やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
章が変わったということで話数も1からということにしました。
ということで第2章の1話です。よろしくお願いします。
第一話:とにかく比企谷八幡はくさっている
初めて彼らと言葉を交わしたのは、息の詰まるダンジョンの中だった。
狭い通路で複数のmobグループに挟み撃ちされていた彼らは、じりじりと包囲を狭められていく中で、抗戦するか逃走するかの二つで迷っていたようだった。全員の手に転移結晶が握られてはいたものの、すぐには転移する様子もなかった。
まあ、それも仕方ないかもな。
使えば一瞬で安全な街に戻れる転移結晶はなかなかに値段の張るアイテムで、一つ使ってしまえば二、三日分の稼ぎを失うくらいの出費になってしまう。そう簡単にほいほい使えるもんじゃない。
もちろん、SAOにおいて命に勝るものはないのだから、いざとなれば躊躇うことなく使うだろう。不測の事態にも配慮するとなれば余裕のあるうちに逃げるくらいで丁度いい。
けれど彼らを挟撃していたのはレベル16の死霊系モンスター《ノーブル・マミー》だ。こいつらは攻撃力とHP量こそ侮れないものの、動きは遅くて避け易いし、なにより倒したときの獲得コルが美味しいことで有名なmobでもある。
彼らもその辺がわかっていたから転移結晶で街に帰るか迷ってしまったんだろう。危険な状況とはいえ対処できない相手じゃないし、危険を冒した際の見返りは十二分にあるんだ。
「どうします? 戦いますか?」
「倒せる……とは思いますけど…………」
パーティーのうちの二人が各々武器を手にリーダーらしき人物へ問いかけた。後の二人も言葉こそ発しないもののじっとリーダーを見ていた。
視線の先のプレイヤー、五人組プレイヤーのリーダーらしい女性剣士は僅かに俯いて逡巡する。戦った場合のリスクと収入、逃げた場合の安全性と損害を天秤に掛けているんだろう。
そうしてリーダーの女性剣士が顔を上げたまさにそのタイミングで、俺の槍が彼らを包囲するマミーの一体を貫いた。続け様に三連撃のソードスキルでそいつをガラス片に変えると、音に気付いたらしい彼ら五人がこちらを驚いたように見てきた。
五つの視線を浴びながら四つをまるっと無視して、リーダーへ声をかける。
「こっちはもらいますよ」
言い終えて、返事を寄越す前に動き出す。
《隠蔽》スキルを発動してmobの視界から姿を消し、敏捷値と《軽業》スキルに物を言わせて壁を走り、五人パーティーの傍へと飛び降りた。唖然とする五人を背にマミーの集団へ槍を向け、先頭の一体へ向かって駆けだす。
「――全員、正面の敵に集中して! 一体ずつ確実に倒しましょう!」
ここでようやくリーダーがパーティーメンバーに声をかけ、五人は揃って反対側の敵集団へと挑みかかる。
そして五分後――。
前後共に四体ずつの《ノーブル・マミー》は、ほとんど同時にその全てが消滅した。
「助けて頂いて、ありがとうございました」
戦闘の後、歩み寄ってきた女性剣士はそう言って一礼してきた。
「ひゃ、ひゃい……。どう、いたしまして?」
対する俺はと言えば、予想外の好意的な対応に噛むわどもるわで散々だった。俺のコミュニケーションスキルは一切成長していないらしい。
ともあれ、お礼を言われるとは思わなかったな。挟み撃ちされてたのを助けたって見方もできるが、獲物の横取りと捉えられても仕方ない場面でもあったわけだし。
「……いいんすか? さっきの感じなら、手出さなくてもどうにかなったと思いますけど」
言うと、女性剣士は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「私は先程、撤退を指示しようと思っていました。前方からだけなら余裕もありましたけど、挟み撃ちに対処するのはリスクが高いですから。なので、援護して頂けて助かりました」
ありがとうございます、ともう一度一礼する女性。すると今度は彼女の後ろにいた四人のメンバーもすっと頭を下げてきた。
「…………どういたしまして」
何と答えたものかわからず、結果さっきと同じ言葉しか返せなくなってしまった。頭を下げられ慣れてないどころか、他人と話すことすら稀なんだからしょうがないね!
その後、街へ戻るという彼らと一緒にダンジョンの出口へ向かうこととなった。
エリートぼっちの俺は本来なら色々と理由付けして別行動するんだが、このときばかりはまっすぐ街へ戻りたかったのと、『ある理由』もあって同行することにした。
道すがら、彼ら五人がギルドの仲間だということを聞いた。
《黄金林檎》というらしいそのギルドは、彼ら五人ともう一人のサポートプレイヤーから成る六人の小規模ギルドで、攻略に挑むつもりは毛頭なく、ちょっといい宿と食事のためにダンジョンへ潜っているらしい。
前衛の壁役は《シュミット》という両手長槍使いと《カインズ》という両手剣士で、短剣使いの《ヨルコ》は《料理》と《裁縫》のスキルを持った準サポート役だそうだ。
リーダーの女性は《グリセルダ》という名前の女性で盾持ちの片手剣士。凛とした佇まいながら丁寧な物腰の女性で、少しの間見ただけでも人望厚いことがわかる。
サブリーダーは《グリムロック》という鍛冶師兼メイス使いの男。《鍛冶》スキルは中層クラスではそれなりだが、戦闘のセンスはお察しレベルだ。近いうち鍛冶に専念した方がよくなるかもしれないな。
そんなこんなで、どうにかこうにか話に相槌を打ちつつ進むこと三十分余り。
出口かなと思ったあたりで、ヨルコがこんな話題を口にした。
「そういえば、グリセルダさんとグリムロックさんはいつ頃ご結婚されたんですか?」
――思わず肩に力が入ってしまう。
「そうだねぇ……。あれは、確か……」
「十二月の中頃だったかしら。第五層が突破されてすぐだったと思うわ」
「そんなに早くからご結婚されてたんですか。やっぱりお二人は仲が良いんですね」
「そう見える? 嬉しいわ。ありがとう」
グリセルダはヨルコに笑顔で応える。グリムロックの顔にも微笑が浮かんでいた。
和やかな雰囲気で歩く五人の後ろで、俺はどうしても明るい気分になれずにいた。
脳裏に華やかな笑顔がちらつき、押し込めた後悔が顔を覗かせる。あれからもうだいぶ経つっていうのにな。
「ハチさん? どうかされました?」
と、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「……いえ、なんでもないですよ」
「そうですか。――それにしても、あなたはとても強いのですね。私たちが五人で挑んだ《ノーブル・マミー》を、私たちよりも早く倒してしまうなんて」
あー、なんか気を遣わせちまったかな。
俺みたいなぼっちは普段、無味無臭のいるんだかわからない空気に徹してる分、たまに会話に参加するとこうなってしまうことも多い。だから余計に会話を避けて空気に溶け込んでいくことになるわけだ。そういう意味じゃ、現実でも常に《隠蔽》スキル使ってるようなもんだな。
せっかくの厚意に乗っからないのもどうかと思うので、ここは正直に答えておくことにする。
「これでも一応、《攻略組》の端くれなんで」
「《攻略組》っ!?」
「道理で強いわけだ……」
タンク役のカインズとシュミットが納得したように頷く。それだけ《攻略組》という言葉の持つ説得力は大きいということだ。
実際にその端くれたる身から言わせてもらえばただのワーカホリック集団なんだけどな。
《攻略組》とは、アインクラッドの攻略に携わるプレイヤーの中でもごく一部の、攻略最前線にいるプレイヤー集団のことを差す言葉だ。総勢七十名弱から成るこの集団は、他のプレイヤーとはあらゆる面で一線を画す実力を持っていると言われている。
レベルの高さは言わずもがなで、装備やスキルの熟練度といった数値化された部分はもちろん、体捌きや武器の扱い、情報量といった数字で表されない部分においても、三倍近い人数のいる準攻略組プレイヤーたちとの間には大きな差があるのが現状だ。
理由はいくつかあるが、そのうちの一つに《攻略組》と呼ばれるプレイヤーの中に「いつまでもトッププレイヤーでいたい」という思いがあることは間違いない。自身の安全と優越感を手放したくないってことだ。優越感の方はともかく、身の安全に関しては俺も他人のことを言えない。
だからだろう。
《攻略組》と準攻略組やそれより下層で暮らすプレイヤーたちの間には、埋められない溝ができてしまっている。実力的にも、心理的にも、だ。
現状、《攻略組》入りを目指すプレイヤーやギルドは数多くあっても、それが叶うことは滅多にない。準攻略組がガイドブックやなんかを頼りに必死で戦力強化を図っても、《攻略組》はより効率の良い最前線でレベリングを行っているからだ。
一度ついた差はなかなか埋まらず、かといって無理をするわけにもいかず――。
故に、《攻略組》に属する面子は五層辺りからほとんど変わっていないのだ。
「《攻略組》……」
だから《攻略組》と聞いて複雑な表情を浮かべられるのも仕方ないことだ。
俺を含む《攻略組》連中は、彼ら中層プレイヤーを実質置き去りにしているのだから。
居たたまれない空気になりかけたところで、それを払拭しようとする声が上がった。
「――っと、皆、そろそろ出口だ。もう一度ちゃんと彼にお礼を言わないとね」
グリムロックが努めて穏やかな声音で言うと、《黄金林檎》のメンバーは居住まいを正し、口々にお礼の言葉をかけてきた。
こっちもちゃんと理由があってやったことなので、お礼を言われるようなことはしてないんだけどな。
そう伝えても素直に頷いてはくれず、表面上は友好的なままその場は別れた。
五人が主街区の方向へ歩いていくのを木の陰から見送り、姿が見えなくなったところで行動を開始する。
さて、お仕事と行きますか。
× × ×
夜。
草木も眠る丑三つ時。
暗く静かな森の中を、足音を殺して歩く。
視線の先には一人のプレイヤー。夜でもわかる白の法衣を着た長身痩躯の男。男は一切武器を持つことなく、人目を避けるように暗がりを選んで歩いていく。足取りは確かで、森の中を迷うことなく進んでいき、やがて開けた場所にたどり着いた。
似たような木々のオブジェクトが並ぶ中に一本だけ生えた大木。大木の周りは小さな広場のようになっていて、何やら曰くあり気な雰囲気だ。何かしらのクエストに関係する場所なのかもしれない。
白衣の背中が大木の足元まで歩いていくのを可能な限り近くで注視する。そこでふと、広場の外縁ぎりぎりのところに白いラインが浮かんでいるのが見えた。
なんだ。この広場《
月明かりに男の姿がぼうっと浮かび上がる。草の上に影が伸び、釣られて男が明かりのさす方向へ目を向けた。必然、男の顔がはっきりと見えるようになる。
夜だというのにサングラスを掛けた、三十前後と思われる男だ。目深に被った帽子からは真面目に切り揃えられた髪が伸びていて、男の特徴のない顔をより目立たなくさせている。
昼間ダンジョンで出会い、そしてすぐに別れたあの男――グリムロックだ。
昼間は終始穏やかな笑みを絶やさなかったグリムロックだが、今目の前にいるやつは無表情で、警戒心を隠そうともしていない。明らかにキナ臭いことをしてるやつの動きだ。
そうしてグリムロックが周囲を警戒しながら待つこと、およそ十分。
不意に《索敵》スキルがプレイヤーの接近を捉え、そちらの方へ視線を向ける。茂みの一点を睨むと、木々の暗がりの奥から人影が一つ姿を現した。
黒いポンチョに顔を隠した背の高い男だ。ボロ布のような服に身を包み、鎧の類は一切なし。腰には一振りの短剣だけを差していて、至極落ち着いた様子で広場へと出てくる。
何より特徴的なのは、男の頭上のカーソルが
思わず生唾を呑み込んだ。目に見えて鼓動が早くなったのがわかる。
けれど動かない。今はまだ、動けない。
「時間通り……というわけではないようですが?」
ゆっくりと歩み寄る黒ポンチョの男に、グリムロックは若干の苛立ちを載せて訊ねた。
男はすぐには答えず、グリムロックの目の前まで寄って立ち止まる。口元に静かな笑みを浮かべ、抑揚の利いたテノールを発した。
「悪かったな。ネズミを撒くのに手間取っちまった」
男の言葉に、グリムロックは目に見えて狼狽えた。
「尾行されていたと? なら貴方と僕がここにいるのも見られてしまったのでは?」
「いーや、そいつはノープロブレムさ。奴は今頃ダンジョンの中を駆けずり回ってるだろうからな」
「……だといいのですが」
「信用しろって。俺たちは云わばビジネスパートナーだろ」
「…………わかりました」
グリムロックが小さなため息を吐く。男はそれを満足げに見た後、自然な動作でもう一歩グリムロックへ近寄った。それはどうやら声のトーンを落とすためだったようで、以降の会話は離れた位置にいる俺のところまでは届いてこない。
けどまあ、グリムロックとあの男が繋がってることは確認できたんだ。これだけでも大きな収穫だ。奴はなかなか尻尾を出さないからな。
それからグリムロックと男は五分ほど密談を続け、それが終わると今度は互いにウィンドウを操作し始めた。恐らく金かアイテムの受け渡しをしているのだろう。さっき奴が『ビジネスパートナー』だと言ったことからも、グリムロックが奴と何らかの取引を行っていることは明らかだ。
取引が終わると、奴はまた小声で何かを耳打ちし、落ち着いた足取りで踵を返した。足音を立てることなく歩いていき、やがて黒ポンチョの後姿が森の中へと消える。
またしても、脳裏に花のような笑みが浮かんだ。それが今度は血に濡れて赤く染まり、無邪気な笑みがおぞましい何かに変わっていく。あざといと感じたあの声が、身も凍る音に変質する。
思わず背中を冷たいモノが流れ、ぶるっと身体が震えた。同時に吐き気と怒りが一緒になって湧いてくる。
理性で衝動を抑えなければ駆け出してしまいそうだった。
意識して深呼吸しなければ過呼吸になってしまいそうだった。
それぐらいには、奴との間に因縁を感じていた。
「…………ハーッ」
もう一度大きく深呼吸をする。今の仕事は奴を追うことじゃない。
グリムロックと奴の繋がりを確かめ、可能ならばグリムロックを拘束し、奴の情報と物資の供給源を断つことだ。
改めて広場へ視線を戻し、グリムロックを捉える。
依然としてメニューウィンドウを操作しているらしく、見るからに隙だらけの状態だ。モンスターの出現しない《安全地帯》にいるのだから、それも仕方のないことかもしれないがな。
そっとメニューを操作して槍を出現させる。音を立てないよう慎重に草陰から出て、姿勢を低くしたままグリムロックへ接近する。《攻略組》でもトップレベルと言われる俺の《隠蔽》スキルは見事に機能し、すぐ背後に立っても気付かれることはなかった。
そのまま穂先をグリムロックの首筋に突きつけ《隠蔽》スキルを解除。
「……っ!」
「おっと、動くなよ。セーフティエリアにはモンスターこそ入ってこないものの、HPは減るんだからな。大人しくしてくれ」
悲鳴を上げかけたグリムロックを制して、槍を向けたまま正面に回る。
両手を上げる男の目はサングラスに隠れて窺うことができない。
「一部始終は見させてもらった。アンタには洗いざらい吐いてもらうぞ」
「……な、なんのことかな。僕はただ、夜月を眺めに来ただけで……」
「とぼけんなよ。アンタが奴と――《PoH》と繋がってんのはとっくに調べがついてんだ。今更何をどう誤魔化しても無駄だ」
するとグリムロックはわずかに身体を硬直させた。一歩二歩と後ずさり、足をもつれさせて大木の根元に尻もちをつく。
構うことなく穂先を喉に向けたまま槍を左手に持ち替え、メニューを操作しようと右手を上げる。
その瞬間、《索敵》スキルの警報が頭の中に響き、思わず視線をそちらに向ける。
視線の先には、数人のプレイヤーがいた。
両手剣と長槍を持った前衛が二人。短剣を持った後衛が一人。
そしてその間に、片手剣と盾を手にしたリーダーが立っていた。
四人は程度の違いこそあれ、全員が驚きを以てこちらを見ていた。
そしてその目は段々と怒りを宿し、やがて憎悪へと変わる。
「その槍を退けてください」
口調こそ変わらぬ丁寧なものだった。
だが声音にははっきりとした拒絶が載せられていた。
《黄金林檎》のリーダー《グリセルダ》は、手にした剣を俺に向けた。
「夫から離れなさい。
その呼び方が、既に俺を敵と見做していると明確に表していた。
× × ×
《マイナー》――。
それはあの第一層のボス戦以降、俺に対して付けられた別称――蔑称だ。
別に売れないロックバンド的な意味合いじゃない。
英語で書くと《Miner》となり、訳せば《地雷野郎》という意味になる。アクセントは《マ》で、《イ》と《ナ》の間に小さな《ン》を入れるのが正しい発音だ。ここ、テストに出るからな。
そんな下らないことは置いといて、この《マイナー》の指すところは文字通りだ。
第一層のボス戦で『寄生プレイヤー』の名を欲しいままにした俺は、そのまま「出会えば害悪を被る最悪のプレイヤー」ということでこう呼ばれるようになった。
今では天下の元ベータテスターを差し置いて、『絶対に関わりたくないプレイヤーランキング』で堂々の第一位に輝いている。いやー、有名になるって気分がイイナー。
結局グリムロックを拘束することはできず、かといって《黄金林檎》の連中を傷つけるわけにもいかず、結果這う這うの体で逃げかえる形となってしまった。
去り際、グリムロックが何やらほくそ笑んでいたのを見るに、もしかしたらやつは《PoH》に気を取られている間に彼らを呼んでいたのかもしれない。
思えば《PoH》も最後何やら耳打ちしていたし、何ならアレも俺に気付いていた奴の入れ知恵だったのかもな。
結局、収穫と言えばグリムロックと《PoH》の繋がりだけで、そのために俺は更に悪名を高めてしまったわけだ。
大方「例の《マイナー》がまた一般プレイヤーから巻き上げようとしたらしい」とかなんとかいう噂が流れるんだろう。その程度で立場が危うくなるような善人で通ってないし、ほんとに今更だな。
とまれこまれ、逃げ帰った先は第十二層の主街区にある一軒のアパート。四階建ての地味な建物だが、その実ここにはアインクラッド中の情報が集まる重要な施設だ。
というのも――。
「ハー坊じゃないカ。どうしたんダ? そんな仕事に疲れたリーマンみたいな顔して」
「まんま仕事に疲れてんだよこっちは。ハァ……」
「ニャハハ。相変わらず目が腐ってるよナ、ハー坊は」
ここのボスがこの《鼠》だからだ。
「オイ、お前が奴に逃げられたせいで余計な苦労してんだぞこっちは」
「アー、そいつに関してはオイラの落ち度だ。謝るヨ」
「…………別に、だからといってやることが変わるわけじゃなかったけどな」
「ニャハハ……。ハー坊はほんとーに捻デレだナー」
だからなんだよその捻デレって……。俺はデレてねー。
「ハァ……。んじゃ、簡単に報告したらもう帰って寝るからな。一回しか言わねえぞ」
そうして、アルゴに事の次第を報告していく。
やはりグリムロックはPoHと繋がっていたこと。
そしてグリムロックが何かしらの物資をPoHに融通していること。
グリムロックの拘束には失敗したこと。
俺の悪名が更に高まったことは今更なので割愛する。言ったところで待遇が変わるわけじゃないし、言っても気を遣わせるだけだからな。
「――こんなとこだ。俺はもう顔バレしちまったから、グリムロックには別のやつを回してくれ。今回のことで警戒してるだろうから、優秀なやつを回せよ」
「ハイハイ。わかってるヨ」
ほんとにわかってんのかねー。つくづくこいつも読めないやつだからなぁ。
「んじゃ、俺は帰って寝るから」
「アー、ちょっと待って」
踵を返しかけたところでアルゴに呼び止められる。
聞き間違いか、いつもと口調が少し違う気がした。
振り返ると、アルゴは普段の飄々とした態度ではなく、真剣な顔をしていた。
「ハチ、きみはもしかしてまた……」
呼び方も口調も、《鼠のアルゴ》ではなかった。
現実でそうなのであろう彼女の、そのままのものだった。
「…………なんでもねえよ。じゃな」
今度こそ踵を返し、部屋を出る。
外へ出て扉が閉まるまで、彼女の視線は背中に感じていた。
誰もいない路地をゆっくりと歩く。
仮住まいのある第十九層に帰るためには、この街の転移門まで行かなくちゃならない。第十二層の主街区《シャーラ》は《はじまりの街》ほどの広さはないが、山を削って作られた街らしく坂が多い。おまけに転移門がある広場は街の頂上にあるもんだから非常に面倒だ。
「…………めんどくせぇ。転移結晶使うか」
それが手痛い出費であることは重々承知だが、今はそれすらどうでもいいくらいに疲れていた。ポーチから青いクリスタルを取り出し、手に持って一言呟く。
「――転移、《ナルヴォーク》」
直後、青い光が視界を埋め尽くし、一瞬の浮遊感に捕らわれる。
あの日、はじまりの街の中央広場に飛ばされたときと同じだ。
西暦2023年4月3日。現在の最前線は第21層。
これがここアインクラッドでの、最近の日常だ。
次回更新日は未定です。
ただでさえ仕事が忙しいのに、MHWまで始まってしまったので時間が……。
とはいえ、更新は続けていきますので末永くよろしくお願いします。