やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
初めてそいつが接触してきたのは、夜も遅い時間だった。
トントンっと扉がノックされたとき、俺はまだ窓際の椅子に座って外を眺めていた。
茅場昌彦のデスゲーム宣言からまだ30時間ほどしか経ってない現状、はじまりの街は活気もなく静まりかえっている。昼間ならまだNPCがいる分人の気配もあるが、夜になると彼らも家に帰ってしまうためか一気に静かになるのだ。
だからだろう。控えめに叩かれたノックの音でもハッキリと聞こえたのは。
「ユキノか……?」
遅い時間とはいえ、リアルならまだ起きていてもおかしくはない時間だ。何か言い忘れたか聞き忘れたことでもあるのだろうと思い、疑うことなく扉を開いてしまった。
後にこの瞬間を思い出しては後悔することになるのだが、このときの俺がそんなことを知るはずもなく、開いた扉の向こうにいた人物をマジマジと見つめてしまった。
「…………どちら様で?」
そこにいたのはユキノではなかった。
小柄でフードを目深に被ったプレイヤーだ。顔が見えない上にローブみたいなもんで身体を覆っているため男か女かもわからない。当然、会ったこともない。
だが向こうはこちらを知っているのか、こんなことを言ってきた。
「やあ兄ちゃん、昨日ぶりだナ!」
そんな顔見知りですみたいな反応されても困るんだが。
と、顔を上げたお蔭でフードの中身が見える。
「あんたはっ!? ――――誰だ?」
やっぱり知らない人でしたー。テヘッ。
「にゃハハ……。やっぱり覚えてないカ。まああの一瞬じゃしょうがねーナ」
苦笑いを浮かべるそいつ。特徴的な喋り方だが、やはり覚えはない。
顔立ちは少し幼い印象だが、この手のネットゲーマーにしては見事に整っている。現実で道を歩いていれば十中八九が美人と認めるだろう。どういうわけか頬に三本のヒゲが描かれているが、見ようによってはそれも愛嬌があると思えないこともない。
ん? そういえばいつだったか似たような感想を抱いた気がするな。はて、いつだっけ?
「で、どこの誰だかわからないアンタ、なんか用か? 部屋でも間違えたのか?」
「いやいや、部屋を間違えたんならノックはしないはずだゾ」
ふむ。なるほど。確かにそうだ。
「じゃあ俺に用か? 言っとくが金に余裕はねーぞ」
「女子に部屋を訪ねられて真っ先に思いつく理由がそれとはネ……。兄ちゃん、辛い人生歩んできたんだナ」
オヨヨ、と涙ぐむ少女。どういうわけか初対面の女に哀れまれてしまった。なんだこれ。
「よくわからんがロクでもない用件なのはわかった。それじゃあな」
「ああちょっと待って、わかったわかった今のは謝るヨ!」
扉を閉めようとすると、そいつは慌てて縋り付いてきた。一瞬だけ素の口調が出かかったようだが、それもすぐに引っ込んでしまう。
ほんと、なんなんだコイツ……。
仕方なしに少女を部屋へ入れると、そいつは躊躇う様子もなくベッドに腰かける。そのまま二度、三度と身体を弾ませた後、身長の割に細く長い脚をパタパタと上下させた。挙句の果てにはボフッとベッドに仰向けになる。
「んー、オネーサン、なんだか眠くなってきたナー」
「いや、そういうのいいから。早いとこ用件をですね……」
ハァ……。そういう無邪気な行動がですね……多くの男子を勘違いさせ、結果死地へと送り込むことになるんですよ。分かったら今後『甘い声を出さない』『男子のベッドに座らない』『誘うような行動はとらない』徹底してくださいね。
「ノリの悪い兄ちゃんだナー。……まあ、いいや」
ようやく本題に入る気になったか。
「まずは自己紹介しておくナ。オイラはアルゴ。情報屋をやってんダ」
情報屋……。情報屋? なんだそれ。
「よくわからんが、ただのプレイヤーじゃないってことか。俺は――」
「兄ちゃんの名前なら知ってるゾ。ハチ、ダロ?」
「お、おう……」
え、なんで知ってるのん?
アルゴと名乗ったそいつが餌を見つけた猛獣のように目を光らせる。
「んで、オイラは兄ちゃんの本名も知ってるんダナー、これが」
瞬間、背中に冷たいものが流れた。
「なん、だと……」
なんだこいつ、ストーカーの類か? 俺みたいな一般プレイヤー追っかけてどうしようってんだ?
いや、キャラネームだけじゃなく本名まで知ってるとなると、こいつは俺とユキノの会話を聞いていたって可能性が高い。だとすればこいつの狙いは俺じゃなく――。
「お前、もしかしてあいつを……」
「違う違う! 違うから! だからそう怖い顔すんナヨ」
アルゴは慌てて首と手を振った。
「オイラは別に兄ちゃんたちをどうこうしようなんてつもりはないゾ。ユッキーとハー坊の会話を聞いたのだってただの偶然ダ。本当ダゾ」
演技ではなさそう……か?
「悪かったヨ。そんなに怒るとは思わなかったんダ。ただオイラが情報屋だってことを証明したかっただけなんダヨ」
アルゴはしゅんとした表情を浮かべる。
正直まだ演技の線も捨てきれないが、ここは信じるしかなさそうだな。
「……それで、その情報屋とやらが俺に何の用だ? 言っとくが俺はSAO初心者だから知ってることはほとんどねーぞ」
そう言うと、アルゴは困ったように微笑んで頬を掻いた。
「ハー坊は優しいんダナー」
「んなことねーよ。ただ話を先に進めて欲しいだけだ。さっさと終わらせて寝たいからな」
「フーン、ま、そういうことにしておくヨ」
アルゴが居住まいを正す。顔には笑みが浮かんだままだが。
「ソーダナー、んじゃまずはお詫びの意味も込めて、オイラの秘密を一つ教えるヨ」
するとアルゴがベッドを降りて俺の傍まで歩いてくる。それから俺に屈むよう指示して、耳元に口を寄せてきた。ってオイ、当たってる、柔らかいのが左腕に当たってるから!
「オイラ……実はベータテスターなんダ」
「へ、へぇ……」
かなり衝撃的なカミングアウトだが、それ以上に左腕の温かさが気になってですね……。
アルゴが無言で身を寄せてくる。柔らかなものが余計押し付けられる。アルゴがゴソゴソと身を捩る。柔らかなものが擦り付けられる。アルゴが両手を……。
コイツ、絶対わざとやってやがる!
「おい! いい加減に……」
「にゃハハ。ハー坊は可愛いナ!」
ようやく離れたと思ったらケラケラと笑うアルゴ。
なんなんだコイツは本当に。これでさっきのがなかったら勘違いして告白してフラれるまである。フラれちゃうのかよ。
「……で、ベータテスターだってことを俺に教えてどうするんだ?」
「ンー? ハー坊はベータテスターの持ってる情報を知りたいんダロ?」
アルゴはニヤニヤ笑みを浮かべる。まるで「全部知ってるゾー」とでも言いたげな顔だ。
「あー、もしかしてお前、俺があのキリトってやつをストーキングしてたのも知ってるとか?」
「キー坊に目を付けるとは、ハー坊は見る眼があるナ!」
見られてたのか……。騒ぎの直後だったから誰もいないと思ってたが。
ん? そういえばあのとき、宿の廊下でチラッと見かけたプレイヤーがいたな。こう、少し幼い印象の多分女のプレイヤーで……。
「あれ、もしかしてお前、あのとき廊下で見かけたやつか?」
「オー、ようやく思い出してもらえたナ! いやー、あのときはビックリしたゾ。オイラよりも先にオイラと同じこと考えるやつがいたなんてナ!」
なるほど。あのとき見かけたプレイヤーがアルゴだったのか。だとすれば、俺がキリトを追って街を出るとこも見えただろうし、俺がこの部屋にいるのを知ってたのも納得だ。
「ハー坊はベータテスターの動向を探ってた。それはオイラの考えたことと同じダ。ただまあ、理由は違うだろうけどナ」
「だな。俺はただ自分のためにやってたことだが、お前の場合は、自分以外のテスターがどう動くかを見るため、だろ?」
「にゃハハ。その通りダ。あとは仲間を探す目的もあったけどナー」
確かにこんな先の読めない世界じゃ、独りで生きていくのは難しいしな。それが戦闘職でなければ尚更だろう。
「というわけで、ハー坊、オイラの仲間になってくれないカ?」
仲間、ねぇ。
「具体的に俺はお前に何をして、逆にお前は俺に何をしてくれるんだ?」
こいつの言う仲間ってのは、ただの仲良しこよしじゃないだろう。そんなおめでたい考えのやつはこんな真似しないし、そもそも俺なんかに近付いてはこない。
だとすれば、アルゴが求めているのはギブ&テイクな関係。実利で結びついた解り易い関係なはずだ。
アルゴは二ッと笑った。
「オイラはハー坊の欲しい情報をできる限り仕入れて提供する。もちろん、オイラも慈善事業でやってるわけじゃないカラ報酬は貰うけどナ!」
「寧ろそっちの方がいい。無償でなんて言われた日にゃ裏があると疑っちまうからな」
「イイネイイネー。益々気に入ったゾ!」
はいはい。そうですか。
俺としてはこいつのような腹が読みにくい相手は苦手なんだけどな。
「ハァ……。それで、俺は何をしたらいいんだ?」
ため息を吐いてから訊ねると、アルゴは腕を組んで頬に指を当て流し目に見てきた。
「ハー坊にして欲しいことは――」
あ、こいつ超あざとい。全部わかっててやってるタイプだ。
「アドバイザーになってもらうことダナ!」
「いや、アバウト過ぎるだろ」
なんだよアドバイザーって。SAO初心者だって言っただろうが。
「そんな難しく考えなくてイイゾ。ハー坊はテスターじゃないプレイヤーの目線で、テスターにして欲しいコト、知りたい情報を提案してくれたらいいだけだからナ!」
「なんで俺がテスターじゃないプレイヤーの代表ってことになってんだよ……」
「いやいや、だからそんな難しく考えるナって。もちろん、ハー坊以外にも候補はいるし、ハー坊はそんな多数のアドバイザーの一人ってわけダ。それならいいダロ?」
…………まあ、それならいい、のか?
「頼むヨー。オネーサン、これが初めての勧誘なんダ。そう、初めて、ダゾ♡」
「オイ待てやめろ。その言い方はシャレにならん!」
「にゃハハ! ハー坊はやっぱり可愛いナ!」
本当になんなんだコイツは。事あるごとに俺のSAN値を削りにきやがる。
「ハァ……。わかった。引き受けるよ」
「ホントか! さっすがハー坊は話がわかるナ!」
アルゴはひとしきり頷いた後、何やらメニューを操作し始める。
何事かと見ていると、俺の前にもウィンドウが現れた。
【《Argo》からフレンド申請されました。受諾しますか? Yes / No】
「フレンド登録しておこうゼ! いつでも連絡がとれるようにナー」
「ハイハイ、わかりましたよ」
大人しく《Yes》に触れる。ウィンドウが消え、アルゴがまた一つ満足げに頷いた。
思わぬ形でフレンドが一人増えた。これでユキノも含めて二人だ。
「んじゃあ早速だがハー坊、何か要望はあるカ? なんでもいいゾー」
「んなこといきなり言われてもそう簡単に思い付きは……」
そこでハタと思いつく。
待てよ。こいつはベータテスターで、必要なら持ってる情報を流してもいいってんだよな。対価さえ手に入れば現状判明しているだけの情報を売る気があるらしい。
そして今、俺はこいつのアドバイザーということになった。となればこいつに要求できることが一つあるじゃないか。
「なあアルゴ、一つ思いついたことがあるんだが……」
そうして俺は、アルゴに『それ』を提案する。
アルゴは俺の話を興味深げに聞いた後、大きなため息を吐いた。
「なるほどナ……。確かにソイツはベータテスターにしかできないし、テスター以外からしたらメチャクチャ美味しい話ダ。けど、イイのカ? それじゃハー坊は大して得になんないゾ?」
「ばっかお前、いいんだよ別に。俺はこの件でお前にアイディアと利権を売れる。そしたらお前は俺を蔑ろにできないだろ? 情報屋が贔屓にしてくれるってんだ。十分に美味い話だよ」
あとはまあ、これで攻略に挑むプレイヤーが増えれば、それだけ一人当たりの負担も減るわけだしな。やらなくちゃならないこととはいえ、楽ができるに越したことはない。
アルゴはじっと見てきた後、やがて両手を広げて頷いた。
「ま、ハー坊がそれでいいならいいカ。オイラとしては充分に美味しい話なわけだしナ」
そう言って、アルゴは扉の方へ向かう。
「じゃ、オイラはハー坊のアイディアを実現させるために早速動き始めるとするヨ」
スタスタと歩いて扉を開け、去り際に振り向く。
「また何か情報が欲しけりゃ言えよナ。ハー坊の依頼なら最優先で受けるからヨ!」
「へいへい。ま、そんときゃよろしく頼むよ」
「にゃハハ。そんじゃナー」
扉が閉じられると、室内が急に静かになった気がする。
あの情報屋がいかに賑やかしいかわかるな。
これが《鼠のアルゴ》と呼ばれる情報屋との、最初の邂逅だった。
次回更新は3日以内です。多分いけるはず……。