボスを倒してしまった。ディアベルの指示を完遂するなら、ボスを倒すのは俺たちの役目じゃなかったわけだ。
ついでに言えばセンチネルを相手にするのに全く危険がないわけじゃないが、ボスと戦うよりは余裕があるのも事実。ボスと戦ってたパーティーに比べたら確かに安全だ。
おまけに元ベータテスターで、ボスの攻撃に対処できたキリトが俺たちのパーティーにいたってのも攻撃材料の一つ、か。
冷静に考えたら穴だらけな理屈だが、こじつけようと思えばできないこともない。微妙に反証しにくいな。こっちの反論なんか聞く耳も持たないだろうが。
一方的に捲し立てられたユキノは、反論するでも納得するでもなく、ただ首を捻っていた。
「寄生……プレイ……?」
わからんよな。そりゃそうだ。
なんせこいつはほんの一か月前まで、ゲームなんて知らずに生きてきたんだからな。
まあ、なんにせよ、こうなっちまった奴らを理屈で抑えるのはもう無理だ。第三者の意見ならまだしも、責められてる当事者が理屈を捏ねたところでまともに受け取るわけがない。周りの視線にも少しずつ男の弁に賛同する色が増えてきてる気がするしな。冷静に考えればおかしいとわかるが、感情的な部分ではそうはいかない。
ディアベルが死んだ責任だけじゃない。このゲームで経験してきた理不尽やらストレスやらの鬱憤を、誰かに押し付けなきゃやってられないんだろう。
ということはつまり、ユキノのやり方じゃ解決しないってことだ。
正論を並べて、感情ではなく理性に訴えるやり方は、感情的になった奴らには通用しない。
なら、この言い争いを解決――いや、打ち止めにする方法は一つ。
目には目を、歯には歯を、敵意には敵意を――。
「ごちゃごちゃうるせえよ」
そう言うと、男はビクッと身体を震わせてこっちへ目を向けた。ユキノはユキノで一瞬身体を震わせたが、視線をこっちに向けることはしない。
ここまで何も言わなかったやつが突然キレて驚いているんだろう。周囲のプレイヤーは誰もが「なんだこいつ」とでも言いたげな目で見ている。
けど、この程度のプレッシャー、ユキノ一人よりも軽い。
突き刺さるような視線を感じつつ、ゆっくりと歩いてユキノの横を通り過ぎる。
その際、極々小さな声で何か呟いているのが聞こえたが足は止めない。
ユキノの前に出て、攻略レイド全員の視線を浴びながら、軽鎧男の前に立つ。
思えばここまで、ボッチだったのが信じられないくらい単独行動せずにいた。
初日こそ一人だったが、二日目からはもうユキノがいた。
夜にはアルゴがフレンドリストに載っていた。
二週間も経つ頃には、キリトとも会えば話をするようになっていた。
最近じゃ迷宮区で知り合ったパンや、キリトの知り合いらしいアスナともパーティーを組むようにまでなっている。
そして俺はこいつらを、こいつらがいるこのパーティーを、悪くないと思っている。
このままこの面子でいられたら、なんて柄にもなく考えちまってる。
このSAOがデスゲームになって、小町のいる現実に帰れなくなって、一人でゲームクリアに向けて努力することを決めた。
けど奉仕部で半年過ごす間に、俺は誰かがいることに慣れていたのかもしれない。だからこの世界で一人になって、一人だったときには何でもなかったことがキツく感じたのかもしれない。
だから、ユキノに会って、アルゴと話して、キリトとつるんで、パンやアスナと知り合って、心地良く感じたのかもしれない。
この面子でいられたら、パーティーを組んでいられたら、なんて、思ってしまったのかもしれない。
けれど、今ここでユキノ、キリト、パン、アスナの四人に《元ベータテスター》やら《寄生プレイヤー》だなんてレッテルが貼られてしまえば、その立場は危うくなる。少なくとも同じパーティーで攻略レイドに参加することは難しくなるだろう。
キリトの強さは別格だ。ただ数値的なレベルが高いとかそういう次元じゃない。戦闘センスや直感的な部分がこのゲームに向いているんだろう。
アスナも同じだ。こいつもユキノと同じでゲーム初心者っぽいが、はっきり言ってレイピアのセンスはユキノ以上だ。伸びしろも大いにある。
パンは色々規格外だ。そもそも拳闘士なんてのがほとんどいないのに、それを最前線で通用させる技術は誰にも真似できない。避けるのなんて誰より上手いだろう。
そして、ユキノもきっと強くなる。今後の攻略で、中心人物として絶対に必要な存在となる。ディアベルが死んだ今、あるいは一番リーダーに向いているかもしれない。
こいつらは間違いなく攻略を引っ張っていく存在になる。だからここでその芽を摘ませるわけにはいかない。多少強引にでも、こいつらは攻略の中心にいた方がいい。
それに、きっとユキノも、キリトやアスナ、それにパンがいれば、俺といるよりずっと安全だろう。SAOがクリアされる日まで、きっと生き残れる。
だから――。
「な、なんだよ、アンタ……」
多少引きながらも、男の目には怒りが燃えている。俺を見返してくる眼差しは、説得してどうこうなるもんじゃないと思わせるのに十分なものだ。
ここからこの場をどうにかするなら、使える抜け道は一つ。
こいつを含む全員にディアベルの死を呑み込ませ、かつユキノたちの立場を守り、四人がパーティーを組める良好な関係のままにしておく。
なら、取るべき方法は一つしかない。
重要なのは雰囲気。そして、とっておきのインパクト。
誰の想像も及ばないような、全部ひっくり返す何かをぶつける。最大限注意を引くもの、主導権を握れるもの、一瞬で場の空気を変えられるものは何か考えろ。
まったく、こんな安い手しか浮かばないのが嫌になる。それに、ちょっと前に陽乃さんに教えられた手口だ。まったく、呆れちゃうな、言われたまんまのことをするなんて。
「おい、アンタ何しに出てきたんだ。黙ってないで何か言ってみろよ!」
ディアベルのお仲間が痺れを切らして手を伸ばしてきた。
そのときにはもう動いている。槍を男の喉元へ突きつけ、触れる直前で止める。
俺の行動に、この場の全員が目を丸くし、息を呑んだ。
男が悲鳴を呑み込み、伸ばした手を引っ込める。
言うなら今だ。
「勝手に突っ込んで勝手に死んだバカの責任を、こっちに押し付けんじゃねえよ」
可能な限り尊大に。出来得る限り傲岸に。目で、言葉で、態度で見下せ。
この一瞬だけでいい。誰もが敵意を抱く悪役となれ。
「黙って聞いてりゃペラペラと訳わかんねえことを……。ディアベルが死んだのは、あいつの自業自得だろうが」
「な……アンタ、何言って……」
「言われなきゃわかんねえのか? なら教えてやるよ。ディアベルはな、引き際を間違えたんだよ。弱いくせに欲かいて、
男の顔は見る見る内に赤くなり、歪んでいった。
槍が触れないギリギリまで顔を寄せて怒りの声を上げてくる。
「ディアベルさんが弱いだって! 負けただって! 知ったような口を……」
「おいおい、俺は事実を言ってるだけだぜ? ディアベルが強かったらあっさり死んだりしなかったし、ボスの武器が違うのは見りゃわかった。なのにあいつは撤退せず、戦うことを選び、そして負けた。そんだけだろ?」
「黙れ! この……寄生プレイヤーがっ!」
――来た!
「寄生プレイヤーね……。MMOってのは本来、他人と経験値や金を奪い合うもんだろ? ましてやこのSAOじゃあ命掛かってんだ。どんな手を使ってでも自分が生き残り、かつ強くなれる方法をとるのは、当たり前じゃないか?」
「なん、だって……」
男が絶句する。ここまで開き直るとは思わなかったんだろう。
それもそうだ。言ってる俺だってびっくりなんだからな。
「そんな……そんなの、ベータテスターよりタチ悪いじゃんか……」
「ベータテスターねえ」
今度はキバオウのお仲間の方がそんなことを口にする。
ちょうどいい。元ベータテスターへの禍根もついでにもらっていこう。今さら悪行が一個増えたところで大して変わらないしな。
「前から思ってたんだが、お前らベータベータと女々しいよな。あいつらなんてほとんどが雑魚だってのに」
「なっ……」
こちらもポカンと口を開けて言葉を失う。そこへ畳み掛ける。
「考えてもみろ。お前の言うようにベータ上りの連中が色々美味しい思いしてんなら、今この場にはもっと多くのテスターがいるはずだろ? なのに、ほとんどいない。つまりベータテスターなんてのは所詮、クジ運が良かっただけの素人集団なんだよ」
「そ、そんなの、わかんないだろ。ただ隠れてるだけなのかもしれないし、それに……」
「いや、そりゃねえだろ。隠れてるテスターがいたんなら、そいつはここにも美味しい思いをしに来てるってことだ。なのに、ボスに挑んだやつは俺たちしかいなかった。ということはつまり、ここにベータテスターはほとんどいないってことだ」
そこまで言って、俺はこの場で唯一のベータテスターへ顔を向ける。
「なあ、キリト」
キリトは訳がわからないといった様子で、俺が目を向けるとわかりやすく表情を強張らせた。
少しだけ、胸が痛む。
キリトとはまだほんの二週間程度、しかも話をする程度の仲でしかなかったが、それでも何度かパーティーを組んで、一緒に戦って、一度ならず助けられてきた。
そんなキリトを多分傷つけることになると知りながら、この場を締めくくりにかかる。
「お前、さっきボスからLAボーナス取ってたよな?」
「……ハチ、俺は……」
「今回のボス戦、俺けっこう頑張ったしさ、報酬があってもいいと思うんだよな」
「えっ……」
信じられない、と、そういう顔をしていた。
「なあ、キリト」
悪い、と内心で謝りながら表情には出さず、告げる。
「それ、俺に寄越せよ」
一瞬、広間の音の一切が消えた。直後――。
「ふざけんな!」「何様だ!」「この寄生野郎!」「出ていけ!」と、ほとんどのプレイヤーからあらゆる怒号が飛んでくる。ボス部屋は喧噪で埋め尽くされ、お陰で小さな声なら聞こえない程度になっていた。
ここまでやればいいだろう。後はこの《空気》がどうにかしてくれる。
キリトもユキノもアスナもパンも、みんなこの『寄生プレイヤー』たる俺の被害者ということになる。元ベータテスターたちも今まで以上の風評被害を受けなくて済む。
俺にできることは終わった。なら、とっとと退散するのみだ。今はまだ叫んでいるだけの彼らも、すぐに俺を取り押さえに来るだろうしな。死にたくないし、捕まる気もない。
「うるせえな。ちっ……めんどくさくなった。やめだ。大体LAとかなくても、次の層でいくらでも稼げるしな」
下手な芝居だが、何も言わないよりマシだろう。
槍を収めて軽鎧男を解放し、玉座の方――第二層への階段がある方へ振り向き歩き出す。
だが、ふと見ると――。
ユキノが直立不動で立ち尽くし、俺を睨み付けていた。
冷たく、糾弾するような視線に、足が鈍る。
ユキノならあるいは、と思っていたが、そんな心中の思いが伝わるはずもない。
ユキノはなおも、刃のような眼光を緩めない。彼女の向こうに呆然と立つキリトも、その傍らでユキノと同じくらい冷たい眼差しを向けてくるアスナも、何かを察した様子はない。
「……あなたのやり方、嫌いだわ」
数歩の距離にまでちかづいたとき、ようやく口を開いたユキノが言った。
ユキノは胸元をグッと押さえると、俺を睨み付ける。
行き場のない感情が瞳から漏れ出ていた。
「うまく説明ができなくて、もどかしいのだけれど……。あなたのそのやり方、とても嫌い」
「…………そうかよ。ならもうお守りはいらないよな」
ユキノの横をすり抜けて、歩き続ける。足は鉛みたいに重くなっていて、すぐにでも立ち止まってしまいそうだけれど、止まらない。止まるわけにはいかない。
キリトの傍まで辿り着く。キリトはもう立ち直っていて、俺に鋭い視線を送ってきていた。
けれど――。
「ハチ、お前は……」
キリトの目には、一切の敵意やら怒りやらは窺えなかった。
大人しく騙されてはくれなかったようだ。
「…………ユキノを頼む」
すれ違いざま、小さくそれだけを言い残した。
キリトなら、俺の思惑に気付いたらしいキリトなら、俺の意図もわかるかもしれない。
もしキリトが俺の意図にたどり着いてくれたなら、そのときはユキノを守ってくれるだろう。少なくとも、ユキノがユキノ自身を守れるようになるまでは。
ちらっとアスナに目を向けると、彼女も厳しい眼差しながらやはり敵意はなかった。
思わず笑みが浮かびそうになって堪える。
玉座の後ろにあった扉を開いた俺は、まだ騒々しい広間を後にした。
最後にちらっと振り返ると、キリトとアスナは真剣な表情で、パンはいつも通りの笑顔で、こちらを見ていた。ただ一人、ユキノだけは背を向けていて、その表情は見えなかった。
そっとメニューウィンドウを開き、数回ボタンをタップしてパーティーを脱退する。
視界左上のHPバー四本が消え、一本だけが残る。
これで、名実ともにソロプレイヤーとなった。
「…………さて、楽しい楽しいボッチライフの始まりだ」
自らを奮い立たせるように呟いて、第二層へ続く階段に足を掛けた。
狭い螺旋階段をしばらく上り、再度出現した扉を開き、特に感慨もないまま第二層のフィールドを歩いて十分ほど経った頃――。
「ハッチ!」
今までと変わらない、どころか、今までで一番ご機嫌な声が聞こえてきた。
「なんだお前、もう追ってきちゃったの? 空気読めない子なの?」
「That’s wrong! ワタシ、ハッチに言いたいことがあってフォローしてきたのよ」
え、なに、言いたいこと?
おいおい、あんまりいじめないでくれよ。こう見えて案外ダメージ受けてんだからさ。
なんてことがこの金髪天然娘に伝わるはずもなく。
パンは、はにかむような――とても魅力的な笑顔でこう言った。
「I love you, Hachi ! Would you marry me ?」
「……………………はっ?」
第一章 完
これにて本編第一章は完結となります。
次回更新は一週間以内を目指します。尚、次回はサイドストーリーの予定です。