やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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お待たせしました。第三章最終話です。
あれもこれもとシーンを加えている内に長くなり、気付けばいつもの倍近い文字数となってしまいましたが、飽きずにお付き合いください。

それでは第13話です。
よろしくお願いいたします。





第十三話:それぞれの、掌の中の灯が照らすものは。

 

 

 

 

 

 

「はい、これが頼まれてたやつよ」

「ああ、サンキュ」

 

 ウィンドウ越しにアイテムを受け取る。ついでに受け取ったモノをオブジェクト化して、出来栄えを見てみることにした。

 

「あたしが偉そうに言うのもどうかと思うけど、それ、彼女が手掛けた中でも最高の品になったらしいわよ。貰った素材が良かったからって」

「現状狙えるだけの一級品だけを渡したんだ。素材が良いのは当然だろ」

「うわ、さすがは天下の《マイナー》様ね。言うことがいちいち嫌味っぽいわ」

 

 冗談めいた戯言は聞き流し、アイテムをストレージにしまう。これで落とすことも失くすこともない。あるとすれば、アイテム名を忘れて探す羽目になるくらいだろう。

 

 ストレージを開いたついでに、所持金のタブから適当な額の金を取り出す。革袋の中に納まった状態で現れたコルを、俺はリズベットに向かって投げた。

 

「うわわっと。ちょっと、いきなりなによ――って、なにこのお金!」

「良い品仕上げてくれた礼金と仲介料ってとこだ。例の細工師と分けてくれな」

「う、受け取れないわよ、こんな大金! そもそも、あたしは借金まであるのに……」

 

 そうか? そんなに大金を渡したつもりはないんだが。

 精々が一か月分の食費と宿代ぐらいだ。あのアリ谷に籠ってれば三日で稼げる。

 

「要らないなら、全額細工師の方に渡しといてくれ」

「それはそれでちょっと納得いかないというか……。ああもう、わかったわよ。ちゃんと話し合って分配しておくから。それで文句ないでしょ」

「べつに文句を言うつもりはないんだけどな」

 

 苦笑いを浮かべていると、彼女は不機嫌そうに唇を尖らせて言う。

 

「なによ。ちょーっと余裕があるからって。あたしだって、すぐにガッポガッポ稼いでやるんだからね!」

「ま、スポンサーとしてはそうしてもらった方が助かるからな。期待せず待っとくわ」

 

 言って、扉の方へ足を踏み出す。

 時間に余裕があるわけでもないし、ぐずぐずしてはいられないからな。

 

 真新しい扉の取っ手に手をかける。と、そこで背中に大声が叩きつけられた。

 

「借りたお金はちゃんと返すから、それまでは武器や装備のメンテしにここへ通いなさいよ! 絶対ですからね!」

「へいへい。せめて常連として利用させてもらいますよっと」

 

 片手を挙げて応え、店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年12月10日。

 場所は第49層迷宮区の最奥。

 

 今日このとき、アインクラッド第49層のフロアボス攻略戦が行われる。

 これが上手くいけば、このSAOというゲームもようやく中間地点にたどり着くことになるわけだ。

 

 ここまで来るのに約一年が掛かった。

 だが逆を言えば一年でここまで来れたという意味でもある。

 

 SAOが始まった当初、第1層の攻略が完了するまでに1か月も掛かったのだ。それを考えれば、その後の10か月余りは順調だったと言っていい。

 途中で《軍》の一件はあったが、寧ろあそこで《連合》が起ち上がったことにより攻略の安定感は増した気もする。

 

 とまれこうまれ、どうにか半分まで来た。

 もう残りあと半分登れば、現実に戻ることができる。

 

 俺はちらっと視界端の時計を確認する。

 午後14時50分。ボス攻略戦開始まで、およそあと10分だ。

 

 ボス部屋の前では今回のレイドメンバー46人が各々最終確認を行っている。

 装備の確認を行う者。アイテムをポーチから取り出して数えている者。パーティーメンバーと連携について話している者。準備体操とばかりに剣を振る物。

 

 銘々に準備を続ける攻略レイドの面々。そんな彼らを、俺は何をするでもなく眺める。

 と、不意に肩をつつかれた。そのまま振り返る前に囁かれる。

 

「来たぞ。見えないけど、多分間違いない」

「そうか。ギリ間に合ったな。サンキュー」

 

 声を潜めて告げるキリトに言葉だけで答えて、通路へ視線を送る。

 ボス部屋の前へ繋がる道は薄暗く、松明の心許ない灯りだけでは人影の判別などつかない。ましてや相手が《隠蔽》を使っているともなればまず見つからないだろう。

 

 現に俺の目にはそこに誰かがいるようには見えない。が、高い熟練度の《索敵》を持つキリトが言うのなら、見えずとも誰かしらがそこにいるはずだ。

 

 一本道でそこに人がいると予めわかっているのなら、どんな《隠蔽》スキルの達人でもやりようはある。

 幸いSAOの《隠蔽》は長時間凝視されると効果が薄れていく仕様だからな。見えてなくても、潜んでいそうな場所を予想して視線を向けていれば、いずれは看破することができるわけだ。

 

 餌に釣られて来た熊猫を捕まえるべく、俺も《隠蔽》を発動し、こっそりと集団から抜け出した。壁沿いに小走りで近付いて、入り口の脇から通路の暗がりへ目を向ける。

 揺れる灯りに照らされる下、最も明かりが薄くなっている箇所を探し、アイツが潜んでいそうな所へ視線を固定した。

 

 正直、そこが正解かはわからない。わからないが、いくつかある候補のうち身を潜めるに最適な暗がりはそこだった。

 

 言動や動機はともかく、行動自体は合理的なアイツのことだ。最適解から順に潰していけば当たりを引く可能性は高い。

 第一、《隠蔽》は俺の最も得意とするスキル。最適な隠れ場所の選定など朝飯前だ。《ステルスヒッキー》の名は伊達じゃない。格の違いというものを教えてやる。

 

 そうして暗がりを見つめること、およそ二十秒。

 果たして、《隠蔽》を看破した先に潜んでいたのは、一人のプレイヤーだった。

 

 輝く金髪に、透き通った海のような瞳。

 背はそれほど高くなく、けれどスタイルは抜群なモデル体型。

 彼女は小刻みに息を吐きながら、戸惑いを露に攻略レイドの様子を窺っていた。

 

 思わず笑みが浮かぶ。目論見通り見つけられたのもさることながら、ここと予想した場所が見事的中していたことに少なくない興奮を覚えた。ざまあみろ。

 

 アイツ――パンがこの場にいるのは、そうなるよう仕込みをした結果だ。

 企画・進行は俺で、ユキノやキリトを始め、事情を知る連中の協力も得た上で一芝居打ってやった。

 

 実際にはアイツが食いつきそうなネタを聞こえるように流してやったってだけなんだが、相手が神出鬼没なやつだけにけっこう苦労した。こうしてボス戦に間に合ったのは運が良かったというほかない。

 

 さて、釣り上げるまでは上手くいったからな。お次は退路を断つとしますか。

 

 気付かれてないことを確信した俺は、アイツの視界に入らないギリギリまで近づいて《軽業》を発動。金色の頭上を飛び越え、音をたてないよう細心の注意を払って着地。未だどうしようかと集団を見つめる彼女へそっと近付き、その肩を叩いた。

 

「誰っ! ――って、Darling?」

「よお、お疲れさん。どうした、そんなに慌てて」

 

 誘い出しておいてこんな台詞が出るあたり、自分でも相当意地が悪いと思う。

 けど、こいつには何度も出し抜かれたんだ。ちょっとくらい反撃してもバチは当たらないだろう。

 

 呑気な物言いに呆気にとられたのか、パンは2,3秒フリーズし、それから思い出したように詰め寄ってきた。

 

「こ、ここにいちゃダメ! 今すぐCrystalを使って街に――」

 

 パンはまるで何かを警戒するようにあっちこっちへ視線を巡らせた。

 

 このまま勘違いさせといても問題はないんだが、それだとさすがに性格が悪すぎる。

 というわけで、ここらでネタばらしをすることにした。

 

「まあ落ち着けって。俺たちを襲いに来る奴らはいない。それは全部ガセネタだからな」

「戻っ…………What?」

 

 パンの顔が訝しげに歪む。俺の言葉の真意を探ろうと、表情や声を観察しようとしてるのか。上等だ。耳かっぽじってよく聞いとけ。

 

「いいか、お前が聞いたであろう話は、全部でっちあげだ。何故ならアレは、俺がエキストラ雇って言わせたデタラメだからな」

 

 そう言ってやると、パンは徐々に状況を理解し始めたようだ。半眼になって上目遣いに睨んでくる。

 

「Darlingの意地悪……」

「何とでも言え。こちとら散々お前を探し回ったんだからな。偶然お前を見たってやつがいたからその周辺だけで済んだが、そうじゃなきゃアインクラッド中の街や村にエキストラばら撒くつもりだったんだぞ」

 

 おかげで費用も抑えられた。エキストラの用意から目撃者とのやり取りまで、あれこれ協力してくれたアルゴには今度何か礼をしなくちゃならない。まあ十中八九面倒なクエストをタダ働きさせられるんだろうが。

 

「It’s so crazy……。ハァ。 それで、じゃあ何か理由があって呼んだんでしょ?」

「もちろんだ。けど、その前に言いくるめなきゃならないやつがいる」

 

 半眼になって見上げてくるパン。

 頷き、ストレージからフーデットケープを取り出して押しつける。

 

「とりあえずコレ被って、その目立つ髪を隠してくれ。で、あとは口出しせずに後ろで見てること。理由やら説明やらの諸々は後でする」

「ハイハイ、オーケーオーケー」

 

 あまりにもあんまりな作戦に呆れた笑いしか出ないパンを説き伏せる。

 返答如何によっては縛り上げることも視野に入っていたが、どうやらそのプランを発動する必要はないらしい。

 

 これで第一条件はクリアした。次だ。

 

 フードで顔を隠したパンを連れ、レイドの方へ歩いていく。

 途中、ユキノやキリトとすれ違ったものの、事前に知らせてあった二人に表情の変化はない。強いて言うならユキノが小さくため息を吐いていたくらいか。

 

 集団の間をすり抜け、最前列でパーティーメンバーと話すリンドの下へと近付いていく。

 

「ちょっといいか」

 

 声を掛けると、リンドとそのパーティーメンバーがこちらへ振り向いた。

 リンドの目が俺とその後ろへ向けられ、パンを捉える。

 

「ハチ。その人が例の新人か?」

「ああ。どうにか間に合ったんで、昨日キリトが言ったように俺たちのパーティーへ入れようと思う」

 

 そう言うと、リンドはパンを値踏みするように見た。全身の装備や表情、態度から実力を推し測っているのだろう。お眼鏡に適わなければ反対される可能性もある。

 そうでなくても、リンドがパンの顔を覚えていた場合はバレて面倒なことになるのだ。一応言い訳も考えてはあるが、できれば今はバレない方が都合がいい。

 

 幸いにして、リンドはこいつが殺人(レッド)ギルドの一員と噂されるプレイヤーだとは気付かなかったようだ。真面目な表情のまま、レイドリーダーとしての評価のみを下してくる。

 

「見たところ、そこまでレベルは高くないみたいだが、大丈夫なのか?」

「問題ない。確かにレベルはちょっと足りないが、俺と同じ敏捷特化型ビルドで経験もそこそこある。回避優先でやれば、今回みたいなパワータイプのボスの攻撃を受けることはほぼないはずだ」

 

 俺の言い分にリンドはしばらく黙考していたが、やがて顔を上げると渋々頷いた。

 

「わかった。昨日話し合って決めたことでもあるから、今回は認める。だが、次はないからな。飛び入りでボス戦への参加を認めるのは今回だけだ」

 

 少し不服そうに言って、リンドはそれきりパーティーメンバーの方に向き直った。

 俺も余計なつっこみを受ける前に、パンを連れてそそくさと離れる。

 

 ふー、とりあえずリンドを言い包めることはできたか。このボス戦の間にはバレるだろうが、まあ今日を凌げば明日からは明日の俺がどうにかするだろう。これをただの先送りと言います。

 

「それでDarling、そろそろどういうことか説明してくれるかなー」

 

 リンドや他の攻略集団から距離をとったところで、パンが待ちきれないとばかりに口を開いた。

 振り返り、肩をすくめてみせる。

 

「ふつうに呼び出したんじゃあ、お前は出てこないだろ。だから一芝居打ったんだよ。一方的に絶交宣言(フレンド登録解除)されて、どこにいるかもわからなかったしな」

 

 さも傷つきましたという風を装うが、パンの表情は変わらず、ジトーッとした視線を向けてくるだけだった。

 

「ふーん。じゃあ、Darlingはワタシを呼び出してどうしようっていうの?」

 

 訝しむように訊いてくる。わざわざこんな面倒で回りくどい手を使い、悪名高い元犯罪者(オレンジ)プレイヤーを呼び出したのはどうしてか、と。

 

 いっそ睨むくらいにまで強い眼差しを向けてくるパン。

 そんなパンの目を努めてまっすぐに見返し、その上で答える。

 

「端的に言えばスカウトだな。今回のボスはゴリゴリの脳筋タイプで、下手にガードするより避けた方が確実性が高い。で、前に組んだ感じ、お前なら余裕で避けれるだろうってことで急遽お呼び出ししたってわけ」

「それはpublic face、ただの建前でしょ。本音は?」

「今言ったのも本音って意味じゃあ間違いじゃないんだけどな」

 

 据わった目のパンに苦笑いで応じる。当然ながら納得した様子はない。

 とはいえ、これについては織り込み済みで、なんなら見抜かれるのもわかっていて口にしたことだ。場を温めるわけじゃないが、本題に入る前のちょっとした与太話に過ぎない。

 

 無言で続きを促すパン。そんな彼女の視線に、俺は観念して居住まいを正した。

 ただ、いざ本人を前にすると気後れするというか気恥ずかしいというか。どうにもはっきりと言い辛いが、だからといって言わないわけにはいかない。

 

 だからせめていっそひと思いにと、覚悟を決めて告げる。

 

「お前をこっちに連れ戻す。今回のは、そのための印象操作の一環だ」

「ハッチ……」

 

 意外なものを見たと、パンの表情が明確に変わった。

 

「お前が何を思ってラフコフの連中と一緒にいるのかはわからない。何かどうしようもない理由があるのか、それとも単に居心地がいいだけか、そんなのはお前の口から聞かなきゃわからないからな。ただ――」

 

 途中、パンが何か言いたげな目で見てくるが、口を挟まれる前に続けた。

 

「40層で会ったとき、お前はあいつらから逃げていた。どうしてかは知らないが、一人で最前線まで逃げ込んでくるくらいの理由があったはずだ。なのに……」

 

 それなのに、パンは俺を庇ってモルテとジョニーブラックの前に姿を見せ、あの場にいた連中から手を引かせた。

 ボロボロになるまで逃げていた、そんな奴らの下へ戻るのと引き換えに。

 

 どうして、パンは俺と奴らの間に割って入ったのか。

 

 俺のことが好きだからなんて、そんな都合の良い理論を唱える気はない。そんなものを信じられるほど順風満帆な人生は送ってこなかったからな。他人の好意はまず疑えと言い聞かせる程度には性根が捻じ曲がっているのが比企谷八幡という人間だ。

 

 ただ――。

 ただもし、以前に俺が抱いた想いと同じだったのなら。

 ただ傷ついて欲しくない。そう思われる程度には至っていたとしたら。

 

 パンの行動原理を理解しているわけじゃない。目的も、動機も、願いも何も知らない。他人の考えなんて、どれだけ考えたとしてもわかるわけがない。

 

 これがただのお節介な可能性は十分にある。

 勝手に勘違いして、見当違いなことをしている可能性は低くない。

 ヒロイックな妄想に酔い、気持ちの悪い道化を演じてるだけかもしれない。

 

 仮にそうだったとしても――。

 

「俺はお前に救われた。あの時だけじゃない。お前が最初にオレンジになったときも、俺はお前に救われたんだ。なら、その借りは返す。俺は養われる気はあっても、施しを受ける気はないからな」

 

 そう言って、俺はウィンドウを開き、パンにパーティーの加入申請を送った。

 

「無理にとは言わない。色々と面倒なことになるのは間違いないし、最悪《連合》とは縁を切ることになるかもしれない。けど、そういう諸々への対策は考えてあるし、ユキノや他の何人かの協力も取り付けてある」

 

 パンは鋭い眼差しをまっすぐに向けてくる。推し測るようにこちらを見つめ、それから手元に現れたウィンドウへ視線を移した。

 彼女はそのまましばらくウィンドウをジッと睨み、やがて呟いた。

 

「……OK, I’ll join you. ただ、一緒にやるのはこのボス戦だけね。Darlingやユッキのところに戻るのは――――やっぱり、ダメ。できない」

 

 その言葉に一瞬息が詰まった。

 多分断られるだろうと予想はしていたものの、それでも声音が震えてしまうのは抑えようがなかった。

 

「……そうか。悪い、忘れてくれ」

 

 これでもう打つ手はない。パンをこちらへ連れ戻すための『作戦』はこれだけだ。

 それに、何よりパン自身に戻る意志がないのだ。少なくとも現状では、何を言ったところで返事が変わることはないだろう。

 

「ハッチ、ごめんね」

 

 眉尻を落とすパンに、俺は力のない微笑を浮かべて応える。ゆっくりと、誰に言い聞かせてるつもりなんだか、何でもないと虚勢を張るように口にしていく。

 

「気にすんな。実際、断られたとしてもそう痛いわけじゃない。とりあえず今回のボスだけでも協力してくれるんなら、手間暇かけた甲斐も――」

 

 けれど、そこまで言ったところで不意に割って入る声がした。

 

「それだけじゃないでしょう。まったく、この数か月、散々ひとを心配させた挙句振り回したくせに、この期に及んでなにを躊躇っているのかしら」

「ほんと素直じゃないよな。正直になったら死ぬ病気にでも罹ってるんじゃないか」

「こいつのこれは筋金入りだからな。叩いても治りゃあしねぇだろうよ」

 

 振り返ると、ユキノとキリト、エギルが呆れ顔でため息を漏らしていた。三人の後ろでは、ケイタが苦笑いを浮かべている。

 

 事前に協力を取り付けた彼ら4人には、こうして結果を聞くまで口出しをしないよう頼んであった。待ちきれずに口を挟んできたのは、俺があまりにも不甲斐なかったせいだろう。

 

 一方、事情を知らず、ユキノたちに言われたことの意味もわからないパンは首を捻る。

 その前で、最初に表情を改めたユキノが問いかけた。

 

「彼に任せた手前、私から言うのも筋違いなのだけれど、本当にいいのね?」

 

 問われて、パンはユキノを見つめ返す。

 互いに逸らすことなく視線を交わし、やがてパンは小さく頷いた。

 

「……もちろん。もう決めたことだからねー」

「そう。なら、これ以上は何も言わないわ。とはいえ、ボス戦には参加するというのだから、その対策だけは話し合っておかないと。時間もないし、手短にいきましょう」

 

 それきり、ユキノは淡々とボスの情報や対策を伝えていく。

 彼女の言う通り突入まで時間もないので間違ってはいないのだが、これだけ変わり身が早いと戸惑いがどうしても先に出てしまう。それは俺だけじゃなかったらしく、キリトやエギルも苦笑いで顔を見合わせていた。

 

 そうしている内、あっという間に話は終わった。

 

「――こんなところかしら。あとは個人の判断で臨機応変に動いてもらって結構よ。何かあればその都度指示を出すから」

「OK. I see」

 

 時間としてはものの3分程度。攻略情報の伝達としては驚異的な早さだが、しっかりと頷く姿を見るに理解は充分らしい。

 

「そろそろ時間ね」

 

 ユキノが呟く。時計を見れば14時59分で、周りの連中も突入に備えて各々得物を手にしていた。

 俺も槍を取り出し、リンドの号令に備える。

 

 と、何やら言いたげな表情のパンと目が合った。

 

「ハッチ……」

「なんだ、さっきのことなら気にすんな。それより、ちゃんと集中しとけよ。お前、ボスと戦うのは久々なんだろ?」

 

 言いたいことはある。訊きたいことも少なくないし、文句なら山ほどある。

 けれど、今だけは何も言わずにおくことにする。

 

 交渉自体は不調だったが、このボス戦には参加するのだ。

 それはパンとコンビを組んでいた時以来、初めてのこと。

 なら、今ここで言うべきはこうだろう。

 

「せっかく手間かけて呼んだんだからな。しっかり働いてもらうぞ」

「……オーケー。 Darlingの期待、ちゃーんと応えてあげる」

 

 パンが不敵に笑って応える。

 その直後、リンドの声が部屋中に響いた。

 

「時間だ。勝って50層に上がるぞ。総員――攻撃開始!」

 

 レイドリーダーの号令で、48人のプレイヤーが一斉に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第49層フロアボス《Bitebone the Moss Troll》は、予想通りタンク泣かせな敵だった。

 

 手にした骨製の武器はどれも一撃が重い上、盾や武器でガードしても《遅延(ディレイ)》の状態異常を強いられるという厭らしい仕様。しかもHPバーが一本なくなるたびに武器を換え、攻撃パターンも変わるというおまけつきだ。

 

 初めのうちはまだ余裕があった。《遅延》を受けるといっても、一段階目は曲刀、二段階目は片手ハンマーでそれほどダメージの大きい武器ではなかった。対応が遅れてガードできなくてもそれほど問題にならなかったわけだ。

 

 だがトロールのHPゲージが三段目に入ると状況が変わった。

 曲刀、片手ハンマーときて、3つ目の武器が両手剣だったためだ。

 

 基本的に筋力値(STR)が同じなら、一撃の重さは片手武器より両手武器の方が高い。

 それはプレイヤーのみならずモンスターにも言えることで、ボスの武器が両手剣に変わってからはタンク隊のダメージが目に見えて大きくなってしまったのだ。

 

 《遅延》でガードが遅れ、直撃を受けて大ダメージを受ける。それを間近に見た仲間は更に焦り、見かねたリンドにより前線の交代が指示される。

 ボスの武器が両手剣に変わってからは、そんな流れが頻発するようになった。幸いにしてポーションによる回復ローテは間に合っているものの、焦りとダメージによる精神的疲労は隠し切れなかった。

 

 そんな中、武器の交換を気にも留めず暴れ回っていたのが、俺たちのパーティーだ。

 

 俺やパンのような敏捷特化型はもちろん、ユキノも敏捷値偏重のステータスで悠々と避け、キリトは筋力優先だが持ち前の反射神経で回避して、と。

 アタッカー4人がことごとくボスの攻撃を避けるもんだから、ガード役のエギルとケイタが暇を持て余す始末だった。

 

 タンク隊が《遅延》に手こずっているのを尻目に、鈍重な武器を軽々避けつつダメージを稼ぐ寄せ集めパーティー。

 当然ながら注目を浴び、ユキノやキリトはいつものことと呆れられ、俺は「これだから《マイナー》は」と舌打ちされる。ボス戦では割とよくある光景だ。

 

 が、今回はそこにもう一人目立つ存在が加わっていた。

 

 まるでダンスでも踊るように無骨な武器を避け、流れる動きの中で鋭い攻撃を的確に打ち込んでいく。揮うは世にも珍しい《ナックル》のソードスキル。《体術》、《軽業》と組み合わせることにより、途切れることなく輝きが続く。

 

 初めて見たときから褪せることのない、華やかな舞踏。

 以前よりもさらに磨かれたそれは、広間で戦うプレイヤー全てを魅了した。

 

 戦闘の最中、フードが外れて金の髪が露になったときなんか、どこかからため息の音が聞こえたくらいだ。幸い、それですぐパンの正体に気が付く者もいなかった。

 

 飛び入りで参加してきた新人が常識外れな戦い方で、驚くほど強く、しかもとびきりの美女ともなれば、レイドメンバーの士気は否応なしに上がる。

 結果、一度は崩れかけたタンク隊もHPバーが四段目に入る頃には持ち直し、最後の五段目になればもう危なげなく戦えるようになっていた。

 

 ここまででおよそ40分の戦闘において、飛び入り参加した金髪美女(パン)の貢献度は相当に高かったことだろう。

 

「ハッチ、ラストスパートだよ」

「はいはい、わかってますよっと」

 

 並走していたパンと同時に地面を蹴り、真上から振り下ろされた斧を避ける。

 三段目の両手剣から四段目の槍を経て、最後は両手斧へと持ち替えたトロールは、ここまで幾度となく俺やパンにも攻撃を加えているが、どれ一つとして俺たちを捉えられていない。

 

 まあ、これだけ大振りされる両手武器をAGI極振りの俺やパンが喰らうわけがない。

 今度の一撃も衝撃波ごと《軽業》で悠々と回避して、俺はがら空きの腹に、パンは腕を駆け登ってトロールの頭部に、それぞれソードスキルを打ち込んだ。

 

 追撃はせずに飛び退り、ボスのHPへ目を向ける。

 トロールのHPは最後の五段目も残り僅か。今の一撃で丁度赤く染まったところだった。

 

危険域(レッドゾーン)だ。例によって、何かしてくるかもしれないぞ」

「ええ。わかっているわ。全員、攻撃の手を止めて」

 

 ユキノの指示でパンとキリトも大きく距離を取る。すかさずケイタは両手剣を、エギルは斧を構えて、いつでもガードができるように備えた。

 

 他のパーティーの連中も各々がボスの行動に備えて動く。こうした対応の早さは、《攻略班》として何度も激戦を切り抜けてきた賜物だろう。

 

 一方、ボスのトロールはHPが危険域に突入するや、斧を投げ捨てて地団太を踏み始めた。それが何かの特殊攻撃の前兆なのか、それともただの癇癪なのかは判断がつかない。

 

 やがてトロールの地団駄が止まる。

 すると直後、トロールの身体が急激に細くなり始めた。おいおい、なんかいきなり結果にコミットしだしたぞこいつ。

 

 寸胴型の身体に全身を覆う苔が特徴だった《Bitebone the Moss Troll》は、苔が落ちて細マッチョな身体へと変貌を遂げた。誰もが驚きのダイエット効果に言葉を失う。

 

 その隙を突いて、トロールが動いた。

 痩せた影響か、目を疑うような俊敏さで駆け出す。向かう先には散々おちょくるように攻撃したアイツの姿が――。

 

「エギル!」

「応!」

 

 トロールの振り下ろした腕を、間一髪エギルがガードすることに成功した。庇われたパンもすかさず回り込み、空いた胴に一撃を入れてから距離を取る。

 続けて俺とキリトが切り込むが、トロールは俺たちに気付くと大きく跳んで、離れた位置に着地した。なんということでしょう。すっかり身軽になりやがって。

 

 さてどうしたもんかと思案していると、後ろからエギルの声が聞こえてきた。

 

「今の一撃、《遅延》はなかった。落ち着いて防げば反撃のチャンスは十分にあるぞ!」

 

 なるほど。武器を捨てて身軽になった代わりに、一撃も軽くなったわけか。

 

 もしかすると、このトロールの変化は攻略レイドの裏をかくための仕様かもしれない。前半で回避するのが優位だと思わせておいて、最後には敏捷値寄りのプレイヤーを陥れるみたいな。そうだとすればこのボスをデザインしたやつは相当に性格が悪いに違いない。

 

 幸か不幸か、俺たちはタンク隊を厚くしたレイドだ。

 それ故に前半はむしろキツイ部分もあったが、こうなったら逆にやりやすい。

 

「よし、なら正攻法だ。タンク隊、前へ! 《遅延》さえなければ反撃もできる!」

 

 リンドの声に、ここまで鬱憤を溜められたタンク隊が応える。5つあるタンク隊のうち3つで半円状にボスを囲み、徐々に包囲を狭め始めた。

 

 堪らずボスが突破を図るも、軽くなった素手での攻撃ではタンクビルドのプレイヤーを揺るがすには至らない。盾で防がれ、反撃を受けて後退する細マッチョトロール。

 

 このぶんならもう俺たちアタッカーの出番はないだろう。

 ユキノと視線を交わし、どちらともなく頷いた俺たちは、一応の警戒は続けつつ戦闘の行末を眺めることにした。

 

 

 

 不意に、パンがそっと近づいてくる。

 ボスから視線を外すことはなく、けれどどこかリラックスした歩調で隣まで寄ってきたパンは、耳もとで囁くように言った。

 

「お疲れ様、Darling. 久しぶりに一緒に戦えて、とってもエキサイティングだったよ」

 

 甘く蕩けるような囁き声。

 俺にしか聞こえないだろう声は鼓膜から脳へと響き、全身にえも言われぬ震えが走った。

 

 こいつ、まだボスは倒れてないってのにこんな……。

 

 せめて恨めしげな視線でも送ってやろうと振り向く。

 瞬間、パンの表情を見て思わず息を呑んだ。

 

 彼女は、笑っていた。

 今にも泣きそうなくらいに瞳を潤ませて、それでも笑っていた。

 名残惜しそうに俺の手を取って、けれど力は込めない。

 

 彼女が何を考えているか、俺にはわからない。

 ただ、この震える手を放してはいけないのだと、それだけを思った。

 

 と、そのとき誰かの声が上がった。

 

「倒した、倒したぞ!」

 

 思わず振り向く。同時に、するりと手が離れた。

 

 声の主はタンクを務めていた《聖竜連合》のプレイヤーで、明るくなった広間の中央で雄叫びを上げていた。あるいはラストアタックを取ったのかもしれない。

 

 歓声は広間の中央から広がっていった。

 それぞれのプレイヤーの前にウィンドウが表示され、獲得した経験値にコル、アイテムなんかがズラリと並んで表示される。

 

 何とはなしにそれらを眺めて、ハッと気付いたときにはもうパンの姿はなかった。

 すぐに辺りを見渡して、目立つ金色の髪を探す。

 

「……逃げ足速すぎだろ」

 

 小さく呟いて、ひっそりと去り行く背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開け放たれたままの入り口から広間を出て、通路の暗闇へ消え入ろうとするアイツを呼び止める。

 

「このまま行くのか?」

 

 振り返ったパンは当たり前と言うように笑みを浮かべ、コテンと首を傾げた。

 

「Yes, of course.ワタシはオレンジだからねー」

「前までならともかく、今はグリーンだろ。ボス戦の前にも言ったが、お前が戻ってくるための方法やなんかは考えてある。今回の活躍もあるし、連合の連中を納得させるのも十分に――」

 

 言うと、パンはコロコロと笑った。

 

「それだとDarlingに迷惑が掛かっちゃうからダメ。ただでさえDarlingには敵が多いのに、これ以上増やそうなんてワタシ良くないと思うなー」

「ハッ、そんなもん今さらだ。伊達に《マイナー》なんて呼ばれてねぇからな。悪意も敵意も、今さら少し増えたくらいじゃなんとも思わねぇよ」

 

 すると今度はムッと唇を結んで、上目遣いに睨んできた。

 

「Darlingはよくても、ユッキは違うでしょ。Darlingはユッキが傷つけられてもいいの?」

「その点はユキノも承知の上だ。むしろ首輪付けて連れてこいって言われたくらいだしな。これで勝手に抜けたら、地獄の果てまで追いかけられた挙句、怒ったあいつの怖―いお仕置きが待ってるぞ」

「アハ、It’s terrible. それならユッキに捕まらないようにしなくちゃね」

 

 最後に、パンは困ったような笑みを浮かべた。

 聞き分けのないこどもを諭すような、留守番を言いつける姉のような笑み。引き留めようとしてもできないと思わざるをえない、そんな微笑みだった。

 

 軽い口調とは裏腹に、その意志が覆る様子はない。

 ユキノを引き合いに出しても、パンの意志は変わらなかった。

 どう言い説いたところで変える気はないのだろう。

 

 ここまできたら、説得してこいつを引き留めるのは諦めるしかない。

 どうせ何を言っても聞かないし、もう二度と同じ手で誘い出すことはできないだろう。きっとあの手この手を尽くしても、次は裏が取れるまで姿を見せないに違いない。

 

「それじゃあね、Darling. See you next time」

 

 話は終わりだと、いつもと同じセリフを残してパンは振り返る。

 背を向けて、通路の向こうの暗闇へ足を踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その袖口を掴んだ。

 

 思ったよりも細い手首が驚いたように強張ったのがわかった。

 

「まあ待てって。もう一つ、言いたいことがあんだよ」

 

 わざとらしく声音を変えて言うと、パンは訝しげに振り向いた。

 無言で何事かと問う彼女へ、大袈裟に首を振り応える。

 

「わかってるよ。お前を引き留めるのは諦める。けど今日のボス戦、無理矢理呼び出して手伝わせた礼をしてなかったからな」

 

 言葉通り、パンを引き留めるのは諦めた。

 真っ当な方法でこいつを連れ戻すことはできないのだと。

 策を弄してでは翻意させられないということは十分にわかった。

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、奥の手を切る。

 

 

 

 

 

 

 パンの手を放し、逃げないことを確認してからウィンドウを開いた。

 アイテムストレージの欄に移動し、数あるアイテム群の中から目当てのモノをオブジェクト化する。

 

「知り合いの伝手で作った品だ。敏捷値+10にクリティカル率+3%と、まあ効果としてはそれなりなんだが、製作者も仲介人も女子だからデザインについては保証できると思う」

 

 左手の上に現れた小箱をパンの方へ差し出す。

 パンは箱を見て大きく目を見開き、それからひどくゆっくりと、震える手を持ち上げた。

 

 彼女の手が伸びてくるのを待って、蓋を開く。

 

 瞬間、松明の光を受けてサファイアブルーが瞬いた。

 大きさこそ控えめな玉石は、けれど白銀の台座の上で確かな存在感を放っている。

 

 性能的な部分はともかく、見た目に関しては想像していた以上の逸品だ。

 細工師と、仲介をしてくれたリズベットには当分頭が上がらない。

 

 ふと、宝石と同じ色の瞳が潤んで揺れ、やがて両の目から涙が零れた。

 伸ばした左手とは別に、右手は口元を覆って震えている。

 さっきまでのすまし笑いは嘘のように崩れていた。

 

 ニヤリと口元が歪む。弄ばれてばかりだった彼女に一矢報いられたようで気分が良い。

 小さく咳払いをして、続く言葉を口にする。

 

 

 

「その、なんだ…………一年前の返事ってことで……」

 

 

 

 途中で猛烈な気恥ずかしさに襲われて目を逸らした。というか、こんなこと真顔で言えるわけないだろ恥ずかしい。

 

 それでもどういう反応をするのかと気になり、横目でパンを窺う。

 そうして目に入った光景に、気恥ずかしさはあっという間にどこかへ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 いつか月明かりの下で見た微笑み。

 

 満開の花にも似た笑顔を、彼女は湛えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三章 完

 

 

 

 

 

 










というわけで、これにて第三章は閉幕となります。


思えば第一章の最終話を書いたのが2年前と2か月前ですので、作中の倍以上の時間が掛かってしまいました。
当時から最後のシーンは描きたいシーンの一つでしたので、とりあえずここまで続けられて一安心です。

今後も時間は掛かりつつも完結まで導いていきたいと思っていますので、長い心でよろしくお付き合いください。

それでは。
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