やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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お久しぶりです。大変お待たせしました。
世はコロナの影響で自粛が求められる中、変わらず続く仕事に追われている内に一か月以上が経過してしまいました。

というわけで、御託は後にして4話です。
よろしくお願いします。





第四話:こうして聖夜の試練は進んでいく

 

 

 

 

 

 

 アインクラッド第35層《迷いの森》の深部――。

 

 年に一度のクリスマスボスが出現するかもしれないポイント。その一つ前のエリアまで来たところで、先頭のキリトはようやく足を止めた。

 

「ふぅ、どうにか間に合ったな」

 

 時計を見てみれば、時刻は23時56分を示していた。

 最前線から15階も下の層とはいえ、黒猫団のギルドホームを出てからここまで30分弱というのは驚異的なタイムだ。邪魔なmobが出なかったのも運が良かった。

 

「どうやら尾行もないようね。目論見通りといったところかしら」

 

 ユキノが背後を見ながら呟く。目がぼんやり光っているのを見るに、《索敵》を使って確認しているのだろう。

 こいつのスキル熟練度は《連合》でもトップクラスだし、ユキノがいないと言うなら本当に誰もいないと見做していい。

 

 まあ、そもそもが尾行を撒くために取った手だったわけだしな。一介の偵察要員が単独ないし少数であの猛ダッシュに付いて来れるとは考えづらい。

 最前線に出られるほどの実力があって尚且つユキノやキリトにも見破れない《隠蔽》持ちのプレイヤーなら可能性は残るが、だとしても今から上司に報告してたんじゃ追いつかれる心配もないだろう。

 

「着いたばっかりで忙しいけど、ゆっくりしてる時間もない。事前の打ち合わせ通り、無理せず戦うってことだけ守ってくれ。でもって、帰ったらみんなで打ち上げだ」

 

 キリトの掛け声に各々が「おー」と腕を上げた。

 俺もこのノリには逆らわず、申し訳程度には腕を上げる。と、横合いから腕が伸びてきて手首を掴まれ、そのまま頭上高く持ち上げられた。

 

「Follow me, darling」

「ハイハイワカリマシタヨ」

 

 そのまま腕を引かれ、先を行く連中に続いて最終エリアへ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移の光が収まると、目の前には見上げるほど大きな木が立っていた。灰色の天蓋へ向かって梢を伸ばす巨木は、広場の中央奥で静かに深緑を揺らしている。

 キリトやユキノ曰く、モミの木はその葉の部分が特徴らしいんだが、少なくとも俺には違いはわからない。

 

 本当にここで合っているのか。

 そんな疑問と少しの不安に応えたのは、木に近付いていくキリトではなかった。

 

「……あれ、何か聞こえない?」

「私も聞こえる。これは――鈴の音?」

 

 サチとアスナが呟いて辺りを見渡す。すると次第に、遠くからシャンシャンと音が聞こえてきた。

 鈴の音は周囲一帯、特に頭上から鳴り響いているようで、自然と全員の視線が持ち上げられる。

 

 段々と大きくなる音。加えて、雲もないのに雪が降り始めた。

 灰色の天蓋にしんしんと落ちる雪。静まり返った雪原に響くのは鈴の音だけで、不気味さの中にもどこか神秘的な印象がある。どう考えてもシリアス極まりない雰囲気だった。

 

 …………あれ、これもしかしてやばいんじゃね?

 

 おいおい、こうもガチガチな空気になるとか聞いてないぞ。誰だよ安全マージン込みで35層クラスとか言ったやつ。3パーティーいれば問題ないだろとかドヤ顔してバカじゃねぇの。こんな雰囲気の中で出てくるボスとか絶対ヤバいやつだろ。

 

 演出に飲まれて恐々としている間に、いよいよ鈴の音が大きくなってきた。

 再度顔を上げると、さっきまではただ天蓋が広がっていただけの空にスーッと光の線が伸びていくのが見える。まるで雪原に(わだち)が残るように、2筋のラインがまっすぐに伸びる。

 

 間もなく、その上を何やら大きな、そして奇妙な形のモンスターが駆け抜けていった。見ようによってはトナカイに見えないこともないくらいの微妙なデザインだが、多分トナカイなのだろう。角あるし。ソリ引いてるし。

 

 奇怪な見た目のモンスターが引くソリは、モミの巨木の上を通り抜けていった。おやっと思ったのも束の間、ソリから何やら大きな影が飛び出してくる。

 影は段々とその大きさを増し、そのままモミの木の前に落下した。

 

 雪が舞い上がり、視界が真っ白に覆われる。咄嗟に顔を庇っていなければモロに被っていただろう。現に被害を被ったらしいクラインが悶えている。

 一応、どれだけ雪を被ろうが、それが敵の攻撃でもない限りダメージはない。けど心境は別だ。痛覚がほとんどないSAOでも冷たさや寒さは変わらず残っているからな。

 

 そうこうしている間に打ち上げられた雪は落ち、視界がクリアになっていく。

 薄っすらと影が見え始め、その巨人のような体躯に息を呑むこと数秒。

 やがて靄が晴れ、そびえる巨体を目にした一同は声を失う――ことはなかった。

 

「えっと……何あれ」

「《背教者ニコラス》だろ。多分」

「…………なんか想像してたのと違う」

 

 ボスを見たアスナが不満げに呟く。

 あまりにあんまりな反応だが、悲しいかな、全面的に賛成だ。

 

 確かに威圧感みたいなものはある。5メートルは優にある巨体で、右手には鈍色に光る斧を持ち、赤く輝く目はギラギラと俺たちを見下ろしている。青白い肌も不気味さを増長させる一因となっているだろう。

 

 けど、他の様々な部分がそうしたシリアス風味を台無しにしていた。

 現にユキノやエギルの表情は苦々しく引き攣っているし、パンやアルゴなんかは腹を抱えて爆笑している。斯く言う俺も緊張感とやる気が急速に萎んでいっているしな。

 

 件の《背教者ニコラス》を一言で表すならこうだろう。

 

『女サンタのコスプレをした髭オヤジ』

 

 どう考えても変態だ。頭の先からつま先まで、あらゆる好意的な解釈(フィルター)を通して見たところで文句のつけようもない変態。あれをデザインしたやつは余程倒錯的な趣味をしているか、頭のネジが飛んでいるだろう。

 

 まあ、クリスマスという年に一度の祭りにひと時の笑いを提供しようとした線も捨てきれないが。現に何人かは爆笑しているわけだし。

 

 変態オヤジのニコラスはその赤い目で俺たち一同を見渡すと、建物の軋む音にも似た耳障りな雄叫びを上げた。不協和音っぷりも相まって滅茶苦茶うるさい。

 

 ギギギと鳴る音に顔をしかめていると、青ざめたおっさん顔の横に4本のHPバーが出現した。見た目のシュールさはともかく、れっきとしたボスなのは間違いないようだ。

 

「なんだか想像してたのとは違うけど、一応ボス戦だ。慎重かつ確実に行こう」

「あーはいはい。やりますか」

 

 キリトの声に、削がれたやる気をかき集めて応える。《クイックチェンジ》のスキルで槍を取り出し、ユキノとパンへ視線を向けた。

 ユキノはため息を吐き、パンは笑いを収めてから、二人も各々の武器を取り出して臨戦態勢を整えた。周りの連中もそれぞれ得物を取り、ニコラス爺さんへ向き直る。

 

 すると俺たちの動きを察してか、ボスが動き出した。

 例の不協和音を上げながら、右手の斧を振り上げ、叩きつける。

 

 雪の舞う派手なエフェクトと共に迫る衝撃波によって、戦端は開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次、薙ぎ払い来るぞ」

「任せて!」

「効かないよ、っと」

 

 エギルの指示の下、テツオとササマルが盾を構えてがっちり受け止める。二人は身体が少しだけ後退したものの、ダメージは僅かで体勢を崩すこともなかった。

 

 そうして受け止めた斧へ、横合いからエギルが走り込む。

 

「オラァ!」

 

 裂帛の声と共に青い光を引いて振りぬかれたエギルの戦斧は、ニコラスの手斧を大きく跳ね上げた。堪らずたたらを踏み、隙を晒す髭面のボス。

 

 明確に生まれた攻撃のチャンス。

 攻略の最前線で難敵と戦い続ける彼らが、それを見逃すはずもなかった。

 

「フルアタック一本!」

「行くぞお前ら!」

 

 右手からはキリト、アスナ、ケイタ、ダッカーの4人が。

 左手からはクライン率いる風林火山のアタッカー4人が。

 

 それぞれ持ちうる中でも強力なソードスキルを順番に叩き込む。一人の攻撃が入る毎にボスのHPがガリガリと削られ、ただでさえ青いニコラス爺さんの顔が真っ青になっていくようですらあった。

 

 そんな様子を少し離れた位置で眺めるのは、俺を含む攻撃要員の残り4人。

 

「やっぱ格下だとボスでも楽に戦えるナー」

「そうだな。変に事故ったりしなけりゃあこのままいけるだろ」

 

 アルゴの呟きへ呑気に答える。

 

 直前のシリアスな演出など不確定要素はあったものの、《背教者ニコラス》の強さは概ね予想通りだった。

 

 右手の斧による直接攻撃や衝撃波に加え、左手に抱えた大きな麻袋でも殴打を繰り出しては来るものの、どれもタンク役の防御を抜けるほどではない。

 エギルやテツオ、ササマルに風林火山から3人を加えた6人で問題なく受けきれる上、とある理由によりPOTローテを回す必要もない。

 

 攻撃に関しても順調そのものだ。四人一組のパーティーを3つ組み、うち2つが攻撃、1つが待機というローテーションで着実にダメージを稼ぐことができている。

 

 できれば全員で総攻撃を掛けたいところなんだが、でかいとは言っても人型で痩せぎすのニコラス爺さんへ12人が一斉に攻撃するのは難しい。

 なので待機中はさがって見てるしかないんだが、これはこれで楽できていいな。寧ろもうずっと休みでもいいんじゃないか。キリトもアスナも活き活きしてるし、交代する必要ないだろこれ。

 

 と、アルゴとの会話を耳聡く聞きつけた一名から冷たい眼差しが飛んでくる。

 

「そんなことを言って、危うく死にかけたのはどこの誰だったかしら」

 

 ダレノコトデスカネー。ハチマンワカンナイナ。

 

「まったく。あれだけ気を付けるよう言ったのに、案の定足を滑らせるのだから。キリトくんがカバーしてくれたからよかったようなものの……」

「be carefulよ、darling」

 

 二人掛かりで言われてはぐうの音も出ない。実際俺のミスだしな。お前らは保護者かと憎まれ口を叩きたいとこだが、余計な心配を掛けたことに関しては平謝りするしかない。

 

 仕方ないので顔を背けると、サチがくすくすと笑っているのが目に入った。そんなに滑稽でしたかそうですか。

 自虐的に口元を歪めていると、サチは笑いを苦笑いに変えて言った。

 

「ごめんね。けど、なんかおかしくて。いつも頼りになるハチが冗談みたいに転ぶんだもん。しかもユキノさんとアスナさんに脚を引っ張られて引き摺られて……ふふ」

「あーはいはい笑え笑え。自由に動けない分、好きなだけ笑っとけ」

 

 本人の希望もあるとはいえ、戦うのが苦手なサチにある意味一番危険な役目を負わせているわけだしな。

 

 そんな風に考えていると、サチはふっと口元を緩めた。

 

「ありがと。でもみんなの姿を見てるだけでも楽しいから。それにこうしてれば、私もちょっとは役に立ってるかなって思えるし」

「ちょっとなんてレベルの貢献度じゃないけどな」

 

 なんならこのレイドで一番の功労者と言ってもいい。

 

 今、サチは俺たち控えの攻撃メンバーよりも更に後ろに立ち、攻撃にも防御にも参加せず一人雪原に屹立している。

 とはいえ別に怖がって非難しているわけでも、ましてやサボっているわけでもない。

 

 表情は真剣そのもので、けれど過度な緊張はなく、泰然と戦場を見据えている。

 まっすぐ伸ばした両手で握るのは、石突きを雪に突き立てた槍の柄だ。穂先の形状はシンプルで、けれどその根元には華やかな意匠の旗が風になびいて揺れていた。

 

 そこはかとなく既視感のあるポーズだ。具体的には某サーヴァントの登場するゲームやアニメなんかで。そう思って見れば、服装や胸当ての形状もなんとなく似ているような……。タグ付けしなくて大丈夫かこれ。

 

 見た目の危うさはともかく、効果の方は破格の一言。なんせあの旗、レイドメンバー全員の能力を底上げする能力があるのだ。

 

 曰く、与ダメージと被ダメージをそれぞれ5%増減させ、一定時間毎に範囲内の全プレイヤーのHPを一定量回復するんだとか。タンク連中がポーションを必要としていなかったのはそれが理由だ。

 

 一方のデメリットとしては、ああやって旗を立てていないといけないこと、周囲20メートル以内にしか効果が及ばないこと。加えて範囲内に存在する敵mobのヘイト値を徐々に上げてしまう効果もあり、放っておくと四方から狙われてしまうという。

 

 とはいえ、それらを差し引いてもかなり有用な効力だ。

 聞けばこの旗槍は48層にある廃墟の砦で見つけたらしい。48層は主街区の《リンダース》からして欧州田舎風だったし、本当に元ネタの絡みで作られた武器かもしれない。

 もしかしたら製作陣に型月ファンがいるのかもな。だったら例の朱槍も出てくれないかねぇ。

 

 そんな超の付くレアアイテムと言えるあの旗槍。ただまあ、最前線で使うのは正直難しい。

 効果範囲の20メートルは強力なボスを相手にするには安全な距離とは言えないし、なにより旗持ちの一人はその間無防備になってしまうわけだからな。ヘイトを稼いじまう効果もあるし、危険な最前線ではデメリットが重すぎる。

 

 今回はボスのレベルが十分に低かったのと、ボスの攻撃手段がほとんど近接攻撃一本だったからこそ問題なしと判断されたわけだ。

 いざというときにはキリトが身を挺してでも守るつもりらしいしな。その台詞にアスナが笑みを引き攣らせていたのは見なかったことにしておく。

 

「なんにせよ、もし狙われるようならすぐ逃げろよ。ダメージ負ってまでバフ維持しなきゃならないほど切羽詰まった戦闘でもないんだ」

「うん。わかってる。心配してくれてありがとう」

 

 我ながらお節介な小言だという自覚があったものの、サチは気にした様子もなく素直に頷いた。

 

 ハァ。これだからこいつはまったく。そういう無邪気で純粋な笑顔がですね、多くの男子を惑わせることになるんですよ。中学生男子なら一撃だ。某K氏とかも被害に遭ってるわけだし。

 

「今がその戦闘中だということを忘れないでもらいたいわね、鼻の下伸び谷くん」

「いや忘れてないからね。というか語呂悪すぎでしょ。フルネームみたいになってるから」

 

 すかさず横から飛んできた言葉へ反射的に応えると、ユキノはフッと優しい笑みを浮かべた。おいやめろそんな目で見るんじゃない。

 

「これで今後は自己紹介に困らないわね。よかったじゃない。インパクトだけは絶大よ」

「それ以外が致命的過ぎるだろ……」

 

 相変わらずの舌鋒に思わずため息を漏らす。と、ユキノとの応酬を見ていたらしいサチ、パン、アルゴの3人が脇で何やら笑い合っていた。くすくすと、それはもう楽しそうに。

 

「……きみたち随分と楽しそうね」

「ふふ。そうかも」

「Yes. とっても楽しいよ、darling♪」

「ハー坊の周りはいつも面白いネタに事欠かないからナ」

 

 何がお気に召したのかはわからないが、3人ともがご機嫌でご満悦らしい。おいおい、そんな顔をされたら憎まれ口の一つも叩けないじゃねぇか。

 まあ、和気藹々としているところに水を差すのもどうかと思うし、深くは訊かないでおきますか。

 

 

 

 

 

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 ふと、俄かにボスの方が騒がしくなった。

 ワーワーと騒ぐ声が聞こえ、俺たちは揃って振り返る。

 

「ん? 何が……」

 

 俺はそこまで呟いて、けれど続く言葉は出てこなかった。

 開いた口が塞がらないとはこういう状況を言うのだろう。目の前に広がった光景にただただ目を見張るしかなかった。

 

「全員逃げろー!」

 

 切羽詰まったクラインの声。脱兎のごとく駆けるギルドマスターを追って6人の武者が続き、その後ろからはエギルとアスナ、そして黒猫団と最後尾にキリトの姿。そして――。

 

 《背教者ニコラス》と対峙していた14人の、その向こう側。

 そこには相変わらずの不協和音を叫ぶ変態髭オヤジが腕を滅茶苦茶に振り回していて。

 

 冗談みたいに大きな雪の壁――雪崩が濁流となって押し寄せてきていた。

 

 

 





以上、4話でした。



働きたくても働けない方も居られる中で、変わらず仕事を頂けていることをありがたいと思いつつも、それはそれとして働きたくないでござるとぼやく自堕落ですが、今後もエタらせることなく続けられたらと思います。

相も変わらずのマイペース更新が続くかと思いますが、今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。



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