やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
幸運なことにばっちり休みがもらえそうなので、色々と捗りそうです。
ともあれ、第2話です。
よろしくお願いします。
走る。
暗く見通しの悪い道をひた走る。
幾何学的な、直線だらけの迷宮。
曰く、自然界には曲線がほとんどで、直線で形作られたものは人工物なのだという。
であれば今走っているこの場所も人の手によって作られたものなのだろう。
まあSAOがゲームである以上、目に見えるすべては人工物どころかデザイナーが作ったポリゴンの集合物でしかないのだが。
こんな建造物が九十九本も積み上げられてるとか、創造主の頭の中身は理解できない。バカと天才は紙一重というが、茅場も頭のネジが数本飛んでいるんじゃなかろうか。
少なくとも、各階層で最も難易度の高いダンジョンをトラップ多発地帯に設定してるあたり、性格が悪いのは確定だろう。ほんと茅場は余計なことしかしない。
ため息を吐きたくなる衝動を堪えて走る。
痕跡を辿って来た迷宮区もすでに16階層目に突入しており、ここまで来て見つからないとなるといよいよ絶望的だ。
ここから先は、進めば進むほど厳しくなる。
敵mobの強さも、地形の厭らしさも、トラップの残酷さも。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
この状況を生んだ原因の一端は俺にもあるのだから。
なによりも。
俺なんかに感化されて戦闘職を続けた結果、こんな危険なところへ来る羽目になってしまった、彼女のために。
やはりボッチが人に関わると碌なことにならない。
先導するキリトに付いて走りながら、もう一度ため息を呑み込んだ。
× × ×
その知らせはまたしても突然に届いた。
第29層主街区《エムナイク》に転移した直後、視界の端っこでメッセージの受信を知らせるアイコンが点滅した。
迷宮区に籠っている間はメッセージが届かないから、この手の転移後受信はままあることだ。マイナーの俺ですら割と頻繁にあるくらいには。まあ、仕事とお使いと催促が大半だけど。
見ればユキノも何かしらメッセージが届いているようだった。
目配せをして広場の端に移動し、どれどれっと差出人を確認していく。
ふむふむ。アルゴが二通にキリトからが一通ね。この辺はいつも通りだ。
が、今日は少し珍しい相手からも届いていた。
送り主の名前は《サチ》。タイトルは《急にごめんね》とある。
そこはかとなく嫌な予感がするんだが、いったいなんの用だ。
とりあえず、他のメッセージを置いてサチからのものを開く。
『こんにちは。
急にメッセージ送ってごめんね。
ちょっと知らせておきたいことがあって。
忙しかったら気にしないでもいいから。
実は黒猫団のギルドホームを買うことになったの。
それで今日、キリトとケイタが出掛けたんだけど、私たちも家具を買うお金を稼ごうって狩りに出ることになったんだ。
27層の迷宮区がいっぱい稼げるみたいだから、そこに行くつもり。
私はちょっと怖いけど、連合に入って、キリトがギルドに入ってくれて、みんなどんどん強くなってるから、きっと大丈夫だと思う。
キリトやケイタには内緒にしようってみんなには言われたんだけど、ハチになら話してもいいよね。
それでここからが本題なんだけど。
あのね、もしもハチに予定がなければ、私たちを手伝ってくれないかな。
気が向いたらでいいの。
忙しかったら断ってくれて構わないし、疲れてたら無理してもらわなくていいから。
急に変なこと言ってごめんね。
迷惑かもって思うけど、でももし気が向いて、来てくれたら嬉しいです』
読み終わった直後の感想としては、相変わらずだなというものだった。
いまいち腰が低いというか、気を遣い過ぎというか。キリトとケイタの次に頼る相手が俺みたいなマイナーってのはどうなんだろうな。
メッセージのタイトルから感じた嫌な予感も気のせいだったのだろう。あるいは気にしすぎと言うべきか。
《月夜の黒猫団》に関しては何度か関わってるし、ケイタらギルドメンバーの至らないところも目にしている。
だからどうしても彼らの能力を過小に評価してしまうんだが、キリトが指導し始めてからは着実に腕を上げていると聞いている。連合内での評価も手堅いものだし、レベル的にも27層なら問題なく狩りができるはずだ。
一応、受信履歴を見る。これはどちらかといえば確認作業のようなもの。ほら、メッセージに既読が付かないままだと心配するやつもいるだろ。アレだよアレ。
誰にとも知れない言い訳をしながら履歴を見ると、やはりメッセージが送られてきたのは午前中で、俺たちが迷宮区に入ったすぐ後だった。ほとんど入れ違いだったらしい。
現在時刻は夕方の5時を回ったところ。
さすがに今から行ったところで手伝えることはない。
むしろもう探索を終えて帰ってる頃合いだ。
今頃、新居での宴会の準備に追われてるだろう。
ここぞとばかりに隣に座っておきながら固まって動けなくなったキリトが目に浮かぶ。
気の抜けたことを思いながらメッセージを閉じ、次いでアルゴからのものを開く。
こちらもこちらで相変わらずの人を食ったような文体で、けれど内容は仕事の依頼と催促だった。やべっ、そういえば一件討伐系クエストの報酬を報告するの忘れてた。
慌ててアルゴへの返事を打つ。
あいつからの催促メールを無視なんかしようものなら、翌日には黒歴史を撮影したスクリーンショットが出回ることだろう。
アルゴへのメッセージを送信し終え、自然とため息が漏れる。
これで明日の平穏が保たれた。《ロリコン地雷野郎》などと揶揄される未来は回避されたのだ。世界は明日も平和である。
そもそも、アレはクエストの依頼人が小町に似た少女だったから思わず頭を撫でてしまっただけで、決してロリコンだからではない。むしろシスコンと呼んで欲しい。どちらにせよ変態なのは変わらないんだよなぁ……。
小町の手料理が食べたいなぁ、と遠い目をしつつアルゴからのメッセージを閉じる。
これで残るはキリトからのものだけだ。
どうせ新しい情報の交換か、はたまたアスナの様子を訊ねるものだろう。
あいつ、自分からアスナと距離を取っておきながら気に掛けてはいるんだからほんと質が悪い。直接会って確かめるわけでもなく、けれど俺とユキノを介して様子だけは聞いてくるのだ。
呆れたことに、アスナの方も似たようなことをしてるあたりため息しか出ない。
お陰で俺もユキノもあいつらの仲介役みたいな真似をさせられてる。もう勝手にやってくれと言いたいもんだが、あいつらにはいくつも恩があるからなぁ。
半ば内容を予想しながら最後の未読メッセージを開く。
送られてきた時間はほんの三十分前。
タイトルは『大至急』とある。…………大至急?
メッセージを開く。
そこには僅か二行だけの、簡潔な文章が書かれていた。
『急に悪い。サチたちが見つからないんだ。
何か心当たりがあれば教えてくれないか』
そこに描かれた内容を一度読み、再度読み返して見間違いでないことを確認する。
キリトからのメッセージと、さっき見たサチからのメッセージを関連させ、状況を理解して初めて、俺は事の重大さに思い至った。
思わず駆け出す――寸前で腕を掴まれた。
「何があったの?」
振り向いた先には、真剣な表情をしたユキノがいた。
けれど今は説明している時間も惜しい。
「詳しく説明してる時間はない。ともかく27層の迷宮に向かわないと」
言って手を振りほどこうとする。
けれどユキノは先程以上の力で腕を掴み、放さない。
「放してくれ。今行かないと間に合わなくなるかもしれない」
間に合わなくなる。
口にして、その状況を想像して、自分の浅はかさに吐き気がした。
嫌な予感は的中していたのだ。なぜ気のせいなどと思ったのか。
時刻は午後5時を回り、間もなく半になろうとしている。
サチからのメッセージが届いた時間から考えると、彼らは優に六時間近く迷宮区にいる計算になる。
27層迷宮区は敵mobの強さこそそれなりだが、トラップ多発地帯だ。
悪質なトラップもあるせいか、連合の《攻略班》ですら完全踏破はしていない。逆に未踏破エリアを探索する《錬成班》ではレベルが足りず、結果、未進入の部屋や未発見の隠し部屋が残されている。
ああ。確かにレベルの上では黒猫団の連中でも問題ないだろう。
だがそれは
毒罠、麻痺罠、転移罠にモンスターハウスなどなど……。レベルを上げるだけでは対処できないトラップなどいくらでもある。
あいつらが陰湿な罠の一つを踏み抜いていないなどと、そんな保証はどこにもない。
キリトとケイタを驚かすために迷宮へ行った彼らが、こんな時間になっても戻っていないというのが何よりの証拠だ。
「放してくれ」
もう一度告げる。今度はさっきよりも強い口調になってしまった。
ユキノへ当たっても仕方ないのに、焦る気持ちが言動になって表れる。それがまた吐き気を増長させ、堪らず顔を逸らした。
しかし、ユキノは腕を放さなかった。
それどころか筋力値に物を言わせ、強引に引き寄せられる。
「っ! おい、なにを……」
思わずよろめいた俺を、ユキノは胸を押えることで支えた。
彼女の左手が右胸に当てられ、間近から覗き込まれる。
「落ち着いて。あなたがこのまま一人で行ったとして、目的は達成できるの?」
「それは……」
即答できなかった時点で認めたようなものだった。
トラップ地獄の迷宮で人探しをするとなれば、俺だけじゃ何もかもが足りない。
言葉に詰まった俺に、ユキノは諭すように続ける。
「加えて、私たちは迷宮区から帰ってきたばかり。一度補給に戻らないとアイテムが足りないわ。結晶もそれほど余裕があるわけではないのよ」
つくづく彼女の言う通りだった。
ぐうの音も出ない正論だ。
目を閉じ、努めてゆっくりと深呼吸をする。
そうして初めて身体が震えていたことに気付いた。
焦って震えるとか、ほんと情けないな。
「……悪い。焦ってた。ちっと落ち着くわ」
「ええ。とりあえず、宿に帰りながら詳しい話を聞かせて頂戴」
頷くと、ようやく腕が解放される。
左手も離れて、満足げな笑みを浮かべたユキノは宿の方向へ歩き出した。
「――そういうこと。なら、必要なのは適切なスキルを持った人材ね」
道すがら事情を説明し、宿で話を終えると、ユキノは腕を組んでそう言った。
その姿はかつての文化祭で辣腕を揮っていたときのように頼もしく見える。
「スキルか……。《索敵》と《罠解除》は当然として、後は……」
「《挑発》持ちのタンクも欲しいところね。仮にモンスターハウスに閉じ込められているとすれば、必要になるでしょうから」
なるほど確かに。俺みたいな紙装甲が盾にすらなれないしな。
「なら必要なのは《索敵》、《罠解除》、《挑発》持ちのタンクだな」
《索敵》はキリトが相当な熟練度に仕上げているから問題ない。そもそも《索敵》スキルで人を探すときは、相手がフレンドかギルドメンバーじゃなきゃダメだしな。
《罠解除》はアルゴが持っている。《FBI》のトップでありながら自身でも情報を集めて回るアルゴは、単独でダンジョンに潜ることもある。《隠蔽》でゴリ押す俺に対し、「ソロでやるなら《罠解除》スキルは必須だヨ」と苦笑いを浮かべていた。
キリトは当事者だから呼べばすぐに駆け付けるだろう。
アルゴも報告への返事がすぐに返ってきたくらいだ。報酬さえ払えば協力を取り付けるのは難しくない。
問題は《挑発》スキルだが……。
「ユキノ、お前――」
「皆まで言わなくてもわかっているわ。《挑発》スキル持ちのタンク役でしょう? こちらが提案したことだもの。目星は付けているわ」
お、おう。さすがに仕事が早いな。
「わかった。じゃあ出来るだけ早く《ロンバール》の転移門広場に来るよう伝えてくれ」
「ええ」
ユキノの返事を待たず、キリトとアルゴに向けてメッセージを送る。
方針とメンバーは決まった。
あとは迅速かつ確実に行動に移すだけだ。
「――よし。メッセージは送った。俺たちも行くぞ」
言って部屋を出ようとしたところ、またしても腕を掴まれて止められた。
今度はなんだと思って振り返る。
と、ユキノの左手には見慣れぬアイテムが握られていた。
《転移結晶》に似た、けれど色が格段に濃い結晶アイテム。
「《回廊結晶》? お前、それ――」
「以前手に入れたきり使う機会のなかった物よ。持ち歩いても仕方ないからこの部屋のチェストにしまっていたのだけれど」
《
効果は《転移結晶》の比じゃない。
使用者一人を任意の転移門へ瞬間移動させる《転移結晶》に対し、《回廊結晶》はあらかじめ設定したポイントまでのワープゲートを作り、効果時間が続くまでの間、無制限の転移を可能とする。
この《回廊結晶》が発見されて以降、有効な活用法はいくらでも挙げられた。
例えばボス部屋の前にゲートの出口を設定しておけば、最大戦力を一切の消耗なくボス戦に送り込むこともできる。《連合》やその前身である《攻略組》でも、このレアアイテムを活用しようという案は何度も出されたものだ。
だが現状、継続的な運用は限りなく不可能に近いとされている。
なぜならこの《回廊結晶》は《転移結晶》と違い、NPCショップで入手することができないからだ。ダンジョンの宝箱から出てくるか、極低確率のモンスタードロップでしか手に入れることができない。流通量が極端に少ないのだ。
そんな希少品を、ユキノは微笑んで俺の手に載せた。
そうして掴んでいた手を放したユキノは、その手を胸の前で握って頷く。
「このアインクラッドに、あなた以上に速く走れる人はいない。なら、やることはわかるわね?」
……当然だ。ここまでお膳立てされてわからないはずがない。
「ありがとな」
礼を言って振り向き、顔だけを向けて言う。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。お前は――」
「ええ。《ロンバール》の転移門広場で事情を説明しておくわ」
まったく、話が早いことで。
気付かぬうちに口元を緩ませながら。
今度こそ、俺は部屋を飛び出した。
その後、全力疾走でフロアを走り抜けた俺は、わずか10分で27層迷宮区の入り口にたどり着いた。起伏の少ないフロアだとはいえ、およそ4キロメートルのクロスカントリーをこのスピードで踏破したのは俺が初めてだろう。
《回廊結晶》の出口を設定して《ロンバール》へ戻った俺の前には、見知った顔が待ち構えていた。
焦りと心配を顔に張り付けたキリトとケイタ。
「オー、随分早かったナ」と口笛を吹くアルゴ。
「及第点といったところね」と笑みを浮かべるユキノ。
そしてもう一人。褐色の禿頭に両手斧を背負った大男――エギルが片手を挙げていた。
なるほど。確かに《挑発》持ちのタンクとしてエギルは適任だ。
夕方なら連絡が付きやすく、人柄も申し分ない。こうして駆け付けてくれていることからもそれはよくわかる。
「話は聞いての通りだ。ともかく急ぐぞ」
言って、返事を待たずに振り返る。
ストレージから《回廊結晶》を取り出し、右手で持って掲げた。
「コリドー・オープン」
発声と同時に砕ける結晶。
直後、眼前の空間に青白く揺らめく光の渦が出現した。
初めて使ったが、どうやらこれが《回廊》らしい。
少しの緊張と、焦りが原因の心音を堪えて、光の渦へ飛び込んだ。
× × ×
迷宮区へ突入してからは、キリトが先陣を切った。
《索敵》スキルを頼りに足跡を辿り、迂回しながらも着々と上階へ登っていく。
道中仕掛けられた罠は一つ残らずアルゴが解除・回避し、最前線ではないとはいえ迷宮区をかつてないスピードで進んでいった。
出現する敵mobもキリトの高い攻撃力の前にHPの大半を削られ、残りも後続のメンバーが消し飛ばす。
レベル由来の火力とダッシュの勢いで強引に蹴散らし、進んでいく様は、傍から見ればタイムアタックでもしているかのように見えただろう。
そうして迷宮区を駆け抜けること、およそ三十分。
17階層の中程に差し掛かったとき、突然アルゴが声を張り上げた。
「この先ダ! オレッちの《索敵》に複数のモンスターの反応がある!」
「サチッ!」
「みんな!」
すぐにキリトとケイタが飛び出した。
二人は四つ辻を右に折れ、その先の通路へ駆け込んだ。
その後を俺、アルゴ、ユキノ、エギルの順に続き、通路を曲がった。
瞬間、遠くから硬質なアラームが聞こえ始める。
ダンジョンや迷宮区で稀に聞くその音は、数あるトラップの中でも最悪なものの一つ。
「くそっ、よりにもよってアラームトラップかよ!」
繰り出す足を速めながら、彼らの、彼女の無事を切に願った。
以上、第2話でした。
次回更新はゴールデンウィーク中ですかねぇ。