やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
みなさんお久しぶりです(汗)
4月中にはとか言っておきながら5月中旬になってしまってすみません。
更新ペース上げられるよう頑張りたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
ということで、7話です。
そこはこれまで数多く突破してきた場所とは趣が違っていた。
精緻に配された石畳。高い天井。最奥にあるのは大きな両開きの扉。
この辺りはこれまでと同じ共通の造りだ。
だがこの場所――迷宮区の24階層にあるボス部屋の視界を保っているのは、松明でもかがり火でも発光するキノコでもない。
規則正しく並んだ円柱から差し込む月明かり。それがこの第24層のボス部屋における唯一の光源だ。
地上約百メートル(アインクラッド自体が空中城塞な時点で正確な言い方ではないが)という高所にあるボス部屋に『壁』がないという情報は当初、攻略組に大きな衝撃を与えた。
パっと見はギリシャのパルテノン神殿のような構造か。あれが塔の頂上にあると考えてくれればわかりやすいだろう。ミスって落ちればまず生き残れないし、ボスに加えて強力な取り巻きまでいるとなればより落下の危険は高まる。
このボス部屋の様相が判明した当初、攻略は過酷なものとなるように思われた。
色とりどりの光が瞬き、剣戟の音が響く。雄叫びや指示を飛ばす声、そしてボスの放つ地響きのような唸りが耳に届いてくる。
ボスが剣を振るえばタンクが五人がかりでガードし、生じた隙をアタッカーが攻撃する。そうやって、少しずつではあるものの確実にボスのHPは減少していく。
そんな風にボスと対峙している二パーティーを、俺は円柱に背中を預け眺めていた。
「びっくりするほど順調だな」
隣でキリトが呟く。「そうだなぁ……」と欠伸交じりに答えると、キリトはチラッとこちらを見て苦笑いを浮かべた。
「ハチはぶれないな。良くも悪くも」
「初志貫徹がモットーだからな」
ほんと、俺くらい初志貫徹を体現したプレイヤーはいないだろう。人に頼らず人に媚びず、さりとて害をもたらすわけでもなく、思索と観察を繰り返して自己研鑽に努める。
常に己と向き合う孤高の在り方。人はそれをボッチと呼びます。
そんな感じで斜め頭上から降ってくる呆れ声を適当に聞き流した。キリトも同じ円柱に背中を預けてはいるものの、座るまでは気が引けるのか立ったままだ。
まあボス戦の最中に座って欠伸を漏らしてるとなれば目立つしな。すでに悪名の轟きまくってる俺と違って、キリトはその辺にも気を遣ってるんだろう。
「ハチくんはさすがに気を抜き過ぎだと思うけど」
ふとキリトの向こうからそんな呆れ声が聞こえる。こちらも同じく柱に背を預けたアスナのものだ。
真面目なアスナのことだ。休むだけならともかく、見過ごすのは忍びないのだろう。
「とはいっても、安地(安全地帯)みたいなもんだしなぁ」
今まさにボスへ挑んでいる十二人を遠巻きに眺めながら、何度目ともわからない欠伸を噛み殺した。
発見当初こそ攻略組を戦慄させたこの第24層ボスではあったが、その後で発覚した情報によって心配は杞憂に終わった。
ボス部屋に敷かれた色違いの石材――20×40メートル四方を形作るその石畳から、ボスは一歩たりとも外に出てこないことがわかったのだ。
代わりに外側からは投擲武器による攻撃なんかでダメージを加えることもできないが、ボスの行動範囲の外側十メートルは実質的に安全地帯なのである。おまけにここのボスは取り巻きもいないから、寧ろ今までで一番落ち着いて戦えるくらいだ。
24層のボスは《デュラハン・ザ・ブラックナイト》。
一般的にも割とお馴染みの首なし騎士だ。2メートル強の大柄な身体を黒い甲冑で覆った騎士で、鎧と同じ黒いタワーシールドと両手剣を手にしている。
バカでかい盾と鎧で防御も堅い上に、片手で《両手剣》のソードスキルを使ってくる強敵っぷりはボスに相応しいえげつなさだが、腰を据えて持久戦ができるとなれば戦いようもあるというもの。
安全地帯の存在が判明すると、攻略組はアタッカーとタンクを4パーティーずつ均等に分け、2パーティー毎の4交代制で戦う作戦を採用した。
お陰で自分たちの番以外はこうして休むこともできるってわけだ。
俺たちの第3隊はここまで二度戦っていて、今度は今戦っている第1隊の次の次。回復や武器のチェックもとっくに終わってるし、出番まで余裕もある。ボスのHPもようやく半分を下回ったというくらいだし、まだまだこの長丁場は終わらないだろう。
アスナの言わんとするところもわからないではないが、かといって長いこと緊張し続けても余計に疲れるだけだしな。
寧ろ仕様上休憩を許されてるってことは、逆説的に休めるときに休んでおくのは義務だとすら言えるのではなかろうか。
「そういう考え方もあるかもしれないけど……」
適当な理由をそれっぽく並べ立ててやると、アスナは「ハァ」とため息を吐いた。それからヤレヤレと首を振り、腕を組んで冷たい眼差しを向けてくる。
次いで降ってきたのは訝しむような一言だった。
「最近、ハチくんってばちょっと変わったよね。余裕があるというか、だらけてるというか」
「ああ、それは俺も思った。なんか急に吹っ切れたような……」
そうキリトも乗っかってくる。問い詰めるような雰囲気のアスナに対して、こっちはまだ興味本位な感じか。
ま、なんにせよ、答えは決まってる。
「俺が? ないない」
とぼけるわけでもなく、嘘を吐くわけでもない。
実際、何も変わってないのだ。ちょっと考えを整理して、当たり前のことを再確認しただけ。方針もやるべきことも変わってない。ついでに俺がボッチなのも変わってない。
「ほんとかなぁ。急に真面目に攻略し始めたし、一気にレベル上がったし、なんか怪しいんだけど」
「おい、今までだってちゃんとやってただろ。社畜みたいに」
「24時間ゲームの中にいて社畜っていうのもおかしな話よね」
「朝起きて飯食って攻略、昼休憩挟んで攻略、夕食後も軽くレベリングして就寝って、社畜の鑑みたいな生活じゃねぇか」
「そう?」と首を捻るアスナ。こいつ就職したら絶対仕事人間になるだろ。部下や同僚になる人間が気の毒だな。
ふと、「そういえば」とキリトが切り出した。
「『会社』の仕事も落ち着いたみたいだな」
「誤解を招く言い方するな。それじゃあ本当に社畜になっちゃうでしょうが」
まったく冗談じゃない。俺は働く気なんてないんだからな。
キリトの言う『会社』とはアルゴのやつがリーダーを務めるギルドの通称で、正式には《FBI(Find and Broadcast of Information)》というおっかない名称のギルドだ。
名前の迫力はともかく、その名の通り情報の収集と拡散を目的としている《FBI》は《アルゴの攻略本》を始め、様々な情報誌を製作・販売している出版社のようなギルドだ。正規メンバーのほとんどが《印刷》スキルを所持しており、日々の働きっぷりから『会社』と呼ばれるようになった。
この『会社』のリーダーの一人で『調査部門』のトップを務めてるのがアルゴ。やつはギルド内の調査員のみならず、俺やキリトのような攻略組のプレイヤーをバイトとして雇ったりもしている。危険なmobの出る場所やクエストの調査もあるからだな。
そして俺はそんなアルゴのお得意様であり、使いっ走りでもあるわけだ。まあこっちから調査を依頼したことも一度や二度じゃないんで文句は言えないけどな。
「……バイト代が割に合わないからな。アルゴのやつ、こき使いやがって」
「ああ、なるほど。それは確かに」
適当に誤魔化すと、キリトは苦笑いを浮かべた。こういう反応をするあたり、キリト少年にも似たような経験があるんだろう。アルゴは守銭奴ってほどじゃないが十分にケチなやつで、隙あらば報酬以上に働かせようとしてくるからな。
キリトと二人で乾いた笑いを上げる。
その横ではアスナが「ハァ」とため息を吐いていた。
「あんまりダラダラしてるとユキノさんに怒られるわよ?」
「あー、確かに……」
あいつ、サボるとうるさいしな。パンを探してるときも攻略サボり気味で嫌味言われたし、ボス戦に遅刻したときもけっこうな勢いで罵倒された。奉仕部でも無断欠席は許さない感じだったし。
ちらっとユキノを窺い見てみる。すると――。
「……なんか随分難しい顔してんな」
ユキノは俺たちから少し離れた位置でボスの方を向いて立っている。安全ラインのすぐ後ろで、次に交代で戦う第2隊のすぐ横だ。
だが戦況を注視しているはずの視線は足元へ向いていて、表情には余裕がなく眉を顰めている。まるで心ここにあらずというような、いつだったか見たことがあるような――。
「ユキノさん、また……」
ぽつりと、アスナがそう呟いた。
「また? どういうことだ?」
その意味を問い直す。また、と言うくらいだ。攻略中も一緒なアスナには思い当たる節があるのかもしれない。ボス戦の時しか合流しない俺にはわからない何かが。
アスナは少し逡巡した後、躊躇いがちに答えた。
「ユキノさん、最近ああやって思い詰めた顔でいることがあるの。それとなく訊いても答えてくれないんだけど……」
「最近はイージーミスも増えた気がする。本人も自覚してるみたいなんだけどな」
キリトからもそんな証言が出てくる。こちらも言うべきか迷った上でのことのようだ。
どういうことだ?
ユキノは何か思いつめるほどのことを、戦闘に支障がでるほどのことを抱えてる?
しかもそれはここ最近のことのようだ。何かの事情が変わったのか、悩みの種ができたのかはわからないが、ふとした瞬間に考え込んでしまうほどのことらしい。
別にユキノが何を悩もうが俺には関係ない。知ったことじゃないってわけではなく、俺なんかにできることは高が知れてるって意味だ。
アイツも俺に干渉されるのなんかご免だろう。解決なぞ言わずもがな。詳細を語らせることも難しいに違いない。
だが戦闘中に集中を乱されるような、それでミスを繰り返す程ともなれば放っておくわけにもいかない。いくらユキノが強くなったといっても、集中力の欠如は命取りだ。多少強引になっても何かしらの対処をする必要があるだろう。
そしてキリトやアスナが言えないことなら尚更、普段は会わない俺が言うべきか。
「…………だからハチくんには言いたくなかったのよ」
不意にアスナがそう言った。あれ、もしかして口に出してたか?
「心配だから問い詰めてやろうって、顔に書いてあるわよ」
「ハチはわかりやすいからな」
呆れ顔でため息を吐くアスナと、ケラケラ笑うキリト。
「べ、別に心配とかそういうんじゃなくてだな……」
「ハイハイ、捻デレ捻デレ」
「『捻デレ』なんて言葉、現実では聞いたことなかったけど、ハチくんにはピッタリよね」
だから何だよその捻デレって。多少捻くれちゃいるが、デレた覚えはないぞ。
くそっ、変な言葉広めやがって。全部アルゴの仕業に違いない。今度会ったらバイト代ふんだくってやる。
「…………そろそろ交代の時間だな。次は俺らの番だし、一応準備しとくか」
立ち上がって身体を伸ばし、大きく息を吐く。SAOの中じゃ肩や腰が凝るなんてことないが、まあそこは気持ちの問題だ。
あーやだやだ。働きたくないなー。けどまあ、俺ってば社畜の鑑だしなー。
「やっぱり捻デレだな」
「うんうん。ハチくんはこうでなくちゃ」
「オイやめろそんな目で見るな」
だから俺は捻デレじゃ(以下略)。
キリトとアスナの生暖かい視線を無視してユキノの方へ足を向ける。
いつもより意図的に足音を立てて近付く。が、すぐ後ろまで来てもユキノが気付く様子はない。目は足元へ向けられ、固く握った左手は胸の前で僅かに震えていた。
少しだけ、なんて声を掛けるか迷う。
考えてみれば、ここ最近ユキノと攻略以外の話をする機会はほとんどなかった。
そもそもボス戦の時くらいしかこいつと会ってないってのもある。フロアボスの時以外じゃパーティーも組んでないし、ソロの俺とユキノじゃ狩場も活動時間も違う。町で見かけないこともなかったが、19層でやらかしてからは輪をかけてキツくなったしな。
「…………そろそろ交代させるんじゃないのか?」
とりあえず当たり障りのない言い方で注意を引いてみる。すぐそばで第2隊の面々がそわそわしていたし、まずは顔を上げさせることからと思ったのだが――。
「…………」
ユキノは振り向かず、それどころか声に気付いた様子もなかった。
さすがにこれは見逃せない。いくら安全地帯みたいなもんだとはいえ、不測の事態はいくらでも起こりえるのだ。気付いたら危機的状況でしたー、なんてのは目も当てられない。
仕方なく、語気を強める。
「おい、おいって…………ユキノ!」
「っ! ……なにかしら。急に大声を出さないで頂戴」
ビクッと身体を震わせて振り向いたユキノは本当に今気付いた様子だった。ちらっとこっちを見た後すぐに視線を逸らす。胸の前で握られていた手は所在なさげに反対の腕を抱いていた。
あの雪ノ下雪乃が目を合わせようとしない。それだけでも十分に異常事態だ。
加えて今のユキノは士気も集中力も欠いているらしい。
「……お前、もうボスと戦うのやめとけ」
本人にだけ聞こえるよう静かに言うと、ユキノは負けじと鋭い眼差しを向けてきた。
「何を馬鹿なことを言っているのかしら。私はこのレイドのリーダーであり、第3隊のリーダーでもあるのよ。戦わないなんてことはありえないわ」
だが口にした理由はどれも責任感から来るものだ。
「集中できてねぇくせに何言ってんだ。いいからお前は指示出しに専念しとけ」
「ふざけないで。あなたに言われる筋合いはないわ。私は戦うためにここにいるのよ」
「ならお前は今戦況がどうなってるかわかってるのか?」
それまで強気な姿勢を見せていたユキノの表情が
「お前が冷静に戦える状態ならいい。とてもそうは見えないけどな。……ただお前には自分で言ってたようにリーダーとしての役目もある。ボスの攻撃パターンと対処法、各隊の被害と回復の状況、想定される事態への腹案。そういうのも考えなくちゃならないだろ」
ユキノを責める気などさらさらないのに、一語一語が尖ってしまう。
押し黙ったままのユキノに畳み掛けるような言い方は意図したところじゃない。
「……幸いここのボスは時間が掛かっても問題ないしな。アタッカーが減っても影響が小さい。無理せず指揮官としての役目に徹しても誰も文句言わんだろ」
ことはこのボス戦だけではない。今後の攻略にも絡んでくる。
ここを終えたら次は25層。
ようやく全体の4分の1。あと75層も残っているのだ。これが普通のRPGならまだ冒険の最終目標すら見えてないだろう。
そんな言ってみればまだ『序盤』のこの段階で、トップ集団の一人でありレイドリーダーまでも務めるユキノに無理をさせるのは、今後の攻略に大きな影響を与えかねない。
ユキノは足元に視線を落としていて、その表情は窺えない。俯いた顔も、固く腕を抱く華奢な指も、細い肩も微動だにしない。
ただ、小さい呼吸の後に、か細く震える声が聞こえた。
「……私なら平気よ。確かに少し注意力散漫だったけれど、もう気を抜くことはしない。指揮も戦闘も予定通り続けるわ。そうでないと……」
何かを言いかけて、そこで口をつぐむ。
顔を上げてジッとこちらを睨んだ後、ユキノは姿勢を正して振り返った。
「第1隊と第2隊を交代させます。第2隊は進入用意」
控えていた第2隊の面々へ声を掛けると、続けて指示を出していく。
「進入後は背後からボスに接近して一撃入れ、ターゲットを奪ってください。以降は第1隊が撤退するまでターゲット維持に注力。撤退完了後の戦闘指示はクラインさんに一任します」
「お、おうよ、任されたぜユキノさん」
若干どもりながらも第2隊のリーダーが答える。
こいつもユキノの様子にはおろおろしてたしな。急に話を振られて驚いたんだろう。
「戦況やHPの平均値はこちらでもモニターしていますが、何か不測の事態が生じたらすぐに伝えてください。安全を最優先に。十分後に交代の心づもりで」
ユキノと同じく和風の装束に身を包んだ第2隊リーダーのクラインは、ユキノの言葉に敬礼で応えて振り返り、第2隊を率いてボスへ向かっていった。
第2隊を見送ったユキノはチラッと視線だけを寄越してくる。
「予定通り、攻略は続けるわ」
それきり、ユキノの目は戦場へと向く。
向こうでは丁度、クラインがボスの背中へソードスキルを繰り出しているところだった。
ああ、そうだ。お前はそうする。そんなのはわかっていた。
あの雪ノ下雪乃が、他人にどうこう言われたぐらいで曲げるわけない。
指摘されれば即座に正し、意地でも仕事を全うする。そういうやつだと知っている。何度も見てきたからな。
けど――。
今のユキノはそうやって振る舞うことで自分自身を励ましているのだと、そんな風に思えてならなかった。
次回更新は未定です。
可及的速やかに上げられるよう頑張ります!