やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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三連休です。
もう一度言います。三連休です。
もう何か月ぶりだよってくらい久しぶりな三連休でテンションアゲアゲです。昼寝ができる幸せをかみしめています。休み、最高だな!

と、どうでもいい話はこのくらいで。
第十話です。ここからあのギルドが本格的に絡んできます。


第十話:かくしてそれぞれの舞台が整い始める

 その知らせは突然届いた。

 

『ケイタです。

 

 急なメッセージでごめん。

 実はサチが出ていったきり帰ってこないんだ。

 クエストから帰ってきた後、いつの間にか姿が見えなくなってて。

 

 マップでも居場所がわからないし、他に頼れる人もいないんだ。

 迷惑なお願いだってわかってはいるんだけど、どうか力を貸してくれないかな』

 

 前に戦闘のレクチャーをした《月夜の黒猫団》リーダーのケイタからだった。しかも結構な緊急事態だ。

 

「どうしたの、ハチくん」

「アルゴからまた何か無茶な仕事でも依頼されたのか?」

 

 片や疑問、片やからかいを口にしながら、キリトとアスナが歩み寄ってくる。

 戦闘の時もそうだがこの二人、こういう何気ない言動も息ぴったりだ。圏外でも街中でも常に一緒にいるイメージだし。

 

 普段ならここにユキノが加わった三人で攻略しているはずだが、今日は別件で忙しいとかで代役として俺がフロア攻略に引きずり出された。せっかく午前の内に行きつけのレベリングスポットで荒稼ぎして、午後からはダラダラしようと思っていたのに……。

 

 しかもこいつらの連携の凄まじいこと。とてつもない勢いでmobを狩り、マップの未踏破域を埋め、クエストリストを消化していくのを見るに「これ、俺要るか?」と思わざるをえなかった。

 まあ、お陰でパーティーメンバーとして得られたおこぼれ(・・・・)は相当なもんだったが。

 

 キリトの恐ろしい冗談に頭を抱えつつ、素直に事情を打ち明ける。

 

「いや、なんか付き合いのあるギルドで問題があったらしくてな。メンバーの行方が分からないんだと」

「えっ!?」

「ハチに、付き合いのあるギルドだって!?」

 

 驚くとこそこかよ。けどまあ俺ってば悪名高きマイナーボッチだしな……。

 

「前にちょっとな。つーわけで探しに行ってくるわ。悪いが夕食は二人で行ってくれ」

 

 一応これから三人で夕食を食べに行くつもりだったんだが、そういうわけにいかなくなった。「どうせなら夕食も一緒しましょう」と笑顔で詰め寄ってきたアスナにはモウシワケナイ。

 

 転移門のある方へ歩き出しながら背後のキリトとアスナへ手を振っておく。

 こんな状況だ。二人も納得してくれるだろう。埋め合わせは後日するとして――。

 

 と、そこでガシッと両肩を掴まれた。チラチラっと左右後方へ視線を送る。

 

「俺たち(私たち)も一緒に探すよ(わ)!」

 

 ほんと仲良いね、君たち……。肩掴むタイミングとかバッチリだったよ。なんなら声も完全に重なってたよ。

 君たち二人、攻略組でなんて言われてるか知ってる? 《夫婦剣士》だとか《狂戦士(バーサーカー)コンビ》とか《ニコイチ》よ。

 

 まったく、攻略のコンビってだけじゃなく、どっちも負けず嫌いな上に妙なところでお人好しだよなぁ。困ってる人はほっとけないタイプなのだろう。自分から首突っ込むとか、お前ら主人公かよ。

 

 とはいえ、行方不明のプレイヤーを探すとなると……。

 

「――助かる。《風々亭》のアップルタルトでいいか?」

 

 言うと二人はきょとんと顔を見合わせ、やがてお揃いの呆れた笑みを浮かべた。

 

「オーケー。ありがたくご馳走になるよ」

「ほんと、ハチくんってば捻デレなんだから」

 

 だからデレてないっての。何度目だこれ。

 

「まあ、人手が増えるに越したことはないからな。よろしく頼む」

 

 手伝ってくれるらしいキリト&アスナと一緒に転移門に立つ。行先を知らない二人が付いて来られるよう、少し大きめの声で唱えた。

 

「転移――《タフト》」

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 攻略組が25層にたどり着いてから既に一週間が経過した。

 《アインクラッド》の丁度四分の一にあたるこの層は今までよりも難易度が高く、攻略は大いに難航している。

 

 第1層を突破して本格的な攻略が始まって以来、攻略組はすべての層を一週間ほどで突破してきた。

 10層と20層ではそれぞれ八日、九日と時間を要したものの、それは単純にボスが強力で準備に時間が掛かったからでフロア攻略自体は一週間も掛からなかった。

 

 そんな目安となる一週間が経過した今、この25層はまだ半分も踏破されていない。

 

 理由は単純。敵が強いのだ。

 半年間このSAOの最前線で戦ってきた攻略組プレイヤーをして苦戦させられるほどに強い。それもフィールドボスやフラグボスですらない、雑多な敵mob相手にだ。

 

 最初にその事実を突きつけられたのは《DKB》だった。

 

 一週間前、25層の主街区《ギルトシュタイン》にたどり着いた後、《DKB》のメンバー数人が街周辺の探索に出た。中には安全マージンの基準である『階層+10レベル』に達していない中層プレイヤーもいたらしいが、それを油断だと指摘するのは少々酷だろう。

 

 これまで、主街区の周辺に強力なmobが出現することはなかった。精々がその層の最下級レベルのmob二、三体が出る程度だったのだ。

 この程度の敵であれば攻略組として最前線で戦う者は言わずもがな、多少レベルや装備で劣る中層プレイヤーでも問題なく戦えていた。少なくとも24層までは。

 

 だがデュラハン戦の二時間後に緊急会議を招集した《DKB》リーダーのリンドは、攻略組の前で自ギルドのメンバーが危うく全滅しかかったと知らせた。

 新しいフロアに来て意気揚々なプレイヤーも、ボス戦の疲れでぐったりなプレイヤーも、これには一転して真剣な表情を浮かべた。

 

 曰く、中層プレイヤーを含む《DKB》の一パーティー六人が武装したゴブリン四体と戦闘になった。ゴブリンたちは今までよりも良質な装備を纏っており、様子を見るようにじりじりと距離を詰めてきたそうだ。

 これまで戦ってきたゴブリンと違う行動に違和感を覚えつつも、彼らは先手を取ってゴブリンへ攻撃を仕掛けた。六人のうち四人が突進系のソードスキルで斬りかかった。

 

 だが彼らの攻撃は全てゴブリンたちの剣や盾で弾かれたらしい。そしてスキル後の硬直で動けない四人はゴブリンの反撃をもろに喰らった。

 幸いレベル差のお陰でダメージはそれほどじゃなかったらしいが、ゴブリンたちの見せた動きにしばらく呆然としてしまった。

 それが大きな隙となってゴブリンたちの追撃を許し、パニックになって陣形が崩れ、あれよあれよという間にダメージは重なっていき……。

 形成不利と判断して逃げ出した頃には六人ともがHPを半減させていた、と。

 

 リンドの説明を聞いた一同は言葉を失った。

 

 敵が攻撃を防ぐ。スキル後の硬直を狙って攻撃してくる。

 プレイヤー側からしてみれば当然の戦い方も、敵が実行してくることはこれまでなかった。一部のボスモンスターにはその兆候も見られたが、フィールドやダンジョンで遭遇する通常のmobが見せることはなかったのだ。

 

 震える声で偶然だろうと言うやつがいた。

 とんでもない話だ。ただの偶然で片付けられるわけがない。

 

 リンドは四人の攻撃全てが弾かれたと言った。一人や二人じゃない。四人ともが揃って防がれたということは、それが偶然ではなくゴブリンの意図に依るものということだ。

 つまり25層に出現する敵は、最低級のゴブリンですら(・・・・・・・・・・・)こちらの攻撃を防ぎ、弾き、カウンターを打ち込んでくる知能があるってことだ。それがどれだけ危険なことか想像するに難くない。

 

 同じ結論に至った者は少なくなかった。命を懸けて戦う攻略組の人間だ。自分の命が脅かされる事態には敏感じゃなきゃとてもじゃないが務まらないからな。

 

 リンドの報告を聞いた攻略組の面々は翌日から何度も主街区周辺での偵察戦を行った。

 クエストボスに挑むくらいの入念な準備をして街の周りを探索し、遭遇するmobと慎重に戦闘を重ねていった。

 

 結果、この25層に出現する敵はこれまでと戦闘の次元が違うとわかった。

 単純な力押し、ワンパターンなカウンター、スイッチを繰り返しての攻防、そしてソードスキルを使用するタイミングなど、これまで通用していた戦法のほとんどが通用しなくなっていた。

 

 丸三日かけて行われた偵察戦は、新たな戦術を構築する必要性を突きつけてきた。

 俺を含めた全員が、より高度な思考を持った敵と戦うにはどうすればいいかを考えなくてはならなかった。

 

 そんなこんなで、25層到達から一週間が経っても攻略の進捗は芳しくなかったわけだ。

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

「来てくれてありがとう。突然こんなことを頼んで申し訳ないんだけど……」

「いや、俺も無関係ってわけじゃないからな。気にしないでくれ」

 

 第11層の主街区《タフト》の転移門広場にケイタはいた。

 すぐに行くと伝えてはいたが、まさか広場で待っているとは思わなかったな。

 

「ありがとう。――ところで、その人たちは?」

 

 大げさに頷いたケイタはちらっと俺の後ろへ視線を送る。

 

「あー、協力してくれるってんで連れてきた。黒い方がキリトで、白い方がアスナだ」

「ちょっと、なによその言い方。紹介が適当過ぎるわよ!」

「黒い方って。まあわかりやすいけど……」

「はいはい、今は時間ないから後でな」

「ア、ハハ……。よろしくお願いします」

 

 不満げなアスナとため息のキリトは放っといて話を進める。

 

「それで、状況はどうなってんだ? 今も他のメンバーはサチを探してるんだろ?」

 

 するとケイタは苦笑いを収めて真剣な顔で答えた。

 

「とりあえず心当たりのある場所を回ってる。みんなで食事をした店とか雑貨屋とか……」

「とっかかりとしちゃ妥当だな」

 

 サチがどういう理由でいなくなったかはわからないが、マップで追えないとなると《隠蔽》スキルか何かしらのアイテムで身を隠している可能性が高い。

 他のプレイヤーの手によって隠されてるって線もあるが、いなくなる直前までそばにいたギルドメンバーに気付かれずにってのはちょっと考えづらいしな。

 

「ならそいつらは街中を探させるとして、ケイタ、お前は宿に戻った方がいい」

「えっ……どういうことだい?」

 

 自分も探し回る気でいたんだろう。ケイタは目を丸くした。

 

「複数の人間が手分けするときは情報をまとめるやつが必要だ。その点、お前は俺とも連絡が取れるからまとめ役に適してる。それに、案外ひょっこり帰ってくるかもしれないしな。こっちはこっちで探してみるから、何かあったらまたメッセージくれ」

 

 全員が適当に探し回ったんじゃ効率が悪いからな。誰か一人を司令塔に回した方が抜けや重複を防げるし、サチが宿へ戻ってきた場合の入れ違いをなくすこともできる。

 

 ところがケイタは納得できていないようだった。

 顎に手を当てて、真剣な表情で切り出してくる。

 

「街の外に出たって可能性はないかな?」

 

 おいおい。何を言い出すかと思えば……。

 

 確かに街の中と違って、圏外のダンジョンなんかでは自由にメッセージをやりとりすることができない。同時にマップ追跡もできなくなるから、今の状況はサチがダンジョンにいるからと考えることもできる。

 

 だがケイタは肝心なことを忘れてる。

 

「あいつが一人で敵のいる圏外に出ると本気で思ってんのか?」

 

 ほんの二、三時間レクチャーをしただけの俺ですらサチが臆病なのはわかるのだ。同じギルドのリーダーで、ましてや長年の付き合いがあるケイタにわからないはずがないだろうに。

 

 訊き返すと、ケイタはハッと落ち込んだような表情を浮かべた。

 

「…………そうだね。自分からは出ない、と思う」

 

 どうやら納得してもらえたようだ。ここで意固地にならないあたりが《月夜の黒猫団》でリーダーを務めてる所以なのかもな。

 

「なら、今は街中を集中して探すべきだ。仮に圏外へ出たんだとしたらそれこそ人手が足りない。その場合、もっと人を集める必要がある」

 

 そのときはアルゴにでも頼めばいい。情報と人手の両方をお手頃価格で提供してくれるだろうよ。後で馬車馬のように働かされるだろうけどな。

 

「わかった。ハチの言う通りにするよ。何かわかったらすぐ連絡する」

「ああ、そうしてくれ」

 

 ケイタは頷き、キリトとアスナへ「ご協力お願いします」と一礼してから宿へ向かった。

 走り去るケイタを見送ったところで、アスナとキリトが口を開く。

 

「さて、それじゃあ私たちも探そっか。しらみつぶしって感じになっちゃうけど」

「そうだな。ハチはともかく、俺たちはそのサチって人に会ったことないしなぁ」

「いや、お前らには別に頼みたいことがある」

 

 そう言うと二人は「せっかく探す気満々だったのに……」とでも言いたげな表情で振り返った。やる気出してたとこすみませんね。

 

「ちょっと《はじまりの街》まで行ってきてくれないか」

「《はじまりの街》? 別にいいけど、どうして?」

 

 アスナが首を傾げる。

 一方キリトは少々考えた後、内容に思い当たったようで顔を上げた。

 

「……石碑、だな?」

「あ……そういうこと」

 

 さすがは二人とも普段からユキノに付いていってるだけある。頭の回転が早いな。

 

 《はじまりの街》の中心には《黒鉄宮》という城がある。

 茅場によるデスゲーム宣言の行われた中央広場に隣接したその城は、ベータテスト時には死んだプレイヤーの復活場所だったのだという。キリトから直接聞いたことだから間違いないだろう。

 

 だがSAOが復活のできないデスゲームと化した後、場内の広間には見上げるほどの大きな石碑が建てられていた。そして黒く滑らかな石碑の表面にはびっしりとプレイヤーの名前が彫り込まれていた。

 巨大な城の広間を埋めるほど大きな石碑だ。わざわざ数えるまでもなく、そこには全プレイヤーの名前が記されているのだとわかった。

 

 それだけじゃない。ご丁寧なことにこの石碑、死亡したプレイヤーの名前には横線が引かれ、死亡した日時と死因が追記されるようになっている。

 だから居場所がわからないやつや連絡が取れないやつが出た場合、生きているかどうか石碑を見て確認する必要があるのだ。

 

「まずないとは思うが、可能性はゼロじゃない。けどギルドのやつらに確認させるのもな。気分のいい頼みじゃないが、引き受けてくれないか?」

 

 我ながら嫌な頼み事をしている。

 何事もなければいいが、万が一サチの名前に線が引かれていたら……。そもそも『石碑を見に行った』ということ自体悪印象のもとになることもある。

 

「もちろん、構わないよ」

「そうね。直接会ったことがない私たちの方がいいと思うし」

 

 だが二人は迷うことなく頷いた。

 後ろめたいことなどないというようにはっきりとした態度だ。

 

「……悪いな。せっかく協力してくれるってのに嫌な役押し付けて」

「気にするなよ」

「そうそう。その代わり、ちゃーんとアップルタルト奢ってもらうから」

 

 頼んでるのはこっちなのに気まで遣われてしまったらしい。ほんと、こいつらは物語の主人公みたいにできたやつらだな。

 

「はいよ。なら頼むわ。サチの綴りは《sachi》だ」

「オーケー。じゃあ《はじまりの街》へ行ってくる」

 

 そう言って、キリトとアスナは転移門へ歩いていき、《はじまりの街》へ転移した。

 

 一方、俺は一人、転移門広場に残ってこの後の行動指針を練る。

 《タフト》の地図を開き、周りを見渡して、とある建物に目を留める。

 

「とりあえず、あそこに行ってみるか」

 

 誰にともなく呟いて、広場の外れにひっそりと建つ教会へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 第11層主街区の《タフト》は近代ヨーロッパ風な街並みをしている。

レンガ造りの建物が並び、石畳の敷かれた道や鉄製の柵、青銅製の噴水なんかをガス灯が照らす落ち着いた雰囲気の街だ。

 広さはそれほどでもない。端から端まで歩いて三十分といったとこだろう。主街区だからといってどこも広いわけじゃないしな。《はじまりの街》が広すぎるだけだ。

 

 今現在、俺は教会の鐘楼に上っている。他の建造物より高い位置にあるここからなら、街全体を見渡すことができるからだ。

 

 いなくなったサチについて、俺は黒猫団の連中のような心当たりはない。行ったことのある場所やお気に入りの場所なんかも知らない。なんなら彼らが拠点にしている宿すらおぼろげなレベル。

 そんな俺が街中を駆け回っても意味はないだろう。偶然すれ違うくらいならとっくに見つかってる。そうでないというなら、それだけの理由があるということ。

 

 単純な話だ。

 

 今サチが見つかっていないのは、彼女の居場所をマップで追えないからだ。それはつまり彼女が《隠蔽》の効果を受けているということ。自力でのことか、アイテムによるものか、或いは第三者の存在によるものかはわからない。

 

 この場合、第三者の存在による可能性は無視していいだろう。ケイタから聞いた限りじゃ誘拐されるような状況じゃないし、仮に第三者が絡んでいるとなったらもうお手上げだ。

 

 故にサチは《隠蔽》スキルか同じ効果を持つアイテムによって姿を隠していると断定する。

 

 となれば今、サチはきっと一人でいるだろう。

 なら、その思考をトレースすればいい。文化祭で相模を探したときと同じだ。

 

 サチについて知っていることはそれほど多くない。ほとんど知らないと言ってもいいだろう。ほんの二、三時間、戦い方のレクチャーをしただけだしな。

 

 けれど、わかることもある。

 

 サチは怖がりな女の子だ。戦闘で前に出ることが苦手で、敵の攻撃を防ぐのにも怯えてしまう。第1層から上がってくるまでの間、後衛から敵を牽制する役だったらしいのは彼女とケイタのやりとりから読み取れる。

 

 彼女に限らず、世間一般の女子高生が最初から巨大カマキリや凶暴な亜人と戦えるとは思えない。

 だが幾度となく戦闘を重ねれば段々と慣れてくるはずだ。現に最前線まではいかなくとも中層で戦闘に参加している女性プレイヤーはそれなりに出てきている。

 

 けれどサチは《月夜の黒猫団》の一員として数々の戦闘をこなしてきたにもかかわらず、未だに戦闘で怯えてしまっている。本来なら街の外へ出て戦おうとは思いもしないだろう。

 

 ではなぜサチは恐怖をおしてなお戦闘に参加し続けたのか。

 

 以前、サチと話したときに彼女は『みんな頑張ってるのに私だけ……』と零していた。

 何を思ってそう口にしたのかはわからない。だが彼女が仲間との繋がりを失うことを恐れていたのはわかる。

 

 嫌われたくない。置いていかれたくない。

 そんな思いが戦闘への恐怖に勝っていたから、彼女は怯えながらも仲間と一緒に戦い続けたのだろう。怯えながら、震えながら、自身の居場所を守るために戦っていた。

 

 それが今日、ふとした拍子に折れてしまったのだとしたら。

 折れるとまではいかないまでも、擦り減らしてきた心が疲れてしまったのだとしたら。

 

 辛い板挟み状態から逃げ出したくなった人間が望むこと。それは一人になることだ。

 誰の目もない、本音を隠す必要のない場所に行って、大きく息を吐くことだ。

 

 さらにもう一点。

 そう遠くない場所にいるはずだ。逃げ出したいのが本音なら、居場所を守りたいのも本音だろう。なら、ギルドホームからあまり離れたりはしないはずだ。

 

 物理的に入れない場所には行かない。圏外に出ることもない。人目のあるところにも行かないはずだ。

 

 なら、あとはどこだ?

 まだ選択肢が多過ぎる。推測するための材料がもう少し必要だ。

 

 その道のプロに訊くためにフレンドリストを呼び出した。

 数少ないフレンドのうち上から二番目のやつにメッセージを送る。

 

『一人になりたいやつは街の中ならどこへ行く?』

 

 用件も理由もなにも書かず訊きたいことだけを送った。

 普通こんなメッセージをもらったら混乱して詳しいことを訊き返してくるもんだが、速攻で返事を寄越したこいつは違う。

 

『教会の空き部屋、宿の一室、路地裏、外壁の上、あとは橋の下ってとこダナ!(¥200)』

 

 まったく、何でもかんでも情報料取りやがって。

 

 ともあれ、参考にはなった。

 教会の部屋はここへ来る途中にチェックしたし、宿にはケイタが張り付いてる。路地裏なら黒猫団の連中が見つけるだろう。《タフト》に登れるような外壁はない。

 

 橋の下……。水路か。

 

「――いくつかあるな」

 

 鐘楼から街全体を見渡してみると、水路に下りられる階段がいくつか見つかった。その内の一つが転移門広場からそう遠くない場所にある。

 

 俺は鐘楼から下りて路地を走った。人通りの少ない路地は快適なトラックと変わらない。敏捷値に極振りした俺の足なら尚更だ。

 

 歩けば十分は掛かろうかという距離をものの二分ほどで走破した。通り沿いにひっそりと続く下り階段を見下ろして足を止める。

 

 ふと、そのときメッセージの受信を知らせる電子音が鳴った。

 差出人を予想しつつウィンドウを開く。

 

『石碑の名前は無事だった。念のため似たような綴りも調べたけどそれもない。サチさんは間違いなく生きてるよ』

 

 《はじまりの街》へ向かったキリトからだ。仕事が早いことで。

 

 『了解だ。適当な時間にこっちへ来てくれ。多分、もうすぐ見つかる』と返事を出してウィンドウを閉じ、水路への階段を下りる。

 

 石畳の階段を下り、穏やかに流れる水音を聞きながら橋の影に歩み寄る。

 

 そこには若草色のマントを羽織ってうずくまるサチの姿があった。

 

「……サチ」

 

 声を掛けると、肩までの黒い髪を揺らして顔を上げ、驚いたように呟いた。

 

「ハチ、さん? どうして……」

 

 信じられないとでも言いたげの彼女を見て、とりあえず忘れられてなくてよかったと、どうしようもない考えが真っ先に浮かんだ。

 

 




第十話でした。
次回更新は未定です。

三連休パワーで進められれば、多少は早めに仕上げられるかもしれません。
期待せずお待ちください。

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