やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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大変お待たせいたしました。
本当に見通しの立たない仕事ほど嫌なものはないですね。
ハァ……。もっと趣味に費やす時間が欲しい。

ということで6話です。
今回も少し短めですが、よろしくお願いします。


第六話:いきなり彼女は強襲する

「一緒に逝こう♡」

 

 蕩けたような笑顔を浮かべて、パンはそう言った。

 両手を広げ、すぐにでも抱きしめんばかりに歩み寄ってくる。

 鳩尾のあたりがぞわぞわっと震え、思わず一歩身を引いた。

 

「一緒に行こうって、どこに行くってんだよ……」

「アハハ! どこへも、どこまでも、だよー」

 

 まともじゃない。そう思った。

 熱に浮かされたように笑うパンは、パッと見以前の彼女と変わりない。輝く金の髪も色白の肌も青い瞳も、初めて会った頃と同じだ。ここはSAOというゲームの中で、彼女の姿はアバターのものなのだからそれも当たり前のこと。

 

 けれど、目の前にいるパンの雰囲気はまるで違う。

 底抜けに明るくて妙に馴れ馴れしくて、それでいて相手を不快にさせることはない花のような笑顔の彼女とは似ても似つかない。見た目が同じなだけの別人と言われても納得できるくらいだ。

 

 間近に迫ったパンの両手が頬に触れる。白く長い指がそっと頬を撫でて、柔らかく仄かに温かな感触が顎先まで流れて離れる。さっきと同じ震えが下半身まで伝わって、もう少しで立っていられなくなるところだった。

 

「フフ♡ 震えてるDarlingもカワイイ」

 

 パンは痺れるような甘い声で笑い、少し低い位置から見上げてくる。深い海を覗くような色の青い瞳はまっすぐ俺に向けられていて、どうしてか目を逸らすことができない。

 

 気を抜けばへたり込んでしまいそうな自分を奮い立たせ、どうにか声を絞り出す。

 

「お前は……」

 

 どうして、と問いかけそうになる。

 

 どうしてここにいるのか。

 どうして行方をくらませていたのか。

 どうして――そうなってしまったのか。

 

「うん? なぁに?」

 

 けどそれを訊くわけにはいかない。訊いてはいけない。

 

 パンが俺やあいつらから離れたのも、ほとんど行方知れずになったのも、カーソルが犯罪者(オレンジ)色になったのも……。

 

 きっと、俺のせいなのだから。

 

「…………いや、なんでもない」

 

 故に訊くべきことはない。訊いていいことは何もない。

 

 そもそも、今更どの面下げて訊けるというのか。

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 あれだけ純粋で真っ直ぐな好意を向けられたのは初めてだった。

 何度も「勘違いだ」「気のせいだ」と言って取り合わなかったのに、彼女は折れることなく傍に居続けた。毎日のように好意を口にし、行動で示した。出会った頃と何も変わらずに接し続けてくれたのだ。

 

 第一層のボス戦で一躍時の人(マイナー)となった俺に、あろうことかこいつは告白を通り越して結婚しようなどと言ってきた。

 訳の分からない申し出を俺は当然のように断ったのだが、パンは「フフ、それでこそハッチだよー」などと言ってパーティー申請を送ってきたのだ。

 

 何考えてんだコイツ、と申請を却下すると間髪入れずに再度申請を送ってきた。意味が解らず却下すると、パンは表情も変えずに三度申請を送ってきた。

 

 そこからはもう意地の張り合いだ。俺が申請を却下すれば、パンが申請を送ることの繰り返し。途中からは追いかけっこしながらのやり取りで、たどり着いたばかりの第二層のフィールドを散々に走り回った。

 三十分近く追いかけっこを続けた末に岩壁の隅に追い込まれ、結果俺が折れて申請を受けることとなったのだ。その後も隙を見てはパーティーを抜けて逃げ出したのだが、その度パンは追いかけてきて、最終的には追い詰められる羽目になった。

 

 そうして強引にパーティーを組まされたわけだが、その後の一か月はあっという間だった。

 フィールドを駆け回って、ダンジョンに潜って、クエストをこなして、飯を食って、同じ宿に帰る……。そんな日々を繰り返す間、隣にはいつも彼女がいた。

 

 楽しかったのだ。三か月近くが経った今になってそう思う。

 

 バカなことを言えば求めた反応が返ってきて、ゲームやアニメ、ラノベのネタも知っている。マイナーな話でも耳を傾けてくれるし、かと思えば俺が知らなくて、けれど興味の惹かれる話を持ち出してくることもあった。

 

 お互い敏捷力特化のステータスで動きを合わせやすかったし、中近距離戦のできる俺と超近接型の彼女とでは役割分担もはっきりしていた。主武装の違いこそあれ、《体術》や《軽業》といったスキル構成も似通っていた。

 

 要するに、気が合ったのだ。少なくとも俺からはそうだった。

 パンから見てもそうだったのか、はたまた意図して俺に合わせていたのかはわからない。

 

 けれどあの一か月を楽しく過ごせたのは間違いなくパンのお陰だ。

 《マイナー》として爪弾きにされ、後ろ指を指されながら、それでも攻略一筋に走ることなく、ある意味余裕を持って過ごすことができたのは、間違いなく彼女のお陰だった。

 

 だが同時に、パンを要らぬ厄介事に巻き込んでいたのも事実。

 あれだけの啖呵を切った後だ。噂はあっという間に多くのプレイヤーの知るところとなって、そのほとんどが敵意を向けてきた。

 

 視線だけならまだいい。あらゆる罵倒も侮蔑も、俺だけに向けられるのであれば受け止められる。敵意に満ちた空気も引き受ける。それらは向けられて当然のものなのだから。

 

 けど、パンは別だ。

 彼女に罪はない。敵意を向けられる要因も、陰口を叩かれる理由もない。

 ましてや剣を向けられる謂れなどあるはずがない。

 

 あのときとった行動を後悔はしない。強いて言うなら、パンを巻き込んでしまったこと自体を悔いるべきだ。

 あの日、俺は彼女の申し出を断るべきだった。どれだけ食い下がられても断るべきだった。

 

 俺の妥協があの結果を生み、あのときを境にパンは豹変した。

 

 最前線の迷宮区で因縁をつけてきたプレイヤーは俺へ一通りの罵倒を並べた後、あろうことかパンへ矛先を向けた。根も葉もないことを喚いた挙句、彼女へ剣を突き付けたのだ。

 

 限界だと思った。これ以上、俺に付き合わせてパンを要らぬ悪意に晒すべきじゃない。今ならまだユキノやキリト、アスナへ合流させられる。そう思った。

 俺はすぐに行動した。適当に方便を並べて、パンへ槍を向けて脅して、それらしいことを言ってパーティーを解散した。お前は用済みだと、ユキノたちのとこへ帰れと吐き捨てた。

 

 仲間を手酷く捨てる薄情者に見えるよう振る舞った。以前と同じ、どこまでも自分本位な《マイナー》と見做されるよう振る舞った。パンは利用されただけの哀れな被害者となるよう振る舞った。少なくとも周囲のプレイヤーにはそう見えていたはずだ。

 

 だが俺の作り上げた空気は、当のパンによってひっくり返された。

 

 俺の並べ立てた方便をすら利用して、彼女は嗤ったのだ。

 高笑いして、腹を抱えて笑って、唐突に剣を向けていたプレイヤーを殴り飛ばした。

 

 頭上のカーソルがオレンジ色に変わったことにも気にした素振りはなく、それまでとまるで違う質の、おぞましい笑いを浮かべた。倒れたプレイヤーに近付いていき、呆然とする俺やそいつの仲間の前で馬乗りになって殴打を繰り返した。

 仲間が慌てて助けに入ったときにはもう、そいつのHPは赤い危険域に至っていた。パンはそれを見て笑っていた。笑いながら、俺に危害を加えたらそうなるのだと、そう言った。

 

 ひとしきり笑った後で彼女は「See you again!」と言い残して立ち去った。俺は呆然と彼女を見送ることしかできず、気付いたときにはもうパンは行方をくらませていた。探そうにもフレンド登録すら解除されてて探せなくなっていた。

 

 以来パンに遭うことはほとんどなく、不穏な噂ばかりを耳にするようになった。

 

 殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に入ったというのもそんな噂の一つだ。パンはそんな殺人ギルドで幹部の座に就いているとすら聞いたこともある。ギルドのリーダーである《PoH》と歩いている姿が目撃されたのは一度だけのことじゃない。

 

 だから俺は攻略の合間を縫ってアイツに関する情報やラフコフの情報、PoHの情報を集めた。

 俺自身が手足となって働くことを売りにして《鼠のアルゴ》の協力を取り付けた。

 ボス戦の前日に徹夜を敢行したこともある。そのせいで肝心のボス戦に遅刻してアスナに怒られたが、同じ状況があれば確実に同じことをするだろう。

 

 パンが何を考えてあんなことをしたのかはわからない。何か目的があったのか、衝動的なものなのか。そもそもあれは演技なのか、はたまた彼女の本性なのかすらわからない。

 

 ただ、何かを間違えたのではないかと、そればかりが頭にこびりついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 パンは変わった。出会ったばかりのときとは別人のように。

 それにはきっときっかけがあって、そのきっかけはきっと俺に原因がある。

 

 だからきっと、これは俺のせいだ。

 

 俺に選択肢はなかった。だが選ばないという手もあったのだ。

 いつもの先送りや時間稼ぎで誤魔化すことができたかもしれない。にもかかわらず、俺は唯一つしかない選択肢を選び、実行し、こうして今に至っている。

 

 なら、俺にできるのは結果を受け入れることだけだろう。

 いつだってそうしてきたように、受け止めて、噛み砕いて、呑み込むだけだ。

 

 改めて、パンの目を見る。

 パンは一瞬驚いたように目を見張り、それからまた蕩けるような笑みを浮かべた。

 

「ハァ……。I’m loving you more……。ズルいなー」

「いや、ズルいとか言われても何のことかわかんねぇ――って、おい、なにくっついてんだよ! こらっ、抱き着くなっての。お触り禁止!」

 

 なんなのこいつ。なんか色っぽいため息吐いたと思ったらいきなり抱き着いてスリスリしてきやがったぞ。気のせいか雰囲気も若干変わったように見えるし、なによりあざと過ぎるだろ。反則っ! レッドカード!

 

「ばっ、お前、やめろ……!」

「Darling……Darling……! スリスリー」

「だぁーくそっ! あざといっての!」

 

 そこからスリスリモフモフとパンの攻勢は続き、柔らかいやら苦しいやら熱いやらいい匂いやらで俺(の精神)は継続ダメージを受け続け、ようやく解放されたときにはもう(精神的に)限界を迎えつつあった。

 

「ハァ……。堪能したよ。ごちそうさまー」

 

 ほくほく顔のパンに対し、俺はドッと疲れて膝をついた。おかしいな、抱き着かれて頬を擦りつけられただけのはずなんだが。

 ペロッと舌なめずりするパンを見てると、もしかしてこいつは吸血鬼的な何かなんじゃないかと思えてくる。ガッとやってチュッと吸われたかもしれない。

 

 荒くなった息を整えて立ち上がる。パンは相変わらずの蠱惑的な笑みで待っていた。

 

「……俺を連れてくんじゃなかったのか?」

 

 訊ねるとパンは頬に指を当てて首を捻る。

 

「んー、そのつもりだったんだけどねー。気が変わっちゃった。Darlingをゲットするのはnext timeにするよー」

 

 なにそれ、俺ってばゲットされちゃうの? ボールに入れられちゃうの? 一緒にチャンピオン目指しちゃうの? 

 

「じゃあ、お前に遭ったらすぐ逃げることにするわ」

「チッチッチ、ワタシからは逃げられないよー。すぐに回り込むからね!」

 

 何それ怖い。それじゃ逃げきれないじゃないですかーやだー。

 

「ちなみにけむり玉とかのアイテムの使用は……」

「Of course not♡」

「ですよねー」

 

 満面の笑みで言われちゃしょうがない。もしものときは捕まらないよう全力で逃げるとしよう。アジリティ極振りの成果、とくとご覧あれ。

 

「…………」

「…………」

 

 それきり俺たちは向かい合ったまま静かになった。

 パンはここに来たばかりのときとは違う穏やかな笑みを浮かべている。何も言わず見つめてくるだけなのは、俺の言いたいこと、問いたいことを見透かしているからだろうか。好き勝手に振る舞っているように見えるが、やっぱり食えないやつだ。

 

 散々考えて延々待たせた挙句、一つだけ問いかける。

 

「…………戻ってくる気はないんだな?」

 

 瞬間、パンの笑顔が困ったようなものに変わる。

 

「んー、どうだろうねー。あ、Darlingがワタシを愛してメチャクチャにしてくれるなら考えちゃうかなー」

「いや、それメチャクチャにされんのはむしろ俺の方だから」

「アハハ! バレちゃった?」

 

 楽しそうに笑うパン。思わず突っ込んじまったが、そのせいで誤魔化されたな。

 

「他には何か訊きたいことある? Darlingからのクエスチョンなら、ワタシなんでも答えちゃうよー。スリーサイズとかー、好きな人とか♡」

「ハイハイ、もう十分だからまた今度な」

「エー、Darlingのいけずー」

 

 パンが不満そうに唇を尖らせる。なにこれあざと可愛い。

 しばらくの間ムー、と唸ったパンはやがて元の笑み――この場に来たときと同じ妖しい笑みに戻ると、一歩後ろへ下がった。

 

「それじゃあDarling、ワタシそろそろ行くねー」

 

 思わずゾクッと震えたところでふと、パンの向こうに人影が出てきた。

 

 全部で四人。全員が全員フードで顔を隠し、ローブやらマントやら襤褸(ぼろ)切れやらを着て全身を覆っている。カーソルの色は揃って犯罪者(オレンジ)色。

 

 その内一人は包帯の巻かれた手で短剣を(もてあそ)び、別の一人はフードから仮面のようなものが覗いている。また別の一人は口元をニヤニヤと歪ませていた。

 

 そして最後の一人、長身の男は――。

 

「…………《PoH》」

「Wow……これはこれは、かの有名な《マイナー》様じゃないか」

 

 奴は張りのある声で呟いた。面白いものを見つけたとでもいうように爛々と目を輝かせる。周りの三人も獲物を前にした肉食動物のように目の色を変えた。

 

 瞬間、胃のあたりが急に熱くなった。

 ムカムカと吐き気に似た何かが込み上げて、知らず知らず奥歯を噛み締める。

 

 いっそここで四人とも谷底に突き落としてやろうか――。

 そんな考えが頭を過った。このままパンをこいつらの下へ帰すくらいなら、と。

 

 けれど俺が槍を取り出す前に、目の前のパンが彼らの方へ振り返った。

 

「Hi, PoH. Thank you for picking me up」

「Pan……. It’s time for work」

「OK, OK. You can go ahead. I’ll catch up to you」

 

 適当な感じでパンがそう言うと、PoHはふんっと鼻息を吐いた。それからチラッと俺に視線を送ってくる。ジッとこちらを睨み、それから二ッと口元を歪めた。

 

 明らかな挑発。俺がコイツを、そしてパンを探してたと知ってるからこそのものだ。

 

 上等だ。全員叩き落としてやる。

 

 俺が槍を出現させたのと、パンが叫んだのはほとんど同時だった。

 

「PoH! Don’t tell me you forgot!」

「チッ……。No way. It’s nothing」

 

 PoHはわかりやすく舌打ちすると、俺たちへの興味を失ったように踵を返し元来た洞窟の中へ潜っていった。取り巻きの三人も反応の大小こそあったもののPoHの後に続く。

 

 ラフィン・コフィンの面々が洞窟の中へ消えるのを見送り、大きく息を吐く。

 

「くそっ……」

 

 これでよかったのか。見逃してよかったのか。

 

 奴らをみすみす見逃せば、それだけ犠牲者は増えるのだ。

 情報屋のネットワークを駆使しても足取りを掴むので精一杯な現状、今のはまたとないチャンスだったんじゃないか。

 

 やはりあのまま谷底へ――。

 

「Darling」

 

 呼びかけられてハッとする。

 我に返ると、青い瞳が目の前にあった。

 

「落ち着いて。大丈夫だから」

 

 パンの両手が頬に添えられる。柔らかくて温かい。不思議と怒りが収まっていく。

 

 間近にあるパンの顔は珍しく強張っていて、けれど俺が見ていることに気付くとすぐに元の蠱惑的な笑みに戻った。それから何かを思いついたように「フフッ」と小さく笑い、チロッと舌を見せる。

 

 さっきまでとは別の意味でゾクッとした。まるで蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れなくなる。麻痺毒を喰らったわけでもないのに《麻痺》のバッドステータスにかかったかのようだった。

 

 

 

 ヤバイ。なにがかはわからんが、とにかくヤバイ。

 

 

 

 慌てて離れようとしたが、その瞬間頬に添えられていた両手にギュッと力が込められた。

 

 

 

 アッと思ったときにはもう遅かった。

 

 

 

「…………ッ!」

「…………ちゅ…………ファーストキスよ、Darling」

 

 

 

 ………………………………。

 

 ………………………………。

 

 ………………………………。

 

 

 

「それじゃあDarling, see you again!」

 

 

 

 ………………………………。

 

 ………………………………。

 

 ………………………………。

 

 

 

「…………………………ハッ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正気に返る頃にはもう辺りは真っ暗になっていた。

 ついでに危うく崖から落ちそうになった。

 

 

 




オリキャラは原作の縛りがないので都合よく使い過ぎてしまいそうで……。
もう少し自重しなきゃなーと思いつつ暴れさせちゃうのでした(汗)

次回更新は未定です。来月中にはいけるはず(弱腰)
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