やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
第3章はあと1話で終わると宣言しておきながら、予想外に文字数が嵩んでしまったので2話か3話に分けることとしました。
今話はそのうち最初の1話です。
よろしくお願いします。
深夜。
闇を貫く《チャージ・スラスト》の黄色の閃光が、大型昆虫モンスターのHPを余さずゼロにした。
ポリゴンの欠片が四散するのを視界の端に捉えながら、スキル後硬直に縛られる前に回し蹴りで右手から迫りつつあった鋭い大顎の下を蹴りぬく。
ギイイイと耳障りな鳴き声を上げて仰け反る巨大アリを、回転の勢いを利用した槍技で仕留めて宙返り。次に狙う得物を見定め、再度《チャージ・スラスト》で飛び込んだ。
ほんの三日前、《体術》スキルが熟練度800に達すると同時にリスト入りした《
出も早く、ほとんどどんな体勢からでも繰り出すことができ、後の連撃に繋げやすい。スキルを繋げて手数を稼ぐ俺にはピッタリの技だ。
無論、人間相手に何度も繰り返せばすぐにタイミングを読まれてしまうだろうが、単純なAIの動かすmobを狩るのには関係ない。
《チャージ・スラスト》、《旋風刈り》、《ヘリカルトワイス》、《月面宙返り》の繰り返しで、押し寄せる敵群を一匹ずつ確実に潰していく。
とはいえ、薄暗闇の中で三十分もぶっ通していれば、さすがに集中力が切れてくる。特にスキルを繋げて戦う俺にとって集中力は生命線だ。何かの拍子に連携をミスれば、それはそのまま命の危険に繋がる。
そも、ここの大アリはHPと敏捷性は低いものの攻撃力はそれなりに高い。
さすがに一撃でHPを全損することはないだろうが、連携ミスで硬直したところを囲まれようものなら即ゲームオーバーだ。
そんな危険を冒してまでこんな戦闘を続けているのも、単純に経験値効率が良いから。
最前線である49層までのどの場所と比べても、このアリ谷での狩りは非常に効率が良い。先の理由で耐久力の低い大アリは短時間で多くを倒すことができるため、被弾さえしなければ高効率の狩りを続けることが可能というわけ。
それが理由で人気スポットになっているために一パーティー一時間までという取り決めはあるものの、今のような深夜であればさほど待つことなく順番がくる。
回し蹴りで正面のアリを砕き、《ヘリカルトワイス》で襲い来る二体をはじき返す。そのまま宙返りで距離を取ろうとしたところで、ほんのわずかだが始動が遅れたことに気付いた。
幸い硬直に捕らわれる前に逃げることはできたものの、イメージと実際の身体の動きにずれが生じたことは間違いない。
ここまでだな。時間的には――35分か。まあそんなもんだろう。
俺は迫るアリの軍勢を《軽業》で飛び越え、谷の入り口に向かってダッシュする。
途中、横から湧いて襲ってくるアリはナイフを投げて牽制しつつ、無事に谷を出ることに成功。並んでいたパーティーに「次いいぞ」と一声掛けてから、手近な木にもたれて座りこんだ。
軽く息を吐く。肉体的疲労はまだしも、精神的な疲労はゲームの中でも溜まるんだから難儀なもんだよなぁ。
なんて今さらなことを考えていると、足音が近づいてくるのが聞こえた。またぞろマイナーマイナー騒ぐ煩い連中かなと振り向くと、そこにあったのは良く知る顔だった。
「ユキノさんに黙ってレベリングか? バレたら怒られるぞ」
「残念だったな。もうすでにバレてるし、嫌味も散々もらってる」
俺の返しにため息を吐いて、キリトは遠慮なく隣に腰かけてきた。向こうを見ると、一緒に狩りに来たらしい一団が待機列に並んでいる。
あの赤くて和風な集団は《風林火山》だろう。先頭のクラインと目が合ったところで片手を挙げてきたので、おざなりに手を振って返しておく。
「今日は黒猫団と一緒じゃないんだな」
「まあな。黒猫団の活動時間はもっぱら昼間なんだよ。今日はクラインに頼まれて、ここでの立ち回りとかをレクチャーしに来た」
「昼間働いた上で夜中もとか、ご苦労なことで」
言ってからストレージを開き、コーヒーに似たドリンクを取り出す。瓶に入ったそれを一息に半分ほど流し込んで、強い苦みに顔をしかめた。
最近になってようやくほぼコーヒーと呼べるこいつを見つけたものの、いかんせん苦みが強くて好みの味とは言い難いんだよなぁ。眠気が覚める気がするんで買ってはいるが、やっぱりコーヒーは甘いものに限る。誰かマッ缶の味を再現してくれないかな。
なんてくだらないことを考えながら、一つ大きく息を吐いた。
「随分疲れてるみたいだな。ハチはいつからここに来てるんだ?」
「ん? あー、何時だったかな。多分、一時間くらい前じゃね」
「となると、今が午前2時だから1時くらいか?」
「さあな。そんなもんじゃねぇの」
「それまでは宿で寝てたのか?」
「いや、なんでそんなこと聞くんだよ。別にどうでもいいだろそんなの」
「まあまあ。いいだろ、それぐらい答えてくれても」
なんだ。今日は随分しつこく聞いてくるな。
普段はここまで詮索してくるやつじゃないのに、何を企んでるんだ。
「……まあ、確かにここ来るまでは寝てたが」
キリトの意図が読めない。俺がどこで何してたかなんて大したことじゃないはずだ。にもかかわらず、なんでこいつはそれを知りたがるんだ?
「そっか。ならハチは1時ごろここに来て、それまでは寝てたんだな」
腕を組み、大仰に頷いて見せるキリト。
けれどその直後、キリトはよりわざとらしく首を傾げる仕草をした。
「でもそれだとおかしいんだよな。実はアスナから珍しくメッセージが届いてさ。23時過ぎにハチが《ミュージエン》の転移門広場を歩いてたって言うんだ。で、こっそり後をつけて行先を聞いたら今いる46層の主街区だったらしい」
なるほどそういうことか。
つまりこいつは俺がいつからここにいるか初めから知ってて、その上で探りを入れてきたってことか。毎度毎度、お節介焼きなやつだ。それで何度も助けられてる身で言えたことじゃないが、ほんとこいつは主人公気質というかなんというか。
とはいえ、こんな回りくどい真似をするからには、それだけの理由があるのだろう。
「アスナの見間違いって可能性もなくはないけど、俺はやっぱり……」
「遠回しに言わんでいいっての。で、何が訊きたいんだ?」
端的に言うと、キリトはとぼけるのを止めて真剣な表情になった。お互い木に背を預け、正面を向いたまま、けれど意識は注意深く相手を探る。
「ハチのレベルって今いくつなんだ?」
「それを訊くのはマナー違反じゃないのか」
「それを承知で訊いてるんだ。なんなら、先に俺のレベルを言っても構わない」
まったく。何をそこまで知ろうとする必要があるんだか。
「……さっき上がって67だ」
答えると、キリトは驚いたようにこちらを見てきた。
「すごいな。しばらくここに潜ってるって聞いたから上がってるとは思ったけど。まさか5以上も離されてるとは思わなかった」
ふむ。となると、キリトのレベルは62より低いってことになるな。まあ今の最前線が49層なのを考えれば、60もあれば十分なんだが。
以前の、それこそユキノやアスナと三人で行動してた頃のキリトは、当時の攻略組でも五本の指に入るほどレベルが高かった。
ユキノとアスナも揃って高かったせいで、『インフレ三銃士』なんてネタにされることもあったくらいだ。
その後、黒猫団に入ってからはあいつらの攻略に付き合うことが多く、キリト自身のレベリングの機会は減った。
おかげで現在は攻略班でも平均より高い程度の位置に落ち着いている。数値的な面だけで言えば、最前線で攻略を続けてるアスナの方がレベルは高いだろう。
とはいえ、キリトの強さはレベルだけに依るものじゃない。こいつにデュエルで勝てそうなプレイヤーなんて思いつく限り二人だけだ。もちろん俺は逆立ちしたって敵わない。
「なんで、いきなりそんなハイペースでレベルを上げるようになったんだ?」
キリトは視線を正面に戻し、落ち着いた調子で訊いてきた。表情も直前の驚きようから、元の真剣なものへと戻っている。
そんな表情の変化を横目に見つつ、口を開いた。
「ま、俺だってネットゲーマーの端くれだしな。前にやってたゲームでも必死こいてレベリングしたりしてたし、レベリングの楽しさに目覚めたってやつじゃねーの。こう、強くなること自体が楽しい、みたいな」
言うと、キリトはさも面白そうに笑みを浮かべた。
「俺も似たようなところあるから絶対ないとは言い切れないけど、ハチのそれに関しては嘘だってわかるよ」
「いやなんでだよ。俺だって結構なインドアゲーマーだぞ。好きなゲームが出たらしょっちゅう引きこもってやってたくらいだ。レベル上げに目覚めてもおかしくねぇだろ」
そうして食い下がっても、キリトはあっさりと首を振る。
「わかるさ。ハチは合理性で動くからな。紙装甲のハチが一歩間違えたら死ぬような状況でレベリングするなんて、そんなリスキーなことを好んでやるはずがない」
絶句する。反論も誤魔化しも、相槌の一つも打つことはできなかった。
「間違ってたら悪い。けどこのところ、ハチは何か焦ってるように見えた。レベルを上げて、LAを稼いで、とにかく急いで強くならなくちゃって、そんなふうに見えたんだ」
キリトの言葉は正鵠を射ていた。
焦っている自覚はある。早く強くなる必要性を感じているのも確かだ。態度に出ていることもわかっているし、だからいずれは問い詰められることも覚悟していた。
「これは推測でしかないんだけど、もしかしてハチは《マイナー》として侮られてる現状をどうにかしようとしてるんじゃないか。それも自分じゃなく、誰かのために」
推測と言いながら、何らかの確信を持っているようにキリトはそう言った。
「――仮にお前の予想が当たっていたとして、だったらお前はどうする。無茶なレベリングはやめろとか言うのか?」
問いかけると、キリトはあっけらかんと言い放つ。
「しないさ、そんなこと。止めようが邪魔しようが無駄だってわかってるからな」
「ほーん。ならどうするつもりなんだ」
止めるわけでもないなら、こいつは一体どうするつもりなんだ。
「ハチが協力して欲しいって言うんなら、俺は手を貸すよ。けどハチが独りで動くのは、もうそういう習性なんだって知ってるからな。諦めて、勝手にすることにした」
「いや、勝手にって何をだよ」
するとキリトは振り向いて、口元にニヒルな笑みを浮かべた。
「決まってるだろ。勝手に協力するんだよ。俺は俺自身の判断で、勝手にハチに協力するんだ。俺が勝手にやることなんだから、異論反論や文句に難癖は認めないからな」
予想も覚悟もできていなかった宣言に、思わず言葉を失った。
何か言い返そうとして口を開くが、返す言葉のほとんどを封殺されて何も言えない。
結果、俺の口から出たのは大きなため息だけだった。
「…………ハァ。なら好きにしろよ」
「ああ。そうさせてもらうさ」
呆れと諦めの一息に、キリトはしてやったりとばかりに笑みを深めていた。
× × ×
明くる日の午後。
《聖竜連合》のギルド本部にある会議室で、アインクラッド第49層のフロアボス攻略会議が開かれた。
俺とユキノが会議室に到着したのは会議が始まる20分ほど前。
俺一人ならギリギリに来ることもざらだったが、ユキノがいると時間管理が正確なため、遅刻どころかこうして早めに来るのが常だ。
とはいえ、時間に余裕があるということは時間を持て余すということで。
参謀役の一人として各所に顔を出す必要のあるユキノはまだしも、名前だけで実質一人な『先行偵察隊』の俺にはやることがない。
そういうわけで俺の特技であるひたすらぼーっとする術を使っていると、ちょいちょいと肩をつつかれた。
はて、俺に用とかどこのどなたかしらんと振り返ると、紅白の衣装に身を包んだ副団長様が鋭い眼差しをお送りくださっていた。
「ちょっと話があるから、こっちに来て」
有無を言わさぬ口調。ご丁寧に手首をつかんで引き摺られては逆らいようもない。こいつ俺より
アスナはそのまま会議室を出て、廊下の端の狭いスペースまで俺を引っ張っていった。
石壁に囲まれた2畳ほどの空間で、楕円形のステンドグラスが一つはめ込まれている。
立ち止まったアスナは手を解放し振り返る。不機嫌そうに口を結び、ジトーッと上目遣いに睨んでくる彼女には、言い知れぬ迫力があった。
「キリトくんから聞いたわ。あなた、相当無茶なレベリングしてたんですってね。いつの間にか私まで抜かれてるなんて思ってもみなかったわ」
おいおい。俺の個人情報筒抜けかよ。そういうの、今の世の中じゃあ厳しく取り締まられてるんですよ。どぅーゆーのう、個人情報保護法?
「まあ、それについてはハチくんの自由だからいいわ。最近ラストアタックを取られ続けてることも含めてすっごく悔しいけど、文句は言わない」
はぁ、そうですか。現在進行形で恨み言は言ってますけどねぇ。
「それで、じゃあハチくんは彼女をどうするの?」
言われて、しばし呆然とする。
「いや、いきなり彼女とか言われても何のことだか……。アレか。お前に彼女なんて一生できるわけないだろって遠回しな罵倒か?」
「そんなわけないでしょ。っていうか、ハチくんの恋愛事情とか気にするだけ無駄よ。散々思わせぶりなこと言って、当の本人が捻くれ者なんだからすんなりいくわけないじゃない」
おいそれ罵倒よりも酷くないかすみませんね捻くれ者で色々あったんですよ察しろ。
苦々しい表情を隠す気にもなれず、なに言ってるんだこいつと言外に訴える。
しかしアスナはどこ吹く風とばかりに流し、改めて問いかけてきた。
「だから、あの人――パンさんのことは、どうするつもりなのかって訊いてるの」
嘘も誤魔化しも許さないと視線が語っている。というかこいつ、目だけで色々と語り過ぎじゃないですかねぇ。目力半端ないし迫力も段違いなんですけど。
「なんでそんなこと気にするんだよ。お前はアイツを嫌ってたんじゃなかったのか」
実際、アイツが
けれどアスナははっきりと首を振った。
「いいえ。私はただ、あの人が
そこまで言ってから、少しだけ言葉に詰まり、視線を落とした。
わずかな逡巡。それから小さく、消え入るような声で続けた。
「あんなの見せられたら、何か事情があるんじゃないかって思うわよ」
『あんなの』というのがいつのことか、聞くまでもなく察することができた。
40層での短い邂逅。《ジョニーブラック》と《モルテ》に殺されそうになった俺を助けた一幕。
その後でアイツの放った一言が、アスナにも聞こえていたのだろう。聡明な彼女のことだ。アイツが英語で言った言葉の意味を理解できないはずがない。
アイツはただの犯罪者じゃない。それを理解したからこそ、アスナはパンの行動に疑問を持ったのだろう。
そして今俺を問い詰めてきているのは、俺が一番の関係者だからだ。
「ハチくんがいつから無茶なレベリングを始めたのかは知らない。けどあなたは43層で一度、45層からは4層連続でLAを取っている。これが無関係だって思えるほど、ハチくんのこと知らないつもりはないわ」
なるほどな。確かに、思えばアスナとも一年弱顔を合わせる機会はあったし、何度かパーティーを組んだりもした。俺の習性みたいなところは多少なりと知られていたということだろう。俺がこいつのことを多少なりと知っているのと同じように。
問い詰められて、言い当てられて、思わず大きなため息が漏れた。
ほんと、昨日のキリトにしろこいつにしろ、俺みたいな捻くれボッチなマイナー野郎にどうしてここまで関わろうとしてくるのか。要らぬ風評被害を受けるのはわかりきってるのにな。
とはいえ、こうまで言われてしまっては誤魔化すのも不誠実というものだろう。
だから俺は努めて真面目に、けれどこれ以上の追及を許さぬように、シンプルに答えた。
「アイツをこちら側に連れ戻す。俺がやってんのは、そのための根回しだ」
言う間、アスナはじっと視線をぶつけてきた。しばらく黙って何かを考え、やがて小さく息を吐く。
「そう。わかったわ」
それきり踵を返したアスナは、会議室の方へ歩き出した。
何を言うでもなく、ただ了承だけを返したアスナに若干の疑問を覚えつつ、俺も彼女の後を追って会議室へと戻った。
会議は定刻通りに始まった。今回の議長は《聖竜連合》のリンドで、彼は攻略レイドのリーダーも務めることになっている。
リンドの司会進行の下、会議はいつも通り進んでいった。
情報部の集めた情報を公開し、司令部が事前に協議を重ねた作戦を説明。必要な役割ごとに8つのパーティー分けをして、参加者をそれぞれのパーティーに振り分けていく。パーティーが決まったら顔合わせをして、パーティー内での役割分担を決めて、とそんな感じだ。
49層のボスは《Bitebone the Moss Troll》。和訳するなら『骨喰いトロル』ってとこか。
全身に苔の生えた巨人種で、全5種の骨からできた武器を持っている。5段あるHPゲージの一本がなくなるごとに武器を持ち替えるというわけだ。
一昨日ちょっかいを掛けた感じではゴリゴリのパワータイプで動きは遅く、スピードタイプのやつなら問題なく避けられるはずと報告した。実際、俺はボスの初動を見てからでも避けられたし、同行していたユキノも避けられるだろうと口にしていた。
だが昨日行われた偵察戦では、タンク役のプレイヤーがガードするたびに《
いくらボスの攻撃がのろくても、《遅延》をもらった状態で避けられるほど甘くはない。アタッカー役のプレイヤーは極力ボスの攻撃を避けられるよう、敏捷性の高い者を配置することで決まった。
斯くして、今回のボス戦ではタンク部隊が5つと、アタッカー部隊が3つの計8パーティー構成となった。ボスの《遅延》攻撃に対応するため、いつもよりタンク隊を厚めにした構成だ。加えて攻撃を担当するアタッカー隊にもガードできるプレイヤーを2人配置することとされた。
俺やユキノはアタッカー隊の一つに配置された。同じパーティーには《黒猫団》からキリトとケイタ、《商工会》からのエギルで計5人。
定員には一人足りないが、これは今回のボス戦参加者が47人しかいなかったため。大ギルドに所属してるわけでもない余りものパーティーには避けようのない宿命だ。
顔合わせも終わり、いつもの面子ということで連携の確認も速攻で終わる。あとは他のパーティーが終わるのを待って解散だな。
そう思っていたところ、不意にキリトが立ち上がって声を上げた。
「リーダー、一つ提案がある」
おいおい、キリトのやつどうしたんだ。ボッチにあるまじき行動だぞ。あ、そういえばキリトのやつもうギルドに入ってるからボッチじゃねぇじゃん。この裏切り者-。
わざわざ会場全体に聞こえるような声量でなされた問いかけに、会議室は異様な静寂に包まれた。そうして全員の注目を集める中、リンドがキリトに応える。
「ああ。なんだ」
応じた声には若干の警戒感が滲み出ていた。そりゃそうだ。こんな注目を集めるような真似をしてまでする質問なんて、誰だって嫌な予感がする。なんなら俺も嫌な予感がしてるまである。
リンドに発言の許可をもらって、キリトは小さく深呼吸をした。
それから僅かに瞑目し、顔を上げたキリトはまたも会議室全体に聞こえる声で話し始める。
「今回の参加者は47人、そして俺たちのパーティーは5人だ。つまり、あと一人参加する余地があることになる。そこで提案なんだけど、今、俺の知り合いが攻略班に参加する準備を進めてる。苦戦してるらしくて、合流できるのはギリギリになると思う。だけどもし、明日のボス戦に間に合ったら、その人の参加を許して欲しい」
キリトの発言を聞いて、大方の反応は「なんだそんなことか」や「いいんじゃないか別に」といったものだった。
実際、傍から聞いてるだけならキリトの所属する《月夜の黒猫団》から一人連れてくるんだろうと踏むに違いない。
けれど、俺にとっては違った。
あいつが言ってる「その人」ってのは、ケイタのような《黒猫団》の一員じゃない。
これが、キリトの言っていたことか。
「勝手にやる」と言っていたのは、この流れを作ることだったのか。
やってくれやがってと思いつつ、リンドの様子を窺う。
周りがどう思おうと、レイドリーダーであるリンドが了承しなければ実現しないことだ。
俺やキリトを始め、多くの視線が向けられる中、リンドは腕を組んで真剣に考えを巡らせているようだった。じっと考える素振りをして、それから顔を上げる。
「……難しいな。確かに一人欠員が出ていることは確かだが、だからといってボス戦の経験がないプレイヤーを加えるのは危険だ。最悪、その人がきっかけでレイドが崩れることもあり得る」
保守的なリンドの答えはけれど、現実的かつ堅実だった。実際、素人を入れればそれだけ伴うリスクも増える。現状で十分に勝算があるだけに、危険な橋を渡る必要はないのだ。
周囲のプレイヤーたちもそう考えたのだろう。まだどちらに賛成すべきか悩んでいるようなやつも多いが、ちらほらと頷いている者もいる。
このままじゃマズい。せっかくキリトが道を整えてくれようとしてくれたのに無駄に終わってしまう。
どころか、この流れからもしアイツを連れてこようものなら、非難の目はキリトにまで飛び火するだろう。
どうにかしなくては。そう思うが、当事者たる俺が何かを言うのはそれこそ後々爆弾になりかねない。
そうして途方に暮れていると、今度は別の方向から声が上がった。
「私は賛成します」
凛とした声でそう言ったのはアスナだった。取り巻きの騎士が驚きに目をむく中、表情を変えることなく言葉を続ける。
「確かに危険は増えます。ですがそれ以上に、攻略に携わるプレイヤーが増えるのは大きな利点です。加えて経験の話をするなら、明日のボス戦はそれこそいい経験になるんじゃないでしょうか」
そう言って、アスナはちらっとキリトへ視線を送った。キリトはニッと口元を綻ばせ、小さく頷く。途端、アスナの頬がわずかに赤く染まったのがわかった。
「ともかく、《血盟騎士団》としてはキリトくんの提案に賛成します。戦力の補強は常に考えるべきです」
言い切ると、後ろにいた取り巻きもアスナ様が言うならとばかりにドヤ顔を浮かべた。いや、お前らさっきまで「アスナ様、ご乱心か!」みたいな顔してたでしょうが。
俺の呆れはともかく、それで流れが変わったのか賛同する声が増え始める。
次いで《風林火山》のクラインが賛成し、パリピ勢代表《天穹師団》のパーシアスも同調すると、完全に流れは可決の方向へ傾いた。
「ユキノさんはどう思いますか。不安要素になるというリスクと戦力増強というリターン、どちらを優先すべきなのか」
最後の抵抗にと、リンドはユキノの意見を求める。
ユキノはちらっと俺へ視線を送った後、「そうね」と呟いた。
「どちらの言い分も理解できるけれど、今回に限って言えばタンク隊を増やしているのだから、不測の事態に陥っても立て直すことは充分に可能なのではないかしら」
ユキノの半ば賛成の言葉と共に、キリトの提案は押し切られる形で可決された。
リンドが渋々ながら頷くのを見て、キリトが振り返る。
「これで、あとはハチ次第だ。昨日言ったように、異論反論や文句に難癖は受け付けないからな」
「するかよそんなこと。…………助かる。ありがとな」
「気にするなよ。俺が勝手にやったことだからな」
どこかの誰かのようなことを言って、キリトは不敵に笑って見せた。
× × ×
会議が終わり、解散の運びとなると、参加者はそれぞれ部屋を後にする。
居残ってアスナと話していたユキノを待って、俺も会議室を出た。
転移門を潜り、《ミュージエン》の宿まで戻ってくる。
借りている部屋の扉を開き、中央のテーブル傍まで歩いたところで、ふと声が掛けられた。
「ねえ、ハチくん」
立ち止まり、振り返る。
ユキノは未だドアの前で、片手を胸に当て、何かを堪えるように立っていた。
いつか見た、今にも消えてしまいそうな、儚い笑みを浮かべていた。
「話があるの。聞いてもらっても、いいかしら」
ということで第11話でした。
残りの1,2話も可及的速やかに仕上げていきます。