やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
前話をご覧になっていない方はご注意ください。
今回は短いですが、大事な部分なので単独で。
第12話です。よろしくお願いします。
話があると言ったユキノだったが、まずは食事をということになり、彼女は調理台へと向かった。
「すぐに用意するから、少しだけ待っていて頂戴」
そう言ってユキノは調理台のメニューを操作し始めた。
簡略化されたSAOでの調理は使用する食材を選択し、調理法や時間を設定するだけでいい。食材の処理も包丁やなんかの道具を持って触れるだけという簡単な作業だ。ユキノは「単純すぎて工夫する余地がないのよね」と不満がっていたが。
料理をするユキノの後ろ姿を見ながら考える。
『話』の内容については予想がつく。切り出すタイミングに悩み続けた挙句、ここまで引っ張ってしまったのは寧ろ俺の方だ。数か月続いた今の生活に慣れ過ぎて、まだ大丈夫だとつい引き延ばしてきてしまった。
慣れて、馴れ合った、なれの果て。
互いに互いへ寄りかかる。それをよしとして、歪んでいると知りながら過ごしてきた。
安らぎを得ていたのは確かだ。互いを知り合った相手となら、自分を偽る必要もないのだから。
俺は俺のまま、ユキノはユキノのまま、奉仕部で過ごしたときの自分でいることができる。それは時に虚勢や演技を強いられるこのゲームにおいて、心穏やかでいられる時間だった。
それを、俺は一方的に捨てようとしている。
寄りかかられる方も支えられているだなんて
完全になくなることはないだろう。
結果がどうなったとしても俺は攻略を止めるつもりはないし、そうならずに済むよう動いてきた。2人が3人になったとして、パーティーを解散する理由にはならない。
一方で、今のような生活を続けることはできない。
俺たちはただのパーティーメンバーであり、リアルからの知り合いであり、そしてただそれだけの関係だ。高校生の男女が同じ部屋で生活をする理由にはならない。今までのように二人きりなら言い訳のたてようもあるが、三人ともなれば話は別。
まして、俺のしようとしていることを考えればなおさらだ。
25層での《軍》との一件以来ずっと続いた、甘いぬるま湯のような日々。
朝起きて、攻略に励んで、夕方には帰って眠る。そのほとんどすべての時間を隣で過ごしてきた。いつまでも続けばいいのにと望んだ回数は数えきれない。
ユキノが振り返る。両手には料理の盛られた皿を持って、テーブルまで歩いてくる。
「どうぞ」
「お、おお。サンキュ」
皿の片方を受け取り、手元に置く。ローストされた鶏肉、火を通して柔らかくした人参、蒸かした芋に付け合わせのウインナー。加えてユキノがストレージから取り出したバケット。同じものをNPCの店で食べようと思っても簡単には叶わない。
ユキノは対面に腰かけると、穏やかな微笑を浮かべた。
「では、いただきましょうか」
「……いただきます」
穏やかに言って、ユキノはナイフとフォークを手にした。そのまま静々と食べ始める。
彼女に合わせるように食器を手に取り、ローストチキンを一口。瞬間、口いっぱいに広がる肉汁と塩味。油分が多いが胡椒がアクセントになってくどい感じは一切ない。
ユキノは工夫ができないと言っていたが、これだけの味を調理時の設定だけで再現できるのはやはり経験の深さに加えて味覚が優れているからだろう。少なくとも俺にはスキル的にも技量的にもマネできない。
「美味いな」
「そう。ならよかった」
何でもない言葉のやり取り。にもかかわらず、胸が軋むように痛んだ。
それはきっと、終わってしまうものを惜しむような、諦めと寂しさの入り混じった声をしていたからだろう。
数えきれないほど問い続けたことをもう一度問いかける。
俺は、まちがえはしなかったかと。
結論はすでに出ている。俺は、まちがえたのだ。
あのとき見せた表情が、その後の変化が、そして今目の当たりにしている微笑みが、それを何より克明に物語っていた。
考えているうちに表情に出ていたのだろう。
「どうしたの。口に合わないものでもあったかしら」
ユキノが食事の手を止め、そう問いかけてきた。
咄嗟に表情を改めようとする。だが表情筋への信号をナーヴギアが読み取っていないのか、うまく表情を繕うことができない。
「いや、そういうわけじゃない。これは、アレだ。明日のボス戦、相当苦労するだろうなと思ってちょっとな。飯に関しては文句ない。寧ろ店で出るもんより美味いまである」
言って、肉と野菜をかき込むように口へ運んでいく。
どれもこれも確かに美味いのに、どれだけ食べても表情が戻る気配はなかった。
むしろどうにかしようと焦るほど目つきが悪くなっていく気がする。
ユキノはそんな俺を見て小さく息を吐き、それから笑みを浮かべた。
「しょうがない人ね。そんなに気を遣わなくてもいいわ。私は大丈夫だから」
言われて悟る。こいつはすべてお見通しだったのだと。理解した上で、せめて食事くらいはと穏やかに笑っているのだ。
「言ったでしょう。傍で見ていないと落ち着かないって。それが変わることはない。ただ――」
ユキノはそこまで言った後、ほんのわずかに視線を落とした。
「これまでのようにはいられない。だから、明日からは別々の部屋を取りましょう」
それは俺がついに言えなかったことだった。
同じ部屋で過ごすのをやめる。
そんな、常識的に考えれば当たり前なことを言うことができずにいた。
いずれは終わりが来るのだと知っていながら、いつまでもぬるま湯につかり続けていたいと思ってしまった。
なんて浅ましくて気持ち悪い。
傷ついてほしくないと願った末の結果がこれか。
「……今日はもう休みましょうか。先にお湯を頂くわね」
そう言って、ユキノは立ち上がった。自分の皿を流しに置き、メニューを操作してバスタオルを取り出すと、そのままバスルームの方へ歩いていく。
俺はどうにか最後に残ったウィンナーを口に入れ、ほとんど丸呑みした上で彼女を呼び止める。
「雪ノ下」
ユキノ――雪ノ下はバスルームへ続く扉の前で立ち止まった。
振り返ったその顔には少しばかり驚きの色があって、同時に咎めるような眼差しでもあった。
俺は彼女の目を見て一つ息を吐き、どうにか一言だけを絞り出した。
「ごちそうさん。……ほんと、美味かった」
雪ノ下は一瞬だけ呆けたように目をみはり、やがて小さな、本当に小さな笑みを浮かべた。
「そう。それなら、よかったわ」
呟いて振り返り、彼女はバスルームへと消えていった。
「比企谷くん……。まだ起きているかしら?」
「ああ。……どうした?」
「……その、お願いがあるのだけれど、いい?」
「俺にできることなら。で、何をすればいい」
「これきりなのだと思うとなかなか寝付けなくて。だから……」
「今晩だけ、一緒に寝させてもらえる?」
「…………はい?」
翌朝目が覚めると、ユキノはすでに食後の紅茶を飲んでいた。
のそのそと起きだしてベッドを降り、食事の並べられたテーブルに着く。
「おはよう、ハチくん」
「お、おお。おはよう」
挨拶を返すと、ユキノは小さく頷いてからカップを口元へ運ぶ。
その澄ました表情も、スッと伸びた背筋も、凛とした声も、どれもが自然で違和感がなく、だからこそ問いかけずにはいられない。
「その、なんだ……。もう平気なのか」
訊ねてからしまったと思う。どうしてこんな曖昧で意味のない問いをしてしまったのだろうか。本音で答えるとは限らないし、仮に本音が返ってきても望む答えを用意できるはずもないのに。
ユキノはちらっとこちらを見て、それから仕方ないとばかりにため息を吐いた。
「ええ。平気よ。だからあなたは彼女のことに集中して頂戴」
そう言って、ユキノは穏やかな笑みを浮かべた。
まるで言い聞かせるような、だからそれ以上問うなと諭しているようだった。
「そうか――」
つくづく、俺はユキノの気遣いに助けられている。
俺の我儘で、身勝手で、《連合》は一切得をせず、むしろ厄介事の種を増やすだけの行動。彼女を傷つけると知りながら選んだ行動。
にもかかわらずユキノはそれを認め、背中を押してくれさえした。
その厚意に報いなければならない。だから――。
「ありがとな」
ただ一言、それだけを口にした。
それ以上を言葉にするわけにはいかない。それは彼女の決断を踏みにじる行為であり、なによりこの苦しみは俺自身が苛まれるべきものだから。
「いいえ。その代わり、必ず彼女を連れ戻して。なんなら首輪を付けてでも構わない」
「首輪ってお前……。まあ、俺にできる手は全部打つつもりだが」
「それでこそ、往生際の悪いあなたらしいわ」
「ハイハイ。精々足掻いてみせますよ」
苦笑いに意地の悪い笑みで返される。
俺たちらしい、歯に衣着せぬ言葉遊び。
これから先もこんなやり取りは続くのだろう。
けれど、いつか終わってしまうものはきっとあるのだ。
「……それじゃあな。後でまた来るから、準備だけはしといてくれ」
「ええ」
扉の近くで小さく手を振るユキノに頷いて、俺は部屋を出た。
これでもう、ここはユキノ一人の部屋だ。
小さく息を吐き、顔を上げる。
そうして右足を踏み出して、独り宿を後にした。
というわけで、12話でした。
ここで謝らなければならないことなのですが、最終部のラストを仕上げるのに思った以上の時間が掛かってしまい、近日中の更新は厳しいと言わざるをえません。
なにぶん仕事の都合でPCに触れなくなってしまうので……。
状況が好転し次第、可及的速やかに更新したいと思いますので、気長にお待ちいただけますようよろしくお願いします。