やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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3話です。よろしくお願いします。


第三話:とにもかくにも比企谷八幡は情報を集める

 茅場昌彦によるデスゲーム宣言の後。

 俺は《はじまりの街》の一角にある宿屋に来ていた。

 

 受付のNPC相手にしどろもどろになりながらも部屋を取った後、二階への階段を上がって廊下の角を一つ曲り、突き当りの部屋へと向かう。目的の角部屋の前で立ち止まり、手元の鍵へ目を落とす。

 真鍮色の古風でいかにもな形をした鍵だ。現実と違ってデータで鍵の整合を判定する以上、形とか別になんでもいいんだろうが、そこは《仮想現実(VR)》なだけあって世界観を損ねないよう配慮されているようだ。ご丁寧なことに、鍵を挿し込む感触すらリアルに作られていた。

 

 鍵の開いた扉を開いて中へ入ろうと足を踏みだしたそのとき、不意に曲がり角の方から音がした。なにとはなしに振り返ると、丁度一人のプレイヤーがこちらへ小走りで向かってきていた。小柄で、フードを目深に被った、恐らく女性プレイヤーだ。

 彼女(?)もこちらに気付いたようで、俺を見てハッと足を止めた。顔を上げた際にフードの下から隠れていた顔が覗く。少し幼い印象だが、顔立ち自体はかなり整っている。ネットゲーマーという人種にしては珍しい部類だ。当の彼女自身は目を丸くし、とても警戒したご様子。

 

 まあ女子が宿屋でこんな目つきの悪い男を見たら警戒もするわな。やべ、自分で言ってて悲しくなってきた。……泣かない。八幡は強い子。

 

 そのまま立ち止まっていては本当に変質者にされかねないので、軽く会釈だけして部屋に入る。扉を閉める直前「あ、ちょっと……」と呼び止める声が聞こえたが、多分気のせいだろう。そうに違いない。初日から対人トラブルなんてのはごめんだ。

 

 気を取り直して、室内に目を向ける。

 板張りの床に、ベッドとテーブルとイスが一つずつ置いてあった。広さは6畳ってとこか。まあこんなもんだろ。簡素だがきれいに整えられている。ゲームの中なんだし、当然だな。

 取り敢えずテーブルとイスを窓際に運び、窓を開いてイスへ腰かける。メニューウィンドウを開いてアイテムストレージへ飛び、昼間のうちに買ってあったよくわからないドリンクを取り出し、ぐいっと一息に飲み干した。

 

「…………微妙だな」

 

 なんだこれ。レモンっぽい柑橘系と……このマッタリ感は豆乳か? 飲めないこともないが、もう一杯いきたいとは思えない。まあリアルじゃ飲めない味だし、そういう意味じゃ貴重な経験だと言えないこともない。

 

 そういえばこのSAO、千葉県民のソウルドリンクたるマックスコーヒーは手に入るのだろうか。この中世ヨーロッパ風の世界観にマッ缶がミスマッチなのはさしものマッ缶ソムリエたる俺も認めるにやぶさかではないが、だとすればあの殺人的な甘さは当分お預けとなってしまう。

 これは料理スキルの習得を本気で考えなければならないかもしれない。いざ、マッ缶をこの手で……‼

 

「……まずは予定通りだな」

 

 背もたれに体重を預けて、窓の外を眺める。レンガ造りの通りは道幅も広く、建物の高さもそれほどでもなく、これならしっかりと見渡せる。目的は問題なく達成できるだろう。

 

 

 

 

 

 

 茅場が消えた直後、俺はまず情報収集を行うことに決めた。

 

 知りたいのはただ一つ。このSAOの経験者、つまりベータテスターの動向だ。

 茅場の言った『SAOのクリア』を達成するためにはベータテスターの力は不可欠だ。俺のような素人に先んじて二か月長くプレイしている彼らの経験と情報は、特にゲーム序盤の今、攻略の貴重な戦力となる。単純な戦闘経験にしても、各階層のクエストや狩場なんかの情報にしても、攻略本の存在しないこのゲームにおける唯一の道しるべと言ってもいい。ベータテスターには是非とも彼らの持つ情報を公開してもらいたいわけだ。

 

 しかし、話はそう簡単じゃない。

 それはベータテスターが、他のプレイヤーよりも優位に立つことのできる情報をただで公開するとは思えないからだ。仮に俺がベータテスターでもそう易々と情報を公開はしないだろう。

 なんせMMORPGってのは限られたアイテムや経験値や金を奪い合うことを前提としたゲームだからな。加えて自分の命すら掛かっているこの状況下、誰が他人のために大事な情報を公開するだろうか。

 

 ベータテスターの持っている情報が知りたい。

 しかし彼らが情報を公開することは望めない。

 

 となれば、やることは一つ。

 ベータテスターを観察し、彼らの動向から欲しい情報を仕入れることだ。

 

 そのために俺はこの宿――中央広場とそこから繋がる主要な道、そして三つある門の一つまでが一望できるこの部屋を取った。広場の混乱に乗じて街を出るベータテスターを見つけ、尾行するためにだ。

 

 一度この第一層を突破した経験のあるベータテスターならすぐにでも攻略に乗り出し、他のプレイヤーに差をつけるためにもさっさとはじまりの街を離れるだろう。なぜなら街周辺のフィールドは、攻略を考え、けれどまだここから離れるほど無茶のできない初心者プレイヤーで溢れかえるだろうからだ。ベータテスターもすぐにそう思い至るに違いない。

 

 だとすれば、真っ先にこの街を離れようとするプレイヤーはほぼベータテスターだと考えていい。中には前情報ゼロで見知らぬフィールドに挑む無謀な輩もいるかもしれないが、そこまで考え始めたらキリがない。直接的に命が掛かる状況でない限り、多少のリスクは呑む必要があった。

 

 

 

 

 

 

 そういうわけで、俺はあからさまになり過ぎないようにしつつ、窓から見える街の様子を注意深く見下ろしていたのだ。

 

 茅場のデスゲーム宣言からまだ二十分ほどしか経っていない今、ほとんどのプレイヤーはまだ中央広場に残っているようだ。だが所々、そんな大多数のプレイヤーとは違う動きをしている人影があった。

 その内の二つが、俺の潜む宿屋からほんの十数メートルの路地で立ち止まった。

 

「あれは……」

 

 その人影にはどことなく見覚えがあった。

 

 一人は黒髪のひょろっとした少年。整った顔立ちだが、まだまだ幼さが前面に出ている。多分中学生くらいだろう。顔に見覚えはなかったが、背丈と服装はどこかで見た気がする。

 

 そしてもう一人は赤茶色の髪にバンダナを巻いた男。落ち武者か野武士のような顔は知らないが、その趣味の悪いバンダナの方はしっかり覚えていた。

 

 あれだ。イノシシ狩りの帰りに見かけた、あの二人組だ。

 

 どうやら黒髪の少年がバンダナ男を引っ張ってきたようだ。戸惑うバンダナ男に、黒髪の少年が捲し立てるように話しかけている。男は戸惑っているようだが、それでも何らかの返事はしていて、やがて少年は男の返答に苦々しい表情を浮かべた。その後、男が少年へ乾いた笑みを向けると、少年は迷う素振りを見せてから男に背を向ける。

 

 重い足取りで歩きだした少年へ、男が声を張り上げた。その声は俺のもとまで届く。

 

「キリト!」

 

 ちらっと少年が振り向くが続きはなく、少年は再度足を踏みだした。

 だが五歩ほど離れたところで男が再度叫ぶ。

 

「おい、キリトよ! おめぇ、本物は案外カワイイ顔してやがんな! 結構好みだぜオレ‼」

「お前もその野武士ヅラのほうが十倍似合ってるよ!」

 

 男に背を向けた少年はしばらく歩いてから一度振り向き、それから一気に門の方へ駆けていった。そのまま止まることなく門を抜けた少年の姿はすぐに見えなくなった。

 

 

 

 ……なんだか、とんでもないものを見てしまった気がする。

 

 いやね、俺はただ単にベータテスターからのおこぼれ的なものを期待してこうして張り込んでたわけですよ。だってのに、なんなのあの超シリアスなシーン。てっきり映画かアニメのワンシーンかと思っちゃったよ。

 

 まぁ、おかげでというかなんというか、あの「キリト」とかいう男子がベータテスターだろうってのはわかった。わかったんだが、あのキリトくんとやらを尾行して情報だけ巻き上げようってのは心が痛むわけで――。

 

「……なんて、善人ぶってる余裕はねぇよ」

 

 俺は現実に帰ると決めたんだ。他人を気遣ってる余裕があるなら、少しでも早く攻略が進むよう努力する。こっちも命が掛かってんだ。他人の事情とか気にしてる暇はない。

 

 俺は早速目を付けた情報源を追うべく立ち上がり、部屋を出た。

 取り敢えずどの方角へ向かったかくらいは突き止めておきたいところだ。現状このはじまりの街以外、拠点になりそうな場所も知らないわけだしな。

 

 宿を出て通りを走り、キリトとやらが出ていった北西の門から圏外へと駆けだす。

 ここからはセーフティも外れ、HPが減少する。つまりモンスターにやられたり崖から落ちたりすれば問答無用で死ぬのだ。慎重かつ大胆に行かなくてはならない。

 

 幸い、街から伸びる道の周囲にはモンスターの姿はなかった。

 また数分走ったところで、前方にキラキラ光るポリゴンの欠片が見えた。

 

 あれは果たして、プレイヤーがモンスターを倒したときのものか、それとも……。

 

 ポリゴン片の見えた方向へ近付き、人影が見えたところでサッと近くの岩陰に隠れる。肩で息をしながら剣を収めているのは、先ほどのキリトとかいうプレイヤーに間違いない。

 

「ハァ……ハァ…………ぁぁああああっ!」

 

 雄叫びを上げながら駆けていくキリト。

 

 それを密かに追跡する俺。

 

 沈みかけの西日が照らす下、キリトは鬼気迫る様相で草原を駆ける。

 っていうか、あいつ走るの速すぎだろ。バレないよう気を遣ってるってのもあるが、にしたって見失わないのでやっとってのはどういうことだよ。

 

 しかもこのキリト少年、時折びっくりするほど唐突に進行方向を変えるのだ。ほぼ直角に曲がることすらある。まるで平均台の上を走っているかのように、真っ直ぐ進んでは曲り、真っ直ぐ進んでは曲りを繰り返しているのだ。

 

 一見奇怪なその動きを見て、一つ推測が立つ。

 

(これはアレだ。『踏んじゃいけないエリア』だ)

 

 そう。あれは俺が小学生の頃。

 学校への行き帰りの道で、俺は一つのルールに従って登下校していた。名付けて『白線の上だけが安全地帯。それ以外はマグマ』ルールだ。亜種として『色違いのレンガ以外踏むと呪われる』ルールもある。

 

 内容は至ってシンプル、というか文字通りだな。独りで登下校するのが大半だったもんだから、独りでも楽しめるルールを決めていたわけだ。ハイそこ、哀れむの禁止。泣けてきちゃうでしょうが。

 

 黒歴史はともかく、あのキリトくんがやっていることはその本物というわけだろう。彼が走っている場所以外に足を踏み入れようものなら、何かしらのペナルティが発生するのだ。

 危なかった……。まさか序盤からそんな罠が仕組まれているとは予想もしていなかった。

 

 その後も罠を避け、時々湧いて出るmobを蹴散らしながら進むキリトを追跡すること、およそ30分。そろそろ陽が沈みきるかという頃になって、前方に小さな村が見えてきた。最早だいぶ遠くなってしまったキリトが村へ一直線に向かっている。

 

「なるほどな。あそこが最初の拠点ってわけか」

 

 遠巻きに村を眺めてみる。

 なんてことはない。ファンタジー世界らしいヨーロッパ風の静かな農村だ。村の周りが木の柵で囲われていて、多分あの柵の内側が安全圏内に指定されているんだろう。村の向こうには森も見えるし、さらにその向こう遠くには塔が薄らと見える。

 

 あの塔が上層へと続く『迷宮区』ってやつか。見上げるほど高くまで続くあれを百本上れば、俺を含めた全プレイヤーが現実に帰れる。あれはその最初の一本というわけだ。

 

 じっと立っていた時間はほんの2,3分だっただろうか。夕焼けが夜闇へと変わっていく中、俺は村に背を向けて来た道を引き返していった。

 

 来るときは身を隠しつつだったが、帰りは全力ダッシュだ。覚えたての道を脇目も振らずに駆け抜け、途中赤い目の狼型mobに見つかるも無視し、一度も立ち止まることなくはじまりの街の門をくぐった。

 

 「圏内に入った」という旨の表示を見て、ようやく足の回転を緩める。路地を抜け、宿へ向かう道すがら、ついでに周囲の様子を探る。すっかり暗くなった街中は嫌に静かで、あれだけ騒がしかったプレイヤーたちもどこへやら。通りにはNPCの他にほとんど人影がなかった。

 

 どれだけ叫んでも怒鳴っても、何も変わらなかったんだろう。だから騒いでたプレイヤーたちもひとまず諦めて休むことにした。寝て起きたら現実に帰れているかもしれないし、警察や運営も解放に尽力しているはずだ。こんな馬鹿げた状態がいつまでも続くわけがない。

 

「……そう思えたら、楽だったんだけどな」

 

 生憎、俺は他人に期待しない。

 勝手に期待して、希望を押し付けて、裏切られてがっかりして……。

 そんなのはただのエゴで、自分勝手で最低な行為だ。

 

 雪ノ下のときもそうだ。

 俺はあいつに勝手な理想を押し付けた。雪ノ下は嘘や虚言は吐くことはないと決めつけていた。だからあいつが事故のことを黙っていたと知った俺は期待を裏切られたと思った。自分勝手に期待して、自分勝手に苛立って……。

 

「って、今考えてもしょうがねえだろ」

 

 第一、もう済んだことだ。

 文化祭の後に部室で会って、話して、それで終わったことだ。

 

 やめだやめだ。これ以上余計なことを考えるな。

 今考えるべきは第一層攻略、延いてはSAO攻略のためになにをすべきか。

 そして俺自身が生き残るためになにをすべきかだ。

 

「だから、あんなストーカー紛いな真似までして情報収集したんだろうが」

 

 そう自分へ言い聞かせ、路地を歩いていく。

 

 しばらくして、部屋を取った宿の前まで戻って来た。

 

 はぁ……。なんかすげー疲れたな。ここはゲームの中だってのに、働いて疲れるとかおかしいだろ。攻略自体は明日から始めるとして、今日はもうさっさと飯食って部屋戻って寝よう。

 

 宿屋の扉へ向かって足を踏みだしたそのとき。サーッとゲームとは思えないほどにリアルな風が吹いた。茅場が頭のイカレた奴でもこの風を仮想現実に再現した技術力は素直に称賛できる。

 

 とりとめのない思考と一緒に視線が風を追って、中央広場へ続く路地へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 直後、足がレンガに貼り付いたかのように止まった。

 

 

 

 

 

 

 すっかり人のいなくなって静かな路上に、一つの影があった。

 

 

 

 その影は薄暗い中でもわかるほどに凛と立ち。

 

 

 

 滑らかな長髪を涼風に靡かせて。

 

 

 

 じっと灰色の天蓋を見上げるその姿を、俺は知っている。

 

 

 

「…………雪ノ下」

 

 

 

 思わず呟いた声に、彼女は振り向いた。

 

 

 

「比企谷くん……?」

 

 

 

 青白い月光を背負う《仮想の身体(アバター)》は紛れもなく、雪ノ下雪乃のものだった。

 

 

 




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