やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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今回は長めな構成になっています。

22話です。よろしくお願いします。


第二十二話:ようやく彼と彼女の間違った始まりが終わる。

 

 

 

 一瞬の出来事だった。

 

 俺の連続攻撃とキリトのソードスキルを受けてなお、わずかにボスはHPを残した。

 ほんの少し、あと一撃加えるだけで倒せるだろう針のような赤(HP残量)

 背中からの攻撃によろめくボスに、けれど止めを刺せる者はいなかった。

 

 いなかったはずだ。

 

 《デスペレイト・ジャベリン》のスキル後硬直で落ちる間、俺はボス部屋に散開したレイドメンバーが見えていた。少なくとも《血盟騎士団》が配されたC隊ははっきりと見えていた。

 

 彼らは一人残らず先のボスの一撃で倒れていたはずだ。

 白銀の鎧を着た騎士が六人、《麻痺》で動けなくなっていたはずだ。

 

 にもかかわらず、絶体絶命のキリトは守られた。

 動けないキリトとボスの大剣の間に滑り込んだ人影は、大質量の剣を受け止め、流した。

 ボスの一撃で盾こそ壊されたものの、反撃で巨人の胸を薙ぎ、倒した。

 

 砕けたボスのポリゴンが晴れたとき、そこに立っていたのはヒースクリフだった。

 寸前まで《麻痺》で倒れていたはずの男だった。

 

 一体どうやって――。

 

 そう考えた瞬間、広間を歓声が包み込んだ。

 

 ボスが倒れて《麻痺》が解除されたのか、誰もが立ち上がって喜びを分かち合う。

 ギルドメンバーと、パーティーメンバーと、隣にいるやつと、手を叩き、握手をし、激戦を制したことを喜び合っていた。

 

 キリトはアスナに飛びつかれ、ポカポカと胸を叩かれている。こらそこ、イチャイチャするんじゃありません。

 しどろもどろになってキリトが謝るもアスナは離れず、結局キリトはそのままの体勢でヒースクリフへ顔を向けた。

 

「ディフェンス感謝する。お陰で助かった」

「なに、こちらこそ美味しいところ取りをしたようですまないね」

「いや。あの盾さばきも、鎧の上の隙間を狙う技量も見事なもんだった。一瞬とはいえ、あの攻防を見たんだ。誰も文句は言わないさ」

 

 そう言って、キリトが手を差し出す。アスナもさすがに空気を読んで離れた。

 ヒースクリフはわずかに逡巡した後、小さく笑みを浮かべ手を握った。

 

 少しだけ、その笑みが引っかかる。

 

 どうやって《麻痺》を解いたのか。解毒結晶を使ったのか。

 解毒結晶だとしたら、どうしてあんなにも早く取り出せたのか。

 俺と同じようにボスの挙動から勘付いたのか。それとも――。

 

「なにをそんなに胡乱な、いえ、腐った目で見ているのかしら?」

 

 ふと横から涼やかな声がかけられた。

 振り向くと、そこにはユキノが立っている。

 

「おい今の言い直す必要あったか。それと、目つきが悪いのは元からだ」

「あら、ごめんなさい。胡乱なのはあなたの方だと思っててっきり」

「失礼だなオイ」

 

 ほんと失礼なやつだ。連日朝から晩まで酷いときには朝から朝まで働いているまじめな俺を捕まえて胡乱だとは。嘘もつく上に仕事は適当なマイナーだし間違ってないな。

 

 せめてもの反抗にとジト目を向けると、ユキノはクスリと笑う。

 

「それで、なにを気にしていたの?」

 

 問われて、もう一度ヒースクリフへ視線を向ける。

 

 ヒーローインタビューを受けるかのごとく何人ものプレイヤーに囲まれる騎士の顔に先程感じたような違和感はなく、《麻痺》からの驚異的な持ち直しの早さを気にかける者もいない。

 

「……いや、なんでもない」

 

 たぶん、過敏になっていたんだろう。

 今回のボス戦は戦闘時間も長かったし、緊張状態が続いて疲れたのかもしれない。

 

「…………そう」

 

 答えた俺に、ユキノは微笑みかけてくる。

 

「なら、これでこの層の攻略は終わりね。お疲れ様」

「……ああ、お前もお疲れ」

 

 頷きを返して、歩き出す。

 

 熱戦の余韻は、その後もしばらく冷めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 第26層主街区《オブシディア》にて、祝勝会兼《ギルド連合》結成記念パーティーが開催された。

 

 場所は《オブシディア》中央に建つ大きな屋敷の庭先だ。

 25層の砦も立派なもんだったが、こっちの大邸宅も負けてない。

 

 主催はエギルも参加している《アインクラッド商工会》。数多くの商人や職人が名を連ねているだけあって、企画から会場設営までを驚くほどの手際で進めていた。

 加えて職人クラスの中には《料理》スキルに熟達しているやつもいるらしく、会場に置かれた長テーブルの上には所狭しと目にも美味しい料理が並んでいる。皿の近くにはプレイヤーの名前や店の名前らしきものが書かれたプレートがあるあたり商魂たくましい。

 

 お陰でリンドが乾杯の音頭を取って始まったパーティーは当初、参加者のほとんどが並んだ料理をかきこむという趣旨とはかけ離れた光景が繰り広げられた。肉まんが最高に美味かった。

 

 その後ある程度腹が膨れると談笑が始まり、中でも今回ラストアタックボーナスを獲得したヒースクリフは数多くのプレイヤーに囲まれていた。

 

 特にその左手。

 巨人の攻撃を防いだ際に失ったものの、新たに得た『盾』に羨むような視線が送られる。

 

 中央に女神の姿が象られた純銀のそれは、あの巨人型ボスの胸にあった鎧とよく似たデザインをしている。仮に同じものが『盾』としてドロップしたのであれば、『あらゆる災厄を払う』と言われるほどの防御力を持っているはずだ。

 

 そんな25層フロアボスのLAボーナスだという盾の名前は――。

 

「『アイギス(Aigis)』か。見事な品だ。できることなら私が勝ち取りたかったが……」

 

 ヒースクリフを囲む一人、《天穹師団》の女性プレイヤーは、悔しそうに唸った。

 放っておけば頬擦りでもしそうな雰囲気の女性を、斜め後ろに立つ青年が諫める。

 

「確かに君はアテナって名乗ってるわけだし、アイギスって聞いたら欲しくなっちゃうのもわかるけど、いくらなんでも自重してくれよ」

「……わかっている。だがヘルメス、せっかく《連合》に名を連ねたんだ。これを機に私も新しい盾が欲しいぞ。いや、戦力的にも作るべきだ。そうに違いない」

「わかったわかった。ヴァルカンに頼んでおくよ」

 

 ため息を吐き、青年はヤレヤレと首を振る。

 そんな二人のやりとりを見ていた《天穹師団》リーダーは、ヒースクリフに対してスッと腰を折った。

 

「すみません。彼女も悪気があるわけではないんです。ただ少し欲望に忠実なだけで」

「無論、気にしていないさ。このような逸品は誰しもが求めるもの。ましてやそれが思い入れのある品ともなれば尚更だろう」

 

 ヒースクリフが大人の対応をすれば、パーシアスは再度一礼して振り向き、ギルドメンバー二人を連れてその場を後にした。

 

 それにしても《パーシアス》に《アテナ》、《ヘルメス》ねぇ。見事にギリシャ神話で統一されてるわけだ。《天穹師団》ってのはみんなそんな感じなのかねぇ。

 

「けど、じゃあ《ヴァルカン》ってのは……」

「《ヴァルカン》は《ウルカヌス》の英語読みよ。そして《ウルカヌス》はローマ神話における鍛冶の神。ギリシャ神話でいう《ヘパイストス》ね」

「ああ、なるほどな」

 

 さすがユキペディア。神話にまでお詳しいとは恐れ入る。

 

 ちらっと視線を横へと向ける。

 圏内でパーティー会場ということもあり、今のユキノは白地に青い雪模様があしらわれた羽織に紫紺の袴の和装だ。いつもは括っている髪も下ろしている。

 

 白い肌に腰まで届く黒髪の和服美女だ。西洋ファンタジーが主体のSAOでは異質だが、細かいことを気にさせない(・・・・・・)華やかさがあった。

 となると必然、目立つ。元《攻略組》の人間は見慣れたものだとはいえ、こういう大人数の集まる場では恐ろしく人目を惹く。

 

 現にこちらを見て気を窺ってる輩はそこかしこにおり、同時に隣の冴えない男を嘲る眼差しも多々あった。1層のアレ以降で慣れたから何とも思わないけどな。寧ろ存在を認められて嬉しいまである。

 

 一方、現在進行形で奇異の目にどぎまぎしている俺と違い、ユキノはどこ吹く風とばかりに泰然としていた。周囲の視線を気にする素振りもなく言葉を続ける。

 

「あなたのここ数日の行動、アルゴさんに聞いたわ。また無茶をしたものね」

「まったくだ。もうしばらく徹夜はしないし、なんなら休暇をもらうね」

「徹夜の方はともかく、攻略を休むことはできないのではなくて」

 

 くすっと笑みを浮かべて、ユキノが目を向けてくる。

 

「聞いたわよ。あなた、自分からあの役職を選んだのでしょう。ねえ、たった一人の『先行偵察隊員』さん?」

 

 あーくそっ、アルゴのやつ、喋り過ぎだろ。

 

 顔が苦々しく歪むのがわかる。

 ユキノはしばらくその挑発的な眼差しを続けた後、わずかに目を伏せた。

 

「リスクに見合わないと知っていながら、それでもあなたはそうするのね。一度死にかけたというのに、懲りていないのかしら?」

「我が身が一番のマイナーボッチだからな。他人と合わせる必要がない仕事の方がいいんだよ。ソロで稼いでる分レベルもそこそこ高いしな」

 

 そう。たとえ組織に所属したとしても、所詮は『マイナー』。

 自分が生き残るため、自分の願いのために行動する、自分勝手な地雷プレイヤーだ。

 人に関わればロクなことにならず、引っ掻き回して迷惑をかけるだけ。

 

 最低最悪の『マイナー』がそれでも最前線に残るなら、吸った蜜の分くらいは働かなきゃ追い出されちゃうからな。少々のリスクくらい呑み込むべきだろう。

 

 そんな俺の浅はかな考えなどお見通しらしい。

 ユキノは横目にジッと見てきた後でごく小さな声で呟いた。

 

「……すべての人があなたを気に掛けて、嫌っているなんて自意識過剰よ」

 

 零れ落ちたユキノの言葉に鳩尾の奥がずきりと痛んだ。

 反論の余地もない不意打ち。視線が足元へ落ちる。

 

 けれど――。

 

「少なくとも――」

 

 口を閉じた俺に、ユキノは囁くのをやめない。

 

「私は、あなたを知っている。だから私も一緒に行くわ。あなたの卑屈な思い込みを矯正する必要があるし。それに……」

 

 そこで一度息を継ぎ、小さく深呼吸をして、困ったように微笑んだ。

 

「傍で見ていないと落ち着かないもの」

 

 

 

 そのときの感情をなんと言い表すのか、俺にはわからない。

 

 苦しいような甘いような、痺れるような感覚。

 

 頭も顔も熱いのに、身体は冬の日のように震える。

 

 そしてなにより、ユキノをまともに見ることができない。

 

 

 

 強張った体をどうにか動かして、ため息に似た深呼吸をする。

 

「…………好きにしろよ。どうせ断っても無駄なんだろ」

「どうかしら。本気で嫌と言われれば考えるけれど」

 

 珍しく殊勝な態度の彼女に、思わず視線を送る。

 するとそこには待ち構えていたユキノの笑みがあった。

 

「でも、そうね、部長命令ということでどうかしら」

 

 いつだか聞いたのと似た言葉。

 確かあのときも一緒に行くと言って聞かなかったんだったか。

 

 一応の言い訳として暦を考え、総武高校の部活動の常識と照らし合わせて答える。

 

「まだ5月だしな。引退するには早いか」

「ええ」

 

 諦めて息を吐き、差し出されたグラスに自分のものを合わせる。

 ガラスのぶつかる音が鳴り、どちらともなく中身を口にした。

 赤ワインのようなそれはしっとりと甘く、そしてほんの少しの渋みがあった。

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 祝勝会の夜は更けていく。

 

 広い会場の端から全体を見渡すことはできず、かといって俺もユキノも人を訪ねて歩き回るような性分じゃない。

 時折、俺たちを見つけて近付いてくる顔馴染みとは言葉を交わすものの、そいつらが去ってからはまた静かに会場を眺めているだけだった。

 

 そんなことだから、『彼ら』がここにいるとは思ってもいなかった。

 

「あ、やっと見つけた」

 

 声に振り返ると、そこには――。

 

「サチ?」

 

 水色のワンピースに身を包んだサチがいた。

 

「こんばんは」

「お、おう。え、っていうか、お前なんでいんの?」

 

 思わず正直すぎる問いを返してしまう。

 言った後で失言だったと気付くも遅く、サチは苦笑いを浮かべた。

 

「アハハ……。なんていうか、予想通りの反応だね」

「すまん。今のは言い方が悪かった」

「ううん。いいの。驚かそうと思って黙ってたのは私の方だから」

 

 黙ってた? なんのことだ?

 

 いまいち話が呑み込めずにいると、今度は背中を突かれた。

 振り向いてみれば、ユキノが訝しげな顔で覗き込んでいた。

 

「ハチくん、そちらは?」

「ああ、お前は初対面だったか。こいつはサチ。ギルド《月夜の黒猫団》のメンバーで、職人クラス兼務の支援職だ」

「は、初めまして」

 

 ユキノにサチを紹介する。

 サチは若干上擦った声で言って腰を折った。

 

「で、こっちがユキノ。ちょっと前まで《攻略組》のリーダーを務めてた」

「ええっ! あなたがあの(・・)ユキノさん!?」

「『あの』というのが何を指しているのかはわからないけれど。初めまして」

 

 苦笑いを浮かべてユキノが手を差し出す。

 するとサチは焦ったように両手で手を取った。そのまま握った手を自身の胸元へ持っていき、ユキノにぐいっと詰め寄る。

 

「あの! あの、私、ユキノさんにずっと憧れてて、ユキノさんみたいに強くなりたいって思ってて、いつか会ってみたいと思ってたんです!」

 

 ああ、こいつもファンだったのか。そりゃ興奮するわけだ。

 

 一方、握手のつもりで差し出した手を抱え込まれ、キラキラした目で間近に迫られたユキノの方はというと、どうしたものかとタジタジになっていた。

 普段は落ち着いてるくせに、純粋無垢なやつに接近戦を挑まれると弱いからなぁ。

 

 このままゆるゆりシーンを眺めててもいいのだが、悪乗りすると後が怖いのでこの辺りで助け舟を出しておく。

 

「で、お前は結局なにしに来たんだ? あと、ケイタたちはどうした?」

 

 訊ねると、サチはようやく我に返ってユキノから離れた。

 気恥ずかしそうに手を揉みつつ答える。

 

「ケイタもみんなも来てるよ。今は向こうでキリトと話してる。私は、ここでならハチに会えるかなって思って探してたの」

「全員来てるのかよ。ってことはなんだ、お前らも《連合》に入ったのか?」

「うん。キリトに誘われてね」

 

 ほーん。あのキリトがねぇ。よっぽど気に掛けてるんだな。

 

「なるほどな。お前がここにいる理由はわかった。で、じゃあ何で俺を探してたんだ?」

 

 するとサチは視線を逸らし、またしても恥ずかし気に手を揉み始める。もじもじちらちらとこちらを窺い、やがてストレージから折り畳まれた布を取り出した。

 

「前に《裁縫》スキルが育ったらって話をしたでしょ。熟練度はまだまだなんだけど、ハチから貰った素材で作ったのが上手くいったからお礼にと思って」

 

 差し出された布を受け取り、ステータスを表示させる。

 ふむふむ。《シーカーマント》ね。防御力はほとんどないが、敏捷力にボーナスが付くのか。なかなかいいな。――ん?

 

「おいおい、《索敵》と《罠解除》が50も底上げされるじゃねぇか」

 

 最前線で目にする防具や装飾品と比較しても破格の効果だ。

 《索敵》の補正値もそうだが、その派生である《罠解除》まで付随しているのは滅多にない。これだけ効果が高いものとなれば初めてだ。超が付くレアアイテムと言っていい。

 

「すごいでしょ。追加効果の判定がたまたま上手くいったの」

 

 サチがそう言ってはにかむ。地道に《裁縫》スキルを鍛えてきた結果が早くも現れたということだろう。

 

「これ、売ったらかなりの高値になるぞ」

 

 俺に譲るより売ってサチとギルドの収入に充てた方がいい。

 そう言外に匂わせて伝えたが、サチは困ったような顔で首を振った。

 

「《商工会》の人にもそう言われた。けど、それはあなたに渡そうって思ったから」

「……ダッカーのやつはシーフだったよな。あいつに使わせた方がいいんじゃないか?」

「それも考えたけど、やっぱり最初はハチにって思って。みんなにも訊いて、それでいいって言ってもらえたから」

 

 みんなとは黒猫団の連中だろう。が、あれだけの真似をした俺にこんなレアアイテムを譲ろうと考えるだろうか。

 考えられるとすればサチへの配慮か、あるいは手切れ金代わりか。どちらにせよ受け取るのが正解な気もする。いや、けどなぁ……。

 

「要らないことを悩んでいないで、黙って受け取りなさい」

 

 ぐずぐず悩んでいると、ユキノにバッサリ言い切られてしまった。

 

「いや、けどな……」

「けども何もないわ。そもそも女性から贈り物をされて断れるほど、あなたの半生は満ち足りたものではないでしょう。寧ろここは涙を流して喜ぶ場面ではないかしら」

「失礼だなオイ。俺だって贈り物を貰った経験くらいはあるぞ」

「小町さんと親御さんを除いても?」

 

 なんでだよ。お袋はともかく、小町からのはカウントしたっていいだろ。確かにここ何年かはもらってないが。

 最後にもらったのは二年……いや、三年前か? 聖ヴァレンティヌスの日にチョコパイもらって「ホワイトデーはよろしく♪」って言われたような……。

 

「目を腐らせるのは結構だけれど、ともかく彼女からの贈り物は受け取りなさい」

 

 呆れたようにため息を漏らすユキノの声で我に返り、サチへと目を戻す。

 どうしようもない会話を前に困った顔を困惑顔に変えたサチは、それでも目が合うとはっきり頷いた。

 

「……わかった。ならありがたく貰っとく」

「うん!」

 

 観念してそう言うと、サチは顔を綻ばせた。純粋な笑顔が眩しいです。その輝きは大天使トツカエルに勝るとも劣らず。これが大天使サティエルか。

 

「サチ。ここにいたんだな」

 

 頭の悪いことを考えていると、天使に近付く黒衣の剣士が一人。

 

「ハチにユキノさんもお疲れ様」

 

 そう言ってキリトはグラスを差し出してくる。

 

「ええ。あなたもお疲れ様」

「お前、あいつに捕まってたんじゃなかったのか?」

 

 先にユキノが、次いで俺がグラスを合わせると、キリトは苦笑いを浮かべた。

 

「ハハ……。まあ、ここに来るまではな」

 

 どうやらあのボス部屋からここまでアスナに引きずり回されたらしい。キリト本人は困った顔だが、そんなんじゃお前、いつかあいつのファンに刺されるぞ。

 

「えっと、キリト……? どうしたの?」

 

 微妙な空気を察して、サチが恐る恐る訊ねる。キリトの態度とか捕まるとか、事情を知らないやつからしたらそりゃあ不穏だよな。

 

 キリトは慌てたように手を顔の前で振った。

 

「いや、なんでもない。……それより、さっきケイタから誘われたんだ。俺も《月夜の黒猫団》に入らないかって」

 

 へぇ。キリトが黒猫団にねぇ。よほど信頼されたんだな。

 キリト自身彼らのことは何かと気にしていたし、そういう話になるのが自然か。

 とはいえ、キリトがギルドに入るとなると黙ってないやつが一人いるんだが、その辺りわかってるのかねぇ。

 

「断る理由もないし、喜んで仲間に入れてもらおうかと思ってさ。それで、そうとなったらフォーメーションの練り直しだって話になって、サチを呼びに来たんだ」

 

 あー、これはわかってないな。というよりも寧ろ、視野が狭くなってる感じか。

 わざわざ呼びに来るあたり気があるんだろう。本人が自覚しているかはともかくとして。

 

「そっか。うん。わかった。キリトが入ってくれるなら頼もしいね」

 

 サチはニッコリと微笑む。それだけでキリトはわかりやすく頬を緩めた。

 なんとも言い難い心境のこちらを他所に、丸見えの喜色には気付くことなくサチは振り向いて表情を改めた。

 

「じゃあ、私は戻るね。ユキノさんも、ありがとうございました」

「また攻略で」

「ええ。また」

「じゃあな」

 

 穏やかな顔のサチと満足げなキリトに答えて見送る。

 遠ざかっていく二人の背中――特に背筋がピンと伸びている黒服の方を見ていると、思わずため息が漏れてしまう。

 

「キリトが黒猫団にねぇ」

 

 おいおいこれどうするんだよ。アスナが怒鳴り込んでも知らねぇぞ。

 

 先に待つ修羅場を想像してもう一度ため息を吐く。

 ユキノも表情こそ変わらないものの、困ったように小さく息を吐いた。

 

「突然のことだけれど、アスナさんは納得しているのかしら」

「納得してるわけないじゃないですか」

 

 うおっ! なんだこいつ、いつからいたんだよ。

 

「ずっと一緒にやってきたのに、何の相談もなくギルドに入るなんて信じられない!」

 

 振り向いた先でアスナは腕を組み、頬を膨らませて仁王立ちしていた。

 そりゃあ1層からずっとコンビ組んでたんだし怒るのはわかるが、それにしてもスニーキングは愛が重いんじゃないですかねぇ。

 

「あー、一応訊いとくが、お前も黒猫団に入る気は……」

「ありません! そこまで見境なしじゃないわよ」

 

 あーよかった。これで『私も入ります。彼の隣は譲れません!』とか言い出したらどうしようかと思った。いや、言われたところで止められるわけがないんだが。なんというか物理的に。

 

 アスナの冷静(?)な切り返しに、ユキノはふむと顎に手を当てる。

 

「そうね。彼の方から距離を取ったのだもの。何か思うところがあるのかもしれないわ。加えて《攻略組》という集団は《ギルド連合》という組織になった。いつまでもギルドへ入らずに個人参加というのは現実的ではないでしょうね」

 

 確かに。《ギルド連合》が攻略の主体になる今後は、ギルドに未所属のまま攻略に参加していくのは難しいかもしれない。

 

 《連合》の一員なら優先的に受けられるサポートもなく、外様の立場は益々厳しくなる。

 俺みたいなはみ出し者ならともかく、キリトやアスナのような主力プレイヤーは遅かれ早かれどこかのギルドに所属する必要があるだろう。

 

 そういう意味でいえば、キリトがこのタイミングで黒猫団に入るのは間違ってない。

 トッププレイヤーの一人であるキリトが加入すれば、《連合》に加盟したばかりの《月夜の黒猫団》の知名度・地位の向上に繋がる。淡い期待だけで決めたわけじゃないだろう。たぶん、恐らく、メイビー……。

 

 アスナもその辺りは理解しているのか、大きく頷いて答えた。

 

「はい。なので私もどこかのギルドに所属しようと思うんですけど、ユキノさん、一緒に有力なギルドはどこか見極めに行きませんか?」

 

 なるほど。そういうことか。

 

 つまりアスナは自分が所属するギルドを探していて、そのためにユキノの意見を欲しがっているのだ。

 ユキノが認めたというだけで信用できるし、なんならユキノ自身が加入する可能性もある。なんせ自分で勧めたギルドなのだから。

 

「私が? いえ、けれど私は……」

 

 戸惑うように呟いて、ちらっとこちらへ視線を送ってくる。たぶん、さっき言ったことを気にしているんだろう。

 俺個人の意見としてはこのままアスナと一緒にどこかのギルドへ腰を落ち着けてもらいたいが、ユキノの性格上それはない。

 

 となれば、俺にできるのはユキノが戻ってくるまで待っていることだけだ。

 

「行ってこいよ。別にお前自身が入らんでも見繕うくらいはできるだろ」

「……そうね。では行きましょうか」

「はい!」

 

 納得したらしいユキノがアスナと一緒に歩き出す。

 去り際、アスナが振り向いてウィンクしてきた。

 

 ハァ……。そういうのはキリトにやってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 晴れて一人(ボッチ)になったことだし、のんびりしますかね。

 

 会場の隅に背中合わせのベンチを見つけ、どっさり腰掛けた。

 三分の一ほど残ったワインのようなジュースをちびちび飲みながら、ぼーっと灰色の天蓋を見つめる。

 

 そうしていると、段々瞼が重くなってきた。

 思えば今日まで三日間、ほとんど寝ずに動いてきたしな。ユキノが戻ってくるまではそれなりに時間もかかるだろうし、タイマーかけてひと眠りするか。

 

 そう思ってウィンドウを開いた、そのとき――。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。とーっても大変だったね、Darling♡」

 

 

 

 

 

 

 耳元で囁かれた声に、意識が一瞬で覚醒する。

 

 バッと音が鳴るくらいの勢いで振り向く。

 背中合わせになった反対側に、輝くような金髪があった。

 

 見間違いじゃない。見間違えるはずがない。

 完全に背を向けていて顔は窺えないが、それでも絶対に人違いなんかじゃない。

 

 いつの間に、とは思う。

 音も気配もしなかったし、当然《索敵》スキルにも反応はなかった。

 ウトウトしていたとはいえ、声を掛けられるまで気付かなかったのはなんとも迂闊だ。

 

 けれどそんなことはいい。

 ただ一つだけ。気になるところがあった。

 

「お前、いつの間に……」

「DarlingのことならAlwaysお見通しだよー。それともこっちのことかな?」

 

 俺の疑問を見抜いたように、背中越しに話すパンは自身の頭上を指し示した。

 

 前回会ったときは《犯罪者》を示すオレンジ色だったカーソル。

 それが今は緑色に、『元の色』に戻っていた。

 

「なんでわかるのかって? フフ、power of loveよ。もっとDarlingの傍にいたくてね。Clean upしてきたの」

 

 ニコニコと笑っているのがわかる声音だった。

 こっちの疑問も呆れも、なにもかもさらって笑い飛ばすような快活さ。

 

 気が付けば息を吐いていて、眠気も緊張もどこかへ消えていた。

 

「カルマ回復クエスト、か。今さらグリーンに戻って、どうするつもりだ?」

「それはsecretだからねー。Darlingにも教えられないかな」

 

 その言い方でなんとなくのところを悟る。

 つまるところ、これは改心の証ではなく、今後のための布石なのだ。

 

 ため息を吐いて、元の背中合わせに戻る。

 

「奴らと縁を切ったわけじゃないんだな」

 

 ごく小さく、パンが息を呑んだのがわかった。

 それからいつものようにおどけた口調で訊ねてくる。

 

「……Darlingにはわかっちゃうんだね」

「お前が本気で足を洗ったんなら、こんなコソコソしたりせずに正面から乗り込んでくるんじゃねぇの。知らんけど」

 

 たぶん、そのときは真正面から、ユキノを猫可愛がりながらやってくるのだろう。

 ほんの数回しか見ていないというのに、そんな光景がありありと思い浮かんだ。

 

 お互いに何も言わない時間が過ぎる。

 一分経って、二分経って、三分が経過するかという頃。

 

 パンは穏やかな、それこそ温泉にでも入ったときのようなため息を漏らした。

 

「ハァ……。You always make me happy, Darling♡ だから教えてあげる」

 

 言って、ベンチが軋む音がする。

 

 そうして両の肩に手が置かれ、耳元に寄せられた口から甘やかな音が零れた。

 

 

 

 

 

 

「Congratulations.予想以上の結果だったよ」

 

 

 

 

 

 

 耳元で囁かれた言葉。

 それを聞いた瞬間、身体が震えた。

 

 

 

 ずっと、探し続けたやつがいた。

 

 そいつはキバオウたち《ALS》を唆し、壊滅させ、《攻略組》を分裂させた。

 情報一つで大ギルドを動かし、《軍》の結成に働きかけ、ユキノを陥れようとした。

 

 事態を裏から操っていた黒幕。

 俺はそれが《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》リーダーの《PoH》だと考えていた。

 

 だが。

 

 だがもしも、奴一人の仕業でないとしたら。

 

 殺人(レッド)ギルドが、今ここにいる『こいつ』までもが絡んでいたとしたら。

 

 もしかして、こいつは――。

 

 

 

「パン、お前――」

 

 振り返ると、そこには誰もいなかった。

 ベンチの裏には背の高い茂みと、その向こうには夜の暗闇が広がっている。

 人影一つ、痕跡一つ見つけることはできなかった。

 

「See you again, Darling」

 

 ただ一言。

 呆然とする俺の耳にふと、そんな声が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二章 完

 

 

 







というわけで、これにて第2章も完結となります。

振り返ってみれば、描きたい情景が上手く表現しきれずモヤモヤした章でした。



次章は各層を飛び飛びに、数話ずつで構成していくつもりです。

可及的速やかに仕上げていきますので、今後ともよろしくお付き合いください。
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