やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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 少しずつ日照時間が長くなり、なのに寒い日が続く今日この頃。
 みなさんいかがお過ごしでしょうか。

 1月も終わりに差し掛かり、私はまた仕事が忙しくなってきました。
 もう、ほんとにね……。仕事しないで遊んでてもお金が貰える。そんな生活ができたらどんなに嬉しいことか。まあ多分、それはそれで暇すぎて死にそうな気もするんですが。

 さて、雑談はさておき、第10話です。
 恐らく、今話と次話で第3章も結びに持っていけるんじゃないかと思います。次話は長くなってしまう予感がしますが。

 ではでは、そんな感じでよろしくお願いします!





第十話:そして、雪ノ下雪乃は――

 

 

 

 

 

 

 明けて11月25日。

 

 頭の中に直接響くアラームで目を覚まし、重たい身体をのろのろと起こす。

 伸びをして、欠伸を一つ。と、鼻腔をくすぐる香りに気が付いた。すっかり嗅ぎ慣れた紅茶の香りに惹かれて視線を上げると、食卓にはすでに朝食が用意されていた。

 

「随分と大きな欠伸ね。目も以前に増して死んでいるし、いよいよ本格的なゾンビらしくなってきたのではなくて。――ほら、早く座って頂戴」

 

 どうやらユキノは先に食べ終えていたらしい。促されるまま、ティーカップを口元へ運ぶ彼女の対面に腰かける。

 

「のっけから罵倒とか、朝の挨拶にしちゃあ随分アグレッシブだな。っと、いただきます」

「そう? 所謂アンデット系のあなたには誉め言葉でしょう。最近はすっかり夜行性なようだし、順調にゾンビライフを歩んでいるじゃない」

 

 いやなんだよゾンビライフって。目が覚めたらゾンビでしたとか? 首がもげるくらいヘドバンしながらデスメタ歌えばいいんですかね。「これが俺のゾンビライフ・サガ()!」みたいな。

 

「っていうかバレてたのかよ。色々偽装工作してたのに」

 

 草木も眠る真夜中、眠るユキノを起こさないよう細心の注意を払って部屋を抜けだしてたってのに。《隠蔽》スキルまで使ったんだぞ。どんだけ勘が鋭いんだよ。

 

「これだけ長く一緒に過ごしていて気が付かないわけがないでしょう。こんなこともあろうかと《索敵》スキルは常に使っているし、そう簡単に出し抜けるとは思わないことね」

「さいで……」

 

 いやそれやり過ぎだから。いくら監視対象とはいえ圏内のしかも宿で寝てるときまで《索敵》使って見張るとか引くわ。

 とはいえバレてるんじゃあしょうがない。今後は一声かけてから出るとしますか。

 

 ついと紅茶で少し口を湿らせつつユキノを窺う。口にしたセリフはともかく見た目には涼しげな顔でカップを傾けており、内心の感情を読み取ることはできない。

 見慣れた表情だ。けれどこいつの性格上、今の話の流れでこういう態度を取るのは妙だと思った。

 

「……理由は訊かないのか?」

 

 堪えきれずに訊ねると、ユキノは待っていたとばかりに目を光らせた。

 

「あら、訊いたところで答えるつもりもないくせに何を言っているの。それとも、あなたは私に心配して欲しいのかしら」

 

 そう返されてようやく失敗を悟る。こいつの言う通り、まるで気にして欲しいみたいな言い方をしてしまった。寝起きな所為か、気が緩んでいるのかもしれない。

 

 苦々しげに目を逸らしたことで、何を考えているか見抜かれたのだろう。ユキノは満足そうに笑みを浮かべてからカップをソーサーに置いた。

 

「心配したかと言われれば当然心配したわ。最初に気付いたときはとても慌てたもの。けれどマップで追跡することもできたし、あなたがいた場所を思えばおおよその目的は見当がついた。どうしてそんなことをしていたのかは推測するしかなかったのだけれど」

 

 そこまで言ってからユキノは視線を上げ、まっすぐにこちらを見据えてきた。

 

「それで、なぜあなたはあんな時間に、あんなことをしていたのかしら?」

 

 眼差しの強さに思わずたじろぐ。視線を逸らしてもぐもぐと口の中の物を飲み込み、口直しに紅茶を一口。そんな時間稼ぎにも、ユキノの眼光は揺るがない。

 

「……なんだ、答えるつもりはないってわかってんだろ」

「ええ。けれどあなたも、私が退くつもりはないってわかっているでしょう?」

 

 細やかな抵抗すら、強硬な姿勢を崩すことはできなかった。そしてユキノが一度こうと決めたら曲げないのも知っている。

 

 こうなったらもう我慢比べだ。ただ俺の方が握られてる弱みが多いので、その辺りをちらつかされたら折れるしかないのだが。

 

 数十秒ほどの沈黙。睨み合いというには一方的な圧力の拮抗。

 しかし、先に折れたのはユキノの方だった。

 

「――はぁ。もういいわ。話したくないほどの理由がある、ということはわかったから」

 

 完全に読まれていて引き笑いを浮かべることしかできない。

 俺は残り少なくなった紅茶を流し込み、両手を合わせる。

 

「ごちそうさん。毎度のことだが美味かった」

「そう。ならよかったわ」

 

 ユキノは素っ気なく言って、空いた食器を片付け始める。俺も後に続いて、自分の分の皿とカップを流し台へ運ぶ。

 

 そうすると必然、食器を洗うユキノの隣に来るわけで。

 ユキノはそのタイミングで小さく呟いた。

 

「……いい加減、終わらせなくてはね」

 

 それが何を指して言ったことなのかはわからない。

 けれど曖昧な返事や相槌を打ってはいけないと、どうしてかそれだけはわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前十時。

 俺たちは攻略再開前の小休止という名目で、48層主街区の散策に出た。

 

 48層の主街区は《リンダース》という名前の町で、長閑な丘陵地帯に広がっている。町中には小川とそれを利用した水車小屋が点在していて、まさに中世ヨーロッパの片田舎といった景色だ。

 

 石畳の小道を歩き、目ぼしい宿や食事のできる店、NPC商店などをチェックしていく。規模が小さいときや利便性が悪いときなんかは拠点を移さない方がいいこともあるため、こうした確認は毎回欠かさず行っているわけだ。

 

 今回も一時間ほど掛けて町を巡った後、転移門のある広場からは少し離れた道を歩きながら互いの感想や意見なんかを交換していく。

 

「NPCの店もそれなりに充実してるし、鍛冶屋もある。飯も見た感じパンと肉料理で外れもなさそうだし、いいんじゃないか」

 

 素直に良いと思ったところを挙げていくと、ユキノも満足げに頷いた。

 

「そうね。町の雰囲気も落ち着いているし、見通しも良くてどこに何があるかわかりやすい。今回はここを拠点にしましょう」

 

 うんうん。確かに見通しの良さは重要だな。主にユキノが迷わないという意味で。

 

 ユキノの方向音痴ぶりはともかく、俺としても拠点をこの《リンダース》に移すというのには賛成だ。

 現在拠点にしている《フローリア》も景色としては悪くないのだが、どうにも落ち着かないというかイライラするというか許せないことがあるからな。

 

 47層主街区の《フローリア》は、街が解放された直後から『フラワーガーデン』と呼ばれるほど色とりどりの花で溢れた街だ。

 街並みも白壁に三角屋根の欧風建築で、景観の良さはアインクラッドでも1,2を争うほど。特に女性プレイヤーからの受けが良い街である。

 

 そんな巷じゃあ大人気な街の何が嫌かって、そりゃあ街のそこかしこにイチャつくカップルが溢れかえっていることだ。

 《連合》が必死こいて解放したってのに、ほんの2,3日経つ頃にはもう頭の中までフラワーガーデンみたいな連中が集まっていたんだからほんと呆れた。甘い匂いに釣られて集まる早さはお前らミツバチかよって疑うレベル。

 

 そんなこんなで複雑な心境の数日を過ごしたもんだから、早いとこあの街からはおさらばしたい。長閑で田舎なここに越してくれば煩い連中を見なくて済むしな。

 

「またくだらないことを考えているようだけれど。そんなに《フローリア》は嫌だったのかしら?」

「ああ嫌だね。具体的には毎朝同じベンチに座ってた英雄と女神とか。イチャつく暇があったらさっさと攻略しろよあいつら。ああ、あと、どこかの黒髪二人組もいたか」

 

 片方は「ううん。ちょっと買い出しに来ただけ」と言っていたが。もう一方がそれでちょっとがっかりしてたのは気の毒だと思いつつも笑えた。

 

「ただのやっかみじゃない。性根の悪さが滲み出ているわよ」

「いや、実際やる気が削がれたしな。お前も煩く思ったりはしただろ?」

「あなたと一緒にしないで頂戴。……それに少しだけ、わかるもの」

 

 何を、と問いかける前に、ユキノがふと立ち止まった。

 釣られて足を止め、振り返る。

 

 視線の先には一軒の水車小屋が佇んでいた。小屋と呼ぶにはしっかりとした造りの家屋で、水車の設置された石壁は煙突のように伸びている。暖炉、あるいは炉のような設備があるのかもしれない。

 

 ユキノはなにを思ったのか、その家の門戸まで歩いていった。それからおもむろに手を伸ばしたかと思えば、小さなウィンドウが浮かび上がる。

 

「ねえ、これを見て。ここ、プレイヤーホームだわ」

 

 言われて近付き、ユキノの手元に浮かんだウィンドウへ視線を落とす。するとそこには結構な金額と【購入しますか? Yes/No』という文言が書かれていた。

 

「へえ。家が買えるってのは知識として知ってはいたが、実際に見たのは初めてだな」

「そうね。攻略に掛かりきりだったから、今まで決まった家を持つなんて考えたこともなかった。けれど、いずれは家を買って腰を落ち着けるのもいいかもしれないわね」

「ああ、そりゃあいい。帰る家があるってのは嬉しいもんだからな。俺も早く自分の家を買って悠々自適なインドアライフが送りたい。なんならずっと引きこもりたいまである」

 

 言うと、ユキノはため息を吐いてジトーッとした目で見てきた。

 

「呆れた。あなた、どこにいてもやることは変わらないのね。それじゃあ前と同じじゃない」

「ほっとけ。初志貫徹がモットーなんだよ俺は。それにせっかく買った家なんだったら可能な限り自宅生活を満喫した方が掛けた金に見合うだろ。必要な時以外は家を出ない。それが正しいマイホーム生活だ」

 

 ちなみにこの家の値段は三百万コル。高いことは高いが、いかんせんプレイヤーホームの相場に詳しくないから判断がつかない。一応、全財産を(はた)けば買えないこともないな。

 

 そんな風に、実際には買うつもりもない家の前であれこれ話していたところで。

 

「ちょおっと待ったー!」

 

 何やら気合の入った一喝が聞こえてきて、思わずユキノと二人して振り向く。

 

 そこにいたのは一人の少女だった。落ち着いた髪色に野暮ったい服装の真面目そうな女子だ。そんな少女は現在進行形で敵意丸だしな目つきをこちらに向け、親の仇でも示すように指差してきた。

 

「ちょっとそこの二人、アンタたちみたいなバカップルにこの家は渡さないわよ!」

「…………は?」

 

 鼻息荒くそう宣言した彼女に対し、俺たちは揃って呆気にとられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後。

 

「ほんっとーにごめんなさい! アタシの早とちりで変なこと言っちゃって」

「はぁ。誤解が解けたならもういいわ。顔を上げて頂戴」

 

 あれから場所を町のカフェへと変え、見事荒れ狂う絶叫女子を説得することに成功。何を言っても噛みついてくるので当初は手を焼かされたものの、最終的にはユキノの凍てつく眼差しの前に黙り込んだところへ説明を投げ込んだ次第だ。

 

 《リズベット》と名乗った少女に、今度はこちらから問いかける。

 

「んで、どうしていきなり怒鳴りこんできたりしたんだ?」

 

 まだ後ろめたさがあるのか、リズベットは俯き気味にぽつぽつと語り始めた。

 

「昨日の街開きで見たときからあの家が欲しいって思ってたのよ。でもお金が足りなくて買えなくて」

 

 まあ最前線のプレイヤーホームを即決で買える資金力があるのは、それこそ最前線で稼いでるやつぐらいだろうからな。見たとこ中層プレイヤーのリズベットには手が出ないのも仕方ない。

 

「それで、せめて眺めるだけならって今日も来たんだけど、そこであんたたち二人が話してるのを見ちゃって。てっきり恋人同士で新居でも買う相談をしてたのかと思って、羨ましいのと譲りたくないのとでカッとなってつい……」

 

 シュンとして完全に俯くリズベット。そもそもどこをどう見たらそんな想像が働くのかはわからないが、敵意やら噛みつきの理由についてはわかった。

 

 苦虫をまとめて噛み潰したような表情になっているのを自覚しつつ、チラッと傍らのユキノを見てみる。するとどういうわけか、ユキノは口元を抑えてプルプルと小刻みに震えていた。

 理由はわからんが、しばらく再起不能らしい。仕方ないので当たり障りのなさそうな話題で生ぬるい湿った雰囲気を晴らしにかかる。

 

「あー、その、なんだ。どうしてあの家にこだわるんだ? 庭付き戸建ては確かに利点だが、三百万コルも出せばもっといい部屋が買えるだろ。前の《フローリア》とか、なんなら《はじまりの街》とかな」

 

 景色なら《フローリア》、利便性なら《はじまりの街》に軍配が上がるだろう。それ以外にも様々な利点を持った家は数多くあるはずだ。

《リンダース》で売りに出てる家にしかない特徴もあるだろうが、正直なところ広さの割に値段が高い気もする。プレイヤーホームの相場に詳しいわけではないが、下層に行けばそれだけ値が下がる傾向があるのは装備品やアイテムに限ったことではない。

 

 その質問にリズベットはようやく顔を上げた。それからやや遠慮気味ではあるものの、ゆっくりと事情を語り始める。

 

「中を見ればわかるけど、あの家、奥に工房があるのよ。つまり職人クラス用のプレイヤーホームってこと。外の水車も工房に繋がってて、製鉄用のふいごとか砥石の駆動に使われてる。だから職人にとって、あの水車と工房が付いた家は最高の物件なのよ」

「ほー。あの家、中はそんな感じになってたのか。ん? だとしたら、お前は……」

「そっ。あたしは武器専門の鍛冶職人で、だからあの家が欲しいわけ。って言っても、お金が足りなくて当分は手が出ないんだけどね」

 

 言って、リズベットは苦笑いを浮かべた。

 

 なるほど。そういう理由だったのか。

 確かに、是が非でも欲しい工房付きの家を先に買われそうになったら止めたくもなるだろう。恋人同士云々はこいつの勘違いだが、傍目に見てていい気分じゃないってのはよーくわかる。

 

 なんというか、ほんと偶然に間が悪かっただけなんだろう。

 そうして納得していると、ユキノも得心がいったのか「そういうことね」と呟いた。顔を上げ、リズベットへ小さく微笑みかける。

 

「なら、アドバイスができるかもしれない。無用な勘違いをさせてしまったお詫びではないけれど、どうかしら?」

「アドバイス……。それってどんな?」

「そう難しいことではないわ。リズベットさん、あなた、《ギルド連合》が職人クラスのプレイヤーに対して援助を行っていることは知っているかしら」

「もちろん。あたしも《アインクラッド商工会》の一員だし、スキルを鍛えるときに素材の費用を《連合》に援助してもらったことがあるから」

「なら話が早いわね。いい、職人クラスへの援助というのはいくつか種類があって……」

 

 

 

 ユキノが切り出したのは《連合》による職人クラスへの支援策の話だ。

 

 《ギルド連合》では加盟しているギルドの生産・商業職プレイヤー向けにいくつかの援助を行っている。それぞれのスキルに合った環境の提供や、未熟なプレイヤーがスキル熟練度を上げる間の資金・物資援助なんかがそれだ。

 

 その中の一つに、工房や商店を購入する際に資金援助をするというものがある。

 

 資金援助といっても、システムとしてはほぼ投資みたいなものだ。《連合》が支援を行ってきた職人や商人が独り立ちできるまでに成長した場合、本人や推薦人の呼び掛けによって投資を募り、専用の工房や商店を購入できるだけの資金を用立てるという仕組み。

 

 これによって投資した側は行きつけの店ができ、また支援を受けた側は自分の店が持てると同時にお得意様が付いてくる。

 また《連合》が加盟ギルド中に宣伝することで更なる顧客獲得にも繋がり、《連合》としても組織の活性化とその後の長期的な資金集めが可能になる。まさにWin-winの関係だ。

 

 まあうまい話には裏があるように、これに関しては審査が厳しかったり、投資する人間が出てこなきゃ実現しなかったりと一筋縄じゃいかないんだが、以前から《商工会》の一員だったってんなら問題ないだろう。一応、後でエギルにそれとなく評判は聞いておくか。

 

 

 

 そんなこんなで説明を終え、再度「どうかしら」と問いかけるユキノ。

 終始真剣な顔で聞いていたリズベットは即決で頷いた。

 

「早速《商工会》のリーダーに掛け合ってみるわ。教えてくれてありがとう」

「気にしないで頂戴。《連合》としても腕の良い職人が増えるのは歓迎だし、なにより実際に資金提供してくれる人を探すのはあなた自身なのだから」

 

 ユキノの言う通り、この支援策は他と違って依頼者側の努力次第な部分が大きい。

 

 工房や商店とはいえプレイヤーホームであり、プレイヤーホームはSAOで購入できるものの中でも特に金が掛かる代物だ。

 当然、《連合》もほいほいと資金を提供できるわけもなく、精々が金持ちとの仲介に立つくらいが関の山。最終的には依頼者が投資人と直接交渉しなくちゃならない。なので《連合》の仕事は支援より斡旋と言った方が正確だろう。

 

 とはいえ、リズベットもその辺りは承知の上らしく「だとしても、ありがとう」と笑みを浮かべた。

 それからふと、リズベットは訝しむような表情に変わる。

 

「それはそうと、今さらだけどあんたたちって何者? なんだか《連合》の仕組みに詳しいし、昨日の今日でここにいるってことはレベルも相当高いんでしょうけど」

 

 ああ、そう言えば勘違いで怒鳴られてからこっち、リズベットの方は名乗ったが俺たちはまだだったな。

 

 答えようと口を開きかけたところで、先んじてユキノが言い出した。

 

「自己紹介がまだだったわね。私はユキノ。そしてこっちの死んでいる人はハチくんよ」

「いや目だけだから。なに勝手に死んだことにしてくれちゃってんのお前。そこまでゾンビゾンビしてないだろ」

 

 こいつはほんといつもいつも……。紹介の度に俺を罵倒しないと気が済まない病気なのかしらん。

 

「嘘、ユキノにハチって、《連合》の攻略班でもトップクラスの実力者じゃない。あ、あの、ごめんなさい。アタシ、つい気安く話してしまって」

 

 俺たちの名前を聞いたリズベットは大層驚いた様子だった。それから焦ったように居住まいを正し、言葉遣いを変えて腰を折る。

 さっきまでの勝気な印象とのギャップはなかなかのもの。とはいえこれはなあ。

 

「気にしないで。むしろ畏まられると居心地が悪いから、今まで通りでお願いするわ」

「無理して敬語とか疲れるだけだろ。どうせゲームの中なんだ。誰も気にしねえよ」

「あなたはもう少し気を遣った発言をすべきだと思うけれどね」

「いや、めちゃくちゃ気遣ってるだろ。むしろ気遣い過ぎて話さないレベル」

「あら。あなたの場合、単に話をする相手がいないだけでしょう」

 

 失礼な。俺にだって話し相手ぐらいいるっての。キリトとかエギルとか。アルゴ? あいつはダメだ。ちょっと話してる間にポンポン情報抜かれるからな。

 

 俺とユキノのどうしようもないやり取りを見て呆気にとられたのか呆れたのか。ともかくリズベットの緊張は解けたらしい。ふっと笑みを浮かべて肩の力を抜いた。

 

「……そっか。うん。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」

「ええ。ぜひそうして頂戴」

 

 笑み合う二人を傍目に、ちらっと視界右側に表示されている時計を見る。

 現在時刻は11時47分。昼飯にはまだ若干早いが、この後の予定を考えるとそれほど余裕はない。このあたりで切り上げて宿に帰るのが無難だろう。

 

「――と、もうこんな時間か。悪い。午後からは攻略に行くから」

 

 今気付いたという体を装って切り出す。理由は簡潔かつ曖昧に。それがスムーズに離席するためのコツだ。長年ボッチを貫いてきた、云わば人と別れるプロならではの技だな。

 

 なんて自画自賛で慰めていると、ユキノがしらーっとした目で見てきた。おいやめろそんな冷たい目で見るな。

 

「そうなんだ。さすがだね」

 

 一方、これが初対面のリズベットに見抜かれるようなことはさすがになく、素直な称賛を送られる。おいやめろそんなきれいな目で見るな。

 

 居たたまれない内心を胸に秘め、何でもない風に立ち上がる。

 視線や態度はともかく行動方針自体は同意なようで、ユキノもスッと席を立った。

 

「じゃあな、資金集め頑張れよ」

「では、また」

「お店が開いたら、ぜひ来てちょうだい。いい仕事するから」

 

 リズベットは座ったままでそう答えて、軽く右手を挙げる。

 

 俺は会釈を返し、ユキノと一緒に店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リズベット――。パトロンを募集する鍛冶屋、か。

 

 俺やアイツの立場を考えれば、職人クラスの協力者が必要なのは間違いない。

 これは懸念事項を一つ解決できるかもしれないな。

 

 拠点へ戻る道中、そんな打算に塗れた目算を立てていた。

 

 

 

 だからだろう。

 

 隣から向けられる視線には、終ぞ気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 







 というわけで10話でした。

 次回は可及的速やかに、具体的には来週あたりで投稿できたらと思います。
 裏の見えない思わせぶりな展開で恐縮ですが、次回で全部回収していけるよう頑張りますので、どうぞ気長にお待ちください。

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