やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
どうにか形にはできましたが、矛盾が生じないかどうか……。
ともかく5話です。よろしくお願いします。
黒猫団の状況はやはりというかなんというか、なかなかに厳しいものだった。
盾持ち
この繰り返しで安定して戦闘を回すことができている。
だが前衛がいくら盾を持っているとはいえ、すべての攻撃をノーダメージで防ぎきることは難しい。強攻撃を受ければ少なからず防御を抜けてダメージが入るし、手数の多い攻撃では防御が間に合わない場合もある。いずれはHPを回復する必要が出てくるわけだ。
黒猫団の問題はそこにあった。
テツオが回復をしている間、前衛を受け持てるメンバーがいないのだ。
そこで白羽の矢が立ったのがサチだ。彼女はササマルと同じ両手長槍を主武装としているものの、そのスキル熟練度はいまいちでダメージ稼ぎにあまり貢献出来ていなかった。
リーダーのケイタはそんなサチを今のうちに盾持ち片手剣士に転向させ、テツオのリザーブをさせようと考えたらしい。他のメンバーもこれに賛成で、パーティーの構成的にも前衛が二人となれば問題は解消されるのは間違いない。
ただ一つ、サチの心情という点を除けば。
「シャアア!」
「きゃあっ……!」
モンスターの攻撃をどうにか防ぐサチ。ラージシールドに隠れるように身を竦め、目線は完全にモンスターから離れている。単純な攻撃だからどうにか凌げてはいるものの、動きの素早いやつや力の強いやつが相手では通用しないだろう。
「サチ、スイッチ!」
ケイタが叫んでサチと入れ替わり、モンスターにソードスキルを打ち込む。その間にサチは後ずさりし、十分距離を取ってようやく盾を下ろした。傍目から見ても彼女が怖がっているのは明らかだ。
とてもじゃないが見ていられない。前衛転向がどうのというレベルじゃなく、そもそも戦闘自体向いてない。寧ろここまでやってこれたのが不思議なくらいだ。
それから二度のスイッチを経た後、サチと入れ替わりで前に出たテツオの攻撃が決め手となってモンスターは消滅した。直後、一同から歓声が上がる。
敵を倒して喜ぶ彼らをしばらく眺め、それから一度呼び集めた。
「お疲れさん。とりあえずここまで見させてもらったわけだが……」
さて、どう切り出そうか。頭ごなしに言っても納得しないだろうし、かといって言わずにおいたら自力で気付くかどうか。
ひとまず、現状の解説から始めるか。
「今の戦闘、お前ら自身はどう思った?」
「どう……って言われても……」
問いかけに対し、誰もがどう答えたらいいかわからず首を捻る。ダッカーやササマルに至ってはどうしてそう訊かれてるのかすらわからない様子だった。
「……いや、悪い、漠然とし過ぎだった。そうだな、具体的にどこをどうしたらもう少し安全に、効率よく戦闘ができるかってのを少し考えてみてくれ」
いまひとつピンとこないらしいので、具体例を挙げてみる。
「例えば今の戦闘の場合、倒すまでに掛かった時間はおよそ5分、消費した回復アイテムは《ポーション》が一つだ。で、さっきの《キラー・マンティス》から手に入る経験値は約1800、コルは900、あとは素材アイテムと極低確率で曲刀がドロップする。確率に関しては一概にゃ言えないが、曲刀はほぼ出ないと見ていい。となると――」
ウィンドウを呼び出し、簡易的なテキスト画面を展開。そこに細々とした数字を入力していき、可視状態にして黒猫団の面々に提示する。
「一人あたりの収入は良くて220コル。これじゃ宿代程度にしかならんわけだ。しかも今回は《ポーション》一個使ってるから実際はもう少し減るだろう」
そこまで説明する間に、もう五人の顔から笑顔は消えていた。
「……別にお前らのやり方を否定するつもりはない。これでも半日やればそれなりの稼ぎになるしな。生活費としてなら十分だ。けど、もしお前らがもっと上の層を目指すつもりなら、もうちょい考えた方がいいぞ。どうすれば効率よく戦えるのか。どうすれば被ダメージを減らせるのか。どうすればアイテムの消費を抑えられるのか、とかな」
瞬間、五人のうちの一人が僅かに肩を震わせて視線を落とした。
慣れない前衛を強行して《ポーション》を使う羽目になったサチだ。
正直、サチは戦闘から外すべきだと俺は思う。
彼女に戦闘は向いてない。前衛なんて猶更だ。
SAOでの戦闘において、前衛に求められるのはステータスだけじゃない。リアリティの段違いなこのゲームの戦闘では、本能的な恐怖心が湧き上がってくる。爪やら牙やら刃やらが自分に向かって襲い掛かってくるんだ。そりゃ誰だって怖いに決まってる。
そんな中で前衛に立つには、恐怖に立ち向かう胆力が必要になってくる。襲い来る攻撃を冷静に見極め的確に防御できなきゃ、いくらステータスを上げようが意味がない。
それをサチのような大人しい女の子に求めるのは酷だろう。
そして無理を続けた場合、危険な目に遭うのは彼女だけでは済まないのだ。
「……少し話せるか。できれば二人だけがいい」
苦い顔を浮かべるケイタを促して場所を変える。
他のメンバーから離れたとこまで移動して、戸惑うケイタへ単刀直入に切り出した。
「サチは、戦闘から外すべきだと思う」
ケイタは驚き目を見張り、けれどすぐに食い下がってきた。
「サチが前衛に慣れてないのはわかってる。転向を始めてすぐだからね。けど戦闘から外すべきだなんて、どうしてそんなこと……」
どうやらケイタはサチが必要以上に怖がっていると気付いていないらしい。彼女と昔馴染みでありながら……いや、だからこそ、それが問題だと思ってなかったのか。
「怖がりなやつは前衛に向かないんだよ。似たようなやつは半年間嫌ってほど見てきたからな。あいつの場合、前から怖がりだったんだろ。そういう根本的な部分はまず治らないし、なにより本人にとっても酷だろ」
「っ……。ならせめて、今までみたいに後衛なら……」
「それでサチが負い目を感じなくて済むならいいけどな。前衛転向を断念して仕方なしに後衛で付いていくとか、そんな針の筵に耐えられると思うか?」
「…………」
口を引き結び、拳をきつく握って、それでもケイタは頷かない。
リーダーとして、メンバーのために心を砕いているからこそだろう。
「一応、アドバイスは続ける。けど期待はしない方がいい。お前らが上の層を目指すなら、いずれは考えざるを得なくなるからな」
「……わかった。それで構わない。けど僕は、できるようになるって信じてる」
絞り出すように言う。ケイタにとってそれは苦渋の決断のようだ。
ケイタにはケイタの考えがあるんだろう。本人の希望も、仲間からの期待もあるはずだ。サチ自身が無理だと言わなかったってのもあるかもしれない。
そういう諸々をひっくるめた上でどういう決断をするかは、ケイタと黒猫団次第だ。
二人でメンバーの元へ戻る。四人は不安げな表情で俺たちを待っていた。
「何話してたんだよ」
「ハチは何だって?」
すかさずダッカーとササマルがケイタに駆け寄り、こちらを窺いながら詰め寄った。俺に散々ダメ出しされた後での密談だ。そりゃ気になるのも仕方ない。
「いや……ちょっと追加でアドバイスを貰ってただけだから」
ひとまず他のメンバーには話さない方針らしい。ケイタはそう言って誤魔化した。
彼の苦笑いを横目に見つつ、俺は俺でサチの方へと向かう。
彼女は胸の前で手を握り、じっと俯いていた。
「サチ」
呼びかけるとびくっと身体を震わせる。恐る恐る顔を上げ、叱られるのを覚悟した子どものような目で見上げてくる。なんだかこっちが申し訳なってくるな。
「まあ、その、なんだ……最初からうまくできるやつはいないんだ。あんま気にすんなよ」
「…………うん」
だからなんでそんな泣きそうな顔するんですかねぇ。俺が悪いみたいじゃないですか。
いや、まあ、確かに俺が追い詰めるような言い方したんですけどね。仕方ないでしょ。お仕事だもの。
サチの近くまで行って、人一人分離れた場所に腰かける。
「なぁ、戦うのは怖いか?」
「それは……」
「ああいや、答えたくなけりゃ答えなくても構わねぇよ」
言うと、サチは少し迷った後、一人分のスペースを保ったままで同じように腰かけた。
「……これは俺の友達の友達の話なんだがな」
そう切り出すと、サチは訳がわからないと言った様子で窺い見てくる。
「そいつが中学二年のときの林間学校での話だ。一泊二日の林間学校では例年肝試しを行うんだが、そこはさすがに中二。あの手この手で脅かそうと係の奴は盛り上がるわけだ。で、そいつは幸か不幸かその係に任命されていて、他の奴らと一緒にどうしたら肝試しを盛り上げられるか考えていた」
「あ、私もやったことある」と、サチは意外にも食いついてくる。
「迎えた本番当日。そいつは与えられた役通りに着替えて配置に付いて、クラスの連中が近付いてくるのを待っていた。真っ暗な林の中、周囲には風が木々を揺らす音。待ってるだけなのに怖くて仕方がない。『早く来ないかな』と震えていたそのとき一組の足音が。満を持して飛び出した。
『う、恨めしや~』
『うわっ! なにこいつキモ!』
『う、恨めしや~』
『きゃあ! キモいのよ!』
『う、恨めしや~』
『はぁ? なにお前キモいんだけど』
『う、恨めしや~』
『えっ、なにこいつ、マジキモい。ちょっとやめてくんない』
そうして全組が終わった後で俺は月を見上げて涙を流した。しかも翌朝起きてみると、いつの間にかそのときの写真が出回ってたんだ。『怖い(キモい)』とかいうタグ付きで」
するとサチは戸惑いの声を漏らす。
「え、えっと、あなたの話だったの?」
「ちょ、ばかお前。誰も俺の話とか言ってねーよ。あれだよ言葉の綾だよ」
「でもさっき俺って……あれ?」
俺の弁解に混乱したようにサチが首を捻る。
気を取り直して話を続ける。
「まあ、要するにあれだ。誰にだって怖いもんくらいあるってことだよ。問題はそれとどう向き合うかだろ。逃げるにしろ立ち向かうにしろな」
そう言うとサチはまた手元へ目を落とした。
「でも、みんな頑張ってるのに私だけ……」
自分だけ逃げることが嫌なのか、負い目を感じるのか、或いはそれで関係が壊れるのが怖いのか。サチが何を思ってそう口にしたのかはわからない。
けど、これだけは言える。
「一緒に戦うことだけが攻略なんじゃないと思うぞ」
「えっ……?」
何を言っているのかわからないとでも言いたげな顔だ。
まあこればっかりは人によって意見の分かれるとこでもあるしな。
「例えば生産職になって後方支援に回るとかな。人によって攻略に貢献する方法なんざいくらでもあるだろ。言ってしまえば戦闘も手段の一つでしかないんだよ」
サチはきょとんとしている。寝耳に水な話だったかもな。
「ま、考え方は人それぞれってことだ。ちょっと考えてみたらどうだ?」
「う、うん……わかった」
とりあえずといった感じではあるが頷くサチ。
これで何かが変わるかどうかはサチ次第だ。それがどういう結論であれ、サチが自分で決めたことなら、ケイタや他の三人も反対はしないだろう。
その後狩りを再開したもののすぐには上手くもいかず、やはりサチはモンスターの攻撃を怖がっているようだった。結果、連携が安定せず、それを見たケイタが今度は過剰にサチを退かせてはテツオが割を食うという場面も目立った。
その都度メンバーはサチを励ますのだが、サチの性格上それは逆効果だ。恐怖を押して無理をして、挙句不必要にダメージを食うという悪循環。そうなっては俺も止めざるを得ず、二時間の狩りを終える頃には、サチはまたしても意気消沈してしまった。
「なんか悪かったな。アドバイスを依頼されたのに」
「……いや、ハチのせいじゃないよ。多分、遅かれ早かれこうなってたんだと思う」
《タフト》の転移門広場で、わざわざ見送りに来てくれたケイタが言った。
彼の後ろには黒猫団の四人がそれぞれ違う表情を浮かべて並んでいる。テツオは呆れたような顔で、ダッカーはむすっとして、ササマルは俺を睨んで、そしてサチは申し訳なさそうに俯いていた。
彼らの一歩前に立って、けれどケイタだけは真剣な、決意を宿した目で俺を見る。
「でも、今はまだ上手くいかないけどさ、頑張って練習すればサチだって克服できるって思うんだ。誰だって最初からできるわけないんだし、これから練習していけばきっと……!」
そう言って意気込むケイタの向こうで、彼女は一人小さく息を吐いていた。
極小さな、ため息ともつかない一息は、何を思ってのものだったのだろうか。
「……じゃあな。何かあったら、メッセージでも飛ばしてくれ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
最後にちらっとサチを見てみる。
彼女は俺の視線に気付くと、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
こうして《月夜の黒猫団》への指南は、満足とは程遠い結果に終わった。
× × ×
黒猫団と別れた後、俺は宿のある19層の主街区《ナルヴォーク》に戻ってきた。
洞窟の中に築かれた《ナルヴォーク》は、日中でも灯りが欠かせない街だ。
街だけじゃない。この19層はフロアのおよそ八割が地下空間の地底フロアになっている。しかも残り二割のうちのほとんどが迷宮区だから、実質地上と呼べる場所はほとんどない。
加えて数少ない地上エリアはすべてがダンジョンの奥地であり、道中には酸性の粘液やら麻痺性の毒やらを多用してくるモンスターがうじゃうじゃいるせいで、このフロアの地上エリアに来るプレイヤーはほとんどいない。
ま、その分、景色は格別なんだけどな。
深い峡谷にポツンと立つ岩山の頂上から眺める景色は、壮観の一言だ。
切り立った断崖は登るのも下りるのも不可能なほどの急斜面というか最早壁。その所々に鳥の巣が点在していて、人間の倍はあろうかという猛禽類の姿が見える。
洞窟の中にはあの巣に繋がる道も存在していて、化け物じみたあの鳥とも戦うことはできるが試したことはない。足場が悪すぎるからな。落ちたら即死だし。
遥か眼下には川があり、峡谷の間をあっちこっちへ曲がりくねって流れている。
川辺に出る穴もあり、そこには魚人型モンスターの集落があるんだが、以前受けたクエストに『魚人族の卵を取ってくる』ってのがあった。報酬が美味しかったんで一度はクリアしたんだが、よくよく考えてみれば「これって子どもの誘拐なんじゃね?」と思い至ってしまいなんとなく後味が悪かった。
遠く東の方角には迷宮区の塔が見える。19層の迷宮区は縦に吹き抜けの構造になっていて、しかもそこかしこに落とし穴のトラップがあって警戒したもんだ。あんまり危ないんで『危険』と書いた看板を置いて回ったら、後でユキノに怒鳴られた。解せぬ。
フロアボスは巨大な鷲で、前にタンクを並べようが問答無用で後衛を狙ってくるもんだから苦労した。翼を燃やせばいいってことに気付かなきゃ、死人が出てたかもしれない。飛べなくなった後は滅多打ちにされていて、あのときは少しボスが気の毒に感じたな。
山頂の岩に腰かけて、天蓋と地平の間に沈む夕陽を眺める。
どの層にいようが見られる光景なのでさして珍しくもないが、この19層でならイチャつくカップルを見かけることもない。
だからというわけではないが、ここから見る景色は割と気に入っていた。
「…………そういやアイツを最後に見たのもこの層だったな」
ふと思い出す。
アイツを――パンを最後に見たのはこの19層のとあるダンジョンの中だった。
1月半ばに別行動をとるようになって以来、パンに遭ったのは初めてだった。
二か月近く探しても見つからず、かといって黒鉄宮に生存確認しに行く気にもなれず、もやもやしたまま攻略を続けていたときだった。
あの日、折悪しくこの19層で口うるさい連中に絡まれていた俺は、面倒だからとダンジョンの中にそいつらを誘導して撒こうとした。レベルもそれなりだったし、放っておいても死ぬようなことはないだろうと高を括っていたんだ。
だがあまりに静かなんで様子を見に行ってみれば、そいつらは全員麻痺毒を喰らって倒れていた。慌てて周囲のモンスターを一掃して、謝罪がてら解毒薬を人数分投げたわけだ。
けどそいつらにとって、俺はよっぽど目障りだったんだろう。解毒薬を飲んで麻痺から回復するや否や、あっという間に俺を囲んで剣を突き付けてきやがった。
仕方なく、結晶を使って逃げるか、《軽業》で強行突破しようか迷っていたそのとき、突然アイツが現れたんだ。
そのときのことは今でも鮮明に覚えている。
心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
アイツの言葉に、態度に、行動に、周囲の一切の景色と音が消えた。
目の前のアイツだけしか見えなくなった。
アイツの囁く声しか聞こえなくなった。
一挙手一投足が身体を震わせた。
俺はあのとき――。
「ハッチ」
不意にそんな空耳が聞こえた気がした。
そんなわけがないと知りながら振り向き、いるはずのない顔を見つける。
そうだ。
アイツはあのときもこんな風に――。
「…………久しぶりだな、パン」
「Long time no see. 会えて嬉しいよー」
落ちたら最期の奈落のような、けどどうしようもなく惹かれる笑みを浮かべていた。
「今更聞くまでもないが、どうしてこんなとこにいるんだ?」
「ワオ、本当に今更だね。言うまでもないでしょー」
ケラケラと、パンは恍惚の笑みを浮かべる。
「11層で見かけて、ずっと追いかけてきたんだよ。Darling♡」
なるほどな。追いかけてるはずが、いつの間にか追いかけられてたってわけか。つくづく前と同じだな。
腰掛けていた岩から立ち上がり、パンと向かい合う。
「さあ、Darling――」
パンは蕩けるような笑みを浮かべたまま、両手を広げて歩み寄ってくる。
「一緒に逝こう♡」
笑う彼女のカーソルは
というわけで、噂のアイツ再登場会でした。
次回更新は週末くらいになるかと思います。