やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
出張から戻り、色々と忙しくしている間に2か月も掛かってしまいました。スミマセン。
第7話です。よろしくお願いします。
本来なら大掃除やら初詣やら親戚を巡っての
物はチェストとストレージに投げ込めば散らかりようがなく、神社も寺もないので詣でようがない。もしかしたら茅場からお年玉アイテムなんかが送られてこないかとほんのひと匙程度の期待はあったが当然何事もなし。
正月なんて関係ない攻略を進めようとワーカホリック(紅白の女騎士)が意気込むような騒ぎもあったが、日本人らしく正月くらいは休もうと有志代表(黒猫印の剣士)に宥められ、結果《ギルド連合》は束の間の小休止と相成った。
年中無休の攻略班にあって滅多にない休みだ。だらだらまったりとした日々を過ごせるかつてないチャンスだし、むしろ休暇なんだからしっかりがっつり休むべき。
そう決意した俺は「三が日は一歩も外に出ない」と堂々宣言し、拠点としていた宿での引きこもり作戦を決行。数多の妨害が予想される中、聖戦へと果敢に立ち向かった。
しかし、結果は惨敗。寧ろ屋内にいた時間の方が短い始末。
下手人は当然パン。次点でユキノ。第三位にはアルゴがランクイン。
なんなら始まる前から敗色濃厚で、元日どころか大晦日の夜からパンに連れ出されユキノと3人で19層の山頂で初日の出を拝まされた。
それを皮切りに挨拶回りやら買い物やら情報収集やらに駆り出され、気付いたときにはもう3日の夜だった。情報収集に関してはすでに仕事だし結局働いてんじゃねぇか。
そんなこんなありつつクリスマスに続いて攻略を小休止(休みとは言ってない)した《ギルド連合》であったが、三が日を過ぎるとまた普段の忙しなさを取り戻した。
難航の続く50層攻略へ向け、いよいよ本腰を入れて動き始めたのだ。
フロア中央に主街区《アルゲード》を据えた第50層は東西南北の四方に特徴的な地形を備えている。東に森、西に峡谷、南に山岳、北に湿地といった具合だ。
それぞれ全く違う地形と気候であり、対応した装備を整えるだけでも数日を要する面倒極まりない造形と言える。
また、各方面にはフィールドボスが配置されているらしいことがNPCの口から明かされている。
どうやら中国神話の四神を基にしているらしい。《アルゲード》も中国っぽい雰囲気であることを考えると、それが50層のテーマということなのかもしれない。
一方で、迷宮区の塔に関しては50層到達から少なくない日数が経過した今でも見つかっていない。
無論引き続き捜索は行われているが、四神が潜んでいるらしいダンジョンを除いたほとんどのエリアは踏破され、にもかかわらず迷宮区に関する情報は皆無だ。
こうなってくると、いよいよ各地のフィールドボスを倒さないことには情報が得られないのだと嫌でも想像がつく。
東西南北それぞれには大樹やら遺跡やら火山やら地底湖やらのダンジョンが配置されていて、どこにどんなボスがいるのかを教えてくれるNPCもいるわけだし。
休暇が明けて以降、攻略班は四方のどこから攻略すべきかを議論し、結果としてまずは西に進路を取ることとなった。
《アルゲード》の西に広がるのは所々に下草の生えた平野とあぜ道。平野は見通しがよく足下もしっかりしていて、なにより広くて大人数で歩くことができる。
これが現実なら日差しや水源の無さが問題になったかもしれないが、暑さも気にならなければ水分も大量に持ち歩けるSAOでは関係ない。
昨日偵察した感じでは道中のmobも大したことなかった。多少素早いやつが多いが、攻略班のレベルなら問題なく対処できるだろう。ボスの白虎に関してはちょっかい掛けるだけでもヤバそうな雰囲気だったんでノータッチ。
事前情報をまとめ、先行偵察も終え、満を持してのフルレイドで挑む今日。
集合時間30分前を迎えた現在、俺たちはというと――。
「ん。旨いな」
「そうね。コーヒーはあまり飲まないのだけれど、これはとても美味しい」
「ハァ。落ち着くなー」
三人揃ってカップ片手に息を吐いていた。普段は紅茶党のユキノも含め、中身は全員コーヒーだ。
試飲を頼まれたので素直に一口頂いたのだが、想像以上の味わいに美味い美味いとあっという間に飲み干してしまった。あ、すいませんもう一杯貰えます?
言ってカップを差し出すと、バリスタが直々に御代わりを注いでくれた。
「そう言ってもらえてよかった。実は練習し過ぎて味がわからなくなっちゃって」
ユキノやパンにも好評なこのコーヒーを淹れたのはサチだ。彼女はほっとしたように胸を撫で下ろしてはにかみ笑いを浮かべた。
ということで、場所は黒猫団ホーム一階のダイニングスペース。
転移門広場での集合前に本日のパーティーメンバーと合流すべく顔を出した俺たちは、ちょうどキッチンにいたサチに出迎えられ、ついでにと新作コーヒーの試飲を頼まれたという次第だ。
それにしても、ここでこうして一服するのも随分と馴染んできた気がする。
サチのやつ、ここへ来る度にコーヒーやらお菓子やらを振る舞ってくれちゃうんだもんなぁ。餌付けされてる気分だ。悪くない。
そして毎度ご馳走になるこのコーヒーだが、クリスマスの時よりもさらに味が良くなっている。
この短期間で改良を加えたとなると余程練習したのだろう。飲み過ぎて味がわからなくなったというのも納得だ。
そもそもSAOにおいてコーヒー作りというのはかなり難しい。
ここ最近はプレイヤーメイドの品やNPCレストランなんかでも飲めるようになってきたが、まだまだ味に関してはいまいちな物が大半だ。
仕方ないことではある。なにせここは現実とは違う仮想世界なのだ。
SAOにおける《料理》は味の調整が難しく、また材料となる素材も現実には無いものばかり。それぞれの素材が味に与える影響も複雑で、《料理》スキルで創作をする連中はこれらの素材を試行錯誤して組み合わせている。
以前《アルゲード》の一角でラーメン屋らしきNPCの店を見つけたんだが、いかんせん醤油の味がしないせいでどうにも納得いかない出来だった。
後で醤油に相当する調味料はないのかユキノに訊ねたところ、近いものはできつつあるが完成はしていないらしい。《料理》の熟練度800越えのユキノですら作れないとか、醤油作るのどれだけ難しいんだよ。
醤油の話はさておくとして。
リアルでも愛好家が多いコーヒーは《料理》スキル持ちによる試作が続けられていたこともあり、現在では基本となる素材やレシピが公開されている。
とはいえ、それで出来るのはインスタントのような素朴な味のもので、自称バリスタの連中は更なるアレンジを加えてより良い一杯を淹れることにご執心なんだとか。
そんな各人のこだわりが強く表れるのがコーヒーという嗜好品だ。
かくいう俺もリアルでは(MAX)コーヒーソムリエを自任してきた身だ。この一年ちょっとの間も安いものから高価なものまでそれなりに口にしてきた。中には一杯で一日の食費より高いものもあったが、苦みが強かったので好みではない。
そんな風に数多くのコーヒーを口にしてきた俺だが、今飲んでいるこれが一番美味しく感じられた。程よい酸味と苦みのどこか優しい味のする一杯。
もう一口飲んで、温かな味わいが染みわたるのを感じながら呟く。
「あとはマッ缶が飲めたら最高なんだけどなぁ」
「マッ缶……?」
おや、マッ缶をご存じない。では不肖この比企谷八幡がマッ缶のなんたるかをじっくりとお教えして――。
「MAXコーヒー。ミルクの代わりに練乳を使った一部地域では有名な缶コーヒーよ」
仰々しく構えている間にユキノが淡々と答えてしまった。出鼻を挫かれた腹いせに睨んでみるもすまし顔に些かの揺らぎはない。
そうしている内に、今度は隣から呆れたような声が漏れた。
「ワタシも飲んだことあるけど、あれはコーヒーの甘さじゃないような……」
「バッカお前あの脳みそ蕩けるぐらいの甘さがいいんだよ」
得てして人生は苦いものだ。ならコーヒーくらいは甘くていい。狂おしいほどに甘いMAXコーヒーを飲んで世界中の人間が脳みそ蕩けさせてしまえば争いなんてものはこの世からなくなるだろう。つまりマッ缶は世界を救うのだ。まーたこの世の真理にたどり着いてしまったかー。
「……? よくわからないけど、ハチはそのMAXコーヒーが好きなんだね。んー、再現とかできたらいいんだけど」
「マジか頼むお願いしますぜひ作ってください」
「あ、はは……。すごい圧力」
思わず前のめりになって迫ると、サチは苦笑いを浮かべて後退った。どう見てもドン引きですありがとうございました。
「ハァ。その男の言うことは気にしなくていいわ。需要もないから労力に見合わないし」
「うんうん。それに今のDarlingはとってもsweetな毎日を送っているんだから、甘―いコーヒーは必要ないんじゃないかな♡」
ユキノが向かいでため息を吐き、隣のパンはしたり顔で腕を取って抱き締めてくる。右腕に柔らかいものが押し当てられているのも意図的な行動だろう。途端に冷たくなる視線が鳩尾の辺りへ突き刺さる。
なるほど。確かにこれ以上糖分を求めるのはよくないな。なんか胸やけしそうだし、なにより心臓によくない。
冷温それぞれの視線から逃れるようにカップを口元へ。若干温くなったコーヒーでゆっくりと喉を潤す。程よい苦みも時には必要なのだなとしみじみ思いましたまる。
その後、準備を終えてダイニングへ降りて来たキリト、ケイタと合流した俺たちは、サチへコーヒーの礼を言って黒猫団のホームを出た。
アルゲードの入り組んだ街中を、世間話を交えて歩いていく。
穏やかな雰囲気なのは大いに歓迎。だが同時に一つの疑問が浮かんだ。
「というか、なんでわざわざ集合前に合流したんだ。圏外へ出るわけでもなし、直接集合場所に集まってもよかっただろ」
今朝の時点では何かしらの理由があって呼びだされたのだと思っていた。
宿を早めに出て黒猫団のホームを訪れたのも、ギリギリに行ったんじゃ話もできないと思ったからだ。
けれど蓋を開けてみれば、キリトもケイタも特に何か話があるわけでもなく、寄り道をするでもなく、まっすぐ目的地へと向かっている。これなら個々に行っても違いはなかったはずだ。
振り返ったキリトはなんだか恥ずかし気に頬を掻き、ぽつりと答えた。
「
思わず閉口してしまった。軽口も相槌も口にできず、ただまじまじと苦笑いを浮かべる少年を見ることしかできない。
理屈に合わないとは思う。意味もなければメリットもない。
そのくせリスクだけはあるのだから諫言したくなるほどだ。
けれど理由としてそれを考えたとき、諫めることはできなかった。
そうしたいと、そうあって欲しいと願い、行動した誰かを知っているから。
「――いいえ。十分に納得できる回答よ。ありがとう」
言葉に詰まった俺に代わって、ユキノが柔らかく微笑んだ。
なんとも言えない雰囲気が流れる。
むず痒く、震えるようで、それでいて温かい。
満足げに頷いたキリトから目を逸らすと、ユキノのしたり顔が目に入った。いつになく口元を緩めていて眼差しは穏やか。慣れない表情に鳩尾のあたりが悶える。
かと思えば今度は左手を握られて、見ればいつもより若干遠いパンの姿。普段はべったりなこいつのいじらしい様子がむしろ普段以上に握った手の熱さを意識させてくる。
キリトとケイタは生暖かくも柔らかな笑みを浮かべていて、ツイと睨んでみればサムズアップまでされる始末。
思わずため息が漏れる。
けれど吐いた息は存外軽く、繰り出す足も重くはない。
アルゲードの石畳を歩く十数分は、そんな感じで過ぎていった。
× × ×
集合場所である転移門広場には5分前に到着した。
すでに参加者の大半が集まっているようで、特徴的な色合いのグループがそこかしこで談笑している。が、俺たちの姿を目にした瞬間、表情も雰囲気もガラッと変わった。
とりあえず、向けられる視線はすべて無視する。
様々な感情の込められたそれはマイナーとして一年を過ごした俺にとって慣れきったものだし、理由も心情も理解しているから疑問に思うこともない。
ユキノも特に気にした様子はない。SAOを始める前から視線には晒され慣れている上、あの性格だ。仮に何かを言われたとしても正論で言い負かしてしまう気がする。
パンもどこ吹く風といった表情で歩いている。モデルにスカウトされた経験もあると言っていたくらいだし、いちいち視線に気を留めることはないのだろう。
一方で、キリトとケイタへ向く目がほとんどないのは幸いだった。あったとしても同情の色がほとんどで、悪意のある視線は今のところ見受けられない。
本音を言えば、二人を巻き込みたくはない。
今は問題ないとしても、いつ状況が変わるかわからない。そも同情すら嫌悪する者もいるだけにこの光景自体避けたいところだった。
実際、広場へ入る前に少し離れた方がいいとは言ってみたのだ。食い気味に拒否された結果が今なわけだが。
本人たちは気にしないと言っている。が、要らぬ負担を負う必要はないのだ。心遣いには感謝しているし、頼るべきときは頼らせてもらうとも言った。
それでも完全に納得はしなかった点、キリトもケイタも人が良い。もしくは俺が信用されていないか。散々振り回してどうしようもない姿を見せているのだから是非もないね。
決して触れようとはせず遠巻きに、けれど確実に向けられる視線。
敵意というほど鋭くはなく、隔意というには受け入れがたい。関わらないように、けれど目は離さないようにとでも言うような色合いがあって、だから直接踏み込んでくることはほとんどない。
つまるところ、恐れられているのだ。
よく知らない。理解できない。関わったらどうなるかわからない。
そんな人間がいて、そいつと親しくしてるやつがいる。遠巻きに見る理由なんてのはそれだけで十分だった。
とはいえ、全員が全員そうだとは限らないらしい。
「こんにちは。キリトくんとケイタさんも一緒だったのね」
「お前らがギリギリってのは珍しいな」
同じ赤系統をパーソナルカラーに持ち、片や騎士装、片や武者然とした2人が近付いてくる。
「黒猫団のとこに寄ってたからな」
「ちょっと準備に時間が掛かってさ。ギリギリなのはそれでだよ」
苦笑いで答えるキリトに、アスナは「誘ってくれれば私も一緒したのに」と唇を尖らせた。
いやお前は騎士連中の引率があるだろ。お宅のリーダーは普段攻略に出てこないんだし、しっかり手綱握っといてくださいね。
厄介事の種に恐々としていると、横合いから不意を突いた口撃が飛んできた。
「あら、誰かさんが歩くのが遅かったのも原因だと思うけれど」
「おい待て俺は悪くねぇ。なんならそれは手を掴んでた――」
咄嗟に反論するもそれは悪手。口を滑らせた俺にユキノはニヤリと口元を歪め、待ってましたとばかりにそれは聞こえてきた。
「ワタシの所為、だよね。Sorry, darling. ……グスッ」
「うわ、女の子泣かせるなんてハチくん最低」
それが演技なのはわかっている。潤んだ瞳も演技で、片腕を抱くような仕草も演技なはずで、無理に笑んだような表情はもしかして演技じゃないんじゃないかもしそうなら悪いのはやはり俺か俺ですねごめんなさい。
「すいませんでした。俺が悪かったです」
「スン……。ショッピング、付き合ってくれる?」
「わかった。今度の休みでいいな」
「うん。いいよ…………クスッ♡」
何か最後に聞こえた気もするが、とりあえずは落ち着いたのでよしとしよう。
貴重な休みに部屋でダラダラできなくなるのは痛いが、休日の使い方としては悪くない方だろう。少なくとも働かされるよりはいい。
小さく息を吐いていると、何やらクラインが微妙な顔でキリトに耳打ちをしていた。
「なあキリトよぉ、女の子ってみんなけっこう怖ぇのな」
「俺にわかるかよ。ハチの周りだけじゃないのか」
「キリト、お前……そうか。お前は何も知らねぇんだな」
「クラインさん? キリトくんに何か変なこと吹き込んでないですよね?」
「いえっ! なんでもありません!」
何やら密談めいたことをしていた2人。そこへアスナが詰め寄るとクラインは見事な敬礼で答えた。マジで何の話してたんだあいつら。
その後も同じような雰囲気で振る舞う俺たち。
周囲から向けられる視線は、心なし温くなっているような気がした。
ということで、7話でした。
次回もいつになってしまうかわかりませんが、気長にお待ち頂ければ幸いです。