やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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ぎりぎり三連休中に上げられました。
今回はちょっと長めですが、よろしくお願いします。

ということで11話です。


第十一話:またしても、比企谷八幡は元来た道へ引き返す

 転移門広場から程近くの暗い水路にサチはうずくまっていた。

 膝を抱え、背中を丸めて座り込む彼女へ声を掛ける。

 

「サチ」

 

 一瞬だけ震え、ゆっくりと顔を上げたサチの目には驚愕の色が浮かんでいた。

 

「ハチ、さん? どうして……」

 

 その後に続けようとした言葉は何だったのだろう。

 真っ先に浮かぶのは「どうしてここに」だが、同じくらい「どうしてあなたが」もあり得る。「なんで来たの」や「お前なんかが」とか言われたら泣けてくるから勘弁してね。

 

「まあ、色々とな。ここがわかったのは偶然みたいなもんだ」

「……そっか」

 

 サチはかすかに笑った後、再び抱えた膝の上に顔を伏せた。

 彼女の方へ歩み寄り、三人分くらい離れた位置で壁に背を預ける。水路を流れる水へ視線を落とし、未だ顔を伏せたままのサチが聞こえるギリギリの声で呟いた。

 

「ケイタが心配してたぞ。ギルドの連中も街を探し回ってる。早く帰って安心させてやった方がいいんじゃないか?」

 

 答えはない。サチは俯いたままで、顔を上げる素振りすらなかった。

 ふぅ、と一息挟んで続きを口にする。

 

「なんて、そんなのは一般論だ。誰にだって一人になりたいときくらいある。どんなに気の合う集団にいても、その中での役割に縛られることはあるし、それが苦になるときはある。だから、今すぐ戻れとか言う気はない」

 

 今度は反応があった。そっとこちらの真意を窺うようにサチが顔を上げる。

 彼女の目が完全にこちらを向いたところで視線を合わせて言った。

 

「なあ、お前はどうしたいんだ?」

「…………」

 

 サチの目が水面へ落ちる。答えのないまま一分が経ち、二分が経ち、それでも黙って待っていると、やがて彼女は囁くように言った。

 

「私……私は、逃げたい」

 

 逃げたい、か。

 

「それは何から?」

「この街から。黒猫団のみんなから。モンスターから。……《ソードアート・オンライン》から」

 

 即座に答えることができなかった。そこまで思いつめているとは思わなかった。

 それが彼女の本音なのか、あるいは衝動的に出た言葉かはわからない。言葉の意味するところを推し測ることはできても真意まではわからない。

 

 だから結局、わかりやすい問いを返すことにした。

 

「SAOから逃げたいってことは、お前……」

 

 けれど最後まで訊く前に、サチは小さく首を振った。

 

「ごめん、嘘。死ぬ勇気があるなら、こんな街の圏内に隠れてないよね」

 

 自嘲するように笑ったあと、彼女は一転して顔を強張らせる。

 

「私、死ぬの怖い。怖くて、この頃あまり眠れないの」

 

 一度口にしてしまえば、あとは堰を切ったように流れだした。

 

「ねえ、何でこんなことになっちゃったの? なんでゲームから出られないの? なんでゲームなのに、ほんとに死ななきゃならないの? あの茅場って人は、こんなことして、何の得があるの?こんなことに、何の意味があるの……?」

 

 その五つの質問に、それらしい答えを返すことは可能だった。彼女を納得させられるかは別として、事実と推測を織り交ぜた理屈を捻りだすことはできた。

 

 けどそれは欺瞞だ。上っ面だけの詭弁だ。

 なら、そんな気休めはいらない。

 

「さあな。意味なんてないんじゃないか。それこそ茅場本人にでも訊かないとわからないだろ。考えるだけ時間の無駄だ」

 

 突っぱねるようにそう言うと、サチは「……そうだよね」と息を吐いた。

 

 彼女にもわかっているのだろう。

 意味なんてない。理由なんてない。ただ居合わせてしまっただけなのだ。

 

 再びの沈黙。空気はさっきよりも重苦しい。

 こうなるのをわかってて言った身としては心苦しいが、俺が何を言ったところで似たような空気になってただろう。

 

 ちらっと横を見ればサチが泣きそうな顔で、けれど涙は流さず俯いている。じっと水面を見つめる彼女は今、何を考えているのだろうか。

 

 サチは死ぬのが怖いと言った。それが理由で眠れないとも。実際、こうして逃げ出してしまうほどにサチは追い込まれている。

 

 この街や黒猫団から逃げたいと言ったのも、戦うことへの怖さと、仲間との繋がりとの間で苦しんでいたからだろう。彼女が本当に黒猫団という寄る辺を捨てられるなら、もうとっくに捨てて逃げているはずだ。

 

 であれば、黒猫団からは離れず、かつ死の恐怖を和らげる方法を考えなくてはならない。

 できることならこれ以上戦闘には参加せず、その上でギルドに貢献する手段が必要だ。

 

 真っ先に思いつくのは、以前にも話した生産職に転向するという方法。

 前線に出ず、ギルドメンバーのサポートがメインの生産職なら、死の危機に直面する機会はぐっと減るはずだ。それでいて生産職も経験値を貯めることはできるから、効率は劣るものの安全にレベルを上げることができる。

 もちろんメンバーの協力は必要だが、今よりもずっと安全に過ごすことができるだろう。

 

「前にも少し話したが、生産職になるって方法もある」

 

 今のように戦う必要はなくなり、かつギルドへ貢献もできる。そんな感じのことをかいつまんで説明すると、サチは小さく微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

 けれど彼女はまたすぐに俯いてしまう。

 口元に浮かんだ笑みも諦めたようなものに変わっていた。

 

「……あいつらは反対すると思うか?」

 

 そう訊くとサチは首を振り、視線を足元へ落とした。

 

「だめとはきっと言わないよ。でも……」

「頑張ればきっと、か」

「…………うん」

 

 以前ケイタの言っていた台詞を口にすると、サチは極小さな声で頷いた。暗く沈んだ表情を見るに、何度も繰り返された言葉なのかもしれない。

 

 ケイタは悪いやつじゃない。それはわかる。

 五人だけの小規模ギルドとはいえ、全員をまとめあげて中層まで上がるのは簡単なことじゃない。メンバーからは慕われているし、ギルドとしての目標も掲げている。リーダーとして信頼に値する人物なのだろう。

 

 だが、考えてみれば、黒猫団はバランスの悪いパーティーだった。敵の攻撃をガードできる前衛が一人しかいないのに、後衛ばかり四人もいるのだ。

 そんな中でサチはスキル熟練度の低さという消極的な理由で前衛にコンバートさせられそうになっていた。なんなら今も練習は続いている可能性すらある。

 

 あれから状況が変わっていないとして、サチが後方支援に回りたいと言い出せばどうなるか。

 

 ただでさえ定員の六人に満たなかった黒猫団のパーティーは四人だけとなる。しかも前衛へのコンバートを進めていたサチが抜けるのだ。残るのは前衛一人に後衛が三人。バランスを考えれば三人の内の誰かを前衛に回す必要が出てくる。

 

 身も蓋もない話だが、メイン武器を変更する場合にはそれまで必死に鍛えてきたスキルを捨てる勇気が要る。その上でまた一から新しいスキルを鍛え直さなくちゃならないという手間も付いてくるのだ。自分から進んでやろうとは誰も思わないだろう。

 

 サチの他の後衛はリーダーのケイタ、シーフのダッカー、槍使いのササマルの三人。

 彼女が本気で話せばダメとは言わないだろうが、その場合、代わりに前衛へ回った一人と仲が拗れるかもしれない。最悪、ギルドが空中分解することも考えられる。

 

 死ぬのが怖い。戦うのも怖い。

 けど自分が抜ければギルドが崩壊する可能性すらある。

 

 でも自分が我慢すれば、少なくとも黒猫団のみんなは一緒にいる。

 だから怖くても戦わなきゃいけない。

 一緒に居続けるために、怖さを我慢して、戦わなきゃいけない。

 

 それがサチの葛藤だ。

 死ぬのが怖いと逃げ出してまで言った彼女は、仲間と一緒にいるためには恐怖を押し殺して戦わなくちゃいけないのだと、そう考えている。

 

「一つだけ聞いてもいいか」

 

 俯くサチへ声を掛ける。

 彼女は未だ泣きそうな顔のままこちらへ向いた。

 

「もしもの話だ。もし、お前がさっき言った後方支援に回れて、かつ黒猫団はバラバラにならず連中の仲も拗れない。そんな方法があると言ったら、お前はどうする?」

 

 そう言うと、サチの目が困惑に揺れた。上目遣いにじっと窺うような眼差しを向けてくる。

 十秒、二十秒と沈黙が続き、やがてサチはか細い声で呟いた。

 

「……ほんとに? ほんとに私は戦わずに済むの? 黒猫団のみんなとも離れずに?」

「ああ。戦闘に参加することも、ギルドがバラバラになることもない。お前も、もちろん他の連中も危険なことはないし、後腐れすることもない。そんな方法だ」

 

 説得力なんてない。内容を一切開示してないのだから、信用に足る根拠は皆無だ。

 

 だが、それでも――。

 サチは目を伏せて少し考えた後、縋るような目を上げ、やがて小さく頷いた。

 

 そっと微笑んだ彼女の瞳から、ツーッと一筋の涙が伝った。

 

 

 

 

 

 

 黒猫団の現状はかつての文化祭実行委員と本質的に似ている。

 ONE FOR ALL。一人はみんなのためにってな。

 

 貧乏くじを引いたやつの事情も心情も知らず、知ろうともせず、知っていても知らないふりをして、周りがそうしてるからと曖昧なままに押し付ける。

 そうやって、見かけの上では上手く回っている裏で誰かが負担を強いられる世界だ。

 

 みんな頑張ってるとか、自分たちも協力するなどと耳障りの良い言葉で誤魔化しちゃいるが、結局のところそれは強要して洗脳しているに過ぎない。

 嫌と言えば応援され、それでも否と言えば『自分勝手なやつ』と非難される。自分から名乗り出たわけじゃないのに『無責任だ』と誹られる。そうした悪意に晒されて脅されて、いずれ考えるのをやめてしまうだけだ。

 

 怖いものを怖いと言って何が悪い。

 死にたくないと泣くことが悪なはずがない。

 なら、怖い、死にたくないと叫ぶやつに押しつけるのは悪だろう。

 

 誰かが泥をかぶんなきゃいけない。それは事実だ。

 ここがゲームの中だとしても人間が人間である限り変わらない。

 

 けど、怖がりな女の子が人知れず震えなくちゃならない世界なら。

 

 彼女には、世界を変えたいと願う権利がある。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 それからケイタへメッセージを飛ばし、俺たちは《タフト》の外縁部へ向かった。

 

 この街は11層の外周部に位置しており、街の一部はこの外周に接している。

 小さな広場のようなそこはアインクラッドの外、果ての無い雲海を一望することができる絶景スポットだ。同時に最近は滅多にない自殺者の身投げスポットだったりもする。

 

 俺とサチが広場へ着いたときにはもうすっかり日が暮れていた。薄暗い広場には所々ガス灯が立っており、視界もある程度は保たれている。

 とりあえず石造りのベンチにサチを座らせ、ケイタたち黒猫団の到着を待つ。

 

 ケイタへは黒猫団のメンバー全員を連れてこの広場へ来るよう伝えてある。サチは見つかったが疲れてるっぽいからここで休ませておくと、それらしい理由づけもした。『ついでに今後の話でもしたらどうだ』なんて念押しもしたから間違いなく全員で来るだろう。

 

 寧ろ全員が揃ってくれなきゃ意味がない。

 ケイタや他の三人がいて、そこにサチもいる状況が必要だ。

 それでいて人目に付かず、ある程度広い場所であることが望ましい。そういう意味じゃあ、この広場は適度に広くて薄暗く、おまけに空が近い最適な場所だった。

 

 一方でキリトとアスナには申し訳ないがお帰り願った。

 これからやろうとしてることを二人が知れば絶対に止めに入るだろうからな。先に《風々亭》へ行っておくようメッセージを出したから、今頃はアップルタルトが出てくるのを待ってるはずだ。

 

「あ、あの、ハチさん。ケイタたち、ここへ来るんですよね。何をするんですか?」

 

 ちなみにサチにも詳しいことは話してない。知らない方が反応も自然になるしな。

 

「心配すんな。お前はとりあえず座ってるだけでいい。後はこっちでやる。……っていうか、別に敬語使う必要ないぞ」

「はい……じゃなくて、うん。わかった」

 

 納得したわけじゃなさそうだが、ひとまずサチは言う通りにしてくれるようだ。

 であれば、こっちとしても動きやすい。

 

 と、そのとき――。

 

「ああ、来たか」

 

 ふと、夜闇の中からパタパタといくつかの足音が響いてきた。足音の主たちは点在するガス灯の下を駆け抜け、すぐ目の前で止まる。

 

「サチ!」

「どこ行ってたんだよ」

「心配したぞ」

 

 口々に安堵の声を漏らすササマル、ダッカー、テツオの三人。

 先頭のケイタはサチを見てホッと息を吐いた後、笑みを浮かべて俺の方へ振り向いた。

 

「サチを見つけてくれてありがとう。サチも無事でよかった」

 

 言って、ケイタはベンチに座るサチへ歩み寄る。

 そうやって彼が横をすり抜ける直前、俺は進路を塞ぐように割り込んだ。

 

「……ハチ?」

 

 ケイタが困惑顔で立ち止まる。後ろの三人も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 

 そこへ問いかける。

 

「一つ聞きたい。以前、俺はお前に、サチは戦闘から外すべきだと言ったな。それに対してお前は、頑張って練習すればきっとできるようになるはずだ、と答えた。そうだな?」

「っ……。確かに、そう言った」

 

 ケイタの表情が変わる。悔しそうに歯を噛み締めて、絞り出すような声で答えた。

 

「あれから三週間、まさかずっと同じような調子でサチに前衛の練習をさせていたなんてことはないよな?」

 

 応えはない。

 けれど押し黙るケイタの歪んだ表情が何よりも雄弁に答えを示していた。

 

「……お前らはどうだ? サチに前衛を押し付けて、自分たちはやりたいようにやる。そこに何の疑問も後ろめたさも感じなかったのか?」

 

 次いでケイタの後ろに並ぶ三人へ問いかけると、三人は程度の違いこそあれど、三人ともが苦い表情を浮かべて目を逸らした。

 

 思わずため息が出る。

 

 あるいはこの時点で予想とは違う答えや表情が返ってきていたら、これからやろうと考えていた行動を改めていたかもしれない。

 ケイタや他の三人がサチの心情を慮ろうとする姿勢が見えたなら、彼ら自身で解決できるとわかったなら、わざわざ俺が介入する理由も理屈もなかった。

 

 けど、もう遅い。

 

 今さら指摘されて痛いところを突かれてるようじゃ、こいつらが自分たちだけで気付けた可能性は低い。それこそ、手遅れになるまで気付かなかった可能性すらある。

 

 サチは怖がりな女の子だ。

 誰が見ても、それこそ同じギルドの仲間なら余計にわかるだろう。

 

 にもかかわらず、こいつらはサチに前衛へのコンバートを強要した。

 敵mobの攻撃に過剰な反応をする姿に見て見ぬふりを続けた。

 仲間なはずなのに、サチが姿を隠してまで逃げ出した意味に気付かなかった。

 

 警告はした。けど変わらなかった。

 だから次の手を打つのだ。

 

 正攻法と呼べる手は既に打った。

 問題を提起して、原因を示して、自己解決を促した。

 俺が直接かかわる問題ではなかったし、解決策をそのまま伝えるのは半年間あの部活でやってきた理念に反する。だから彼らの問題は彼ら自身が解決すべきだ。

 

 だが三週間が経っても解決はしなかった。解決の兆しもなかった。

 それどころかサチは次第に追い込まれ、ついに逃げ出す事態にまでなった。

 

 であれば、やり方を変えるしかない。

 正攻法ではない、俺のやり方。

 正々堂々、真正面から卑屈に最低に陰湿に。

 

「お前らが自分さえよけりゃいい連中なのはよくわかった」

 

 全員に聞こえるよう呟き、一歩二歩と後退してウィンドウを開く。

 アイテムストレージから槍を取り出して装備フィギュアにセット。オブジェクト化した槍を大袈裟に掴み、腕を振ってメニューウィンドウを消した。

 

「えっ……」

「ハチ……?」

 

 俺が武器を取り出してようやく、ケイタとサチから声が漏れた。俺の行動の意味がわからないのだろう。

 

 当然だ。デュエルを除き、一切の戦闘がありえない圏内で抜き身の武器を持つ必要はない。

 鞘に収めてとかファッション性重視で常に持ってるならともかく、わざわざストレージから取り出してまで持つ意味はないのだ。

 

 また圏内で武器を振り回したところで迷惑行為以上のことはできない。圏内ではHPが固定されるし、仮にソードスキルが直撃したところで軽くノックバックされるだけ。

 

 そう。ノックバックされるだけだ。

 

「なにを……うわぁ!」

 

 ケイタが悲鳴と共に尻もちをついた。

 同時に彼の後ろに並ぶ三人が驚きに目を丸くする。

 

 そりゃそうだ。

 街中とはいえ、ケイタに向けてソードスキルを撃ったんだからな。

 

「お、おい! いきなり何すんだよ!」

 

 すぐに三人がケイタを庇うように立ち塞がった。棍使い(メイサー)のテツオは盾をオブジェクト化させて構える。

 

 そこへ《チャージスラスト》を打ち込む。

 

「うぅ……!」

「テツオ!」

 

 盾の中心に槍が突き立ち、テツオがよろよろと後退した。

 声を上げたダッカーと槍を取り出したササマルが俺を睨みつける。が、あまりに鈍い。

 

「ぎゃっ!」

「あぐ……」

 

 範囲技の《ヘリカル・トワイス》でまとめて弾かれた二人が石畳に転がる。スキル後の硬直が解けて顔を上げると、テツオはメイスを持ち、その後ろでケイタも立ち上がっていた。

 

「ハチ……なんでこんなことを。何かの冗談なのか?」

「冗談でこんなことしたりしねぇよ」

 

 丁度起き上がったダッカーとササマル、テツオにケイタと視線を巡らせて、槍の穂先をケイタへ向ける。

 俺の動きに反応してケイタ以外の三人がすぐに武器を構えた。ケイタは苦い表情を浮かべ、俺の後ろからも小さく悲鳴が漏れる。

 

 俺は槍を向けたまま、わざとらしくため息を吐いて見せた。

 

「やっぱり、お前らみたいな最低な連中にサチは渡せないな」

「そ、そんなこと……!」

「ないってか? じゃあ訊くけどな。お前ら、ちょっと熟練度が低いからって女子にタンク役押し付けて恥ずかしくないのか? 前に出るのが怖いってこいつの言葉、真面目に聞いたことがあんのかよ」

 

 途端、四人の表情が翳った。

 構わず続ける。

 

「今日サチがいなくなったのも、元はと言えばお前らがこいつの声に耳を貸さなかったのが原因だ。お前らといたらいつ死ぬかわからない。死ぬのが怖いって言ってたぞ」

「それは、だめ、やめて!」

 

 ベンチから崩れ落ちるようにサチが叫んだ。

 俺の台詞とサチの剣幕の両方が、ケイタたち四人に驚愕と絶望を植え付ける。

 

 俺は力の抜けた四人に歩み寄っていく。

 

「お前らがどれだけあいつに負担を強いてきたのか。それを教えてやるよ」

 

 言って、槍を後ろ手に構える。待機姿勢を感知したシステムが槍を仄かに光らせ、ジェットエンジンに似た起動音が鳴り響く。

 

「安心しろ、圏内じゃあ絶対にHPは減らない。ただし……」

 

 そこで一度切り、ちらっと広場の一角――小さな手すりの向こうに広がる空を見た。

 

「あそこから落ちたら、死ぬけどな」

 

 悲鳴が上がる。それはダッカーのものであり、ササマルのものでもあった。テツオも声を呑み込んだし、ケイタは声こそ上げなかったものの呆然と立ち尽くしていた。

 

「死にたくなかったら防いでみろよ。つっても、タンクが一人じゃあ全員は無理だけどな」

 

 出来るだけ悪い顔で笑って見せると、ダッカーとササマルが逃げるようにテツオの後ろに跳び込んだ。が、肝心のテツオが及び腰でまともに踏ん張れそうもない。そしてケイタは一人、諦めたように突っ立って動かなかった。

 

「やめて……ハチ、やめて……!」

 

 背後からサチの止めようとする声が聞こえる。

 

 けど、だめだ。これじゃあまだ足りない。

 攻撃に晒される恐怖を、死ぬかもしれないって怖さをあいつらが体感しない限り、彼女の感じてる怖さを理解なんてできない。

 

 本気で当てるつもりはない。ましてや本気で突き落とそうなんて思っちゃいない。

 だがソードスキルを撃つ瞬間までは本気でやらないと意味がない。初めから当てる気がないなんて勘付かれたら、ここまでした意味がなくなってしまう。

 

 だから撃つ直前までは本当にテツオの盾の中心を狙って、踏み込んだ瞬間からはすぐ脇を掠めるように、高速突進技《ソニックチャージ》を放った。

 

 

 

 しかし――。

 

 

 

「ハチ!」

 

 俺の攻撃は、突如割り込んできた剣によって弾かれた。

 

 実用性重視の武骨な片手剣を手に、全身を黒い革や布の装備で覆い、短い黒髪とあどけなさの残る顔立ちの少年剣士――キリトがそこにいた。

 

 キリトは怯えて震えるケイタたちを見て、俺を見て、それから後ろのサチを見て、やがて険しい顔つきで剣を向けてきた。

 

「どういうことだ。なんでこの人たちを攻撃しようとした。答えろ、ハチ!」

 

 そう叫んだキリトの目は、これまで向けられたことのない敵意で満ちていた。

 

 




次回更新は未定です。
我ながらいつになることやら……。
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