やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

57 / 58

女性陣が張り切ってしまったせいで文字数嵩んでしまいました……。
そのお陰か、後半は糖分マシマシになってます。



また、今回は出張前に駆け込みで書いたので描写が足りない部分があるかもしれません。ご容赦ください。



というわけで第6話です。よろしくお願いします。








第六話:こうして、女だらけのお祝いが始まる(男もいるよ)

 

 

 

 

 

 

 槍を構える。《背教者ニコラス》を正面から見据えて、踏み込むタイミングを計る。

 半円状に取り囲んだ右側面からはキリトが斬り込んでいて、ニコラスの気が逸れた隙に左前のパンが後退している。

 次に打ち込むのは俺で、その後にユキノ、アスナと続く段取りだ。その後はまたパンに返り、キリト、俺、ユキノ、アスナと続けた後、またパンに戻り……と、その繰り返し。

 

 5人の中に爺さんの攻撃をガードしきれるタンクがいない以上、比較的安全に攻撃するにはスイッチは必須。でもって、5人もアタッカーがいるなら連続してスイッチし続ければいいじゃないと考え出されたのがこの陣形だ。

 さすがに最前線のボス相手にやるのは危険だが、紙耐久の俺でも2発は耐えられるニコラスの攻撃力なら万が一にも逃げられるからと実行に至った次第である。

 

 今の陣形は中心に《背教者ニコラス》を見据え、時計でいう0時の位置に俺、1時半にアスナ、3時にキリト、9時にユキノ、10時半にパンがいるといった配置。

 ニコラスの体格的に同じ方向から攻撃するのは難しいので、入れ替わり立ち代わり別の方向から攻め込んでるってわけだ。

 

「ハチ!」

「はいよ……っと!」

 

 ボスの目がキリトへ向いた瞬間、《チャージスラスト》を脛のあたりに打ち込む。続けて回し蹴り技の《水月》でもう一度脛にダメージを与えると、爺さんのHPがわずかに減少し、呻き声を上げながらこちらへ視線を向けてきた。

 普段なら《水月》の後にもう一度《槍》のソードスキルを使うか、そのまま《軽業》スキルで逃げるんだが、今はそのどちらも必要ない。

 

 視界右側、ニコラスから見れば左側面から、刀を構えたユキノが走り込んでくるのが見えた。彼女はそのまま間合いに進入し、待機させていたソードスキルを発動する。

 変則の縦斬り技《幻月》。予備動作の間に上段か下段のどちらかへ動きを変えることができる、対人戦にはもってこいのフェイント技だ。ニコラス爺さんを相手取っても腕を掻い潜るか、それとも飛び越えるかを柔軟に切り替えられる。

 

 果たして、ユキノは左腕を掻い潜り、膝から腰まで届く逆袈裟斬りを放った。一撃で俺の倍以上のダメージが入り、ニコラスは何度目とも知れない呻きを漏らす。

 

 ダメージが大きくなれば、それだけリアクションも大きくなる。よろめく爺さんの前から悠々と離脱して安全な距離まで退避した俺は、相変わらずの攻撃力に舌を巻いた。

 

「ほんと、デタラメな攻撃力だなあいつ。火力お化けのキリトと変わんねぇぞ」

「ユッキはほとんどの攻撃をcritical hitさせちゃうからねー」

 

 呟くと、少し離れた先でパンが苦笑いを浮かべた。

 戦闘中でちょいちょい呻きが聞こえてくるとはいえ、基本的には静かな雪原だ。3メートルほどの距離じゃあ小さな声も耳に届くのだろう。

 

「ワタシ、今のユッキには勝てないなー」

「俺だって勝てねぇよ。というか、あいつとまともに戦えるやつなんてほとんどいないだろ。キリトを含めても数人じゃねぇの」

 

 片や鋭い観察眼で攻撃を見切り、小さな隙にクリティカルを刺し込むユキノ。

 片や驚異的な反射神経で攻撃をいなし、重たい攻撃を次々に叩き込むキリト。

 

 瞬間火力ではユキノに、DPSではキリトに軍配が上がるだろう。そうしたスタイルの違いはあるが、いずれも攻撃力の高いダメージディーラーだ。短期決戦となるのが大半の対人戦に強いのは間違いない。まあ、ごく一部例外はいるが。

 

 「I think so too!」と応えたパンはそのまま駆け出し、拳での2連撃に加えて前方宙返りからの踵落とし、最後に落下を利用しての叩きつけをニコラスの膝へ浴びせた。

 

 うんうん、そうは言うけど、きみも負けてないからね。

 今の、《ナックル》と《体術》、でもってもう一度《ナックル》を繋げてるんだよなぁ。途中まったく硬直した様子がないとか、どんだけスキル繋げるの上手いんだよ。毎度毎度神経使ってる俺とは大違いじゃねぇか。

 

「何度見てもすごい連携よね。あれでずっと最前線から離れてたんだから、私、自信失くしちゃいそう」

 

 交代で戻ってきたアスナがしみじみと呟く。表情には呆れが、口元には苦笑いが浮かんでいて、言葉通り複雑な心境なのだろう。

 

 けれど一つ言わせてもらいたい。

 

「いや、お前も大概だからな。なんだよアレ。その剣、分身でもしてるの?」

「分身? するわけないでしょ」

 

 いやわかってるよそんなの比喩に決まってるだろ。だからそんな汚物を見る目で「何言ってるんだコイツ」って顔するのはやめてもらえませんかね。うっかり死にたくなっちゃうんで。

 

 当然、剣が分身するわけがない。ただそう見えるくらいに速くて、速すぎて、剣筋を目で追うことができなかっただけだ。

 それでもダメージエフェクトは認識できるため、ほとんど同時に複数個所で発生するそれから『見えない剣が何本も爺さんのふくらはぎを貫いた』ように見えたってわけ。

 

 改めてこの面子の異常さを身に染みて感じる。

 キリトのやつは言わずもがなの火力お化けで、ユキノはクリティカル製造機、消える魔剣のアスナに、パンは非常識が服着て歩いてるようなもんだ。

 こいつらに比べれば俺なんてただ足が速いだけのマイナー。影の薄さは《ステルスヒッキー》の名を欲しいままにしているし、なんなら埋もれて気付かれないまである。

 

 まったく、第1層のときからじゃ考えられないな。強くなるだろうと予想はしてたが、こんな怪物揃いにまでなるなんて誰が思うかよ。

 

「ほんと、頼もしいことで」

 

 独り言ちて、槍を構える。

 今はキリトが斬り込んだところで、次は俺が攻撃する番だ。

 

 せめて足手まといにならないくらいには働かないとな。

 使い慣れた突進技で一撃を入れつつ、さっきまでよりは少しだけ気合を入れて攻撃を繋げていく。《槍》から《体術》へ、追加でもう一つ《槍》を突き入れたところでユキノの一撃が決まった。

 

 交代して退がる。

《背教者ニコラス》のHPを見ると、ちょうど減少が止まり赤く染まったところだった。

 

 あと少し――。

 そう思った瞬間、ニコラスが動いた。

 

 右手の斧を振りかぶり、刃先が頭の後ろにきたところで止まる。ぐっと力を溜めるような間があり、やがて両の赤い目がこちらを捉えた。

 

 アレはヤバい。

 そう直感した瞬間、雪を蹴って思いっきり横へ跳んだ。

 

 寸での所で斧がブーツを掠め、粉塵を巻き上げて背後の雪原へ突き刺さった。危うく大ダメージを受けていたところだ。間抜けな顔して偶に本気で危ない攻撃してくるのやめてくれませんかね。

 

 斧を投げ捨てたニコラス爺さんはその後、徐に腰を落とすと左手に持っていた麻袋を物色し始めた。明らかに隙だらけなんだが、あれ多分攻撃しても無駄だよな。

 

 試しにナイフを投げてみるも、紫色の障壁に阻まれてしまう。

 案の定、システムで守られていて攻撃が通らないらしい。

 

 まあ驚くほどのことでもない。以前からこうした挙動のボスはちょいちょい居たし、タイミング的にもHPが赤く染まったから何かしらあるかもとは思っていた。

 

 爺さんは袋からよく分からないモノを取り出しては矯めつ眇めつ眺め、首を捻っては捨てるという行動を繰り返している。この時間、特に何かあるわけでもなさそうだ。

 

「とりあえず小休止ということかしら」

「かもな。オッサンはあの調子でゴソゴソやってるし、ダメージが入る様子もない。態勢を立て直す時間を与えるっていう製作者の配慮かもな」

「いまいち信用できないんだけど、ダメージが入らないんじゃしょうがないわね」

 

 不満げなアスナに苦笑いを浮かべるキリト。

 ふと、そのキリトがアスナの背後に視線を送り、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「けど、お陰でこっちも戦力が整った」

 

 釣られて振り返り、どうにか間に合ったかと胸を撫で下ろした。

 

「悪ぃな。待たせちまった」

「しゃあ! この借りは万倍にして返してやるぜ」

「遅れてごめん。加勢する」

 

 エギル、クライン、ケイタの3人だ。続けて風林火山の連中や黒猫団の面々も並び立つ。

 最後にヤレヤレと首を振るアルゴと、旗を持ったサチが駆けてくる。

 

「みんな大丈夫だよね。間に合ったよね」

 

 不安を湛えた表情で駆け寄ってくるサチを見て、思わず笑みが浮かんだ。

 あれだけ大丈夫だと言ったのに、ほんと心配性だな。

 

「問題ねえよ。というわけで、例のバフ掛け頼むわ」

「うん……! 任せて」

 

 サチは大きく頷くと旗を掲げ、それから地面に突き立てた。

 石突きから波紋が広がっていき、足下を抜けたプレイヤーの身体がぼんやりと光る。同時に視界左上、HPバーの上に旗のマークのアイコンが表示された。

 

 これで攻防がより有利になるし、HPも勝手に回復する。至れり尽くせりだな。

 

 さてと一つ息を吐いて振り返る。と、ユキノたち4人が驚いたような表情でこちらを見ていた。いったいなんなのよ、きみたち。

 

 訳がわからないので睨み返してやると、それで我に返ったのか全員がぱちくりるんと瞬きをする。

 それからアスナはジト目を、ユキノは極寒の眼差しを、パンは苦笑いを返してきて、唯一キリトは穏やかな笑みを浮かべて頷いていた。なにこれ。

 

「よし、じゃあ全員揃ったことだし、ラストスパート、やってやろうぜ!」

 

 何やら得心顔で張り上げたキリトの号令へ、一同は銘々に応える。

 そして『いざボス討伐へ!』とばかりに振り返り――。

 

 目を丸くして息を呑んだ。

 

「えっと……何あれ」

「ベル、だよな。多分。音鳴ってるし」

「…………ほんと何なのこのボス」

 

 何なんだろうね。製作者の悪ふざけかな。あるいは頭のネジが何本かぶっ飛んでる。

 

 爺さんが右手に掴んでいたのは金色に輝くベルだった。

 ご丁寧にリースやらで飾りつけられた華やかなやつで、ニコラスは目玉をギョロギョロさせながらベルをかき鳴らしていた。

 

 シュールすぎてどう反応していいかわからない。爆笑してる若干名を除いた全員が微妙な表情を浮かべている。直前まで満ちていたやる気が急速に萎んでいくのがわかった。

 

 いや、確かにサンタとかクリスマスとかのイメージには合ってるが、だとしてもここまで来てそれを出してくるか。さっきまで斧振り回してたんだぞあいつ。

 

「……あー、気を取り直して、ラストスパート、頑張ろうぜ」

 

 微妙な雰囲気をとりなすようなキリトの言葉に、それぞれが武器を構え直す。

 

 そうして始まった最後の攻防は、戦闘というより八つ当たりに近いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって、第50層主街区《アルゲード》の黒猫団ホーム。

 

 無事《背教者ニコラス》を討伐した俺たち一行は勝利の余韻に浸る間もなく、他のギルドの偵察員に見つかる前にと転移結晶で《アルゲード》まで戻ってきた。

 すでに深夜1時を回っていたものの、予定通り打ち上げ兼パーティーをしようと《月夜の黒猫団》のギルドホームに集まったところだ。

 

 一同が装備をストレージに収め身軽な格好になったところで、幹事役のエギルが前に出てバリトンボイスを張り上げる。

 

「全員グラスは持ったな。それじゃあ、イベントボス討伐お疲れ&――」

 

「「「「「メリークリスマス!」」」」」

 

 唱和された祝詞と共にグラスが合わされる。

 途端にワイワイガヤガヤと喋り始める面々。隣近所との談笑は盛んで、つい先刻まで《背教者ニコラス》と戦っていたこともあり話題には事欠かないようだ。

 

「Merry Christmas, Darling, Yukki!」

「おう」

「メリークリスマス」

 

 パンとユキノとグラスを合わせ、スパークリングワイン(風味の炭酸水)を口に運ぶ。瞬間、ブドウの渋みと仄かな甘味、そして強めの炭酸が疲れた身体に染みわたった。

 

「お、けっこういけるな、これ」

「ええ。後味もさっぱりしていて、とても美味しい」

「ンー! It’s tasty!」

 

 ユキノは頷き、パンも頬に手を当ててため息を漏らす。以前パンに連れられて行ったバーで飲んだウィスキーもどきは辛すぎてダメだったが、これなら美味いと思えた。

 

「これ、どこで手に入るのかしら」

「エギルが持ってきたモノだからな。あとで訊いてみればいいんじゃないか」

 

 各テーブルに2,3本ずつ並んでいるワインはエギルが仕入れてきたものだ。手に入れるまでそれなりに苦労したとか言ってたが、今回は折角のパーティーということで差し入れに持ってきたんだと。

 

 そんなこんなで3人揃ってワインに舌鼓を打つ。

 パンからのちょっかいに耐え、ユキノとは言葉遊びを繰り広げ、時折飛んでくるやっかみを受け流す。合間に料理とワインを味わって、クリスマスの宴会は進んだ。

 

 そうして1時間ほどが経った頃。

 

「そうそう、ちょっとDarlingに相談なんだけどねー」

 

 ふと、囁くような声でそう言って、パンがストレージから何かを取り出した。あまり見られたくないものらしく、膝の上に直接ブツを置かれる。

 

「これ、checkしてくれる?」

 

 どうやらユキノは聞こえないふりをしてくれるらしい。一瞬だけ視線を送ってきた後、グラスにワインを注いでそちらへ集中し始めた。

 

「はいよ。というか、ストレージは共有されてんだから出さないでもよかったんじゃね」

 

 言いつつ、渡されたモノを見てみる。

 薄青い玉石を金属の枠が囲んだ見た目の小さな宝石系アイテムだ。名称は《環魂(かんこん)聖晶石(せいしょうせき)》。それで、効果は――。

 

「っ……」

 

 アイテムの説明欄を読んだ俺は言葉を失った。

 パンも珍しく神妙な顔でこちらの反応を窺っている。

 

 そこにはこう書かれていた。

 

【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して《蘇生:プレイヤー名》と発声することで、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ十秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させることができる】

 

「……噂は本当だったのか」

 

 《背教者ニコラス》の出現が囁かれ始めたとき、同時に流れ始めた噂があった。

 曰く、『ニコラスの大袋の中には、命尽きた者の魂を呼び戻す神器さえもが隠されている』と。

 ガセネタだと思い信じてはいなかったが、実物を前にしてはそうも言ってられない。

 

「Darlingはどう思う?」

 

 具体的な部分を一切伏せられた問いに、腕を組んで考える。

 

 蘇生アイテム。

 通常、RPGにおいては割と一般的な存在であるアイテムだが、このSAOにおいてはその希少価値も貴重さも段違いだ。

 理由は言うまでもない。制限時間こそ設けられちゃいるが、それで人一人の命が救えるとなればどんなレアアイテムよりも貴重な代物だ。

 

「少なくとも吹聴して回るものじゃない。攻略を仕切るやつらの中で信頼できるやつに渡すかそれとも…………いや、だめだ」

 

 真っ先に思いついたことを口にして、けれどすぐに取り消す。

 理由は単純。使える状況がほとんどないからだ。

 

 仮にこいつをリンドやヒースクリフあたりに預けたとする。

 

 フロアボス戦においてHPを全損するやつがでて、これを使わなくちゃならない事態になった場合、果たしてすんなり蘇生させられるだろうか。

 

 ボスの目の前で戦っていたパーティーの誰かがやられたとして、リーダーが即座にこのアイテムを使うことができるだろうか。

 

 HPを失い、ゲージの消えたプレイヤーの名前を即座に発声することができるだろうか。

 

 簡単だとは思えない。寧ろ限りなく不可能に近いだろう。

 

 誰がやられたのかを即座に把握し、ストレージ内に数多あるアイテムの中から《環魂の聖晶石》を見つけて取り出し、間違えることなく名前を発声する。

 余裕を持ってそんな作業ができるほど十秒という時間は長くない。ましてや焦りのある中でメニューを正確に操作するなんてのは無謀だ。

 

 そうしてミスを犯した場合どうなる。

 

 助かると思った命を助けられなかった。それは単純に死ぬことよりも大きな衝撃として残るだろう。

 同じパーティーの人間、同じギルドの人間がその時のリーダーを責めない保障はない。

 

 このアイテムを使える状況は、予め使う状況を想定していないと起こり得ないものだ。

 

 名前をよく知る人物が死ぬかもしれない。

 そんな最悪の状況を想定し、いざという時のためにポーチへ仕込んでおく。その上でアイテムの存在自体は誰にも悟らせない。

 

 それぐらい条件を整えない限り、この蘇生アイテムを利用することはできないだろう。

 正直そんな想定をするぐらいならまず死なない方法を考えた方がよほど建設的だ。

 

「これは隠しておくべきだ。少なくとも公にすべきじゃない。持ってるってことが知られるだけでデメリットが多すぎる上に、こいつ目的で狙われてもおかしくない」

「I’m with you. うーん、でも、だったらどうしようかな」

 

 パンはそう言って、いつになく真剣な表情で考え込む。

 テーブルの下で宝石を握り、反対の手を口元に添えて。じっと机上のグラスを見つめていて、答えを出すまでそのままなんじゃないかと思ってしまう様相だった。

 

 初めて見る表情だなと、そう思った。

 同時に、このまま放っておけばいずれ誰かに気付かれるだろうとも思った。

 

「まあ、そんな難しく考える必要ないだろ。いざって時の保険が手元にあると思えばいい。でもっていつか俺がやらかしたときにでも使ってくれ」

「Darlingにもしものことがあったときに……」

 

 茶化すように言ったことにパンはなにやら思案すると、俺の肩越しにユキノを見てぼそりと呟いた。

 

「んー、じゃあこれはユッキに渡して――」

「嫌よ。お断りするわ」

 

 どういうつもりかはわからないが、パンはユキノに蘇生アイテムを渡そうとしてすぐに拒否された。

 ところでユキノさんは聞いてないふりしてやっぱり聞いてたんですね。顔もほんのり茹ってるし、あれもう酔いかけだろ。

 

「大体、この男の妻は貴女でしょう。なら彼のフォローは貴女の役目よ。それにあなた達のストレージは共有されているのだし、どちらもが使うことのできる状況にしておけば、いざという時のチャンスは増えるでしょう」

 

 色々と理由を並べて、理由を付けて、結局ユキノがそれを受け取ることはなかった。

 

 2人は俺を挟んでまま無言で視線を交わし始める。そこにどんな意図があるのかは知らないが、せめて人を間に入れてやるのはやめてくれませんかねぇ。

 

 やがて納得したのか、パンが小さく頷いて立ち上がった。

 

「うん。わかった。Thank you so much, Yukki!」

「……近い」

 

 そのままユキノの隣へ回り込み、ぴったりと寄り添うように座る。腕を取り、スリスリと肩に顔を寄せる姿はまるで親猫にじゃれつく子猫のようだ。

 ユキノも口では弱々しく文句を吐きながらも、頬を染めてされるがままになっている辺り本気で嫌がってるわけではないのだろう。

 

 突然の百合の波動に中てられて顔を逸らす。

 すると視線の先にも何やらくっついている2人がいた。

 

「――私は、ずっとキリトくんと一緒に攻略できるって思ってたのに。どうして何も言わずギルドに入っちゃったのよ」

「それについてはほんとごめんって。話が弾んだ拍子にOKしちゃったから……」

「その後もずーっとほったらかしだし、ちょっと前まで避けられてたし」

「ほったらかしって、そんなつもりはなくてだな。ただその、黒猫団の方に力を入れてたのと、副団長になったアスナに気安く接していいのか迷ったというか」

 

 なんだよこっちはただイチャイチャしてるだけじゃねえか。

 というかアスナも顔が赤くなってるし、あいつも酔ってるんじゃないだろうな。

 

「…………じゃあなんで今日は助けてくれたの。ギルドの人もいたのに」

「それはその……なんとなく、身体が動いたというか……」

「ふーん、なんとなくなんだ。なんとなくで私のこと抱きしめたんだー」

「ちょっ、アスナ、それは黙っとていてくれって――」

 

 ほーん。なるほどね。あの雪崩のときそんなことがあったわけだ。それでアスナは恥じらっていたわけですか。けど、そんなに騒いでたらそのうち――。

 

「よおキリト、随分楽しそうな話だな。オレもちょいと混ぜてくれよ」

「オイラも聞きたいナー。キー坊がアーちゃんを抱きしめてた件につ・い・て」

 

 案の定、キリトとアスナの会話を聞きつけたクラインとアルゴに絡まれていた。

 クラインの目は嫉妬の炎に燃えていて、アルゴは完全にネタを仕入れにいく顔だ。さて、キリトのあの情報にはいくらの値がつくことやら。

 

 なんて傍観者面で面白がっているときだった。

 

「だーれだ」

 

 そんな言葉と共に視界が塞がれた。

 同時に頭をグッと掴まれ、背中に温かい感触が触れる。

 聞き覚えのある声。普段よりも上機嫌で、けれど少し幼い印象のする声。

 

「……あのー、サチさん? なんのつもりなんですかねぇ」

「ふーんだ。乾杯しに来てくれないハチなんて知ーらない」

 

 頭が解放され、振り向いたそこではサチが頬を膨らませていた。

 頬は赤く染まり、目元も何やら熱っぽい感じがする。覚えのあり過ぎる表情に、思わず口元が引き攣る。

 

「お前も酔ってるのか?」

 

 ユキノにしろアスナにしろサチにしろ、ちょっと酔い過ぎじゃない? 大丈夫? いくらクリスマスだからって、本当にアルコール摂ってるわけじゃないんだぞ。

 

「酔ってなんかないよぉ。アインクラッドでは酔わないもーん」

 

 それ、酔っぱらいのセリフだから。言い逃れできないから。

 

「あ、それワタシの持ってきたアイニッシュだ」

 

 ふと、横から覗いてきたパンがサチのグラスを見て中身を言い当てた。というか原因お前かよ。

 

 パンの言葉通りなら、サチの持っているグラスの中身はあのウィスキーの味がするやつだ。

 ユキノという前例があるわけだし、サチが二の舞になっても不思議ではないかもしれない。まあ実際にアルコールが脳に作用しているわけではないが。

 

 サチは先刻までパンが座っていた位置に腰を落とすと、そっと窺うように訊ねてきた。

 

「ねえハチ、今日の戦い、私、役に立てたかな」

 

 おずおずと、上目遣いで訊ねてくるサチ。

 これをアルゴあたりがやってきたら「あざとい」の一言で誤魔化せるんだが、サチの場合天然でやってるようなので破壊力が凄かった。

 

「役に立つも何も、殊勲賞貰ってもいいくらいの貢献度だぞ」

「ほんと? じゃあ私、ハチからご褒美が欲しいな」

 

 任せんしゃい。おいちゃん何でも()うちゃる。

 

「あんま高いもんじゃなければ何でもいいぞ」

「そうじゃなくて、もっと違うのが欲しいの。だから、はい」

「…………はい?」

 

 頬を膨らませたサチは、唐突に頭を寄せてきた。

 いや、急に頭向けられても何がしたいのかわかんねえよ。

 

「もう、なにしてるの。妹さんで慣れてるんでしょ」

 

 そう言われて思い当たる。

 思い当たるが、すんなり応えられるかどうかは別の話だ。

 

「あ、ああ。いや、確かに妹相手は慣れてるけどな」

 

 とは言うものの、戸惑いが大きい。

 兄が妹の頭を撫でるという行為は兄妹だから許されるのであって、赤の他人にそれを実行した場合は犯罪にすらなりかねない。

 アインクラッドでもセクハラは一発退場の要件であり、触られた側の処置があれば即座に黒鉄宮行きだ。

 

「早くー」

 

 しかしサチは引かず、頭をずいずいと押しつけてくる。

 これ、やんなきゃ永遠に終わらないかもしれないなぁ。

 

「わかったわかった。まったく……ほらよ、これでいいか」

「ん……。うん。ありがとー」

 

 根負けしてサチの髪を撫でると、彼女は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。

 ニコニコと笑い、それから何か思いついたかのように立ち上がる。

 

「そうだ。せっかくパーティーなんだし、歌でも歌っちゃおうかな。私、ちょっと歌得意なんだよ。んー、そうだなぁ。じゃあクリスマスだし、あれにしようっと」

 

 そう言うや否や、サチはとててて、とダイニングの端に駆けていった。

 

「はーい。1番手、歌いまーす!」

 

 サチが歌い始めると、周囲の連中も何だ何だと顔を向け、誰もが知っている歌だと判り盛り上がる。

 

 身体を左右に傾けながら歌うサチ。

 やいのやいのと盛り上げる黒猫団のケイタたち。

 肩を組み、同じように身体を揺らして唱和する風林火山の野郎連中。

 アルゴとエギルも笑顔でグラスを掲げ、キリトもアスナに体重を預けられながら笑顔を浮かべている。

 

 どいつもこいつも少なからず雰囲気に酔っていたのか、最後には大合唱になった。

 子供向けの歌を大の大人が合唱する光景には、何やってんだかと思ってしまう。

 

 そうして歌う連中を見ていると、隣からクスクス笑う声が聞こえた。

 見るとユキノが口元を抑えて笑っている。こいつがこれほど表情を崩して笑うなんて珍しいな。

 

 するとユキノは「珍しいのはあなたの方よ」と応えた。

 

「あなたでも、そんな風に笑うことがあるのね」

 

 言われて気付く。

 いつの間にか、本当に気付かぬうちに、俺は笑っていたらしい。

 

「Darlingのそういう笑顔、初めて見たなー。すごくドキドキしちゃった♡」

 

 そう言って見上げてくるパンに、思わず身体が熱くなった。

 いつか見た、花の咲くような笑顔。普段見せる人当りの良い笑みではなく、偶に見るあの笑顔だ。

 

 世の男子を悶え死にさせるような破壊力に耐えかねて顔を逸らす。

 しかし、逸らした先にはユキノの笑みがあった。

 

 こちらもこちらでいつになく穏やかで、春の風を思わせるような暖かい微笑みだった。優しく細められた目に常の鋭さはなく、揶揄うような雰囲気でもない。

 

 いつにない調子の2人と並んで、そっとグラスを口へ運ぶ。

 ワインの渋みが口に広がり、けれど後を引くように甘さが喉を抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 アインクラッドで二度目のクリスマスを祝う夜は、賑やかに更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







以上、6話でした。



前書きでも申し上げた通り、出張が来てしまいましたので一月ほど更新できなくなります。
戻り次第再開しますので、今後ともよろしくお付き合いください。
それでは!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。