やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
17話です。よろしくお願いします。
キリトに連れられ、夕食へと向かう。
場所は黒猫団とひと悶着あったときにも利用した《風々亭》らしい。
そういえば、最後にアスナと話したのもあの店だったな。
正直なところ、アスナに会うのは気が重い。
あの日、面と向かって嫌悪感を表されてから、アスナとは一度も話していない。顔を見るのも嫌らしく、そういうときはプロのボッチたる俺の方が遠慮して席を離れるまである。というか、ユキノにしろアスナにしろ、どうして美人はああも目力があるんだろうな。
前を歩くキリトは時々ちらっと振り返りこそするものの話しかけてはこない。
以前は攻略に関する情報の交換やどこそこの料理が美味いだのという話をとりとめもなくしたものだが、黒猫団の一件以来なんとなく気まずくて話が続かない。そうなるとお互いにコミュニケーションスキルの低い俺たちの間からは自然と会話がなくなる。
今も二人でというよりは、一人と一人で歩いているという距離間。
だからこそ、静かな分、頭の中ではずっと同じことばかり考えていた。
よぎるのは《軍》のことだ。もう何度この問答をしたかわからない。
ユキノが《アインクラッド解放軍》に入った場合、起きうる問題はなんだ。
攻略組の戦力が落ちることか。
いや、ユキノの参入で《軍》の協力が得られるなら、全体としての戦力は寧ろ強化される。指揮系統の統一がし辛いという弊害はあるが、それは今までも同じだった。
ならユキノとキリトとアスナの三人がパーティーを組めなくなることだろうか。
確かにユキノたち三人のパーティーは攻略組でもトップクラスの戦力だった。だが同時に戦力の一極集中状態になっていたことも事実だ。これでパワーバランスが改善され、より効率の良い攻略に繋がる可能性は大いにある。
なら、何が問題だ。
ユキノが攻略組を離れて《軍》へ行くことに何の問題がある。
いや待て、そもそもなぜ問題を探そうとしている。
寧ろ問題を見つけようとしているという問題こそが問題になっていてつまりパルスのファルシのルシがパージでコクーン……。
真剣に考えてもふざけて考えても、答えなど出なかった。
俺は天蓋を見上げて深いため息を吐く。
問題もわからないのに、答えなど出るはずもない。
つまるところ、それは前提条件となる『理由』がないからだ。
動くだけの、行動を起こすだけの理由が。その問題を問題として捉える理由が。
起因となる理由がないから、問題が成立しない。
今回の件についてはユキノが《軍》に参謀として入ることでほぼ決まってしまった。あちらの方が確実性が高い上策だといえる。そもそも《軍》側から提案してきたことだしな。
なら、俺の出番はない。
だから、《軍》絡みでユキノと対立する理由はもうないのだ。
だというのに、何かしなければという焦燥感だけはある。このままでいいのかとそればかりを問うている。
そして、その度に自分をことごとく論破し、また問題提起がなされ、またそれを論破しを繰り返している。
まったく難儀な性格だ。中途半端に知恵が回るというのも考えものである。
しかし、これまでは、たいていの問題をなんとかこれで解決してきたのだ。
そもそも悩みを相談するような相手もいなかったし、いたところで相談はしなかっただろう。
人は自分に手が出せる範囲、支えられる範囲にまでしか寄りかかってはいけない。
限界を超えて寄りかかれば共倒れになる。例えるならフレンド登録をした程度の薄い付き合いで一緒に最前線の攻略に乗り出すようなものだ。
その論法でいくと俺は頼れる範囲がすごく狭い。
うまく誰かの支えになることができない以上、支えてもらうわけにはいかない。
共倒れになってしまったら、俺に手を差し伸べてくれた人の優しさを踏みにじることになる。俺を頼ってくれた人の信頼を踏みにじることになる。
ボッチは他人に迷惑をかけないように生きるのが信条だ。誰かの重荷にならないことが矜持だ。
故に、自分自身でたいていのことはなんとかできるのが俺の誇りだ。
だから、誰も頼りにしないし、誰にも頼られない。
ただひとつの例外といえる『家族』は、
また小さくため息を吐いていると、目的の場所が見えてくる。
《風々亭》の立て看板が置かれた軒先には、後ろで手を組んで立つアスナの姿があった。「アスナ」と声を掛けながら駆け寄るキリトに、その相貌がパッと華やぐ。
「キリトく……」
答えかけて、アスナの笑顔が凍り付いた。視線はキリトから、その後ろの俺に向けられている。見る間に笑みは消え、眼差しは怪訝に細められていく。
「えっと、来る途中でばったり会ったんだ。それでどうせならハチの意見もと思って連れて来たんだけど……」
アスナの表情が変わったのを見たキリトがすぐに口を開くが、アスナの目は鋭いままこちらを射抜いていた。キリトを見た瞬間の和やかさは欠片も残っていない。
どうして来たのかと問うような眼差しだった。
敵意や憎悪とまではいかないが、少なくとも歓迎されていないことはわかる。
やっぱり来るべきじゃなかったな。誘ってくれたキリトには悪いが、ここは大人しく去るのが正解か。
「やっぱ帰るわ。じゃあな」
言って振り返り、元来た道を帰ろうと足を踏み出す。
しかし――。
「待って」
透き通るような声に呼び止められて、仕方なく振り向いた。
アスナは鋭い眼差しのまま僅かに逡巡すると、やがて小さく息を吐き、拗ねたような表情になって目を逸らした。
「今の態度は失礼だったから、だからごめんなさい」
アスナは一度頭を下げ、それから真剣な顔になって続けた。
「虫がいい話なのはわかってるわ。けど、なりふり構ってられないの。ユキノさんのこと、相談に乗ってください」
そして、アスナは再び頭を下げた。その横にキリトが並ぶ。
「俺からも頼むよ。っていうか、そのためにハチにも来てもらったんだしな」
キリトも真剣な目でそう言った。
というか、え、なんなのこいつら。いつになく殊勝な上に本気のお願いとか、ユキノのやつどんだけ愛されてんだよ。アスナに関しちゃ「お姉さま!」とか言い出しかねない雰囲気があるぞ。ゆるゆりはともかく、ガチ百合は勘弁だっての。
――なんてふざけて誤魔化すわけにもいかず。
「あー、なんだ、その…………わかった」
二人の呆れたような笑みが妙に懐かしく感じられた。
× × ×
食事中は誰も何も話さなかった。
それこそ重力が三倍になったんじゃないかってくらいに重苦しい雰囲気の中、どうにか皿を空にして、よくわからない味の紅茶を飲み下す。
キリトも緊張した面持ちで自分の分を食べ終え、カップを口元に運んでいる。時折チラッとアスナに目を向けるが、声を出すことはしなかった。
そして、この場で唯一アスナだけは平然と食事をしていた。
少なくとも表情はふつうで、何かを気にするような素振りも見せない。マイペースにナイフとフォークを操ってアップルパイを平らげ、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟く。
それからカップを手に取って中身を一口飲むと、静かに置いて口を開いた。
「ハチくんは、ユキノさんが《軍》に入ること、どう思ってるの?」
まっすぐな問いかけだった。言葉も姿勢も眼差しも、誤魔化すことを許さないとばかりな直球で、思わずたじろいでしまう。
一度紅茶で唇を湿らせる。カップを置き、アスナとキリトを交互に見やって答えた。
「どう思うも何も、あいつの言った通りだろ。ユキノが《軍》に入れば連中が妙なことしないように見張れるし、効率もよくなる。それにキバオウから言ってきたことだ。《軍》から文句を言われることも……」
「そういうこと聞いてるんじゃない」
けれど切り捨てるような声に遮られ、閉口する。
「私はハチくん自身の考えを聞いてるの。理屈ならこうとか、効率がいいからとか、そんなことは聞いてない」
ジトーッと据わった目で睨まれる。姿勢の良いやつに凄まれると迫力がヤバイ。というか、アスナさん、怖いです。
言葉に詰まって目を逸らすと、アスナはふんっと鼻を鳴らした。
「私は、ユキノさんが《軍》に入るのには反対」
きっぱりとそう言って、アスナはティーカップを口元に運ぶ。眉根を寄せた表情のまま一口呷り、けれど音は立てずにカップをテーブルへ置いた。
どうやら相当ご立腹らしい。ただ口調も声音も尖ってるのに、動作の端々に育ちの良さが見えるのはどこかの誰かと一緒だな。
「だいたい、どうしてユキノさんが悪いみたいな雰囲気になってるのよ。ここまでずっと攻略組を引っ張ってきたのはユキノさんでしょ。ユキノさんがまとめてくれたからこんなに早く25層まで来られたのに。それに《ALS》のことだって、ユキノさんが責められるのは絶対おかしいと思う」
つらつらと文句を重ねるアスナ。その表情や姿勢は変わっていないが、なんとなく不機嫌になってむくれたときの小町と雰囲気が似ているように思えた。
自然と口元に笑みが浮かぶ。小町のことを思い出したせいかもしれない。
ふと見ると、キリトも何やら笑みを浮かべていて、目が合った俺たちはそれでまた小さく笑った。
「どうしてそこで笑うのよ」
目敏く気付いたアスナがジト目で口を尖らせる。すかさず紅茶を口元に運んで逃げれば、アスナの目はキリトへ向き、キリトはたじたじになって口を開いた。
「あ、いや、俺もキバオウたちの主張は筋が通ってないと思う。ギルドの方針を優先して協調性を欠いたのは《ALS》の方だ。ユキノさんの責任だっていうのはお門違いだし、たぶん、攻略組のほとんどは同じ考えじゃないかな」
キリトが苦笑いを浮かべてそう言うと、アスナはバツが悪そうに目を逸らした。よく見れば少し顔が赤くなっている。八つ当たりっぽくなってることに気づいて恥ずかしくなっちゃったのかね。
「……じゃあ、どうしてこんなことになってるのよ」
ぽつりと零れたその疑問は、きっとアスナの本音なのだろう。
「ユキノさんは何も悪くない。それはみんなわかってるのに、どうしてユキノさんだけが《軍》に入らなきゃいけないの。どうしてあんな自分勝手な人たちの思い通りにされなくちゃいけないの。……どうして、誰も止めようとしないの」
アスナは言いながら俯き、口を引き結んだ。
「アスナ……」
呟いたキリトがこちらへ振り向く。
「ハチはなんか思いつかないか。何か別の解決策とか、ユキノさんを説得するにはどうしたらいいとか」
言いたいことはわかる。わかるが。
「現状考え得る手段としては、あいつの言った手が一番確実で効率がいいし、《軍》も納得する。他の手を考えようにも、あれ以上の策はない。それに、説得してやめるようなやつじゃないだろ」
言うと、キリトもアスナも怪訝そうな顔になった。
「ハチくんは、ユキノさんが《軍》に入っちゃってもいいと思ってるの?」
「……あいつが自分で決めたことだからな。反対も何もないだろ」
なんせもう答えは出ているのだ。
キバオウからの申し出に、ユキノが応えた。その時点で既に解は出ている。
なら、俺が反対する理由も、否定する権利もない。
だというのに、アスナは納得しない。
「じゃあ、どうしてハチくんはあんなこと言ったのよ」
「あんなこと? 何の話だよ」
「会議室で言ってたじゃない。《軍》の要求なんて無視して攻略を進める手もあるって。そのために、また一人で偵察戦に行こうとしてたんでしょ」
「バレバレだから」と鼻を鳴らすアスナ。俺の浅はかな思惑なぞお見通しらしい。
まあ、何度かやってるし、なんなら一回死にかけたくらいだからなぁ。あのときはユキノとキリトとアスナと、三人に寄ってたかって怒鳴られて大変だった。
特にユキノはえらい剣幕だった。青く燃える眼が、苛烈な冷たさを潜ませた声が、氷柱を喉に突きつけられたような迫力が、今でもまざまざと思い出せる。
十九層のあの件以来、独りでの偵察戦は厳禁され、実際一度もやってないわけだが、未だに信用は得られていないらしい。当たり前か。俺自身も信用してないし、なんなら今日破りかけたわけだし。
とはいえ、今それを考えてもしょうがない。
アスナが聞いてるのはそういうことじゃない。
「その方が効率がいいと思ったから言っただけだ。けど、あいつが言ってたように、俺一人がちょっと働いた程度じゃ攻略組は動かないからな」
現リーダーのユキノが動かないと言っている以上、人望も信用もない《マイナー》の俺なんかの言葉で動くわけがない。
《軍》を出し抜いて攻略を進めることができないとなれば、考え得る最上の策はユキノの示したものだ。だとすれば、反対する理由はない。
「ハチは、それでいいのか」
「……いいもなにも、俺がどう思おうが関係ねぇだろ」
キリトのまっすぐな問いかけに、つい目を逸らしてしまう。たぶん苦々しく思ったのが表情にまで出ていただろう。目は口程に物を言うらしいし、目を逸らして表情を歪めてるようじゃあ、どう思ってるかなんてのは一目瞭然だろう。ヤダ、ハチマン恥ずかしい!
なんて頭の悪いことを考えていた、そのとき――。
「なんだ、やっぱりハチくんも同じなんじゃない」
安堵したような声がアスナの口から漏れた。
意外な言葉に思わず「はぁ?」と訊き返すと、アスナは得意げに笑みを浮かべた。
「理屈の上ならともかく、ハチくんだってほんとは嫌なんでしょ」
「理由なんてそれでいいだろ。どうしても理屈がないとダメってわけじゃないんだからさ」
キリトも笑ってそう続ける。って、いやいや、そんな私情だけでどうこう言うとか、おかしいでしょ。おかしくないの? え、俺だけ?
「いや、けど」
「けど、じゃない。ほんと、ユキノさんもハチくんも、どうしてこんなに頑固なのかしら」
反論しようと言いかけた言葉を遮られ、挙句ため息まで吐かれてしまう。
「アスナがそれを言うのかー」
しかし当のアスナもキリトにしみじみとそう言われて真っ赤になる。キッと隣へ睨みを利かせた後、それまでよりも一回り大きな声で続けた。
「とにかく! 私もキリトくんも、ハチくんと一緒なの。ユキノさんが攻略のため、攻略組のために《軍》に行くのが嫌。自分が行けば丸く収まるなんて思わせない。ユキノさんがそれでも構わないって言っても譲る気はない」
嫌だから、と。それはいっそ清々しいまでの感情論で。
けれど確固とした意志を感じさせる表情だった。
いうなれば過程を飛ばして最善の結論を出そうとするように。
言い切ったアスナは「それに」と付け加え、
「本当はユキノさんだけに言いたいことじゃないけど」
そう言って、じーっと上目遣いに睨んできた。ナ、ナンノコトカナー。
「アハハ……。でも、そうだな」
一方で、キリトは乾いた笑いを漏らし、それから表情を改め言葉を続けた。
「もし、ハチがそれで納得できないっていうならさ、俺たちに、俺とアスナに協力してくれないか」
それはきっと、キリトが俺にくれた一つの答えだ。
たぶんそう言われなければ動き出せない。
どこかでずっと理由を探していた。
俺があいつを、あいつの居場所を守ってもいい理由を。
「…………なんで俺に言うんだよ。他にもいるだろ。エギルとかクラインとか」
性懲りもなく卑屈に言い訳を続ける俺に、キリトは呆れたような笑みを浮かべた。軽くため息を吐き、そんなこともわからないのかと問うように言う。
「なんでって、そりゃあ、友達だからな」
一瞬、意味が解らず呆ける。
キリトはその間にニッと笑い、拳を突き出してきた。
しばらく顔と手を交互に見て、ようやく意味を呑み込んだ俺は、鳩尾のむず痒さを堪えて右手を持ち上げる。
「……そういうことならしょうがねぇな」
素直じゃないなー、と言うキリトと拳を合わせる。
隣ではアスナも「ほんと、ハチくんってめんどくさいんだから」と呟いていた。
それから、キリトとアスナはさっそく打開策を話し合い始めた。
俺は二人の声を耳に入れつつ、カップの底へ目を落とす。
理由も、問題もちゃんと手にした。
ユキノの真意はわからないままだ。だから未だ何も言うことができない。
ただ、そのやり方を理解することはできた。それは俺のやり方に似ていたからだ。
かつての俺のやり方はけして犠牲なんかではない。まちがってなどいない。
数少ない手札を切り、効率化を極め、最善を尽くした。その結果、得たものが確かにある。
だから、俺の主観においては、これは完璧だと言える。
しかし、客観が存在した場合、その完璧性は崩れる。
憐れみや同情の視線によって、それは陳腐なナルシシズムにさえ映ってしまう。
憐れみと同情は他者を貶める感情だ。自己憐憫は己を卑下する行動だ。どちらも唾棄すべきものであり、まったくもって醜悪だ。
だが、憐れみと同情以外の客観性もおそらくは存在し得る。
目の前でまざまざと見せつけられ、言い当てられて、初めて自覚した。
――ただ傷ついてほしくない。
その感情は憐れみや同情とは別のものだろう。
だから、彼女の行動を犠牲とは絶対に呼ばない、呼ばせてはならない。
ユキノを《軍》に行かせないために。
比企谷八幡にできることは、なんだ。
以上、17話でした。
おそらく年内の更新はこれで最後となります。
よいお年を!