やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
拙作も早3年目に突入してしまい、いつ完結を迎えるのか予想が付きませんが、どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
というわけで第8話です。
パンをパーティーに加えた翌日。
俺たちは最前線の攻略に励んでいた。
豚頭の獄吏3頭を攻撃範囲の広い技で削っていく。振り回される棍棒は大して速くもないので余裕を持って避けられるが、如何せんHPが高くてなかなか倒れりゃしない。
突進技から回転蹴り、回転斬りへと繋ぎ、右から迫る1頭を蹴って離れる。勢いを利用して距離を取る《キックバック》という《体術》スキルだ。宙返りと同じく超便利。
「――っと、あと2本でナイフが尽きる。前衛代わってくれ」
「了解。では次の連撃でスイッチするわ」
後ろで待機していたユキノが刀を構える。居合のような姿勢のあれは恐らく《絶空》だろう。目にも止まらぬ速さで前方の広範囲を一閃する強力なソードスキルだ。なら次はムーンサルトで帰らなきゃマズい。でなきゃまとめて真っ二つにされてしまう。
「はいよ。……って、悪い。一匹そっち行ったわ」
返事をしつつ視線を戻す。と、ユキノの動きを察知したのか、豚頭の内の1頭が抜け出した。棍棒を振りかざし、ユキノの方へ走る。
このままだとスイッチで入れ替わるのは無謀だ。強行すればユキノが攻撃される。
いつものように2人での攻略をしていたなら、スイッチするのは止めてユキノがあいつを倒すまで粘る必要があった。
けれど、今日に限ってはもう1人いる。
「No problem.ワタシに任せてー」
「そう。ならハチくんはそのまま続けて」
「了解」
横合いから割り込んだパンが豚頭を吹き飛ばして進路を開いた。
それを横目に捉えつつ、突進技で飛び込んでいく。突進突き、裏拳、薙ぎ払い、回転蹴りまでを繋ぎ、最後に二連突き技を一撃ずつお見舞いする。
「そらよっと」
そのまま宙返り。反撃の棍棒は空を切り、一拍遅れて紫色の一閃が居並ぶ2頭の間を斬り抜けた。
「スイッチ」
淡々と呟かれた一言。それでHPを余さず失ったらしい豚頭は、断末魔の呻きを漏らしながら揃って消滅した。いや交代するまでもなく終わっちゃってんじゃねぇか。もっと早く代わってくれよ。
俺が削り、ユキノが止めを刺すいつものスタイル。
けれど今日はその流れを補強する3人目がいて、1人増えただけなのに安定感も安心感も段違いだった。
槍を担いで振り返る。パンの援護に回ろうと思ってのことだが、要らぬ心配だった。
俺が近付く前に、最後の1頭はもうHPを赤く染めていた。接近戦を挑むパンの方は一切ダメージを受けておらず、口元には微かに笑みまで浮かんでいる。
パンはダンスでも踊っているかのように絶えずステップを踏みつつ、間合いを保って攻撃し続けていた。クローを装備した拳だけじゃなく、脚や膝、肘も使って敵を翻弄している。
一発一発のダメージは少ないが、連続して攻撃することで豚頭のHPは減り続けている。まるで《毒》のスリップダメージだ。対人戦でやられたらHPより先に心が折れる。アイツとは絶対に戦いたくない。
対する豚頭の棍棒は大振りな所為でまったく当たらず、適当に振り回すだけの腕も躱されている。あいつの動きを捉えようと思ったら《短剣》か《体術》でなきゃ厳しいだろう。鈍重なmobではパンにダメージを与えるのは難しい。
そのまま為す術もなく打ちのめされた豚頭は恨めしそうに呻いて砕け散った。四散するポリゴンの欠片の中でパンが大きく息を吐く。
「お疲れさん。相変わらずの腕前だな」
振り向いたパンはどこか晴れ晴れとしていた。昨日の張り付けたような苦笑はなく、楽しげな微笑みを浮かべている。
「レベルは離されちゃったけどねー」
そう言って笑うパンは今朝聞いた時点で俺より5レベル低い。マイナーとして荒稼ぎしている分俺は最前線でもレベルが高い方だが、それを差し引いてもこの40層で戦うには心許ない。まあ、あくまで数値だけを見ればの話だが。
「いや、そんだけ動けりゃレベルの差なんて気にならないだろ。一対一なら《連合》でもトップを狙えるぞ」
「アハ、Thank you so much.ハッチにそこまで言われるなんて嬉しいよー」
「うわっ、バッカお前放せ、抱き着くな!」
だからそういう行動がですね、世の男子たちを勘違いさせるんですよ。わかったら抱き着かない、胸を押し付けない、手を握らない。徹底してくださいね。
「その辺にしておきなさい。いつどこで誰が見ているかわからないのだから」
「OK, OK. I’ll take your advice」
「まったく……」
ハァ、ようやく解放された。ほんと、苦しいやら重いやら柔らかいやらいい匂いやらでツラいのなんの。ホントダヨ、ハチマンウソツカナイ。
「何を呑気にしているのかしら。鼻の下伸び谷くん」
「語呂悪すぎだろ……」
細やかな抗議は取り合われることもなく、ユキノは先に歩き出す。
パンはちらっとこちらへ振り向き、パチキュルンッとウィンクを飛ばしてから小走りでユキノを追いかけていった。
ハァ、これだから美人は。妙に様になってるから困る。というか原因はだいたいアイツだっていうのに、俺ばっかり罵倒されるのはなぜなのかしらん。
益体もないことを考えながら、2人の後を追って歩き出した。
投獄する代わりにパーティーへ加えて動向を見張る。そう決めたはいいものの、俺たちにもやらなくちゃならないことはある。
《連合》の参謀役でありトッププレイヤーの一人でもあるユキノはもちろん、俺にも偵察要員としての役割があるからにはのんびり監視だけしてればいいわけじゃあない。
ならばどうすると考えていたところ、パンの方から自分も攻略を手伝うと申し出があった。得意げな顔で胸を叩く姿は、第1層で出会ったばかりの頃と重なって見えた。
他の連中に見つかったらどうするだとか、目を離した隙にいなくなるんじゃないかとか諸々のリスクはあったものの、最終的には俺もユキノも頷いていた。
いや、もうほんと気付いたら頷いてた。覚えているのは腕に抱き着かれたってことだけ。すごく柔らかかったです。ちなみにユキノは《じゃれつく》一発で落とされていた。
とまあ紆余曲折どころか5分もない簡単なやり取りの末、パンは俺たちの攻略に同行することとなったわけだ。
攻略自体は特段何かがあったわけでもない。
未踏破の領域に繰り出してマッピングをし、敵が出たら対処する。マップデータは数十分おきに《連合》の司令部へ送信し、同じタイミングで統合された最新のマップデータを受け取る。
また道中で罠があればなるべく解除して、報告代わりのメッセージを攻略班の各リーダーに注意喚起をする。やばくなったら即退散。
戦闘に関してはさっきのように安定して戦えている。レベル的にも俺やユキノは充分に高いし、パンは少し劣るが配役と技術でカバーできる。フィールドボスに挑むならともかく、その辺に湧いて出るmobを相手にするぶんには問題ない。
至って順調な攻略だ。強いて言うなら、他の《連合》所属プレイヤーとはなるべく鉢合わせないようにして歩いていたせいで回り道が増えたことぐらいか。
けどそれもそろそろ終わるだろう。この1週間で2つの階層を上がってきたが、フロアの面積的にいい加減上り階段が見えてくると思う。
などと考えていた矢先、突き当りの曲がり角から話し声が聞こえてきた。
「――多分ここが――」
「そうだと――。――報告し――」
「賛成だ。この人数じゃ――」
まだ距離があってはっきりとは聞き取れないが、多分《連合》の誰かだろう。
ユキノと目配せをして、それからパンへ視線を送る。
「オーケー。じゃあワタシはhidingしておくねー」
言って、パンは《隠蔽》スキルを発動。気配を殺して通路脇の暗がりに身を隠す。
パンの《隠蔽》は見事なもので、直前まで目の前にいた俺やユキノでさえ注視しなければ見失ってしまうほどだった。多分、熟練度は俺と同等以上だろう。
パーティーメンバーとしての補正が掛かってコレだ。情報屋が束になっても見つからないのも納得できる。
まあ俺にはシステム的な《隠蔽》に加えて生来の《ステルスヒッキー》もあるから隠れることに関してはまだ負けてないだろう。べ、べつに拗ねてなんかないんだからね。
パンが姿を隠したのを確認してから、ユキノと一緒に通路を曲がる。曲がった先は少し開けた空間になっており、そこには10人ほどのプレイヤーがいた。
白地に赤いラインの入った騎士装。
ほとんど全員が盾と鎧で身を固め、タンクとアタッカーを両立する実力集団。
25層のボス戦以降、すっかり《連合》の主力の一角となったギルド。
「《血盟騎士団》……。と、アスナか」
「ハチくん? と、ユキノさん。2人もここまで来てたのね」
集団の内の一人、彼らの中で唯一の女性プレイヤーで、かつ唯一盾を持たない軽装アタッカーのアスナが振り向いた。すっかり見慣れた紅白の衣装を翻し、こちらへ歩み寄ってくる。
アスナは25層を突破した後、この《血盟騎士団》に入団した。ギルドリーダーから熱心に勧誘されたのと、長いことコンビを組んでたキリトがあっさり《月夜の黒猫団》に入っちまったことへの当てつけみたいな部分もあったかもしれない。
騎士団に入ったアスナはその後すぐに頭角を現し、今や副団長にまでなったんだとか。
まあ元々戦闘のセンスも良かったし、ユキノにくっついて戦術的なとこも見てきたんだろうから、幹部ポジションに収まるのも当然といえば当然かもしれない。
とはいえアスナが《血盟騎士団》に入ったせいで、というかキリトと別行動をとり始めたせいで生じている問題もあるにはあるのだが。いや、問題というほど問題でもないか。単にアスナが一方的に噛みついてるだけだし。
「2人が私たちより後になるなんて、珍しいこともあるのね」
「あー、まあな。ちょっと罠の処理に手間取ったんだよ」
パンのことを正直に言うわけにもいかず、当たり障りのない理由で誤魔化しておく。同時にユキノが恨めしげに睨んできたが、口を挟んでくることはなかった。
ちなみに罠の処理に手間取ったこと自体は本当だ。簡単な待ち伏せトラップだったんだが、出てきたのが犬頭の獄吏だったせいでユキノが委縮してしまって倒すのに手間取った。
完全な犬じゃなかったから動けなくなったわけじゃないが、火力のあるユキノがビビって攻撃できない分時間が掛かったのだ。
「そう。問題がなかったならそれでいいわ」
「ええ。心配してくれてありがとう、アスナさん」
ツンツンした態度で頷いたアスナだったが、ユキノにそう言われるとすぐにデレデレ照れ始める。大方ギルド内では憧れのユキノのような毅然とした態度を装っているんだろうが、メッキが剥がれるの早すぎじゃないですかねぇ。
「で、扉の向こうにいるのはこの階のボスって認識でいいのか」
どことなく漂う百合百合しい空気にため息を吐くなるのを堪え、アスナに訊ねる。
「……んんっ! そうね。私たちも確認したわけじゃないけど、間違いないと思う」
我に返ったアスナはテレテレモジモジとした顔を改め、軽く咳ばらいをしてから答えた。ふむ、まだ少し顔が赤いのは黙っておこう。話が進まなくなりそうだし。
「そうか。なら他の連中にも伝えて、明日にでもボス戦だな。偵察戦は――」
言いつつちらりとユキノへ視線を向けると、ヤレヤレと言わんばかりにため息を吐いてから頷いた。参謀長殿の許可も頂けたところで視線を戻す。
「俺たちの方でやっておくわ。騎士団は先に戻って通達と準備を進めといてくれ」
偵察戦は俺の、『先行偵察隊員』としての仕事だ。
普段好き勝手にやってても許されるのは、危険なとこで働いてるってお題目を頂いてるから。なら自分の仕事くらいきっちり果たさないと申し訳が立たない。
そういう事情は《連合》のやつらも、当然アスナも知っているわけで。
だから偵察戦は任せろと豪語しても口を挟まれるとは思っていなかった。
「勝手に決めないで。元々は偵察戦も私たちでやっていくつもりだったし、ハチくんとユキノさんが戻ってくれても全然構わないんですけど」
「は? いやそりゃ無理だろ。お前だけならともかく、他の連中にはいざって時の逃げ足がない。万が一結晶使って離脱なんてした日にゃあ、損失は俺らの比じゃないんだぞ」
想定外なことを言われ、思わず畳み掛けるような言い方をしてしまった。
気付いた時にはもう遅く、売り言葉に買い言葉でアスナは語気を強める。
「逃げなければいいんでしょう。私たちなら、フィールドボスくらい2パーティーでも倒してみせるわよ。レベルも装備も、《連合》でトップクラスなんだから」
リーダー格のアスナが強気に出たからか、後ろの連中も声を上げ始める。そうだそうだいけるいける頑張れ副団長そんなやつに負けるなこのゾンビ野郎帰れ帰れだのなんだの。おい誰だ今ゾンビって言ったやつ。絶対に許さないリストに入れとくから覚えとけよ。
ちらっとユキノを窺うも、フイッと顔を逸らされる。偵察戦を請け負う件に関してはユキノからも散々苦言を言われて続けているだけに、助け舟を出してくれる気はないらしい。
仕方ない。コミュ力激低の俺だけで上手くいくとは思えないが、どうにか説得するしかないか。
「そういう問題じゃねぇだろ。倒せるかどうか試すんじゃなく、どんだけヤバいやつかを量るために偵察戦をやるんだからな。ロクに調べもせずに突貫するなんて無謀もいいとこだぞ」
「それだけなら私たちがやっても問題ないじゃない。どうしてハチくんはそんなに……」
ああ言えばこう言う、か。これじゃあ埒が明かないな。感情的になったアスナに何を言っても火に油だろうし、こんなときにあの聖騎士様がいれば……って、うん?
「なあ、ところでヒースクリフのやつはどうした? 来てないのか?」
「急になに? 話を逸らすつもりなの」
「いやいや、単に気になっただけだ」
できるだけ友好的な態度に努めると、アスナは不承不承ながら答えてくれた。
「団長なら、多分ギルド本部にいるわ。普段は団長自身とかメンバーの訓練をしていて前線には来ないもの」
「ほーん、前線には来ないねぇ」
言われてみれば各層の迷宮区やフィールドなんかでもあまり見かけない気がする。顔を見るのはもっぱら会議とボス戦の時くらいで、圏内ですら出歩いてるところを見たことがない。
しかし、自分とギルドメンバーの訓練をしているといっても、そこまで姿を見せないものだろうか。とはいっても俺自身それほど出歩いてるわけじゃないし、普段の攻略に来てないなら会わなくてもおかしくはない、か。
考えていると、アスナが焦れたように咳ばらいをした。
「もう質問には答えたでしょ。なら今回の偵察戦は私たちが――」
あー、どうやら話を逸らして落ち着かせるのは失敗のようだ。正面からの説得とか無理に決まってるので搦め手を使ったんだが、それで収まってくれるほど大人しい性格でもなかったらしい。
やれやれ、どう説得したもんかねぇ。
――なんて、呑気に息を吐いた瞬間だった。
「な……んだ……」
突然、全身から力が抜け、膝が折れてうつ伏せに倒れ込んでしまった。
すぐに視線を左上に持っていく。するとHPバーが普段はない緑色の枠に囲まれているのが目に入った。加えて稲妻のアイコンがレベルの脇に表示されている。間違いない。これは《麻痺毒》だ。
「ち、ちょっと、どうしたの?」
突然倒れた俺に驚いたのだろう。アスナが覗き込むように見てくる。
「ダメだ。離れ……」
満足に動かない口をどうにか動かして警告しようとする。
けれど時すでに遅く、悪ガキのような声がすぐ傍から聞こえてきた。
「ワーン、ダウーン」
「ハチくん! っ……」
事態に気付いたらしいユキノの声が聞こえる。だがその直後、金属同士のぶつかる音がいくつも響いてきた。遅れて怒号や雄叫びが続き、すぐに乱戦になったのがわかった。
「皆さんはお姫さまたちの相手をよろしくお願いしますね」
次いで、そんな声が頭上から降ってくる。横倒しの視界に2人分のブーツが並び、見たことのある顔が覗き込んできた。
《
殺人ギルドきっての狂人たちが2人も目の前にいる。そうわかった瞬間、背筋が震えるのと同時に腹の奥底に燻るような熱が生じた。
「ボスのお気に入りなのでどれだけ苦労するかと思いきや、意外とあっさりでしたね」
「……買い被りどーも。野郎も相当捻くれてるしな。似た者同士ってことで気になってるだけじゃねーの」
「ヘッドとアンタが似てるって? ハッ、笑えねー冗談かますなよ!」
吐き捨てたジョニーが鋭い蹴りを見舞ってくる。つま先が腹に食い込んで、鈍い衝撃が全身を響かせた。HPを見ると《体術》スキルでもないのに1割ほど削られていた。
このままだと間違いなく殺される。
こいつらが俺を煩わしく思ってるのは知ってるし、なんならそれはお互い様なわけだが、人殺し好きなこいつらが目の前に置かれた餌を我慢できるわけがない。
「おいおいおい、そりゃあねーよ。たかだか蹴り一発でどんだけHP減らしちゃってんのさー。これじゃあ痛めつけて楽しむことも――」
悪辣な笑みを浮かべるジョニー・ブラック。
だが奴が言い終える前に底冷えするような声が聞こえてきた。
「What are you doing?」
不意の一言に奴らは勢いよく振り返る。咄嗟に得物を構えるあたり、言動はともかく腕は立つのだろう。
けれど視線の先にいたのが顔見知りだったからか、すぐに警戒を緩めた。
「あれー、誰かと思えばパンの
「あらら、すごい偶然。こんなとこにいたんですねー」
2人は喜色交じりの声を上げる。対してアスナや《騎士団》の連中からは苦々しげな声が漏れた。厄介なラフコフ幹部が2人から3人に増えたのだから、パンがいたのを知らない連中はそりゃビビるに決まってる。
けれど俺はパンが隠れて見ていたのを知っているし、ラフコフの連中が出てきて黙っているわけがないとも思っていた。
だから、これは勘違いだ。知らない土地で知り合いに会ったみたいな、そういう類の安堵に違いない。アイツの声が聞こえてきて安心した気がしたのは、きっとそういうことだ。
隠れていた暗がりから姿を現したパンは、そのままジョニーとモルテへ近付いていく。
歩みは自然で力感もない。口元にも小さく笑みを浮かべていて、なんならモデルがキャットウォークを歩いているようにも見える。その異様な雰囲気さえなければ。
「彼らをstopさせてくれない?」
声音はいたって穏やか。表情も薄く笑みが浮かんでいる。
にもかかわらず、有無を言わさぬ迫力があった。
だが獲物を前にして昂っているらしい2人はそれに気付かない。
「アハハ、何言ってんですか。こんな美味しい機会滅多にないんだし」
「まずは目障りなマイナー様から殺してやりますよっと!」
モルテが手斧を、ジョニーブラックがナイフを振りかぶる。蹴りだけで目に見えるほど削られた紙装甲だ。残りHPなんて消し飛ぶに違いない。
くそ、《麻痺》がそう簡単に解けるはずもないし、解毒ポーションも間に合いそうにない。パンが説得しようにも聞かないし、マジで詰んでるぞこれ。
無様に足掻こうとも、俺にできることは凶刃を見上げることだけ。
やがて振り下ろされる二つの刃。けれど、それが俺の背中に突き刺さることはなかった。
いつの間にか、目にも止まらぬ速さでパンが割って入っていた。後に続いて硬質な落下音が二つ鳴り、周囲が静寂に包まれる。
「Hey guys, never hurt him, I said. Otherwise…」
一瞬の出来事だった。
ジョニーとモルテが俺を殺そうとする瞬間、ユキノやアスナを始め、《血盟騎士団》の連中も、暴れるオレンジの集団も、すべての人間がこちらへ視線を送っていた。
この場の全員が注視する場所で、オレンジ側であるはずのパンがモルテとジョニー・ブラックの凶行を阻止した。得物を握った腕の2本を同時に、正確に打ち抜き、静かに立ち塞がっていた。
目を奪われ、息を呑み、混乱故の
「You shall die」
囁かれた一言は、けれど全員の耳に入ったことだろう。
耳朶を揺らし、脳に伝わり、生物としての本能が身体を震わせる。
これが俗にいう殺気なのだろうかと、どうしてか他人事のように思った。
「わ、わかった。わかったって。そんなに怒んなよー姉さん」
先に音を上げたのはジョニーだった。腰が引け、後退りながら震え声でとりなす。
パンがそれに答えることはなかった。背を向けているために表情は窺えないが、雰囲気は変わることなくモルテの方へ首が傾く。
「ハハ、どうやらここは大人しく退散した方が身のためっぽいですね。殺し合いならまだしも、虐殺されるのは趣味じゃないですし」
視線を向けられたモルテの顔も引き攣っていた。取り落とした斧を拾い、ストレージに収めると固まったままのオレンジ集団に向けて撤収の合図を送る。
モルテに指示されて初めて我に返ったのだろう。ハッと身体を震わせると、さっきまで対峙していた騎士たちに一瞬だけ視線を送り、けれど何もすることなく背を向けた。
ぞろぞろと歩き去っていく連中を倒れたまま見送る。
大半が通路の向こうに姿を消し、残ったのが幹部二人となったところでパンは異様な雰囲気を収めた。
「ふー、これで一安心かなー」
パンは振り返ろうとはせず、背を向けたまま大きく息を吐いた。
それはきっと、俺やユキノに配慮したからなのだろう。
こんな事態になって、けれどアイツをパーティーに入れていたと知られれば間違いなく問い詰められる。アイツがいたせいで襲われたのだと、そう言われてもおかしくない。
実際、その可能性はゼロじゃない。が、昨日のパンの様子を見る限り、ないと断定してもいいだろうと思う。
だがそれは俺とユキノにしかわからないことであり、説明しただけで納得させられることではない。
パンがいたから襲われた。そう言われ、疑われるだけでも、信頼を失うには十分だ。
俺みたいな『マイナー』だけだったなら構わないが、ユキノが疑われるのはマズい。
パンはそんな俺たちの状況を見透かした上で、俺たちに都合よく振る舞っているのだ。
「安心してるとこで悪いんですが、さすがにあなたを見逃すわけにはいきませんよ。ボスから見つけ次第絶対に連れて来いって念を押されてますし」
「オーケーオーケー。わかってるよー」
モルテの言葉を聞いて、アイツがオレンジ連中に追われていたことを思い出した。あれはPoHの指示だったってことか。
けど、それならなぜパンは奴らから逃げていた。
「そういうわけだから、ワタシは戻るねー」
くそ、考えがまとまらない。
パンを引き留める方法も、なぜ引き留めようと思っているのかもわからない。
そうこうしている内に、パンがそっと振り向いた。
「Good bye, ハッチ、ユッキ。……and thanks」
いつもと違うセリフ。表情もこれまで何度も見た張り付けたような笑みではなく、どこか惜しむような、寂しげな苦笑いだった。
思わずその後ろ姿に手を伸ばす。けれど未だ痺れの残る腕はわずかにしか持ち上がらず、去り行く背中を引き留めることはできなかった。
少しだけ浮いた手がぺたりと石床に落ちた。
直後、視界の左側に表示されていたHPバーの一本が音もなく消える。
オレンジ集団と一緒に暗闇へ消えたパン。
以前と同じようにその足取りはパッタリ途絶え、その後の行方を知ることはできなかった。
8話でした。
第3章もあと2話、長くても3話ほどで終わるかと思います。
また時間をおいての投稿となるかもしれませんが、気長にお待ち頂ければ幸いです。
ではでは。