やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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大変お待たせしました。ようやく仕事も落ち着く兆しが見えてきました。

第2章、2話です。ちょっと長めですが、よろしくお願いします。


第二話:それでも雪ノ下雪乃はつらぬいている

 4月5日。

 

 この日、第21層の街《スータック》では《フロアボス攻略会議》が開かれていた。

 

 

 

 悪名高い《マイナー》とはいえ、俺も攻略組の端くれ。外せない用事がなければ会議には出席するようにしている。毎度毎度突き刺すような視線を向けてくる者も多いが、ソロ攻略による高効率なレベリングで、アインクラッドでもトップ10入りするくらいには経験値を稼いでるからな。直接文句を言ってくるやつはいないんだ。

 

 とはいえ、不定期に開催される攻略会議だ。会議の場所や時間は大ギルドのトップたちが決め、連絡役のプレイヤーからインスタントメッセージで伝えられるのが通例となっている。そうなると当然、嫌われ者の俺にはメッセージなんて届くはずもない。

 

 ではどうして毎回ちゃんと会議に出席できるのかと言えば――。

 

「おっす、ハチ、三日ぶり」

「おう。連絡ありがとな、キリト」

 

 このあどけなさの残る黒髪の少年と――。

 

「今回はちゃんと遅れずに来たのね。よかったよかった」

「ちょっとアスナさん? いつも遅刻してるみたいな言い方やめてくれる?」

 

 こっちの開口一番失礼な少女のお陰だったりする。

 

 どっちも第1層のときからの顔見知りで、盛大にやらかした俺とも未だに話す数少ないプレイヤーだ。ボス戦のときにはパーティーを組むことも多いし、たまに食事に行くこともある。会議の日時なんかもどっちかが知らせてくれるもんで、遅刻こそ数回あれど意図して欠席したことは一度もない。

 

「あら、そう言ってこの前のボス戦に遅れてきたのは誰だったかしら」

「あれはその……アレがアレで仕方なくてだな……」

「アハハ……。ハチは困ったらいつもそれだよな」

 

 会話もそこそこにキリトたちとは一旦別れ、会場の右手最後部に向かう。二人は気にしないと言うが、俺みたいな奴と一緒にいるところはなるべくなら見せない方がいいからな。

 

 長椅子の端に腰かけて、攻略会議の会場をざっと見渡してみる。

 会場となる場所の作りによって多少は変わるものの、基本的に俺はこの最後方という位置から会議を眺めるようにしている。話し合いに参加することなんてまずないしな。意見とか言ったところで一蹴されるし。

 

 今回の攻略会議の会場となったのは《スータック》の北端にある教会だ。本来なら祈りに来た人間が座るはずの長椅子に、攻略組の面々がグループごと固まって座っている。十数列ある長椅子の真ん中付近にいるキリトやアスナの他は、まだ俺に気付いた様子はない。

 

 左右の最前列付近には《DKB(ドラゴンナイツ・ブリゲード)》と《ALF(アインクラッド解放隊)》の二大ギルドが鎮座ましましている。どちらもギルドの精鋭を引き連れ、人数的にも戦力的にも他のギルドとは一線を画す雰囲気だ。

 ときどき互いを牽制するような視線を送りあってるのもいつものこと。こいつらは攻略に挑む姿勢が違うくせに、互いに自分たちこそがSAO攻略の要だと信じてる節があるからな。相手が同等の勢力を持ってることが気に食わないんだろう。

 

 《DKB》のリーダーは《リンド》という青髪の小柄な青年で、第1層のボス戦でディアベルのパーティーにいたやつだ。ついでに言えば、キリトにディアベル死亡の責任を押し付けかけたやつでもある。

 リンドはあのボス戦以降、ディアベルの後継者となるべく髪を染め、同じように騎士装をまとい、DKBのリーダーとして二大ギルドの片翼を担っている。問題の言動もあれ以降はだいぶ落ち着き、妙なことを言うことはなくなった。

 

 二大ギルドのもう一方――《ALF》を率いているのは、あの《キバオウ》だ。奴は第2層以降、自分たちこそがディアベルの後継だと言ってDKBとは別の集団を作り上げた。ギルドの方針としても、少数精鋭を効率最優先のレベリングで鍛えるDKBに対し、ALFは全員のレベルを引き上げて総力的に強くなる方針を取っている。

 ALFの方針はともかく、キバオウ自身は1層のボス戦からあまり変わった様子はない。持論を声高に叫んで周囲を振り回す姿は、この5か月あまりで何度も周囲を辟易させてきた。まあ、最終的にはあいつ(・・・)が抑え込むんだけどな。

 

 と、冷めた表情でキバオウを論破するあいつの姿を思い浮かべたそのとき、入り口の扉が音を立てて開いた。自然と目がそちらへ向き、射貫くような眼差しと交錯する。

 

「……来たのね」

「ああ、まぁな」

 

 受け流すように答え、視線を前へと戻す。

 それきりユキノは何も言わず、つかつかと前へ歩いていった。

 ちらと見渡せば、ユキノの到来にそわそわし始める攻略組の面々と、複雑な表情を浮かべてこちらを見るキリトとアスナ。なんでもないと手を振ると、二人は仕方ないとでも言いたげに前へ向き直った。

 

 数多くの視線を集めるユキノは、靴音を立てながら教会の前へと歩いていく。

 その姿は今や攻略組のみならず、アインクラッド中のプレイヤーの知るところだ。

 

 白地に水色の模様が入ったアシンメトリーの和装と内側には群青色の単衣が覗き、髪はうなじの辺りを白帯で括っている。鎧は革製の物が胸元を覆うのみで、スピードタイプの剣士によくある軽装だ。

 腰には一振りの刀が提げられていて、ただでさえ凛としていた雰囲気が輪をかけて研ぎ澄まされている。革のブーツが立てる高い音は、教会の最前――祭壇の前で止まった。

 

 音もなく振り向き、堂内の一同を見渡して、ユキノが口を開く。

 

「それでは攻略会議を始めます」

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 別行動をとるようになってからというもの、ユキノの成長は目覚ましいものだった。

 元々学習能力が高く、持ち前のセンスもあってどんどん強くなってはいたが、あのとき以降のあいつの成長はそれまでとは段違いのものだったのだ。

 

 単純なレベルだけじゃない。RPGというゲームジャンルに対する習熟しかり、あらゆる情報を集め分析する事務能力しかり、他のプレイヤーをも巻き込んだ指揮能力しかり、そして武器を扱った白兵戦能力しかりと、鬼気迫るとでもいう様相で自身を鍛え上げていったユキノはあっという間に攻略組のリーダーの座に着いた。

 

 第10層で《カタナ》スキルが解禁されてからは、それまで使っていたレイピアをあっさり捨てたことに驚いたもんだ。アスナに至っては細剣使いの仲間でもあったユキノが刀に乗り換えたことを心底残念がっていた。

 

 だがユキノには刀の方が合っていたのだろう。剣道もかじってたと言ってたし、実際刀を使いだしてからのユキノは攻略組でも最強クラスのキリトに匹敵する強さを見せている。

 

 そんなこんなですっかり攻略組を率いる立場となったユキノだが、就任以来彼女はその能力を如何なく発揮している。具体的に言えば、ユキノが初めて攻略組を指揮した12層以降、攻略速度は目に見えて早くなり、かつ犠牲者はゼロを記録し続けているのだ。

 この第21層も、到達から5日目の今日にしてすでに終わりが見えてきているんだから、その攻略速度は製作者の茅場昌彦もびっくりだろう。ここ2、3日下層にいた俺も驚いたわけだしな。

 

 

 

 攻略会議はものの三十分もする頃にはもう終わりに差し掛かっていた。ボスについての情報も、取り巻きについての情報も出尽くした感があり、対処法も参加予定の全プレイヤーに周知徹底が終わっていた。

 

 問題があるとすれば一つだ。

 

「――ほんで、ラストアタックはどないすんねん」

 

 ボス撃破までのフォーメーションがまとまったところで、キバオウがユキノに噛みついた。声には不満と敵意が見え見えに乗っている。

 

 対して、ユキノは表情を変えずに答える。

 

「陣形を崩されることがなければ、C、D、F隊のいずれかになるでしょう」

 

 下らないことをと言いたげなユキノの声に、キバオウはあっさりと声を荒げた。

 

「ほんならまたワイらは蚊帳の外かいな。毎度毎度ワイらを外しおって、ユキノはんは奴らを贔屓しとるんやないんか」

「いつも言っていることだけれど、あなたのそれは根拠のないものよ。ALFには高レベルのアタッカーがいないのだから、攻撃部隊に入れないのは当然だと思うけれど」

「それはユキノはんの足切りラインが高すぎるせいやろ。ワイらの方針じゃあそんラインを超えるんは無理やとわかるやろが」

「そう思うなら、レベリングの方針を変えるのね。レベルに劣るプレイヤーを連れていくのは攻略レイド全員の危険に繋がるのだから、再考の余地はないわ」

 

 あーあ、またやってるよあいつら。

 

 キバオウのあれはいつものことで、周囲のプレイヤーたちもうんざりした顔で他所を向いている。勝手に盛り上がってるのはキバオウとその取り巻きだけだ。やれやれ、いい加減大人しくなってくれんかねぇ。

 

 ちなみにキバオウの言った『足切りライン』とは、レイドに参加するために必要な最低限のレベルのことだ。これはボスの情報をもとにユキノが決めていて、攻撃部隊、防衛部隊、支援部隊ごとに設定されている。

 

 攻撃部隊はできるだけ多くのダメージを与える必要があることからか必須レベルが高めで、ギルドの方針として精鋭を持たないALFの面子ではこのラインに届かない。代わりにALFからはタンクで構成される防衛部隊に二部隊が出ているが、これは単純に防衛部隊の足切りラインが攻撃部隊よりも低いのが理由だ。

 

 今回のボス戦に参加するレイド内では、ユキノ、キリト、アスナの参加するC隊と、リンド率いるDKBのアタッカーで構成されるD隊、そして《風林火山》というギルドのリーダーを中心としたF隊が攻撃部隊に充てられている。ついでに言えばキリトの腰ぎんちゃくになるしかない俺もC隊の一員だったりする。

 

 散々喚いたキバオウだったが、ユキノに弁で勝てるはずもなく、十分ほどの口論の後に渋々引き下がった。

 その際、ユキノに次のボス戦時における足切りラインの引き下げを要求していたが、ユキノは「考えておきましょう」と事実上の却下を言い渡していた。これまで七回くらい同じ返答を聞いてるからな。キバオウの方も望み薄なのは察してることだろう。

 

 その後は各部隊ごと戦術の確認ということになり、会議はお開きとなる。

 ぞろぞろと教会を後にする面々を見るとはなしにやり過ごし、最後に歩いてきたユキノ、キリト、アスナに付いて外へと出た。

 

「…………ハチくん」

 

 しばらく町中を歩き、そろそろ沈黙が痛く感じられるようになってきた頃、ユキノが唐突に声をかけてきた。

 黙って視線を向けると、ユキノは顔だけを振り向かせた。

 

「あなた、当然のように付いてきているけれど、レベルは足りているの?」

 

 彼女の視線は射貫くかのように鋭く、冷たいものだった。

 

「当然だろ。じゃなきゃあの場にもこの場にもいない」

「なら、それを証明できるのかしら。言っておくけれど、もし規定に達していないのならば問答無用でパーティーからは外すわよ」

 

 有無を言わさぬ雰囲気のユキノ。これにはキリトもアスナもどうしていいかわからず、こっちとあっちの間で視線を行き来させる。

 

「あの、ユキノさん……? ハチくんにだって参加条件は伝えてあるし、ちゃんと準備もしてきたと思うから、そこまで厳しく言わなくても……」

「キリトくんとアスナさんの実力はよく知っているわ。フロア攻略の間も同じパーティーメンバーとして戦っているもの。けれど、彼は違う」

 

 アスナが宥めるように言うが、ユキノの視線は一向に鋭さが収まらない。

 

「いつもボス戦のときだけ姿を見せて、それ以外は何をしているかもわからない。そんな彼がボスに通用するだけの強さを持っているか、確認しないわけにはいかないわ」

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 アスナの声が尻すぼみになる。せっかく気を遣ってくれたのに悪いことをしたな。

 とはいえ、ユキノの言うことはとても正しく、どこにも非を打つことができない。まったくの真実だった。

 

 短く息を吐いて、右手を小さく振る。出現したメニューのコマンドを二、三操作し、他人でも見られる状態にしてユキノの隣に並ぶ。

 

 ユキノは怪訝そうに俺のステータスを見ると、すぐに驚きを表情に浮かべた。

 

「いつの間にこんな……」

「見ての通り、俺のレベルは40だ。確か今回の足切りラインは38だったよな。なら、俺がボス攻略に参加しても問題ねぇだろ?」

 

 ユキノはしばらく呆然とウィンドウを見つめていたが、やがて目を細く歪めると顔を前に戻してさっさと歩きだした。

 

「……いいでしょう。ボス攻略への参加を認めます」

 

 はぁ……。どうにか参加の許可を頂けたようで何よりだ。

 ユキノのやつ、いつも狙ったように俺のレベルギリギリに足切りラインを設定してくるもんだから、毎度毎度ボス戦までのレベリングが忙しくてしょうがない。ALFの連中もそのせいで攻撃部隊を出せずにいるんだからな。

 

「ハチはソロなのに随分稼いでるんだな。俺やアスナとほとんど変わらないぞ」

「ほんとだよー。わたしたちは三人でガンガン狩ってるから安定して稼げるけど、ハチくんは一人でどうやってそんなに経験値稼いでるの?」

 

 ユキノが離れたのを見て、キリトとアスナがそっと近寄ってくる。単純な興味ももちろんあるんだろうが、それよりも多分、これはこいつらの気遣いなんだろう。

 

「ちょっと穴場な狩り場を見つけてな。このボス戦が終わったら教えるよ」

「それはそれは、楽しみだな」

 

 レベル上げ中毒(レベリングホリック)のキリトがそう呟くと、アスナはクスクスと笑みを浮かべる。最近じゃ、すっかりコンビっぷりが板についてきたな。

 

 

 

 それからも話しながら歩くこと五分ほど。到着したのは一軒のカフェだった。

 どうやらここが俺たちC隊の集合場所らしい。

 

 …………そういや、C隊って四人だけなのか?

 

「なあキリト、俺たちのパーティーって四人だけなのか?」

 

 ぽしょぽしょ耳打ちすると、キリトは同じように耳打ちで答えた。

 

「俺はもう一人いるって聞いてたんだけど……」

 

 どうやらキリトも詳細は知らないらしい。五人パーティーのようだが、それなら最後の一人はこのカフェにいるということなのだろうか。

 

 俺たちと同じく何やら談笑しているユキノとアスナについて店内に入る。白い木材を多用した明るい店だ。カウンター席が七つとテーブル席が四つあって、それなりに広い。

 

 最後の一人はそんなテーブル席の一つに座っていた。

 

「よぉお前ら、会議お疲れさん」

「……最後の一人ってお前かよ、エギル」

 

 そいつは数少ない知り合いの一人だった。

 

 両手斧を使う褐色の大男で、中層のプレイヤー相手の商売を副業としているプレイヤー。レベリングや素材集めの傍ら、余ったアイテムやなんかを中層のプレイヤーに卸しているらしい。

 

「おいおい、随分ご挨拶だな」

 

 エギルが苦笑いを浮かべる。

 真剣な顔をするとおっかないことこの上ないエギルは、けれど笑うと意外に愛嬌があるのだ。人柄も良く、ネットプレイヤーには珍しく人間ができている。

 

「では早速始めましょう」

 

 ユキノはそう言うと、さっさとエギルの隣の席に着いた。

 エギルのお陰で和やかだった空気が一瞬で冷却され、キリトとアスナは揃って苦笑いを浮かべて席に着く。エギルの向かいにキリトが座り、その隣にアスナ、そして俺は一人最下座へ腰を下ろした。

 

「まずは私たちC隊の役割から始めましょう。基本は――」

 

 全員の着席を確認して、ユキノが話し始めた。

 

 

 

 俺たちC隊の役割は単純で、出来る限りボスへダメージを与えることの一点のみ。

 ユキノ、キリト、アスナという攻略組随一の攻撃力を持つ三人を中心に、一撃の重さが必要ならエギル、多方向からのかく乱が必要なら俺という風に、各々の特徴を活かした攻撃を加えていく部隊だ。

 

 第21層のボスは《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》。

 火の玉現象の一つとして有名な虚構の産物だが、このボスの場合は伝承やら噂やらにある通りの姿とは言えない。

 

 情報と偵察によれば、このボスの全高は2メートルほど。腕は太く長く、右手には鉈状の曲刀、左手にはランタンを持っているという。全身が影のような黒紫色で脚はなく、頭と両手がどういうわけかカボチャから生えているらしい。頭部にはランタンの灯と同じ色の青い目が揺れているんだとか。

 

 正直かなり不気味なボスだ。場合によっては威力偵察にとどまるかもしれない。

 

 というのも、攻撃力がそれほど高くないボスは必ずと言っていいほど特殊攻撃を持っているからだ。火を吐くとか、ボス部屋を水浸しにするとかな。以前、もっと下の層のボス戦でも特殊攻撃に苦しめられたことが何度かある。

 

 今回の《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》に関しては寧ろ怪しい場所が多すぎるくらいだ。ランタンなんてあからさまに怪しいし、カボチャから頭と手が生えてるってのも妙だ。足がないってのも厄介だしな。《転倒(タンブル)》取れないし。

 

 この厄介なボスに対して、ユキノは二隊による攻略プランを提示した。

 ボスの攻撃を防ぐ防衛部隊が一つ、ボスへ攻撃を加える攻撃部隊が一つの二部隊をローテーションで回し、支援部隊二つと手空きの部隊で取り巻きの相手をするというのが基本の戦術となる。

 

 ボスを相手取る二隊は、タンクが攻撃を防いで出来た隙に攻撃を加え、ボスの硬直が解ける前に退避するという堅実な戦法。そして何か特殊攻撃が繰り出された場合は、リザーブの五部隊から二部隊を一時的に前線へ送り、前線の二部隊が態勢を立て直す時間を稼ぐというものだ。

 

「足の無いボスがどう移動するかはわからないけれど、前衛のタンクが対応できないほど素早いということはないでしょう。HPを削った後はともかく、最初は正攻法で構わないと思うのだけれど、異存はないかしら」

 

 一通りの説明を終えて、ユキノはそう締めくくった。

 大したもんだと思う。聞いてた限りじゃ穴らしい穴はないし、とても数か月前までゲーム素人だったとは思えない。

 

「いいんじゃないか。ボス戦なんだし、手堅い過ぎるくらいで丁度いいと思う」

「わたしも、ユキノさんの案に賛成」

「だな。俺もそれでいいと思う」

 

 キリト、アスナ、エギルがそれぞれ頷く。

 ユキノは彼らを順に見て、そして最後にこちらへ視線を向けてくる。

 

「あなたも、それでいいわね」

「……一つ聞いておきたいんだが」

 

 俺も基本的にはユキノのプランでいいと思う。堅実過ぎるせいで時間はかかるだろうが、その分安全性は折り紙付きだろう。想定外の事態に対処する腹案もある。

 

 だが一つ、気になっていることがあるのだ。

 

「今回も、偵察戦はしないつもりか?」

 

 言うと、ユキノの目がキッと細められた。

 

「その必要はないと考えているわ。現状集められるだけの情報は集めたし、把握したボスの外観と整合性も取れている。安全マージンは十二分にとってあるし、各パーティーをギルド毎にまとめているから個々に連携も取れるでしょう」

 

 理路整然と、ユキノが偵察戦など不要と主張する理由が肉付けされていく。それら一つ一つを聞いていけば確かに、余計な手間と費用をかけてまで偵察戦などする必要もないかと思わされそうになる。

 

 だが同時に、俺にはユキノが偵察戦を避けるための言い訳を並べているように聞こえた。

 

「――つまり彼我の戦力に差がある今、偵察戦などする必要はないのよ」

「必要はない、ねぇ……」

 

 果たして本当にそうだろうか。

 より安全に、より確実にボスを倒すために、偵察戦はやはり必要なのではないか。

 

 情報を集めた? 外観を把握した? 整合性が取れている?

 

 だからどうだというのか。

 情報があるから、動きが予想できるから、大丈夫だと言い切れるのか。

 

 情報にない攻撃、動き、状態異常、雑魚mobの出現など、挙げればいくらでもあるのだ。

 そのどれかが致命的な失策に繋がる可能性はあるし、そうでなくても想定外の事態に遭えば動揺もするし、ミスもする。小さな原因が命取りになることもあるのだ。

 

 なら、これで十分などと決めつけることなく情報を集めるべきだし、なんなら偵察戦を何度やってもいい。もちろん回復薬や結晶はタダじゃないが、命には代えられないからな。

 

「本当に、そう思うのか?」

「…………それは」

 

 問い詰める気はなかったが、それでも声音は鋭くなっていた。

 ユキノは一瞬だけ視線を逸らした。長い睫毛がまばたきと同時に静かに揺れる。

 

「…………偵察戦を行うことの有用性は認めているわ」

 

 だが、それもわずかな時間のことでしかない。すぐに視線を戻すと、さっきよりも強い意志を感じさせる瞳で俺を見据えた。

 

「けれど、そのために時間と物資を余計に消費するわけにはいかないもの。有用な情報を持ち帰ろうと思えば、決戦ほどではないとはいえ少なくない費用がかかるのだから。仮に偵察戦を行うことになったとして、そんな利益の無い戦いに今の攻略組プレイヤー全員がわざわざ参加すると思う? 偵察戦には参加せず戦力を温存するギルドが必ず出てくるわ。それならいっそ、主力のプレイヤーは参加させずに二軍以下で……」

 

 鋭い眼差しで俺を捉えながら、ユキノは早口でまくしたてる。思いつく理由をすべて並べ立てようとしているみたいだった。

 それをこの場で唯一の大人であるエギルが窘める。

 

「そのくらいにしとけって」

「…………失言だったわ。撤回します」

 

 確かに失言と言えば失言だろう。ここにはボス戦に参加する人間しかいないとはいえ、参加しない、或いは参加できないプレイヤーを『二軍』と呼んでしまうのは。

 

 スッと、アスナがテーブルに両手を置いた。視線は手元に落とされていて、両手の指は互いを包むように握られている。

 

「ねぇ、その偵察戦ってさ、もしやるとしたら、みんなでやるんだよね?」

 

 確認の言葉なのに、その声音はあまりにもか細いものだった。

 それがいやに耳に残る。

 

「それは……、できる奴がやればいいんじゃねぇの」

 

 そう言いはしたものの、誰が最も適任かなんてわかりきっていることだ。

 最も効率よく、生存性も高く、そして多少の出費では揺らがない資産の持ち主については言明するまでもない。

 

 太陽の高度が落ちてきたのか、店内に差し込む光が赤みを帯びてきた。昼間と違って陰影のはっきりしてくる時間帯のせいか、全員の表情が暗いものに感じられる。

 

 不意にそれまで俯いていたユキノが顔を上げた。

 

「偵察戦は、やはり行わないことにしましょう」

「その方がよさそうだよな……。攻略組も今はまだ完全な一枚岩ってわけじゃないし」

 

 キリトが頷くと、ユキノは短くため息を吐いて続ける。

 

「いずれは偵察専門の部隊、ということもできるでしょうけれど。ともかく、今回は初めから決戦のつもりで戦い、想定外の事態に際しては即時撤退する。この方針で行きましょう」

「いいんじゃないか」

「わたしも、それでいいと思います」

 

 エギルとアスナが賛同し、ユキノはどこかホッとしたように頷く。それから僅かな逡巡を挟んで、目線がこちらへ向いた。

 

「それでいいわね」

「まぁ、そうだな。無理してやる必要もないしな」

「……ええ」

 

 ユキノが言葉少なに答える。それで話はおしまいだ。

 あとは明日、攻略組全員で集合して、ボスを倒しに行くだけ。

 

「じゃあ、俺は帰るわ」

「あ、ちょ、ちょっとハチくん……!」

 

 さっさと立ち上がり、アスナの制止も聞かずに店を出る。

 

 

 

 

 

 

 路地を歩いて角を曲がり、五分ほどで目当てのモノが見えてくる。

 

 《スータック》の東の門。そしてその先に、天の蓋まで続く巨大な柱。

 

 足を緩めず進み、圏外の境界まであと十数メートルというところまで来たとき。

 

「止まりなさい」

 

 背後からユキノの声が聞こえてきた。

 立ち止まり、振り返る。

 

「勝手な行動は許さないわ。もし一歩でも外に出たのなら、攻略レイドから外すわよ」

「……なにしようが俺の勝手だろ。明日の朝までには帰ってくるっての」

「そうはいかないわ。不本意ではあるけれど、現状あなたも攻略レイドの一員で、明日のボス攻略で果たす役目があるの。下手なことをして計算が狂うのは避けるべきだわ」

 

 どうやらお見通しということらしい。

俺がこのまま迷宮区へ行こうとしてたことも、一人で偵察戦しようとしてたことも。

 

「今日は大人しくこの町に留まりなさい。これは、そう、レイドリーダーとしての命令よ」

「…………そうかよ」

 

 回れ右をして歩き出す。東門とは逆方向の、町の中心部へ向かって。

 

 すれ違いざまぽつりと。

 

「……変わらないと、そう言うのね」

 

 ユキノの言葉に自然と足が止まる。

 

 いつかもそんなことを言われた気がする。だが、あの時の言葉とは含んでいる意味がまるで違う。諦めるような、終わってしまったような、そんな温度のない言葉だ。

 それがちくちくと俺の胸を苛んでくる。この四か月間で何度となく感じたものだ。

 

「…………まぁな」

 

 それだけ答えて、足を繰り出す。

 それ以上ユキノが追及してくることはなく、遠巻きに見ていたキリトたちが寄ってくることもなく――。

 

 

 

 第21層フロアボス攻略の前日は、こうして更けていった。

 

 

 

 




次回更新は来週末を目指して頑張ります。
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