やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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す、進まない……話が進まないぜ……。



どうも。お久しぶりです。
どうでもいい話は後書きにするとして、第7話です。
よろしくお願いします。


第七話:いつの間にか、その人は居座っている

 

 

 

 

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 街を歩いているうちにふと気づいてしまうことがある。

 正確に言うのならば、引き戻されてしまうことがある。

 ここでの日々は、求めていたものに近しいと感じられた。自分の願い、あるいは渇望とも呼ぶべき欲求に応えてくれているのではないかとさえ思った。

 

 けれど、違うのだ。

 諦めきれず、飽きもせず、関わり合いを続けた。

 言葉を弄し、行動を交え、かたちを確認し続けてきた。

 

 けれど、やはり決定的に違うのだ。

 ここでも、仮想世界においてでさえも、願いが満たされることはなかった。

 

 少なくない苦労を経て、ようやく得た日々がまったくの別物だったというのは絶望以外の何物でもない。

 相似、類似する点があればこそ、その違いが気になる。浮き彫りになる。よく似ているからこそ、その違いが許せない。

 

 期待をした自分が、上手くいったと思った自分が、これでいいと思った自分が許せない。

 

 きっと自分はこのゲームから解放される日を待つだけの人よりも、もっと矮小で卑怯で低俗なのだ。未だ《はじまりの街》で過ごす人ですら受け容れた艱難(かんなん)に煩わされている。

 だったら、自分は彼ら以下の存在ではないか。ただ待ち続けている人よりもよほど我儘で疑心に満ちているではないか。

 

 さらに。極個人的な願いを満たすためにだなんて、そんな極めて私的で利己的なことのために大勢を巻き込み利用している自分に嫌悪する。

 なんと浅ましく、愚かしく、醜いのだろうか。このゲームを始めたときには、願いが叶うなど考えもしていなかったというのに。

 

 ただ、ふと思ってしまったのだ。

 真に命の掛かったこの仮想世界でなら、見つかるのではないかと思ってしまったのだ。

 

 だから、期待していた。

 ここでなら。あるいは邪悪なようで人一倍無邪気なあの人なら、もしかすると見つけられるのではないかと。わかってくれるのではないかと。

 

 だというのに、この手に掴んだと思ったのはよく似た紛い物で、求めていたものには程遠くて、けれど手放すこともできなくて、安堵してしまう自分が確かにいる。

 

 それは孤独でいるより、手に入らずにいるより、なにより辛いことだった。

 

 

 

 

 

 

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 25層突破の祝勝会で姿を見て以降、俺はずっとパンを探していた。

 《ALS》壊滅事件の重要参考人として。ラフコフの幹部として。かつてパーティーを、コンビを組んだ関係者として。その所在と目的を掴むために情報を集めていた。

 

 しかし、結果は芳しくなかった。

 《FBI》の情報網を駆使しても行方はおろか足取りすら追うのも困難で、あのアルゴをしてお手上げだと言わしめさせた。

 それはあいつのカーソルが犯罪者(オレンジ)色だった頃よりも顕著で、徹底して人目に付くのを避けていることが窺えた。ステルス能力に定評のある俺といい勝負だな。

 

 パンが何故元の色(グリーン)に戻ったのかはわからない。

 

 そもそもオレンジプレイヤーがグリーンに戻るのに必要な《カルマ回復クエスト》は、数多あるクエストと比べ手間も難度も段違いだ。一日二日でどうこうなるもんじゃないし、何よりクリアするためにグリーンの協力が必要となる。

 

 殺人(レッド)ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》は、SAOで最も有名なギルドの一つだ。当然、主要な構成員の名前も警告込みで広く報道されていて、その中には《Pan》の名前も含まれている。一般的な感性を持ったプレイヤーであれば、パンに協力することはまずないだろう。

 

 そうなるとパンのクエストに協力したのは犯罪者(オレンジ)側のプレイヤーと考えるのが妥当だ。犯罪者ギルドと呼ばれる集団の中にもグリーンのプレイヤーはいるし、そういうやつがパンに協力したというのが可能性としては一番高い。

 

 問題はやはり動機だが、それについては本人に訊くか、あるいは実際に事が起きてからでないと判断のしようがない。行動から推察することもできるが、その行動が掴めないんじゃやはりどうしようもない。

 

 などと考えていたのに――。

 

「ハァ……ハァ……I did it. 見つかっちゃったかー」

 

 あろうことか、当の本人が目の前にいた。

 

 石壁にもたれて座り込むパンの姿に、俺とユキノはどちらも声を失っていた。

 本日二回目の逮捕劇なつもりが、助けたのはSAOイチ有名な犯罪者集団の一員でけれども今はグリーンで尚且つ顔見知りともなれば多少のフリーズは仕方ないだろう。

 

 何を言うべきなのか。何を問うべきなのか。

 あまりにも想定外の事態に対し、頭の中には疑問質問文句に皮肉に憎まれ口と様々な言葉が浮かんでは行き詰まる。言いたいことは数あれど、言うべき言葉は見つからない。

 

 そうやって言いあぐねている内、先に再起動を果たしたのはユキノだった。

 

「ともかく、まずは彼らを連行しないと。こんな状況だし、回廊結晶を使うわ。いいわね?」

「……え、ああ。お前が構わないならそれでいいが」

 

 言うまでもなく回廊結晶(コリドー・クリスタル)は貴重な品だ。攻略最前線だからといって簡単には手に入らないし、そうおいそれと使えるものじゃない。

 彼女が取り出したのも40層の事情にかんがみて《連合》が入手したもので、数少ない結晶はユキノを含めた首脳部の一部にしか配られていない。

 

 それを今ここで使おうとしている。

 それだけ今のこの状況が異常かつ緊急なのだと、ユキノも思っているようだった。

 

「そう。なら私が彼らを送還している間、彼女がどこにも行かないよう見張っていて」

 

 ユキノはそう言うと返事を聞く間もなく動き始めた。刃を突き付けていた男をロープで拘束し、倒れていた曲刀使いも同じように縛り上げる。ストレージから回廊結晶を取り出し、「コリドー・オープン」と呟くと光の渦が現れた。

 

 それからユキノは五人へ回廊を潜るよう言いさす。あの先は第25層《ギルトシュタイン》の砦にある監獄エリアへ繋がっていて、今は《ギルド連合》が砦と収監者の監視を行っている。回廊を抜けたらそこはもう牢屋の中という寸法だ。

 

 縛られた二人は自分の脚で、麻痺で動けない三人はユキノが引き摺って、五人ともが回廊の向こう側へ消えるのを、俺は横目に眺めていた。意識と身体は正面のパンへ向けて逃げ出さないよう気にしてはいるものの、パンは壁にもたれたまま動く気配がなかった。

 

 やがて光の渦が消え、ユキノが隣に戻ってくる。

 

「ハァ……。それで、あなたはここで何をしているのかしら」

 

 ため息を吐いて腕を組み、呆れたような口調で訊ねる。声に敵意はなく、むしろどうしようかと案じるような色があった。

 

 一方、パンはそんなユキノの声音に気付いた様子もなく、疲れた顔で首を捻る。

 

「Hmm……。escapeかなー。それともrunaway?」

「私に訊かれても困るのだけれど。どちらにせよ、追われているということには変わりはなさそうね」

 

 言って、組んでいた腕を解いたユキノが振り向く。それから少し躊躇いがちに訊ねてきた。

 

「どうする? ひとまず落ち着いて話の出来る場所に連れて行くべきだと思うけれど」

 

 訊かれて、見られて、見つめられて、そうして初めて俺は息を詰めていたことに気が付いた。槍を持つ右手もいつになく握りこめているし、どんだけ動揺してんだよまったく。

 

 溜めこんでいた息を吐き出し、槍をストレージに収めながら答える。

 

「……そうだな。じゃあ牢屋に戻るか」

「ふふ。あなたが言うと妙な説得力があるわね」

「囚人みたいな目で悪かったな」

 

 ささやかな毒に拗ねたような言葉を返しつつも、内心ではなるほど確かにと思う。

 この40層での監獄生活はなんとなく居心地が良いというか、しっくりくる感覚があったのは確かだった。

 

 まあ主街区もなければデートスポットみたいな場所もないからな。人は少ないし道行くカップルもいなくてボッチには優しい生息環境ではある。

 食事と寝床には困るが、俺みたいなマイナーが歩いても嫌な注目を集めることがないというのは楽でいい。

 

 そんなくだらないことを考えていると、小さく弱々しい声が零れ落ちた。

 

「どうして――」

「ん?」

 

 その声はへたり込んだパンが口にしたようだった。俯いていて表情の窺えない彼女は、絞り出すように続ける。

 

「どうして、そんな簡単に信用してくれちゃうの。ワタシはcriminalなんだよ。ふつうはさっきの人たちみたいに捕まえようって思うはずでしょ。それなのにどうして……」

 

 パンが顔を上げる。同行した時間はそれほど長くないが、そんな短い中ですら一度も見たことがない弱々しい表情と縋るような眼差しに再び息が詰まった。

 

 言いたいことはいくつもある。訊きたいことも一つや二つじゃない。この場で多少なりと詰問して、その上で縛り上げて引っ張っていく選択肢もあった。多分、パンも抵抗はしなかっただろう。

 

 けれど数秒悩んだ挙句に出てきた言葉は、我ながら捻くれているとしか言えないものだった。

 

「なんだ、お前は今グリーンだからな。一般プレイヤーが犯罪者(オレンジ)に追われてたら助ける。最近のトレンドだ」

「そんな建前の話ではないでしょう……」

 

 すかさずユキノが頭を抱える。すみませんね捻くれてて。

 もしここにアルゴがいたら「ハー坊は捻デレだなー」とか言って盛大にため息を吐くんだろう。デレたことなんてないから。

 

 そんな微妙な空気に拍子抜けしたのか、パンは呆然と俺たちを見上げ、やがて噴き出すように笑みを浮かべた。

 

「ア、ハハ……。ハッチは相変わらずだね。So, always you…」

 

 力なく囁くパンの眦にはうっすらと小さな雫が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が家ならぬ我が牢屋に帰ってきた。

 居住性は最悪なのに、《Inner Area》の表示を見るとどうしても一息ついてしまうのは一年近く続いた攻略による癖みたいなもんだろう。一種の職業病だな。働きたくないでござるー。

 

 狭い牢屋の中、パーテーションの裏でベッドに腰かけて年上の女性を問い詰める。ふむ、こういう言い方をするとそこはかとなくエロい感じがするな。

 字面だけみたら犯罪の匂いしかしないが、雰囲気は真逆というかなんというか。すっかり調子を取り戻したパンのペースに巻き込まれてシリアスさんはどこかへ行ってしまったらしい。

 

「へー、ここがハッチとユッキのnestかー。うんうん。ちゃーんと見えないようにしてあってとってもグッドだと思――」

「待って。どうして今"nest"だなんて表現したのかしら。ふつうならそこは"home"か"prison"ではない?」

「……? だってここは二人の"love nest"――《愛の巣》でしょ?」

「わざわざ日本語で言い直さなくても全然違うわ。おかしなことを言わないで頂戴」

「Really? でもユッキはここだけじゃなくて、宿のある街でもハッチと同じ部屋に泊まってるんだよね。それってもう二人がloversだからじゃないの?」

「ら……! 確かに状況だけを見れば誤解されるかもしれないけれど、私たちはその……」

 

 パンの勢いに押されてしどろもどろになるユキノ。愛の巣だとかラヴァーズだとか根も葉もない憶測だが、陽乃さんに似た雰囲気のパンに問い詰められては答えに窮するのだろう。

 加えて《つぶらなひとみ》と《じゃれつく》に弱いことには定評のあるユキノだ。フェアリータイプに弱いとか、あくタイプ持ちかな。こおりタイプも持ってるとして、あく・こおりといえば《ニューラ》あたりか。なるほど猫だしあながち間違いじゃない。

 

「その辺で勘弁してやってくれ。実際、同じ部屋で寝泊まりしてるのも、俺が勝手な行動をしないように見張るためってだけだ。お前が考えてるようなことは一切ないんだよ」

 

 そう言うと、パンは首を傾げながら振り向いた。

 

「んー、よくわからないけど、OK」

「…………」

 

 やれやれ、こいつが意地の悪いやつじゃなくてよかった。ちなみにそこなユキノさんはなにゆえご機嫌斜めなんですかねぇ。

 

「じゃあ、そろそろ本題に入るとして――」

 

 気を取り直してパンに向き直る。そもそも仮にもラフコフの一員であるこいつを前にしてなんで俺たちはこうもお気楽に話していたのだろうか。顔見知りだからって油断しすぎだろ。

 

 形だけでも真剣な風を装い、取り調べを開始する。具体的にはゲンドウのポーズで。

 

「そうだな。まずはお前がグリーンに戻った理由から訊くか」

「んー。It’s secretカナー」

「ならこの層に来た目的は」

「それもsecret」

「んじゃあPoHや他のメンバーの居場所」

「I don’t know. 最近は会ってないからねー」

「は? ならお前はラフコフを抜けたのか?」

「それはsecretだよ」

 

 ふむふむ。なるほどわからん。というかここまで情報ゼロだ。

 強いて言うならしばらくラフコフの連中から遠ざかってるってとこだが、それも何らかの目的があってのことかもしれない。

 

「埒が明かないな。やっぱもう捕まえて――ってのもグリーンじゃできないしなぁ」

 

 ため息を吐いてポーズを解く。これでこいつが犯罪者(オレンジ)のままなら拘束した上で監獄に閉じ込めることもできるんだが、グリーンに戻った今じゃそれは難しい。方法がないわけでもないが、そこまで素直に従うとも思えない。

 

 どうしたもんかねぇ。と考えていたところで。

 

「どうして、追われていたの?」

「っ……」

 

 ユキノの放った一言。パンはそれに今までと違う反応を見せた。

 表情を強張らせて俯く。先程までの受け流すような雰囲気はそこにはない。

 

 黙り込んでしまったパンに代わり、推理の続きを促す。

 

「たまたまプレイヤー狩りの標的にされたんじゃないのか?」

「それにしては彼らのパーティー構成は偏って、いえ、考えられていたわ。追い詰め方も陣形を組んで包囲してと、事前に打ち合わせをしたかのように徹底されていた」

 

 言われてみれば確かに。攻撃性能に偏りがちなオレンジ集団にしては、がっちりと陣形を組んでいた。それはつまり標的が定まっているということに他ならない。

 

「タンク一人にアタッカー、サポートが二人ずつ。これは狭い場所で動きの速い敵を相手にするときの構成よ。その優位性はスピードタイプのプレイヤーが相手でも変わらない」

 

 パンの装備は軽い布系統だけ。そしてスキル構成の傾向が以前と変わっていないのであれば、彼女は俺と似たような敏捷特化型であるはずだ。

 

「つまり彼らは初めからこの40層にいるあなたを狙っていたということになる。……まあ、そこのマイナーさんも同じスピードタイプだから絶対にとは言い切れないけれど」

「なるほど確かに。恨みつらみに妬み嫉みは爆買いしてる自覚があるからな。いつ誰に狙われても不思議じゃない」

 

 そんな風に軽口で茶化してみてもパンは俯いたままだった。口は固く結ばれていて、膝の上の両手も強く握りこまれている。

 

「どうあっても話せないのね」

 

 真剣な顔でユキノが訊ねる。それでもパンは動かず、何も言わない。

 やがてユキノは小さくため息を吐き、やれやれと首を振った。

 

「なら仕方ないわね。グリーンのプレイヤーを拘束することはできないし、処遇については――ハチくんに任せるわ」

「俺かよ。いやまあ、拘束もできない見逃すわけにもいかないじゃあ、もう連れてくしかないんじゃないか。《連合》の連中は納得しないだろうけど」

 

 実際、下手に投獄するよりも連れて行ったほうが安心な気もする。

 口が上手いこいつのことだ。牢番のプレイヤーを丸め込んで脱走するかもしれないし、あるいはPoHが手引きして逃がす可能性もある。行動を監視する意味でも、寧ろパーティーに入れてしまった方が手綱を握りやすい。

 

 思い立ったが吉日。俺はさっそくウィンドウを操作して、パンにパーティー加入申請を送った。

 パンは目の前に現れたそれを呆然と見つめる。そのまま顔を上げ、俺とユキノをそれぞれ見やると困ったような笑みを浮かべた。

 

「オレンジプレイヤーを誘うなんて、ハッチとユッキはcrazyねー」

「お前にだけは言われたくない」

「まったくね」

 

 憎まれ口を叩きながら視線を左に向ける。

 そこにあるのは自分のHPバーと少し小さなユキノのHPバー。この数か月、ボス戦を除いて常に二本だったその場所にもう一本、淡い緑色のバーが並んだ。

 

 ため息の予兆を感じて口を開く。

 けれど、漏れ出たのはため息ではなく、穏やかな安堵の息だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










ということで、第7話でした。いやー話がなかなか前進しない。



早いもので、拙作も連載開始からおよそ2年が経過してしまいました。
お、おかしい。予定ではとっくに完結させているはずだったのに……。

それもこれもここ2年間に登場したゲームが面白すぎるのがいけない――なんて責任転嫁はやめて、ひとえに作者自身の根気のなさが原因です。

プロット自体はSAO終了まで組み上げてあるのに、いざ物語を動かそうとすると登場人物たちがあっちへ行ったりこっちへ行ったり終いには戻ったりと好き勝手に動き回るもので。
無責任に行動させるわけにもいかず、結果話が遅々として進まないという現状になるわけです。
まあ私の筆の遅さが最大の原因ではあるのですが。



ともあれ、そろそろ折り返し地点まで来ている拙作ですので、めげずに完結まで導けたらなーと思います。
今後とも辛抱強くお付き合いよろしくお願いいたします。ではでは。



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