やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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2話です。よろしくお願いします。


第ニ話:何故、彼がこんなことをしたのか誰も知らない

 はじまりの街の中央広場。

 

 そこは石畳の敷かれた円形の広場で、周囲には街路樹と中世ヨーロッパ風の建築物、正面には黒く巨大な城がある場所だ。中心にモニュメントがあるだけで見通しの良いこの広場は、ゲームのスタート地点に設定されている場所でもある。

 

 俺はいつの間にか、そんな中央広場に来ていた。

 

 ……いや、どういうことだってばよ。夢遊病ってわけじゃないんだけどなぁ。

 実際、さっきまで俺はあぜ道を歩いていたはずだ。だがリンゴンリンゴン鐘の音が聞こえたと思ったら視界が青白く染まり、気付けばこの場所にいたのだ。

 

 今、この中央広場は数えきれないほどのプレイヤーで埋め尽くされている。誰も彼もが困惑しているのを見る限り、案外彼らも同じように飛ばされてきたのかもしれない。

 

 突然の出来事にきょろきょろと辺りを窺っていた集団は、やがて痺れを切らしたのかざわざわとし始めた。

 

「どうなってるの?」

「これでログアウトできるのか?」

「早くしてくれよ」

 

 どうやらログアウトできないバグが起きていたのは俺やあのバンダナ男だけじゃなかったみたいだ。やったね八幡、一人じゃないよ!

 

 ざわめきは段々と苛立ちを含み、ボリュームも大きくなっていく。「ふざけんな」、「GM出てこい」なんて喚き声まで聞こえてきた。

 

 GM……GMねぇ……。

 

 見た感じこの広場のどこもかしこも人で溢れているようだし、だとすれば現在SAOにログインしているだろう一万人近いプレイヤー全員が集められている可能性もある。そんなことができるのはGM(ゲームマスター)ぐらいなもんだろうし、これがGMの仕業なんだとすればそれは何かしらのイベント、或いはアナウンスの為だろう。

 

 わざわざログアウトできないように細工をし、強制的に全プレイヤーを集め、その上で行われるイベントないしアナウンスとは果たしてどんなものか。

 

 ……あれ、これヤバいんじゃね? 今の俺たちはある意味囚われの身だ。自由に現実の身体に戻れないわけで、それこそログアウトしたければ金を出せと言われたら従わざるを得ない。一万人の意識を誘拐しているようなもんだ。

 

 まあ外部の人間がナーヴギアを外すなり電源を落とすなりしてくれりゃ話は別だろうが。俺の場合はあんまり遅いと小町がナーヴギアを引っぺがすだろうし。その上で「これだからゴミぃちゃんは……」と呆れられるまである。

 

 なんだ、そう考えると別に問題ないんじゃねと思えてきたわ。結局はこのログアウトできない事案もSAOの開幕に花を添えるためのオープニングイベントなのかもしれない。

 

 と、不意に――。

 

「あっ……上を見ろ!」

 

 そんな声が聞こえてきた。反射的に顔を上げると、そこには異様な光景があった。

 

 赤く染まった空に格子状のラインが広がり、一つ一つのブロックに2種類の英文のどちらかが描かれている。一方は《Warning》、もう一方は《System Announcement》だろうか。どちらにせよ毒々しい血のような赤字で書かれていてハッキリ言って悪趣味だ。

 

 だが異様な光景はそれで終わりじゃなかった。

 

 格子状のラインのうち、丁度黒い城の手前の辺りからドロドロとした液体が滲み出てきた。さながら赤いスライムか、或いは血液のように。赤いドロドロは石畳に落下することはなく、空中の一点に集まると次第に形を変え、やがて魔法使いのようなローブを着た巨大な人の姿になった。多分、男だ。

 

 周囲のプレイヤーたちも驚いたのだろう。困惑気味に「あれ、GM?」、「なんで顔ないの?」とささやき合っている。

 

 なるほど。あれがGMのアバターか。顔がないのは異常なことらしいが、予想通り一連の事態はGMの仕業とみて間違いないだろう。問題はその目的だが、果たしてここまで手の込んだイベントを仕掛けたのは何故、何のためか……。

 

 そこまで考えたとき、そいつ(・・・)は言った。

 

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

 

 咄嗟には意味が掴めなかった。文章としては理解できても、言葉として理解できなかった。

 

 この百パーセント作り物の《仮想現実》を取り上げて『私の世界』だなどと言うコイツの言葉が、俺には全く以て理解できなかった。

 

 だがそいつ(・・・)は俺みたいな有象無象の理解なぞ求めていなかったのだろう。

 

 

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 

 

 ご丁寧にも、奴は自らその正体を明かして見せた。思わず雑誌で見かけた冷たい表情が浮かぶ。

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す、これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

 仕様――。つまりこのゲームは最初から自由なタイミングでのログアウトを禁じているということか。

 だとすれば、他にログアウトする手段はないのか。現実に戻る手段はないのか。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』

 

 『この城の頂を極める』ことができればログアウトできるってことか?

 

 まったくもって意味が解らない。『この城』ってのが何を差しているのかすら解らないくらいだ。『頂を極める』ってことは何かしらの天辺まで登るってことなんだろうが。

 

 ……待てよ。もしかして――。

 

『……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合――』

 

 俺が一つの仮説に辿りついたとき、奴が放った一言は、突き刺さるように届いた。

 

『――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

 俺はたっぷり数秒呆けたようにローブ姿の大男を見上げることになった。

 

 …………私立文系狙いの高校生に難しい言葉使ってんじゃねーぞぉ!

 

 いやね。後半の『脳を破壊する』とか『生命活動を停止させる』とかはなんとなくわかりますよ。こうニュアンス的なアレで。要するに『死ぬ』ってことですよね。

 

 でも前半の『信号素子』やら『高出力マイクロウェーブ』やらがどうしたら『脳を破壊』なんてことができるのかはさっぱりわからん。略してさぱらん。

 

 まあ『ウェーブ』というくらいだから『波』なんだろう。とすると『マイクロウェーブ』は『マイクロ波』ということになる。『マイクロ波』であれば文系の俺でも知っている。ほら、アレだ。電子レンジの中を飛び回ってるとかいうやつ。

 

 つまり茅場の言う『高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊する』というのは、『君たちの脳みそをレンチンしちゃうぞっ☆』ということなのだろう。何それ怖い。超怖い。あと怖い。

 

 どうやら小町が俺の頭からナーヴギアを引っぺがしてくれるのを待つという作戦は使えないらしい。寧ろそれをされてしまうと俺の脳がレンチンされちゃうので小町には早まらないでもらいたい。

 

 とはいえ、ナーヴギアを外せない壊せないというのであればここで一つ疑問が残る。

 

 何らかの原因で意図せずナーヴギアが停止・破損してしまった場合、それでも容赦なく脳を破壊されてしまうのかという疑問だ。例えば停電やらが発生した場合ではどうなるのか。

 

 すると奴はまるでこちらの質問が聞こえるかのように説明を再開した。

 

『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』

 

 まるで感情を感じさせない声は、そこで一呼吸入れる。

 

『――残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

 どこかで、ひとつだけ細い悲鳴が上がった。だが俺を含め周囲のプレイヤーの大多数は、余りにも信じがたい報せに言葉を失っていた。

 

 二百十三人もの人間が死んだ。

 災害やなんかではなく、目の前の男が開発したゲームをプレイしたがために。

 

 到底信じられることじゃない。信じたくもない。

 ここまでの奴の言葉は、全部オープニングイベントを盛り上げるための台詞でしたー、なんて言われた方がまだ信じられるくらいだ。悪趣味極まりないオープニングだが、稀代の天才物理学者とやらのジョークだ。笑ってやろうじゃないか。

 

…………なんてことが言えたらどんなにかよかっただろう。

 

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』

 

 攻略……。

 今、茅場は攻略と言ったか。

 

 つまり奴は、ログアウトできずに閉じ込められたプレイヤーに、あろうことか牢獄内での冒険やら生活やらを愉しめと言っているのか。奴のさじ加減一つで死んでしまうかもしれないこの状況下、そんな奴自身が作ったゲームで遊べとそう言っているのか。

 

「ハッ……」

 

 おいおい。噂の天才物理学者ってのはどんだけ頭のネジがぶっ飛んでんだよ。最早頭のネジを飛ばして投擲武器にできちゃうレベル。墓場で運動会やってる妖怪は髪の毛を飛ばして戦うが、茅場も案外似たような妖怪なんじゃないのか。

 

 と、まるで俺の心の声が聞こえたかのように。

 茅場晶彦は、抑揚の薄い声で、更なる追撃をかけてきた。

 

『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』

 

 続く言葉を、俺は諦めと共に悟った。

 

 

 

『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 

 

 ――正直、ゲーム攻略に励めと言われた時点で半ば予想していた。

 

 俺の視界左上に表示されているHPバー。今は満タンで青く染まっているこのゲージがゼロになったその瞬間、俺の脳みそはナーヴギアによって沸騰させられ、死ぬことになる。

 

 最近流行りのジャンルの一つ、本物の命が掛かったゲームをプレイする『デスゲームもの』では定番の展開だ。なんなら一度閉じ込められてみたいとすら考えたこともある。

 

 けど、それはフィクションの世界でなら、だ。

 

 本当に、現実の命が掛かったゲームをしたいと思うほど、俺は廃人ゲーマーじゃない。

 

 そしてそれはこの場のほとんど全員が同じだろう。

 

「だが、もしも……」

 

 『頂を極める』ことで、ログアウトできるのだとしたら――。

 

 俺のたてたこの仮説が茅場の思惑なのだとしたら――。

 

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 

 あぁ、やはりそうだ。

 ゲームから出たければ、ゲームをクリアしなくちゃならない。

 たとえこの第一層の上に、九十九もの層が積み重なっているのだとしても。

 

 再び喚き声に満たされた中、視線を上へと持ち上げる。

 頭上には青い空の代わりに灰色の天蓋が広がっている。これから先、いったいどれほどの時間がかかるかはわからないにしろ、この遥か上空にある天蓋を九十九回越えなければならない。

 

 さもなければ、俺は再び小町に、親父やお袋に、そしてあいつらに会うこともできない。

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 

 なんだ? プレゼント? いや、そんな得体の知れない物を誰が……って、オイ、みんな使っちゃうのかよ。

 

 茅場の言う『プレゼント』とやらを取り出したプレイヤーたちが続々と青白い光に包まれていく。見るからにヤバそうな事態を前に、俺は件のぶつ――『手鏡』を手にすることもなくキョロキョロと辺りを見回していた。

 

 いや、別にキョドってたわけじゃないですよ。冷静な判断の上に戦略的撤退をですね――。

 

 とかなんとかやってるうちに、何故か俺も青白い光に包まれてしまった。

 いや強制発動なら確認させる必要ねーだろ。

 

「…………なんか変わったか?」

 

 光が収まったとき、俺は特段それまでとの違いを見出せなかった。

 いや、俺自身にはなんの変化も見られなかったが、周囲の光景は明らかに変わっていた。

 

「阿鼻叫喚……。まさに地獄絵図だなこりゃ」

 

 俺の周りには、文字通りの地獄絵図が広がっていた。

 

 中背でいかにもオタクっぽい見た目のやつなんかまだいい方で、ピンクのスカートをはいたオッサンや寸胴体型のメタボリッカー、明らかに小中学生な見た目の子ども等々。

 ついさっきまでのイケメン、美女、美少女だらけの爽やか空間は何処へやら、むさ苦しいくらいにリアルな顔立ち、男女比、年齢層の集団へと変わっていた。

 

 ちなみに、いつの間にか手の中にあった鏡を覗いてみると、それまでと変わらない、つまり現実の俺と同じ顔が覗き返していた。目の腐り具合も変わっておらず、少し安心した。主に作業時間が無駄にならずに済んだという意味で。

 

 とはいえ、そのための『手鏡』なわけか。

 すっかり現実と同じ顔になったアバターを見せて、これは現実だと突きつけるためのものというわけだ。

 

 

 

 と、ここで一つ疑問が残る。

 

 

 

 一万人もの人間をゲームに閉じ込めて。

 

 外部からの救助手段を排除して。

 

 わざわざ助かるための道を用意して。

 

 現実感を持たせるためにアバターを改変して。

 

 

 

 どうして、茅場はこんな真似をするんだ? 

 

 どんな目的があってこんな真似をしたんだ?

 

 

 

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は――SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』

 

 俺の疑問、延いてはこの広場にいる全員の疑問に答えるように、茅場は話を続けた。

 

 心なしかそれまでの説明口調に比べて感情が籠っている気がする。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

 ……いや、どういうことだってばよ。自己完結してるだけで意味がわからん。

 

 なにか? 茅場は『新世界の神だ!』とでも宣言したいのか? (らいと)さんにしろLにしろ茅場にしろ、天才様の考えることはさっぱりわからん。

 

 せめてもうちょい情報が欲しいところだが――。

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る』

 

「終わっちゃうのかよ……」

 

 それだけ言い残して、茅場のアバターは格子の隙間に消えていった。真っ赤だった空も一瞬で青色に戻り、まるで何事もなかったかのような静寂が訪れる。

 

 

 

 そして――。

 

 直後――。

 

 

 

 はじまりの街の中央広場は、一万人近いプレイヤーの悲鳴と怒号に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、広場の片隅に立つ柱に背を預けて、ふーっと息を吐く。

 

 …………小町、悪いがお兄ちゃん、今日中には帰れそうにねぇわ。景色も武器も冒険譚もしばらくお預けになるが、我慢して待っててくれ。

 

 小町もそうだが、天使に会えないのは辛いなぁ。学校もしばらく休みになるだろうし、戸塚には申し訳ないが修学旅行もキャンセルだなこりゃ。

 

 

 

 それと、あいつらも……。

 

 

 

「…………帰ったら、嫌味の嵐だろうな」

 

 思わず苦笑いが浮かぶ。けれどそんな未来が嫌だとは思わない。

 

 あの部室に、あの紅茶の香りのする場所に戻りたいと、そう思う。

 

 雪ノ下と由比ヶ浜と、もしかしたら小町も加わった奉仕部に。

 

「ぼっちの帰巣本能舐めるなよ、茅場晶彦」

 

 もう何もなくなった広場の空に向けて、そう呟いた。

 

 




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