やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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お陰様でお気に入りが1000件を突破しました。
ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

ということで、20話です。
今章ももうあと僅かですが、もう少しだけお付き合いください。


第二十話:満を持して、比企谷八幡は語りかける

 

 

 

 

 

 

 深夜、俺は《FBI》の本部で、翌朝の新聞記事をチェックしていた。

 情報に漏れはないか。逆に漏らしてはいけない情報が入っていないか。記事の端から端までを何度も読み返し、修正箇所のないことを確認する。

 

「…………問題ない。これで頼む」

「ハイヨー」

 

 記事をアルゴに渡す。アルゴは欠伸を漏らしながら、けれど確かな足取りで部屋を出て階段を下りていった。階下のギルドメンバーに複製作業のGOサインを出すためだ。

 

 明日、さっきの記事はアインクラッド中に配られ、多くのプレイヤーの目に留まるだろう。

 ここまでの反響からすると、それで大勢は決まるはずだ。

 

 これでようやくユキノと話ができる。

 交渉するに足る、説得力を持った材料を揃えることができた。

 

 《攻略組》の再編に動き出してからの四日間、ほとんど寝ずに動き続け、あれこれと手を回してきた。

 組織の編成、体制の確立、財源の確保、戦力の補強、各所との交渉などなど……。

 

 一人ではとてもじゃないができなかった。

 キリトとアスナとの三人でも不可能だったろう。

 エギル、クライン、リンド、そしてアルゴを巻き込んだことでようやく実現の可能性が生まれたのだ。

 

 時間的にはぎりぎりだったが、どうにかここまで漕ぎつけることができた。やはり《FBI》の協力を得られたのが大きい。本当にアルゴさまさまである。

 

 あとは仕上げの部分をどこまで詰められるかだ。

 

「あー……」

 

 メニューウィンドウを開き、時刻を確認する。

 

 午後十時十二分。

 約束の時間まで半日近くある。

 

 疲労で気怠くなった身体を起こし、頭の鈍痛を堪えて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 明けて、5月19日。決戦の日である。

 

 といっても別にボス戦をするわけじゃない。《軍》の結成式の日でもない。

 むしろ、そこに間に合わせるために今日という日はある。だから、決戦というより決着という方が正しいだろう。

 

 もっともそんなふうにかっこよく言っていられたのも、キリトとアスナに会うまでだ。二人に会うとさすがに落ち着かなくなってきた。

 

 この後は約束が控えている。

 

 午前十時に第25層主街区《ギルトシュタイン》砦の会議室。

 そこで、ユキノと会って話す約束をしている。

 

「行こう」

「行きましょう」

 

 声を揃えて歩き出した二人の後を追って足を踏み出した。

 

 ゆっくりと石畳を歩き、橋を渡り、廊下を進む。

 何度か通った道だというのに、初めて来たかのように遠く感じた。

 

 会議室の前に立ち、扉に手を掛ける。

 小さく息を吐き出して、中に入った。

 

 ユキノは窓の傍に立ち、外を眺めていた。

 こちらへは背を向けていて表情はわからない。

 

「悪い、待たせた」

 

 一声かけて長机を回り、近くまでいった。

 

 ユキノは俺を見て、次いでキリトとアスナへ順に視線を送った。

 それから俺へ視線を戻し、厳しい顔で引き結んだままだった口を開く。

 

「わざわざ呼び出すなんて珍しい真似をするのね」

「いや、俺たちの結論を言おうと思ってな」

 

 言うと、ユキノは少し驚いたような顔をし、それから訝しげに視線を巡らせた。

 

「あなたたちの、結論……?」

「ああ」

 

 ちらっと後ろの二人を見やると、キリトもアスナも真剣な顔で頷いた。

 俺に任せるということらしい。

 

 視線をユキノへ戻し、一言だけ告げる。

 

「俺たちは、《軍》とは組まない」

 

 驚きはない。表情も一切変わらない。何を言われるか予想できていたのだろう。

 この三日間、《FBI》の新聞は売れに売れた。一つでも目を通していたのならすぐにわかることだし、人伝に聞いていてもおかしくない。

 

 ともかく、こちらの言いたいことは言った。

 次は問いかける番だ。

 

「それで、お前の意志は変わらないか?」

 

 ユキノは俺をひたと見据えると、その眼光を少しも和らげることなく、即座に言い切った。

 

「変わらないわ。一度決めたことだもの」

 

 芯の通った、打ち付けるような声音には、けれど空虚さが滲んでいた。

 そんなユキノへ小さな、けれどその分染み透るような声が掛けられる。

 

「どうして……。ユキノさんだってもう知ってるはずなのに」

 

 アスナの声色はただただユキノを案じたものだった。

 彼女の切々とした雰囲気を目の当たりにして、ユキノは唇を噛む。

 

「前にも言ったわ、これが最善だと。私が《アインクラッド解放軍》に入ることで《攻略組》と《軍》の力を合わせることができるなら、それが一番効率の良いやり方よ。だから……」

「でも……っ!」

 

 反論しようとアスナが顔を上げた。だが、沈痛な面持ちのユキノを見て、言葉の続きをなくしてしまう。

 その先は俺が引き取った。

 

「けど、前とは状況が変わった。それはお前も気付いてるだろ」

 

 ユキノは口を引き結んだまま動かない。

 俯いたまま答えないユキノから一度離れ、アイテムストレージからここ三日分の新聞を取り出して机に並べる。

 

「風向きが変わった。もう《軍》の顔色を窺う必要はなくなったんだ」

 

 俺が取り出した三日分の記事。

 そこには大きな見出しがズラリと並んでいた。

 

『《攻略組》――改革の末《ギルド連合》に』

『《DKB》が複数のギルドと合併。《聖竜連合》が結成』

『《ギルド連合》の組織編制が公開。非戦闘系ギルドへ助成金も』

『《血盟騎士団》、《天穹師団》が《ギルド連合》に参加』

『《アインクラッド商工会》結成。《ギルド連合》への参入も明言』

『《アインクラッド解放軍》が組織編制を公開。指導者不在に懸念の声』

『《ギルド連合》――20日午後に25層フロアボス挑戦を表明』

 

 アスナに手を引かれ、ユキノが机の傍まで来る。視線が記事に落とされ、軽くさらっただけで流れていった。

 内容に目を通さないということは、もうすでに内容を知っているのだろう。

 

 ここまでは予想通り。

 本命は次だ。

 

「……で、こっちが《攻略組》の、いや、《ギルド連合》の資料だ」

 

 再度ストレージを開き、数十枚に及ぶ紙の束を取り出す。

 

 編成から運営方針とその詳細、予算の素案や遵守されるべきルールに加え、現時点での所属ギルドに加盟希望のリストまで。《ギルド連合》の現状がすべてまとめられている。

 新聞記事のような公開されたものではなく、関係者だけが知り得る内部情報だ。

 

 ユキノは今度こそ手に取って資料をめくっていく。真剣な表情で端から端までを読み込んでいく姿からは、さっきまでの消沈ぶりが嘘のように消えていた。

 

 たっぷりと時間をかけ、資料の三分の一ほどを読んだ時点でユキノは顔を上げた。

 

「……これは、あなたがやったの?」

 

 ユキノは俺の前で紙束を指し示しながら聞いてくる。強く握っているせいか、その手は小刻みに震えていた。

 

 肩をすくめて答える。

 

「そんなわけないだろ。俺にできる仕事に見えるか?」

「……資料をまとめるだけならともかく、とてもあなたにできるとは思えないわね」

 

 わかってるじゃないの。

 俺に務まるのなんて精々が記録雑務ぐらいだよ。

 

 実際、俺がしたことといえばそのくらい。

 他の連中が動き回って生み出した成果をまとめた程度だ。

 

 《攻略組》の連中に協力を依頼して回ったのはキリトとアスナだ。

 初めからこちら側だった連中への説明と、どっちに就くかで揺れてた連中への説得をして回っていた。

 何度も疑われたり、渋られたりしたようだが、本人たち曰く「根気強く頼み込んだ」らしい。アスナの笑顔の迫力と、キリトの純粋故の強引さが活きた結果だろう。

 

 クラインとエギルはアルゴと協力して、準攻略組や中層から有力なギルドやプレイヤーを勧誘していた。

 《軍》の連中が抜けた分の戦力補強と、商人や職人なんかを囲い込むためだ。

 

 戦力補強の方は新たに二つのギルドが加わることで決まった。

 《血盟騎士団》は即戦力になり得る実力集団だったし、《天穹師団》はレベルこそ今一つだがハイレベルの職人を何人か抱えている。どちらも攻略組入りを目指していたのもあって、快く《ギルド連合》への加盟に動いたそうだ。

 《風林火山》を率いるクラインは「負けてられねぇな!」と息巻いていたが、リーダーとしての風格じゃどっちにも負けてたなあれは。

 

 商人や職人なんかのサポート組については、エギルが交渉したお陰でけっこうな人数が集まった。

 しかも驚いたことに、彼らは自発的に集まって、たった数日で新たなギルドまで立ち上げた。熱心に口説かれたエギルを幹部に据えるというおまけ付きで。

 《アインクラッド商工会》と名付けられたギルドには連日、加入希望の商人、職人プレイヤーが後を絶たないそうだ。エギルは「忙しくてかなわん」と言いつつも嬉しそうにしていた。

 

 アルゴに関しては見えている通り。《FBI》の仲間をあっさりと説得し、大々的に《ギルド連合》の記事を掲載し始めた。

 内々で繋がってるために情報集めも早く、お陰で《ギルド連合》の噂はあっという間にアインクラッド中に広まった。

 

 さっそく《軍》から抗議が入ったらしいが、逆に《軍》の情報を要求する切り返しで対応したらしい。「笑うのを堪えるのが大変だったヨ」と大爆笑していた。合掌。

 とはいえ、二日かかってようやく届いた《軍》の編成は、構成員が揃って横並びで指揮系統も何もなしという冗談のようなものだった。基になったのが《ALS》なのを考えればギリギリ理解できないこともないが、あれで本当に上手くいくと思っているんだろうか。

 

 そんな《軍》に直接対抗するべく動いたのはリンドだ。「どんな経緯だろうと、キバオウさんのギルドに負けるわけにはいかない」と言って、リンドは《DKB》の組織強化に乗り出した。

 思想の近いギルドや得意先の職人らを吸収した《DKB》改め《聖竜連合》は、結果として総勢65人の巨大ギルドとなった。人数的にも戦力的にも《軍》を大きく上回っている。

 

 こうして《聖竜連合》は名実ともに《ギルド連合》の初代盟主となり、リンドは記念すべき第一回代表者会議の議長に選ばれた。

 全12ギルドの代表が集まり開かれた会議は白熱し、その場で第25層フロアボス討伐戦の実施が決定されたのだという。話ススミスギー。

 

 戦力は揃えた。サポート体制も整った。

 《軍》への対抗馬も立てたし、情報の逐次投下による印象操作も行った。

 

 そして、組織の編成表には一つ、意図して空白を残してある。

 部門の名称は『作戦部門』。役職名は『参謀長』。

 

 これを誰が務めるかについては一切の情報を出していない。

 けれどだからこそ、新聞でこの編成表を見たやつは、そこに誰の名前が入るのかを想像するはずだ。

 作戦立案に優れ、リーダーシップがあり、表のどこにも書かれていないプレイヤーの名前を。

 

「そう……、ここまで大きな組織なのね……」

 

 資料の続きに目を通したユキノがぽつりと呟いた。

 

 現時点で加盟したギルドの数は12、プレイヤーの総数は196人。

 希望者を加えればさらに増える上、今後も追加で出る可能性だって充分ある。

 

 これが《軍》と袂を分かつ根拠となる。

 

 説明はこれで十分だろう。

 俺は机の上の新聞記事をまとめると、ユキノが読み終えた資料と一緒にストレージへ収める。

 

「攻略組のために《軍》との対立を避ける理由は全部なくなった。だから……」

 

 そして、正面から彼女を見て、ゆっくりと言う。

 

「もうお前が《軍》に行く必要はないんだ」

 

 こんな、なんてことない言葉ひとつ言うために、随分と時間がかかった。

 

 だが、これが俺たちの結論だ。

 一人にダメージを負わせず、一人に罪を問わず、一人が責められることがない。

 その責も傷も、代表者会議の名の下に、等しく全員へ降りかかる。

 

 アスナとキリトがスッと横に並んだ。

 

「もうユキノさんだけに背負わせたりしない。これからは、私たちも一緒に」

「ああ。俺も、俺にできることをしていく」

 

 決意を伝えるかのように、背筋をしゃんと伸ばして、ユキノへ視線を向ける。

 俺はちらちらと左右を見て、改めてユキノへ振り向いた。

 

 その時、目に入ってしまった。

 

 ただ一人。

 ユキノは黙っていた。

 

 静かで、物音ひとつ立てず、出来のいい雛人形みたいに。

 瞳は硝子や宝石のように透明で、だからとても冷たい。

 

 それはいつものユキノのはずだ。落ち着いていて、物静かで、冷静で、淑やかで、そのたたずまいは一般的概念に照らし合わせても美しいと言える。

 

 けれど、今はそこに、触れれば消えてしまいそうな儚さがあった。

 

「……そう」

 

 小さなため息を漏らすような言葉とともに、ユキノは顔を上げる。

 けれど、その眼差しにはいつものような力がない。

 

「なら……、問題も、私が動く必要性も、なくなったのね……」

 

 遠く、窓の外へとユキノは視線をやる。

 

「そういうことになるな」

 

 俺もつられて同じ方向を見たが、あるのは変わらぬ街並みだ。

 差し込む陽光と、空を覆う天蓋。ただ、いつもと同じ喧噪が遠くから響いてくる。

 

「……ええ」

 

 短く答えると、ユキノはそっと顔を伏せ、眠るように瞳を閉じた。

 

 

 

「できるものだと、思っていたのにね……」

 

 

 

 ユキノの声は誰の方向にも向けられていない。

 だからどこか空虚な響きがあった。

 

 その言葉が心をざわつかせる。

 けれど、ただ、遥か昔を懐かしむような、自身の限界を悟ってしまったような、その言い方は俺に問うことを許さない。

 

 ユキノは静かに立ち上がる。

 

「――キバオウさんの話、断りに行ってくるわ」

「わ、私たちも」

 

 アスナが胸を押えて一歩踏み出すと、ユキノは穏やかな微笑みでそれを押しとどめた。

 

「一人で充分よ。……説明に時間がかかると思うから、あななたちはこれで解散に」

「いや、一人で行かせるわけねぇだろ。このタイミングで断って、あいつらがはいそうですかって納得するわけがない」

 

 会議室を出ようとしたユキノの進路を遮る。

 

 最初からユキノの同意が得られた時点で《連合》の名前で断るつもりだったのだ。

 それをユキノが自分で行くというなら止めはしないが、穏便には済まないとわかってるところに一人で行かせるわけにはいかない。

 

 たとえ反対されても、無理矢理にでもついていくつもりだった。

 だが――。

 

「そう、ね……。ええ。確かにその通りだわ。なら、やっぱり一緒に来てもらおうかしら」

 

 そう言って、小さく微笑んだ。

 

 その態度も、アスナに向けた微笑みもいつもと変わらないはずだ。

 なのに、そこに違いを見出そうとしているのは、何故だ。

 

 まだ心はざわついている。

 ユキノの言った言葉が耳から離れない。

 

 けれど、それからどれだけ考えてみても、理由はわからなかった。

 

 ただ。

 

 自分が何かまちがえたのではないかという、その疑念だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 第1層《はじまりの街》の中央広場で《軍》の結成式が開催された。

 

 総勢58名にも及ぶ大ギルドの誕生。

 《攻略組》のトッププレイヤーを迎え、中層下層の数多くのプレイヤーを受け入れ、華々しい門出を迎えるはずだった《アインクラッド解放軍》の結成式。

 

 開催予定とされていた5月20日の正午を10分過ぎた現在、広場にはおよそ300人程度のプレイヤーが集まっていた。

 

 少ない数じゃない。むしろアインクラッドでこれだけのプレイヤーが一堂に会する機会は滅多にないだろう。

 だが主催者側の中心人物としては、とても満足のいく人数じゃなかったらしい。開催時刻を過ぎてるにもかかわらず、遠くに立つキバオウは愕然とした表情で広場を眺めていた。

 

 司会進行の上擦った声が響くたび、広場に歓声が上がる。

 《軍》結成の経緯が語られると、あちこちから囃し立てるように声がかけられる。

 集まった300人の内にサクラが混ざっているのかはわからないが、全体的に見ても受け自体は悪くないようだ。

 

 だが、本来想定されていたであろう盛り上がりにはほど遠い。

 そのことははっきりとわかった。

 

 中央広場の西側。

 ちょうど茅場のデスゲーム宣告があったときにも立っていた場所から結成式の様子を見ていた俺は、キバオウが前に立つのを見て視線を向ける。

 

「ええか! ワイらはワイらのやり方で、こんクソゲームを攻略したるんや! 《攻略組》の奴らに、目に物見せたるでー!」

 

 それが本心だとは俺はまったく思わない。出し抜かれた怒りであるとか、思う通りにいかないもどかしさで、内心は腸が煮えくり返る思いだろう。

 

 うまくいってると思ったところを突き落とされる悔しさはよくわかる。もっともその不条理を叩きつけたのは俺なので、そのあたりはわずかながら申し訳ないと思ってる。

 

「やっぱり来ていたのね」

 

 ふと、後ろからかけられた声に振り向くと、そこにはユキノが立っていた。

 

「今日はここには来るなって言っただろうが。なにお前、そんなに後ろ指さされたいの?」

 

 冗談めかしてそう言う。実際、入隊拒否を突き付けたのは昨日だしな。

 

 ユキノは少しだけ驚いたように目を開いて、それから視線を逸らした。

 

「あなたの居場所を追跡したらこの場所だったものだから……でも、確かに軽率だったわ。ごめんなさい」

「お、おう……。いや、その、なんだ。気にさせちまったのは、こっちも悪かった」

 

 すんなり謝られて、思わず謝り返してしまう。

 てっきり軽口には辛口で返ってくるものだと思っていたんだけどな。

 

 そうして落ちる沈黙。

 何を言えばいいのか。何か言わなくちゃいけないんじゃないか。

 そうやって迷って、悩んで、結局何も言い出せない。

 

 そのうちに、思いがけない方向から棘のある声が届いた。

 

「なんやジブンら、ワイらを笑いに来たんか」

 

 振り向くと、キバオウら《軍》の連中が十数人近付いてくるところだった。

 どの顔も不機嫌に歪み、俺とユキノを交互に鋭く睨み付けてくる。

 

「昨日の今日でよくもヌケヌケと、ワイらの前に顔を出せるもんやな」

 

 吐き捨てるように言って、キバオウはユキノへ目を向ける。

 

「ユキノはん、アンタよくも裏切ってくれたやないか」

 

 ユキノはじっとキバオウの視線を受け止め、逸らすことなく答えた。

 

「昨日話したとおりよ。今後、《ギルド連合》はあなたたち《軍》の協力を求めることはない。だから、私も《軍》に行く理由はもうないわ」

 

 ユキノの身も蓋もない言葉に、キバオウは眉を引き攣らせる。

 

「そいつは契約違反っちゅうことやないんか?」

「前提条件が崩れたのだから、契約も何もないでしょう」

「ハッ! ホンマ、弁の立つやっちゃで」

 

 キバオウはトンガリ頭をがしがし掻くと、おもむろに背中の剣へ手をかけた。

 

「まあ、ええわ。別に今は話しに来たんやないしな」

 

 そのまま仰々しい動作で剣を抜き、切っ先をユキノへ向ける。

 

「ユキノはん、ワイとデュエルせんか?」

 

 それは私怨をぶつけるためのものか。あるいはキバオウなりのけじめのつけ方か。

 感情の抜け落ちた顔で問いかけるキバオウからは、どちらの意図かは読み取れない。

 

「安心しぃや。負けたら《軍》に入れ、なんて言わんさかい。ただ、世話になったリーダーはんがどんだけ強いんか知りたいだけや」

 

 剣を向けられ、敵意を向けられ、それでもユキノはたじろぐことなく頷いた。

 

「……いいでしょう」

 

 返事を受け、キバオウがウィンドウを操作する。

 ユキノの前にデュエルの申請画面が現れ、ユキノがそれを受理した。

 直後、二人の間に60のカウントが表示される。

 

 止めるつもりはない。

 キバオウに同情する気持ちがないわけではないし、何よりユキノが自分で決めたのだから俺が口を挟んでいいことじゃない。

 

 そもそも、止める必要ないしな。

 ユキノがキバオウに負けるなんてのは十中八九ない。

 

 互いに無言で互いの出方を窺う。

 キバオウは何度か構えを変え、対してユキノは抜いた刀を腰だめに持った。

 

 そうして、カウントがゼロになる直前、キバオウが先に動いた。

 

 単発突進技《ソニックリープ》。片手剣のソードスキルの中でも最速の技だ。

 発動速度も移動速度も速い優秀な技だが、代わりに動きが直線的で見切るのは割と簡単でもある。少なくともデュエルに慣れてるやつなら躱すのは難しくない。

 

 ユキノは猛スピードで迫るキバオウに一切焦る様子もなく、わずかな姿勢の変化だけで刀身を水色に輝かせた。

 

 交錯。閃光が瞬く。

 一拍遅れて、デュエル終了の表示が浮かび上がった。

 

 勝ったのはユキノ。

 キバオウの攻撃に自身のカウンターを合わせた見事な一撃だった。

 

 負けたキバオウは何が起きたのかわからないといった顔で立ち尽くしていた。

 周囲を取り囲んでいた連中も、ほとんどは何が起きたのかわかっていないようだ。

 

「行きましょう」

「……ああ」

 

 《軍》の連中を一切気にせず、ユキノは刀を鞘に納めてそう言った。

 青の結晶を握っているのを見て、俺もポーチから転移結晶を取り出す。

 

 そのまま立ち尽くすキバオウたちを視界の隅に収めつつ、同時に呟く。

 

「「転移、ギルトシュタイン」」

 

 

 

 

 

 

 こうして、俺たちは《軍》と完全に決別した。

 

 

 

 

 

 

 

 




20話でした。
なんだか尻切れトンボ感があるなと思いつつも、次話を考えるとこんな感じになってしまいました。
まだまだ文章力、構成力が足りてません。精進します、ハイ。

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