やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
黒猫団と一悶着あったあの日から、十日余りが経っていた。
その間、俺は宿と前線とを往復するだけの生活をしている。
あれから黒猫団の連中と顔を合わせることは当然なかったし、キリトやアスナとも最近は話さないためリアルに会話がない。いや、ゲームだからリアルじゃないな。仮想世界でも会話がないとかまじボッチの鑑。
今日もお勤めを終えれば、誰に会うともなく、帰ることになるだろう。経験値稼ぎは午前中に済んでるし、装備の強化も今できる最大限まで終わってる。今やってるクエストも、攻略に関わる情報が入手できるらしいからと、アルゴから請け負ったものだ。
難航していた第25層のフロア攻略もようやく終盤に差し掛かっている。迷宮区最奥のボス部屋もすでに発見済みで、今はボス攻略のための情報収集の段階だ。まだボス攻略会議の日取りなんかは出てないはずだが、早ければ明日にでも開かれるだろう。
一番の問題だった敵mobの強化という点も、ソードスキルを用いない攻撃による牽制やフェイント、新しい陣形の構築、複数人による多段攻撃など、戦術を見直すことによって対処できるようになった。
考案者はユキノという話だが、これにはキリトやアスナを始め、攻略組の他の面々も関わってるらしい。いや、俺はその場にいなかったから又聞きだけどな。
そんなことを考えながら歩いていると、クエストの目的地にたどり着いた。フロアの西端にある小屋で、トンガリ帽子を被ったじいさんが住んでいる。
扉をノックして開くと、
「探し物はこれですかね」
ストレージから《思い出の指輪》なるクエスト限定アイテムを取り出し、じいさんに差し出す。じいさんはそれを見て顔を綻ばせた。
「おぉ、おぉ、そうじゃ。間違いない。見つけてきてくれたんじゃの」
指輪を受け取ったじいさんはそれを大事そうに抱えた。
嬉しそうに頬を緩めるじいさんの表情はプレイヤーのものと変わらないように見える。このじいさん然り、SAOのNPCは時々本当の人間なんじゃないかと思うくらいに感情表現が豊かだ。
「ありがとうの。何か礼をせねばなるまいが、わしには渡せるようなものがなくてのう。長く生きてきた故、知識だけはあるんじゃが……」
「じゃあ、フロアボスについて何か知ってることは?」
そう訊くと、じいさんは「ふむ」と呟いて目を閉じた。
アルゴから依頼されたこのクエスト――《賢者の探し物》というクエストの内容は、この小屋に住む老人の探し物を見つけて持ってくるという定番ものだ。
ただ探し物が迷宮区の一番奥にあるボス部屋の前に落ちており、またこっちから質問をしないと報酬の『ボスの情報』がもらえない、かなり特殊なクエストでもある。
しばらく黙考していたじいさんは、やがて目を開けると徐に語りだした。
「塔の守護者、太古の怪物は、二つの頭を持つ巨人じゃ。かつては別々の体を持っておったそうじゃが、神々の怒りを買い、二人の巨人は一つの体に押し込められた。故にかの巨人は各々が知恵を持ち、一方が眠っても一方が身体を動かすことができるのじゃ」
二つの頭を持つ巨人。偵察したやつらの言う見た目と一緒だな。
そんでこいつはどっちかだけでも動ける、と。
「また、かの巨人は一つの体に押し込められる以前、それぞれ剣と斧を携え、人間では及ばぬ怪力を振るう戦士だったという。加えて胸を覆う鎧は神々からもたらされた特別な品で、あらゆる災厄を払う力があるらしいの」
剣と斧の両方か。それぐらいならまだいいが、後半の鎧ってのは厄介だな。『あらゆる災厄を払う』ってのをゲーム的にとらえるなら、鎧の部分への攻撃は効かないってことになりかねない。
「何か弱点とかないのか?」
するとじいさんは顎髭を撫で、また少し考えてから答えた。
「さての。何しろ太古の時代より生きておる巨人じゃ。わしには見当もつかぬの」
弱点の情報はなしか。はぁ。
「そうか。じゃあ、今日はもう帰るわ」
「すまぬな。また何か聞きたいことがあれば来なさい。お前さんならいつでも歓迎じゃ」
じいさんがそう言うと、目の前にクエストのクリアログが表示された。獲得した経験値とコルも同時に表示される。迷宮区まで行かなくちゃいけないあたり、街で受けられるクエストよりも実入りは美味い。
小屋を出て、南東へ向けて歩き出す。ゆるやかな丘陵が続く草原を一時間も歩けば主街区《ギルトシュタイン》に到着するはずだ。この25層には拠点となる街があそこしかないから、面倒だがそこまで帰るしかない。
道中、クエスト終了の報告と得られた情報をまとめてアルゴへ送る。今頃12層にある《FBI》の本部で攻略情報の編纂をしてるはずだ。
アルゴの下には、俺以外にもボスの情報を集めに散ってるやつは当然いる。《FBI》のメンバーだったり、俺みたく外部の協力者だったりと様々だが、そうして得られた情報は全てアルゴのやつに集積されるのだ。
そんでもって、集まった膨大な情報を整理して、実際に攻略本を製作する部門に渡すまでがアルゴの仕事らしい。「前より楽できていいヨ」と笑っていた。
製本と複製、販促と販売を手掛けるのは、アルゴと並んで《FBI》のリーダーを任されてる男性プレイヤーだ。名前は確か《シンカー》だったと思う。なんでもSAOに来る前から情報サイトを運営してたって話だ。
どこで見つけてきたのかは知らないが、シンカーとやらは気の毒に。あの鼠に捕まったら最後、馬車馬のように働かされる未来しかないからな。現に俺も働かされてるし。
荒野で一人ため息を吐いていると、不意にメッセージが届いた。差出人はアルゴ。五分とかからず返信を寄越したらしい。嫌な予感しかしない。
『ハー坊に頼みたいことがあるんダ! だから部屋で待っててくれヨ。
大丈夫。場所も部屋も知ってるからナ! オネーサンとの約束だぞ♡』
おいなんだよこれ。わざわざ顔合わせる必要ないだろ。しかも部屋で待ってろって。どこの宿のどこの部屋に泊まってるかまで知ってんのかよ。怖ぇよ。
「…………マッ缶飲みてぇな」
もう半年口にしてない千葉のソウルドリンクを求めるくらいには憂鬱だった。
× × ×
主街区に戻って軽食を済ませた後、アルゴに命令された通り宿へ帰る。
ここであいつの言うことを無視しようものなら、どんな報復をされるかわかったもんじゃないしな。大人しく言うことを聞いておくのが一番マシだ。
ベッドに横になってダラダラしていると、二十分くらいでドアがノックされた。無視したい衝動を抑えて、ゆっくりと起き上がり扉を開く。
「ヨオ、ハー坊。オネーサンが会いに来たゾ」
「……なんで教えてもいない宿の場所知ってんだよ」
ため息交じりに言うと、アルゴはケラケラと笑いだした。
「ハー坊の情報は勝手に集まるからナ。宿くらい朝飯前ダヨ。なんなら今朝からのハー坊の行動でも言い当ててやろうカ?」
「まんまストーカーじゃねえか。怖ぇよ」
というか、俺の情報なんて集めてどうしようってんだ。
あれか、罠を仕掛けるのに丁度いい場所でも探してるのか。あるいは俺の行動範囲を調べて近付かないよう触れ回るとか。どっちにしろロクなことにならなそうだし、これからは街中でも常に《隠蔽》スキル使って過ごすべきかもしれない。
「まーまー、ハー坊の情報を集めてるのは保険みたいなもんだし、気にしなくていいゾ」
保険ってなんだよ、と訊きたくなるも、こいつがこう言うなら放っておいてもいいかと思える。
アルゴとの付き合いもなんだかんだで半年近い。滅茶苦茶に働かされるし、隙あらば情報抜かれるし、怒らせたらとんでもない目に遭いもするが、他人を貶めるようなことだけはしないやつだと知ってはいるからな。
一歩足を引いてアルゴを部屋の中へ招き入れた。
「それで、わざわざ部屋まで来て頼みたいことってなんだよ」
扉を閉め、椅子にすとんと腰かけた彼女へ問いかける。
アルゴは足をパタパタと揺らしながら答えた。
「ンー、それなんだけどナ、ハー坊は今日が何の日か知ってるカ?」
「は?」
何の日かだって? …………何の日だ?
今日は5月10日。別に祝日でもなんでもないよな。そもそもSAOで祝日を祝うなんて習慣はないし、記念日的なものもない。つまり休み関連じゃないってことだ。ああ、なんかもうこの時点でどうでもよくなってきたな。
ふと、アルゴが苦笑いを浮かべる。俺のやる気が急落したのを察したんだろう。自分でも面倒くさそうな顔になった自覚があるので何も言えない。
「ニャハハ……。まあいっか。ハー坊にはこれを渡そうと思ったんダ」
そう言ってアルゴはストレージを操作し、一冊の冊子をテーブルに出現させた。
「攻略本か? わざわざ持ってきてもらわんでも、店売りのやつを買ってるぞ?」
「うんニャ、そいつは最新版だからナー。まだどこにも卸してないゾ」
「最新版って、いやお前、もう25層の攻略本は出してたじゃねぇか。あと出すとしたらフロアボスのやつくらいだろ。で、ボスのは攻略会議に合わせて出すんじゃないのか?」
今まで通りなら、フロアボスの攻略本は一発目の攻略会議が行われる日に合わせて出されていたはずだ。ぎりぎりまで情報を集めようとしているからだろう。攻略組の活躍の影に隠れることが多いが、アルゴを筆頭に攻略本を作ってる連中にはほんと頭が下がる。
なんてことを考えていると、アルゴは「あちゃー」と言って額を抑えた。次いでヨヨヨと泣き真似をし始める。騙されない。ハチマンはもう騙されないからね。
「ウゥ、ハー坊も苦労してるんだナ」
「いや、そういうのいいから。この攻略本は何かってのを教えろよ」
「ハァ。だから、そいつがフロアボスの攻略本ダヨ」
「…………は?」
手元の攻略本を開いてみる。
そこには第25層のフロアボスである『双頭の巨人』についての情報が書かれていた。名前、見た目、持ってる武器、《FBI》が総力を挙げて集めた情報がずらりと並んでいる。ついさっき俺が報告したことも書かれてるあたり、滅茶苦茶仕事が早いな。
《FBI》の仕事の早さはどうあれ、中を見る限りこれは毎層発刊されているフロアボスの攻略本に間違いない。
そのことが意味するのは一つだ。
「……なに、攻略会議って今日なの? 俺なにも聞いてないんだけど」
「ドンマイ、ハー坊。ということで、オイラの代わりにそれ持って行ってくれよナ! あ、ちなみに会議が始まるのは今から十分後だゾ♡」
「うるせぇあざとい!」
叫ぶや否や立ち上がり、座ったまま手を振る鼠を置いて駆け出した。後ろから「場所は砦の会議室だゾ♡」と緊張感の欠片もない声が聞こえてくる。
そこではたと考える。
ギリギリまで黙ってたのはアイツだが、ギリギリとはいえ教えてくれたのもアイツだ。
なら、一応礼くらいは言っておかないと。
「くそっ! サンキュー! 愛してるぜアルゴ!」
適当に言い捨てて全力で走った。
× × ×
第25層主街区《ギルトシュタイン》は中世風の砦を中心とした城塞都市だ。フロアの南に広がる草原地帯に築かれた都市は《はじまりの街》に次ぐ規模がある。
外周を石壁に囲まれ、東西に水路が走る街には、白壁と赤屋根の地中海風建築が立ち並ぶ。北東と北西にある門からは街の中心へ向けて大通りが伸びており、道の両脇にはNPCとプレイヤー双方の開く露店がひしめき合って賑わっていた。
大通りは街の中央広場まで繋がっており、噴水のある広場からは街の南側にそびえる砦に繋がる橋が一本だけ架かっている。周囲を堀に囲まれた砦は、北側の華やかな雰囲気とは一線を画す重厚な趣があった。
宿屋から転がり出た俺はそのまま路地をダッシュし、《軽業》スキルを使って屋根へ上り、一直線に砦へ向かって走った。攻略組トップクラスの敏捷値に物を言わせ、屋根から屋根へ飛び移り、中央広場の噴水をも飛び越えて、一目散に橋を渡る。
そうして分厚い石造りの砦へと駆けこみ、勢いそのまま砦の会議室へと突入した。
「…………ハァ。なんとか間に合った、か?」
膝に手をついて深呼吸を数回。
顔を上げるとあらあらまあまあ、嫌悪、軽蔑、侮蔑、憎悪の嵐。正面奥からはブリザード、それ以外からは粉雪みぞれに雨霰の眼差しが飛んでくる。
はいはい皆さんお揃いで。ごめんなさいね遅くなりまして。え、呼んでないって。んなことわかってるよ。何年ボッチやってると思ってるの。悪意やら嫌悪やらの視線には敏感なんだよ。
何食わぬ風を装って扉を閉め、部屋の奥へと向かう。
歩きながらちらっと見れば、ユキノは相変わらずで、アスナもこちらを見ようともせず、キリトは気まずそうな表情で斜め下を向いていた。
思わず苦笑いが浮かぶ。
大方、キリトは『俺が遅刻しそうになったのは自分のせいだ』とか思ってるんだろう。今まで《マイナー》の俺に攻略会議の時間と場所を伝えてくれてたのはキリトかアスナで、黒猫団の一件があって以降アスナとは一切話していないからな。
なんてことはない。あるべき姿に収まっただけだ。
攻略組でもトッププレイヤーの一角を占める二人がマイナーボッチの俺といる姿なんて見られない方がいい。要らぬやっかみに巻き込むのは忍びないしな。
遅刻しそうになったのも俺自身の認識の甘さ故だ。いつも会議の日程を教えて貰えてたから油断していたのだ。本来ならソロでいると決めたときから自分で情報収集をするべきだった。それこそ情報屋から買えばいいだけの話だからな。
室内をぐるっと半周してユキノの前で立ち止まり、ストレージから攻略本を取り出した。
アルゴから頼まれたことだ。現在進行形で空気を悪くしようと、これをユキノに渡さなくちゃ依頼を果たしたことにはならない。
「……悪いな、待たせて。これがアルゴからの預かりものだ」
「……いいえ。ありがとう」
冊子を受け取ったユキノは目をつぶり、こちらを見ることもない。
ユキノは俺が離れてからようやく顔を上げ、会議室全体へ通る声で告げた。
「では、ボス攻略会議を始めます」
第25層。
全体の四分の一にあたるこの層のボスは、これまでのボスとは桁違いに強力だと予想された。
これまでも5の倍数の階層のボスは他より強力だったし、フィールドに出現するmobやフィールドボスの強さから考えても、フロアボスが強敵だというのは想像がついた。
ボスの名前は《Eoten the double headed giant》。頭が二つある巨人だ。
じいさんから聞いた通り、両手に剣と斧を持っていて、それぞれの腕を独立して動かせる。実質スキル後の硬直なしで攻撃してくるってことだ。前のデュラハンのときもそうだったが、明確な隙がないとなると攻めるのは難しいだろう。
しかもこいつは胸に『あらゆる災厄を払う』鎧をまとっている。鎧の効果がどんなもんかはわからないが、身体の正面に対する攻撃は通用しないと考えた方がいい。
となれば背後を取らなくちゃいけないわけだが、頭が二つあるってのが厄介だ。せっかく回り込んでも、どっちかの目があったら意味がないんだからな。どうにか両方の頭を出し抜いて、鎧の防御がない箇所に攻撃を加えなくちゃならない。
「――以上が、現在判明しているフロアボスの情報です」
ユキノが攻略本の内容を読み上げるうちに、会議室には重苦しい空気が圧し掛かっていった。直後からしきりに同じギルドの連中や周囲のやつとで話し合っているが、誰の顔も芳しくない。
それはキリトもアスナも、そしてユキノも同じようだった。室内全体を見てみても、明るい表情のやつは誰一人いなかった。
「………………あ?」
ふと、そうして周囲を見渡して違和感を覚えた。
何かが、誰かが足りないと、そう思った。
ユキノは当然いる。キリトもアスナもいる。
エギルもいる。いつものパーティメンバーも一緒だ。
あとは誰だ。俺の知るプレイヤーで、誰がいる。
リンドは――いる。真剣な表情で《DKB》のメンバーと話し合っている。
じゃあ――キバオウは? こっちも《ALS》で固まってるのか?
改めて会議室を見渡して、トンガリ頭を探して……。
そして、この場にそいつがいないことに気付く。
「おいキリト、キバオウはどうした? 来てないのか?」
キリトの肩を掴んで振り向かせる。
突然のことで驚いたような表情を浮かべたキリトは、声を詰まらせながら答えた。
「今日は、来てない。何か、ギルドの用事でどうしても外せないことがあるって……」
ギルドの用事? 攻略会議があるってわかってるのにか?
直後、視界左上にメッセージの受信を知らせる表示が点滅した。
嫌な予感にすぐさまメニューウィンドウを開き、メッセージの中身を確信する。
差出人はアルゴ。内容は――。
『大変なことになった。
今さっき《ALS》がフロアボスに挑んで、結果、ほとんど全滅した』
次回更新日は未定です。