やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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構成の都合上ちょっと短いですが、4話です。
よろしくお願いします。


第四話:そこはかとなく、彼らは危険な香りがする

 例えば。

 例えばの話である。

 例えばもし、一人用RPGのように一つだけ前のセーブデータに戻って選択肢を選び直せたとしたら、人生は変わるだろうか。

 

 答えは否である。

 

 それは選択肢を持っている人間だけが取りうるルートだ。最初から選択肢を持たない人間にとって、その仮定はまったくの無意味である。

 故に後悔はない。より正しく言うのならばこの人生のおよそすべてに悔いている。

 

 そもそもだ。

 今更という話もある。たらればを言い出せばきりがないし、言ったところで何かが変わるわけもない。選択し、決定した時点で引き返すことは不可能だ。

 ifもパラレルもループも存在しない。だから結局のところ、人生のシナリオは一本道なのだ。可能性を論じること自体が虚しい。

 

 俺がまちがっていることなど先刻承知。だが世の中のほうがもっとまちがっている。

 戦争とか貧困とか差別とかまぁいろいろやらかしてくれてるし、人気ギルドにはそうそう入れないらしいし、バイトしようものなら鼠にこき使われるだけなんてざらもざら。

 あっちやこっちの世界のどこに正しさがあるというのか。まちがっている世界における正しさなど、正しさとは呼べまい。

 

 ならば、まちがっている姿こそは正しかろう。

 

 失うことがわかりきっている関係を結ぶことになんの意味があるのか。

 いずれすべては失われる。これは真理だ。

 

 ただ、それでも。

 失われるからこそ美しいものもある。

 

 いつか終わるからこそ、意味がある。停滞も閉塞も、つまりは安息も、きっと看過して甘受していいものではない。

 

 必ず喪失することを意識すべきだ。

 いつか失くしてしまったものを時折そっと振り返り、まるで宝物みたいに懐かしみ慈しみ、ひとりそっと盃を傾けるような幸福も、きっとある。

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 嫌な夜だ。

 澄み切ったような星空、そしてさわさわと頬を撫でる涼しい風。木々の間には癒しを齎す甘やかな香り。

 

 まったく嫌な夜だ。

 

 第21層のボス戦を終えてすぐの、眠るには早い時間。

 夜型のプレイヤーが狩りに励んでいてもおかしくないこの時間は、普段なら俺みたいな悪目立ちしてる人間がうろつく時間帯じゃない。現に街からここまで来る間、何組かのパーティーが活動しているのを見かけていた。

 

 彼らが安全な街からフィールドに出るのには理由がある。

 積極的、能動的な理由で行動するプレイヤーも確かにいるだろう。だがまぁ、金がないから、仲間がそうしているから、流れからはじき出されないようにするためだから、なんて理由の奴だっているだろう。

 つまるところ何かを得るため、そして、失わないために人は行動するのだ。

 

 ふと、森の途切れた場所に小さな池を見つける。畔まで歩いていって、そっと水面を覗き込んだ。

 水に映る顔はやはり控えめに見ても並以上には整っていて、それでいながらどんよりとした瞳は並どころか超高校級で腐っていた。

 

 それでこそ俺。これでこそ比企谷八幡(ハチ)

 

 これまでと変わることのない自分に満足して俺は再び足を繰り出す。

 森を抜けると、崩れかかった遺跡が横たわっているのが目に入った。中央やや右手に入り口らしい穴がある。

 

 あの遺跡がアルゴの寄越した情報の――。

 

 脳裏に一人の少女の笑顔が浮かぶ。

 明るく快活で、距離の近すぎる女の子。時々母国の言葉が混じりながらも不思議と話しやすい雰囲気の、年上とは思えない女子大生。繕うことなく好意を表してくれたアイツ。

 

『I love you, Hachi ! Would you marry me ?』

 

 ……まったく。ほんとおかしなやつだ。

 だいたい、知り合って二日で「結婚しよう」とか急すぎるだろ。どんだけ男らしいんだよ。平塚先生以上だわ。危うく惚れて貰われちゃうとこだったぞ。

 

 遺跡の入り口前まで来て、一度立ち止まる。

 外観は石造りのそれほど大きくない遺跡だが、階段が下へ向かって伸びてるのを見る限り広さはそこそこありそうだ。探索には時間が掛かるかもしれないな。

 

 少しだけ躊躇う。

 なんせボス戦からそのままだから回復薬は減ってるし、結晶の残りも若干心許ない。武器の耐久値も万全じゃないし、何より精神的な疲れがずっしりと圧し掛かってきてる。

 

 そもそもアルゴの寄越した目撃情報はこの遺跡の外でのもので、中にアイツが入ったとは限らない。よしんば入っていたとしても、ダンジョンの中で人を探すのは難しい。すれ違いの可能性もあるし、ダンジョンの奥から直接結晶で脱出してる可能性だって十分ある。

 

 諸々の状況を加味し、リスクとリターンを天秤に掛け、そうした上で俺は――。

 

「…………行くか」

 

 目の前に佇む遺跡型ダンジョンへ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 結論から言って、パンはそこにはいなかった。

 そもそもアルゴが寄越したのも単なる目撃情報で、本人がいるなんて期待していたわけじゃなかったしな。その目撃情報もほとんどないやつだからこうしてわざわざ出向いたってのはあるが、いないもんは仕方ない。

 

 とはいえ、一切の手掛かりも掴めなかったのには少し応えるものがあった。

疲れを押してここまで来て、危険を冒してダンジョンを探し回った。三十近い戦闘を重ね少なくない傷を負い、挙句手に入ったのは美味しくもない経験値と金とアイテムの数々だ。

 

 正直、心身ともに疲れ切っていた。

 

 この日ばかりじゃない。

 およそ一週間おきに行われるボス攻略戦の合間には最前線でのレベリングと情報収集を行い、アルゴの下でバイトをこなし、時間を見つけては行方不明のパンを探し……。

 ほんと、我ながら見事な社畜生活を送ってる。ちょっと前の俺が聞いたら自分の頭の正常さを疑うレベル。いやマジで俺大丈夫か……。

 

 

 

 ――だからかもしれない。

 

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 心配そうに覗いてくる彼らの、明らかに中層をメインとする一般プレイヤーとわかる彼らの、どこか温かな雰囲気に惹かれてしまったのは。

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

「えっ、一人で三時間もこのダンジョンを探索してたんですか?」

 

 声を掛けてきたプレイヤー――ギルド《月夜の黒猫団》リーダーのケイタは、疲労の理由を問われて返した答えにとても驚いたようだった。

 

 けどまあ、それも仕方ないことだ。こんな辺鄙な場所にあるダンジョンに単独で籠る物好きはそういない。しかも三時間といえば探索時間にしちゃ相当な長さだ。だから彼の反応としては驚き半分で、残りの半分は軽く引いてたってのが正しい。

 

「どうして……そんなこと……」

 

 と、今度はケイタのパーティーメンバーの一人が呟いた。黒髪の大人しそうな少女で、声がどことなくユキノに似ている。

 

「まぁ、ちょっと人を探してて……」

 

 ユキノ似の声だからというわけではないだろうが、何故か正直に答えてしまった。

 

「人探し? こんなところで?」

「どんな人なんだ?」

 

 続けてニット帽のシーフと癖毛の激しい槍使いが訊いてくる。っていうかこのパーティー、後衛ばっかだな。ひと様のパーティー構成にケチをつける気はないが、にしたってこれはバランス悪すぎだろ。

 

「まあまあ、みんな落ち着けって。そんな一気に訊いたら答えられないだろ」

「テツオの言う通りだぞ。すみません、うるさくって」

「いや、別にうるさいってほどじゃないから」

 

 ガタイの良いメイス使いとリーダーに窘められて静かになる一同。随分と仲が良い連中だ。まるで葉山や三浦たちのグループみたいな。

 

「えっと、よかったらその探してる人の特徴とか訊いてもいいですか? もしかしたらどこかで見かけてるかもしれないですし」

 

 ケイタが人の良い笑顔を浮かべる。周りの連中も程度の差こそあれ、みんな似たような笑顔を向けてきていた。

 そこに打算や企みの色はなく、ただ純粋に力になろうと考えているかのようだ。半年間同じ部室で過ごした『彼女』と同じような……。

 

「…………金髪の派手な女性プレイヤー、なんだけどな」

 

 気付けば、そう口にしていた。

 どうにもさっきからおかしいな。言わなくてもいいことを言ってるし、何より頭より先に口が動いてる気がする。

 

 だめだ。どうしてかこいつらといると必要ないことまで口走ってしまいそうだ。

 ここはさっさと別れて宿に帰――。

 

「あ、多分あの人じゃない。ほら、昼間フィールドですれ違ったすごくきれいな外人さん」

 

 思わず黒髪の少女の肩を掴んでしまった。いきなり、割と強めに、けっこうな勢いで。

 

 アイツのことを見たらしい彼女は、驚きを通り越して完全に怖がっていた。

 そりゃそうだ。俺だってこんな目の腐った奴にいきなり肩を掴まれたらビビる。

 

 けど、この瞬間の俺にそんなことを慮る余裕はなく、彼女のパーティーメンバーがギョッとしてるのにも気付かず、ただ一言を口にするのでやっとだった。

 

「その話、詳しく聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 所変わって、現在地は第11層主街区《タフト》の酒場。

 詳しい話を聞きたいと詰め寄った俺を諫めたケイタが、とりあえず食事でもとこの店に案内したためだ。

 

「えっと……お昼過ぎにフィールドですれ違った人がそんな感じだったの。金髪で、すごくきれいな人で、多分、日本人じゃないと思う……」

 

 黒髪の少女――《サチ》は、テーブルの対角から震える声で改めて説明してくれた。

 控えめに言っても滅茶苦茶怖がられてるのが少し傷つくが、これに関してはどう考えても俺の自業自得なので仕方ない。

 

「そいつの装備はナックルだったか?」

「なっくる……?」

 

 あらら、サチはナックル自体知らないのか。

 

「簡単に言えば、籠手の大きなやつだ。ボクシングのグローブみたいな」

「あ、それなら確かに付けてたかも……。フィールドにいるのに武器を持ってなくてちょっと変だなって思ったから」

 

 なるほど。どうやら間違いなさそうだ。

 そう思ったとき、サチは気になることを口にした。

 

「でもその人のパーティー、なのかな、ちょっと変わってて……」

「アイツはパーティーを組んでたのか?」

 

 するとメイス使いの青年――《テツオ》が頷く。

 

「ちゃんとパーティーを組んでたかはわからないけど、四人組と合流してたよ」

 

 続けてニット帽のシーフ――《ダッカー》が頭の後ろで両手を組む。

 

「見るからに怪しい連中だったよなぁ」

「怪しい? どんな感じで怪しかったんだ?」

 

 この問いには癖毛の槍使い――《ササマル》が答える。

 

「まあ、女の子以外みんなフード被ってたもんな」

 

 ぞわっと、震えが胸から全身に広がった。

 

「そうそう。遠目だからわかりづらかったけど、腕には包帯が巻いてあったり、妙なお面被ってたりさ。アレ、絶対チューニビョーだぞ」

「なるほど。お前と一緒だな」

 

 からかうテツオに「なんだとぉ」と掴みかかるダッカー。それ見て笑うケイタとササマル。サチもくすくすと笑みを浮かべている。……本当に仲が良いんだな、こいつら。

 

 と、俺の視線に気付いたらしいケイタが苦笑いを浮かべて言った。

 

「いやー、うちのギルド、現実ではみんな同じパソコン研究会のメンバーなんだよね」

 

 ああ、なるほど。

 だから俺はこいつらを温かいと感じたのか。

 

 あの温かい、紅茶の香りのする部屋を思い出すから。

 

「…………情報、助かった。ありがとな」

 

 ともあれ、思わぬところで貴重な情報を貰えた。

 

 アイツがこの11層にいたということ。

 そしてアイツが『奴ら』とパーティーを組んでいるかもしれないということ。

 

『ワタシ、ハッチのためなら何でもするよー。So, anything for you…』

 

 最後に見たアイツの笑顔。

 底抜けに明るいそれまでの笑顔とは違う、甘く痺れるような、人を堕落させる(あやかし)のような笑顔。

 

 アイツは、パンは――。

 

「ハチさん……?」

 

 呼びかけられて我に返る。そこには戸惑うケイタの顔があった。

 

「……なんでもない。情報料は払うし、ここの代金も俺が持つから」

 

 それきり立ち上がり、メニューを操作して食事と飲み物の支払いを済ませる。

 さらにメニューを操作して相場に二割ほど上乗せした額を選択、オブジェクト化しようとしたところで、ケイタが慌てて俺の手を止めた。

 

「あの!」

 

 手を掴まれたのもそうだが、ケイタの真剣な声音にも驚いて手が止まる。

 

「お代は結構です。その代わりと言ってはなんなんですが」

 

 直後、ケイタは俺に驚くべき提案をしてきた。

 

「僕たちに、攻略のアドバイスをしてもらえませんか?」

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 俺は16層の主街区に程近いフィールドに来ていた。《月夜の黒猫団》リーダーのケイタから情報の対価として要求された『攻略のアドバイス』を行うためだ。

 

 歩きながらケイタは困ったような苦笑いを浮かべ、敬語の取れた口調で言った。

 

「僕ら、レベル的にはこの層でも十分狩れるはずなんだよ。ただ、スキル構成がさ……もう気付いているとは思うけど、前衛ができるのはテツオだけでさ。どうしても回復が追っつかなくて、戦ってるうちにジリ貧になっちゃうんだよね」

 

 それにはもちろん気付いていた。

 敵の攻撃を受ける前衛が一人しかいないんじゃ、その前衛が回復してる間を支えきれないからな。最低でもあと一人、前衛できる人間が欲しいとこだ。

 

 ケイタもそれは承知なのだろう。

 彼は「それでなんだけど」と手を上げ、パーティーの一人を手招きした。

 

 小走りでケイタの隣に並んだのは、槍使いのサチだった。

 彼女はケイタの陰に隠れるようにしながらそっとこちらを窺い見ていた。明らかに怖がられてるよねこれ。自業自得とはいえ、オレ泣いちゃうよ。

 

「こいつ、見ての通りメインスキルは両手用長槍なんだけど、ササマルに比べてまだスキル値が低いんで、今のうちに盾持ち片手剣士に転向させようと思ってるんだ。でも、なかなか修行の時間も取れなくて。サチの練習がてら、アドバイスなんか貰えたらなーって思ったんだ」

 

 サチの頭にケイタの手が置かれる。

 彼女はそんなケイタを不満げに見上げた。

 

「何よ、人をみそっかすみたいに」

 

 サチはぷくっと頬を膨らませてから、拗ねたような口調で言った。

 

「だってさー、私ずっと遠くから敵をちくちく突っつく役だったじゃん。それが急に前に出て接近戦やれって言われても、おっかないよ」

「盾の陰に隠れてりゃいいんだって何度言えば解るのかなぁー。まったくお前は昔っから怖がりすぎるんだよ」

 

 どうやらケイタとサチはただの高校の同輩というだけでなく、それ以前からの馴染みらしい。大人しそうなサチが不満を隠すことなく口にするのも、ケイタが苦言をさらっと口にできるのも、そんな昔馴染みという関係性からくる気安さなのだろう。他の三人も同じ部活の仲間というだけあって見慣れているらしく笑っている。

 

 けれど、そうして黒猫団の面々が笑っている間、サチの笑顔だけが繕ったもののように見えたのは、似たような笑い方をするやつを知っていたからかもしれない。

 

「……片手剣も盾も門外漢ではあるが、知識と立ち回りくらいなら教えられる」

「十分だよ。よろしく、ハチ」

 

 ケイタの首肯を得て、もう一度サチへ視線を向ける。

 彼女は槍を両手で胸に抱いて、何かを諦めてしまったかのように微笑んだ。

 

「えっと……よろしくね」

「……おう」

 

 その微笑みが、どこか懇願するようなものに見えたのは、俺の気のせいだろうか。

 

 

 

 




今回は短めな話でした。
次回更新は久々に三日以内でいけたらいいなと思います。
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